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2016年-08月-28日

「共謀罪」の危うさは変わらない―2006年当時の経験から(再掲)

 過去3度、国会法案が提出されながらいずれも廃案になった「共謀罪」法案が、名前を変えて再提出されるようです。朝日新聞が8月26日付の朝刊で先行して報じ、マスメディア各社も相次いで伝えています。

47news共同通信「共謀罪、名称変え再提出へ 政府、対象絞り『テロ準備罪』」2016年8月26日

 http://this.kiji.is/141746085296834040?c=39546741839462401

 政府は26日までに、過去3回にわたって国会に提出され廃案となった「共謀罪」について、従来の構成要件を変更し適用対象を絞った組織犯罪処罰法の改正案をまとめた。2020年東京五輪に向けたテロ対策を強調し、罪名も「テロ等組織犯罪準備罪」と変更。9月に召集される臨時国会に提出する方向で調整している。

 共謀罪は、殺人などの重大犯罪の謀議に加わっただけで処罰され、対象犯罪が広範囲にわたるため、日弁連や刑事法学者から「市民団体労働組合も対象になり得る」などと批判が出て廃案になった。今回の法案にも乱用の恐れがあるとの指摘が出ている。

 報道によると、従来との違いは、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」とし、2020年の東京五輪へ向けたテロ対策として理解を得ようとしている点のようです。また、構成要件に一定の準備行為がなされていることを加えるようです。しかし、いかに意義付けしようとも、共謀罪が人間の内心を処罰する性格を持つことに変わりはありません。共謀は密室で行われるものであり、立証のために盗聴や検閲が広く合法化されることは避けられません。密告も奨励されることになります。恣意的な運用の危惧もあります。歴史を振り返れば、治安維持法のように悪法はひとたび施行されるや、改悪を重ねて肥大化していく恐れがあります。過去3回の法案の提出のたびに指摘された懸念は、そのまま残っているように思います。

 安倍晋三政権はこれまでも選挙で大勝しては、「表現の自由」や「知る権利」を危うくするとの指摘が根強い特定秘密保護法や、憲法解釈を変更して集団的自衛権行使容認した安全保障関連法制を強引に成立させてきました。選挙戦では積極的に触れていなかったにもかかわらず、です。今回も参院選では共謀罪はまったく争点に上がっていませんでした。

 共謀罪がいずれまた復活することは予測できていました。その危うさについて、わたしは3年前にこのブログに書いています。今、読み返しても、その危うさは本質的な部分で変わっていないように感じます。3年前の記事を再掲します。


※「共謀罪新設は憲法改正に匹敵する大きな問題〜2006年当時の反対運動の経験から」2013年12月13日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20131213/1386901589

 特定秘密保護法の後は共謀罪とのことです。法案が実際に出てくるのか、出てくるとしたらどんな内容のものか、分かるのはまだ先でしょうが、基本的にわたしは共謀罪には大きな疑問を持っています。憲法改正にも匹敵する大きな問題であり、秘密保護法のような巨大与党による拙速、強行で決すようなことがあってはならないと思います。

※47news=共同通信「政府、共謀罪創設を検討 組織犯罪処罰法改正で」2013年12月11日

 http://www.47news.jp/CN/201312/CN2013121001003057.html

 政府は10日、殺人など重要犯罪で実行行為がなくても謀議に加われば処罰対象となる「共謀罪」創設を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を来年の通常国会に提出する方向で検討に入った。政府関係者が明らかにした。

 共謀罪が広く適用されれば、国による監視が強化される恐れがある。機密漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法に続く国権強化の動きといえる。秘密法成立で言論・情報統制が強まる不安が広がっているだけに、論議を呼ぶのは確実だ。

