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2015年-05月-03日

「想定外」は教訓になっているか〜川内原発再稼働容認の司法判断に対する各紙社説の記録

 かなり日がたってしまいましたが、マスメディア報道、論調の記録として重要だと思いますので、書きとめておきます。

 鹿児島県薩摩川内市にある九州電力川内原発の再稼働差し止めを住民らが求めた仮処分申請で、鹿児島地裁は4月22日、却下する決定を出しました。このブログでも以前に2回記事を書いたように(「読売『偏った判断』産経『奇矯感濃厚』朝日・毎日『司法の警告』〜高浜原発・福井地裁決定の在京紙報道の記録」=4月17日、「地方紙・ブロック紙は『警告』『警鐘』と受け止め〜高浜原発の福井地裁仮処分」=4月19日)、約1週間前には福井地裁関西電力高浜原発の再稼働を認めない決定を出していました。

※「川内原発の再稼働差し止め認めず 関電高浜と判断分かれる」47news=共同通信、2015年4月22日

 http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015042201001014.html

 九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の地震対策は不十分として、周辺住民らが再稼働の差し止めを求めた仮処分申し立てで、鹿児島地裁(前田郁勝裁判長)は22日、却下する決定をした。再稼働に向けた審査のための新規制基準に不合理な点は認められないと判断した。関西電力高浜原発3、4号機をめぐる同様の仮処分申し立てでは、福井地裁が14日、再稼働を認めない決定を出しており、判断が分かれた。

 夏に1号機の発電を開始する九電の計画は、再稼働を差し止めないこの日の決定によって現実味を帯びる。川内原発が再稼働に向け一歩進んだ形で、政府原発政策には追い風になりそう。

 この相反する二つの司法判断に対して、新聞各紙が社説・論説でどのように取り上げているか、分かる範囲で目を通してみました。もとよりすべての新聞を対象にした網羅的な調査ではありませんし、今回は時間もたっているので見落としも少なからずあると思います。あくまで、わたしの目にとまった範囲での論考です。

 当然といえば当然ですが、福井地裁決定に批判的だった読売新聞産経新聞は鹿児島地裁決定を評価しており、地方紙では北國新聞が同じ論調です。読売産経両紙は福井地裁決定に対しては「偏った判断であり、事実に基づく公正性が欠かせない司法への信頼を損ないかねない」(読売)「奇矯感の濃厚な判断」(産経)などと、表現も相当に厳しかったのですが、鹿児島地裁決定に対しては、読売は「妥当な司法判断」と評価し、産経は見出しにも「説得力ある理性的判断だ」と掲げました。読売新聞と北國新聞の社説に共通しているのは、鹿児島地裁が技術論の詳細な判断に踏み込むことを控えた点を評価していることです。「最高裁は、1992年の四国電力伊方原発訴訟で、行政の専門的判断を重視するとの判決を言い渡している。今回の決定は、司法の役割を抑制的に捉えた最高裁判例に沿ったものと言える」(読売)というわけです。

 一方、ほかの新聞の社説も鹿児島地裁決定と福井地裁決定を並べて論じるところが大半ながら、鹿児島地裁決定に対して懐疑的な論調が目に付きます。読売や北國と異なるのは、1992年の最高裁判決のとらえ方そのものに懐疑の目を向けている点です。東京電力福島第一原発の過酷な事故が起こってしまった今となっては、行政の専門的判断を重視するとの発想は楽観に過ぎるのではないか、ということです。

 この最高裁判決については、原発の安全性は設置を認めた時点での知見ではなく、その後に明らかになっていった事柄も含めて、「今」の時点での知見に基づいて判断するべきだ、との見解を示しているとの解説があります。それに従えば、司法が今、原発の安全性を判断するには、福島第一原発事故で明らかになったことをも踏まえた判断が必要となります。その新たに明らかになったことの中に、技術論については長らく専門家の判断を尊重するという姿勢のままでいて、結果的に福島の事故が起きたのだから、今後はそういう考え方は取らない、という考え方の転換が含まれることもあるのではないかと思います。新たな知見には当たらないのかもしれませんが、理念としては、考え方や発想の転換を踏まえて最新の判断を示す、ということはありうるのではないかと思います。考え方や解釈の違いによるのでしょうが、そうした考え方に立てば、司法が自ら詳細な技術論に踏み込んで判断していくことも、実は1992年の最高裁判決と矛盾はないようにも思えます。

 私見ですが、1992年の最高裁判決に照らして鹿児島地裁決定を肯定的に評価するのか否かは、福島第一原発事故の教訓として「想定外のことが起こった」という事実を謙虚に受け入れ、「想定外のことは今後も起こり得る」と考えるかどうかの違いのように思えます。


 以下に、まず、鹿児島地裁決定を評価する読売、産経、北國各紙の論説の一部を引用して書きとめておきます。

▼読売新聞「川内原発仮処分 再稼働を後押しする地裁判断」4月23日

 東京電力福島第一原発事故を教訓に、原子力規制委員会が策定した新規制基準を尊重する妥当な司法判断である。

 決定は、新基準について、「最新の調査・研究を踏まえ、専門的知見を有する規制委が定めた。不合理な点はない」と認定した。

 九電は、新基準が求める多重防護の考え方に基づき、耐震性の強化や火山対策などを講じているとも判断し、再稼働により、「住民の人格権が侵害される恐れはない」と結論付けた。

 決定で重要なのは、詳細な技術論に踏み込まず、「裁判所の判断は、規制委の審査の過程に不合理な点があるか否かとの観点で行うべきだ」と指摘したことだ。

 最高裁は、1992年の四国電力伊方原発訴訟で、行政の専門的判断を重視するとの判決を言い渡している。今回の決定は、司法の役割を抑制的に捉えた最高裁判例に沿ったものと言える。

(中略)

 今回の決定は、福井地裁による14日の仮処分の特異性を浮き彫りにした。新基準を「緩やかに過ぎ、安全性は確保されない」と断じ、関西電力高浜原発3、4号機の再稼働を差し止めたものだ。

 ゼロリスクを求める非科学的な主張である。規制委の田中俊一委員長も、「(新基準は)世界で最も厳しいレベルにある。多くの事実誤認がある」と論評した。

 関電は決定を不服として福井地裁に異議を申し立てた。異議審では現実的な判断を求めたい。

 

▼産経新聞「川内差し止め却下 説得力ある理性的判断だ」4月23日

 http://www.sankei.com/column/news/150423/clm1504230002-n1.html

 鹿児島地方裁判所は、九州電力川内原子力発電所1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の運転差し止めを求めて、周辺住民から出されていた仮処分の申請を却下した。

 原子力規制委員会が定めた原発安全のための新規制基準にも、またそれに照らして適合性が認められた川内原発の安全対策にも不合理な点はないという理由に基づく決定だ。再稼働を大きく近づけた。

 具体的な争点となっていた基準地震動や火山活動、避難計画のいずれについても鹿児島地裁は、住民らの主張を退けた。

 その上で、運転差し止めを求めた住民らの「人格権が侵害され又はそのおそれがあると認めることはできない」と述べている。

 極めて当然で理性的な決定である。現在、規制委による審査の最終段階に当たる使用前検査中の1号機は、順調に進めば、7月上旬の再稼働、8月の営業運転開始が可能になろう。

 この産経の社説(「主張」)は鹿児島地裁決定がなぜ「理性的」だと言いうるのかが、よく分かりません。福井地裁決定と鹿児島地裁決定の判断の差異を具体的な論点で比較、検証する形になっていないのがその一因のようにも思えます。

