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桃のとうげんきょう このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-03-29

握手について

スマートフォンを買った。HUAWEI novaSIMフリーで4万円台、初めてのミドルクラス機だけれども流行りより少し小さめの5インチで薄くて安っぽくもないし、サクサク動いてくれるので今のところ気に入っている。

指紋認証がついている。裏面にのくぼみに人差し指を当てると、1秒以下でノーストレスで反応してくれる。すごい。

指紋認証が苦手だ。手のひらに汗をかきやすい体質で、指紋認証が通りにくい。職場のPCはセキュリティの関係上、原則は指紋認証が必要だが、調子が悪いと5回10回では通らないときもある。通らないとどんどん緊張してきて、余計汗が滲み、ますます認証が通らなくなる。ある日なにをやっても20分近く認証が通らず、PCがフリーズしたところで、怒りと諦念にまみれながら社内のセキュリティ担当に連絡して指紋認証を切ってパスワード式に変えてもらった。

指紋認証が通らないと、イライラするというより、どんどん悲しくなってくる。人格を否定された気分になる。指紋認証が通らないということは、自分が自分だと認めてもらえないということだ。だから、新しいスマホを買ったときも指紋認証が怖かった。職場のPCのように、少しでもストレスを感じるのなら、別にロックをかけなくてもいい。というかこれまで使っていた機種にはパスワードをかけていなかったのだから。

そんな気持ちで指紋登録して使ってみたら、最初にも書いたけれど、本当にノーストレスで認証してくれる。正確に言うと、認証しているという感覚もあまりなくて、スマホを持った瞬間に画面が立ち上がるようなイメージだ。人格を認めてくれるというよりも、スマホが身体の一部になった、そんな気持ちになるし、毎日新しいスマホを触るのが、いや、画面が立ち上がるのが楽しい。


新しい技術で、新たな形で自分自身が自分自身であるという新たな確信を得られるようになったという経験を楽しんでいて、ふと、握手という行為について思いを馳せた。

指紋認証は苦手だが、握手はもっと苦手だ。

手のひらに汗が出やすい体質は、昔からずっとコンプレックスだった。小学生の頃から、将来恋人ができたら手を繋ぐときにどうすればいいのだろうかとずっと悩んでいたような気がする。握手をしなくても、何かのきっかけで自分の手のひらが汗ばんでいることを他人から指摘されると、どんどん緊張して、汗ばみは加速していく。悪意の有無にかかわらずそれを指摘されるとひどく落ち込むし、気持ち悪いと直接言われたこともあった。同じような体質の親族は、思春期に悩みに悩み汗を出なくさせる手術を選んだくらいだ。自分もその気持は痛いほどわかる。

そんな思春期を経て、人並み、いや、人より遅かったかもしれないが、それなりの年齢になって恋人ができるようになってからは、手を繋ぐという行為は、自分のすべてをその人にさらけ出すような、命がけに近いものだったし、身体を重ねるよりもよっぽど手を重ねるほうが緊張度が高かった。恋人になる前に身体を重ねることの是非については色々な考えがあるだろうけれど、どんなに性に厳格であっても、恋人になる前に手を重ねることについて眉をひそめる人はなかなか居ないだろう。でも、手を重ねたときに、自分の手が汗ばんでいることを揶揄したり、無神経に(こういうセンシティブなことに対して「無神経」だと判断するハードルはおよそ高々と設定されるものだ)何か言う人は、結局その後恋人になることはなかったように思う。そういえば今思い出したけれど、我が人生の聖書バイブル)として年に数回は読み返す『彼氏彼女の事情』でも、雪野と有馬は手を繋いだ時に彼氏彼女の関係になったのであった。


さてさて、握手である。このブログに新しいエントリを書くのは久しぶりだが、過去のエントリから見てもわかるように、アイドルが好きだ。好きだった。

アイドルといえば握手会。そんなイメージもあるかもしれない。しかし、幸か不幸か、アイドルが好きなのにも関わらず、握手というものが決定的に苦手なのである。2007年頃にハロプロがきっかけでアイドルヲタクの世界に転がり込んではや10年経ち、ハロプロから地下、地方アイドルとそこそこ広範囲に手を広げてきたにもかかわらず、AKBに決定的な苦手意識があるのはこの握手への苦手意識なのかもしれない。素直にアイドルヲタクとして没頭できず、なぜかアイドル論なるものに興味を持ってしまったのも、握手への苦手意識が行き着くところまでいって、どこか「物理的接触」への恐怖の裏返しとして、ネットの可能性、情報技術のコミュニケーションメディアとしてのアイドル、というようなキーワードにのめり込んでいったのかもしれない。

AKBグループの握手会には一度も参加したことがなかったけれど、地下アイドルの世界に足を踏み入れたなら、それはそれで握手からは逃れられないものだ。とはいっても、潔癖症のごとく握手を忌避していたというほどでもなく(そんな世界で握手を拒否したらそれはそれで角が立つものだ)、地下アイドル地方アイドルに足繁く通うようになってから、若干の苦手意識を持ちながらも、物販で握手をすることもそれなりにはあった。

そうやって握手への逆の意味でのこだわりも薄れていったのと並行して、アイドル論なるものへの情熱、そしてアイドルへの情熱も失われていった。それは、かつて好きだったアイドルが次々とキャリアを終えていったという単純な理由もあるだろうし、様々な経験をしていくなかで、アイドルとは何なのか、アイドルを好きになるというの何なのかということを突き詰めていったときに、アイドルは人間である、人間を愛するということである、という何か究極的なところにたどり着いたというか、最初の地点に戻ったというか、人を愛することの難しさや喜び、人間という存在の豊穣性というものの圧倒的な壁を目の前にして、何か恣意的に「アイドル」という主語で恣意的な角度で切り取った言葉遊びに疲れてしまったしばかばかしいと思ったのも事実だ。

アイドルの何が好きなのか分解してみたとき、曲が好き、踊りが好き、ルックスが好き、性格が好き、たぶんいろんな答えがあり、中には馬鹿馬鹿しいと思えるものもあるかもしれないけれど、好きだという気持ちはただただ真実で、アイドルアイドルであるからという理由でしかないように、人を好きになるということを分解しようとしても、その人がその人であるから好きなのだとしかいいようがないものだ。