 政府は、2020年の東京五輪開催に向けてテロ対策の必要性が高まったと判断している。

 共謀罪をひとことで言うと、一定の類型の犯罪を対象に、実行行為に踏み出していなくても、犯罪の実行を話し合えば、そこに参加していた者は処罰する、という罪です。犯罪の実行行為、予備行為がないケースでは外形的には何も起きていない状態ですから、話し合いに参加した個々人を処罰するということは、個々人の内心が捜査の対象であり、処罰の対象であることを意味します。共謀は密室で行われるのが常なので、共謀行為を立証するためには、必ず監視や盗聴、信書・メールのチェックが広く合法化されます。密告の奨励も行われ、共謀に加わっても自首すれば刑が減免されることになるはずです。上記の記事で「国による監視が強化される恐れがある」とは、そういう意味です。

 共謀罪は過去にも法案が国会に提出されました。特に2006年4月〜6月には衆院自民党強行採決に踏み切る手前までいきました。「共謀罪きょう採決」という見出しが全国紙の朝刊に載ったほどです。当時は、前年の郵政民営化をめぐる解散総選挙小泉純一郎首相の自民党が圧勝し、その気になれば自民党は何でも強行して決めることができる情勢でした。今日と同じです。しかし、最終的には審議が続き、やがて時間切れで廃案となりました。

 当時、わたしは通信社の社会部デスクの仕事を休職し、新聞労連の専従役員として中央執行委員長を務めていました。新聞労連として共謀罪創設への反対を重点課題に掲げて、他産業の労組や団体と共闘して運動を展開し、また個人としてもこのブログの前身のブログ「ニュース・ワーカー」に、いくつか関連記事を書き残しています。その中で2006年6月3日の記事「メモ・共謀罪に反対する理由」に、なぜ共謀罪に反対なのかをまとめています。次に共謀罪が法案となって形を表す時に、どんなものになっているかはまだ分かりませんが、事の本質はそうは変わらないでしょう。このブログ記事を今、読み返しても、個人意見として今も変わりはありません。以下に引用します。

※ブログ:ニュース・ワーカー「メモ:共謀罪に反対する理由」2006年6月3日

 http://newsworker.exblog.jp/3982286/

(1)未遂を含めて犯罪の実行行為を処罰対象とする日本の刑法の大原則の転換である。現行刑法の中にも、例外的に予備行為を処罰する罪もあるが、それぞれの罪ごとの“個別規定”になっている。共謀罪新設は“包括規定”であり憲法改正に匹敵する大問題。広く国民的な議論が必要。

(2)共謀は密室で行われるのが常。共謀行為を立証するために、必ず監視や盗聴、信書・メールの無断(当事者に知られないうちに、という意味で)チェックが広く合法化される。憲法が保障する思想・信条、集会・結社、言論、表現その他の自由と真っ向から対立する。密告の奨励(共謀に加わっても自首すれば刑が減免される)により、相互監視社会が出来上がる。

(3)団体の概念があいまい。「国境を越えた犯罪を実行するのが当団体の目的です」などと名乗る団体などありえない。2人きりの人間関係でも「団体」として、どしどし立件される。既に西村真悟衆院議員の非弁護士活動事件でも、非弁活動を行っていた男と西村議員のたった2人の関係が「団体」とされ、組織犯罪処罰法を適用して追起訴した前例がある。

(4)最終的に起訴→有罪とならなくても逮捕されれば、当事者の社会生命は大打撃を受ける。家宅捜索だけでも同じ。恣意的な運用の余地はあまりにも大きい。「共謀」とは、極論すればある2人の人間の間につながりがあることさえ立証できればいい。家宅捜索令状なら、今の裁判所は間違いなく出す。

(5)悪法はひとたび成立してしまえば、改悪を重ねて肥大していく。戦前の治安維持法を見れば明らかだ。与党側の思惑はまさにそういうことだ。

 共謀罪創設の理由を政府は「国際組織犯罪防止条約を批准するには不可欠」と説明してきています。他国との協調の上で必要という理屈は、特定秘密保護法とも似通っています。既に同法の中には共謀罪が含まれています。共謀罪をより広範に創設していく動きが出てくるのか、経緯を注視していきたいと思います。


