帰る海はない このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-02-02

姿勢

明日のプレゼンで、programming of supercomputerの授業が終わる。きつかったー。きちんとしたレポートを書く時間がなかったし(なんとか提出したものは誤字脱字だらけ)、多くのプロセッサーを使うことによるスピードアップも、チューターに期待されいたほどではなかったので、あまり良い成績は期待できないかな。

逐次計算のプログラムを、MPIを使って、並列計算用に書き換えるという課題だった。まぁ、こういうと一文で済むのだけれど、いろいろ細かいことをする必要があり、大変だった。プログラミングが不得意なのも手伝って、一学期まるまるがこのラボコースに消えた。でも、一人でコーディングのプロジェクトを完遂したのは始めてで、少しは自信になったかな。

が、しかし、ある人々にとっては、このコースはさほど大変ではなかったよう。

もともとコンピューターサイエンスバックグラウンドから来て、プログラミング経験が豊富な人にとっては、それほど大変ではなかったそうな。

しかし、プログラミングがさほど得意ではないのに、ことも無さげに、実装を済ましている生徒がちらほらと。

たとえば。。。

  • 締切り日に、どうやってスーパーコンピューターに接続するか聞いてきた人(もう実装とかは済ましていたみたい)。
  • 今学期はずっとヨーロッパの他の国でインターンをしていて、チューターのプレゼンには一度も出席しないで、最終課題締切り日にキャンパスのコンピュータールームに現れ作業をしていた人。
  • 今学期は、ドイツ語の授業を取って、週20時間学生バイトして、10単位あるプログラミングのラボコースをもう一つ取って、週末ダンスコースに通い、クリスマス前から6週間ほど帰国*1し(、オレから金をとっ)た人。
  • レポートを書くなんて、実装と比べれば、割と楽なのに、レポートを書くことばかりを気にしていた人。(「え?もう実装すんだの?」っ聞いたら、1、2秒固まっていた。)

彼らはある国から来た同級生たち。毎年この国からはたくさんの留学生がこのプログラムに入ってくる。そして毎年ほとんど、というか完全に同じプログラミング課題を出すコースが結構ある。

一見協力

うちのクラスではグーグルウェブサービスを使って、色々情報交換をしている。課題の内容についてお互い質問したり、「こんなエラーメッセージが表示されたけれど、同じような問題を経験した人いる?」って聞いたり、遊びに誘ったり、冗談言ったり、いろいろ便利。

もちろん、このコースについてについても話し合う。(プログラムを書くのは個人でやらなければならないけれど、ディスカッションは認められている。)一見すると、お互いに分からないところを教えあっていて、「大変な課題を各自頑張っている」感が伝わる。

が、しかし、よーく、質問を読むと、どんなプログラムを書くかに興味がなくて、いつもどうやって、自分の(もっている)プログラムスーパーコンピューターで走らせるかばかりに気を遣っている人々(↑)がいることに気づく。

さらによーく読むと、色々おかしなことに気づく。

物理値かインデックス

シミュレーションする対象を分割して、それぞれの部分を、プロセッサー毎に振り分けるって作業があった。その時は「境界となる部分のセルがもつ物理的値を表示せよ。」っていう指示がワークシートに明確にかかれていた。

しかしなぜか、(オレから金とった)彼は「今、オレは結果を得たよ!境界部分となるセルのインデックスを表示できれば良いと思う。(シミュレーションの画像添付)」とグーグルグループ上で主張。

実際のところ、この「物理的値を表示する」ってのは少し面倒なので、「なぜこの段階でこんなことまでさせるのだろう?」ってオレも少し疑問に思った。が、ワークシートに「物理値を表示しろ」ってはっきりと書いてある。たしかに面倒だけれど、一体どうしてインデックスで良いって思ったんだ?

のちに、彼がチューターにメールを送ったら、彼の予想が正しくて、インデックスを表示できればそれで良かった。しかし、はっきりとワークシートにかかれている課題を否定した根拠ってなんだったのだろう?

あくまでもオレの想像なんだけれど、「ワークシートには物理値を表示せよって書いてあるが、それは面倒なので、インデックスを表示すれば良い」ってのは去年から決まっていたのじゃないだろうか。ただ、ワークシートを変更しそびれたから、昔の情報が今も残っていたんじゃないだろうか。

かれが、上に書いたメールをグーグルグループに投稿したとき、コンピュータールームの彼の隣には、オレの知り合いがいたんだよね。金をとった彼はしばらくドイツ語の勉強をしていて、プログラミングなんてしていなかったのに、パソコンをつけて、メールボックスを開いた途端、自分は課題が終わったことを告げたから、その人は驚いたそうな。「え?今っていつの間に?」って。

たった15頁のプレゼンファイルさえ読まずにプログラミング

学期も終盤に近づき、自分で書いた(はずの)プログラムのパフォーマンスを計測するしてレポートを作成する時期になった時のこと。

最後の実装部分の仕上げと、計測方法をチューターがプレゼンテーションで説明し、それをウェブサイトにアップした。15頁のpdfファイルなんだけれど、前回までの課題の確認の7ページ、写真だけのページやGOOD LUCKって書かれた最後の1頁を除くと、採集課題の説明はたったの4ページ。そのうち2頁がプログラミングの仕上げについてで、2頁がパフォーマンスの計測の仕方について。情報が少なすぎて大変だった。

