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寝 庵

2017-05-14

ドクターストップ 10:27

長い間やりたいように生きてきた。それなりに体調が悪い時もあったが少し気を付けるだけでなんとかやってこれた。ただ私ももう若くはないのだろう。とうとう健康診断で問題が見つかり医者から摂生をいいつけられた。
2年ぶりに健康診断を受けてみると中性脂肪の数値が基準値の5倍。肝臓の数値が2倍。

『お酒は控えて摂取カロリーにも注意しなさい』だってさ・・・。

1か月後の再検査までしばらく我慢しよ。。



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2017-04-11

08:23

今年は例年にくらべて寒いように思う。もう4月だというのに上着が必要な日が多い。そのせいか桜の開花もずいぶんと遅かった。
私の感覚では桜の花というのは卒業式にはまだ咲いていなくて入学式にはもう散っているといった感じだ。ところが今年は入学式どころか始業式の頃でもまだ満開1歩手前といったところだった。

毎年ささやかではあるが花見にいっているのだが今年はどうにも間が悪い。先の休日頃は7分咲きといったところだったが生憎の雨。傘をさして川沿いの桜を見ながら歩いたが日が差していなかったので写真も暗い。

次の休みの頃はといえば、もうかなり散っているだろう。今年は間が悪かった。

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2017-03-18

続・そっちの都合 10:45

私はサケが好きだ。ほぼ毎日飲んでいるし、外で飲むこともあれば家でも飲む。
人は何故かサケを飲むことに理由を付けたがるようで「めでたい席ではサケが美味い」だとか「1人で飲むよりも皆で飲む方がサケは美味い」などという言葉をよく耳にする。
はて、世の中の多くの人にとってはそんなものなのだろうか・・・。

私はそもそもサケは1人で飲むものだと思っている。私がサケを飲んでいるとき向いに座っている人がサケを飲んでいるかどうか、そんなことはどちらでもいい。めでたい日でえもロクでもない日でもサケは飲むし向いに座っている人が飲もうが飲むまいがどうでも良い。
酒席に招かれその場で
「皆でワイワイ楽しく飲むサケは美味いだろ」
と同意を求められたところでそれは そっちの都合であって、サケは1人で飲んでも美味いときは美味いものだ。

2017-03-15

そっちの都合 10:03

かれこれ20年以上も前の話であるが今頃の時期になると思い出すことがある。
当時私は20代半ばだった。女にモテるというようなことはなかったがそれなりに青春をエンジョイしていた。そんなあるときのバレンタインデー、知人の女の子からこんなことを言われた。

『好きになってもいいですか?』

その女の子に対してはなんの下心もなければ悪い感情も持っていなかった。そして今ならもっと気遣いのあるものの考え方をするのだろうが、その当時はバカだったというか考えが浅かったというか。とにかく私は大して考えもせずに

『うん、いいよ。』

と、気軽に返事をしてしまった。
その後すぐにバレンタインが来て手作りチョコをもらった。そしてその後、ホワイトデーにお返しをしたのかどうかはよく憶えていないが、ちょうど今くらいの時期、その女の子に号泣しながらこんなことを言われた。

『好きになってもいいって言ったやん!!』

確かに私はそういった。言い逃れするつもりもない。しかし、彼女がなぜ号泣するほど怒っているのかサッパリ意味が分らなかった。人を好きになるというのはそっちの都合であって、それを辞めさせる権利など私にはないはずだ。そしてその時、彼女は私に対して何かをして欲しいと要望をだしたわけでもなかった。

しかしまぁ、あんなにスゴく怒られたのだから少しは堪えたし、そんな風に適当に返事してはいけないということも学んだ。しかし、それでも、やっぱり今でも思う。

『好きになってもいいですか?』

そんな風に聞かれた場合はこう思う

『そんなんオマエの勝手やん。』

2017-03-11

友人の葬式 10:22

幼稚園の頃からの仲なのでかれこれ45年の付き合いか。
そんな友人が事故で逝ってしまった。早生まれのためまだ48才、あまりにも速過ぎる。
若い者の葬式は涙が多い。かくいう私も人目もはばからず声を出して泣いてしまった。
小さな頃から自由奔放で、そしてそのまま大きくなったようなやつだった。
短い命を惜しみなく生きたいように生きて死んだ、そんな人生だったように思う。
神に愛された者は早く神のもとに召されるとはよく聞く話しだが、アイツのことを思うとその言葉はあながち迷信ではないように思えてくる。
私はつまらない命をセコく惜しんで生きている。神から愛されるようなキャラでもない。こんな私は少しでも長生きして多くの友人を見送ろうと思った。
私にはそれが似合っているように思う。

