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2015年-03月-04日

辺野古の今を伝える沖縄2紙のツイッターアカウント

 沖縄県米軍普天間飛行場の移設先として日米両政府が合意している名護市辺野古地区では、日本政府が普天間飛行場の代替基地建設を進めようとしていることに対して、市民らが抗議活動を続けています。現地の動きが本土マスメディアで伝えられる機会は決して多くなく、またメディアによっても扱いに差があります。

 沖縄の地方紙沖縄タイムス琉球新報の2紙は、辺野古の現地の様子をリアルタイムで伝えるツイッター・アカウントを相次いで開設しています。辺野古で何が起きているかを知るツールの一つとして紹介します。


 ▽沖縄タイムス辺野古取材班 @times_henoko

https://twitter.com/times_henoko


 ▽琉球新報辺野古問題取材班 @henokonow

https://twitter.com/henokonow

2015年-03月-01日

戦後70年と安倍晋三政権、憲法〜全国保団連四国ブロック講演会の報告

 2月22日の日曜日、全国保険医団体連合会(全国保団連)四国ブロック協議会の主催で愛媛県松山市で開かれた学習講演会で、お話をさせていただきました。全国保団連とは、開業医勤務医の方々でつくる各地の保険医協会・保険医会が加盟する全国組織です。2013年11月に、東京で行われた全国保団連の機関紙誌交流会で講演させていただいたのを始め、昨年5月には福岡県歯科保険医協会の市民公開講演会にもお招きを受けました。機関紙に特定秘密保護法をめぐり、短文ですが解説風の記事を連載で書かせていただいたこともあり、そうした縁から愛媛県保険医協議会にお声がけいただきました。保険医協会の関連での講演は今回が3回目です。

 演題は「衆院選後の日本の行方〜報道現場から見る日本社会のこれから」。これまでの講演でもお話ししたことを踏まえ、ふだん、このブログで書いていることを中心にしました。安倍晋三首相が、悲願とする憲法改正、中でも9条の改正を目指している中で、特定秘密保護法や集団的自衛権行使容認などは、すべて戦争を許容、容認する社会へつながることを危惧しないわけにはいかないこと、戦争と「表現の自由」は基本的に相いれず、わたしたちの社会もまた「表現の自由」や「知る権利」が狭められていく恐れがあることなどです。会場でレジュメ代わりにお配りしたメモを元に、簡単に内容を紹介します。

 ※全国保険医団体連合会 http://hodanren.doc-net.or.jp/


 ◆戦後70年と安倍晋三政権

 まず昨年12月の衆院の位置づけです。唐突だった衆院解散の大義名分として、消費増税を先送りすることに対して国民に信を問う、ということが言われました。そういうこともあったのでしょうが、安倍氏が5年後、10年後を見据えて、この時期の衆院解散・総選挙を決めた最大の要因は、やはり憲法改正なのだろうと思います。マスメディアの解説記事の中で、もっとも本質を突いているように思えたのは、このブログでも紹介しましたが、安倍首相に最も近いメディアの一つである産経新聞が、解散前の昨年11月に1面に掲載した「首相、一気に勝負手改憲へ布石」との記事でした。

 ※参考過去記事 2014年11月19日「この衆院選で問われるべきは憲法改正」

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20141119/1416409037

 選挙が終わって、引き続き自民党公明党が巨大与党の地位を占めることになった一方で、投票率は戦後最低になりました。要因は様々かもしれませんが、確実に言えることの一つは、有権者はすべてを安倍氏と政権に白紙で委任したのではない、ということです。個々の政策に対して実は有権者の意向は様々であり、もっとも重視する課題について、評価できる政策を掲げた政党候補者がいないために投票に行かなかった人が少なからずいた可能性があります。また1票を結果的に自民党候補に投じた人でも、自民党の政策すべてを支持しているわけでもないでしょう。

 選挙戦では、安倍氏は経済政策アベノミクスに比べれば憲法改正を積極的に口にしたようには思えません。しかし、危惧した通り、選挙後は白紙委任を受けたかのように憲法改正に意欲を見せ、とりわけ安全保障法制、具体的には自衛隊の活動範囲の見直しでは、自民党、公明党の与党内協議でも前のめりの姿勢を隠そうともしていません。

