発声練習

2010-01-10

[] 論文において自作用語を使うときに注意すべきこと

まとめ

自作用語を使うときに注意すべき点

  • ルール1:必ず定義してから自作用語を用いる(定義なしでは使わない)
  • ルール2:自分が述べたい概念や事象を表す言葉が既にあるのならば、それを使い、新たに定義しない
  • ルール3:既に別の概念や事象を表す言葉はできる限り避ける
  • ルール4:自分が伝えたい概念や事象を用語から簡単にイメージできるようにする
  • ルール5:カタカナ表記はさける

自己流自作用語定義手順

  1. 自分が定義したい概念や事象に関連する有名どころの論文や本を読み、類似の用語の定義を収集する
  2. 日本語なら広辞苑、英語ならOxford English Dictionaryから使いたい単語を引っ張ってくる
  3. 自作用語案を「ベースとなる単語の意味の範囲を限定する」という定義の仕方という方針でいくつか用意する
  4. 自作用語をGoogleで検索し、既に別の用途で使われていないかどうかをチェックする
  5. 指導教員や研究室の仲間、同僚に見せて意見をもらう

本文

良い例があったので。

科学者と、そこに近い領域で生活している皆さんへ

みなさんはコミックサイエンスという言葉をご存知でしょうか?コミックサイエンスとは、一見科学のようで、実際はほとんど科学的な根拠に欠けている「科学のようなもの」です。類似した言葉に「エセ科学」という言葉があります。コミックサイエンスは当たり前のようにマーケティングに利用され、私たちの生活の中に溶け込んでいます。

論文ではないけれども、科学者に向けた文章なので論文ルールに準じて良いと判断。上記のエントリーでは、「コミックサイエンス」という用語を用いているけれども、これはどうやら自作用語らしい(根拠はGoogle検索の結果)。新たな概念や事象、あるいは毎回説明しているとスペースをとってしまい他の重要なことが書けなくなることがあるので、論文や報告書で自作用語を定義することはよくあるけれども、上記エントリーは自作用語の使い方としてはあまり良くない例になっている。

  1. 「コミックサイエンス」という言葉が一般的な言葉であるように読者に見せているが自作用語である点
  2. 「コミックサイエンス」と「エセ科学」の違いについて説明していない点
  3. 「コミックサイエンス」とカタカナ表記を使っている点
  4. 「コミックサイエンス」から定義の「科学のようなもの」の意味が簡単にイメージできない点
  5. 「コミックサイエンス」が「漫画の科学」「喜劇の科学」「面白い科学」などの意味に誤解される点

卒業論文や修士論文において、ある事象や概念を表すために自作の用語を使うときには注意しなければならない点がいくつかある。

基本的に、論文というのは「自分の研究成果を社会(狭く考えれば同分野の研究者集団、広く考えれば人類全体)に報告するための文書」である。なので、読者が論文を読んで理解できないならば、その論文の価値はない。このため、論文はどこに何を書くのか、どういう構成にするべきなのかなどのインターフェースの部分に関して長い蓄積を重ねてきた(参考:身も蓋もないが本当に有効な「論文の書き方」)。

特に同期的なコミュニケーション(対面や電話、チャットなど)と異なり、非同期的なコミュニケーション(手紙、メールなど)の一手法である論文によるコミュニケーションでは、読者の誤解を筆者は即時に訂正することができない。このため、あらかじめ誤解を招かないような言葉遣い、文章構成、事実提示を行うことが筆者の責任となっている。

で、自作用語を使うときに注意すべき点だけれども、以下のとおり。

  • ルール1: 必ず定義してから自作用語を用いる(定義なしでは使わない)
    • 当たり前。あなた以外その用語を知らないのだから。
    • 定義は、本質的なものを最初に行い、補足的な説明(例の提示など)はあとで行うこと。例を提示しただけでは、定義にならない。なぜならば、読者が例から帰納的に類推する「本質的な意味」は、筆者が想定する「本質的な意味」とは異なる可能性があるため。誤解の余地を与えないのが重要!
  • ルール2: 自分が述べたい概念や事象を表す言葉が既にあるのならば、それを使い、新たに定義しない
    • 第一の理由は、読者への配慮。複数の文献を読んだ際にすべてが違う用語を使っていると、それらを読むのはとってもしんどい(最新分野の専門書の日本語訳は本ごと筆者ごとに用語の意味が違うことがよくある。論理学の教科書とかを読むと用語の定義がばらばらで泣きたくなる)。
    • 第二の理由は、他人の仕事を盗んだと思われないようにすること。研究の命は独創性と新規性。既に存在している概念をあたかも自分が新たに見出したかのように発表すると、好意的な評価で「あいつは文献調査が足りない」あるいは「あいつは物知らずだ」、悪くとられると「あいつは人の仕事を横取りするようなヤツだ」あるいは「あいつは先人の仕事に対する敬意がない」と思われる。
  • ルール3: 既に別の概念や事象を表す言葉はできる限り避ける
    • 読者が混乱しちゃうため。「足し算」という言葉を「引き算」という概念を表すように使ったら読者は混乱する。プログラミング言語でたとえると演算子のオーバーライドは止めるということ。
  • ルール4: 自分が伝えたい概念や事象を用語から簡単にイメージできるようにする
    • よくある用語の定義方法は、意味が複数ある用語に形容詞を付加して意味を限定するという方法。「科学」という用語においてコンピューターに関する分野だけを述べたい場合は「計算機科学」というように用語を定義する。英語でも日本語でも「名詞A+名詞B」という形式をとっていれば、名詞Aは名詞Bの範囲を限定する働きを担う。「形容詞+名詞」も形容詞が名詞の範囲を限定する。じゃあ、「ニセ科学」は?「科学」自体のニセモノという使い方なので私が挙げた例とは違っている。
    • 漢字を用いた熟語は「名詞A + 名詞B」という形をつくりやすいので、逆に注意が必要。「名詞A+名詞B+名詞C」の形、たとえば「安全都市宣言」の場合、「安全都市」を「宣言」しているのか「安全」な「都市宣言」なのかあいまいになってしまう。英単語の場合も一緒。
  • ルール5:カタカナ表記はさける
    • 第一の理由は和製英語なのか、外国語からの借り入れなのかが判別しにくいため。しかも、発音をどれくらい再現するかによって表記がぶれるので読者にとって優しくない。特に日本語ができる外国人にとってカタカナ表記では元の英単語や外国語を想起できないので、辞書に載っていなければ全くその用語を理解できない。
    • 第二の理由は、カタカナ表記の場合は、元の単語が想起できなければ、読者は用語とその定義を丸暗記しなければならずしんどい。日本語を組み合わせた用語であるならば、知っている日本語の意味を手がかりに用語の意味を覚えることができる。
    • (追記)外来語をカタカナ化したものは「日本語」であることに注意。日本語ネイティブスピーカーは、非ネイティブとは異なり暗黙に特別な変換をしていることがある。たとえば、「P2P-based system」という単語があったとき、ネイティブは「P2Pベースシステム」とカタカナ化してしまう。でも、発音を考慮すると「P2Pベースドシステム」の方が音が少なくなっていない。日本人は外来語をカタカナ化して日本語化するということが分かっている非ネイティブでも、こういう暗黙ルールまでは覚えきれていない。「P2Pベースシステム」が「P2P-based system」で、「データベースシステム」が「Database system」なのが分かるのは日本語ネイティブスピーカーだけ。「P2Pに基づくシステム」と日本語化すれば、辞書を引くことで簡単に「P2P-based system」のことを言っているのだということがわかる。