パフォーマンスを計測するには特殊なコンパイラフラグを使ってコンパイルしなければならないのだけれど、そのことがpdfにはかかれていた。帰国中に、一人でプロミングをしていたはずの彼は、結構難しいプログラムを本国で一人で仕上げた(ことになっている)。

しかし彼は、何故か、その特殊なコンパイルの仕方を知らなくて、エラーに直面し、グーグルグループに質問を送っていた。彼はあのpdfの少な過ぎる情報さえも読まずに色々面倒なプロミングを完全独力で仕上げたのだろうか。それか、写真だらけのたった15頁のpdfファイルの、コンパイラーのところだけ偶然飛ばしてしまったのだろうか。

ぜんぶ偶然なんすかね。偶然にしては出来すぎていませんかね。彼らの言葉が少しだけ分かるのが尚更残念。

見習いたいのは別の人

この課題、プログラミングが苦手な学生にはかなり大変だった。

かなり頑張ったのに、逐次計算と並列計算で違う結果を得てしまったトルコ人の生徒がいた。彼はワークシートの要求に沿えなかったのだから、残念ながらかなりの失敗。オレ自身がプロミング苦手だから、苦労して書いたコードが結局だめだった時の気持ちはわかる。

かなり残念な結果で、彼はもっと効率的プログラムをかけるようにならないとまずい。でも、結果は良くなかったけれど、このトルコ人は苦い経験から色々学んだだろうし、彼のプロミングスキルもだいぶ向上したはず。オレはこういう人の方がいいや。

授業の成績なんてずっと後になれば、ちっぽけな問題になるのだろうけれど、そんなことすら不正を犯さずに済ませられない人が、もっと大きな問題を誠実に取り組むかは、怪しい。

しかも、オレから金とったこいつ、プログラミングが苦手なこのトルコ人が、クラスの中で「もっと情報、アドヴァイスをくれ!」って要求していたら、オレの隣で、「チッ」と口をならしてから、ぼそっとこう呟いた。

「We are not in elementary school.」

一つのラボコースを自分でやるか誰かが書いたコードをコピペするかなんて、その後の人生に大きな差を産まないだろう。卒業後、MPIやスーパーコンピューターを使わない生徒もたくさんいるだろう。そういう人にとってはインターンシップをしたり、(価値観によっては)ダンスに行く方が楽しいかもしれない。

でも、不正は不正だろ。MPIやスーパーコンピューターでの実装が多くの学生に取って不要なことなら、学生代表を通して、必須科目から選択科目へカリキュラムの変更を要請することもできる。そして、まともに課題をやった方が、コピペして変数の名前を変えただけの奴らより悪い成績を取るってのは納得いかない。

いつもいつでも清廉潔白でいるってのは、人生ではかなり難しいこと。それでも、当然のごとく不正を繰り返す人にはなりたくないじょ。多少、知識不足が露呈しても、頭悪く見えても、分からないことは分からないって言える人の方が、長期的に見て、本人にも周りにも有益だと思う。

グーグルグループでの彼の投稿

OK, 今、オレの結果がでた。 もし、まだ疑問のあるやつがいたら、正しい結果はこんな風になるはず。

人のふんどしで相撲をとるとはこのことか。

*1:オレは数日帰国しただけで遅れを取り戻すのに結構大変だった

2012-01-16

2012年

2011年の目標達成具合

そんな訳で、ほぼ全てをドイツで過ごした2011年の目標達成度を振り返る。

  1. なるべく素直に生きる。 → ◎ 今までの自分と比べると思ったことをかなりスラスラと述べるようになった。
  2. ネット依存克服。→ × 特に震災後は日本語のニュースとか読みまくり。
  3. 日本語断ち → × 同上。
  4. 大学院成績平均2以上。なるべく1.5以上欲しい。 → ○ ギリギリ2以上。
  5. HIWI。5月から希望の研究室で。 → △ 当初希望していた内容ではないけれど、一応している。
  6. 確率と物理と論理の勉強 → △ 確率と論理はちょっとだけ勉強した。
  7. 選抜プログラムへ応募。 → ? 応募はしたよw 目標設定からして弱気だなw
  8. 語学学校通い。ダブルスクール! → △ 1、3、4月はドイツ語学校に通ったけれど、もう半年以上ドイツ語の勉強していない。
  9. 英語(毎日)&スペイン語(週2)ブログ。 → × 挫折。スペイン語は添削してもらうためにお金払ったのに、できなかった。時間が足りません。
  10. 奨学金ほしい。→ ◎! ありがたいことです。

2012年の目標

んでもって、今年の目標は…

生活 20代も後半になったので、健康を意識しないと、身体のあちこちがおかしくなる。

  1. 日本語絶ち ただし、本や研究内容を除く。日本の本屋行って思ったんだが、日本語で得られる情報は有用なり。様々な分野について大量の本が出版されている。技術系の本でも(流石マンガ大国だからか)大量の図が載っていて分かり易い。これを利用しない手はない。
  2. ネット依存克服 (今年こそ)日本語のブログとかニュースは読まない。国政選挙があったら別。家に帰ったら、直ぐにはパソコンをつけないで音楽を聴くくらいのゆとり生活を送りたい。
  3. 節約 食費を抑える。飲み物は水筒にお茶を入れて足りなかったら買う方式へ。
  4. 旅行 3ヶ月に一回は日帰りでもいいから、軽い旅行に行きたい。せっかくドイツにいるのに、大学と家の往復じゃもったいない。
  5. ボランティア 自分にできることをなにかやりたい。

