2011-12-17
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結婚したときは「結婚しても仕事を辞めないよね?」「でも子どもができたら辞めるよね?」と同僚の女性複数人に聞かれたものですが、実際妊娠してみると、社内外のいろんな人に「仕事はどうするの?」と質問される、ということがわかりました、わたしはつわりはあったけど、入院とかするほどでもなかったし、仕事も特別激務ではないので、普通に働き続けているのですが、あまりにも頻繁に「産んでからも仕事に復帰するの!びっくり!」みたいな反応をされるので(特に同性から)、産休という制度があるのに、出産を機に退職せずに働くことがそんなに特異なことなのだろうか……と不安になってくるほどです、そしてこういう空気があるから、「子どもができたらとりあえず仕事辞めよう」と思う人が一定数いるのかな、と思いました。
結婚したときに、職場での通称は旧姓を使うように手続きしたのですが、同じ頃結婚して改姓した同僚数人から「旧姓のままでもいいんだね、自分もそうすればよかったかも」と言われました。これについても、旧姓を使用するという選択肢にそもそも気づかないんだな、と思いました。わたしはもともと戸籍制度と婚姻制度には疑問を持っていますし、生きてる途中で名前が変わるという理不尽についてもどうかと思うので、理不尽緩和のための策として旧姓を使用する、という選択肢については以前からの学習により把握していましたが、そこまで理不尽に思わなくても、仕事上名前が変わると不便だな、くらいに思う人はいるわけで、でもその程度だと旧姓使用という選択肢までたどり着かないみたいです。
産休についても似たようなもので、産休をとらずに退職した場合のデメリットについてどれだけ精通しているか、ということが分かれ道になるのかもしれない、と思いました、いろんな、女の人生について書かれた小説や小説以外の文章(書籍に限らず、インターネット上のテキストも含む)を読みまくっていると、出産を機に退職した女がいかなる不利益をこうむったか、ということが結構書いてあり、また出産を機に退職しなかったけどその結果として職場からどのような待遇を受けたか、ということも書いてあり、それらの情報を総合し、自分の職場を観察した結果、産休・育休後仕事に復帰しても特に嫌がらせもされず、子どもが三歳までは時短勤務も可、という環境がどれだけ恵まれているか、ということが理解でき、反面、子どもを産んでから再就職となると、いかに弊社でパートタイム勤務であったとしても、子どもが小さいうちは敬遠される(実際パートさんを雇用するときに、採用担当の上長が「面接に来る人は小さい子どものいるお母さんが多く、幼児がいると突発での休みが多くなるからそういう人は採用できず、なかなか適切な人がいない、できれば子どもが中学生高校生くらいの人でないと困る」と漏らしていた)ということもわかり、その結果、退職するメリットが殆どない、という判断に至り、生まれた子どもがとても病弱とか障害があるとかそうした事情でもない限り、少なくともわたしの職場では仕事を続けたほうが絶対にいい、と思うのだけど、どうして同じ職場に勤務している同僚にはそうした判断ができないのか、不思議に思っていました。いつだって情報強者は大勝利です。
また、女の人生について書かれた小説や小説以外のテキストを読みまくっていると、育児ノイローゼのエピソードも結構出てくるので、何年も一日中家にいて言葉も常識も通じない子どもに一人で対峙するなんて絶対無理!という気持ちにもなり、勤労意欲がかきたてられます。あと、「旦那さんが育児に協力的だといいね」とよく言われるのですが、わたしは子どもの頃から女の人生について書かれた小説や小説以外のテキストをあまりにも読みすぎた弊害で、家事や育児に対して協力どころか主体的に動ける男とでなければ絶対に結婚しない、と決意した結果、中学生の頃から末の妹の子守をしながら遊んでいた、生後二週間の甥っ子を預かって世話をしていた、という育児経験の豊富な男性と結婚しました、わたしは新生児など触ったこともないので、子どもが無事に生まれたら頑張りたいと思います。
2011-12-07
