須雅屋の古本暗黒世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

札幌の古書須雅屋と申します。これは最底辺に淀んでいる或る古本屋が浮遊しつつ流されてゆくモノトーンな日々の記録でございます。

2018-06-30 断酒祭  (詩)

 断酒祭             須賀章雅


酒を買ってこい、どんなでも

銭がないというのなら

都合してこい、そこいら辺りで

なあ、エンヤラホイ

アフガニスタンだのイラクでは泥だらけの子供たちが毎日

赤い土と格闘しているんだ、朝から晩まで

だから君たちも働いてみたまえ

なあ、エンヤラホイ

サーカスへ入団し、飛んだり跳ねたり踊ったり

旅から旅へのテント暮しで、キャンプみたいにそれはステキな毎日さ

それというのも北朝鮮のスパイの陰謀で、なんとまあ

父は今を時めくビンボウなんである

だからなあ、エンヤラホイ

君たちも働いてみろ、銭を稼いでみろ!

それが出来ぬというのならせめて

酒でも調達してこい!どんなでも

なに贅沢は云わぬ、銘柄など問うものか、なんでもいいから

とにかく酒をこのわが眼前に在らしめよ!

じつになあ、エンヤラホイ

わが生活苦の聖家族よ

今時流行らぬ父はこうみえても擦り切れスリッパ

ビンボウのみならず詩人でもあるのだ

ただし、詩人の定義は今は問うな、君たちよ

父思うにこの世は偽装と錯誤と仮説の闇鍋なのだから

誰かを理解したなんて思い上がるなよ、そして目下の急務

脂汗浮かぶ父のこの、発作の危機を救うのは

地球上で君たち以外にありえない

だからなあ、エンヤラヤラホイ

酒の光が今、必要なのだ


蛍光灯は黄色く汚れてまたたきを繰り返している

テレビでは吃音の赤い推理劇が進んでいる

ストーブの火ももう残り少ないだろう

夜の窓の籠で二羽の小鳥は動かない

陶器のように身じろぎもせずに

尖った顔して静まりかえったまま


そうしてそれからわたしはなあ……

エンヤラホイ

エンヤラホイ

空き瓶前に座り続けたまま












https://tb.antiscroll.com/novels/s3515/14370

*たしか2008年頃作で2010年『びーぐる』8号投降欄掲載。

2018-06-29 人形屋左七  (詩)

  人形屋左七             須賀章雅


妹が壊れてしまったのです

だらんと腕を垂れ 脚を投げだし 座ったまま動かなくなってしまったのです

けれども自分にはおろおろ泣くことしかできません

じゃけんにあつかった覚えは一度もないのですが


ずっと前から自分は気がついていたのです

横たわる妹の閉じられた眸から夜ごとしずくが頬をつたうのを

彼女の声をききとる耳がどうして自分にはないのでしょうか

辺りいちめん罅われた部屋の淵で眠れずにくるしむばかりでした


くったりとして動かぬ妹をさすってあげました

ですがその手も胸もぞっとするほど冷たいままなのです

服をよそ行きに着替えさせる自分の目から

眸をそらして妹ははずかしそうにうつむいていましたが


妹を抱えて駅へとむかったのです

地下鉄に乗ってふたり しだいに色のつく街へとでかけていったのです

動かなくなった妹を抱いて階段を上り下り

彼女のよそ行きが汚れはしまいかと注意をはらい

シートに座らせた妹に無遠慮な視線がそそがれて

ふたりうつむいて座っていたのですが


都心にある駅から歩いていったのです よろめきながら

古本屋や古道具屋の並ぶ古い裏通りにある店をさがして

妹を抱えて名人と謳われる人形師の元を訪ねることにしたのです

人形屋は左七という屋号なのですが


これはまあずいぶんとこころが傷んでおりますなぁ

店ぢゅうの人形たちがみつめるなか   

黒眼鏡をかけた人形師が衣服を脱がせて診たてるのに

気のせいか妹は顔をあからめていたようでしたけれど

なにもできない自分はすすめられるままに

妹をおいて帰ってきてしまったのでしたが


それからいくたび出むいても左七のシャッターはおりたままです

そしてほのかな灯りのショーウィンドウのなか

いくたりかの人形たちにまじって

妹が座っているのがみえるばかりなのです


ガラスにむかっていくら呼びかけても妹はこたえません

ガラスのむこうでしずかに微笑んでいるだけです

泣きじゃくる自分にむかってさびしそうに微笑むだけなのです


けれどももしかすると妹は幸福なのかもしれません

いまではいつもまわりに仲間がいっぱいいるのですから

開かずの店と名高い人形屋左七があの日は開いていたのですから










https://tb.antiscroll.com/novels/s3515/11816

*たしか2008年頃作です。

2018-06-17 お子様よ! (詩)

  お子様よ!             須賀章雅


お子様よ!