2017-03-07

​映画『MERU/メルー』 21:36

先の日曜日、「メルー」というドキュメント映画を見てきた。
ネットで見付けた山の映画で宣伝もあまりされていなかったし話題にもなっていなかったので全く知らなかった。そのせいで既に大阪では上映されている映画館がなく、しかたなく尼崎まで足をのばした。

場所は尼崎の塚口サンサン劇場上というところ。この映画館がまた味のある劇場で非常に良かった。日曜日のレイトショーというあまり人がこなさそうな時間にも関わらずそこそこの人出だった。きっと本当の映画好きはこういった所で映画を見るんだろうなといった感じが。そして映画館の運営者側もきっと映画が好きなんだろうなといった雰囲気がいたるところに。

肝心の映画はというと、圧倒的に凄い景色を大きなスクリーンで見れたのも良かったし山屋(アルピニスト)という人種の頭のイカレ具合も上手く表現されていた。ホント、世の中には色んな人がいるよ。。


2017-03-04

続・老眼 13:24

久しぶりに読書でもしようと書店に行き、色々と物色しているウチにふと気付くと興味深い本よりも活字が大きく読みやすい本を選んでいた。
レーシックでもしようかな、マジで。。

2017-02-25

WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS 12:21

書店をブラブラしながら面白そうな本はないかと物色しているときにふと流れてきたメロディー。
いまさら感の強いビートルズの名曲『WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS』
その曲を聴いて「そうそうそうだよな」と強く同意する。

私はいつも思っている。世の中は激しく厳しい荒波だと。仕事にしろ人付き合いにしろどんなことでも本当に大変で、時にウンザリしてしまうし生きているのが嫌になってしまうことだってある。
でもだいたいのことは誰かのほんの少しの助けがあれば上手く乗り切れるし、仮に上手くいかなかったとしても失敗を前向きに受け止め教訓とすることができる。
そう、ほんの小さな助けがあれば。

そんなに大きなものが必要なのではない。ほんの小さな、自分のことを愛してくれている人の助けと、愛することのできる誰かの存在があれば。そうすれば人生はわりと上手く歩んでいけると思う。

私が生まれた年に発表されたこの曲。すなわち50年前の曲に共感できるんだからやっぱりビートルズってすごいよなと思う。
そして、世の中は世知辛くてその小さな助けを得ることが難しくて、だからこそこの曲は名曲なんだろうなと思う。。


2017-02-24

仏像に恋して 10:50

数年前に読んだこの本

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なかなか興味深い内容であり、そしてその後 私も仏像に興味を持つようになった。
といっても熱心な仏教徒でもなければ美術に興味があるワケでもなし・・・。 先日のタイ旅行の時も涅槃像の前で昇竜剣のポーズで写真を撮ったような馬鹿者です。

こんな感じ

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まぁ、そんなではありますが、仏像に興味を持ち始め先日もとあるお寺の数十年に1度しかご開帳されない秘仏を見に行って来たわけであります。
仏像というのは多くの人々が拝むから価値がでるものと思っていましたが数十年に1度しか人々の前に姿を現さない仏像にもそれは価値があるわけで、勉強不足な私なんぞの想いが及ぶ外側に真実があるのかと思いました。

この先も、またもう少し勉強して、興味が出たら少しくらい遠くても足をのばしてご尊顔を拝しにいきたいと思っています。

2017-02-20

日記 10:59

ネットの世界で日記を載せはじめたのは今から15年以上も前のことだ。
その後ブログに移行し、だんだんと更新頻度が下がり・・・。 近頃またこのブログにも力を入れているが、実は別にいくつか日記を書いている。
そのうちの1つは机に向かい紙のノートに書いている日記だ。ノート自体はどこにでも売っている一番安い30ページの物で、2015年6月からはじめもう5冊目に入っている。毎日書くワケではないが1週間以上間隔があくこともない。
なにゆえこのデジタル時代に手書きのノートなどという手間の掛かることを始めたのかというと、それは大方の予想に違わず漢字を忘れないようにと文字の綺麗さを取り戻すためだ。
もともと小学生の頃から苦手だった漢字はパソコン全盛の世になるとますます忘れてゆき、小学校低学年レベルの漢字でさえ思い出せないことが多くなった。文字自体ももともと乱筆だったものが字を書かなくなると手先が不器用になったのか更に汚い字となった。
役所や銀行、結婚式の受付など人前で字を書く機会というのはそれなりに多い。そんなとき汚い字を晒すのは恥ずかしい。
今さら習字を習おうとまでは思わないが、せめて必要最低限の漢字はスラスラと書けるようにしておきたいし、少しばかりの文字を書いて手が痛くなってしまうような情けないことにならないように。そんな思いから手書きの日記をつけはじめたのである。

漢字はなかなか思い出せないけど、文字はなかなか学生時代ほど上手くかけないけど、それでも近頃は数行書いて手が痛くなるようなことはなくなったよ。


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