 ※旧ブログ「ニュース・ワーカー」は、私が初めて運営したブログで、2005年4月から2006年10月まで記事を更新していました。当時は労働組合の専従役員で、現在のブログとは趣もテンションも異なりますが、私個人の活動と思考の記録として、記事は現在も閲覧できる設定にしています。現在もすべて考えは変わらない、というわけではありません。なお、記事中に張っていたリンクの多くは、現在は切れています。

 ※「ニュース・ワーカー」トップ http://newsworker.exblog.jp/

 共謀罪関係の記事は、トップページからカテゴリー「平和・憲法〜共謀罪」を選択すると閲覧できます。

 ほかにタグ「#共謀罪」で検索すると、他カテゴリーに分類している記事も読めます。 例えば、共謀罪の審議と新聞報道の当初の鈍さについての次の記事です。これも今の私の考えと必ずしも同じではありませんが、当時の状況を感じ取っていただけるのではないかと思います。

「新聞は“じゃんけん後出し”しかできなかったのではないか」2006年6月27日

 http://newsworker.exblog.jp/3999358/

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2016年-08月-22日

「多くの菓子職人、海に消え」 給糧艦「間宮」の記録―毎日新聞「キャンパる」の記事

 8月は戦争と平和について考えることが多い季節です。8月19日の毎日新聞夕刊(わたしの手元にあるのは東京本社発行の紙面です)で、大学生らが作る「キャンパる」のページに、旧日本海軍の給糧艦「間宮」の記事が掲載されているのが目にとまりました。一部を引用します。

 太平洋戦争の戦前から戦中にかけて、戦地に「お菓子」を届けた1隻の日本の船があった。給糧艦「間宮」。中でも、艦内で製造されたようかんは大変な人気を博し、多くの日本海軍将兵に愛された。間宮とは一体どのような船であったのか。元乗組員に話を聞いた。

 間宮は艦艇に食糧品を補給するための日本海軍初の給糧艦として、1924(大正13)年に建造された。全長145メートル、排水量1万5820トンで、主な任務は外地の連合艦隊の泊地まで大量の食糧を運び、配給すること。1万8000人分の食糧3週間分を搭載できた。

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 冷凍・冷蔵設備を備えていたため、肉や魚、生鮮野菜を戦地に届けることはもちろん、艦内で豆腐や納豆こんにゃくパンなどの加工食品を製造することも可能であった。一方で燃料が石炭ということもあり、速さは14ノット(時速約25キロ)。船脚が遅いことで有名だった。

 戦中はぜいたく品であった菓子などの嗜好(しこう)品が作られ始めたのは31(昭和6)年ごろから。兵士の士気を高めることを目的とし、まんじゅうやもなかに、ようかん、アイスクリーム、ラムネ、ケーキも生産された。

 間宮では、菓子作りのために菓子職人を募集。採用された人のほとんどが菓子の老舗や親方についていた職人だったこと、また軍には銃後の支えもあって原料の確保ができたことから、高品質な味が提供できたという。中でも、もなかとようかんは特に評判が高かった。

 (中略)

 そして迎えた44(昭和19)年12月20日、ベトナムサイゴン(現ホーチミン)からフィリピンマニラに向かう午後8時過ぎ、米潜水艦シーライオン」から数回の魚雷攻撃を受けて間宮は多くの乗組員の命と共に沈没した。九死に一生を得た乗松さんは「狭い階段を駆け上って甲板に上がり、海に飛び込んだ。何回空気のかわりに水を飲んだかわからない。もうダメかと思った時に母の顔を思い出し、たまたま板切れをつかんで助かった」と振り返る。

 機関銃を操作する旋回手だった山崎正さん(88)=三重県御浜町=は、沈没時17歳。寒い冬の夜の海に10時間以上漂流した後、ようやく海防艦に救助された。

 高森さんによると、乗組員約280人のうち、100人前後はパン職人や理髪師をはじめとする軍属の民間人だったという。その中の60人は菓子職人であった。「軍人と違い、軍属は名簿もなかったため、名も知られず亡くなっていった多くの民間人がいた」(高森さん)。また菓子を船で作っていた背景にあるロジスティック思想、つまり艦隊を支える後方支援の体制が、当時の日本は米国に比べ圧倒的に不足していたことも指摘する。日本軍特有の精神主義にあらがい、間宮は数少ない後方支援を担う船として、日本海軍に給糧の大切さを知らしめたのである。