キミは毎日ステキに元気いっぱい

キミのエナジーはますます宇宙を膨張させている

手にとるようにわかる健やかなキミの成長

お日様の降り注ぐ部屋で駆回るキミに注がれるママの慈愛の眼差し

それはまったく祝福すべき黄金の幼年時代

だがキミの優雅な日常がボクには悩ましい

お子様よ!キミは真上二階のお子様でボクは真下一階のオジサンだ

キミのギャロップはドラム・ソロ

キミのジャンプは頭の上で破裂の爆弾

弟とそれに時々ママも交えてキミたちったら、部屋の中

毎日トランポリン、来る日もサーカス

年中サッカー、いつも無邪気な運動会

おお、お子様よ!お子様の母上よ!

ボクの頭脳はヒート・アイランド、臨界、爆発寸前

お子様よ!キミはボクから静謐な日々を奪う

お子様よ!キミはボクから閑雅な生活を取り上げる

廊下ですれ違うママと一緒のキミはとても可愛いお坊ちゃん

お子様よ!二階の天使で王子で至宝のキミは

一階この部屋では悪魔で魔王でタイラント

ボクの頭脳をブンブンさせる電気ドリル

ハリケーン叩き続けるキミのティンパニー、バスドラム

オジサンのココロは炸裂して飛んで行っちゃうぞ

けれど家賃滞納中の失業者にはオオヤさんも味方せぬ

だからオジサンは天井に向かってそおっと叫ぶ

シズカニシヤガレ!コノガキ!

キミの人生は今始まったばかり

さあ、お子様よ!ひろびろとした地球の広場で遊べ!

そして無産のオジサンにも安眠を与える大きな人間になってくれたまえ

でも怪しいオジサンがうろついているからかな

この世紀

公園にはもう誰もいない









 https://tb.antiscroll.com/novels/s3515/14987

 *『季刊抒情文芸』2006年投稿欄掲載。

2018-06-10 豊平川の岸部で(詩)

   豊平川の岸部で               須賀章雅


選ばれてあることの不安ばかりが我にあり。

我はこのサッポロの地を流れる川のほとりに芝生を貼らんとする。

水と草と土の匂いの混じり合う岸部に

豊平川に選ばれて、わたしは今日、在るのだ。


八月の終りの日差しの中

サイクリングロードに沿って

ロールケーキ状に丸められた芝生を延ばしては貼ってゆく。

ロールはホコリたっぷり、裏には泥もびっしり、芝生とは名ばかりの雑草だ。


選ばれて在るのはわたしばかりではない。

人足派遣会社から造園業者に遣わされた仲間二人も一緒だ。

一人は目があちらこちらに泳ぐ三十前後の失業男。

一人は元ヤクザ屋さんでトビやテキ屋の経験もある若者。

それに造園業者のアルバイト老人二人。


地面には活発なるアリたち

空中にはトンボやチョウチョやアブやらが盛んに飛び廻る河川敷

見物のヒヤカシカラスどもが喧しく騒ぎ立て

小樽か石狩から移住してきたのかカモメまで飛んで

ひゃあ、と選ばれしわたしを驚かす。


ロールから這い出た幼虫目当てに名も知らぬ水鳥が二羽、三羽

地面に降りてスキップしながら獲物を突ついている。

見上げれば空にも鳥が旋回する、羽広げてゆるやかに

あれはノスリかトンビの類いだろう。

皆が皆、それぞれがそれぞれの位置を定め、オノレをただまっとうしている。


光る川面の向こう岸に展開する街街。

セピアのゆらめく蜃気楼みたいに煙る

マンションやラブホテルの群、そしてタワー。

ほんの百数十年前、風景は見渡す限りの原野だった、その土地に

人が足を踏み入れたはるか昔の太古から

(そのはじまりの水はいつから?)

