一人でお茶を

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2011-08-07

[]サテリコン

  • 1969年、イタリア・フランス
  • 原題:Satyricon
  • 監督:フェデリコ・フェリーニ
  • 脚本:フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーノ・ザッポーニ
  • 出演:マーティン・ポッター、ハイラム・ケラー、マックス・ボーン

DVDで鑑賞。

古代ローマを舞台に、愛する少年を追いかける若者の体験を描く。

学生エンコルピオは、かつての学友でいまは無頼の徒になったアシルトに、愛する少年ジトーネを奪われる。あきらめきれずにジトーネの後を追うエンコルピオだが、街を巡るうち、詩人から成り上がった貴族の宴会に招かれたり、外国からやってきた人狩りに捕まって異国に連れて行かれたりし、様々な体験をする。

学生とはいえエンコルピオも、いまでいうならリア充な若者。ただし、いっしょに出てくるアシルトがより野獣系のキャラとして描かれているので、相対的に繊細に見える。

この若者二人が主人公のひと夏の青春物語ともいえるが、映画の中では彼らを取り巻く壮年世代の脂ぎった動きが活き活きと描かれ、オジサンオバサンで満ち溢れる世の中だからこそ、若者の言動が青春と呼ばれるに相応しい貴重なうつくしさを時として放つこともあるのを見せてくれる。宴会、荒野、滅びる家、奴隷船、神事、すべての場面が浮世そのものを凝縮したようで、すべてのジャンルの映画を戯画化してつないで流してくれたものを観たような気分になる。

音楽はアジアやアフリカのもの、仏教のマントラや日本の笛の音も聴こえ、劇の世界として作り上げられた古代ローマのイメージと相乗、生きているようなフェリーニの古代ローマがよどみなく流れていく。

古代に描かれた壁画の中から出てきたような人たちがぶつかりあい、すれちがい、ただそこに存在し、野獣のように活力に溢れていたアシルトは死に、風の音、青い空、エンコルピオの金髪が輝いた後、時は過ぎて彼らもまた壁画となっている。ただそれだけのことだが、フェリーニはそれをそのまま肯定しているように見え、陽性で明るい印象で終わる。何度観ても最高。

オカピーオカピー 2018/02/09 17:46 弊記事までTB&コメント有難うございました。

>音楽はアジアやアフリカのもの

主人公が牛男と対決しそうになる前か後かに流れるのは、インドネシアのケチャですよね。
後年TVの旅番組か何かでケチャを聞いた時「これだった!」と思ったのを憶えています。かなり印象的なので、ずっと頭に残っていたのでしょう。

古代ローマは文化的にはギリシャの模倣が多い感じで、ギリシャ人はインド思想にも似て輪廻を信じていましたから、古代ローマもそういうアジア的なところがあったかもしれませんね。だから、そういうアジア的な野趣あふれる音楽もうまく合っていたように感じます。

nesskonessko 2018/02/09 18:25 >オカピーさん

ケチャ、そうなんですよ、私も後でテレビでケチャを見て、あ、これサテリコンのだ、思いました。
古代ローマですが、古代ギリシャの文化は端正な印象が強いのですが(数学のイメージが強いからかな?)、古代ローマはもっとおおらかでごった煮的というか、アジアからきたものもそのまま包含してしまったようなかんじはありますね。古代ローマは土木工事がうまかったんですよね。だから、数学的な面でも優れていたんでしょうけれども、それはギリシャから学んだのでしょうね。

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