Hatena::ブログ(Diary)

ネ言 negen

◆ たいしたことは書きません。

2005-06-29-Wed

[] 話の大きさ 09:57

メガ話→ギガ話→テラ話→ペタ話→エクサ話→ゼタ話→与太話

ごめんなさい、疲れてるんです o.....rz

2005-06-27-Mon

[] 学校のトイレ 13:18

某大学某所のトイレ。し、シュールだ……。

f:id:negen:20050627131238:image:w50

2005-06-24-Fri

[] いろいろ 11:20

忙殺されまくりで、ネタに手を付けられない……。

 シュレッダーはセキュアな書類破棄方法か? :ITmedia エンタープライズ

へえ〜。要は自動化ジグソーパズルなわけね。クロスカットも復元できるなんてすげーな。吸い込まれたネクタイなんかも復元してくれるのかな(笑。

 “まりも”マウス発売 :ITmedia PCUPdate

ホンモノじゃないんだ。残念。

 USB Memory “イェ〜イドライブ”を発売 :ソリッドアライアンス

ホンモノじゃないんだ(あたりまえ。……ちなみにソリッドアライアンスの寿司ディスクはネタとして欲しいけどね。

2005-06-20-Mon

[] 浦沢直樹のマンガ 15:23

あるあるw ちなみにマスターキートン好き。

 浦沢直樹のマンガにありがちなこと

[] SDカード 15:17

便利そうだなあ。

 YouSD:INX JAPAN

サンディスク(米国)も出している。日本で発売しないかねえ。

 UltraII SD Plus Card:SanDisk

2005-06-17-Fri

[] 真・難解な日本語 14:11

「新」よりも「真」がふさわしそうなので変えてみた。おそらく日本で一番『リアル鬼ごっこ』を熟読しているんじゃないか、俺って*1。しかし、オリジナル版(文芸社版)はスゴイぜ。そびえ立つ高い壁だ。全てが“高い壁”それ以上の単語が見当たらない程、高い壁。

用例採取と傾向のまとめに思ったより時間がかかってるので今日は一つだけ。

右斜めに進路を取った。翼もそれに続いた。今度はすぐに前、右、左と三つに分かれた道に出くわす。

 (『リアル鬼ごっこ』(文芸社), p.182)

前、右、左……それってただの十字路じゃん! しかも、これ、文庫版の校正も間違ってて、


すぐに今度は三叉路に出くわす。

 (『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫), p.177)

三叉路になってる。三叉路ってのは「Y」の字みたいな形の道路のこと。交点から三つの道路が延びているのが三叉路。オリジナルのほうは文脈から判断すると、自分たちが通ってきた道の他に「前、右、左」の道路があることになる。したがって、これは単なる十字路であって三叉路ではない。著者の語彙の少なさにもあきれるが、校正の中の人もちょっと……。もしかして、この変な日本語に毒されたか?

*1:この本は少なからず読者の日本語能力に影響を与えるので読みすぎには注意しましょう。

2005-06-15-Wed

[] ブログに問われる書く技術、話す技術 12:23

ITmediaのコラム。

 ITmedia ライフスタイル:ブログに問われる書く技術、話す技術 (1/3)

まさかITmediaの記事で「主格」なんて単語を目にするとは思わなかった。しかし、それ以前にこのコラムにはツッコミどころが多いのでツッコんでみる。

 リンク張りのブログでは、リンクと共にその内容の一部を引用するというスタイルが定着しつつある。何かの拍子にそういうブログにたどり着くと、この人は一体何がしたいのだろうかと思う。

え? メモじゃないの? リンクだけだと中身が分からない場合があるから、ポイントとなる箇所を引用してるんじゃないのかな。セキュリティホールmemoだと「注目点」と言ってますね。まさにそんな感じ。備忘録としての一つの効果的な方法だと思う。

 それらの人は、きっと記事を読んで何か感じることがあったのだろう。そしてそれをうまく文章化することができず、このような形になったのであろうと、善意に解釈している。

いや、善意に解釈してもらわなくても、単なる備忘録としてのリンク張りなんだから自分が思い出せればいいだけで、そこに文章化の必要性はあまり無い。URLもしくはページのタイトルだけでは、思い出す行為に時間がかかる。なら、もう一つキーワード的なものを書いておくことで、容易に記憶を辿ることができるようになる。そのための引用なのであれば、文章化しなくともよい。

