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ニーム協会日記

2018-10-05 有難う!!アズナブールさん

有難う!!アズナブールさん

Charles Aznavour シャルル・アズナブール

「生誕94周年特別記念来日コンサート」

2018.9.17 19:00〜

NHKホールでの公演を観に行きました。

彼が9月末に急逝するとは想像できませんでした。

約2時間のステージでは休みなく元気に歌いました。

何回も何回も感動の嵐が来る素晴らしい情熱いっぱいの

声が響く。私はイブ・モンタンの歌声も好きであったが

別の心への響きがある。

私はシャンソンオペラが好きであったので大勢の歌手

との交流もある。だがアズナブールさんの声の響きは魂

が宿っている。

当日は大雨が降り、NHKホールに入る時は服もずぶ濡れで

寒かったです。2時間、寒さも忘れ彼の歌に酔った。

94才、因縁かもしれないが我が母も、義理の母も94才で

亡くなった。歌を聴いている時、声の響きにこれが最後

に聴く歌かも知れないと何度も思った。

9月末に亡くなったと聞いた時、特別な感情をもった。

最後まで人間は頑張るのだ、

また頑張らなければならない。 

メッセージが彼の歌の中にあった。

今、私もニームをやって様々な事が起きる。

でも、どこへでも行き人の心の中に安らぎを作る。

彼の歌にはニームの良さを世界中に拡げる

私の生き方にも同調する。

今回のこの歌は一生私の心の中で生きる。

有難う!!アズナブール 心の友に出会いました。

静かに眠れ アズナブール!!

2018-08-10 8月8日

8月8日


本日、1947年8月8日午前5時30分に生まれた

私が71回目の誕生日を迎えました。

朝一瞬の日を浴び、その後は台風13号が近づき大荒れ!


11時、奈良県私立西大和学園高等学校2年生男女

4人づつの8人の生徒さんが来社。

来社目的はSGH(スーパーグローバルハイスルール)

への取り組みで考案したビジネスプランの中でニーム

言う植物の可能性に非常に興味を持ち、ニームについて

調べていく内に日本ニーム協会のことを知ったとのこと。

連絡を受け、本日来ていただきました。

協会で私と根本理事、鈴木さんとで対応しました。

インドCSRの一環でニームフェアトレードを考えて

いるという。

協会も以前、インドプロジェクトをやってきたので

考え方はよく理解できます。

活発な意見を頂き、ニーム対応をしました。

私の著書「ニーム地球を救う」、ニームの木、

ニームの葉、ニームの粉をプレゼントしました。


13時30分、国連大学を訪問しました。

7日〜9日迄、国連事務総長が9日の長崎原爆記念の

講演のために来日したとのこと、

国連大学に寄るということで大忙しの状態でした。

前日、訪問を予約し、8日13時30分訪問し

国際連合工業開発機関(UNIDO)前田さんに国連のこと、

UNIDOのこと講話を頂きました。

そして国連大学のローズホールの会議室で写真を

撮ったり、現場を視察しました。

生徒さんは皆様、喜びの顔でいっぱいでした。

14時40分、会場を後にし、生徒さんと別れました。


19時30分、30年前に私の創立した六交会に

向かいました。

来月は30周年の大会を大会場でやります。

台風13号にもかかわらず、23名の勇者が

私の誕生日のためにお祝いにかけつけて頂きました。

素敵な花や記念品を頂き、お店からも大型ケーキを

プレゼントして頂き、皆様の心温まる歌で

祝福されました。

72歳に向けてアフリカへのニーム植林

六交会の31年へのスタートを切った嵐の中

忘れられない台風の夜でした。

それが8月8日です。

皆様 有難う 有難う 有難うございました。

2018年8月8日

稲葉 眞澄

2018-07-13

カンボジアの旅

6月20日「NPO法人日本ニーム協会 勉強会」を終えすっきりし

6月22日カンボジアNGOの招きで10時50分発Phnom penhに向け

出発しました。同行は阿久津 理事との2人旅。

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飛行機はANACAの体調が悪そうであったのでニーム入りブドウ糖

