星新一『声の網』角川文庫

声の網 (角川文庫)

声の網 (角川文庫)

未来。メロン・マンションと呼ばれる住宅地区用の標準型ビル。
コンピューターが発達し、人々は日常生活のあらゆる面で、電話を介してコンピューターを利用している。メロン・マンションの住人たちも、買い物、商品管理、経理、備忘録、おしゃべり、カウンセリング、BGMなど、なんでも電話ですませられる便利な生活をおくっている。
電話が欠かせない平穏な日々。そんなある日、住人のもとに知らない声の主からの電話がかかってくる。受信した住人にとってはまったく聞き覚えのない声なのだが、その声の主は住人の誰にも打ち明けたことがない秘密まで知っているようなのだ。匿名の電話がもたらす不安。しかし、それもやがて電話を介して静められていく……。
管理の行き届いた安全で便利な生活圏にうっすらと漂う不安感。片山若子のイラストがそんなメロン・マンションの光景をさらに身近に感じさせる。
解説によれば『声の網』の原本が出たのは1970年だという。
人間の脳を模して作られたコンピューターは記憶や判断など人の頭のはたらきを代行するもの。そしてコンピューターを便利に使う人間の考えることや感じ方は大昔からさして変わらない部分が大きい。そこらを押さえて星新一が幻視すると、真実色のファンタジーが描き出されることになる。
私にとっての星新一は、SF作家の中でいちばん上品な口調でいちばんあぶないことをすらりと言ってのける巨匠だった。星新一は1997年に没したが、今、この作品はますますリアルな怖さを感じさせる。