 だが筆者のごく個人的な考えでは、まあいいんじゃないの、と思っている。本人に「公開している」という積極的な意識がない状況で、そんなことを小うるさく言いだしても、せっかくの表現の芽を摘んでしまうことになるからである。

は? いきなり問題提起を破棄ですか。最初の導入は一体何だったんだ。このコラム全体に言えることだが、話しがあっち行ったりこっち行ったりで、何が言いたいのかがはっきりしない。

また日本語の会話では、主語・主格の省略がたびたび行なわれるため、利き手は話しのニュアンスでそれを類推しながら、理解していく必要がある。

「主語」とか「主格」とかは言い出すとキリがないし専門的すぎるのでパス。省略が多いってのはその通りだけど。「聞き手」が「利き手」になってるのは愛嬌ってことで。で、その主語の省略で挙げた例がもんのすごい。

 それで思い出したが、古くは芭蕉の句ですごいのがある。

 「田一枚植えて立ち去る柳かな」

 これは芭蕉が田んぼ一枚分の稲を植えて立ち去ったわけではない。「農民が田一枚植え終わるのを見届けて、芭蕉が休んでいた柳の元から立ち去った」のである。これなどは、一文の中で主語が違う人に変わっているにもかかわらず、両方とも省略してしまっている。このあたりが日本語の主語・主格省略の限界点だろう。

 ̄|_|○ こんな感じにひっくり返ったよ。をいをい、俳句かよ。省略問題で定型詩を挙げてどーする。俳句が何で「主語・主格省略の限界点」を示しているのだろう。さっぱり分からん。そもそも字数制限があるものに省略の限界を言っても無意味だ。

そしてこの日本語特有の脆弱性を悪用する例が、「挙げ足を取る」という行為だ。

だーかーらー、なんで省略問題が「脆弱性」なの? 日本語の「特徴」の一つってんなら分かるが、なぜ「脆弱性」と位置付けられるのか。「脆弱」って「もろくて弱い」って意味だよ。日本語はもろくて弱いんですか、そうですか。

 もともと英語は話し言葉と書き言葉の間に、あまり明確な区別がない言語なのだろう。

英語は話し言葉と書き言葉の区別がない……。誰がそんなことを言ってるんだろう。

世の中にはブログの書き方教室ができたり、文章の書き方教則本が地道に人気があるという話は、聞いたことがない。

本多勝一とかが売れまくってるのを知らないんですか?

一応、リンク張っておきますね。Amazon.co.jp: 検索結果 : 作文技術

 幕末から明治にかけて、欧化政策の一環として「言文一致体」が確立して以降、口語と文語を使い分ける必要はなくなったことは、われわれとしては感謝すべきだろう。だがそれは決して、話し言葉がそのまま書き言葉になるという意味ではないのである。

いろいろツッコミどころがありそう。けど、この辺りの問題に触れるには私の知識が不足してるのでパス。ただ、このコラムにこの段落の内容はほとんど必要がない、意味のない文章。

一方、日本語はというと、主語・主体の省略ばかりではなく、語尾をはっきり言わず後は聞き手に任せるという話し方が一般的なため、あまり口述筆記に適した言語とは言えまい。

 だが、ただでさえ口述に向かない日本語では、一人でしゃべって何らかの意志を人に伝えるということは、文章を書くことを超える訓練が必要だという事実が、どうも置いて行かれているような気がしている。

まあ、確かに論理的に物事を考える力を養わないと、適切な表現力が身に付かないってのは確かですし、プレゼンテーションの技術ってのも重要だ。特に日本語なんかはSOVだから、話し言葉では文末をはっきり表現する必要がある。でもだからといって、「口述筆記に適した言語とは言えまい」「口述に向かない日本語」って位置付けはダメだろ。こういう技術は個別言語の問題じゃないし。

日本語をうまく一人でしゃべるためには、いったん言いたいことを文章にしてみるというのが、実は一番の近道なのである。

英語だって何語だって、うまくしゃべるためにはまず文章にすると思いますが。どーも、この筆者には英語至上の思想があるような気がする。

ところどころでは、なるほど納得なことを書いてたりする(ただしまとまりはないけど)。それだけに始末に負えない。もっと「コラムを書く技術」を身に付けたほうがいいと思いますよ。でないと、「コラムに問われる書く技術」なんて記事を書かれますよ(笑。