健康

  1. 運動 週に一回は軽い運動をしたい。ジョギングや水泳、サイクリングなど。
  2. 睡眠 12時までに寝る。7時間は寝る。(できれば8時間)
  3. 起きてから寝るまでプログラミング漬けの日は作らない*1

研究 必修科目はほぼ全て取ったので、今年こそ自分の興味中心に効率よくすすめたい。

  1. 確率と論理の勉強 成績が残ると便利なので、授業取って結果を残して、Hiwiへ。
  2. 修士論文 2012年中に取り掛かり始める。
  3. インターンシップ 流石にそろそろやらなくては!
  4. シェルスクリプトLinuxOS)、ネットワークML、C++、QtLatexjavaPython...
  5. サマースクールに参加。

語学 2011年後半は言語を学ぶ時間なんてなく、使うだけだった。が、やはり主体的に学ばない限り語学力は伸びない。

  1. 英語 プレゼン論文を英語で。 もう少し丁寧で、文法的に誤りのない言葉遣いを目指さなくては。あと、前に買ったビジネス英語の本を最後まで勉強したいなぁ。
  2. ドイツ語 2012年は重点的にドイツ語強化!目指せC1。
  3. スペイン語 いい加減Cajas de cartónを読み終えたいw。あとviajerosていう東大出版の本も読みたいなぁ。
  4. 洋書5冊 研究と関係ないのを5冊読む。読むだけでなく単語帳も作る。

それと、目標というより心構えだけれど、新しいものに対して柔軟にありたい。

今までしたことのないことを経験したり、

知らない人と会ったり、知らない土地に行ったり、

新しい道具(ソフトウェアでもハードウェアでも)を使ったり、

今まで知らなかった考えを身につけたり、

今まで使ったことのないサービスを使ったり。

退屈な単純作業が重要なこともあるのだけれど、自分はフットワークが著しく重いというか、未知のものに対する恐怖感が強く、生産性を落としている気がする。目に見える変化が多かった2010年、留学先でなんとか頑張った2011年に続いて、2012年も週に一つくらいは「なにか新しいこと」を生活に取り入れたい。

D

年末一時帰国の感想

ほんの数日だったけれど、年末帰国していました。

久しぶりに友達に会えたりして、楽しかった分もあるけれど、複雑な心境。

老化

祖父、祖母の代の人々は次から次へと亡くなっていくし、親の代も老化が著しい。髪はますます白くなり、歯茎は後退し、耳は遠くなる。皮膚には皺がふえ、足取りはおぼつかない。うちの飼い犬も老化で階段も満足に登れなくなり、そもそもオレのことを認識できたのか定かではない。実家に帰ってもあまり休めなかったなぁ。

正直「うちってこんなに汚かったっけ?」って思った。(高温多湿の日本の気候のせいか)脱衣場や風呂場はカビだらけで、発がん性物質の発生とか大丈夫なんだろうか。水周りだけでなく、全体として埃っぽくずっとくしゃみが止まらなかった。そして、何より寒い!家の中にいるのに寒い!掃除が行き届かないのは、夫婦共働きな上に、体力も落ちつつ、多分塵とかも見え辛くなってるから仕方がないのだけれど、実家の衛生状態があまり良くないってのは心が痛む。

更に悪いことに父親の酒癖が悪化し、酒が入ってしまうと会話が成り立たない。暴力を振るう人々と比べればずっと良いのだけれど、もともと割と理性的だった人物が年とをとるにつれて偏屈になり酒に飲まれていくのは見ていて気持ちいいものではない。

街の風景もどんどん変わっていく。個人商店は次々と店をたたみ、空いた場所には新しいテナントが入るか、駐車場になる。地元は都心へ(なんとか)通える距離に位置し、産業もあるからシャッター街ではないのだけれど、それも時間の問題なのだろうか。待ちを歩けば酔っ払った老人が悪態をつき、デパートのメンバーズサロンに入れば、高齢者率が7割程度まで上がる。一番賑やかなのはパチンコ店。

いつ帰ってくるの?

地元の人と話すと、同世代の人からは「いつ帰ってくるの?」、50代60代からは「もう日本嫌いになっちゃった?」が多かった…。

年越しに「帰ってきた」のに、「いつ帰ってくるの?」って聞かれるのにはちょっと驚く*2。日本がこういう状況にあっても、大抵の人にとっては2、3年海外で過ごした後は日本に帰ってそこで余生を送るのが基本なんだなぁ。もうオレが就ける仕事(かつやりたい仕事)なんて、日本にはほとんどないじょ。

「将来どうしたいの?」って予定を聞かれても、細かいことは決まっていないし、希望があってもそれが通るかは分からない。ヨーロッパ経済も先行き怪しい。あと、5ー10年程度ドイツをベースに生活したいけれど、その時のことはその時になってみないと分からない。「最終的にはどうなりたいの?」って質問を聞く度に終身雇用か目標達成型の人生観が質問の根底にあるのかなぁ、と思ってしまう。まぁ、最終的にはどうせ死んでしまうのですが。