※キャンパる 戦争を考える/中 多くの菓子職人、海に消え 沈没の給糧艦「間宮」元乗組員ら証言

 http://mainichi.jp/articles/20160819/dde/012/070/009000c


 「間宮」のことは、わたしは故阿川弘之さんの「軍艦長門の生涯」で知りました。「長門」は「大和」「武蔵」建造前に大日本帝国海軍が世界に誇った戦艦で、連合艦隊の旗艦でした。同書はその長門にかかわった人たちを描くことを通じて、敗戦までの海軍と日本の姿を活写しています。阿川さんは「長門が連合艦隊のシンボルなら、間宮は連合艦隊のアイドルであった」と書いています。長門が率いる連合艦隊の停泊地に間宮が入港すると、錨を入れ終わらないうちに艦隊の各艦からランチ(小型のボート)が白波を蹴立てて集まって来るほど人気があったからでした。

 士官室は客船のサロンのように広く、士官たちは各艦に配属されている兵学校の同期生同士で間宮に集まり、すき焼きでクラス会を開いたりもしていました。船内には牛舎のスペースもあり、肉牛を生きたまま運ぶ構想もあったようです。阿川さんもアイスクリームや最中、ようかんなど菓子の製造のことにも触れ、「乗員の三分の一が庸人で、菓子屋、豆腐屋、肉屋などの職人が、八十人ばかり乗っていた」と記しています(新潮文庫、上巻P334―P336、1982年11月発行、1999年8月9刷)。

 同書は間宮の最期までは触れていません。わたしは今回の毎日新聞「キャンパる」の記事で、撃沈によって軍人ではない菓子職人らにも犠牲者が出ていたことを初めて知りました。

 思い起こすのは海軍の徴用船のことです。第2次大戦では日本の多くの商船が海軍に徴用され、乗組員もそのまま海軍軍属の身分となりました。そして海員組合によると、1万5500隻以上もの民間船が撃沈され、6万人以上の民間人船員が犠牲になりました。戦争は、軍人だけではなく民間人にも大きな犠牲を強います。戦争と平和を考えることが多いこの時期に、そうした歴史が広く知られてほしいと思います。

※参考過去記事

▼「民間船員の『事実上の徴用』」海員組合が防衛省計画に断固反対〜広く知られるべき犠牲6万人余の歴史=2016年2月1日

  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20160201/1454253454

▼再び「民間船と船員の戦争犠牲の歴史」〜12・8開戦の日に=2014年12月8日

  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20141208/1417964407

▼民間船と船員の戦争犠牲の歴史〜毎日新聞「民間船員も戦地に」に感じたこと=2014年8月3日

  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140803/1407041360

軍艦長門の生涯 (上巻) (新潮文庫)

軍艦長門の生涯 (上巻) (新潮文庫)

2016年-08月-21日

戦争を食い止める道の一つはジャーナリストのヒューマニズム―追悼 むのたけじさん

 71年前の1945年8月、日本の敗戦によって第2次世界大戦終結した際、自らの戦争責任を明らかにするとして、朝日新聞社を退社し、その後も一貫して反戦を訴え続けてきたジャーナリスト、むのたけじさんが8月21日、101歳で死去しました。謹んで哀悼の意を表します。

 以下に、朝日新聞のサイトにアップされた訃報記事の一部を引用します。

※「むのたけじさん死去 101歳のジャーナリスト」

  http://www.asahi.com/articles/ASJ8P2DW1J8PUJUB001.html

 「戦争絶滅」を訴え続けたジャーナリストむのたけじ(本名・武野武治)さんが21日、老衰のため、さいたま市次男宅で死去した。101歳だった。葬儀は近親者のみで行い、後日、「しのぶ会」を開く。