3月は節目の季節だ。

先日、ふとしたきっかけで、かつてとても大好きだった地方アイドルグループのメンバーたちの近況を知った。子供が生まれた、子供が生まれそう、来月結婚する。彼女たちは、びっくりするぐらいに人間だった。自分の知らないところで、あの街で、それぞれの人生を歩んでいる。そもそもあのアイドルグループは、アイドル/一般人という区別がバカバカしくなるほど特別感がなかったし、みな自然体で活動していた、生きていたような気がする。そんな自然体なところが大好きで、自分の中で当時彼女たちには恋愛感情はなかったときっぱりと断言したいのだが、あの子が結婚すると聞いてちょっともやっとするのはなぜなのだろうか。自分自身の気持ちは自分ではわからないものだ。


そのグループとはまた別の地方アイドルグループ、いや、そもそもアイドルとは自称していなかったのでなんと呼べばいいのかわからないが、そのグループのとあるメンバーはこの春で高校を卒業して、地元を離れるという。そのグループが解散してからもソロ(たまにバックバンド付き)で歌を歌っていたのだが、そのときにはもはや好きになりすぎて彼女の歌を聞きに行けないような、アイドルとして(繰り返すがそもそもアイドルとは自称していない)好きだったというよりも、異性として、女性として好きだったと認めざるを得ないかもしれないけれど、じゃあアイドルとして好きということと異性として好きということは何が違うのか、そもそも人間として好きというのは何を意味するのか、何が特別なのか、何の制約が生まれるのか、何が自由なのか、すべてがわからなくなってしまう、とにかく好きだっとのだとしか言いようがない、曲も踊りも顔も声も言動もとにかく好きだった、ただひとつわかるのは、自分と彼女は違う人生の道を歩むのだと、それだけはなぜか確信できたのだけれども(そういうところが勝手に彼女に「アイドル」的な何かを押し付けているということなのかもしれない)、そんな彼女が地元で最後に歌うというイベントに先日意を決して足を運んだ。

さて、握手である。人は出会いのときだけでなく、別れるときにも握手をするものだ。

びっくりするくらい長丁場のライブとその後の打ち上げパーティーではほとんど会話をすることもなかったけれど、最後の最後、お見送りの握手の時間がやってきた。自分の番まであと数人、というところからが長い。10分、15分と過ぎていく。もう本当に自分でも笑ってしまうくらいに手汗がとまらないし、ポケットにいつも忍ばせているハンカチももう限界だ。

やっと自分の番がやってきて、今日のイベントがどれだけ特別で素晴らしく、この数年間で何が変わって何が変わらなくてどう感じたのか、ヲタクっぽくきっと早口でまくし立てていたような気がする。ポケットのハンカチを握りしめながら。

その子はそんな自分の話をうんうんと聞きながら、いたずらっぽく笑い、手、出して?と言った。観念してハンカチでは拭いきれない汗をにじませながら手を出すと、きゅっと握られ、知ってるよ、握手苦手なんでしょ、知ってるから!と得意気に彼女は笑った。そんな彼女を見て、確かな手のぬくもりを感じながら、握手は苦手なんだと何度も振りほどこうとするたびに笑って強く握り返されたかつての数々の握手の思い出と一緒に湧き上がってくる、周りが見えなくなり迷惑をかけながら必死に通いつめて本当に辛くて本当に幸せだったあの日々、そこからぱったりと足を運ぶのを止めた空白の日々、あり得たかもしれない人生の可能性、選ばなかった選択肢。今いる自分と今いる目の前の彼女、それは確かにいまお互いに存在していて、別々の人生を歩むということだけはわかっているのに、なぜか握手という形で一瞬だけつながっている。

なんてことはない、ただの握手だったのだけれど、それは指紋認証とはまた違う形で、自分自身がいまここにいることを認めてくれたような気持ちになる、そんな最後の握手だったのだなと、多少汗ばんだ手でもきりっと認証してくれる新しいスマホを握るたびに、自分の新しい人生をみつめていこうと思いながらも、でも少しだけそうやって後ろを振り返りたくなるのである。

2015-12-30

小西彩乃・東京女子流卒業/小西彩乃を愛するということ

2015年12月30日、小西彩乃さんは、2日前に公式サイトでアナウンスされていた、東京女子流を卒業し芸能界を引退することを、自身の名を冠したラジオ番組で自ら語りました。東京女子流の1stシングル『キラリ☆』がBGMとして流れるなか、小西彩乃は「ばいばーい」と軽やかに締め、我々の前から去って行きました。


自分が最初に東京女子流を見たのは2011年の夏、定期公演season2の渋谷gladでした。女子流を知ってからかなり時間がたっていましたが、「満を持して」定期公演を見に行こうと思っていたのをよく覚えています。

女子流がデビューしてからすぐは、「いよいよあのエイベックスが何度目かの波が訪れかけていたアイドル界に参入したか」「5人の(推定)小学生か、なるほど」といった評論家目線で少し距離をおいて眺めていたように思います。また、自身が中高生の頃に活動していたSweetSが好きだったので、「エイベックスSweetSをもう一度やってくれる存在」として注目していたという、やはり今考えるとかなり舐めた目線での期待は持っていた時期でした。CDを借りてきて、デビュー曲の『キラリ☆』はいいけど『頑張っていつだって信じてる』は当時はかなり落胆したり、『鼓動の秘密』で再評価したり、『Love like candy floss』で(やっぱりSweetS原曲のほうが良いな・・・)とまた落胆したり。この頃はまだメンバーの顔も個別認識していませんでした。

そんな自分が東京女子流を見に行こうと強く思ったきっかけは、『Limited addiction』のMVでした。いままでの曲とは異なり、明確に新井ひとみ小西彩乃ツインボーカルをソロで際立たせ、松井寛が手掛ける女子流の音楽性をこれまでになく強く打ち出したLAの虜になり、何度もMVを見返し、メンバーを覚え、初めて見るならちゃんとしたライブで女子流を見たい!とハードルを高く設定して機会を待ちました。

そして訪れたのが、9月の定期公演でした。そこで見た東京女子流は、事前に設定した高いハードルを易々と超えて行きました。そして小西彩乃という一人のメンバーに衝撃を受け、一発で虜になりました。