 こうした安倍政権の下でマスメディアにかかわる特徴的な現象は、安倍政権に対する評価をめぐって新聞の論調が2極化していることです。特に全国紙では朝日新聞毎日新聞読売新聞、産経新聞の差異が際立つようになっています。マスメディアに様々な論調があること自体は本来、多様な価値観を社会に担保する意味では悪いことではないのですが、外交や安全保障をめぐって時に「国益」のような用語とともに政府と同一化しているような論調も見受けられるようになっています。国家の利益の前には、国民の人権も制限を受けたのが戦前の日本社会でした。また国民の人権の制限なしには遂行できないのが戦争です。そうしたことを考えるなら、現在の新聞論調の2極化は「悪いことではない」とばかりも言っていられないと思います。ただ、地方紙ブロック紙は、とりわけ憲法9条の改正や特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認や自衛隊の活動領域の拡大には反対、慎重な論調が圧倒しています。

 ※参考過去記事 2014年12月15日「毎日新聞1面社説『「冷めた信任」を自覚せよ』〜衆院選の結果を伝える在京各紙紙面の記録」

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20141215/1418610741


◆「戦争で最初に犠牲になるのは真実」〜戦争許容社会と「表現の自由」「知る権利」

 このブログでも繰り返し書いてきていることですが、戦争を許容する、容認することと、「表現の自由」や「知る権利」を保障することとは相いれないとわたしは考えています。戦争の実相がありのままに社会に知られてしまうと、必ず厭戦気分が社会に出てきます。実際は敗色濃厚でありながら、戦意を高揚し戦争を継続するために日本で行われていたことの一つが「大本営発表報道」でした。今回の講演でも、1945年3月10日未明、一晩で10万人以上が犠牲になったとされる「東京大空襲」を題材に、当時の朝日新聞の紙面をもとに「大本営発表報道」の一例を紹介しました。ことしは戦後70年ですが、70年も前の歴史的には今日と断絶した、今日では起こりえない出来事と考えるか、それともわずか70年前の、私たち自身の社会のことと受け止めるか。その違いは大きいと思います。

 ※参考過去記事 2009年3月10日「あらためて東京大空襲の『大本営発表』報道」

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090310/1236694754

 続いて紹介したのは、2004年にイラクへ自衛隊が派遣された際、新聞協会、民放連防衛庁(当時)の間で交わされた取材上の申し合わせです。わたし自身、当時は社会部の取材班のデスクとして直面した出来事でした。現地での取材に何らかのルールを決めないと危険である、という意味での緊急性はありましたが、わたし個人は、「検閲容認」とも受け取られる条項をマスメディアが一致して拒否できなかったことを忘れまいとしてきました。イラク派遣を通じて、直接的に自衛隊が攻撃を受けて死傷者が出る事態はありませんでしたが、仮に集団的自衛権の行使として、あるいは憲法9条が改正され「軍」として自衛隊が海外に派遣されるようになれば、自衛隊の動向の報道には、イラク戦争の時よりもはるかに強力な制限がかけられることを危惧します。進んでそれを受け入れるメディアも出てくるかもしれません。

 ※参考過去記事 2012年9月8日「クウェート派遣空自隊員の事故が明るみに〜メディアの『検閲容認』を忘れない」

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120908/1347078476

 なお、このときの協定の関係文書は今も防衛省のサイトの以下のページからPDFファイルダウンロードできます。文書は▼イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせ▼「イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせに」基づく阿部雅美日本新聞協会編集委員会代表幹事および小櫃真佐己日本民間放送連盟報道小委員会委員長代行と北原巌男防衛庁長官官房長との確認事項▼イラク人道復興支援活動に係る現地取材について(イラク及びクウェートに所在する自衛隊部隊に係る立入制限区域への立入取材申請書)―の3通です。