 朝日新聞記者時代に終戦を迎え、「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切ったけじめをつける」と終戦の日に退社した。ふるさと秋田県に戻り、横手市で週刊新聞「たいまつ」を創刊。1978年に780号で休刊してからは、著作や講演活動を通じて平和への信念を貫き通した。

 100歳になった昨年は戦後70年で「歴史の引き継ぎのタイムリミット」といい、講演で各地を飛び回った。今年5月3日に東京都江東区東京臨海広域防災公園で行われた「憲法集会」でのスピーチで「日本国憲法があったおかげで戦後71年間、日本人は1人も戦死せず、相手も戦死させなかった」と語ったのが、公の場での最後の訴えとなった。


 一度だけですが、むのさんのお話を直接聞く機会がありました。2007年10月、沖縄で開催されたマスメディア労組主催の集会で、むのさんは基調講演をしました。当時、わたし労働組合専従から復職して1年余の時期で、自身の仕事の意味や働き方を再確認しなければならない、との思いを深めており、週末の休みを利用して沖縄に行きました。その講演でむのさんが強調したのは、戦争が始まってしまってからでは、ヒューマニズムや反戦・平和と言ってみても何の役にも立たない、戦争を止めるなら「やらせない」ことしかない、ということでした。そして戦争を食い止める一つの道として、むのさんはジャーナリストのヒューマニズムを挙げました。その上で、わたしたち新聞記者に対しては「生活の現場、人間の関係を密にすることに心を砕け」と訴えかけ「人間として自分の生活も大事にしながら、読者の中に入って学び、自分の命を洗いながら民衆の中に飛び込んで行くこと」が大事だと強調しました。むのさんに接して、その後の自分の歩み方が再確認できたような、しぼみかけていた風船に再び空気が入ったような、そんな気がしたことをよく覚えています。

 その後も報道などで、むのさんの言葉に接するたびに、わたしたち後輩への叱咤であり、同時に激励であり期待の表れでもあるのだと受け止めてきました。何よりも、戦争を絶対に許さない、起こさせないという信念は、後輩の新聞記者たちであるわたしたちが誰よりも強く受け継ぎ、報道の仕事の基軸に据えていかなければならないことだと思ってきました。きょう、むのさんの訃報に接して、その思いを以前にも増して新たにしているところです。

 少し長いのですが、以下に、わたしが2007年当時所属していた労組の新聞研究活動の機関紙に投稿したレポートと写真を再掲し、弔意の表明に代えたいと思います。

f:id:news-worker:20071013152938j:image:left

 「戦争が始まってしまってから『ヒューマニズム』や『反戦平和』と言ってみても何の役にも立たない。戦争を止めようとするなら、やらせないことしかない」。むのたけじさん(92)は大きな声で切り出した。10月13日(土)、那覇市で開かれた沖縄県マスコミ労働組合協議会主催の2007反戦ティーチイン「戦争への道を止めるために―ジャーナリズムと労組の責任を考える」に参加した。むのさんは1945年8月、自らの戦争責任を明白にして朝日新聞社を退社し、戦後は郷里の秋田県・横手で週刊新聞「たいまつ」を刊行。今も反戦・平和に積極的に発言を続けている。今回は秋田から来訪し、「いい記事を書くために、生活の現場に心を砕き、自分の命を洗いながら、民衆の中に飛び込んでほしい」と後輩のわたしたちをも励ました。むのさんの基調講演を紹介する。

 沖縄マスコミ労協は、沖縄県内の新聞、放送の労働組合で結成。毎年10月を反戦月間と位置づけ、市民参加のティーチインを開催している。新聞労連民放労連出版労連が加盟する日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が昨年から共催に名を連ね、平和と民主主義を守るための運動の一環として、広島長崎とともに、地域のマスコミ共闘組織との連携・共闘の柱と位置づけている。ことしの沖縄の反戦ティーチインには、MICからの30数人を含め、組合員と市民計約200人が参加。14日付の沖縄タイムス琉球新報両紙も社会面で紹介した。