同級生の多くは定職についている*3ようで、経済力が違いを痛感。オレの場合、無事良い成績で修士を終えて、博士のpositionが見つかって、どっかからfundingをもらえるようになるっていうベストケースでさえ、結局は海外ワーキングプアドイツの博士の成功率は半分程度で、3ー5年かかる。自分が選んでやっていることなので、今は割と幸せで、先が見えないってのも寧ろワクワクするのだけれど、なんか1人だけ浮いている感じ*4。そして、友達といっても、今はもう、1年に一度会えるか会えないかって仲なんだよなーと思うと悲しくなってくる。だんだん日本の知り合いや友達とのズレが大きくなってきて、共通の興味や話題も減っているのも悲しいところ。そういや、喫煙者も少しずつ増えてるなぁ。きっと身体に悪いよ…。

同世代の友達が就職、結婚、子供ってなると、もう人生の骨子が出来上がってる感じ。同世代の親戚は次々と結婚と子作りに励み、孫がいないのはうちの両親だけ。悲壮な面持ちで「お前はまだかい?」って聞かれたけれど、一朝一夕で出来るものじゃないんすよ(一晩で出来ると言えるかもしれないが)。 「もう日本嫌いになっちゃった」って質問もなんだかなぁ。このブログを読まれているみたいでドキッとするよ。インドへ行ったころは、物好きの変人を見るような反応を示してたのに、たった数年でこんなに変わってしまうなんて。きっと冗談半分なんだろうけれど、否定できない部分もなくはない(日本の嫌いな部分もある)ので、「でも、まぁ、いろいろありますよね」みたいな返事をすることになり、なんか寂しい。

インドに行って世捨て人みたいになった時は、耳をすませばの父親の台詞が頭によぎった。

人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ何が起きても誰のせいにもできないからね

が、しかし、今となって思うに、普通の生き方もそれなりにしんどくて、何が起こっても政府東電、社会のせいに出来ない*5のだなぁ…と。

あ、話はかわるけれど、乗り換えで利用したパリのシャルルドゴール空港、不便だったなぁ。ホームレスっぽい人がたくさんいたけれど、あそこに住んでいるのだろうか…。成田空港マックがある搭乗口と比べたら、なんて、無味乾燥で面白みのない空港なんだ。