 ※防衛省ホームページ「イラク現地取材の枠組み、申し合わせ等」

 http://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/iraq/syuzai.html

 昨年12月に施行された特定秘密保護法の問題点についても話しました。日弁連が「何が秘密か、それは秘密」と簡潔に言い当てている通り、「秘密」が恣意的に指定される恐れがあり、メディアも市民団体も誰も検証できません。都合の悪いことを隠す、との疑念はぬぐえません。マスメディアの取材も違法となる恐れがあり、また前例のない厳罰規定公務員に萎縮を招き、良心に基づく善意内部告発も期待できなくなります。医療従事者との関連では、特定秘密の取扱い従事者の審査に絡んで、病歴などの照会を医師医療機関は拒否できず、患者の個人情報の保護という職業倫理が侵されることが指摘されています。

 最近の事例としていくつか紹介しました。沖縄石垣島への陸自部隊配備をめぐる琉球新報の昨年2月の報道に対し、防衛省が琉球新報社に文書で抗議し訂正を要求したのみならず、日本新聞協会にまで抗議文を出したことと、護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺訴訟で露わになった海上自衛隊隠蔽体質と、内部告発の重要さに対する無理解などです。

 ※参考過去記事 2014年4月27日「護衛艦『たちかぜ』いじめ自殺訴訟と秘密保護法

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140427/1398608949


◆安倍政権と憲法

 改憲志向を公言する安倍氏のどこが問題と考えているかについても話しました。特に焦点だと思うのは9条、96条、99条であり、わたし自身がマスメディアに身を置いていることを考え合わせると21条もです。以下にこの四つの条文を引用しておきます。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

第99条 天皇又は摂政及び国務大臣国会議員裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 9条は第1項の戦争放棄もさることながら、第2項の戦力不保持、交戦権の否定に格別の意義があると思います。そしてこの規定がなぜこの憲法の9番目にあるのかを考えた時に、私はその意義の大きさにあらためて気付きました。憲法の全文を通読すればすぐに分かることですが、1条から8条までは天皇制に関する規定です。9条の「不戦、戦力不保持、交戦権の否定」は事実上、国民の諸権利の筆頭にある権利と読めるのです。そしてその後に規定されている諸々の権利と対にしてとらえることで、9条の意義はなお価値を増すように思えます。例えば表現の自由を定めた21条は、9条で戦争を否定しているからこそ実現可能で、表現の自由を完全に保証するには戦争を否定しなければならない―ということです。9条は第2項を含めて、この憲法が定める国民の権利の中でも特別な権利だと思います。

 96条はこの憲法の改正規定です。安倍氏は「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し」という部分をハードルが高すぎると批判し、まず憲法改正をこの条文を改変することから始めることを主張しました。しかし、この主張には憲法学者を中心に「立憲主義の破壊」との批判が巻き起こり、いつしか安倍氏も96条のことは口にしなくなりました。自身の無知を自覚したのかどうかは分かりません。代わって進めているのが、集団的自衛権の行使容認に代表される憲法解釈の変更です。しかもそれを国会の論戦を経ずに閣議決定で行いました。

 改憲論議で本来、いちばん重視されていなければならないのは99条の「憲法尊重、擁護義務」かもしれません。改正の規定がある一方で、99条のこの規定によって、この憲法は改正するにも限界があるとする学説があることを、憲法学者の方に解説していただいたことがあります。例えば、特に重い意味を持つ9条の改正はどこまで許されるのか。そもそも、安倍氏が一人の公務員としてどこまでこの憲法を尊重し擁護しているのか。安倍氏に限らず、改憲を主張する政治家が公務員として99条を守ってきたのかどうか。そうした観点からはマスメディアも憲法問題をとらえてこなかったように思いますし、それはマスメディア自身の問題でもあると思います。

 96条の問題が論議されていた当時に、この規定の意味を考えながら思い出したのは、戦前に映画監督として活躍した伊丹万作敗戦間もない1946年8月に残した「戦争責任者の問題」という論考でした。やはり映画監督として活躍した故伊丹十三さんの父親です。敗戦後、だれもが「だまされていた」と口にすることに対して伊丹は「だまされる罪」を痛切に指摘しています。この文章を初めて目にしたとき、あの敗戦間もない時期にこんなことを看破していた人がいたことに、身が震えるような思いがしたことをよく覚えています。この「戦争責任者の問題」を紹介した過去記事は今もよくアクセスがあります。その伊丹は松山市の出身。講演でそのことに触れながら、あらためて戦後70年の今、伊丹と「戦争責任者の問題」のことが広く知られてほしいと思いました。