 むのさんはまず「戦争を食い止めるために、ジャーナリズムと労働組合にも責任があることは明らかだ。しかし、今の日本のジャーナリズムと労組に第3次世界大戦を食い止められるか。今のままでは可能性はゼロだ」と言い切った。続けて「70数年間の経験から言うと、既に第3次大戦は始まってしまった」とも。「戦争を止める」ということについて、要点を3点に要約した。

 第1は、戦争が始まってしまってからでは、ヒューマニズムや反戦・平和と言ってみても何の役にも立たない、戦争を止めるなら「やらせない」ことしかない。第2は、戦場では相手を殺さなければ自分が殺される。この一事のために、全身が縛り付けられ、やがて人間は一個のけだものになってしまう。社会にも同じムードが漂う。武器を手にしていようがいまいが、戦争とは人がけだものになることであり、社会がそれを許すこと。第3は、戦争には2つの段階、すなわち銃砲弾が飛び交う段階と、その以前の段階との2つの段階があること。

 第3の点に関連して、むのさんは戦前戦中の自身の取材経験を話す。日本軍インドネシア占領後、昭和17年3月に軍政を布告し、司令官が大東亜共栄を宣言した。しかしその宣言は一字一句、太平洋戦争開戦から1年半も前に準備されていたものだった。「戦争を企んでいた連中は、昭和15年のときから、あるいはもっと以前から準備を進めていた。弾が飛ばない前の段階で民衆を組織しないと、戦争は防げない」とむのさんは強調する。治安維持法をはじめとする統制で当時は縛られていたが、今は報道の自由があり、抵抗する権利があり、主権者は国民だと明白に憲法に書かれている。

 「最近は目が不自由になり、情報源はNHKのニュースだけ。しかし、そのNHKニュースだけ聞いていても、もはや第3次大戦は始まっている」。むのさんは、米陸軍第1軍団の神奈川移転計画が持ち上がったときが、その始まりだと指摘する。「第1軍団の任務地域は中国からインドにかけて。その司令部を米本土から現地に近い日本に移すということは、近い将来に中国からインドにかけての地域で米軍が軍事行動を想定しているということだ」。時に仲良く見せながら、戦うか否か、つばぜり合いが続く。これから3年―5年が、戦争を食い止められる最後のチャンスになるだろうと、むのさんは言う。

 では、どうやってその戦争を食い止めるのか。その一つの道として、むのさんはジャーナリストのヒューマニズムを挙げる。戦時中、多くの従軍記者が戦場に赴いたが、どんなに危機に陥っても、自分で銃を手に取ろうとした記者はいなかった。そこに、ヒューマニズムに根ざす近代の情報産業の命があるのではないか、とむのさん。「マスコミが本来のマスコミの姿で真実をはっきり暴き出し、民衆に伝えること。マスコミが本来の役割を果たせば、民衆が戦争を止めるエネルギーを作り出す」。

 「これは今日、ここにいる皆さんへのお願いだ」と、むのさんの声に一段と力がこもった。「何でもいい、明日からの自分を作る目標を持って欲しい。それをエネルギーに、現場の中で、労働者の連帯の中でがんばってほしい」。互いに意見をぶつけ合うことが必要だとも。戦時中は、職場でも2人では会話ができても、3人目が来ると皆口をつぐんだという。「だから観念論はあっても、戦争をやる人間を止められなかった」。

 新聞記者に対しては「生活の現場、人間の関係を密にすることに心を砕け」と訴える。「人間として自分の生活も大事にしながら、読者の中に入って学び、自分の命を洗いながら民衆の中に飛び込んで行くこと」。そうでなければ面白い記事は書けない、と言う。

 「観念論ではダメだ。労組も政党も数を頼るからダメだ。数だけ70万人集まっても、死を覚悟した7人の方が強い」。1人1人が自分を変えながら、人との結びつきを作っていくこと。「観念論を卒業して、新しい人類を作っていくためにがんばろうじゃないか」と、むのさんは講演を締めくくった。