▼北國新聞「川内差し止め却下 最高裁の判断に沿う決定」4月23日

 鹿児島地裁と福井地裁の決定は、原発の新規制基準が合理的であるかどうかで判断が食い違っている。新基準が福井地裁の決定で指摘されたように合理的でないとすれば、原発の規制行政の根幹が揺らぐ事態になる。北陸電力志賀原発の再稼働審査の信頼性にも関わる問題になるが、福井地裁の仮処分決定に対しては原子力規制委員会が事実誤認を指摘した。

 原発の安全性をめぐる判断では高度に科学的、技術的な知見を必要とする。それなのに裁判所が規制基準の合理性や施設の耐震性に踏み込んで判断することには無理があったのではないだろうか。

 四国電力伊方原発をめぐる行政訴訟で最高裁は1992年に、専門家の意見を尊重した国の裁量を認め、重大な欠陥がない限り違法でないとする判決を出している。

 鹿児島地裁の前田郁勝裁判長は新基準について「専門的な知見を持った原子力規制委員会が審議を重ねて定めた」として合理的と判断し、差し止めを認めなかった。最高裁の判断の枠組みに沿う決定は妥当と言えるのではないか。


 以下は、わたしが目にしたそのほかの各紙の社説です。それぞれ一部を引用して書きとめておきます。


【4月23日付】

朝日新聞「川内の仮処分 専門知に委ねていいか」

 鹿児島地裁の判断は、従来の最高裁判決を踏襲している。行政について、専門的な知識をもつ人たちが十分に審議した過程を重視し、見過ごせない落ち度がない限り、司法はあえて踏み込まない、という考え方だ。

 だが、福島での事故は、専門家に安全を委ねる中で起きた。ひとたび過酷事故が起きれば深刻な放射線漏れが起きて、周辺住民の生活を直撃し、収束のめどが立たない事態が続く。

 原発の運転は、二度と過酷事故を起こさないことが原点である。過去、基準地震動を超える地震が5回起きた事実は重い。「想定外」に備えるためにも、厳しい規制基準を構えるべきである。特に、原発の運転には、国民の理解が不可欠であることを考えれば、規制基準についても、国民の納得がいる。これらの点を踏まえれば、福井地裁判断に説得力がある。

 鹿児島地裁は「地震や火山活動等の自然現象も十分に解明されているものではない」「今後、原子炉施設について更に厳しい安全性を求めるという社会的合意が形成されたと認められる場合、そうした安全性のレベルを基に判断すべきことになる」とも述べている。

 世論調査では依然として原発再稼働に厳しい視線が注がれている。政府も電力会社も鹿児島地裁の決定を受けて「これでお墨付きを得た」と受けとめるべきではない。

毎日新聞「割れた司法判断 丁寧な原発論議が要る」

 新基準に適合すれば重大事故のリスクは許容できるほど小さいと考えるのか、事故のリスクが少しでもあれば許容できないとするのかの違いといえる。判断の難しい問題で、これは再稼働を巡る国民の意見の違いにも通じる。

 福井地裁の裁判長は昨年5月、関電大飯原発3、4号機についても運転差し止めを命じている。

 これを極論として排すべきではない。大津地裁は昨年11月、高浜・大飯両原発の再稼働を巡る仮処分決定で、差し止めは却下したものの、避難計画の策定が進まなければ再稼働はあり得ないとしている。3・11後の司法判断はより厳しくなっているのではないか。

 規制基準を厳格にしても事故の発生確率はゼロにならない。ゼロリスクを求めるだけでは、現実的な議論になっていかない。

 政府は「新規制基準に合格した原発の再稼働を進める」と繰り返しているが、それでは、国民の理解にはつながらない。再稼働を進めたいのであれば、脱原発の道筋をきちんと示す必要がある。

東京新聞中日新聞「川内原発仮処分 疑問は一層深まった」

 全体的に、約二十年前に、最高裁が四国電力伊方原発訴訟(設置許可処分取り消し)で示した「安全基準の是非は、専門家と政治判断に委ねる」という3・11以前の司法の流れに回帰した感がある。

 だがそれは、もう過去のことであるはずだ。

 原発の安全神話は崩れ、福島は救済されていない。核廃棄物の行き場もない。3・11は、科学に対する国民の意識も変えた。

 多くの人は、原発や地震、火山の科学に信頼よりも、不信を抱いている。

 新規制基準は、地震国日本でどれほど頼れるものなのか。それに「適合」するというだけで、再稼働を認めてしまっていいものか。避難計画が不完全なままでいいのだろうか。

 司法判断が分かれた以上、規制委や政府は国民の視点に立って、その不信と不安をぬぐい去るよう、より一層、説明に努めるべきではないのだろうか。

北海道新聞「『川内』申請却下 不安に向き合ったのか」

 だが簡単にはうなずけない。

 まず避難計画の評価だ。避難計画をめぐってはバスの確保が不備などの指摘が住民の間にある。

 しかし鹿児島地裁は「現時点で一応の合理性、実効性を備えている」とした。これでは住民の不安は解消できまい。より慎重に検討すべきでなかったか。

 決定は、地理的状況から心配される火山噴火による危険性についても「学者の間で具体的な指摘は見当たらない」と九電側の主張を認めた。警鐘を鳴らす一部の専門家はこれで納得できるだろうか。

 福島第1原発事故以前、原発訴訟といえば高度な科学技術を要するため、行政など専門家に任せるとの判断が一般的だった。

 それは、1992年の四国電力伊方原発(愛媛県)訴訟の最高裁判決を踏襲していた。

 その流れは福井地裁が昨春、関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを命じた判決から変わった。

 続く高浜原発などをめぐって差し止めを却下した昨秋の大津地裁の判断の中にも、再稼働に注文を付ける姿勢が読み取れた。

デーリー東北「川内原発仮処分決定 安全性を高める教訓に」

 原発差し止めの仮処分は繰り返し請求されてきたが、裁判所の壁は厚かった。だが、福島第1原発事故の後、反原発の世論が後押し、裁判官は原発訴訟に厳しい姿勢で臨むようになった。

 その中で、福井地裁の樋口英明裁判長が昨年5月に安全対策の欠陥を理由に関西電力大飯原発の差し止めの判決を出し、高浜原発の仮処分でも初の差し止めを決定した。

 しかし、この福井地裁の判決と決定は絶対安全論に立って、「結論ありき」のやや心情的な判断が目立つ。一部で事実誤認も専門家から指摘されていた。

 原発の規制も福島の事故を踏まえて大きく転換した。新基準は「世界で最も厳しい」と国際的に認知されている。その評価で両決定は分かれた。事故の発生確率が新基準の適用で下がったとはいえ、完全にゼロではない。その原発を受け入れられるかどうかは社会や経済、文化など多様な要素が複雑に絡む。

 この難問への司法の関与は難しい。「重大な欠陥がない限り認める」との立場の踏襲だけでよいのか。下級審で判断が食い違う以上、最高裁が新判例を示す必要がある。

 川内原発には住民避難計画や巨大噴火対策など課題がまだ残る。疑問に耳を傾けるのは重要で、安全議論に終わりはない。今回の仮処分決定に慢心せず、安全を高めるよう九州電力に求めたい。

福井新聞「川内原発差し止め認めず 司法判断の困難性が露呈」

 今回の決定では、申し立てで提起された危険性や問題点について、地道に丁寧に検討を加えている。ただ新基準の根拠に科学的専門性を持って独自に深く踏み込んだものではない。これは司法として、専門家の意見を尊重した国に広い裁量を与えた伊方原発(愛媛県)行政訴訟の最高裁判決(1992年)を踏襲する姿勢に沿った判断である。