[] 月刊WU 09:55

多すぎ……○| ̄|_ 「緊急」3件を含む10件って。

 http://www.microsoft.com/japan/technet/security/current.aspx

むやみに入れると、

 You receive a "STOP 0x0000001E" error after you install security update MS05-018 on a Windows 2000-based computer

こんなんだったり、

 MS05-019のパッチをWindows 2000で適用するとスループットが4分の1に

こんなんなったりするから、適用に躊躇するし、情報集めにやっきになる。メンドクセー。

ひとまず入れてみるか……。

追記

MS05-025MS05-026MS05-027MS05-030を入れてみた。今のところ不具合無し。

tmogitmogi 2005/06/16 00:26 初カキコさせていただきます(笑)。上のコラム、2ページ目の「われわれ日本人は、方言こそあるものの、基本的に単一の言語を使っている。さらに世界に名だたる文盲率の低さを誇っている。」なんてところは2箇所ほどノーガードになってますね。

negennegen 2005/06/17 09:35 こんにちは〜、はじめまして(笑。単一の言語も穴だなあ。ちなみに「単一の言語」でググるとMS Officeのサイトがトップに来ます(謎。大抵の先進国で文盲率(非識字率)は同程度に低いそうだ。日本の識字率は99.8%。(文盲が差別語とかはこの際スルーで。)
……あ、「挙げ足」も正しくは「揚げ足」ですねえ。

2005-06-14-Tue

[] くわとろ 14:01

とりあえずメモ。買わないけどね。

 クワトロ・バジーナ サングラス

これもとりあえずチェック。

 ZERO「ゼロ」日本語108キーボード・かななし・黒

2005-06-13-Mon

山田悠介『リアル鬼ごっこ』(文芸社)

[] 新・難解な日本語 12:18

『リアル鬼ごっこ』のオリジナル(文芸社版)、キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!

ざっと流し読みしてみたけど、文庫版と全然ちがーう。オリジナリティあふれる日本語が泉のように湧き出てくるー! あの有名な例も、

 二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた。

 (『リアル鬼ごっこ』(文芸社), p.137)

ちゃんとあったよ。なんか、この例を見つけたとき、妙な安堵感を覚えてしまったのは毒されているからか(笑。

うむー、これからはオリジナルと文庫版の比較検討もしなきゃあな……。今日は一つだけ。

二人とも自ずと気の入れ替えが行われていた。

 (同, p.221)

意味が分かんねー。気功かなんかですか? この表現が文庫版では、

二人とも気持ちの切り替えは早かった。

 (『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫), p.211)

こう変わる。いやはや、編集者さん、ご苦労様です。

追記

ダメだ。やめられない、とまらない。

それから一年経った最後の大きな大会では見事全国大会に出場。

 (『リアル鬼ごっこ』(文芸社), p.36)

文庫版では、

それから一年後には全国大会に出場。

 (『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫), p.39)

このように修正。もう一つ、

それから二人の“ワル”はピタッと止んだ。あの時の二人はことわざにある、

“小人閑居して不善を為す”まさにそれだった。

 (『リアル鬼ごっこ』(文芸社), p.139)

ことわざの用い方が文意に即していない。ことわざ通りだと、二人はちっちゃくてみみっちい人間ということになる。二人のキャラクターは逆なので、これは間違いと断定できる。案の定、文庫版ではことわざ部分は全削除されてる(笑。下手に覚えたてのことわざを使うと失敗するという好例。

あと、“ワル”などという死語も出てくるが、華麗にスルーで。

2005-06-08-Wed

[] 大学生の語彙力低下 10:41

『リアル鬼ごっこ』を読んでいる俺からすれば、まさにタイムリーなニュースだ。

 日本語の語彙力:私大生の19%「中学生並み」

その結果、「鶴の一声」「露骨に」などの意味が分からない「中3レベル」以下の学生の割合は、国立大(3校)で6%、私立大(16校)で19%に上った。短大では35%と、3人に1人が中学生レベルだった。

活字離れで新たな表現に接する機会がない→調べる機会もない→知るはずもない、の悪循環。おまえら、ちゃんと小説とか読めよ(『リアル鬼ごっこ』以外*1)。

で、例題がいくつか挙がっている。

◇各レベルの代表的な例題◇(正しい意味を五つの選択肢から選ぶ)