 ※参考過去記事 2013年5月7日「伊丹万作『戦争責任者の問題』と憲法96条〜『だまされる罪』と立憲主義」

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20130507/1367881891


◆最近のニュースから

 そのほか、いくつか最近のニュースについて、憲法との関連性の観点から話しました。時間が押してしまい駆け足になってしまいましたので、ここでは会場で十分には話せなかったことを補いながら書きます。

 一つは過激派組織「イスラム国」による後藤健二さんら日本人2人の殺害です。理解不能なモンスターのような犯行グループであることには異論はありませんが、そのモンスターは1日にして出てきたわけでもありません。どうしてモンスターが出てきてしまったのかを理解しようとする努力は続けなければならないと思います。イラク戦争後の中東の混乱の中で何があったのか、その以前の2001年9月11日の米中枢同時テロ、さらにはその以前にまでさかのぼって現代史を知ることが必要だと思いますし、それは日本のマスメディアにも課題だと思います。特にイラク戦争は当時の小泉純一郎首相がいち早く米国支持を打ち出し、続いて戦後復興支援の名目で自衛隊も現地に派遣されました。そこに日本の当事者性がありました。

 事件後、シリア行きを計画していたフリーランスのカメラマンがパスポート外務省に返納させられる出来事がありました。「イスラム国」はさらに日本人を殺害するとの趣旨のメッセージを発しており、日本人がシリアに入れば同じように拘束され殺害される危険がある、との判断だったようです。憲法で渡航の自由が保障されていることとの兼ね合いが論議になっていますが、加えて表現の自由や知る権利、報道の自由との問題もあります。だれかが現地で取材し伝えることによって、何が起きているかが広く知られることになります。ジャーナリズムにとっては「危険だから行かない」という選択肢とともに「リスクを可能な限り減らし現地入りを模索する」という選択肢も尊重されるべきだろうと思います。

 ※参考過去記事 2015年2月8日「ジャーナリストと危険地取材〜志葉玲さんの論考の紹介」

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20150208/1423393855

 二つ目は安倍政権の労働政策です。一部の高度な専門的労働者を対象に、1日8時間労働の時間規制を適用しない制度の導入が2月13日、厚生労働省の労働法制審議会でまとまりました。労働界の「残業代ゼロ」「過労死を招く」との反対論を押し切る形になりました。導入に際しては年収1075万円以上などの歯止めをかけることが強調されていますが、ひとたび導入されると適用範囲が広がっていくのではないかとの懸念は、わたしも抱いています。安倍政権はどうやら「1日8時間労働」の時間規制を、経済成長を阻害する「岩盤規制」ととらえているようですが、この時間規制も実は戦争と無縁ではない、とわたしは考えています。そのことは、もっとも古い国連機関の一つである国際労働機関(ILO)の憲章前文に表れています。

 ILOは3者構成での討議を基本としています。加盟国の政府、使用者団体、労働者団体の3者が対等な立場に立っています。その趣旨は労働者の権利の擁護、保護です。ILOの設立人類史上初めての過酷な総力戦となった第1次大戦の直後でした。この経験を経て、戦争の一因には社会不安や貧困があり、だから社会不安や貧困をなくすために労働者を保護し、労働条件の向上を図ることが重要だ、という理解が国境を越えて共通のものとなったのだろうと思います。