 規制委の専門性、科学的知見を是認した上で、住民側の主張する「人格権」を侵害する重大な欠陥がない限り違法とは認めないとして枠組みを外さなかった。

 しかし、この判断が再稼働の「お墨付き」を与えたとするには、懸念材料が多すぎる。住民側が問題視した巨大噴火に関する知見は学会の学者によっても見解が分かれ、決定内容を「事実誤認」と指摘する意見もある。緊急時の住民避難計画が「一応の合理性、実効性を備えている」との判断はあまりに「楽観的」だ。

 こうした樋口、前田両裁判長の真っ向食い違う判断は、住民側に立って「危険性」を重視するか、国の「方針」に従うか二つの流れがあることを示す。特に再稼働を認めない2件の司法判断を下した樋口裁判長は地震国における原発を全否定するような観点から国富論や文明論にまで及んだ。

 数多い原発訴訟に対処すべく、最高裁は研修を実施しているが、判断が下級審同士や上級審でころころ変わるなら、司法への信頼は遠くなる。「想定外は起こり得る」―これが福島の教訓である。九電は7月にも再稼働させる計画だが、新基準を超える安全性を求める声が強まるのは必至だ。

京都新聞「川内仮処分却下  安全に不安拭えぬ決定」

 原告の住民側は、原発の耐震設計の目安となる地震の揺れ(基準地震動)が「過去の地震の平均像に基づいており、より大きな地震で重大事故が起こり得る」と訴えた。決定は、新基準を「専門家の審議で定められた」と是認した上で、「基準地震動は地域的な特性や自然現象の不確かさを考慮し、設計上も十分な余裕が確保されている」と九電側の主張を認めた。

 この考え方は、原発の安全審査は高度な科学的判断を要し、専門家の意見を尊重した国に広い裁量を認めるとした1992年の伊方原発訴訟の最高裁判決に沿ったものだ。だが、福島第1原発事故を受け、司法として従来の行政追従の姿勢に反省が聞かれ、国民にも原発の安全性に根強い不安が残る中、踏み込んだ独自判断を避けて専門家任せの「安全神話」に逆戻りした感が拭えない。

 さらに火山の影響判断では、可能性が低いとする九電の評価を認め、大規模噴火の恐れを主張する学者は多数派でないと切り捨てた。だが日本火山学会の委員会は昨秋、予知の限界や曖昧さを踏まえ審査基準を見直すよう規制委に提言しており、事実誤認と批判が出ている。東日本大震災前に巨大津波の発生を警告する学者の声を無視した反省が生かされていない。

西日本新聞「川内仮処分却下 福島事故を踏まえたのか」

 過去の原発関連訴訟で司法は、高度な専門性などを理由に行政や電力会社の裁量を追認しがちだった。原発のあり方を問い直す判断が出始めたのは福島原発事故が起きたからだ。甚大な被害やいまだに収束しない現状に照らせば当然の流れといえるのではないか。

 その意味で鹿児島地裁の決定は、原発事故前の司法判断に立ち戻ったかのような印象を否めない。あの「3・11」の教訓をどこまで踏まえたのかという疑問が残る。

 新規制基準について政府は「世界で最も厳しい」と繰り返す。「適合すれば再稼働」も決まり文句だ。しかし、規制委は原発の安全性を担保するものではないという。では、誰が最終的に再稼働を判断し、事故に対して責任を負うのか。その曖昧さは拭えない。

 九電は鹿児島地裁の判断を「妥当な決定」としている。だが、これで再稼働に対する住民の不安や疑問が解消したわけではない。安全対策の徹底とともに、住民への丁寧な説明を尽くすべきだ。

南日本新聞「[川内原発仮処分] 再稼働の不安に応える決定だったか」

 高度な科学技術を要する原発の運転の可否は専門家に任せる、という司法の姿勢に戻った観がある。それでいいのか。

 川内原発はいま、再稼働へ向けて規制委の使用前検査を受けている。九電は7月にも再稼働したい考えだ。

 だが、再稼働の差し止めが却下されたからといって、川内原発の安全が「担保」されたとは言い切れない。

 むしろ、福島の過酷事故の教訓に照らせば、安全対策の指針とすべきは、高浜原発の再稼働を禁じた福井地裁の仮処分の決定の内容にうなずける点が多い。

 福井地裁の仮処分は、高浜と同じ型の川内原発にも通じる指摘が少なくないからだ。

(中略)

 見過ごせないのは国の責任である。

 再稼働の可否は規制委頼みの一辺倒。再稼働の同意について、関係自治体が「地元」の範囲拡大を求めると、地域へ丸投げする。そして原発の安全協定の締結は電力会社と自治体任せである。

 原発の安全にだれが責任を持つのかさえ、はっきりしない。

 「規制委の新規制基準に適合した原発は、その判断を尊重し再稼働する考えに変わりはない」

 再稼働差し止め却下を受けて菅義偉官房長官はこう述べた。

 高浜と川内で、真っ向から対立する裁判所の判断が示されたのである。原発の安全性について、国は責任の重さを自覚し、いま一度国の関与について考えるべきではないか。

 原発の運転差し止めをめぐる仮処分申し立てや訴訟は、原発の安全性論議の活性化につながるものとも言えそうだ。


【4月24日付】

河北新報「再稼働で司法二分/福島事故後の不安を原点に」

 踏襲したのは、伊方原発(愛媛県)をめぐる行政訴訟で最高裁が1992年に示した判断だ。「高度な科学技術を要する原発運転の可否は専門家に任せる」との姿勢で、鹿児島地裁は九電の事故対策や原子力規制委員会の適合判断を基本的に追認した。

 最高裁判断が福島第1原発事故が起きる20年近く前に出たことを考えると、事故後も依拠すべき基準かどうかは議論があるところだろう。

 原発の安全性について鹿児島地裁は「危険性ゼロは不可能。社会通念上無視できる程度に保つのが相当」と捉えたが、福井地裁は「万が一にも深刻な災害が起きない厳格さが求められる」とした。

 福井地裁は、専門家に委ねた安全がもろくも崩れ、過酷な福島事故を招いたことを踏まえれば、事故後は万が一の判断を避けることは許されない、と厳しく指摘した。

 リスクゼロは非現実的との批判が成り立つにしても、福島事故のような事態が2度と起きない確信を原点に据える判断は、説得力を持つ。

 世論調査では再稼働反対が依然過半数を占める。福井地裁と同様に多くの国民が、専門家が定めた新規制基準を安全性の担保とは受け止めていないことの証しだ。

神戸新聞「原発の差し止め/専門家任せにしたくない」

 原発事故を教訓に、いささかでも危険があれば認めないのか、潜在する危険性を承知で認めるのか。専門家の「知」にどこまで信頼を寄せるか。決定に違いが出た点だろう。

 川内原発は、火山の危険性も争点になった。だが、地裁は「巨大噴火の可能性は十分に小さい」とし、監視によって前兆をつかめるとする九電などの主張をうのみにした。

 火山学会などは反発している。火山学では噴火は予知できず、前兆をつかむのは難しい。可能性は低いが、破滅的なカルデラ噴火はいつ起きてもおかしくない。川内原発への影響は大きいが、その危機感がない。

 川内の決定に事実誤認があると指摘されても仕方ないだろう。

 規制委は「司法の決定に左右されない」と言う。それは、専門家の閉じられた空間で決まり、社会の声が反映されないことを意味する。

 自然現象や科学技術は不確実性がついて回る。特に原発は事故が起きると人や環境に大きく影響し、生きる権利を根こそぎ奪いかねない。専門家だけに任せられない問題だ。

 市民が議論し、決定に参加する。その仕組みを、どうつくるか。司法判断を契機に考えるべきだ。

2015年-04月-30日

日米間の軍事協力拡大の報道2極化〜在京紙の紙面の記録

 4月末に日米間の軍事協力関係をめぐって大きなニュースが続きました。日米両政府は27日、外務・防衛担当閣僚による協議で、日米防衛協力の新たな指針を決定しました。翌28日には安倍晋三首相オバマ大統領が会談しました。