*1:これ、目にも心にも悪いし、自分の場合ずっとプログラミングばかりしていると効率がひどく下がるので学業にも悪い

*2:悪い気がしたのではなく、「え?」って思っただけ。

*3経済状況が非常に悪いと忘年会どころじゃないのかもしれないが

*4:元からそういうところはあったんだけれどw。

*5:実際他人のせいだとしても、訴えたところで当人の被った不利益は解消されない場合が多い

2012-01-07

さよなら2011年

明けましておめでとうございます。年末に「2011年を振り返る」ってエントリーを書こうと思っていたのに、だいぶ遅くなってしまった。

2011年を振り返る

  • 1月。ミュンヘンのとあるクラブで年越し。つまんない割に入場料高かったし、飲み物も高いし、うるさいし…最悪の年明けだった。月ー木の夕方にドイツ語学校に通いダブルスクールするも、途中で諦める。月ー木が忙しくなった分、金土日でなんとか挽回するも、大学院の課題の提出が遅れる。二人一組だったため、チームメートとは険悪な雰囲気になる。しかも12月のプラハで既に微妙な仲であった上での出来事だったので……まぁ、結局雨降って地固まったのだけれど、一方で自分自身がちょっと変わってきているのに気づいて戸惑う人間関係だけでなく、自分の生き方にも大きく変わった月だった。
  • 2月。留学先で初の試験期間!Numerical Programmingっていう試験が一発目だった。クラスメートはほぼ全員留学生で、その全員にっとて海外で学位に向けて試験を受けるは初体験。その日の朝は緊張で軽いパニック。試験結果は芳しくなく、エリートプログラムの選抜へは面接にさえ呼ばれず落ち込む↓。しかし、今となって感じるのは、自分向きではなかったなぁということ。その分他のことに時間を使えたし、大変過ぎて自分じゃついていけなかっただろうし、これで良かったと納得。そういや、テストの打ち上げの2次会がゲイバーだった。しかも高齢者向けのゲイバーだったらしく、いろんな国からの留学生がそこへ雪崩れ込んだ図は端から見ると面白かったのではないかと思う。試験後の月末に高校の友達がドイツに遊びにきた。
  • 3月。上旬は高校の友達やクラスメートとドイツ旅行。かなりきつめの行程だったけれど、楽しんでくれたよう。高校の友達とはベルリンで分かれて、僕はミュンヘンに戻り、春休みを利用して語学学校に通い始める。彼がフランスから日本へ発つ日に東日本大震災が起きる。2、3日はパソコンに貼り付いて情勢を見守ったり、日本の家族や友達と連絡を取ったり。原発の施設が次々と吹っ飛んでいった時はもはや「帰る国はないのか?」、と落ち込む。すごく心配した一方で、震災への対応をネットで追ったり、skypeで話を聞いたりしているうちに、日本にはかなり幻滅。家族や私財を失ったり、命懸けで救助や原発の対応に追われている人々や不安に襲われているだろうたくさんの人々はその日の生活でいっぱいいぱいだっただろうから、3月はこういうことを書かなかった。。でも、素人が外から見ても、震災原発対応にはひどく問題があると思う。そしてそれらが民主党政府東京電力だけが原因の問題には思えなかった。正直、自分はあんなのに巻き込まれなくて本当に良かった。混乱は大嫌い!海に近い実家のすぐ近くに原発関連施設があるので、これからも不安。ドイツにいても風上のフランス原発大国だし。
  • 4月。なんとか気持ちを持ち直し、確率とドイツ語関数型言語の勉強をする。どっちも何となくペースが掴めてきた頃に春休みが終わる。ドイツ語学校では男女比が1:9だった。電子辞書を買った
  • 5月。二学期開始。CFDlabにほぼ全ての時間を割かれる日々が続く。理論的には大して難しいことをやらなかったけれど(というか、理論的に難しいところは割と端折った)、LinuxでCの割と意味のあるプログラムを書くのは初めての経験で、課題をこなすのにやたらと時間がかかった。奨学金関係の集まりでベルリンへ行き、初の国際会議に出席ラップトップを買った
  • 6月。涼しいドイツの初夏を快適に過ごしつつ、震災で帰国できなかったためか、日本の夏を少し懐かしんでホームシック。基本的にはCFDlabでLattice Boltzmann methodsの実装をしたりで大忙しだったけれど、暇を作って大学のpartyに参加して楽しむ。
  • 7月。CFDlabの課題に励む。CFDはなんとか最後のプレゼンまで終わらすことができた。正直言うとチームワークがあんまりうまくいかなかったんだけれど、それでもあのインド人とパキスタン人と一緒のチームで良かった。たくさん議論を交わして、教えあったのはいい経験になった。ふとしたことがきっかけで、ドイツ人の友達の言ってることが色々と辻褄が会わないことに気づく。悪意のある嘘ではないんだけれど、かなり日常的にサラッと嘘(というか本人にとっては方便)をつかれていたよう。何か目立った被害を受けた分けではないのだけれど、ドイツ人の友達ができた嬉しさのあまり、よく考えれば明らかな方便を見分けられないで、何かが変だなぁと感じながらも相手の言っていることを文字通りに理解していた自分のマヌケさにがっくり。更に、そいつがフレンドリーになるのって、自分の助けが必要な時に限られることに気づいてしまい、ITサポート的自分の立場を悟って更に落ち込む。7月末にはイギリスから$ophiaの教授が来て色々お話した。
  • 8月。ドイツで2度目の試験期間。前回と比べれば、勝手が分かっていて成績も前よりは良かったけれど、それでもいまいち。いくら準備しても、試験時間内に英語を読んで英語で解答って形式にがやっぱり自分にとってはまだしんどい。TAのバイトを始めるがなかなか思うようにいかない。試験前になって親知らずが痛みはじめる。
  • 9月。日本から友達が来て、ほぼ2週間一緒に観光をしたオーストリアイタリアにも行った。自宅でBBQもして、クラスメートもたくさん来て盛況だった。学部の頃はいつも一人旅で、自由気ままに行動できて楽しかったし、旅先で友達が出来たりもしたのだけれど、日本からの友達と旅行するってのも楽しそうだなってずっと思っていた。で、今回は念願かなったり!ってことで、楽しかった2週間だけれど、酔っ払った時かなり傷つくことを言われ、「海外旅行がほぼ初めてのこいつにとって、自分はたんなる便利な無料ガイドなのか…」、とまた落ち込む。
  • 10月。追試の勉強や、TAをする。3学期が始まって、初めの1週はいろいろなクラスに顔を出してみるが、結局Programming of Supercomputerで手一杯になる。Jamey Rodemeyer君自殺のニュースをCNNの動画で見て激しく傷心。日本の友達の何人かが、(自分には)原因不明の死を遂げていることを思い出す。やっぱりあの人たちも自ら死を選んだのだろうか…。何かに苦しんでいたのだろうか、それとも何となく人生を止めにしたかったのだろうか…。相談してくれれば、(苦しみから助けたりは出来なかっただろうけれど)お別れ会くらいを開いてあげたのに…。
  • 11月。友達の何人かがうつ状態になり、どうしようか…と考えていたら自分まで落ち込んでしまった。Programming of Supercomputerで忙しい日々を過ごす。2週間に1度位はクリスマスマルクとや蚤の市に出かける。奨学金受給者のミーティングでボンにも行った。博士やポスクの「人生捧げてる」感にちょっと圧倒された。デスクトップから消していた日本語環境が突如復活。埋没していた親知らずを二本抜歯。食事もままならない状態へ。
  • 12月。相次いで問題が見つかるProgramming of Supercomputerにうんざりする。バイナリーのインプットファイル、与えられたソースコード、supercomputerの使い方、課題の内容に間違いがあって、それらの誤情報によって膨大な時間を浪費した。input fileのgeometry informationが間違っていた時は、それだけでdebuggingに丸二日と半日費やした(他にやらなきゃいけないことがたくさんあったのに!)。終いには、トラブル続きのsupercomputerの遠隔操作を止めて、laptopで似たような環境を設定しプログラムすることになった。(コース名はprogramming of supercomputerなのにlaptop...)でも、input fileの誤りに気付いたときは、意外にも怒りは感じなかった。「あーやっぱ間違っていたのはオレじゃないんだ」って、ちょっと安心した。修士が始まってからずっと、プログラミングが苦手で劣等感を感じていたのだけれど、以外なところでそれが解消された。クラスメートに金を盗まれたのも12月。後になって彼はもともとそういう人間だったということに気付く。というか、勘のいい人はとっくにそのことに気付いていて、オレにかなり遠回しに警告を与えていたことに騙されてから気付いた。クリスマスは友達と寿司パーティー。生の魚は苦手な人が多かったけれど、人が集まって楽しかった。年越しで日本に帰ってからは、色々思うところあり。そういや、タイガーアンドバーニーを見た。