ニーム飴をプレゼントする。

この飴は3年前、ミャンマーに行った折、サーズとインフルエンザ

が流行っていてCAさんにこんな時はどうするのかと聞きました。

答えは何にもできないので困るんですとの返事。

それではニームで作ってみますの一言。一年間試作の連続

その後、完成させた商品です。

その時、ANACAさんの一言がこの商品を作る事になりました。

この商品には即効性があります。どうか元気になってください!!

お礼に搭乗証明書プレゼントして頂きました。

空港でビザを取りました。30$

3人の友人がPhnom penh空港に迎えに来てくれました。

夜、NGOの仲間が集まりミーティングです。

私の大好きなドリアンを用意してくれました。

食べきれず、明日も食べられることが嬉しい!!

2003年カンボジアに日本ニーム協会支部を作りました。

それから8年岩本 理事が頑張ってくれました。

岩本 理事を知っている植松氏にも面会できました。

私の書いたニームの本も読んだとのこと。

30〜40年 3ヶ国で生姜を作ってきたとのことです。

今回も孤児院生姜を作ってきた収益を上げるためのプレゼン

をして欲しいとのこと。

翌日、植松氏と一緒にやっている住友氏の畑に3時間かけて

行きました。ここに何本かのニームの木がありましたが、

質の良いニームの木ではありません。

彼はここで1.5haの土地を借り農業をやっています。

電気もトイレもありません。カエルが鳴くここで生姜

ゴーヤ、ナス、トマト等を作っています。

ここでニームを使った有機農業に挑戦するという。

翌々日、彼が以前に生姜を作っていたが大水で流された

場所に行きました。

中州にある土地、まるで島の様です。4000人が住んでいる

自動車ごと船で渡る。

ここにも30年位過ぎたニームの木が何本も残っている。

この中州でも生姜を作っていたが、水が入り流され

昨日行った場所に移ったとのことです。

カンボジアの雨はハンパないすごいスコールなのだ。

特に印象に残った2人のカンボジア人を紹介しよう。

1人はブンティ氏 日本の東京理科大卒で奥様は日本人と

聞きました。

仕事とボランティアを同時にこなし、カンボジアの発展を望み

企業やボランティアのキャスティングや講師をやっている。

ハートの良い頭のきれる良き友人を得ました。

彼のやっているレストランで各種の打ち合わせをしました。

この店のカレーの味、一生忘れないでしょう。

もう1人はコピー氏 彼も日本の大学を出て9年日本に居たとのこと

奥様も京都大学大学院修了とのことでした。

彼は181haの土地を所有しています。見て欲しいとのことでしたが

遠すぎて今回は無理なので、次回に行くことにしました。

私の考えているカンボジアプロジェクト案がほとんど私と彼は

同じビジョンでした。お互いにびっくりしました。

彼は環境大臣と親しく、次回は是非大臣とお会いしてくださいと

言われました。

又、水を売っています。日本の機械でボトリングして売っています。

彼の会社を訪問し、奥様に案内していただきました。

今回も処刑場跡地に行きました。

本の少し前に、人間は戦争で理性を忘れ、人が人を殺すという

むごいことをしたものだ。ただただ手を合わせる。辛かっただろう。

人間とは何かと黙って考える。

前回はカンボジアの北の方を回り、今回は南の方を回りました。

時間が少なかった為、行ける場所は少なかったです。

夜、ワールドカップ 日本対セネガル戦を英語の放送で観ました。

映し方が日本中心ではないので、こんな放映の仕方があるのかと

思い出が一つ増えました。

67チャンネルで各国の放送を観ましたが、日本の放送は静かですね。

帰国前、イオンの2号店を見に行きました。

日本でも見たことのない大型店でした。

Phnom penhのデートスポットと聞きました。

日本の食品は、価格が日本とあまり違いません。

高いですわ、カンボジア人には無理かも。

時間が遅くなると、半額とか割引が行われると言う。

それまで一般の方は待つ人が多いと聞きました。

でも日本食を食べたい、安心と安全が神話としてまだ残っている。