自分はそれまでアイドルを見てきて、「歌がすごい」という理由でアイドルを好きになったことはなかったし、個々のメンバーを好きになったことももちろんありませんでした。それまでの人生でほとんどまともに音楽を聞いたことがなく、東京女子流が評価されているその音楽性についても、どこどこがルーツだとか、その系譜やその「良さ」がなんなのか、自分はいまでも全く語ることが出来ないです。それ故、例えばハロプロの曲について「フックがある」「脳にくる」と何かわかったようなことを言うことはできても、「まっとうにいい音楽」を「まっとうにいい」と言うことにひどくコンプレックスがありました。アイドルグループのメンバーに対して、「歌がいい」と真正面から評価したり、それが理由で好きになることなど考えられませんでした。しかし、そんな「音楽」や「歌」への無教養からくるコンプレックスを跳ね返してくれたのが小西彩乃でした。

初めて見た定期公演で、それまで「5人の区別が前髪があるかないかでしかわからねえ」とか冗談のように言っていたのが恥ずかしいくらい小西彩乃の歌声の持つパワーは凄まじく、圧倒的なオーラをまとっていました。歌へのスイッチが入った瞬間、一人だけ世界が変わっていく姿を見て、これが歌姫という存在なのか、とひどく納得しました。その日、小西彩乃を愛するアスタライトが生まれました。


東京女子流を見に行きだした頃は、自分は地下アイドルの沼にもどっぷり浸かり込んでいた時期でした。なにかしらのステージスキルを全く感じなくても好きなアイドルはたくさんいたし、物販にお金を落としてコミュニケーションすることが楽しい時期でもありました。しかし、東京女子流に対しては、小西彩乃に対しては、物販に行ったり、なにかコミュニケーションを求めようという気持ちがまったくありませんでした。その頃から自分の中でアイドルに求めるものや楽しみ方が地下/地上という枠組みで二極化が激しく、これほどまでに「歌」というものに衝撃を受けた出会いをしたのならば、ステージ上での神々しさを担保するために、自分の振る舞いも律したほうが絶対に楽しいだろうという気持ちから、コミュニケーションの断絶を自らに誓いました。

ただし一方で小西彩乃さんはそのキャラクターやルックスもかなり自分の好みで、彼女を媒介してヲタクコミュニケーションしたり、彼女をネット上で「解釈」していくという楽しみ方は「現実」のコミュニケーション断絶とリンクしているかのように増長していきました。彼女たちは決して「アイドル」とは名乗らず、「ダンス&ボーカルグループ」と名乗っていましたが、そんなことはお構いなしに、自分の東京女子流に対する受容形態は2つの極に分裂しつつも極端にアイドル的でした。


楽曲コンプレックスを払拭しつつキャラクターの解釈とステージの神格化という2極で受容し尽くすという東京女子流パラダイスは、しかし、長くは続きませんでした。最後のラジオでも語ったように、小西彩乃は、自身の成長とともに、その最大の武器であった「歌」を失いつつありました。

小西彩乃の歌が不調になってから、自分は東京女子流とどう向き合えば良いのか、東京女子流をどう受け止めれば良いのか全くわからなくなってしまいました。明らかに歌が不調であっても、当時はそれが身体的なものなのか精神的なものなのかもただのファンからすればよくわからず、もちろんそれを直接本人に尋ねるわけにもいかず、「元に戻る」ということがありうるのか、それともそれは「異変」ではなく「変化」なのか、彼女に対して何を望めば良いのかわからず、とにかく苦しく、ただのファンなのに苦しいなどと思っている事自体苦しい、と負のスパイラルに陥っていました。キャラクターを解釈していく遊びとステージの神格化という元々歪んだ2極を楽しむという元々無茶な受容の仕方は、その一方が崩れると、もう一方の受容の仕方に異様な負荷をかけていたように今思います。小西彩乃という存在をキャラクターとして楽しむのではなく、全人格的に肯定してあげたい、その全てを愛してあげたいといつしか思うようになりました。

アイドルを愛するということ。人を愛するということ。いつだって我々は、好きな人、大切な人を愛してあげたいと思っているはずです。ただ、愛というのは難しい。ほんとうに難しい。愛とは何なのか。愛は難しいし、アイドルを愛するということはもっと難しい。普通の人(ここでは「アイドルではない」というくらいの意味で)を愛するときの踏み込み方だって未だによくわからないし、アイドルに対しては果たしてそもそも愛することが可能なのだろうか、などと考え始めるときりがありません。さらにいえば、東京女子流は「アイドル」ですらない(ということになっている)。2015年のはじめに「アーティスト宣言」まで行った東京女子流に対して、昔のように歌に自身が持てない小西彩乃を全人格的に肯定してあげることは果たして愛なのだろうか、それはアイドルとしては「是」とされるとしても、「アーティスト宣言」を行ったものに対してはまったく愛のある態度とはいえないのではないだろうか。

2014年の終わりに秋葉カルチャーズ劇場で隔週で開催された小西彩乃のソロイベントシリーズ『小西の音楽祭』のことは、今でも忘れられません。小西彩乃がソロで徹底的に歌と向き合う姿を、100人ちょっとのファンが息を呑んで見守る、重苦しく、そして幸せな空間。『小西の音楽祭』では小西彩乃がいかに真摯に「歌」というものに向き合っているかをまざまざと見せつけられました。小西彩乃という存在を愛するというのはどういうことなのか、ただそこで小西彩乃の苦しみやその先にある光を共に感じ取ればいいのか、いや、もはや小西彩乃同化しているかのような、それも一つの愛の形・・・?などとちょっとおかしな世界に入ってしまうような体験でした。ただそこでもう一つ強烈に印象に残っているのは、何回目かの開催で公開収録があった回に、入場待ちの際に書かされたアンケートメッセージを収録中にいくつか選んで会場のファンに読ませるという企画があり、多くが古くからのファンによる慣れ合い半分のメッセージが選ばれる中、まさか自分自身で読まされるとは思ってもみずに書いた「「うえっへっへっへっへ」という笑い方が好きです。」という自分のメッセージが選ばれてしまい、本人にニヤニヤと見つめられる中、前から3列目のあたりに座りながら公開告白をした挙句、「嬉しいです笑、(あなたのこと)覚えますね!」と言われた瞬間、ああそういうことじゃないんだ、むしろ一生覚えないでいてほしかったし、そんなこと言われたくなかったという深い絶望と、愛がどうこうとか言っておきながらそれはそれでものすごいエゴだなというもうひとつ向こう側からくる自分自身への哀しみに襲われたという体験でした。それこそまさに自分勝手に苦しみを共有はおろか同一化の幻想まで抱いていたところに、真っ向から「他者」であることを投げかけられたのは、それこそ「愛」の名のもとに結局は自分勝手な思い込みを彼女に投影しているだけにすぎないと改めて気付かされる出来事でした。