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つわりがようやく終焉を見せた、という14週頃、謎の頭痛に見舞われ、一週間以上も頭痛が続き、おそらく肩こりからくる頭痛では?と判断し、毎日朝晩にラジオ体操第一をしたら、頭痛が緩和されてきたので、ラジオ体操はすごいなあ、と思うもつかの間、15週で風邪をひいて寝込み、熱が下がったあとは咳が止まらず、咳に効果があると言われる大根あめ(さいの目に切った大根にはちみつをかけて一晩おき、出てきた汁をすする)やレンコンの絞り汁、咳を止めるツボ押し、等様々な民間療法を試みるも目覚しい効果は見られず、かかりつけの産婦人科で感冒薬と咳止めを処方され、西洋医学の力で治るかと思いきや別に治らず、咳き込んでいる間に自身の結婚式や三十歳の誕生日等の人生にとって比較的重要と思しきイベントが過ぎていく、といった日々を過ごしておりました、三十歳の誕生日に何をしていたかでその後の人生が決まる、という説がありますが、わたしの三十歳の誕生日は午前中耳鼻咽喉科を受診、咳が止まらない旨を訴えたところ「たぶん自然に治ると思いますよ〜」と言われ、午後は猫を動物病院に連れて行き、「お腹がプヨプヨしていますね〜」と言われるなどしており、今後も冴えない一生を送る予感です、あと生命保険会社の営業マンから、お誕生日おめでとうございますと電話を頂きました、生命保険はわたしが死んだら大金をくれるばかりでなく誕生日のお祝いの言葉もくれるなんて素晴らしい、友達がいなくても、生命保険を何本もかけていればお祝いの言葉がたくさん貰えてよいのでは?という気づきを得ました。
2011-12-06
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先日妊婦検診に行ったら、待合室で隣に座っている夫婦の旦那さんが、病院に備え付けられている妊婦雑誌を見ながら「戌の日の安産祈願とかってさー、神社業界が結託して利益をあげるためにPRしているとしか思えないんだけど(笑)」と言って世間の常識に鋭く斬り込むオレ、をやっていました、せっかく旦那さんが鋭い斬り込みぶりを発揮しているのに、奥さんのほうはつわりで気分が悪いらしく、生返事をしていました。
子供の頃源氏物語の抄訳を読んでいたら、誰か忘れたけど登場人物の女が出産するのに難産で、護摩をたいて祈祷をした、と書いてあったので、昔の人にとっては妊娠・出産は命に関わる大事だったということがわかり、護摩や祈祷に頼らずとも対処法のある現在の医学の発達に感謝していますし、また多産の犬にあやかって戌の日に安産祈願のお参りをする、という習俗にこめられた人々の思いを考えると、神社業界の利益確保のためと一蹴するのも早計であるなあ、と思いつつ、わたしはお参りに行かなかったので、神社業界の利益に貢献することができずすみませんでした……。
2011-11-05
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最早、月に一回しかブログができないのですが、別にリア充にはなっていません、むしろ休日は家から一歩も出ずにずっと寝たきりです、平日も五時になると仕事をやめてすぐに帰り、帰宅してお風呂に入ってご飯を食べたら速攻寝る、という生活です。妊娠しました。
妊娠してびっくりしたのは、とにかく体調が悪い、ということです。こんなに具合が悪くなるとは知りませんでした、肉体のパフォーマンスが通常の50%程度に落ちている感じです、とにかくだるいしすぐ疲れるし何かと吐き気がする。パフォーマンスが上がったのは嗅覚くらいです。
妊娠すると嗅覚が敏感になるそうですが、今まで嗅ぎ取れなかったような匂いまで感じるようになって本当にすごい、電車の中とか地獄のようですよ。わたしはニンニクとかネギとかがたくさん入った料理が大好きだったのですが、ああいった匂いのきついものを食べることで世間の妊婦にどれだけ迷惑をかけていただろう、と思うと本当に申し訳なくなる、すみませんでした……。