<中1>重視 (1)重たいこと(2)大事だと考えること(3)目が疲れること(4)見えにくいこと(5)じっと見ること

<中2>さじを投げる (1)ひどく怒る(2)乱暴な様子(3)非常識(4)あきらめる(5)好き嫌いをする

<中3>一目置く (1)周囲をみわたすうちに目を留める(2)検分していた目を休める(3)大勢で特定の人物を凝視する(4)相手の目をじっと見て真意を確かめる(5)相手を自分より優れたものと認める

<高1>露骨に (1)ためらいがちに(2)おおげさに(3)あらわに(4)下品に(5)ひそかに

<高2>奔走する (1)逃げ出す(2)競争する(3)忙しく立ち回る(4)無駄な努力をする(5)大変な目にあう

<高3以上>嫡流 (1)激しい流れ(2)正当な流れ(3)清らかな流れ(4)よどんだ流れ(5)亜流

<同>憂える (1)うとましく思う(2)たじろぐ(3)喜ぶ(4)心配する(5)進歩する

<同>懐柔する (1)賄賂(わいろ)をもらう(2)気持ちを落ち着ける(3)優しくいたわる(4)手なずける(5)抱きしめる

<中3>問題の選択肢に「検分」という語があるが、「一目」より「検分」のほうが理解が難しいと思うけど。ま、それ以前に「一目置く」を「いちもくおく」と読むことすら分からないんだろうなあ。「さじを投げる」も、「さじ」=スプーンってことを知らない人が多そうだ。

あと、「嫡流」を一瞬「韓流」と読んでしまったのは秘密だ。

[] 難解な日本語4 11:44

で、上の記事を踏まえて、今度は『リアル鬼ごっこ』の語彙力低下を嘆いてみましょう(笑。

今日の一つ目。

皆の祈りも虚しく、王様の悪しき想像力は皮肉にも機能してしまうのである。

 (『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫), p.23)

国王が“やる”と言ったら“やる”のだ。例外はない。皮肉なことだが、翼は、いや全国の佐藤さんは、自分の名字を恨むしかないのだ。

 (同, p.43)

ここでの「皮肉」の使い方が微妙に間違ってるような気がするのは俺だけ?*2 「皮肉」は「予想や期待に反し、思い通りにいかないこと」を表す。上例で、「王様の悪しき想像力」が機能するのは王様の性格から容易に予想できることだし、「自分の名字を恨む」ことに予想外も期待外れもないと思う*3

「読者の期待に反して」とかだったら解釈できなくもないが、なんか変。

二つ目も微妙に引っかかる例。

翼の足の速さにどよめく人たちもいた。

 (同, p.93)

「どよめく」のは集団であって個人ではない。「*太郎はどよめいた」が不自然で、「観客はどよめいた」が自然であることからそれが分かる。上の例からは、「どよめく人が複数存在した」という解釈が可能となる(つまり複数の個人がどよめいている解釈ができる)ため、引っかかってしまう。もちろん「人たち」=「集団」とすれば問題なさそうだけど、俺の内省探知ゴーグル*4がささやくのだよ、コレは変だ、と。

三つ目。

初めての場所だけに右も左も分からず、さすがに緊張の色は隠せなかった。

 (同, p.123)

ベタな言い回しをするんだったら、「不安の色は隠せなかった」だろうなあ。

今日の最後。

洋はそこから最後の力を振り絞り、踏ん張ったあげく……上りきった。

 (同, p.171)

「あげく」の用法が引っかかる。「あげく」は「いろいろやってみた結果。結局のところ」という意味で用いられる。が、エキサイト国語辞典の用例にもあるとおり、どちらかといえば、「AしたあげくB」の後件Bは文脈的にマイナス評価の事態に偏りやすい*5。上例の、踏ん張った→上った、は単なる事態の連続であって、そこにマイナスはおろかプラスの評価も無い。こういうところで「あげく」って使いにくいと思うのだ。

