哲学への誘い('08) 第13回 絵画と遠近法(講義メモ)

第4部 絵画空間と哲学 (1)絵画と遠近法

第4部では、絵画における遠近法技法を介して、芸術と科学、さらに哲学との関係を検討する。始めは、ルネッサンスにおける遠近法の成立について検討する。


【キーワード】象徴形式としての遠近法

イコノグラフィー

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/images/928icon8.jpg図像学。絵画・彫刻等の美術表現の表す意味やその由来などについての研究。
たとえば、E.パノフスキーによれば、ピエロ・デラ・フランチェスカの『盲目のクピド』は、プラトンパイドロス』の主題であるエロスと関連づけられる。クピドは悪しきエロスを指し、私たちの心のうちに分別を失わせるような情欲を引き起こす存在を象徴する意味で、目隠し、弓矢、裸体で描かれる。みたいな。


絵画における奥行き表現

上記の関心とは別に、ここでは絵画に欠かせない技法である奥行きの表現(遠近感や立体感の技法)を取り上げる。私たちの三次元的な立体の世界で得た視覚経験を、二次元的な平面の上での表現に閉じ込めようとすること。そこに絵画にとっての奥行き表現という宿命的課題がある。

奥行き表現の代表的技法=ルネサンス期の遠近法(パースペクティブ)など。

遠近法以前の奥行き表現

図と地の関係で奥行きを表現する方式


日の丸の図形などが代表例。赤丸が白い四角形よりも前方にあるという表現。ただし、「ルービン図形」など、どちらが図でどちらが地が簡単に決定できない場合もある。


重なりの遠近法

http://www.chikyu.ac.jp/rihn/project2008/images/H-FS-pic1.jpg紀元前3000年期のシュメール文化の絵画『ウルのスタンダード』。重なりによって、動物の前後関係を表現している。こうした奥行き表現が使われていた時代は長く、紀元前6世紀のギリシア『フランソワの瓶』などにも見ることができる。


鳥瞰図

http://t1.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQsHuYZLoHkvn5aEn_4-Q_yJQe9XZ0XDrKi2e5REgGijUAOv6_ZKjk-_CT0風景を鳥の位置から見る奥行き表現。地平線よりは下に描かれた事物の場合、上に描かれたものがより遠くにある。(図は『山水屏風』)


遠近法の起源

ルネサンスと遠近法は関係が深いが、遠近法的技法は古代ギリシアの時代にすでに登場していた(1世紀のポンペイの壁画など)。ただしパノフスキーはそれを正式の遠近法とは認めていない(理由は後述)。他方、ゴンブリッチはこうした作例を踏まえ、遠近法の起源を古代ギリシアに求め、プラトンにも言及する。


プラトンは芸術一般に敵対的な意見を述べたことで知られるが、『国家』において、絵画は真理(イデア)が二重に模倣されたものに過ぎないとして批判している。

二重の模写(寝椅子の例)
まずイデアとしての寝椅子がある(観念の世界の中に)。次に現実の寝椅子であるが、これはイデアの世界の寝椅子の模写であり、すでに真理ではない。そして最後に、絵に描かれた寝椅子は模写の模写であり、価値がないとする。


さらにプラトン、人間の目には寝椅子を見る方向によって異なって見えることを問題にする。これは私たちの視覚の混乱の類に過ぎず、画家はそうした私たちの弱点を利用して、見る人を欺いて立体感を感じさせるとして非難した。プラトンによって非難された絵画は、陰影画(スキアグラフィア)と呼ばれる。ゴンブリッチは、プラトンの評価を逆転させて、ここにこそ他から冠絶したギリシア絵画の独自性を認めることができるとした。


スケノグラフィアは今日全く遺されておらず、ギリシアが遠近法の起源であるかどうかを直接決定するのは困難であるが、紀元前5世紀初頭における変化は間接的に知ることが可能である。

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赤絵式の作品『ニオビーデの画家のクラテル』とよばれる壺絵には、顔や体が斜めの方向から描かれ、盾が楕円形に描かれるといった、紀元前6世紀にはなかった特徴が見られる。また、『クリティオスの少年』の彫刻も斜めから見たポーズで描かれている。この彫刻が作られたと想定される紀元前480年より以前(アルカイック期)の彫刻には決して見られなかった特徴*1



