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nazonoDiary

2009-03-25 水

デザインの善し悪しも証明できる

16:44 | デザインの善し悪しも証明できるを含むブックマーク デザインの善し悪しも証明できるのブックマークコメント

僕はデータで証明できるGoogleがうらやましいと思うけど。

そう、Googleでは2種類の青色のいずれかで決めかねたら41の中間色をテストして最もパフォーマンスのよいものを選ぶというのは事実なのだ。先日、境界線の幅を3ピクセル、4ピクセル、5ピクセルのいずれにするかが問題になったとき、自分の意見を証明するよう求められた。このような環境で仕事をすることはできない。そうした些細なデザインの決定を論じるのにはもううんざりだ。

グーグルのビジュアルデザイン責任者が退職--データ中心主義に嫌気:ニュース - CNET Japan

やめた人のブログの翻訳 グーグルのトップデザイナー辞任の弁:Google's Top Designer Leaving

入社したときの記事「【コラム】シリコンバレー101 (178) CSSの第一人者がGoogleのビジュアルデザイン・リーダーに | ネット | マイコミジャーナル

デザインは何かをよくするために決められるべきで、それはボタンの押しやすさだったり、ユーザが入会しやすいようにだったり、コンテンツを読みやすいようにだったりする。そしてそれらはたいてい(Googleほどのユーザ数がいれば)実際に使わせた結果のデータで客観的に決められる!

デザイナーは「それを、テストしなくても(経験や勘を用いて)分かる人」で、だからテストできないたいていの環境では頼りになるのだけれど、テストして負けたら負けを認めるべきで、主張→テスト→主張が崩される という結果が出続けたから「あの人の言うことを信じてやってしまうより、テストしたほうがよい」という雰囲気になったのではないか、と思うのですが。

「何がよくなるのか(何を計測すれば向上したことが数値化できるか)を言語化しにくい」というのはあると思いますが、そこは言語化できるように鍛えるべきだし、時代の流れとしてデザイナにその能力も求められるのではないか。これからは広告の善し悪しも独創性や何となくではなく購買率で判断される時代で、デザインやキャッチコピーの善し悪しも計測できれば計測して結果によって淘汰される。

最終的に人間ではなく人工知能的アルゴリズムがデザインを決める時代がやってくるかもしれないですが、「すべて金儲けのために」という目標が設定されている以上、その自動化(ロボット化してリストラでコスト削減!)は、どんな職業も避けられないのです…”クリエイティブな仕事”は決して聖域ではない

デザイナがテストに対して主張すべきなのは「このデザインでよくなったことは、今の技術では計測できない」場合です(そういうことは多い)。で、計測できる効果と計測できない効果のどちらを重視すべきかはデザイナより上の立場の人が決定すべきで、その決定に同意できないなら上司(職場)を変えるべき。まあ、上司としては「数値で見えている結果より見えない結果を(この人を信じて)重視しましょう」という判断はとりにくいだろうし、だから目に見える結果で判断しやすい方に全体が流れていくでしょうね…

TOMOTAKATOMOTAKA 2009/03/26 00:25 はじめまして。トモタカと申します。とても刺激されるエントリーだったのでコメントさせて下さい。

Googleの証明手段をひたすらに繰り返していくと
”あ、これっていいね”と思う人間の心理を、計算と統計ではじき出してしまうのですかね?


私には、人間の”これが好き”という心理を、計算と統計で求められるとは思えません。
購買行動や感情を完全に言語化するのは不可能だと思います。
もし言語化できるとするならば、それは代替可能の情報となってしまいます。
”恋愛の不可能性”(大澤真幸が提唱する理論社会論。文庫本も出版されているのでもし良ければ是非一度探してみて下さい)という考え方があります。
恋人の「どこが好き?」と問われたとき、好きである理由を全て言語化できてしまうなら
それはその条件を満たす別の誰かに代替可能であるから、愛していることにはならない。というような話です。
(恋愛の不可能性について 参考URL:http://d.hatena.ne.jp/derorinman/20060315/1142429418)