*1:いや、逆に指標になるかも。『リアル鬼ごっこ』を読んで何の憤りも感じなかったら自身の語彙力低下を自覚すべし、みたいな。

*2:俺の内省としては“?”一個くらいの不自然さ。

*3:文脈的に、「王様の行動に例外がない」ことと「名字を恨む」ことがそもそも、予想外という要素で関連させにくいのだ。

*4:元ネタは、『リアル鬼ごっこ』内で登場する“佐藤探知ゴーグル”。これを付けるだけで誰が佐藤さんか判別できるらしい。

*5:したがって、解釈としては逆接っぽくなりやすい。

RR 2015/07/10 06:58 この人の『内省』の使い方がおかしい。
というより、内省の意味をわかっていないな。

2005-06-07-Tue

[] ノーコメント 10:28

 マイスイートホーム もえるーむ

……いえ、なんでもありません。

SPオプションサービス(有料)

・カードげぇーむ ・ボードげぇーむ

・肩トントン

・マル秘ご給仕 ・他、多数

……い、いえ、全然、なんでもありません。

2005-06-06-Mon

[] 難解な日本語3 15:24

読み終わんねー、『リアル鬼ごっこ』。ツッコミどころが多すぎて、読むのに時間がかかる。その分ネタには困らないのでいいのだが。あ、ネタばれとか考えずに書いていきます。まあ、ばれて困るようなネタなんてない作品だけど。

ツッコミ一つ目。

 むしろ二つ年下の弟(王子)の方が国王に向いていると、陰では噂されていた。

 (『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫), p.13)

えーと、「王子」っつーのは普通、王様の息子に付く敬称だと思うのですが(→エキサイト国語辞典:王子)。「王子様」だったら、そこまで厳密な敬称ではなさそう。違う意味でヤバいが(笑。

二つ目。キャラ設定に関して。王様のセリフをいくつか抜き出してみた。

「そうか……それでは我が一族の姓も存じておるな」

 (同, p.16)

「これはどうじゃ?」

 (同, p.20)

「ん? どうした? この考えはよいと思わぬか?」

 (同, p.28)

この言葉遣いからイメージされる王様はこんな感じだろう(←少し違う)。「ておる」や「じゃ」や「ぬ」なんかを用いると、その発話者の人物像がある程度特定される。この場合は、老人がしゃべってるというイメージが喚起される。このような特定の言葉遣いを「役割語」と呼ぶ*1

たしかに一般的な王様のイメージはこのような言葉遣いだ。しかし、思い出してほしい。この作品の王様は「弱冠二十一歳」なのだ。21の若造がこんなしゃべり方しねーよ。21歳って設定忘れてやしないか? 甘やかされて育ったわがままな王様だとしても、「若い」王様ならもっと違う言葉遣いをするはず。

100万歩譲って、王様という権力を持った属性を強調したかったとしよう。でも、このしゃべり方、<じい>とかぶってんだよね*2

「存じております。私どももそれは同じでございます」

 (同, p.17)

「しかし、王様……それは仕方のないことですぞ。今さらどうすることもできぬ事実……」

 (同, p.18)

このあまりにもステレオタイプなキャラ設定には苦笑を禁じ得ません。

ちなみに、金水先生はこれらの言葉遣いを「老人語(あるいは博士語)」としてまとめているが、「丁寧形+終助詞「ぞ」」についてはかなりイメージが狭くなる気がする。年齢は一番上なんだけど、権力者に仕える側近みたいなスタンスの人の言葉遣いっぽいよね。俺は勝手に、この「ですぞ」「ますぞ」の類を「セバスチャン語(あるいは執事語)」と呼んでいる。つか、今、思いついた。

 「これ! 若、おイタが過ぎますぞ!」

もう、セバスチャンしか頭に浮かばねえ。

で、だ。この王様は、年齢設定と言葉遣いのギャップが大きすぎて、人物像が描けないんだよね。もともとキャラクター描写に乏しい上に*3、こんなんじゃ、物語に引き込むのは難しいよ。

三つ目。

「皆の者! 国中の佐藤という名字を減らす方法が何かないか?」

 (同, p.18)

改姓させれば? 絶大な権力持ってんだし。そうすれば、この小説も20ページくらいで終わったのにね*4

*1:金水敏(2000)「役割語探求の提案」(佐藤喜代治(編)『国語論究第8集 国語史の新視点』明治書院)、金水敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店, isbn:400006827X)を参照。

*2:「じい」は王様の側近。

*3:乏しいのはキャラ描写だけじゃないが……。

*4:物語としては、この一言をきっかけに、佐藤狩り、つまりリアル鬼ごっこが始まるわけである。

2005-06-05-Sun

山田悠介『リアル鬼ごっこ』

[] 難解な日本語2 15:49

先日書いたネタの原典を買ってきた。山田悠介『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫)だ(右の写真。isbn:4344405137)。