 以下はこのブログで、むのさんに触れた主な過去記事です。

▼「『戦争はいらぬ、やれぬ』〜朝日新聞むのたけじさんインタビュー記事」=2008年8月24日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20080824/1261821267

▼「読書:『戦争絶滅へ、人間復活へ―九三歳、ジャーナリストの発言』(むのたけじ 聞き手黒岩比佐子)」=2008年9月22日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20080922/1261297209

▼「戦争体験と戦場体験〜社会が継承すべきものは何か」=2009年8月16日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090816/1250434172

▼「秘密保護法廃止、安倍首相退陣求め、むのたけじさんらが会見」=2014年1月15日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140115/1389746143

▼「『生きている限り、戦争をなくすことに役立ちたい』むのたけじさん100歳」=2015年1月7日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20150107/1420641662

2016年-08月-18日

憲法99条をめぐって3年前の記事に追記

 憲法99条について3年前に書いたこのブログの記事が、ネット上のまとめサイトにリンクを張られており、今も時折、このサイト経由でのアクセスがあります。

 ※「池上彰でもわかる日本国憲法の問題点」

  http://matome.naver.jp/odai/2136765382340635701

 ※リンクを張られたのは「憲法99条『公務員の尊重擁護義務』は改憲問題の急所〜浦部法穂さんの論考から」=2013年2月24日

  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20130224/1361670907

 どうやら、99条のために国会議員憲法改正議論することができない、という文脈の中に、わたしの記事も埋め込まれているようです。そして結論として、こんな憲法は守る価値がない、と主張したいようです。

 あまりに稚拙な論理展開なので放置していたのですが、せっかくなので、リンク経由で訪問していただいている方に向けて、記事の趣旨を追記しました。石原慎太郎氏の自主憲法制定論は憲法改正とは別物であること、国会議員らが議論する憲法改正の内容には、99条によっておのずと限界があると考えていることなどです。


【追記】2016年8月17日23時30分

◎「池上彰でもわかる日本国憲法の問題点」から来られた方へ

http://matome.naver.jp/odai/2136765382340635701

 ご訪問ありがとうございます。

 この記事は、石原慎太郎氏の自主憲法制定論を批判的に書き、その根拠に憲法99条を挙げていますが、国会議員や市長が憲法改正を議論することを禁じられていることを記述したものではありません。そういう解釈には立っていません。「自主憲法制定」と「憲法改正」はまったく別のものです。自主憲法制定は、言葉の意味合いにおいては現行憲法を否定し破棄するものです。仮に手続きとして憲法改正を準用したとしても、憲法の性格としては全く別のものに置き換えられることです。「改正」と同列に扱えるものではありません。

 一方で憲法96条は改憲の手続きを以下のように定めています。

第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

 ここで「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、」とあるように、国会議員が憲法改正を論議することは禁じられていません。96条と99条を合わせて考えるなら、国会議員ら公務員が憲法改正を議論するのは構わないが、この憲法の根本原理を損なわない範囲でなければならないと、わたしは考えています。それは例えば、主権在民人権の尊重、平和主義などです。

 この記事の趣旨を正確にくみ取っていただければ幸いです。

2016年-08月-17日

退位容認8割超、「お気持ち」きっかけでも憲法上の問題なし7割

 天皇の退位問題を巡り、象徴天皇の在りようについて天皇自身が語ったビデオを宮内庁が8月8日に公表したことを受けて、共同通信読売新聞世論調査を行いました。天皇が生前退位できるようにした方がよいかどうかでは、2件の調査結果とも8割以上が、した方がよいと答えています。ビデオ公表前の世論調査でも同じような傾向があります。