※「日米、地球規模へ協力拡大 18年ぶり防衛指針改定」2015年4月28日(47news=共同通信

  http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015042701002057.html

 【ニューヨーク共同】日米両政府は27日午前(日本時間27日深夜)、ニューヨークで外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を開き、新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)を決定した。自衛隊米軍の協力を地球規模に広げ、平時から有事まで「切れ目のない」連携を打ち出した。安倍政権が認めた集団的自衛権行使を反映させたほか、沖縄県尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返す中国を念頭に離島防衛への共同対処を明記した。改定は18年ぶり。

 安倍政権が整備を目指す新たな安保法制の核心部分を先取りし、海外を含む自衛隊活動の積極的展開を促す大きな転機となる。

※「国際秩序構築へ日米同盟強化 TPP早期妥結を主導」2015年4月29日(47news=共同通信)

  http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015042801002268.html

 【ワシントン共同】安倍晋三首相は28日午前(日本時間同日深夜)、オバマ米大統領とワシントンで会談した。国際秩序の構築に向け日米同盟を強化することで一致。環太平洋連携協定(TPP)交渉の早期妥結を日米が主導する方針を確認した。沖縄県の米軍普天間飛行場名護市辺野古移設推進でも合意した。会談に合わせ、中国による南シナ海の岩礁埋め立てやロシアクリミア編入を念頭に「力や強制による一方的な現状変更」を認めないとした日米共同ビジョン声明を発表した。

 会談後の共同記者会見安倍首相は「日米同盟の歴史に新たな一ページを開いた」と強調した。

 東京発行の新聞各紙も28日付朝刊から29日付朝刊にかけて、それぞれ1面トップで報じるなど大きく扱っています。そして、日米の軍事協力の拡大、米軍と自衛隊の行動の一体化、自衛隊の活動の飛躍的な拡大に対して、各紙の論調は批判ないしは懐疑的な姿勢と全面支持の姿勢とに2極化しています。前者は朝日、毎日、東京の各紙、後者は読売産経日経の各紙です。このニュースについてのわたしの個人的な受け止めはともかく、戦争と平和の問題をめぐってマスメディアの論調が2極化している状況には危惧の念があります。本来は異なった論調がメディアの間にあること自体は、多様な価値観が社会に保たれていることを担保する意味で、悪いことではありません。しかし過去の戦争の歴史を振り返ると、いざ戦争とのかけ声が高まってきたときには、戦争に反対する言論はかき消され、あるいは転向を迫られていきます。日本の現代史で言えば、1930年代に新聞は戦争遂行一色になりました。その後、1945年の敗戦まで、新聞は戦争をあおる側に立ち、「大本営発表」報道に代表されるように、事実を報道することすらできなくなっていきました。戦争と平和の問題に関する限りは、マスメディアは歴史を踏まえて慎重な上にも慎重であって然るべきではないか、と考えています。

 この日米の閣僚間、首脳間の協議では、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題も取り上げられ、名護市辺野古への移設の方針を再確認したと報じられています。沖縄県の翁長雄志知事は安倍晋三首相と会談した際、辺野古移設に沖縄の民意は反対であることをオバマ米大統領に伝えるよう要請していました。安倍首相がオバマ大統領と会談するよりも前に、2プラス2の場で「辺野古移設」は再確認されたようです。閣僚間の協議で、そして首脳会談の中で、日本側は沖縄の民意をどう説明したのか、あるいは説明しなかったのか。日本本土のマスメディアは続報の中で明らかにすべきだろうと思います。

 4月28日は、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効して、沖縄が日本本土の独立から切り離されて米施政権下に置かれた日、沖縄の「屈辱の日」です。那覇市の沖縄県庁前で開かれた県民集会には雨の中、約2500人が参加したと報じられています。在京紙で、この集会の記事を紙面に載せていたのは朝日、毎日、東京でした。

 沖縄では翁長知事が29日に記者会見し、強い憤りを表明したことが報じられています。

※「沖縄知事、辺野古確認に強い憤り 日米首脳会談を批判」2015年4月29日(47news=共同通信)

  http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015042901001522.html

 沖縄県の翁長雄志知事は29日、県庁で記者会見し、安倍晋三首相とオバマ米大統領が28日の日米首脳会談で米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古移設を確認したことに対し「強い憤りを感じている」と批判した。「あらゆる手法を用いて辺野古に新基地は造らせない」と述べ、辺野古移設を阻止する意向を重ねて示した。

 翁長氏は5月下旬にも訪米し、辺野古移設に反対する考えを米政府に直接伝達する意向を表明。地元の理解なしに辺野古移設を進めるのは不可能だと強調し「頓挫することによって起きる事態はすべて政府の責任だ」と警告した。

 以下は東京発行各紙の28日付朝刊、29日付朝刊のそれぞれ1面の記事や社説の主な見出しです。これだけでも各紙の論調と、その2極化ぶりは読み取れるのではないかと思います。備忘を兼ねて書きとめておきます。

【28日付朝刊】

朝日新聞

1面トップ「日米同盟の本質 転換」「防衛指針18年ぶり改定」「地球規模に協力拡大」

1面「安保条約の枠超える」解説

社説「日米防衛指針の改定 平和国家の変質を危ぶむ」

毎日新聞

1面トップ「切れ目ない日米体制構築」「防衛指針改定で合意」

1面「辺野古移設が唯一の解決策」「日米両国で確認」

社説「新日米防衛指針 国民不在の安保改定」

読売新聞

1面トップ「対中 平時も一体運用協議」「自衛隊と米軍」「日米防衛新指針 合意」

1面「安保法案 自公、政府見解を了承」

社説「防衛協力新指針 日米同盟の実効性を高めたい」

日経新聞

1面トップ「日米、世界で安保協力」「指針18年ぶり改定」「新法制も与党実質合意」

1面「日米同盟、線から面へ」

産経新聞

1面準トップ「集団的自衛権 5分野例示」「日米ガイドライン 再改定合意」

社説(主張)「日米新防衛指針 平和守る同盟の再構築だ 『対中国』で切れ目ない対応を」

東京新聞

1面トップ「戦時の機雷掃海明記」「日米防衛新指針 安保法制より先行」「『ホルムズ』念頭 地球規模で対米協力」

1面「与党協議を飛び越え」解説

1面「辺野古に新基地」「首脳会談より前に再確認」

社説「防衛指針と安保法制 『専守』骨抜きの危うさ」


【写真説明】東京発行各紙の4月28日付朝刊1面

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【29日付朝刊】

▼朝日新聞

1面トップ「日米『核兵器は非人道的』」「不拡散へ共同声明」「首脳会談 同盟強化を確認」

第2社会面「『屈辱の日』沖縄の怒り」(那覇市、写真)

▼毎日新聞

1面トップ「安保・経済で同盟強化」「日米首脳 共同声明」「TPP進展を歓迎」「戦後70年『和解の模範』」

社会面「屈辱の日 2500人集会」「雨中、辺野古移設反対訴え」(那覇市・沖縄県庁前、写真)

▼読売新聞

1面トップ「日米同盟 世界に貢献」「戦後70年 過去を克服」「中国の海洋進出 批判」「TPP妥結へ進展」

▼日経新聞

1面トップ「日米『不動の同盟国』」「TPP妥結へ協力」「中国の海洋進出けん制」

▼産経新聞

1面トップ「「戦後70年 新時代の同盟強化」「首脳会談、日米、中国にらみ連携」

▼東京新聞

1面トップ「『辺野古に基地』再確認」「同盟強化で日米首脳」

1面「沖縄『造らせない』」「『屈辱』の4・28集会」(那覇市・沖縄県庁前、写真)