こうした表現(3/4斜角ポーズ)の意味は、この世における束の間の生の肯定であり、最盛期のギリシア精神に他ならない。芸術に批判的だったプラトンもまた例外ではない。そしてこのような彫刻のスタイルが確立した時代に、絵画における遠近法的な空間表現も確立したとも考えられるはず。

ルネサンス期における遠近法の成立

ルネサンス期に最初に遠近法に従って描かれた例は、15世紀初頭、フィリッポ・ブルネレスキによるフィレンツェのジョヴァンニ礼拝堂を描いた作品であると言われる。遠くのものを小さく、近くのものを大きく描くという表現法だけならば、14世紀初めのジョットによる作品『イエスの生涯』に見ることができる。

アルベルティの『絵画論』

http://www.h3.dion.ne.jp/~fmic-tyo/KB/KB51-100/Kb_no98_photo/fig_01.jpg1435年にレオン・バティスタ・アルベルティによって出版。遠近法表現を数学的、図学的裏づけをもって体系化した著作。「視覚的ピラミッド」や「消点(vanishing point)」という理論をはじめ、遠近法に与えた影響は大きい。(図は視覚的ピラミッドのイメージ)


レオナルド・ダ・ヴィンチの遠近法

レオナルドは、アルベルティの80年後に登場。あらゆる芸術の中でも絵画の特権的な位置を占める(自然の研究そのもの)とし、その絵画にとって遠近法が要であることを主張した。彼は手稿の中で遠近法の技法を次のように分類する。

  • 線遠近法
    • 目からの距離に従って、対象の見かけの大きさが縮小していくという原理。「幾何学的遠近法」とも言われる。レオナルド自身は「縮小の理法」とも呼ぶ。
  • 色彩遠近法
    • 寒色に塗られた面が後退して見え、暖色に塗られた面が前進して見える効果にもとづく技法。
  • 消失遠近法
    • 対象が遠方に遠ざかるにつれ、ぼやけて見えることにもとづく技法。
  • 空気遠近法
    • 見る人と対象との間に空気を感じさせて奥行き感を出す技法。


線遠近法の極限形態としては、斜投象図と透視図が挙げられる。

遠近法の科学論的、哲学的意味

16、17世紀の科学によって切り開かれた自然観は、一般に機械論的自然観とよばれるが、遠近法との関係も深いことが明らかである。

空間の無限性

線遠近法においては、対象の見かけの大きさが目からの距離に反比例して縮小していくという原理は、空間が等質で無限に広がるという空間認識にもとづくものといえる。平行線が無限遠点で消点に収斂するといった技法には、「無限」という概念が獲得されたことを意味する。


数学史において、初めて無限という概念が登場するのは、レオナルドの120年後、ヨハン・ケプラーの放物線の焦点をめぐる議論であるといわれる。また、無限遠点を平行線の収斂する点とする数学上の理論は、さらにその後の17世紀、ジェラール・デザルグの射影幾何学の理論を待つ必要があった点も興味深い。


一方、哲学の分野では、アルベルティらと同じ時代にニコラウス・クザーヌスが無限に関して論じている。それはあくまでも神学的、哲学的理論としてではあったが、神と自然とを等しく無限なものであるとする見方を示した。


こうした空間の等質性、無限性の理論は、中世の有限的宇宙観と対立するものであり、近世初頭以降の新たな科学の成立を用意する位置にあるといえる。先に見たパノフスキーによる遠近法のルネサンス起源説も、「無限」という概念が近世以降の西洋に固有の観念であるとして、その点に強い根拠を持つものである。

機械論的自然観の代表的人物

科学者としてはガリレオニュートン。哲学者ではデカルトが代表格。特にニュートンは空間や時間を、数学的に解明可能な等質で無限な組織という考え方を定式化した人物であった。

*1:アルカイック期の彫刻では、人物は真正面か真横から見た姿しか意識されず、極めて静的な印象を与えるものである。