facebookのインターフェース

http://d.hatena.ne.jp/mohri/20110114/1294949505

では、その設計思想とはなんなのか。それは


ニュースフィードだけ見てればなんとかなる


ってことが徹底されてるということだ。

Facebookはそれほどあちこちのボックスを移動して回る必要はない。ぜんぶがニュースフィードに流れてくるので、「いいね!」もコメントもページ遷移なく、トップページでぜんぶ済ますことができる。しかも自動更新してくれるのでF5を押す必要もないし、過去ログもセミオートページャライズされるのでどこまででも遡ることができる。貼り込んだYouTubeの動画もそのまま再生できる。さすがに写真を大きく見ようとおもったらアルバムに行かないといけないけど。


これはつまり、Twitterのようにタイムラインでぜんぶ解決するということだ。Facebookではニュースフィードというけど、とにかく自分の友だちのすべての行動はタイムライン(ニュースフィード)にすべて流れ込んでくる。写真も動画もつぶやきもブログ更新もアプリの進捗もすべてが。

そんなにいろいろなものが流れ込んでくると、とてもじゃないが読みきれないんじゃないか? とおもうひともいるだろう。Twitterでも読みきるのを諦めたひとも多いとおもう。


そこが、Facebookは実に上手い。Facebookの実装が上手いとぼくがおもうのはここだ。ストリームが読めないほどただ流れていってしまわないように、実にあれこれを手を打ち、世話をやいてくれる。たとえばこんな感じだ

  • デフォルトで250人分しか表示しない(表示するひとを選出するアルゴリズムがある)
  • 表示しない人、を簡単に設定できる(×をクリックするだけ!)
  • 表示しないアプリ、も同じように簡単に設定できる
  • 似たものはまとめる。「☓×さんとほか〇人がリンクを共有しました」
  • 新着情報では流れてしまった過去ログの「ハイライト」が見れる


こうやってアレコレとシステム側で手を回してくれるおかげで、ユーザーはただ、ニュースフィードだけを表示していれば、ほかにとりたてて何もしないでも、最新情報を次々と入手することができる。気に入ったアップデイトがあれば、ときおり「いいね!」すればいいだけ、という状態になっている。


つまり、最新情報がどこにあるかを、いろいろなボックスを開いて回ったり、検索して探したりする必要はない。ということだ。Facebookはトップページを開けば、そこが常に最新情報であり、それがリアルタイムの世界なのだ。リアルタイムウェブという言葉があるが、リアルタイムウェブをソーシャルネットワークと上手く融合するために、Facebookは実にいろいろな工夫をし、ユーザーに負担をかけないように黒子として立ち回っている。


Facebookでは、じぶんの友だちが今考えていること、今やっていること、今見ていること、がリアルタイムで流れこんでくる。テキスト140字だけという制限もなく、画像も動画もリンクもツイートもブログ更新もなんでも含んだリッチな情報が、適当にフィルタリングされて適度な見やすさで続々とアップデイトされる。

さて、茂木さんがFacebookでの体験が「良質なものとは思えない」と書いていたが、残念なことを申し上げれば、それは茂木さんの友だちが「良質なもの」ではない、と言っているも同じではないだろうか。Facebookはシステムは情報を享受しやすくするための黒子、ただのハコであり、そこでの経験は、すべて友だちが放りこんでくれる写真やらツイートやらリンクやらにある。Facebookでの体験は友だちがすべてなのだ。

  • なるほど、facebookのインターフェースにはこういう設計思想があったのか。
  • こういう「一見するとただのニュースフィード」、実はあれこれ裏で手を回している、という現象。これなんだろう。開発者的に、こういう現象に名前をつけて意識しておきたい。なんか、すごく大事なことなのに、うまく報われない(加点評価にならない)ことが多い気がするので。
  • よくできたハコ、結局のところ体験のおもしろさはユーザーにかかっている、というモデルはありなのかナシなのか。「流行ればおもしろいはずです!」といって流行らずに終わったサービスは腐る程ある。どう考えればいいんだろう。