こうして振り返ってみると、2012年も何度か塞ぎ込んでるなぁ。12月に金を取られたときも少しショックだったんだけれど、あいつのことは「頑張ってるなー」くらいにしか思っていなかったのと、他に割と尊敬できる人が見つかったので、ダメージは小さくて済んだ。むしろ、1月や7月9月あたりの方が精神的には辛かった。試験前だったし。

卒業、留学、引越しといった目に見える変化が多かった2010年と比べると、2011年は自分自身がかなり変わった。ドイツに来たばっかりの頃の新鮮な感じは段々と薄れてきて、出来たらいいなって思っていたことを少しずつ身につけていった(り失敗したりの)1年だった。留学という長年の夢が叶った高揚感も収まり、いくつかの現実的問題に直面した。

当り前のことだけれど、ドイツの英語コースでComputational Engineeringを学んだからって、1年や2年で、ドイツ語や英語の運用能力が母語話者のようになる訳でも、computer scienceが現役のエンジニアを上回るほど飛躍的に得意になる訳でもない。日本にいる時よりも、勉強に時間を割いているので、以前と比べれば確かに実力はついているけれど、あと1年勉強を続けて自分がどうなるかは概ね想像がつく。留学って言っても、結局は学校でのお勉強で、多少上手くいったところで、一人前の科学者エンジニアになるためのスタートラインに辿りつけるだけなのだと思われる。

いろんな国から来たクラスメートと一緒に勉強していて、初めの1年はその新鮮さに隠れて見えないものが多かった気がする。結局、多様性だ何だと言っても、日本人の集団と似たようなものかと。笑顔で金を盗む輩、当然の様に嘘をつく人、サラリと不正を行う輩が混ざっているのも十分にあり得ることだなぁと実感。逆にいつもベラベラ話していて一見胡散臭い奴が、実はかなり真面目だったり。

ドイツ人に対する良いイメージも崩れたなぁ。確かに平均的にいい人は多いように感じる。ただし、結局は人間なので、排他的な人、体調不良で八つ当たりする人、傲慢な人、偏屈な人、嘘つきがそれなりの数いる。実直なドイツ人っていう固定観念もまったくの間違いではないんだけれど、結局のところ他の国と期待していた程大きな差はなく、つまるところ個人の問題だろう…という当然の結果に至る。

留学に対する感想も以前ほど良いものではなくなった。(もちろん、あのままT工大にいるよりはるかに良い選択だったと思うが。)全体としては良いのだけれど、いくつかの科目は滅茶苦茶なのは事実で否定しようがない。ある科目の担当指導官(博士の学生)が精神的に不安定で、当り散らすタイプの人だったのも不運だった*1。深刻な問題のあるコースについては今月学生代表を通して、苦情と改善案を伝える予定なんだけれど、はて、どうなることやら。

まぁ、そんなんで、「いざとなったら日本へ帰ればいいか」というプランB的な考えが心のどこかにあったのだけれど、実際に日本に帰省してみると「ずっと住みたい場所ではないかな」って感想を抱く。そもそも仕事なさそうだし。あぁ、帰る場所はない。

たくさん愚痴ったけれど、実は実り多い年だった2011年

色々問題はありながらも、精神的にはだいぶ楽になった。自分が生きたいように生きて、それで今のところはなんとかなっているのだから、それが自信に繋がったかな。対人的な問題も、自分自身が聖人君子とは程遠い人物なので、自分の周りにいる人々の何人かが欠点を抱えていたり、割と尊敬していた人にがっくりするようなこと言われるのも宜なるかな、類はともを呼ぶというか、朱に交われば赤くなると言うか…。12月に金を取った泥棒*2なんて、知性を伴った危険動物みたいなもので、「一度そういう人物だったんだ。」と了解すると、あまり自分は傷つかない。泥棒は窃盗をし、嘘つきは嘘をつく。何も驚くことはない。寧ろ本人の欠点に悩む友達の方が色々心配になる。大抵の場合、オレじゃ解決できないことで悩んでるし。

「人間は社会的動物で、多くの個体は集団の中で生きていかなければならない。でも、自分は集団の価値観に沿った生き方で満足出きるんだろうか?」ってかなり長期間悶々としていた。が、オレの個人的体験では案ずるより産むがやすしだったかな。あまり他人に期待しなくなってきたので、がっかりすることも減った。自分に対して上辺だけ良い事言ってくる人や、都合の良いときだけ友達になる「友達」もいるのだけれど、まぁ、こんだけ多様性多様性って騒がれているのだから、そういう人々がいるのも当然。そんなことよりも、自分のことを(ダメなところも)色々知った上でそれでも慕ってくれる人がいることの方が自分にとっては大切だなぁと実感した1年だった。

*1:約8ページのpaperを書く科目だったので、表紙込みで9ページのpaperを提出したら、鬼の形相で「8ページ位って言っただろ!」って怒鳴られた。何に切れてるのか理解できず、しばらく呆然としたけれど、彼女が2頁分を1頁に縮尺印刷したために、彼女の手元にあるのは5枚しかなく、そのことに怒っていた。あの人と関わるといつもそんなんで、常に爆発寸前。おっかないぜ!