私はこの”恋愛の不可能性”の話とデザインの考え方は似ていると思います。
デザイナーが生み出すべきものは”言葉に出来ないけれど、なんとなく、おっ!イイねコレ”と思わせるモノです。
そして”おっ!イイね”の積み重ねと方向性が、ブランドを作るのです。


統計を積み重ねた結果はブランドにはなり得ないと私は考えます。
統計は流行や時世によってブレが出ますし、統計とは違った軸のコンセプト・方向性が必要です。
その軸を決める事こそがデザイナーの仕事です。
「AとB、どちらが良い?」の積み重ねは、そもそもデザインと呼べるシロモノではありません。

最後になりますが、Googleのやり方は、過去にも世界中の数多の企業が試しています。
調査会社やコンサルタント、大量のモニターと資金を使って作ったとしても
”愛されるブランド”になりえなかったという前例は数え切れないほどあります。
論理的に正しいデータを山のように揃えたのに、なぜ彼らは敗北したのでしょうか?
よって、私にはGoogleのやり方が正しいとは思えない。


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というか、そもそも3pxと4pxと5pxのどれが良いかなんて話をする時点で、デザインを論じてるとは言えないと思います。
そんな枝葉末節だけをいくら動かしたとしても、それはデザインにはなりえないと、ブランドにもなりえない。
こんな些末な事でDouglasBowmanを動かしていたなんて、私にはちょっと信じられませんでした。

PS:ちょっと辛辣になりましたね(汗
いつもエントリーを楽しく読ませていただいております。今後とも陰ながら応援しております。

通りすがり通りすがり 2009/03/26 01:07 俺もこれ素直にGoogleスゲーって思った。
証明する事が要求されるって事は、定量的に説明可能って事だぜ。3pxと4pxと5pxのどれが最良の選択なのかが。それでデザイナがついて行けないってのは解るけどな。説明不可能な事を要求されたって話なら、単純に上司がアホって話だから捨て置く。

http://journal.mycom.co.jp/column/system/002/index.html
リンク先では「無理な話」としている事をGoogleは現実に可能にしていて、その上システムの評価に適用しているってんだから凄すぎる。残念ながらGoogleが必要としているのは、この辞めたデザイナじゃなくて最良のデザインを演算で叩きだせるプログラマなんだろうな。

yukichi99yukichi99 2009/03/26 20:04 > TOMOTAKAさん
これは、ユーザーの嗜好ではなくて、振る舞いをコントロールする話ですよ。

nazokingnazoking 2016/11/23 01:39 なぜか今頃反論するけれど(なぜ当時しなかったのかはもう忘れた)

「恋人の「どこが好き?」と問われたとき、好きである理由を全て言語化できてしまうならそれはその条件を満たす別の誰かに代替可能であるから、愛していることにはならない。」というのは間違ってると思います。

まず「代替可能なら愛していることにならない」という認識が、第一の間違い。あるいは言葉の定義の違いでしょうか。

「条件を満たすからといって代替しない」から、元の人を愛している、とは限らない。

取り替えなかったとして、その場合に「なぜ変えなかったの?」と真摯に理由を探せば、それなりの理由を見つけ出すことは可能だと思います(長年連れ添ったからとか)。それはつまり「好きである理由」がほかにもあった、つまり「代替できてなかった」という話です。

nazokingnazoking 2016/11/23 01:44 そして
「デザイナーが生み出すべきものは”言葉に出来ないけれど、なんとなく、おっ!イイねコレ”と思わせるモノです。そして”おっ!イイね”の積み重ねと方向性が、ブランドを作るのです。」

「おっ!イイねコレ”と思わせるモノ」であることがすべてであって「言葉に出来ない」かどうかは関係ない。

nazokingnazoking 2016/11/23 01:47 実際には「おっ!イイねコレ”と思わせるモノ」にどのようなメリットがあるべきか(明日ユーザーが10人増えるべきか、100年愛されるブランドを作るべきか)を設定するのは、雇い主です。