 ※参考過去記事 2015年1月1日「2015年、永遠平和のために」 

 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20150101/1420038157

 最後に話したのは沖縄の米軍基地の問題でした。昨年11月の沖縄県知事選では、宜野湾市米軍普天間飛行場の移設先を同じ沖縄県内の名護市辺野古地区とすることの是非が争点として鮮明になり、県外移設を掲げた前那覇市長の翁長雄志氏が、辺野古移設を容認する仲井真弘多氏らを大差で破りました。ここに、普天間移設問題をめぐる沖縄県民の民意は明確になったと言うべきだと思います。続く12月の衆院選でも、沖縄県の四つの小選挙区でいずれも自民党候補が敗れ、県外移設を掲げた候補が勝利しました。しかし、安倍政権は沖縄の民意など目に入らないかのように、辺野古地区への移設を進めることを表明しています。昨年の衆院解散・総選挙は、この普天間飛行場移設問題をめぐって沖縄の民意を上書きする本土の民意を、白紙委任によって得たいがためだったのではないか、という気すらします。

 国策をめぐって、仮に知事選でも衆院選でも極めてクリアに民意が示されながら、その通りにならずに政府によって強行されるような地域が沖縄以外にはないとすれば、今日の事態は沖縄に対する差別以外の何物でもありません。そして現政権を支持していようがいまいが、あるいは選挙で投票を棄権していようが、本土に住む日本人はみな日本国の主権者の一人である以上、等しくその差別に責任を負う立場を逃れられるものではないと、わたしは考えています。まずは今、沖縄で何が起きているかを、本土の日本人が知ることが必要だと思います。そこに本土のマスメディアの課題と責任もあると思います。


 最後は駆け足になってしまい、会場に来ていただいた方々との質疑応答の時間が十分に取れなかったことが反省点です。それでも終了後、何人かの方がわたしの元まで来てくださり、短時間でしたが感想やご意見を聞かせていただきました。香川県高松市から来られた歯科医の方からは「話を聞いて自分の考えの基礎が固まった気がする。自分のような考え方は少数派ではないかと思っていたが勇気づけられた」と言っていただきました。

 講演は地元紙・愛媛新聞に取材していただきました。翌2月23日付の紙面の総合面に写真付きで掲載されました。「9条改正は戦争許容」と的確に見出しを付けていただきました。

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 会場では所属組織と役職、労働組合の活動歴も明らかにし、話の内容はいかなる組織をも代弁するものではなく、すべて個人に責任があることを最初にお断りしました。


 東京へ戻る飛行機便の時間まで、多少余裕があったので松山市内の「伊丹十三記念館」を見学しました。見ごたえがありました。父の伊丹万作の展示コーナーには「戦争責任者の問題」が発表された1946年の雑誌「映画春秋」がありました。戦前の旧字体の活字で組まれたページが印象的でした。

 ※伊丹十三記念館 http://itami-kinenkan.jp/

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2015年-02月-08日

ジャーナリストと危険地取材〜志葉玲さんの論考の紹介

 前々回の記事(「哀悼・後藤健二さん」2015年2月3日)の続きです。

 「イスラム国」(日本のマスメディアの呼び方の大勢にならって、ここではこう表記します)に殺害されたとみられるジャーナリスト後藤健二さんをめぐって、自民党高村正彦総裁が「日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配地域に入ったことは、どんなに使命感が高くても、真の勇気ではなく蛮勇と言わざるを得ない」と発言したことが報じられました。高村氏は「亡くなった方にむちを打つつもりはない」とも述べていて「自己責任論」を強調するのが本意ではないようですが、政府当局を政党人が代弁した本音のように思えます。

 ※「高村副総裁、後藤さんめぐり発言 『真の勇気ではない』」(47news=共同通信)2015年2月4日

  http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015020401001016.html

 自民党の高村正彦副総裁は4日、過激派「イスラム国」に殺害されたとみられる後藤健二さんについて「日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配地域に入ったことは、どんなに使命感が高くても、真の勇気ではなく蛮勇と言わざるを得ない」と党本部で記者団に述べた。

 同時に「亡くなった方にむちを打つつもりはない」とした上で「後藤さんの遺志を継ぐ人たちには、細心の注意を払って行動してほしい」と呼び掛けた。

 外務省は、後藤さんに対し計3回にわたり渡航自粛を要請していた。

 戦地や紛争地で何が起きているのか、現地に入って取材したジャーナリストが情報を発信することで、わたしたちは戦争や紛争の実相を知ることができます。また個々の状況もジャーナリスト個々人により、経験により様々だと思います。「危険だから行かない」という選択肢ばかりでなく「準備を重ねて可能な限り安全を確保し、取材を模索する」という選択肢も尊重されていいのではないかと思います。