話がいよいよ混迷を極めてきましたが、最初に戻ると、小西彩乃は得意だった歌が思うように歌えなくなり、気持ちの面でも、前に進んでいく東京女子流の足を引っ張りたくないという理由で東京女子流を卒業しました。それをラジオで本人の口からしっかり聞いて、やっぱり小西彩乃は歌に対して人一倍真摯なんだなと納得しやはりそれは彼女の尊敬できるところだなと改めて思いました。小西彩乃が最後の場所として選んだ(?)のがラジオ番組だったというのは、個人的にとても良かったなと思っています。自分はこのラジオ番組が大好きで他のメンバーが代打で登場するまではほぼ毎週かかさず聞いていたし、とにかく声や笑い方が好きでそれを聞けるだけで満足だったし、もちろん彼女のキャラクター的な面白さ・愛らしさを堪能することもでしたし、なによりこのラジオという基本的に一方的な、ほんの少しだけ双方向的なメディアの特質が自分自身の小西彩乃に対する距離感として1番心地よかったからです。

結局のところ彼女の卒業に際して何を言いたかったのかは全然整理できていないし、時間がたっても多分整理できないと思うのですが、「ラジオという距離感が一番心地よい」と言っているような奴がそれでも彼女のことを愛してあげられたのか、自分がいう「愛したい」とはなんなのかをもう一度ぼんやり考えてみると、やはり今回の彼女の決断を尊重してあげるほかないし、これからの長い人生で一人の人間として幸せに暮らしていけるよう、さらにほんの少しだけ欲を言うならば、「歌」というものがこれからも彼女の人生の中で特別なものであり続けられるよう、ささやかな祈りを捧げる、という意味くらいでなら、これからも彼女のことを愛していたいと思います。

ラジオ番組の最後に流れた『キラリ☆』は「物語は永遠に続く」と歌いました。昔はアイドルの紡ぐ幻想や物語ばかり追いかけていたけれど、最近はそんな「物語」に辟易することも多いです。東京女子流の物語はおそらくこれからも続くだろうけど、小西彩乃ばかりおいかけてきた自分には東京女子流の物語はよくわからなくて、強いて言えば新井ひとみの世界の辿り着く先は見てみたいと思うけれど小西の居ない物語が続くことを力強く肯定しようという気分ではあまりないです。もちろん否定するつもりもないです。

ただ、小西彩乃の人生はこれからも間違いなく続きます。愛というよくわからない名のもとに、小西彩乃のこれからの人生にささやかな祈りを捧げるのであれば、ラジオ距離感が心地いいなどと言う奴にとっては、物語という言葉を人生という言葉に積極的に誤読していくくらいのふてぶてしさで、とにかくこれからも続いていくものに祝福をしてあげればいいのかなと、ぼんやりと感じています。とんだ勘違い野郎なので、それくらいの勘違いなら許されるでしょうか。


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2015-10-18

しもんchuラストステージ@2015/10/18砂沼フレンドリーフェスティバル2015 / アイドルとのつながり

2015年10月18日、下妻ご当地アイドルしもんchuからみさきんぐ(池田美咲)とまいまい内田麻衣)が卒業して、しもんchuは本日を持ってラストステージ、活動を終了しました。


みさきんぐ


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しもんchu1.5期生のみさきんぐ。1.5期生、かの有名なAKB48篠田麻里子さんも背負ったその称号(?)。最初のオーディションで全員合格(!)した初期メンバーは皆だれかしら友達同士だったそうですが、1.5期生のみさきんぐはスカウトによる単独加入。スカウトの場所は原宿?いや、下妻原宿はありません。パチ屋です。そう、しもんchuは学業や仕事を掛け持ちしながらのメンバーがほとんどでしたが、みさきんぐの裏(表?)の顔はパチ屋のバイト店員。イベント後に「この後シフトだから・・・」という話を何度聞いたことでしょうか。これだけでめちゃくちゃおもしろいです。

そう、みさきんぐはとにかくおもしろい。基本的にしもんchuは突っ込みどころ満載というか、突っ込みどころしかないご当地アイドルでしたが、その中でも特にみさきんぐという存在はその突っ込みどころの中心で、常にしもんchuの笑いの中心にいたメンバーでした。

アニヲタで、ジャニヲタ。自称コミュ障。こう文字にしてみると、近頃の若い女性でこの3要素に当てはまらない人は2割位しかいないんじゃないかと思うほどに「凡庸」な彼女ですが、その中でも3番目の「自称コミュ障」は、ちょっとコミュ障を自称する人たちはぜひみさきんぐを見て反省して欲しいなと思うほどに見事なものでした。出会ってからしばらくしてからは、この子アイドルとしてというか普通に大丈夫なのかなというレベルでコミュニケーションがずれることが多く、それが悲壮感と紙一重のところで絶妙に「おもしろ」の側にのこるバランス感にはひやひやさせられつつもゲラゲラとお腹を抱えて笑っていました。東京に数多存在するアイドルも、MCでは大体テレビの芸人のような「いじり」をメンバー間で繰り広げては彼女たちは芸人ではないので「いやーな感じ」になることが多いのですが、しもんchuは下妻という土地柄なのか、茨城弁のイントネーションのおかげなのか、その「いじり」のコミュニケーションもどこか素朴でトゲがなく、周りから見ているだけの人間にとってはとても安心できるものでした。

下妻イオンで防犯キャンペーンのティッシュ配りを行うも全く人に話しかけられないみさきんぐ 2012年12月

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半年後、明らかに距離感がおかしいみさきんぐ 2012年6月 jellybeansと共演したつくばサーキット