上記ルールに従って、リンク先エントリーの自作用語の使い方を再検討する。

  1. 「コミックサイエンス」という言葉が一般的な言葉であるように読者に見せているが自作用語である点
    • ルール1に反している。
  2. 「コミックサイエンス」と「エセ科学」の違いについて説明していない点(追記:説明していました。コミックサイエンスとは
    • ルール2の応用。もし、Aという用語に似ているけど、異なるものを表す用語Bを定義したいならば、AとBの違いをちゃんと説明するべき。そうでないと、BはAの言い換えととられてしまう。BがAの言い換えならば、ルール2に従い、Aを用いるべき。
    • ニセ科学を流行らせた菊池さんは「擬似科学」ではなく「ニセ科学」を使った理由をちゃんと説明している。「ニセ科学」入門
  3. 「コミックサイエンス」とカタカナ表記を使っている点
    • ルール5に反している。しかも、これは和製英語。疑似科学・ニセ科学の英語表記は、Pseudoscience
  4. 「コミックサイエンス」から定義の「科学のようなもの」の意味が簡単にイメージできない点
    • ルール4に反する。「〜のようなもの」を表す英語の表記は「psuedo-」。これはいろいろな分野で使われているのでこちらの方が「科学のようなもの」をイメージしやすい。
  5. 「コミックサイエンス」が「漫画の科学」「喜劇の科学」「こっけいな科学」などの意味に誤解される点
    • ルール4に反する。「コミックサイエンス」は「comic science」が元のつづりだと予想される。日本語の「コミック」の使い方は漫画の単行本であることが多い(英語だとcomicsで漫画の本の意味)ので、そちらが想起されたり、辞書の意味の順番でいえば、comicを「喜劇の」「こっけいな」と考えるのはかなり自然。
    • ちなみに私が一番初めに考えたのは「科学を漫画を使って解説した本」だった。

じゃあ、実際に自作用語を作るときはどうすれば良いか?私なりの方法は以下のとおり。

  1. 自分が定義したい概念や事象に関連する有名どころの論文や本を読み、類似の用語の定義を収集する
    • 指導教員や知り合いがその分野の専門家であれば、何の論文や本が有名なのか尋ねる
    • Web of ScienceやScience Direct、(計算機科学の場合ACM Portal)などでインデックス化されているのはそれなりの論文なので、ここいらへんから論文を調達
  2. 日本語なら広辞苑、英語ならOxford English Dictionaryから使いたい単語を引っ張ってくる
  3. 自作用語案をいくつか作る。基本線は「ベースとなる単語の意味の範囲を限定する」という定義の仕方
  4. 自作用語をGoogleで検索し、既に別の用途で使われていないかどうかをチェックする。なお、英語ならばヒットが1,000件以下、日本語ならばヒットが100件以下なら無視しても良いと思う。(全く別分野の用途でも無視して良いと思うが、下ネタや差別ネタの意味を持っていると後々面倒なので注意する)
  5. 指導教員や研究室の仲間、同僚に見せて意見をもらう

実際のところ、がんばって調べても既に誰かがその概念や事象を定義済みであるということはよくありますが、自分でできる範囲の努力をするのが重要。実際、私も1ヶ月間ずっと考えた数列が「あなたの考えた数列は有名な〜という数列ですよ」と査読者から言われたという経験がある(組み合わせ数学の教科書では定番の数列だった)。

ニセ科学関連参考:

追記

  • tari-G このエントリーがルール2に反しているw。「自作用語」は自作用語で、造語って言葉がちゃんとある。

id:tari-Gさんに指摘していただいたが、確かに造語という言葉があった。忘れていた。

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