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2014-02-25

[]バブル文化って何だったのか

 以前NHKでバブル特集みたいなのを組んでいたことがあった。バブル期に青春時代を過ごした連中、つまり今の「アラフォー」が次々に登場して、当時の浮かれ具合を語っていく。六本木のバーでブイブイ言わせ、お立ち台で押しのけあっていた彼らも、現在はサラリーマンになっていたり、結婚して子供がいたり、ごく普通の生活を送っている。あれはヘンな時代だった、と言いつつ、当時のことを話し出すと活き活きしてくるのが印象的だった。

 私はちょうどバブルの崩壊とともに生まれた学年に属している。ツイッターでは、不遇の学年として、修学旅行の時期に新型インフルが大流行したとか、大学の入学式が先の大震災で流れたとか、成人式が大雪だったとか色々言われているが、何より大きいのは生まれてこのかた好景気だった時期が一度も無い、ということなのではないかと思う。

 最近はアベノミクスやらで好景気になりつつあるということだが、私なんか、二十年も不景気不景気と言われてたのにそう簡単にバブリーになれるもんかい、と漠然とした疑念を持ち続けている。もちろん私が経済に詳しくないというのはあるのだけど。

 私は、月に数百円節約する手法を編み出した主婦が大絶賛されるような番組を嫌というほど観て育ち、政権の安定しない時代に十代を過ごしてきたのである。私たちの世代をなんとなく支配しているのは、良く言えば一種のメタ視点と冷静さであり、悪く言えば無気力と貧乏くささである。


 世代論は嫌いなのだが、バブル期の文化を調べていくと、どうしてもそのように思えてならないのである。

 私は広瀬香美の音楽がすごく好きだ。ここまで底の抜けた明るさをもった音楽は、現在のJ-POPには無いのではないかと思う。

 世紀の変わり目にはモーニング娘。のブームがあって、「LOVEマシーン」(1999年)が流行った。今聴き直してみると、明るいながら時代の「陰り」のようなものが克明に映し出された曲だという印象を受ける。

 「どんなに不景気だって恋はインフレーション」という歌詞にしては明確な現状認識にも驚かされるが、それにも増してギョッとするのは「明るい未来に就職希望」「日本の未来はWow……」という強い未来志向である。現在はどうしたのだ。こういう歌詞が歌われなければならず、大流行する社会というのは今から考えてみると暗澹たるものである。発売年を調べるためにwikipediaを見たら、「『週刊金曜日』では「現代の労働歌」として取り上げられた」という逸話が出ていたが、これは中々の慧眼だと思う。

 で、広瀬香美には、そういう「陰り」が一切無いのである。「ロマンスの神様」(1993年)なんか、「週休二日しかもフレックス」とか言ってて、今聴くとケンカ売ってんのかお前死ねって感じです。ひたすらに現在を楽しもうという意欲、「今週も来週も……ずっと」という現在の継続としての未来に対する無邪気な信頼。現在だったらとても書けないであろうはっちゃけたフレーズが死ぬほど出てくるので、愉快というほかない。


 広瀬香美は私の頭の中でバブルの象徴ということになっているし、一般的にもそうだと思う。しかし、彼女のデビューが1992年末、つまりバブル崩壊後であるということには注意が必要なのかもしれない。

 私たちが最もバブルを感じるフレーズは、バブル崩壊後に書かれているのである。このことは、宮廷の美世界を克明に描いた清少納言の『枕草子』が、彼女の零落に書かれたものであるということを連想させる。

 「わざわざ書かなくてはいけない」というのは、既に失われかけていることの裏返しでもあり得るのだ。


 結局のところ、不景気時代に生まれた私は磨りガラス越しにバブルの幻影を見るしかないのである。

 バブル文化のもつ底の抜けた明るさは、必ずしも現実の明るさを反映した物とは言えないはずである。そこに文化と社会の奇妙な関係性がある。

 それを知ることはなかなか難しいことだが、私の世代の文化を相対化する上でも有益かもしれない。

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