 ジャーナリストの危険地取材を考える上で、イラク戦争などの取材経験が豊富な志葉玲さんの以下の論考が参考になると感じました。一部を引用して紹介します。

 「日本のジャーナリストは紛争地に行くべきか?行くべきでないのか?−戦場ジャーナリストとしてモノ申す」2015年2月3日

  http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20150203-00042780/

 外務省が退避勧告を発令するのは、邦人保護という職務上、仕方ない部分もある。しかし、ジャーナリストにはジャーナリストとしての職務がある。イラク戦争やガザ侵攻など、日本の国家の政策と絡む紛争も多い(自衛隊イラク派遣F-35などの武器輸出など)。そうした政策を国会で審議する場合も現地情報として報道が果たす役割は大きい。また一般の人々も現地で何が起きているのか、主権者として知る権利がある。日本人のジャーナリストが現地で取材するからこそ、現地の問題を日本と関連付けて取材することができる。情報がろくに無い中で、何を決めることができるのか。政府に都合のいい情報だけでいいのか。ジャーナリムが人々の知る権利を保障する、民主主義に不可欠な役割を果たすことを、一般の人々は勿論、メディア関係者すらも忘れているのではないか。

 公的な仕事をする人間は、危険だからと言って、職務を放棄していいのか?警察や消防隊員が「危ないから」と職務を放棄するだろうか?人命が関わっているのは、ジャーナリズムも同じだ。ジャーナリストの報告を多くの人々が真剣に受けとめ、戦争を止めるならば、流される血、奪われる命も少なくなるだろう。筆者は、危険な紛争地の取材であっても、ちゃんと日本に生きて戻り、現地の状況を伝えるまでが仕事であると考えている。しかし、万が一、紛争地で死ぬことになっても、それは職業上のリスクにすぎない。

 後藤さんのケースで言えば、日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけだ。実際には常岡浩介さんや中田考さんらのISISとのパイプを活用しなかったし、ISISが後藤さんのご家族にメールしていたのに、そのメールを使っての交渉も「一切しなかった」(今月2日午後の菅官房長官の会見での発言)。結局は「自己責任」ということなのだろうが、それならば、より一層、政治家官僚が「報道の自由」に口出しするべきではない。まして、メディアがそうした取材活動の制限に関わるのは、本当に愚かしい「メディアの自殺」なのだ。

 また、後藤さん殺害についての英メディアの報道をまとめたロンドン在住の小林恭子さんの以下のレポートも、とても興味深く読みました。

 「イスラム国の蛮行を英メディアはこう報じた」東洋経済ONLINE=2015年2月4日

  http://toyokeizai.net/articles/-/59727

 国際報道の重要さ、ジャーナリズムの意義が広く認知されている英国で、「ジャーナリストが仕事中に命を落とした」場合、メディアはその名誉を後々にまで伝えるため、熱い報道記事を残す。

 これを如実に現すのが、BBCが作成した、最後に亡くなった後藤健二さんについての充実したプロフィール記事だろう。

 最初に「紛争地の市民の苦しみを紹介することに力を入れた、映像作家でベテランのジャーナリスト」として後藤さんは紹介されている。シリアに行く前に「自分の身に何か起きたら、シリアの人を責めないでください」と言ったことや、著作があること、自分の会社インデペンデント・プレスを立ち上げたことが記されている。

 その後にはNHKテレビ朝日でのリポート、日本の「クリスチャン・トゥデー」でのインタビューなどにリンクが貼ってあり、仕事ぶりが良く分かるようになっている。

 危険を承知で紛争地に出かけ、自分の命が危なくなったときのことまで考えた人、重要な仕事をした人という情報が頭に入ってくる。ジャーナリスト後藤さんへの敬意がにじみ出た記事だ。


 7日には、シリア渡航を計画していたフリーカメラマンに、外務省が旅券(バスポート)を返納させる措置を取ったことが明らかになりました。今後もこうした事例が続くのか、注視したいと思います。