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みさきんぐはジャニヲタを公言していました。関ジャニ∞の丸山くんが大好きらしく、チケットにあたっては大騒ぎ、そもそも丸山くんに会うためにアイドルになったとかならなかったとか。極めつけはイメージカラー。みさきんぐのイメージカラーはオレンジです。一時期の自己紹介は「オレンジクソ野郎みさきんぐ」。丸山くんの関ジャニ∞でのイメージカラーは・・・そう、オレンジ! 実はメンバー増員の際にイメージカラーが一部変更になったのですが、みさきんぐはそのタイミングでオレンジに変更になりました。色は自分で希望したとのこと。理由は・・・推して知るべし。流石です。ふつう、というとどこまでがふつうなのかわかりませんが、ふつうのアイドルだったら、あまりジャニヲタであることを公言しないのではないでしょうか。自分も他に熱心なジャニヲタであることを公言しているアイドルはほとんど知りません。もしかしたら、ファンに快く思われないかもしれない、そう考えるアイドルが多いのも頷けます。でも、みさきんぐは丸山担で、オレンジ。そんな彼女の趣味を快く思わないファンはほとんど居ないのではないでしょうか。なんかちょっとずれている、そこが愛おしい。しもんchu一の愛されキャラでした。

SMAPコンで買ってきたらしいマフラータオルを自慢するみさきんぐ 2012年8月

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今思えばそんなに似てないのにその後ひたすら「ごはんですよ!」やら野球部員としていじられることになるみさきんぐ 2012年11月

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ハロウィンにかこつけて好きなアニメキャラクターの眼帯コスをしてしまう痛々しいみさきんぐ 2012年12月

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なぜか突然金髪のよくわかんない髪型になるみさきんぐ 2013年12月

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そんな「自称コミュ障」のみさきんぐは、どうしてご当地アイドルになろうとおもったのでしょうか。そして、2014年3月に初期メンのまいちゃんゆいにゃんが卒業し、11月にしおりんも卒業し、残るメンバーが3期生のまいまいと2人だけになった時、どうしてみさきんぐはしもんchuを続ける決意をしたのでしょうか。自分は正直みさきんぐの中にこのしもんchuに対する強い気持ちが残っているとは思っていなかったし、しおりんがそろそろやめるという話を聞いた時に、みさきんぐも一緒にやめるのだろう、しもんchuも解散するのだろうと思い込んでしました。

しかし、しおりんが卒業した後、みさきんぐはしもんchuを続けました。たった2人で。それまでさんざん可愛がってもらってきた1期生が全員いなくなっても、後輩のまいまいをリードして、みさきんぐはしもんchuを続けていました。

正直、その2人のしもんchuのことは、自分はよく知りません。まりちゃんとゆいにゃんが卒業して、自分の中で「しもんchuは終わってしまった」と決めつけていました。例外は、砂沼サンビーチで例年夏に行われるイベント。2014年の夏も、2015年の夏も、このイベントにだけは足を運びました。

そして2015年8月の、最後の夏の砂沼サンビーチイベントで、あることに気が付きました。それは、みさきんぐがどんどん可愛くなっているということでした。ルックス面では、最初に出会った2012年の春では典型的な芋っぽい北関東人だなと思っていたのから始まり、うえに貼った写真からも感じ取れるように、2014年初頭まで色々な迷走?でみんなを楽しませてくれたみさきんぐですが、2014年の夏、そして2015年の夏と、間隔を空けて会ってみると、みさきんぐは見違えるように可愛らしく、魅力的になっていったように思いました。

アイドルを続けていると、どんどん可愛くなるというのは、他のアイドルでもきっと有り得る話だと思います。メイク技術の向上、人に見られ続ける影響。しかしなにより、みさきんぐの変化は、なにより心境の変化に起因する部分が大きかったのではないでしょうか。これまでは1期生に愛され、いじられ、遊ばれて、そして守られてきたみさきんぐは、しもんchuを変え、自分自身も変わっていったように思いました。

2015年8月のサンビーチイベントでは、まりちゃん・ゆいにゃんが卒業し、(音楽)プロデュース体制も変化した後に作られた、しもんchuの代表曲「恋の砂沼サンビーチ」のリミックスverが披露されるのを初めて(そしてそれが最初で最後でした)見ることができました。そこでは、サビの部分でみさきんぐとまいまいが観客のフロアに乱入し、一緒に輪になってぐるぐる回るという曲になっていました。

アイドルヲタクと一緒にぐるぐる回る曲自体は全く珍しいことではありません。しかし、しもんchuで、そしてみさきんぐが主導して、恋の砂沼サンビーチがそういう「回る曲」になっていたことは軽い衝撃でした。というのも、これまで自分がずっと見てきたつもりでいたしもんchuは、メンバー間でちょっとヲタク側では理解できない不思議なやり取りがわちゃわちゃと繰り広げられて、ヲタクはそれに呼応するでもなく、東京アイドルの文化の「常識」からするとこれまた何が原因なのかよくわからない、とりあえず下妻だからとしか言いようがない文化様式が繰り広げられていて、異邦人の自分はその双方に挟まれて突っ込むことすら困難でげらげら笑って終わるような、不条理感というか、とにかくアイドル側とヲタク側のディスコミュニケーションがすごくいいなと思っていて、下妻という独特の文化圏に迷い込んでも、アウェイすぎて結局居心地がいいというか、いわゆる「メンバーとヲタクが一緒になってつくり上げるホーム感」のような反転して部外者にとっては居心地が悪くなるようなものが全く無いのが魅力だと思っていたからです。それが、毎月通っていた自分が本当に年に2回見るだけになってからのしもんchuでは、みさきんぐは自分がどこか避けていた、そして自分が勝手にみさきんぐはそういうのは苦手なんだろうと決めつけていた、「アイドルにありがち」な「ヲタクと一緒につくり上げる空間の楽しみ」を主導していたことに驚いたのです。しかし、そこで自分はしもんchuやみさきんぐに幻滅したということは全く無く、むしろその逆で、2014年夏はアニソンDJに突如占領されたサンビーチとしもんchuの中で居場所がない自分たちが面白くて仕方がなく、2015年は「一体感」の中で居場所がなく、それはしもんchuから離れ、しもんchuも変わっていくのだから当然だよなあと、寂しとおもしろさが入り混じった不思議な気持ちになっていました。そしてその不思議な気持ちを肯定的に受け止められるのは、なによりみさきんぐが2人で頑張って彼女なりのしもんchuを作り上げているからという理由に他なりません。2015年の夏のサンビーチで、極寒でプールどころではなくしもんchu目当て以外にはほぼ客が居ないサンビーチの一角でぐるぐる回るしもんchuとそのヲタクを、20mくらい離れたパラソルの下のベンチから見ているとても感じが悪いであろう我々。そこにぐるぐる回っていたみさきんぐが飛び出してきて我々の元まで走ってきて、そして戻っていったときのことは今でもはっきりと覚えています。「きんぐ、変わったな。」「可愛くなったな。」いつものように「ヲタクの一体感」に対して斜に構えて終わることなく、みさきんぐの変化を肯定的に受け止められた、そんな瞬間でした。