 共同通信の調査はさらに踏み込んで、生前退位ができるようにした方が良いと答えた人たちに、そう考える理由も尋ねており、答えは「天皇の意向を尊重すべきだから」が67・5%に上りました。「公務ができなければ、天皇の座にふさわしくないから」としたのは11・3%。実際に公務を務められるかどうかよりも、重視すべきは天皇自身の意向であると考える人の方が多いようです。ビデオでは退位を指す直接の文言はなかったものの、将来の退位の意向は強くにじみ出ており、それだけインパクトがあったということなのだろうと思います。ただし、天皇が希望すればただちに退位できることがよいのかどうかは、別の問題だと思います。

 また、共同通信の調査では、ビデオの公表をきっかけに生前退位を可能にする法整備が進んだ場合は、天皇が政治と関わることを禁じた憲法の規定の上で問題があると思うかも聞いています。結果は「問題がある」16・2%に対し「問題はない」72・6%と大きな差が出ました。天皇の発言自体には識者の間にも、政治的発言ではなく憲法上の問題はないとの意見があります。対象は外交軍事などではなく、自身のことと象徴天皇の在り方のことだから、ということのようです。しかし、わたしは、以前にもこのブログに書いた通り、外見的には「天皇の意向」が政治に検討を促す形になってしまっているのは間違いないと思いますし、この点は憲法との兼ね合いで軽視すべきではないと考えています。

※参考過去記事

「『お気持ち』ビデオ公表、在京各紙の報道の記録―マスメディアは天皇退位問題の当事者に」2016年8月9日

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20160809/1470754355


 以下に備忘を兼ねて、共同通信と読売新聞の調査の主な結果を書きとめておきます。

▼共同通信:8月8、9日実施

・天皇のビデオメッセージの言葉の内容を理解しているか

  理解している 46・8%

  ある程度理解している 36・2%

  あまり理解していない 4・4%

  理解していない 1・3%

・公務と天皇の地位の関係は

  公務を行うのが困難になれば退位した方が良い 81・9%

  公務を行うのが困難になっても退位しなくてもよい 13・7%

・生前に退位できるようにすることをどう思うか

  できるようにした方がよい 86・6%

  現行制度のままで10・4%

・できるようにした方がよいと答えた人だけ:その理由

  天皇の意向を尊重すべきだから 67・5%

  公務ができなければ、天皇の座にふさわしくないから 11・3%

  明治時代より前は生前退位が行われていたから 7・6%

  外国には生前退位ができる王室があるから 8・9%

・現行制度のままでと答えた人だけ:その理由

  摂政を置くことができるから 21・5%

  天皇と退位した天皇が並立することになるから 17・0%

  明治時代以降、生前退位が行われないことが定着しているから 11・0%

  意にそわない退位や、恣意的な退位が行われる可能性があるから 30・5%

・生前退位の法整備は直ちに進めた方がよいか

  直ちに手続きを進めた方がよい 54・1%

  慎重に検討した方がよい 42・8%

・生前退位の法整備を進める場合、対象は今の天皇に限った方がよいか

  今の天皇に限った方がよい 17・8%

  今後の全ての天皇を対象にした方がよい 76・6%

・今回のビデオメッセージをきっかけに生前退位を可能にする法整備が進む可能性がある。このことが、天皇が国政に関与できないとする憲法の規定上、問題があると思うか

  問題がある 16・2%

  問題はない 72・6%


▼読売新聞:8月9、10日実施

・天皇の生前退位の問題に関心があるか

  大いに関心がある 36%

  ある程度関心がある 52%

  あまり関心がない 7%

  全く関心がない 4%

  答えない 1%

・生前退位ができるように制度改正すべきか

  改正すべきだ 81%

  改正する必要はない 10%

  答えない 8%

・改正すべきだと答えた人だけ:生前退位は今の天皇にだけ認めるのがよいか

  今の天皇だけ 14%

  今後すべての天皇 80%

  答えない 6%

政府は生前退位について、制度の改正を急ぐべきだと思うか

  急ぐべきだ 52%

  慎重に検討すべきだ 43%

  答えない 6%

・象徴天皇のあり方に関するお気持ちの表明は良かったと思うか

  思う 93%

  思わない 3%

  答えない 4%