手に入った本は「平成17年1月30日第11版」。ずいぶんと直しが入ってる様子。カバー裏には、

若い世代を熱狂させた大ベストセラーの〈改訂版〉。

とある。さらに、本の最後には次のような一文が。

この作品は二〇〇一年一二月文芸社より刊行されたものを大幅に加筆、訂正したものです。

うははははは。投稿論文じゃあるまいし、小説を加筆、修正かよ(笑)。ということは、残念ながら、先日引用したようなハジケた日本語は影を潜めてるわけね。

で、さっそく読み進めようと思ったが……。

 西暦三〇〇〇年。人口約一億人、医療技術や科学技術、そして、機械技術までがかつてないほど発達し、……

 (『リアル鬼ごっこ』(幻冬舎文庫), p.7)

 現在、翼の住む王国は、すでに三十世紀を迎えていた。

 (同, p.13)

あのー、西暦3000年代は31世紀ですが、何か? ん? もしかして、31世紀は3001年からだから、3000年は30世紀とでも言い張る気か。だったら「すでに〜迎えていた」という表現はおかしくなるぞ。後一年しかない30世紀を「すでに迎えていた」とは非常に言いにくい。

西暦2000年を指して「すでに20世紀を迎えていた」と言えないのと一緒。「すでに30世紀を迎えていた」から解釈できる年代は、2901年から2950年ぐらいまでか。半分を過ぎちゃうと「すでに〜迎えていた」は微妙におかしくなるね。

たしかに論理的には間違っていない。が、日本語表現としては変だ。この不自然さは、「すでに」とか「ている」のアスペクト絡みで説明できるかな?

出鼻をくじかれたので激しく体力消耗。続きはまた後日。

(……てか、このペースでやっていけるのだろうか。論文の締切も近いんだけど(爆。)

追記

もう一つだけ、今日中にツッこんでおきたい。でないと落ち着いて寝られない。

 先代が早くこの世を去ったために第百五十代目となった王の年齢は弱冠二十一歳。

 (同, p.13)

舞台は西暦3000年の日本。この頃は王制になっていたという設定。……だけど、仮に明日から王制になったとして、約1000年で150代目の王様って……。一代の在位期間は平均6年だよ。6年で王様が交代しまくる国って、

 本当にどこの国も羨むほどの平和な国だった。

 (同, p.14)

本当に平和と呼べるの? もしかして在位期間とか考えずに適当に150とかいう数値を出してないか?

あ、そうか! パラレルワールドだ!

2005-06-04-Sat

[] パインサイダー 18:02

ビックリした。

 噂の山形ローカル飲料「パインサイダー」が全国区に

Ω ΩΩ<な、なんだってー! パインサイダーって山形ローカルだったのかーっ! 親戚の家に遊びに行ったときは必ず出たもんだ。全国どこにでもあるもんだと……知らなかったよー。

このたび、ダイドードリンコから発売することに。

 「復刻堂 パインサイダー」

パインサイダーについて詳しく知りたい方はこちらから。

 山形の夏の味パインサイダーを飲もう!!

へえー、ほんとに山形ローカル飲料なんだ。ある意味、マックスコーヒー(リンク先トップはイバラキング)と似たようなもんか?

追記

コンビニ行って買ってきた。おー、確かにこの味だ。でも、ちょと薄いかな。俺の記憶では、もっと舌にまとわりつくような甘さだった気がする。

2005-06-03-Fri

[] オブラートに包んだ言い方 10:19

「オブラートに包む」には比喩、慣用句としての用法がある。

 エキサイト国語辞典 オブラート

直接的な表現を避け、遠回しな言い方をする、のがオブラートに包む、だ。「オブラートで包む」だったり「オブラートにくるむ」だったり、微妙に表現が違ったりもするが、そこら辺はそっち系の専門家に任せるとして(笑)*1、気になったのは、「オブラートに包む」が慣用句として用いられ、定着したのは一体いつ頃からか、という点だ。

当然、オブラートというものがなければ慣用句も発生しないので、まずは、オブラートそのものの歴史を探った。

「オブラート」はラテン語のoblatusが語源。意味は「楕円形」。もともとは、ウェハースのような、せんべいのような形状の、宗教系の供え物のことを示していたようだ*2。で、それが何故か、粉薬を飲むときに用いられるようになった。供え物と粉薬を結びつけたのはドイツが最初らしい。