そして最後の今日のサンビーチでも、そんなみさきんぐの最後の勇姿を見届けるべく集結した1期生の前で、みさきんぐはまいまいと一緒に堂々と滑り倒し、そして新体制・旧体制の曲を2曲ずつ、最後にアンコールで恋の砂沼サンビーチのオリジナルバージョンを、笑顔で、それはそれは楽しそうに歌いきり、しもんchu最後のステージを終えました。

他人の内面がどうこうと書き連ねるのは本当に身勝手ですが、それでもやはり思うのは、みさきんぐがしもんchuを経験して、内面的にも、外見的にも、とても魅力的な女性に変わっていったのを少し離れた距離から見ていることができて、本当に良かったです。ステージが終わって最後にまりちゃんたちと話している時に、きんぐは「明日からもう笑顔を捨てる」と冗談で話していましたが、明日から彼女が言う「ふつうの中のふつうの人」になったとしても、しもんchuで見せてくれた笑顔やおもしろさや妙な決断力や強い心をひっくるめた彼女の魅力を、これからの人生でもそのまま持ち続けて、幸せな毎日を過ごしていって欲しいと切に願っています。

2015年、自称・人造人型決戦兵器みさきんぐから「むかしの自分とは比べ物にならないくらい人間らしくなった」とブログで語る魅力的なみさきんぐ

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まいまい

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個人的にはまいまいについてはとても申し訳ないなと思うことが多いまま、ラストステージを終えてしまいました。

まいまいが3期生としてしもんchuに加入したのは、1期生のまりちゃんが休養したり、ゆいにゃん専門学校の都合でそろそろ活動を続けるのが難しいということがわかっている時期で、まいまいはもう1年8ヶ月も活動をしているのに、自分自身しもんchuからめっきり足が遠のいたタイミングと重なってしまいました。ひさびさにサンビーチにやってきても他のヲタクが軒並み3ショを選択する中、写真のとおりみさきんぐとの2ショを希望しても嫌な顔ひとつせずカメラマンをやってくれるまいまいでした。

明らかに自分が1期生目当てで来てるなというのがまるわかりにもかかわらず、久々に足を運べば、こちらが恐縮してしまうくらいに来てくれたことを感謝してくれるまいまい。そしてそれを自然としもんchuの一員として軌道修正できないまま、最後まで「なんかごめんね」という気持ちで接してしまい、それこそ本当に申し訳ないという気持ちが残ってしまいました。

しもんchuは変わった、みさきんぐが変えた、という決め付けでつらつらと文章を書いてきましたが、当然しもんchuは2人、みさきんぐとまいまいでしもんchuです。新生しもんchuでのまいまいの貢献度は計り知れないはずです。みさきんぐにツッコミを入れ、時には一緒に悪乗りし、「それはないよ!」という懐かしいフレーズを自分のものにしながら、新しい掛け合いの形を作っていたまいまい。自分が見慣れてきた4人以上の振付をところどころ2人用に修正してみさきんぐと一緒に歌い踊るまいまいは、しもんchuを支えた唯一の3期生でした。


アイドルは終わるが人生は続く

http://ameblo.jp/shimonchu-misaking/entry-12055654485.html

「そろそろプライベートを優先してもいいのかなって思うようになって」

「わたしは今年の誕生日で25歳になるんです。少し前から、いつまでアイドルやろうかなって考えたときに、28歳でやってると思う?って質問に、たぶんやってない!って思って、27は?26は?って考えて、それもやってないかなって思ったんです。

25歳っていう区切りのいい歳で終わりにするのがわたしのなかでは一番納得できる感じなんです(*'ω' *)」


卒業を発表した時のみさきんぐのブログからの引用です。

我々は時に、アイドルが人生の全てであり、アイドルをやめてしまったら、その子は存在しないのと同義、と考えてしまいがちです。しかし、少し冷静になれば、決してそんなことはなく、その後も彼女たちの人生は続きます。

それでも、我々はアイドルを辞める決断に対し、理由を求めがちです。それ自体の是非は抜きにしても、例えば恋愛スキャンダルでアイドルを辞める/辞めざるを得ない場合でも、体調不良や留学、学業優先といったもっともらしい理由が語られがちです。そんな中で、みさきんぐは自然体で、「プライベートを優先したい」とブログに書いてくれました。これを読んだ時、自分はとても納得したし、その自然体なありかたがとても素敵だと思いました。

一般的なアイドルと比べるとほんの少し年齢層が高い、主に20代前半のしもんchuのメンバーたちは、学業や仕事と両立して活動を続けてきました。みさきんぐも働きながらしもんchuの活動を行っていました。仕事や、それ以外のプライベートも、敢えて書くのがバカバカしいくらい、彼女たちの人生において大切なものです。たとえばみさきんぐが丸山担ですと公言しても、それを必要以上に「ネタ」として解釈するでもなく(もちろん面白いことには違いないのですが)、彼女のパーソナリティだと受け入れる土壌がある下妻というある種のアイドルユートピアだからこそ、彼女たちは現実に対して我々の想像以上に目配りをしていたように思えます。歯科衛生士になったゆいにゃんをはじめ、手堅く資格を持っているメンバーも多く、通勤や生活のためにローンで車を買ったという話を複数のメンバーから聞いた時は、神奈川東京とそれなりに都会暮らしの自分にはとても驚きでした。

とてつもない覚悟で、いままで女性ではほとんど例を見ない、「アイドルで在り続ける」という領域にチャレンジしている人々や、女優やタレントといった芸能の分野で生きていく人々ばかりがアイドルではありません。いわゆるご当地アイドルならなおさら。常に身勝手な我々であっても、アイドルのその先の人生へ進んでいくと決めたのであれば、その道を祝福してあげたいと少なからず思っているはずです。