 ※「シリア行きを旅券返納で阻止 外務省、新潟のカメラマン」(47news=共同通信)2015年2月8日

  http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015020701001851.html

 外務省は7日、シリアへの渡航を計画していた新潟市在住のフリーカメラマン杉本祐一氏(58)に対し、旅券法に基づいて旅券(パスポート)の返納を命じ、渡航を阻止した。外務省筋によると、杉本氏はトルコを経由して、シリアに入国することを公言していたという。今回の措置は初めてで、憲法が保障する「渡航の自由」との兼ね合いで論議を呼ぶ可能性もある。

 邦人人質事件を踏まえ外務省は警察と共に、杉本氏に対し自粛を強く要請したが、渡航の意思を変えなかったという。外務省職員が7日に杉本氏に会い、命令書を渡して旅券の返納を求めた。

2015年-02月-06日

18日に東京で集会「後藤健二さんの死を悼み、戦争と報道について考える」

 連絡をいただいた集会のお知らせです。

 ※あくまでも紹介です。参加申し込みなどは、下記のメールアドレス live@tsukuru.co.jp へお願いいたします。

後藤健二さんの死を悼み、戦争と報道について考える 〜日本人拘束事件とジャーナリズムに問われたもの

2月18日(水)18時15分開場、18時半開会、21時15分終了

文京区民センター3階A会議室

http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kumin/shukai/kumincenter.html

都営三田線大江戸線春日駅A2出口」徒歩2分、東京メトロ丸ノ内線後楽園駅4b出口」徒歩5分東京メトロ南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、JR水道橋駅東口徒歩15分

定員370人  入場料1000円

〔第1部〕戦場取材の当事者が語る戦争と報道

野中章弘(アジアプレスインターナショナル代表)、綿井健陽(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)、安田純平(フリージャーナリスト)、他

〔第2部〕テロリズムメディア

森達也(作家・監督)、新崎盛吾(新聞労連委員長)、香山リカ精神科医)、雨宮処凛(作家)、他。

〔司会〕篠田博之(『創』編集長)

※1部2部の構成はあくまでも予定です。

当日、確実に座席を確保したい方は件名「2月18日参加希望」でお名前と携帯電話番号を下記へ送信下さい。

live@tsukuru.co.jp

 ベトナム戦争の時代、ジャーナリストは戦争当事者と距離を置く第三者として戦場に入っていった。しかし、イラク戦争では日本人ジャーナリストは第三者ではなくなり、今回は、イスラム国によって標的にされた。

 この経緯は、日本が戦争にどう関わってきたかの歴史と関わっている。私たちは、いつのまにか戦争に巻き込まれかねない存在になっているのか。

 国家によるプロパガンダが行なわれる戦争において、国家と異なる視点から現場を伝えようとする戦場取材は、今回の拘束事件で極めて困難になった。

 戦争と報道のあり方を考えることはジャーナリズムだけでなく市民にとっても必要なことだ。戦場取材をこれまで長年続けてきたジャーナリストたちの話をもとに考え、議論する。

 主催:2・18実行委員会(アジアプレスインターナショナル、JVJA、新聞労連、月刊「創」編集部、他)

2015年-02月-03日

哀悼・後藤健二さん

 前回の記事で、2004年10月にスイスジュネーブ国際労働機関(ILO)本部で開かれたメディア部門の政労使3者会議に参加したことを紹介しました。この会議の討議で、今も印象に残っていることの一つに、危険に対するジャーナリスト教育・訓練の問題があります。主に政労使の「労」、各国のメディアやジャーナリストの労働組合の間での討議でした。戦場や紛争地帯で取材するジャーナリストには、様々な危険から身を守るための十分な教育、訓練を受ける機会が設けられるべきだ、という内容でした。言い換えれば、危険だからその地域に近づかない、という発想よりも、どのように対策を取り、どこまで危険を減らして、そこで何が起きているかを伝えるか、という発想からの議論だったと思います。根底にあるのは、そこで何が起きているかが広く知られることが、戦争や紛争を社会全体で考えるためには、さらには戦争や紛争を終わらせるためには必要だ、というジャーナリズム観です。