*2:最近は「お金を返されたのに見ていなかったne_moに一方的に嫌われた可哀想な人」役を演じてるんだけれど、色々考えるにそんなことしても手遅れなんじゃないかと思われる。てか、借りたお金をこっそり返すってなんか、ごんぎつねみたいだなぁ。

2011-12-07

もう嫌じゃ 愚痴

タイトルのまんまですが、なんかもう嫌になってきた。おうちに帰りたいじょ。

ドイツに来る前は…ドイツ人にかなり良いステレオタイプを持っていたのだけれど、結局そんなものは偏見であって、結局個人の問題なんだよなー、と思う今日この頃。

ドイツ人は割とダイレクトにものを言う」って、ドイツ人自身も良く言うし、まわりもそういうので、そういう何だと思っていたけれど、結局はその人次第。

平気な顔して嘘ついて都合の良いときだけ友達になったり。

ものすごい横柄なのに、目上の人の前だと突然子犬みたいになったり。

個人的都合で機嫌や体調が悪いのを他人に当て擦りしたり。

授業中に講師自身が微妙に差別的な発言したり。

正直、こういう人たちとはあんまり関わりたくない。

☆☆☆

programming of supercomputerっていうラボコースが必修で、今取っているのだけれど、あまりに酷すぎる。

大雑把に言うと与えられたコードを並列計算様に書き直すっていう課題を与えられたりしたのだけれど、ここまで酷い授業だと、もはや時間の無駄の気がする。

supercomputerの使い方の説明は間違っているは、与えられたコード自体にバグが潜んでいるは、無駄な冗長部分はあるは、コメントは足りないは、最悪。

「tutorialの中で上手くいけばこんな結果が得られるはず」って説明を受けたのに、その結果も実際のものと違うし(オレの間違いではない)。

このラボコース、はじめっから説明が不足気味だった。

今となってはっきりしたのは、tutorのドクター生がtutorialに時間を割きたくないのが最大の原因。

そして彼を監督するはずの立場の人がそれを出来ていない。

間違ったinstructionやバグなんて、一度tutor自身が試せば分かるはずなのに、それすらもしない。

更に、おそらくはtutor自身がassignmentの内容を理解していない。

だから、質問をはぐらかしたり、「それがchallengeなんだよ!」 みたいな答えをする。

何年か前に誰かが作った課題を使いまわしにしているだけ。

去年の生徒からのfeedbackもとても悪かった。

例えばこんな感じ…

Für die Zukunft wünche ich mir:

    • The tutor should definitely be changed! Her attitude towards students is unpleasant and unfriendly.
    • A nicer and more helpful tutor.

Das fand ich gut:

    • nothing!
    • none

Sonstiges:

    • The tutor does not care about the students' problems at all. She does not reply to the e-mails. She does not care about the students' needs. She does not give appropriate information about the grading and information about the assignments. She does not give feedback.

どんだけ悪いんだよw。まぁ、今年は別の他人が担当しているのだけれど。

☆☆☆

話は代わって、クラスメートに金を取られました。

優秀な生徒で、いつもニコニコしているのだけれど、盗まれて気づいたのは、彼は完全なfakeだってこと。

一年間の友達のふりして着実に、金を取れそうな奴の狙いを定めていたことが判明。

その国出身の人は、日本では評判が悪い。

でも、オレはそういう偏見って嫌だなってずっと思っていた。

学部の頃からその国出身の友達がいて、せっかく優秀で真面目な人なのに、そんな偏見をもとに判断されたら可哀相だなぁと、思っていた。

だから、その国の人への良くない印象って言うのは色んなとこで聞いたけれど、気にしないように努めていた。

本人が真面目にやっているのに、同じ国出身の少数の詐欺師や泥棒の所為で不当な評価を受けるって、あんまりじゃん。

だけど、そういうところが甘かったのか、「こんな奴が偏見に晒されたら可哀想だな」と思わせるような奴に、自分が金をくすねられてしまった。↓

☆☆☆

確かに、人間、本当に経済的に苦しくなってお金がどうしても必要な場合、気持ちに魔が差すことはあると思う。

でも、彼は(裕福って訳ではないにしても)、それほどお金に困っている訳ではないはずだし、パーティーでも女性にプレゼントを配ったりするだけの余裕はあったのに、なぜ小銭をオレから盗む?

そんだけ優秀で成長著しいかの国出身で、ドイツでもそれなりの大学の修士で割と成功しているのだから、今他人の金を盗まなくても将来有望だろうに。

借りたものを返すのを忘れたり、返したつもりになっていたりすることは、記憶の間違いであるかもしれない。

奢ったり、奢られたりしているうちに、どっちかの方が割と多めに払ってしまっているってこともあると思う。

でも、騙されて、後になって気づいたのは、彼はそのまま盗むためにオレから小銭を借りた。(そもそも彼には金を借りる必要がなかった)