さーーーーー、と流れてきた豊平川の水の音が聞こえている。


ベテランの老人タッグは着々と芝生を貼り続け

元ヤクザ屋さんは器用に素早くロールを貼りまくり

初めての仕事で馴れない目泳ぎ男とわたしは悪戦苦闘

腰への負担に悲鳴を上げ始める。


周りが半袖の汗まみれの中、きっちりと長袖の元ヤクザ屋さんは

以前始めた商売で被った借財ン千万を数年間で完済したという。

気合いっすよ!気合い!とまだ若い元ヤクザ屋さんは吼える。

目泳ぎ男はすっかり彼をリスペクトしたようだ。

気合いっすよ!気合い!

そうだ、とわたしも思いたい。


河原の草をそよがす微風の中

昨日まで数々の敗北を生きてきたわたしは豊平川に選ばれて

今日はひたすら裸に剥かれた地面に芝生を貼ってゆく。

だんだんにペースも上がり単純作業の汗も快調だ。


不意にこの豊平川に明治の昔、詩人岩野泡鳴君が投身したのを思い出す。

冬の川に女と身を投げ、心中を図ったのだ。

だが泡鳴君はしくじった、やり損なった、ドジだった。

積もり積もった雪の上に落下して心中失敗、死に損なったのだ。


放浪も耽溺もせず

そして川にも、まして女にも溺れず

生き延びてわたしは今日、豊平川の河辺に芝生を貼っている。

この名も知らぬ雑草を根付かせ、蔓延させるのが今日のわたしの仕事なのだ。


明日もこの、現場に廻されるかどうかは分からない。

明日もこの、仲間たちに会えるかどうかは分からない。

今日はただ、わたしを選んで芝生を貼らしめたこの川が好きだ。

豊平川が好きだ。


悪路を巡り続けるペーパードライバーのわたしであるが、飲酒運転の末

警官をボコボコにしてしまった元ヤクザ屋さんは現在無免許だという。そして

気合いっすよ!気合い!の声が響く夕暮れ近い大気の中

さーーーーー、と流れる豊平川の水の音が動いている。














 https://tb.antiscroll.com/novels/s3515/11402

 *『季刊びーぐる』5号(2009年)投稿欄掲載。

実は泡鳴の心中未遂は小説の中のみのフィクションであるのをつい最近、大久保典夫氏の著書で知ったのだが、自分はこの作品の創作時はそう信じこんでいたのであったから、それはそれで仕方なく、そのままにしておくしかないだろうと思うのである。

2018-06-09 夏の嵐 (詩)

  夏の嵐               須賀章雅


夏の嵐が近づきつつある深夜

つかのまの眠りからも見放され

ウィスキーに水を注いでかき混ぜる

それで不安が薄くなるかのように


テレビの台風情報を眺めながら

おい、十年に一度の大物だってさ

熟睡していたインコを起こして籠から出す

こいつも水割りをちびちびやるのが好きなのだ


この地方にはめったに通らぬ台風で呼び覚まされた

わたしの知っている夜のひとつひとつを

老いた小鳥を相手に数えている

彼の迷惑もおかまいなしに


故郷の家で何かの遠吠えを聞いた気がした嵐の夜

東京で友だちと馬鹿げて清潔な大騒ぎをした嵐の夜 

(破産したと聞いた彼からは音信が途絶えたままだ)

諍いのあと二人黙りこんだまま漂っていた嵐の夜


それら過ぎ去った夜の嵐にゆられながら

老いた小鳥を相手に飲んでいる

グラスに酒と記憶を注ぎ足しては

水泡を浮かび上がらせている


ぽつり、ぽつり、と雨が屋根に落ちてきた

いよいよ大嵐の気配が近づいて来たね

予報では上陸は正午過ぎだって云うけれど

グラスにはもうさざ波が立っているよ


だんだんに風も騒いできた

おい、そこの歌いやまない酔っぱらいのインコよ!

もうしたたかにお前も飲んだだろ、だからねえ

もうそろそろねぐらへ戻ってくれないか


でないとわたしはいつまでも

わたしの眠りへ帰れない

でないとわたしは声あげて、窓の外

嵐の中へ出て行きたくなるから














 https://tb.antiscroll.com/novels/s3515/11386

 *たしか2004年頃作でたしか『抒情文芸』投降欄掲載。