【写真説明】東京発行各紙の4月29日付朝刊1面

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※追記 2015年4月30日8時50分

 4月30日付の東京発行朝刊各紙は、米議会での安倍首相の演説をいずれも1面トップで扱いました。各紙の1面記事や社説の主な見出しを書きとめておきます。

 安倍首相は沖縄県の翁長知事から「普天間飛行場の辺野古移設に反対」との沖縄の民意をオバマ米大統領に伝えるよう要請を受けていました。各紙の記事によると、安倍首相は日米首脳会談で、翁長氏からそう伝えるよう要請があったことはオバマ大統領に伝えたようですが、同時に「自分の立場はゆるぎない」(東京新聞)として、辺野古移設を進めることを表明したとのことです。沖縄の民意をばっさりと切り捨てた、ということです。

 29日の翁長氏の会見は、各紙によって扱いが分かれています。朝日、毎日、東京が独立の記事の仕立てなのに対し、日経は単独の記事ではなく、読売、産経は総合面の短信です。日米の軍事協力の劇的な拡大をどう評価するか、その論調の違いと符合する扱いの差異だと感じます。

【30日付朝刊】

▼朝日新聞

1面トップ「先の大戦に『痛切な反省』」「安保法制『夏までに成就』」「安倍首相、米議会で演説」「『侵略』『おわび』使わず」

1面「対米・対アジア 二つの顔」立野純二・論説副主幹

4面(総合面)「首相『辺野古揺るがぬ』」「オバマ氏『負担軽減に協力』」/「沖縄知事『首相の固定観念』」

社説「日米首脳会談 核廃絶へ、次は行動だ」「『和解の力』を礎にして」(2本)

▼毎日新聞

1面トップ「首相『大戦、痛切に反省』」「安保法制『夏までに』」「米議会演説」

1面「辺野古が解決策 立場ゆるぎない」「首脳会談で首相」

2面「沖縄知事『強い憤り』」「辺野古移設確認を批判」

社説「日米同盟強化 中国けん制に偏らずに」重層的な地域安定策を/辺野古移設は再考を

▼読売新聞

1面トップ「大戦『痛切な反省』」「歴代首相の認識継承」「日米『希望の同盟』」「首相 米議会で演説」

1面「アジア投銀 対応連携 首脳会談」

1面「『海の長城』懸念共有」連載企画・日米新時代1

社説「日米首脳会談 世界平和と繁栄に役割果たせ 対中国で『法の支配』を広めたい」「不動の同盟」発信せよ/新防衛指針の具体化を/TPP早期妥結図ろう

4面「辺野古移設推進『残念』」※短信

▼日経新聞

1面トップ「首相『痛切な反省』」「大戦、アジアに苦しみ」「米議会演説」「米国との和解強調」/「安保法制成立 首相『夏までに』 異例の国際公約」

2面「対米公約で退路断つ」「普天間移設や安保法制」※沖縄知事会見を含む

社説「日米が支えるアジア安定への一歩」緩やかな安保網築け/TPPの早期妥結を

▼産経新聞

1面トップ「首相『日米 希望の同盟』」「米議会演説 中国を念頭」

1面「未来志向 共感強める米」

1面「『対処力、一層の強化』」「首脳会談 防衛指針再改定を評価」

5面「辺野古移設確認に『強い憤り』」※短信

社説(主張)「日米首脳会談 地球規模の同盟実践を TPP妥結で経済新秩序築け」「南シナ海」が試金石に/新投資銀でも連携保て

▼東京新聞

1面トップ「『反省 歴代首相と同じ』」「首相、慰安婦問題には触れず」「安保法制 今夏成立を約束」「米議会演説」

1面「辺野古新基地『ゆるぎない』」「首相『知事反対』は伝達 日米首脳会談」

1面「翁長知事憤り『来月訪米、直接訴え』」

2面「『首相、かたくなな固定観念』」翁長氏会見要旨

社説「日米首脳会談 物言う同盟でありたい」不戦が戦後の出発点/憲法制約あるはずだ/沖縄県民の反対無視

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2015年-04月-24日

「辺野古反対広がる世論 全国紙調査で判明」:朝日「安倍政権評価しない55%」毎日「政府の進め方に反対53%」日経「辺野古移設見直すべき47%」

 沖縄県宜野湾市米軍普天間飛行場名護市辺野古地区への移設問題に対して、日本本土でも徐々に関心が広がってきているように感じます。今週発表された本土マスメディア世論調査では、安倍政権・日本政府に批判的な意見が過半数に達する例も出ています。やはり4月5日の翁長雄志知事と日本政府の菅義偉官房長官の会談が、大きな潮目になったのだろうと思います。

 このブログにも記録を残しておかなければ、と考えていたところに、沖縄タイムスが22日、各調査結果を簡潔にまとめた記事を掲載しました。この記事を引用して、備忘としたいと思います。

 ※沖縄タイムス「辺野古反対広がる世論 全国紙調査で判明 翁長・菅会談 境に変化か」2015年4月22日

 http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=112647&f=t

 朝日新聞の18、19両日の調査では、安倍政権の対応について「評価しない」が55%で、「評価する」25%を上回った。辺野古移設の賛否は、「賛成」30%、「反対」41%だった。解説記事は「地元の民意を酌もうとしない強硬な姿勢が、全国的に広がる新たな民意を皮肉にも作り出したと言えるだろう」と指摘した。

 毎日新聞も18、19両日の調査で、政府の進め方について「反対」53%で、「賛成」34%を上回った。記事では「政府はより柔軟に対応すべきだ、という世論がうかがえる」とし、県との対話をアピールする政府の姿勢が「世論の理解を十分得られているとは言えない状況」とした。

 日本経済新聞テレビ東京が17〜19日に行った調査は、辺野古移設に関し「見直すべきだ」が47%で、「計画通りに」は36%だった。

 読売新聞が3〜5日に実施した調査では、安倍内閣方針について「評価する」と「評価しない」が共に41%。記事は、1月の調査でも「評価する」40%、「評価しない」43%でほぼ並んでいるとし、「県と政府との対立を反映したようだ」と指摘した。

 この記事でも触れていますが、沖縄タイムスは琉球放送と合同で戦後70年の世論調査を4月18、19両日に沖縄県内で実施し、その結果を21日に掲載しています。

 ※沖縄タイムス「普天間『知事評価』72% 辺野古『反対』65% 本紙・RBC合同世論調査」2015年4月21日

 http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=112476&f=t

 沖縄タイムスと琉球放送(RBC)は20日、戦後70年に関する合同世論調査をまとめた。普天間飛行場の返還問題で「翁長雄志知事の姿勢を評価するか」との質問に「評価する」と答えた人が72・1%を占め、「評価しない」の21・7%を大幅に上回った。普天間飛行場の辺野古移設には「反対」が65・3%。「賛成」は27・9%にとどまった。普天間飛行場の返還に関する安倍晋三政権の姿勢は「評価しない」が72%に上り、「評価する」は22%に低迷。知事の支持率と対照的な結果となった。

 留意したいのは下記の項目です。

 「沖縄の基地が減らないのは、本土による差別と思うか」の質問には、「その通りだ」が51・6%で過半数を占めた。「そうは思わない」は45・4%だった。

 このほか世論調査では、少しさかのぼりますが共同通信が3月28、29両日に実施した全国電話世論調査で、沖縄県の翁長知事が辺野古沖での海底作業停止を政府に指示したことに対して、どうすべきかを尋ねたところ、「作業を停止する」が47・8%で、「作業を進める」は38・9%だったことが報じられています。

