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Festina Lente(ゆっくりいそげ) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-10-23 うつむき加減で雨の中

[][]鉛筆の持ち方から

この数ヶ月、受付業務を兼ねて、延べ何百人もの署名を見ている。

毎日ではないが、それでも、一定層の特定年齢の署名には、

実に特徴がある。

字の上手い下手の問題を分析しだしたら、きりは無いが、

それよりも驚くのは、全く鉛筆が持てていない事だ。

余りにも持ち方が変な人間が、増えていることだ。

棒でも握るように、グーで鉛筆を握っているのには恐れ入った。

これではノートも取れないだろう。勉強は進まないだろう。

効率よく字を書くなどということは、不可能に近い。

「すらすらとペンを走らせて」という世界からは、余りにも縁遠い。

鉛筆が持てない世代が、斯くも広がりつつあるということだ。

いったいこれを、どう考えればいいのだろう?


小学校での指導不足? 国語の学習時間短縮の影響?

でも、鉛筆はどの授業でも使うはず。

(ちなみに小1の娘は2Bを持ってくるように指導されている)

保育園・幼稚園等での早期教育の失敗?

共稼ぎの親が増えて、きちんと家庭で指導ができていない?

鉛筆よりも、シャープペンシルやボールペン等を使うから?

パソコンやワープロを使うようになったから?

低学年から携帯電話のメールを打つことが多くなったから?

運動不足と同じく、生活経験の不足が不器用さが増長している?

いったい何が原因なのだろう?f:id:neimu:20061023134557j:image


もちろん悪筆家は多い。自慢できることではないが。

悪筆家の鉛筆の持ち方は、どうだったのだろう?

もちろん、字が下手だということと頭の回転は比例しない。

しかし、パソコンが打てるからいいじゃないか・・・といっても、

自分の手で字が書けない、すらすらと書くことができないというのは。

字が下手なことも、筆順がめちゃくちゃなことも、

今更話題にして嘆くことではないのだろうが、

実際、ここまでひどいとは思っていなかった。


それとも健康調査のように、健康を数値に置き換え計測するように

能力別・成績別・地域別・年齢別に調査すれば、

きちんと鉛筆が持てているグループというのは(あるとすれば)

解析して、ピックアップできるものなのだろうか?

きちんと「基本的生活習慣が身についているもの」のように、

わかるものなのだろうか? 

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といっても、偉そうな口を叩ける立場ではない。

私の箸の持ち方はおかしい。子供の頃少しは練習したが、

両親がきつく言わなかったのもあって、結局矯正されず、

自分の意識も低く、ごまかしながら過ごしてきて、

娘を持ってから、情けない思いをしているのが実情だ。

私はカッターナイフで鉛筆を削ることはできるけれど、

肥後の守を使って、鉛筆を削ったことは無い。

先輩たちから、不器用な世代だといわれ始めた世代だ。

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そして、今また、時代に取り残されていて、

携帯電話でのメールを打つことができない。

(というよりも本質的に、携帯電話が嫌い)

タイプライターを高校時代から使い始めた私は、

ピアノを弾くこともあって、指使いは正しく覚えていたお陰で

パソコンのキーボードは、かなり早く打てる。

しかしながら、哀しいことに老眼がかかり始めた身には、

携帯のメールは「うざくて時間がかかる」

シロモノでしかなく、とうとう覚えようとはしなかった。

これから、どうするかも決めてはいない。

若い世代からすれば、携帯さえ使いこなせない原始人なのだ。

鉛筆が持てないぐらいで、どうこう言えた立場ではないのだが。


きっと、筆で字を書いていた世代は、

「最近筆も持てない奴が」と口にしただろうし、

ミシンが使われ、既製服が増えた時代には

最近、針も持てないし着物も洋服も縫えない人が増えてねと

陰口を叩いたことだろう。

そして私は、携帯も使いこなせず、Ipodも使えず、

進化して便利になった、様々なものを使いこなせないことで

差別され、選別化されていくことだろう・・・。

鉛筆の持ち方云々で、気に病むなんて、小さいことにこだわる方が

おかしいのだろう・・・。


赤ちゃんが成長発達する時、生まれた時にできていたことが

できなくなる時期がある。色んな反射も消えてしまう

生後半年までに、シナプスは大人の1.5倍に増え、緩やかに下降。

もって生まれた能力が消えていく代わりに、新しい能力を獲得して

生活環境に適応していくというが・・・。

器用に手先を操れなくなっているように見える、今の若い世代。

もはや5本の指を動かしたり使ったりはしない、携帯メール。

速くメールを打つ代わりに、筆を操り、鉛筆を持ち、針を動かす

今までの指の所作動作を失っていくのは、時代の必然なのだろうか?

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人の能力と成長を見守る中にあって、知識と知恵のやり取りや

受容と共感を必要とする相談の現場にあって、

個々の成長を見つめながらも、ふと、不安に襲われる。

そして、自分にできないことを人に強要することはできず、

むろん教え導くこともできず、「できない人間」が増えるに従って、

何が「できる人間」が増えていくのだろうかと、不安になる。


何が必要なのか、何ができる方がいいのか、不安になる。

日常のささいな技術も、専門の技術も、知恵も知識も文化も、

有形無形の、伝承されてきた必然が、継承されるべき何かが

本質的な何かが、変形し、脱落し、欠落し、断絶し、消去されている、

その真っ只中、喪失の日々の中にあるのではないかと、不安になる。

子どもの不器用さ―その影響と発達的援助

子どもの不器用さ―その影響と発達的援助

yangt3yangt3 2006/10/23 16:22 同じく携帯メールは打てないし
字は、とりあえず読めるようにと
心がけているレベルです.
ぜひ温故知新と行きたいところですね.
私の仕事でもけっこう昔のワザも
重宝すること多いですよ.
だからできないことを
あまり気にしないようにのんきに
構えています.

neimuneimu 2006/10/24 00:19 >yangt3先生、いつもコメントありがとうございます。先生が携帯メールをなさらないとは意外でした。(笑)できることよりできないことに目が行くのは、確かに余りいいことじゃないですね。老け込むにはまだ早い歳ですし・・・。(笑)
早く今の仕事を片付けて、のんびりしたいです。

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