当時はせんべいみたいな硬いオブラート(硬質オブラート)で、これでどうやって薬を飲むのかというと、オブラートの上に薬を盛る→水に浸す→柔らかくなったところで服用する、と非常にまどろっこしい作業だったようだ。

江戸時代には既に硬質オブラートはオランダ経由で輸入されていたが*3、私たちが思い浮かべる、薄く透明なオブラートというのは、実は日本人が発明したのだ。小林政太郎という医師が1902年(明治35年)に薄く透明なオブラート(柔軟オブラート)を作り出した*4。これによって、劇的に薬が飲みやすくなった。

薬だけでなく、アメ(ボンタン飴が有名だ)とかキャラメルとかを包むときにも使われてた。今の若い人は知らないだろうなあ。アメなんてのは包んである紙ごと喰ったもんだ。逆に、なかなか溶けないなあ、と思いながらビニールを舐めてたこともある(笑。

いつの間にかなくなったよなあ。まあ、包装技術が上がったからなんだろうけどね。

閑話休題。つまり、慣用句「オブラートに包む」の前提となる柔軟オブラートは、1902年(明治35年)にできたのだ。したがって、慣用句もそれ以降に発生したことになる。

……で、「オブラートに包んだ言い方」ってのは誰がどこで使い始めたのか調べてみたけど、分かんねー(ダメじゃん)。一応、日本国語大辞典第二版のオブラートの項には、国木田独歩の作品が挙がっている。

恋は多く人生の苦痛を包むオブラアトなり

 ――国木田独歩『病牀録』(1908年(明治41年))

うーむ。柔軟オブラートが完成して6年後にはこのような使い方をしてたのね。

だけど、柔軟オブラートが大量生産されるようになったのは大正に入ってから。独歩の用いた「オブラアト」が日本産の薄いオブラートを指していたかどうかは分からない。また、独歩の例はあくまでも比喩的な表現であって、オブラートに包んだ「言い方」という、言語行動に特化した比喩としては完成されていないように思われる。

同じような例は、直木三十五なんかにも見られる。

と同時に、こういう無数の人たちの要求を正しい方向に導くためには、プロレタリア派の連中はその素材を非常に甘味(あま)い、オブラアトで包む必要がありはしないか。そんなことをするのは非階級的だとか何とか嗤うべきではない、と自分は考える。

 ――直木三十五『大衆文芸作法』(1932年(昭和7年))

これも「言い方」そのものを喩えた表現ではないねえ。

調査能力はこれが限界です。これ以上は調べらんねー(ダメダメじゃん)。さてさて、「遠回しな言い方をする」ことを「オブラートに包む」と言い始めたのは一体誰なんでしょうか。今のところは独歩が有力かな?


参考サイト

オブラートの歴史 http://www.oblate.co.jp/index7.html

小林政太郎と柔軟オブラート http://www.pref.mie.jp/bunka/TANBO/hakken/page81.htm

オブラートのパイオニア・瀧川オブラートへようこそ http://www.boc-ob.co.jp/

ボンタンアメ http://www.geocities.jp/emit_inc/column/food/bontan.html

*1:「に」と「で」の違いとか、「包む」と「くるむ」の違いとか、そういう文法的で複雑なことは私の専門外なんです。

*2:「聖餅(せいへい)」と呼ぶ。英語ではwafer。

*3:もちろん出島経由。オランダ語ではoblaat。現在のオブラートはおそらくドイツ語のoblateだと思われる。

*4:参考サイトを見てもらうと分かるが、一つの偶然がきっかけとなって薄く柔らかいオブラートが生まれたのだ。モノの発明には偶然という要素が大きく関わっているんだなあとつくづく思う。

2005-06-01-Wed

[] えなり 10:28

どっかで見つけたネタ。次の文を声に出して読んでみよう。

 「こんとんじょのいこ」

 「しょうごのいじょのいこ」

あなたも今日からえなりかずき(笑。母音の[a]を全部[o]にするのがポイント。つまり、口の開き方を狭く(半狭母音)、そして唇を丸めて(円唇)、しゃべればえなりになるのだ。全ての母音を円唇化させるとよりえなり。

 「こうそん、そんのこといっとってしょうごのいじょのいこ」