 以上をまとめると以下の通りです。

▼朝日新聞 4月18、19日実施 安倍政権の対応「評価しない」55%「評価する」25%、辺野古移設に「賛成」30%「反対」41%

▼毎日新聞 4月18、19日実施 政府の進め方について「反対」53%「賛成」34%

▼日本経済新聞・テレビ東京 4月17―19日実施 辺野古移設「見直すべきだ」47%「計画通りに」36%

▼読売新聞 4月3―5日実施 安倍内閣の方針「評価する」と「評価しない」が共に41%

▼共同通信 3月28、29日実施 辺野古沖で「作業を停止する」47・8%「作業を進める」38・9%

▼沖縄タイムス・琉球放送 4月18、19日実施 翁長雄志知事の姿勢を「評価する」72・1%「評価しない」21・7%、普天間飛行場の辺野古移設に「反対」65・3%、「賛成」27・9%、普天間飛行場の返還に関する安倍晋三政権の姿勢は「評価しない」72%「評価する」22%

 

2015年-04月-21日

地方紙・ブロック紙に「脱・辺野古」の論調〜翁長知事・安倍首相会談の社説の記録

 沖縄県米軍普天間飛行場の移設問題をめぐって、沖縄県の翁長雄志知事と安倍晋三首相が17日に初の会談を行ったことについて、地方紙やブロック紙が社説でどのように取り上げているか、ネットで目につく範囲で調べてみました。社説の見出しのみをネットで公開している新聞も含めて17紙(以前の記事で紹介した東京新聞中日新聞も含めれば18紙)を見ることができました。

 いずれも、安倍晋三首相や政府側に、沖縄民意と向き合うよう求める内容です。特に今回は、安倍首相や菅義偉官房長らが、普天間飛行場の危険性を除去するための「唯一の解決策」と繰り返す、現行の沖縄県名護市辺野古地区への移設計画に対して、別の方策を目指すよう、いわば「脱・辺野古」をはっきりと主張したり(北海道新聞など)、現在政府が進めている辺野古沖の海底ボーリング調査を止めるよう求めたり(河北新報など)している社説が目にとまりました。とりわけ岩手日報のように「『なぜ沖縄なのか』という疑問は一人政府のみならず、戦後70年の節目に立つ本土住民に等しく跳ね返る」と、この問題の責任が政府だけのものではないことに触れる社説が出てきたことは、日本本土のマスメディアでの小さくない変化だと思います。

 すべての地方紙、ブロック紙を網羅した調査ではありませんが、この限られた範囲で見るだけでも、普天間移設問題が「日本本土で知られる」ことの広がり具合が、じりじりと進んできているのではないかと感じます。

 以下に、17紙の社説の見出しと、いくつかの社説は一部を引用して書きとめておきます。ゴチック部は、特にわたしの印象に残った部分です。

【18日付】

▼北海道新聞「安倍・翁長会談 沖縄の声は聞こえたか」

 沖縄が日本のために払った犠牲をどう考えるのか。この問いに対する答えなくして、和解は考えられない。「国家の意思に従え」という単純な論理ばかりを振りかざす首相は認識を改めるべきだ。

 今月下旬には日米首脳会談が予定されている。翁長氏は辺野古移設反対の沖縄の民意を米国に伝えるよう要請した。

 米国の意向を沖縄に押しつけるが、沖縄の意を受けて米国を説得しようとはしない。これが日本政府の一貫した態度だった。

 米国内でも沖縄への過度な米軍基地の集中に懸念が出ている。辺野古移設とは別の方策を米国とともに模索するのが首相の責務である。県外、国外への移設を目指すのがあるべき道だ。


▼河北新報「首相・沖縄知事会談/長い対話の始まりと心得よ」

 初のトップ会談は平行線に終わった。計画に固執し、会談をステップにする形で作業を進め既成事実を積み上げるようでは、沖縄県民の感情を逆なでし、調整を遠ざけて根本的な解決をより難しくすることになるだろう。日米の同盟関係にも傷がつこう。

 政府と沖縄県の溝は深く、一度や二度の会談で、双方が歩み寄り、妥協が図られる課題ではない。ましてや調整を経ない30分ほどの話し合いで大きく進展するはずもない。

 一筋縄にはいかないことを覚悟し、政府は当面、建設に向けた海底ボーリング調査の作業を中断し、精力的に話し合いを重ねるべきである。

 会談を都合よく解釈し、地元に「礼は尽くした」と言わんばかりに事を急ぐような対応は避けねばならない。関係修復を閉ざし、解決不能の決定打になりかねないからだ。

 まずは会談を「終えた」と捉えるのではなく、米政府の理解も得つつ、落としどころを探る長い協議が「始まった」と受け止めたい。


秋田魁新報「安倍・翁長会談 解決へ何度でも対話を」

 首相には日米合意に基づく辺野古移設という崩せない枠組みがある。翁長氏は知事選に加え、沖縄県の4小選挙区全てを移設反対派が制した昨年の衆院選の民意を背負っている。

 普天間の「危険性除去」について首相は「われわれも沖縄も思いは同じ」と述べた。しかし問われているのは、普天間の代替施設を沖縄県内に新たに造ることの是非である。日米合意の再考にまで踏み込まなければ、政権と沖縄県の歩み寄りはあり得ない状況だ。

 翁長氏は「辺野古移設が唯一の解決策という固定観念に縛られず、作業を中止してほしい」と訴えた。政権にとって辺野古移設以外の選択肢は、本当に考えられないのか。沖縄県の願う「基地負担軽減」が何を指すのか、政権はいま一度、見詰め直す必要がある。

 

▼岩手日報「安倍・翁長会談 『なぜ』に明解な説明を」

 鳩山発言の変節で、現地では「県民の被差別意識は、かつてないほど高まっている」と聞いたものだ。県民の意思とは無関係に方針転換した前知事への反発も、それを根拠に移設作業を強行する国への反発も、底流には沖縄の民意が軽んじられることへのやり切れなさがあるだろう。

 翁長氏が「嫌なら代替案を出せと言うのは、こんな理不尽なことはない」と言う時、対面する首相の向こうに本土住民の意思を見ているのは想像に難くない。政府との亀裂は本土との亀裂に等しい。

 民主党政権の2012年6月から12月まで防衛相を務めた森本敏氏は、退任前の会見で普天間移設について、辺野古案は軍事的、地政学的な理由ではなく政治的都合−との見解を述べた。「他に移設先があれば、沖縄でなくてもよい」との考え方だ。

 「なぜ沖縄なのか」という疑問は一人政府のみならず、戦後70年の節目に立つ本土住民に等しく跳ね返る。ここを説明できないままに計画を推し進めるのは、国と国民の信頼関係に関わって重大な禍根を残すだろう。政府は移設作業より説明責任を優先させるべきではないか。

 

信濃毎日新聞「首相と沖縄 痛みを理解しているか」

新潟日報「首相・翁長会談 沖縄の痛み踏まえてこそ」

 

福井新聞「首相、沖縄知事会談 『負担軽減』は基地撤去だ」

 先の大戦で日米決戦の場となり、一般住民だけでも10万人近く犠牲になった悲劇の島だ。戦後70年たった今でも国益の「捨て石」と住民は言う。翁長氏が菅会談で述べたように「沖縄県が自ら基地を提供したことはない。強制接収された」のが歴史の事実だ。

 国全体の0・6%にすぎない県土に米軍専用施設の約74%が集中。米兵による女性暴行や傷害事件が相次ぎ、普天間隣接地でヘリ墜落事故も起きた。土地は無条件で返還すべき―これが沖縄の「清算」であろう。

 翁長氏は「自ら土地を奪っておきながら老朽化したとか、世界一危険だからとか、(移設が)嫌なら代替案を出せと言うのは、こんな理不尽なことはない」「私は絶対に辺野古に基地は造らせない」と言い切った。