しかし、アイドルアイドルを辞めること、これを素直に祝福するというのは、頭ではわかっていてもなかなか気持ちがついていかないのも我々ヲタクの性でしょう。もっともらしい理由をほしがってしまうし、何かしらのイニシエーション、卒業の儀式がないと、なかなか気持ちを切り替えられなかったりします。

さらにいえば、気持ちを簡単には切り替えられないくせに、儀式を嫌う、そんなとてつもなくめんどくさい人種が一定数存在します。下妻というある種不条理なアイドルユートピアに迷い込んだ異邦人は、なにもしないこと・なにもできないことを自己肯定するのに必死で、大好きなメンバーの卒業ですら、何一つアクションを起こすことができず、ひとしきり泣いた後、一晩たってブログを書くのが精一杯でした。今回のみさきんぐとまいまいの卒業、そしてしもんchuの活動終了は、しもんchuから足が遠のいた身からしてみれば、然るべき時が来た、淡々とそれを受け入れるだけに過ぎません。

何かしなくてはいけないのではないか、そう前回のように悩むことは全くせず、ただ見届けよう、そう思ってやってきたラストステージ。自分では当然なにもしないくせに、ヲタクがもしなにか特別なことをやるとしたらにやにやしながらなんとなく気に入らないけどまいっか、そんな面倒な態度で始まった最後のセレモニーは、下妻市長からのしもんchuへの感謝の言葉と、「活動終了に伴うマイク返還式」という、The Very Bestセレモニーでした。

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そして、卒業した1期生からの花束贈呈。

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4年前に砂沼フレンドリーフェスティバルで結成されたしもんchuのラストステージは、同じく砂沼フレンドリーフェスティバルの一環として、司会者が進行し、市長、関係者、茨城ご当地アイドル仲間、大多数の下妻市民・茨城県民、そして一部の異邦人に見守られながら、大団円を迎えました。

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この混沌としたなんともいえない幸福感。こんなにも不思議で、最後までとにかく暖かく賑やかに走り抜けたしもんchu。

最後までその場に居合わせることができたのが何より幸せでした。


最後に アイドルとのつながり

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先ほど書いたように、今日は後輩たちの最後の舞台を見届けるためにまりちゃん、ゆいにゃんしおりん、後もう一人名前を忘れてしまいましたが自分は初めて見る1期生が来ていました。

特にゆいにゃんと再開したのはまりちゃん・ゆいにゃんが卒業した時以来、1年7ヶ月ぶりでした。歯科衛生士として立派に働いているゆいにゃんは、ずっと黒髪で前髪ぱっつんの時もあったしもんchu時代とは見違えるように大人びていて、しかしいざ話してみるとあの頃のままのように気さくで相変わらず口が悪く、とても懐かしい気持ちでいっぱいでした。

アイドルをやめても人生は続く。同じ空の下で、どこかで生きている。それが東京、日本、あるいは世界という単位で抽象化され、ある種概念的な存在となっていく場合もあれば、しもんchuのように、茨城下妻周辺、もっと言えばイオン下妻(「下妻ジャスコにはなんだってある」by下妻物語 そう、元しもんchuだって!)に行けば会える(かもしれない)ような存在の場合もあります。でもそんな下妻に迷い込んだ異邦人は、一度そのアイドルユートピア下妻物語ことしもんchuが終わってしまえば、もう足を踏み入れる理由なんて無い、車かTX+常総線で2時間の絶妙な距離感がいいよねとか言っている場合ではなく、具体的かつ絶望的に遠い場所になります。

自分が好きな東浩紀の著作に、「弱いつながり」という本があります。彼の著作の中では風変わりな、サラッと読める、批評や評論というよりも自己啓発本に近いタイプです。東が世界をめぐった経験や、福島原発問題を彼の大きな仕事として位置づけるという意気込みを込めて「観光」と「検索」をテーマに、昨今の情報化社会における身の振り方や情報との接し方について語られています。そこでは、詳しくは説明しませんが、「現実の偶発的で弱いつながりこそが大事」「軽薄で無責任な「観光客」のススメ」といった内容が書かれています。自分が本書を初めて読んだ時、あぁ、アイドルとの、もっといえば地方アイドルと自分の関わり方についてまさにこれなんだよな、と、東の問題意識をひとまず自分の趣味の領域に矮小化しつつ納得したりしていたのですが、今日ひさびさにこの「弱いつながり」のことを強く思い出しました。

アイドルと「繋がり」というと、過剰反応を起こすか、もうそのワード自体がネタとしてしか機能しない、そんな狭い世界で自分はくすぶっている気がします。しかし、たとえアイドルという狭い世界に限定したとしても、アイドルとの「つながり」はもっといろんな形があっていいし、そのなかでも自分は下妻で出会った人々、しもんchuのメンバーはもちろん、例えば毎月の定期公演で必ずランチで入っていていつの間にか顔なじみになってしまった全然客が居ないお店の店員さんなども含めて、「観光客」として、軽薄で無責任な形で関わった人たちとの思い出を大切にして、自己変革のきっかけとまでは行かなくとも、今の自分をなんとか自分という形に保っているパーツなんだなということを忘れないでいたいと思います。

軽薄で無責任な観光客を貫いた下妻は本当に楽しかったです。下妻自体はいつだって再訪できるでしょう。下妻のことは好きです。でも、やっぱり自分は下妻自体が好きというより、しもんchuと偶然であってしまった、しもんchuがいた下妻が好きであって、そこを飛ばすことはできないのだと思います。たぶんしもんchuの最後のステージには、ゆいにゃんたちは姿を見せるんだろうなとなんとなく予想をしていて、事実そのとおりで、逆に言うと、今後はもう絶望的に姿を見るきっかけが思いつきません。それは正直さみしいけれど、そういう見えない縛りのようなものがあるからこそここまで「アイドル」としてしもんchuのことを好きになれた、好きで居られたし、こんな偏屈で飽きっぽい自分でも、自分が大切だと思うものを形作れたのだと思います。

1期生のなかで、まりちゃんはまだアイドル活動(?)を続けています。まりちゃんになら、また自分勝手なタイミングで、軽薄で無責任に「観光客」として会いに行くことができるでしょう。しかし、それもいつまでも続くものではありません。