☆☆☆

オレは奨学金を受給していることを隠していない。

いつだったか、奨学金の話を彼としてたことがある。

「今からでも出願が間に合うんじゃない?」とか、「国によって事情は違うけれど一応問い合わせてみなって」とか偉そうにアドバイスした気がする。

そういうのを自慢話と取られたのだろうか。いや、でもあの時も彼からその話を振ってきたし。。。

「この程度の奴が金をもらってオレが貰えないのはオカシイ→オレにはこいつから金を取る権利がある!」

って考えたのだろうか。

もしや、小額を盗むことは、彼の価値観の中では悪いことではないのだろうか。

………小額から始めて様子をみているのだろうか。一ヶ月位前にも昼食代をなかなか返さないことがあった。

その時は結局返してくれたから、ちょっとふざけていたのかと思っていた。でも

今から考えると、あの時は他の友達も周りにいたから返したんであって、彼に取っては失敗だったのか。。。

昼飯代借りるくらい気兼ねなく頼める仲と、とんでもない誤解をしていた自分って、一体…。

今までにほんの少しだけ「あれ?」と思うことが何回かあったけれど、騙されて初めて点が線で繋がった。

☆☆☆

必要にかられて嘘を吐くことは人生ではあるだろうけれど、自分が利益を得ることを目的に他人を騙すってのはね…ひどいじょ。

今までうわべに騙されない自信はけっこうあったんだけれど、自分の人を見る目のなさにもがっくり。

「あいつはいつもニコニコしていて、こっちも気分が良くなる」って共通の友達が言っていた。

それは、「いつも疲れた顔をしているne_moもちょっとはあいつ見習えよ」っていう冗談だったんだけれど、「まぁ、そうかも」って思っていた。

しかし、ニコニコしながら、頭のなかじゃカモを探していたなんて。

本当に自分のことを慕ってくれていた友達が明らかに困っていた時に「オレにはどうしようもないけれど頑張って」みたいなこと言って、まんまとうわべだけの奴に騙されていたなんて…オレもダメだなぁ。

うぅ。。。人間不信になる。

☆☆☆

上に書いた他人ってけっこうみんな優秀なんだよね。お勉強とか研究は。

今まで頭のいい人ってけっこう尊敬していた。

能力がある分、他人を助けたり、面白いことを出来たりするから。

でも、オレに取っての人間の価値って能力とはまったく関係のないもの何だなぁ、と思う。

ほんとはブログを書いている場合じゃないのだけれど、こんな時のための愚痴ブログだから。。。精神安定のため愚痴りました。

2011-11-26

100年プロジェクト

奨学金の受給者の集いで、Bonnに行ってきた。交通費もほぼ全額支給されて、ホテルも予約されていて、至れり尽くせりだぐふ。

対象がアジア太平洋からの留学生だったので、20人近くの日本人が参加していた。一度にこんなに多くの日本人と話したのは久しぶりで…緊張。人が多すぎて、誰が何て名前で、どこで、何を研究しているのか、頭に入りきらなかった。

全体としては文学とか芸術を研究している奨学生が多かったなぁ。人文系多し。

☆☆☆

いろんな人と会話をしたのだけれど、中でもラテン語研究者の話が面白かった。

その方はドイツラテン語-ラテン語辞書の編纂をしているそうな(死語-死語辞典)。その辞書の編纂プロジェクト自体は100年ほど前に「A」から始まったそうで、今は「N」をとばしたけれど、「P」に辿り着いたらしい!あと50年くらいで一周目が終わるだろうとのこと。

うへっ!

そんな気が遠くなるような作業を営々と続けている集団がいるなんて、衝撃。100年前のドイツってまだ第一次大戦も始まってない頃で(?)、ドイツ帝国とかやっていた時代。現在辞書の編纂作業が進められているレジデンツでは、まだ国王とかが住んでいたんじゃあるまいか。

その後の2つの大戦やヒトラー独裁、東西の分裂、コンピューター、wwwの発明を経てもなお続く、とっくに死んだ言語の辞書編纂作業。この悠久の営み、似たような作業を100年以上続けているのだから、それが好きな人に取っては最高のプロジェクトかも。学術的意味も大きいって、DAADの人も認めていた。

☆☆☆

ラテン語の辞書の人以外にも、博士課程の人からは「人生捧げている」感が伝わってきた。人文系博士の就職難は以前聞いたことがあるけれど、それでも学びたいことがあるってのは素敵だなー、と。

オレの場合、そこまで自分の専門分野は好きじゃないっす。

といっても、もともと学際領域なのに加えて、自分はまだ修士なので、専門と胸をはって言えること自体ないのです(げ!)。ドイツの情報系の修士では、日本と比べると広く浅く進める感じ。この辺は自分で調整できたりもするのだけれど。

修士課程を選ぶときは、国の体制とかその後仕事が得易いだろうかとかも考えたので、「研究内容が好きか」ってのはたくさんある理由の一つだった。「好き」だけならやっぱ、ニートかな、なんて。でも、暖かい布団と温泉が一番なので、老後はマッサージチェア快適度検査官とか温泉鑑定士とかになりたい。

プログラミングとかも確かに面白いけれど、丸一日費やして見つけたバグがほんとうに下らないものだったりすると、かなりげんなりする。アルゴリズムの勉強は大抵面白いけれど。

そんな訳で、一生を賭けて昔の本の研究とかしてる人の話を聞いてちょっと圧倒されたのだけれど、仕事の見つけ易い学問領域って選び方とかもかなり良いのではないかと思う。仕事が見つけ易いってことは、大抵の場合社会に必要とされているってことだし。そもそも金稼がないと自由な生活できない。

☆☆☆

DAADの人のアドバイスが心に残った。

勉学のために留学されているのだと思いますが、勉強しすぎないでください。時には人や、土地から経験を積むことも大事です。*1

確かに、大学と家の往復だと、別に日本に居るのとそれほど変わらないんだよなw

*1:意訳