一歩外に出ると、どの家も家の軒先に物を出して売っている。

たくましいのだ。こんな大型店ができると小店舗はなくなってしまう。

先が見えるだけに、嫌な感じで時を過ごしました。

イオンで大雨に合い、帰り道、道という道が冠水して、オートバイ

自転車があちらこちらで故障が多くなる。

友人も車から降りる時にケイタイを落とし、道の水の流れの早さに

失ってしまいました。

空港に行く途中「こんなところに日本人」というテレビ番組に出演した

西川氏のうどん店で食事をしました。美味しかったです。

彼もニームの葉入りのメニューを考えるとのことでした。

色々な人が頑張って生きている。自然の猛威もある。

人の団結もある。情けもある。戦いもある。

あれもこれも考えさせられた、今回の旅でした。

カンボジア万歳!!

NPO法人 日本ニーム協会 平成30年勉強会 平成30年6月22日

 【式 典】

 13:00 〔開 場〕

 13:30 〔開会〕 司会 NPO法人 日本ニーム協会 理事 根本 堅治 氏

 13:35 〔開会の辞〕 NPO法人 日本ニーム協会 理事 野水 治通 氏

 13:40 〔ゲスト紹介〕 稲葉会長 

 

講師:染井正徳 氏

金沢大学名誉教授、薬学博士、薬剤師東京大学薬学部研究員、

    ソメイヤッコ(染井薬壺)研究所社長、NPO世界の砂漠を緑で包む会、学術顧問

「題名:黄砂,食料危機,地球温暖化解決するソムレとベッド,「地球の薬」の開発」

 

 【会長挨拶】

      NPO法人日本ニーム協会 会長 稲葉眞澄 

     

【 休 憩 】

講師:渡部 勲 氏

    ヘルステクノ株式会社会長、

    元丸紅株式会社 鉄鋼部門(海外勤務地クウェートインドイランスリランカ等)

    ・テヘラン丹下健三先生と一緒に仕事

    ・サンフランシスコ講和会議で日本に対して第二次世界 大戦の損害賠償

放棄して下さった

     JRジャヤワルダナ スリランカ初代大統領に仕事の件で会う

    ・現在、無農薬栽培に力を注いでいる

            

【質問】

 

 【閉会の辞】

 16:30 NPO法人 日本ニーム協会 理事 阿久津 賢哉 氏



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2018年6月20日、梅雨時のじとじと雨の中 勉強会が行われました。

講師の染井先生からはゴビ砂漠の緑化事業の報告

またアンチエイジング化粧品の話には多くの関心を得ました。

私は毛生え薬の話には、他人事でなく自分ごとなので大関

でした。

黄砂、食糧危機地球温暖化解決するソムレとベッド、

地球の薬の開発」の話でした。

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また、渡部先生にはサンフランシスコ条約にて日本の四分割案が

出て、4ヶ国による分割案を地図で示されゾッとしました。

スリランカの初代大統領 JRジャヤワルダナ氏の反対で

割れなかった。

テヘラン丹下健三先生と仕事をしたこと

今、無農薬栽培に力を注いでいるお話でした。

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遠くはパラグアイからも出席いただきました。

先日は会長が講演しました会の方々からも出席を頂きました。

出席者の皆様からニームに対する活発な意見が相次ぎ

今回も熱い勉強会となりました。

ニームに対する可能性が益々大きくなってきました。

出席者の皆様、都合で来れなかった皆様に幸あれと

祈る、本年の勉強会でした。

2018-04-02 NPO法人日本ニーム協会 平成30年セミナー

NPO法人日本ニーム協会 平成30年セミナー

NPO法人日本ニーム協会 平成30年 セミナー平成30年3月16日

 【式 典】

 13:00 〔開 場〕

 13:30 〔開会〕 司会 NPO法人 日本ニーム協会 理事 根本 堅冶 氏

 13:35 〔開会の辞〕 NPO法人 日本ニーム協会 理事 根本 堅冶 氏

 13:40 〔ゲスト紹介〕 稲葉会長 

 