 辺野古へ移設すれば基地が要塞化する懸念も強い。日米軍事専門家の間でも沖縄の地理的優位性に疑問を投げかけ、ミサイル攻撃の標的になる危険性を指摘する声さえある。果たして「この道しかない」という安倍政権のワンフレーズ・ポリティクスがどれだけ説得力を持つのか疑問だ。


京都新聞「安倍・翁長会談  『唯一の解決策』超えて」

 戦争末期、地上戦で県民の4人の1人が犠牲になった沖縄は、終戦から1972年の本土復帰まで27年間、米軍に占領された。この間、多くの土地が強制収用され、今も国内の米軍専用施設の約74%を背負い続ける。その苦難の歴史と県民感情に正面から向き合わない限り、答えを出すのは難しい。

 首相がなすべきことは、辺野古移設の日米合意を優先するばかりではなく、沖縄の思いを米側にきちんと伝えた上で解決の道を探ることだ。その意味で今度の訪米はいい機会だ。

 政府は沖縄との溝を埋める努力がいる。そのためには、沖縄防衛局が進める移設への作業をいったん止め、冷静に対話ができる環境をつくる必要がある。地元の理解と信頼関係なくして、安定した安全保障は望めない。民意に耳を傾け、「唯一の解決策」を超える道を探らねばならない。


神戸新聞「沖縄と基地問題/米国との関係が最優先か」

中国新聞「首相・沖縄知事会談 『対米ポーズ』では困る」

山陰中央新報「首相・沖縄知事会談/事態打開のきっかけに」

愛媛新聞「首相と翁長知事会談 民意くみ真摯な対話を続けよ」


高知新聞「【安倍・翁長会談】硬直思考では平行線だ」

 最近の本紙に、かつて米国防次官補代理として沖縄返還交渉に携わったモートン・ハルペリン氏の評論が掲載された。氏は辺野古移設に関し「日本政府が民意を黙殺している」とし、民意を無視して造った基地に「安定的な将来はない」と警告する。

 氏はまた「唯一の解決策」にも疑問を投げ掛ける。海兵隊基地を置く場所として沖縄以外の東アジア地域や米国内の基地など、他の選択肢も考慮し、日米が真剣に検証すべきだという

 ハルペリン氏ばかりでない。有力な現役上院議員らから辺野古移設は「非現実的」と異論が出たり、沖縄への基地集中を危機管理の面から問題視したりする意見もある。

 米国は民主主義プロセスを誇りとする国だ。首相は日米首脳会談でありのままの沖縄の現実を、オバマ大統領に伝えることが必要だろう。


西日本新聞「首相と沖縄知事 痛みへの共感が第一歩だ」

大分合同新聞「首相・沖縄知事会談 事態打開のきっかけに」※見出しのみ

熊本日日新聞「首相・翁長氏会談 旧来の発想抜け出す時だ」※見出しのみ


南日本新聞「[辺野古会談] 国は誠実に対話続けよ」

 首相は今月来日したカーター米国防長官に「(辺野古移設を)確固たる決意の下に進めていく」と表明した。官房長官が沖縄との対話を継続すると表明してからわずか3日後である。

 沖縄県民に対して著しく配慮を欠いた発言である。沖縄の民意を軽んじているとしか思えない。

 首相は26日から訪米する。オバマ大統領と会談し、日米同盟の強化を世界に発信する方針である。今回の会談を辺野古問題解決へ努力する姿勢のアピールに利用しようとしているのなら、沖縄の怒りはますます増幅するに違いない。

 「上から目線」と翁長氏が政府を批判して以降、長年基地負担に苦しんできた県民にさらに共感が広がっているという。安倍首相が今向き合うべき相手は米政府ではない。

 辺野古埋め立てに向けた作業を続けたままで、沖縄側と冷静な対話はできない。政府は直ちに工事を止め、信頼醸成に努めるべきだ。


 自宅で郵送で購読している琉球新報の18日付紙面が手元に届きました。1面トップの見出しは、翁長知事が安倍首相に言いきった言葉「新基地絶対造らせない」です。

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2015年-04月-19日

地方紙・ブロック紙は「警告」「警鐘」と受け止め〜高浜原発の福井地裁仮処分

 関西電力高浜原発の運転を差し止める福井地裁の仮処分決定についての記事の続きです。

 この決定を取り上げた地方紙・ブロック紙の社説をネットでチェックしたところ、見出しのみの例を含めて27紙(中日新聞東京新聞は1紙とカウント)を確認できました。うち決定に明らかに疑義を示しているのは北國新聞。ほかの26紙は見出しのみのものも含めて、決定を警告・警鐘として真摯に受け止めるべきだ、との立場と読めました。以下に26紙の見出しを列挙します。

【15日付】

北海道新聞「『高浜』差し止め 原発回帰に重い警鐘だ」

河北新報「再稼働不可仮処分/問題提起を重く受け止めよ」

神奈川新聞「高浜再稼働差し止め 不安を直視した判断だ」

信濃毎日新聞「原発再稼働 2度のノーかみしめよ」

新潟日報「再稼働差し止め 安全神話に警鐘鳴らした」

▼中日新聞・東京新聞「国民を守る司法判断だ 高浜原発『差し止め』」

北日本新聞「高浜再稼働差し止め/安全の根拠再検討せよ」

福井新聞「高浜原発再稼働認めず 重い警告どう受け止める」

京都新聞「高浜差し止め  新規制基準への疑義は重い」問われた人格権リスク「ゼロ」要求/懸念解消の努力を

神戸新聞「高浜差し止め/安全審査の正当性揺らぐ」

山陽新聞「再稼働差し止め 原発の安全性に重い警告」

中国新聞「『高浜再稼働』差し止め 新規制基準が問われる」

山陰中央新報「再稼働差し止め仮処分/多くの課題を示す判断だ」

愛媛新聞「高浜原発差し止め 政府は再稼働方針を撤回せよ」

徳島新聞「高浜再稼働認めず 政府は重く受け止めよ 」

高知新聞「【再稼働の禁止】危険性認めた決定は重い」

西日本新聞「高浜原発仮処分 決定を重く受け止めたい」

大分合同新聞「再稼働差し止め仮処分 立ち止まる機会にしよう」※見出しのみ

熊本日日新聞「高浜原発仮処分 前のめり姿勢への警告だ」※見出しのみ

南日本新聞「[高浜原発仮処分] 再稼働の不安に応えた」

琉球新報「再稼働差し止め 脱原発の世論と向き合え」

【16日付】

秋田魁新報「高浜原発差し止め 国は謙虚に受け止めよ」

岩手日報「再稼働差し止め 原発の安全に重い警告」

福島民報「【高浜原発差し止め】国は当事者意識を持て」

沖縄タイムス「[高浜原発差し止め]『粛々と』とはいかない」

【17日付】

佐賀新聞「高浜原発差し止め」


 決定に疑義を示した北國新聞の社説の一部を、備忘を兼ねて引用します。「福井地裁の仮処分決定には疑問をぬぐいきれない」としつつ、感情的になることなく、原子力規制委の説明責任が重くなること、再稼働に向けた手続きでは国が前面に立たなければならなくなることを指摘しています。

▼北國新聞15日付「高浜原発差し止め 疑問ぬぐえない地裁決定」

 裁判官は原発の安全性や規制基準の妥当性、地震の規模を合理的に判断する知識や経験をどれだけ有しているのだろうか。原子力規制委が科学的、技術的な見地から進めた審査を根本から否定する判断は科学的な検証にどこまで耐えるのだろうか。福井地裁の仮処分決定には疑問をぬぐいきれない。

 原発の安全をめぐって規制委と地裁の判断が対立する構図は地元に不安を招く。司法が原発の新規制基準と審査を否定したことは、原発の規制行政に対する信頼が揺らぎかねない事態である。