 「イスラム国」(日本のマスメディアの呼び方の大勢にならって、とりあえずこう表記します)に拘束されていた2人の日本人の殺害映像が、相次いでネットに流れました。無事に家族のもとに帰ってほしいと願っていましたが、残念の一言です。とりわけ2月1日(日本時間)に映像が流れた後藤健二さんがジャーナリストだったことに、思うところが多々あります。今も息苦しいような思いが続いています。

 イスラム国は後藤さんの以前にも、米国人ジャーナリストを米国人であるという理由だけで殺害しています。後藤さんが今回、イスラム国の支配地域に入った理由はわたしにはよく分かりませんが、ジャーナリストであることを実績とともに証明することはさほど困難ではなく、おそらくは拘束したグループもそのことを知っていたはずです。しかし、後藤さんもまた日本人であるという理由で殺害されたと考えざるを得ません。

 ジャーナリストに限らず、捕虜や住民の虐殺を繰り返し、奴隷制まで復活させていると伝えられるイスラム国は、わたしたちの常識が通用しない相手でしょう。一方で、そうやって「モンスター」扱いしてしまうことは、彼らを理解する(好意的にとらえる、ということではありません)、彼らがなぜ出現し勢力を拡大してきたかを解明する努力が減じることにつながりかねないとの危惧もあります。しかし、イスラム国の支配地域で何が起こっているのかを知ろうとジャーナリストが現地入りすると、拘束され殺されてしまう―。職業としてジャーナリズムに連なっている者の一人として、今回の事件をどう考えればいいのか、いまだよく考えはまとまりません。気が滅入るばかりです。ただ、ジャーナリストであった後藤さんは、やはりジャーナリストとして(ほかの用件・目的もあったかもしれませんが)イスラム国の支配地に入ったのだと思います。自分の目で見たことを、わたしたちの社会に伝えようとしていたのだろうということに思いをはせ、ご冥福を祈りたいと思います。

※参考:水島宏明さん「後藤さん殺害事件で『あさイチ』柳澤キャスターの珠玉の1分間コメント」

 http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizushimahiroaki/20150202-00042730/

 後藤さん殺害の映像とともに、イスラム国は「アベよ、勝ち目のない戦いに参加するというおまえの無謀な決断のために、このナイフはケンジを殺すだけでなく、おまえの国民を場所を問わずに殺りくする。日本にとっての悪夢が始まるのだ」(共同通信記事「新映像のメッセージ全文」)とのメッセージを発しています。名指しされた安倍晋三首相は2月1日に声明(首相官邸ホームページ)を出し「非道、卑劣極まりないテロ行為に、強い怒りを覚えます。許しがたい暴挙を、断固、非難します。テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために、国際社会と連携してまいります」「日本が、テロに屈することは、決してありません。中東への食糧、医療などの人道支援を、更に拡充してまいります。テロと闘う国際社会において、日本としての責任を、毅然として、果たしてまいります」と表明しました。「テロとの戦い」をキーワードに、わたしたちの社会は、これまでは異なる位相に入ったのだな、と感じています。


 以下の写真は、2月2日付の東京発行各紙朝刊の紙面です。

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 記録として、各紙の社説の見出しを書き留めておきます。

朝日新聞「『イスラム国』の非道―この国際犯罪を許さない」責任追及と処罰を/政府の対応、検証を/互いを知り合う必要

毎日新聞「日本人人質事件 この非道さを忘れない」時代錯誤の狂信集団/政府対応の検証が必要

読売新聞「後藤氏殺害映像 『イスラム国』の蛮行を糾弾する 日本人標的のテロに警戒強めよ」国際社会の結束不可欠/自己責任にとどまらず/邦人救出の議論も要る

日経新聞「後藤さんの志を踏みにじる卑劣な犯行」

産経新聞「後藤さん殺害映像 残虐な犯罪集団を許すな 対テロで国際社会と連携」覚悟持つ社会の醸成を/日本として責任果たせ

東京新聞「日本人人質殺害映像 絶対に許せぬ蛮行だ」理も情も通じないテロ/空爆支援の否定は当然/政府対応の検証は必要