 【ゲスト挨拶】

 13:50  安永 裕幸 氏  国際連合工業開発機関 東京事務所 所長 工学博士

 14:05  ビンギョル ボラ 氏 トルコ人実業家、学生サービスセンター社長、

      「日本道義主義の会」理事

 14:20  平野 のり子 氏  社団法人 日本はちみつマイスター協会 代表理事

 

 【会長挨拶】

 14:30 NPO法人日本ニーム協会 会長 稲葉眞澄 

 

 【 休 憩 】

 

 【 講 師 】 

 15:00  星子 尚美 氏  星子クリニック院長 産業医

       健康スポーツ医、アンチエイジング統合医療認定医                        

 15:20  カンデルワル ニキル 氏 アーユルワールド代表

      東京大学大学院メディカルゲノム専攻

 15:40 萩原 孝一 氏  前国際連合工業開発機関 開発官、 アフリカ協会

    

 16:10  質問

 

 【閉会の辞】

 16:30 NPO法人 日本ニーム協会 理事 阿久津 賢哉 氏

 

安永 裕幸氏

国連第二次世界大戦後にできた。

常任理事国5ヶ国と日本が時々なる非常任理事国がある。

開発途上国は自然の恵みから、1つか2つの産品で生活をしている。

政府関係の投資をして頂き、仲介をしている。

現地にネットワークがあるので、現地のお手伝いをしている。

先週、エチオピアに行ってきた。1億人がいる。アフリカ全土で12億人。

エチオピアは高原にあるので、風土病がない。24度以下が蚊の対策となる。

ニーム民間療法であるが、科学的文献が欲しい。

現地の産業ー日本の産業ー世界の産業になると良い。

 