 福島第1原発事故を受けて原子力規制委が定めた新基準が仮処分決定の指摘通りに「緩やかに過ぎ、適合しても安全性は確保されていない」のであれば、再稼働の前提条件が成り立たなくなる。北陸電力志賀原発など他の原発の運転差し止め訴訟にも影響が及ぶ。

 原子力規制委に求められる説明責任はより重くなったのではないか。新規制基準の合理性と審査内容を分かりやすく示す必要がある。福井地裁の決定を受けて菅義偉官房長官は原発の再稼働を進める方針に「変わりはない」と述べた。それなら国は再稼働に向けた手続きの中で、もっと前面に立たなければならないだろう。


 以下に、福井地裁決定を警告・警鐘と受け止めるべきとする社説の中で、印象に残ったものをいくつか、備忘を兼ねて一部を引用して書きとめておきます。

▼河北新報「再稼働不可仮処分/問題提起を重く受け止めよ」

 規制委も実は、新基準適合と安全はイコールではない、と再三繰り返している。高浜2基の適合を決定した後の会見でも、田中俊一委員長は「リスクをゼロと確認したわけではない」と述べた。

 あくまで科学的に求める基準に対応できたかどうかを判断するだけとの姿勢に徹する構えだが、安倍政権は規制委が適合と判断した原発の再稼働を進める、と言明する。

 基準適合判断をお墨付きと位置付けたい政府とそれを避けたい規制委の間で、再稼働の前提になる「安全」の判断が宙に浮いている格好だ。

 再稼働推進の立地自治体からも「誰が最後の安全性を確認して守ってくれるのか」と苦言が出ている。責任の所在が曖昧なまま、なし崩し的に手続きや準備が進む状況では不安が収まるわけはない。

 万が一の危険があり得るならば、事故が起きた場合の避難が最も重要になるが、規制委の審査対象ではない。政府が「前面に立つ」と言いつつ、実効ある避難計画の立案や訓練は後手に回る状況だ。


▼福島民報「【高浜原発差し止め】国は当事者意識を持て」

 一方で官房長官は会見で「政府としては規制委の判断を尊重し、再稼働の方針に変わりはない」とも話している。そこまで言うのなら、当事者としての国の関わりを明確に認めて対応すべきではないか。

 東京電力福島第一原発廃炉汚染水対策でも、安倍首相らは「国が前面に立つ」と言い続けているが、東電任せとの批判が消えない。放射性物質を含む雨水が、原発の排水路から港湾外の海に流出し続けていた問題では、経済産業省が東電に情報開示を積極的に求めなかった管理監督の認識の甘さも露呈した。

 今回の決定を通して浮かび上がったのは、電力会社任せ、規制委任せにしようとする国の相も変わらぬ当事者意識の薄さだ。


▼信濃毎日新聞「原発再稼働 2度のノーかみしめよ」

 問題なのは政府の対応だ。高浜原発の半径30キロ圏には、京都府の7市町と滋賀県高島市も含まれるのに、再稼働の同意を得る範囲について判断を示さず、地元に丸投げしている。住民の避難計画の実効性も疑わしいままだ。

 福井県には高浜、大飯を含め14基の原発が集中し、電力会社は10基の再稼働を目指している。周辺住民との溝を埋めず、なし崩しに動かすことは許されない。

 住民と自治体、国、電力会社で原発の問題点や地域のエネルギー構想を話し合う場を設けてはどうか。立地自治体の経済は原発への依存度が高い。これに代わる振興策にも知恵を集めたい。

 樋口裁判長は大飯原発判決でこう述べていた。「多数の人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いという問題を並べて論じ、当否を判断すること自体、許されない」。政府や電力会社に欠けている大事な観点だ。


▼新潟日報「再稼働差し止め 安全神話に警鐘鳴らした」

 そもそも問題点は少なくない。規制委は高浜3、4号機で同時に事故が起きても対応できることを確認したとしているものの、1、2号機の原子炉に燃料がなく、停止していることが前提だ。

 高浜原発のある若狭湾沿いには原発が全国最多の14基あるが、複数にまたがって事故が起きた場合どうなるかといった集中立地の問題は考慮されていない。

 避難計画の実効性も疑問視されている。福島事故の教訓から、3府県にまたがる30キロ圏の全自治体を再稼働の同意対象に加えるべきだとの声は強い。多くの問題を積み残したままなのが実情である。

 政府は原発を「ベースロード電源」と位置づけ、2030年の電源比率で割合を18〜19%とする方向で検討している。

 2割を切ることで、原発に批判的な世論への配慮をにじませているようにも見える。

 だが、この数字は再稼働だけにとどまらず、新規制基準で定めた40年を超えて運転するか、建て替えや新増設をして初めて達成可能となるものだ。

 核燃料サイクル放射性廃棄物の最終処分といった重要な問題も事実上、先送りとなったままだ。


▼福井新聞「高浜原発再稼働認めず 重い警告どう受け止める」

 だが現実的課題も横たわる。高浜3、4号機は今年2月、新規制基準の適合性審査に合格し、高浜町会がいち早く再稼働に同意。町長や知事の判断待ちだ。

 国策民営の原発判断が行政と司法で相反すれば、住民を抱える立地自治体は「股裂き状態」となり、困難な状況になりかねない。脱原発の世論は勢いを増し、原発から一部が30キロ圏内に入る京都府や滋賀県の「同意」判断も一層難しくなる。

 原発の安全性に関しては科学的、技術的見地による客観性の高い判断が求められてきた。過去の裁判では高度な専門性を理由に原発の危険性について科学的判断に踏み込まず、事実上、行政裁量に任せてきた。

 樋口裁判長は大飯原発訴訟で「学術的論議を繰り返すと何年たっても終わらない」と指摘したように早期判断に導いた。今後、上級審で一体誰がどのように判断していくのか、司法全体の責任は一段と重くなる。


▼愛媛新聞「高浜原発差し止め 政府は再稼働方針を撤回せよ」

 新基準自体が否定された影響は、高浜原発だけにとどまらない。示された懸念は、分離して仮処分の審理が進む関電大飯原発3、4号機(同)や、原子力規制委員会の審査をほぼ終えた四国電力伊方原発など、全国どの原発にも当てはまる。

 住民らは、基準地震動を超える地震で炉心が損傷し、重大事故に陥る可能性があるとして人格権が侵害されると訴えた。決定は「関電の想定は信頼に値する根拠が見いだせない」と、住民側の主張を認めた形だ。「250キロ圏内の住民に具体的危険がある」という指摘を、社会全体で受け止める必要がある。


▼徳島新聞「高浜再稼働認めず 政府は重く受け止めよ 」

 高浜3、4号機では、地元の同意の在り方をめぐっても問題が浮上している。

 地元同意は福井県と高浜町だけでいいというのが政府と同県の立場だが、避難計画の策定が求められる30キロ圏内の自治体には、京都府と滋賀県の8市町が含まれている。

 広範囲に放射性物質が飛散する原発事故に、県境はない。甚大な被害に遭う恐れがある自治体や住民の意向を十分に尊重すべきである。

 東京電力福島第1原発では、廃炉の見通しどころか、詳しい事故の原因も解明されていない。汚染水や除染廃棄物の処理もままならず、福島県の避難者は今も12万人近くに上っている。

 各種世論調査で、再稼働に反対する意見が過半数を占めているのは当然だろう。

 安全性への不安が残っている中、再稼働に踏み切ることは許されない。


※追記 2015年4月20日6時45分

 岐阜新聞も15日付朝刊紙面に社説を掲載。知人がSNSで知らせてくれました。ありがとうございます。

 ▼岐阜新聞「再稼働差し止め仮処分 立ち止まる好機としたい」