それで味覚も全く変わってしまって、今まで好き嫌いが一切なくなんでも食べられたのに、今はニンニクもネギもピーマンもキノコも肉も食べられませんし、すごい偏食女になった気分です、食べ物の中で一番好きなのは餃子、と言っていた頃が懐かしい、今や餃子なんて食べられないものの象徴みたくなっています。
つわりもピークが過ぎてちょっとずつ食べられるものが増えているけど、食べられるものが限られているという状態はすごいストレスです、もともと料理やご飯を食べることが大好きなのに、何を食べてもおいしくないというか嬉しくないというか、食べてる間に気持ち悪くなったりするので、食事自体がイヤなものになってしまう。ご飯を食べるのが嬉しくないなんて、一体なんのために生きているのでしたっけ……という気分になってきます。仕方がないので、少しでも「これは食べたい、食べたら嬉しいだろうな」というものを食べるようにしていたら、食費が増えました……。
ちなみに妊娠後から今までの具合の悪さをまとめると以下のような感じです。
●6週:突然腰がぎっくり腰のように痛くなり、歩くことも寝ることもままならなくなる。三日ほど安静にして、骨盤を締める妊婦用のベルトを装着し始めたら治った。こんな初期から腰痛を訴える妊婦はレアらしい。今でも骨盤のベルトはしてる。
●7〜11週:つわりが始まり、ものが食べられなくなる。とりあえず食べられるものを食べていたけど、内容的にはバナナ→ジャガイモ(蒸かしたのと、フライドポテト)→そうめん→サンドイッチ、冷凍のたこ焼き、という感じで変遷。ビタミンB6と生姜がつわりの緩和に効果があるときいて、毎朝チョコラBBのドリンクと生姜湯を飲んでいました。
●12〜14週:つわりがおさまってきた!と喜んでいたら、頭痛が始まり、毎日頭が痛く、その影響で吐き気も復活。 ←イマココ!
でも腹痛や出血などはなくて、今日も検診に行ってきたけど中の人は元気そうなのでよかった!妊婦はとてもつらいので今後の人生では妊婦にはどんどん親切にしていこう、と思いました!!!
2011-10-10
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最近のインターネットでは、何者かになるのならないのなりたいの、みたいな話が多くて面白かったのですが、わたしも若い頃は人一倍、何者かになりたかったほうの子でした、わたしの「何者かになりたい欲求」はマジで半端なかったのですが、持って生まれた才能が何もなかったので、努力をするしかなく、十代半ばから二十代前半までは「何者かになるための努力」に生活の大半を費やしていました。努力の甲斐あって、周りからは「才能があるのでは?」と指摘されることもありましたが、才能がないことは自分が一番よくわかっているので、たぶん他の人でも同様の努力をすれば獲得可能な範囲の能力だろう、と思いました。
しかし二十五歳くらいになるとだんだん「何者かになりたい欲求」が薄れてきました。大学を卒業してすぐ一人暮らしを始めたのですが、毎日の生活を成り立たせていくことだけでも結構大変だったので、正直「何者かになりたい」とかそれどころではなかったのかもしれません。二十四歳まではフリーターだったんですけど、正社員の仕事に転職しようかなあ、と言ったら、当時の彼氏(バンドマン)にすごく嫌そうな顔をされました。バンドマンは「ずっとインディーズでもいいしスタジオミュージシャンでもいいしライブハウス勤務でもいいからそういう仕事がしたい、音楽関係でなくてもデザインの仕事とかならしてもいい、普通の会社員にはなりたくない」と言っていたので、恋人が普通の会社員になるのが嫌なんだろうなあ、と思いました。
バンドマンと破局したあと、わたしは普通の会社員になりました、若者が憧れるような職種ではなく、華やかというよりは泥臭い職種で、最初のうちは仕事そのものがとても大変だったので、もうすっかり「何者かになる」とかはどうでもよくなり、仕事を片付けることと仕事で溜まったストレスを発散するだけの生活になりました。そのうちに「何者かになりたい」とかわざわざ言わないタイプの男と出会って結婚したので、わたしの「普通」は更にパワーアップしました。今の将来の夢は、貯蓄をして埼玉県に不動産を買うことと、子供を二人くらい産むことです。「何者かになりたい」みたいなのは若いうちに存分に済ませておくと人生が捗るなあ、と思いました。