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ビンギョル ボラ

1971年ドイツ生まれる。1994年、日本留学

沖縄琉球大学トルコの大学と3つの大学で学ぶ。

現在、「日本道義主義の会」の国際部で頑張っている。

この道義は世界で通用するものである。

日本でビジネスを覚えた。

台湾ベトナムに行って両国が大変親日的であることがわかった。

しかしベトナムでは、ビザの関係で日本に入国するが難しい。

私は人類はみな一緒、世界は兄弟と思って接する。

愛は地球を救うと思っている。


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平野のり子氏

ニームの蜂蜜に非常に興味を持っている。

日本の農業には残留農業の問題がある。

ニームハーブ系のものを畑に植えると日本の土地がきれいになる。

国産の蜂蜜 48ヶ所

銀座の蜂蜜は、周りにある皇居など自然が多いので、美味しい蜂蜜が採れる。

ニームの蜂蜜をアメリカから入れている。

プロポリスも混ざっていて、一味違います。

7月29日、30日の蜂蜜フェアに来てください。


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稲葉 眞澄会長

先日、アフリカ会議で萩原氏に、法的には18年やって、1ミリもニーム

進むことが出来なかったと言われました。

実は1ミリの穴を開けるのに、18年を費やしました。

最大のチャンス、TPPが変更になり遅れました。

パラグァイではフランコ大統領、自らがニーム植林をしました。

協会も各理事や顧問が多くの国で植林をしました。

昨年はブルキナファソベナン植林を行いました。

有機農業の切り札として、各国からニームの問い合わせが多いです。

必ず日本においても、オリンピックを前に安全で安心の食べ物が

求められるので、まもなくニームの出番が来ます。

本日はネパールトルコから友人が来ました。

世界では、ポピュラーニームが使われていることを証明してくれます。

本年も一歩一歩ですが、ニーム協会を進めてまいります。


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星子 尚美氏

子供の頃、大きなケガをして、奇跡が起きて助かった。

自分もガンになった。

放射線では人を助けられない、人を殺すことになる。

患者から遺書を送られた。そこには立派な医者になってくださいと。

代替医療の勉強に力を入れた。

1990年、マクガバンリポートで食事が大事なことが知らされた。

農業がきちんとすると病気がなくなる。

薬漬けになっている。薬が病気を増している。

西洋医学は緊急に効く。予防医学が大事で"真健庵"をつくった。

ガン患者は2人に1人、ストレスに関係がある。

これからは腸が大事です。食事が一番です。

自分では自然は作れない。地球を大切にすること。


カンデルワル ニキル 氏

国費留学生で東大大学院でバイオの研究していた。

エイズやガンの研究。現代医学は何度も新しい薬の繰り返しで20年前の

抗生物質は効かなくなる。

アーユルヴェーダの研究に入った。5000年の歴史がある。又、未来の医学になる。

研究者から8年前、アーユルヴェーダの会社を創った。

アーユルヴェーダ(生命の科学)

リラックスと呼吸が大事です。

予防医学、ホリステックの考え

ニームは森の薬局、世界を救う樹、21世紀の樹と呼ばれ、

予防医学の最大なものになる。


萩原 孝一 氏

ニーム国連が20世紀最大の贈り物といった。

1999年、UNDPの予算でインドニーム研究所をつくった。

米朝会議をどこでやるか、日本でやることと提案してはどうか。

第三次世界大戦前夜かもしれない。

ゆるゆる感、いい加減さが世界が待望している文化

争いの時代は過ぎた。

20数年国連にいたが、今の状況は悲しい。

国連解決するものであるのに、紛争の場になってきた。

新しい国連が必要ではないか。

そこでUNSOを創った。

今、ニームの精神性を考えている。


 

2018-01-12 謹賀新年

謹賀新年


平成30年(2018年)明けましておめでとうございます

皆様におかれましても、ご健勝のことと存じ上げます


本年の仕事始めに、大勢の訪問を受けました。

特に二人の訪問者に感動しました。


一人は、アフリカB国のサワドコ氏31才、30代で大統領選挙

立候補を考えているという、私の話にノートをとって質問を

してくる世界の最貧国の一つ、この国を何とかしたい。

明治維新の様に、今、夜明けが来るB国をどういう国ににするか

真剣に考えている。


次は30代女性リリーさん ミャンマー人の女医さんです。

ミャンマーに病院を建てました。この国の医療を発展させたり

多くの人々を助けたい。日本の来て、東大、日大、静岡県立大で

医療を学びました。


国のこと、次の時代のことを真剣に考えている。

こんな30代の友人に、真剣に答える70才の日本の青年、

稲葉のもとには各国の青年が来る。

この70才の青年は、ニームを通してアフリカ大陸を緑の森に

する、マラリアをなくす、病気を少なくする希望のもと、

今年も頑張るのだ。


年頭には、いつも思い出す言葉がある。

日本ニーム協会を創った年に94才の母が危篤になった。

病院に駆けつけ母の手を握りながら、お母さん、私を産んで

くれて有難う。私は今、ニームという聖なる樹、神なる木と

呼ばれている木に出合いました。

生涯をかけてニームの普及をします。

母の今上の別れの言葉 ”がんばって下さい”

又、我が心の父、釈迦尊の言葉

衆生無辺誓願度”(我れ誓って、全人類の為につくす)

本年も日本ニーム協会前進させます。

会員の皆様始め、多くの方の心からのご指導、ご協力の程、

宜しくお願いします。


       NPO法人 日本ニーム協会

         会長  稲葉 眞澄