まりちゃん・ゆいにゃんしおりんと話している時に、何気なく、「ここ1年くらいなんだかとっても停滞してる気がするんだよね。しもんchuのみんなに取り残されてしまいそうだよ笑」と言ったら、しおりんに「私たちは取り残したつもりはないんですけど笑」と笑顔で言われて、それはとてもしおりんらしく冗談めかして面白い言い方だったのですが、それを聞いて笑いつつも心のなかではハッとしました。しもんchuからそれぞれ別の人生へと進んでいくメンバーたちの後ろ姿を見ているだけではいけない。何のために軽薄で無責任な「観光客」として下妻に迷い込んだのか。それは本当に偶然だったとしても、そのつながりは、どんなに小さなことでも、自分の人生を幸せに生きるために、最低でも自分の大切なものを失わないようにするための命綱のような、無線ですら繋がっていない、弱くてたいせつなつながりとして大事にしていきたいなと思いました。

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しもんchu、今まで本当にありがとう。

2015-07-12

2015/7/12 Dorothy Little Happy Live Tour 2015 5th Anniversary 〜just move on 〜 Final/ ドロシーリトルハッピーが、アイドルが、人間が「決断」するということ

Dorothy Little Happy Live Tour 2015 5th Anniversary 〜just move on、ツアーファイナル中野公演。現体制の5人としては最後のライブで、このライブを持って3人がドロシーリトルハッピーを卒業することが予告されていた。自分は前日にたまたまチケットが手に入り、5人の最後だしな、という軽い気持ちで中野へ向かった。ドロシーリトルハッピーのことは好きだった。よくいるライトファンだった。しかし、軽い気持ちで入った卒業公演は、壮絶だった。昨日のなんてことはない選択肢次第では、今日の出来事をあとからTwitterで知り、嫌になって「ドロシー」をミュートして見ないふりをして終わっていたかもしれない。しかし、立ち会ってしまった。立ち会ってしまったからには、そこで自分が見たもの、感じたことは、自分の言葉で書き残さなくていけない。これを「ライトファンだから」「受け止めたくないから」という理由で放っておく置くことは許されない。そう思わされれるライブだった。


Dorothy Little Happy。素晴らしいアイドルグループだと常々思っている。青を連想させる、さわやかなイメージ。透き通る歌声と空に響くような楽曲、5人の洗練されたダンス。ドロシー、いいよね。そう公言することにあまり躊躇いはなく、なんとなくアイドルファンの中でもそういう共通認識があるようなイメージ。それは「ドロシー幻想」とでも言うべきものだった気がしている。アイドルの良い所を凝縮したようなグループ。アイドルを見る時に必然的に伴う様々な罪悪感からは無縁のような存在。そういう幻想が、自分だけでなく、少なからずアイドルファンの中に存在していたように思える。

そして自分は殊更、その「ドロシー幻想」を自分の中で維持するために、メンバー個人のことを深く知らないようにしていた。ブログは一度も読んだことがない。リリイベに行っても握手列に並んだことはない。メンバーの名前すら、メインボーカルのまりとビジュアルが目立つみもり、この2人しか顔と名前が一致しない時期が長い間維持されていた。意図的に心がけていた。5人の集合体としてのドロシー。メンバーひとりひとり、個々の人間から切り離された、人間を包む一次元上の概念。

だけれども、それはもちろん幻想にしか過ぎない。それはわかっていた。メンバーとファンのつながりに関するまことしやかな噂がちらりと耳に入っても、心底どうでもいいこととして無視してこれた。5人のうち3人が卒業すると聞いた時も、その幻想を壊したくないという気持ちが正直強かった。5人の意見の相違、事務所やレーベル意向、そういった内部事情がネットで漏れ聞こえるのをシャットアウトし、ドロシーは5人のままずっと素晴らしい音楽を続けてくれる、そう素朴に思っていたかった。


そういう「ドロシー幻想」とうまく折り合いを付けられないまま、軽い気持ちで入った5人で最後のライブが始まった。

掛け値なしに素晴らしいライブだった。2階最前列通路沿いという運にも恵まれ、爽やかで弾けるような楽曲では立ち上がって自由に音楽に身を任せ、MCやバラードでは椅子に座って聴き入り、自分がこれまで見てきたあまり多くはないがそれぞれが印象深いドロシーのライブの数々や、ドロシーの曲とともに刻まれている個人的な思い出の数々に思いを馳せながら、中野サンプラザでの堂々としたドロシーのステージを楽しみ尽くせた。いつまでもドロシーを見ていたかった。3人が卒業するというのは嘘で、これからもドロシーが続くのではないか。そう願わずにはいられない、最高のライブだった。


そして、アンコール明け、最後のMCが始まった。それまでの本当に他愛のない、あえて卒業には触れないようにしてきたMCとは違い、5人が横一列に並び、張り詰めた空気の中で、最後の挨拶の時間が訪れた。こんなも静寂に包まれて、本当に誰一人余計な声や音を立てずに、5人の言葉を聞き入っているコンサートホールは初めての経験だった。長い沈黙の後、舞台下手の早坂香美から挨拶は始まった。

早坂香美は、夢に向かって頑張る5人をこれからも見届けて欲しいと、1つずつ言葉を選びながら語った。

富永美杜は、自分にはこれまでドロシーしかなかった、そのドロシーという拠り所を失い、夢を叶えるためとはいえ、自分が変化していくのが正直怖い、それでも私を応援して欲しいと、嗚咽混じりに、最後は絞りだすように言い終えると、ステージに膝をついて崩れ落ちた。駆け寄るこうみ、反対側から不安そうに見守るも足を踏み出せないるうな、前を向きつつも、すこししてからフォローに入るまり、まったく動かないかな。

秋元瑠海は、本当はドロシーとしてやって行きたかった、でも事務所が提示するドロシーの今後の未来に乗ることは出来なかった、自分の夢のためにドロシーを離れると語った。

苦しそうに語る3人とは違い、ドロシーに残る決断をした高橋麻里は、ずっと前を向いていた。言葉で語るのはあまり得意ではないのであろう彼女は、3人との別れについて、ステージにあがるものは、自分の意志を持っていなければならない、そういうことなかなと思う、という趣旨の言葉を、驚くほどしっかりと言葉を選ぶことができる他の4人とは比べるとやや拙いながらも、彼女なりに述べ、これからもドロシーのメインボーカルとしてドロシーを引っ張っていくと力強く宣言した。

そして、最後にリーダーの白戸佳奈の順番が訪れた。

今までの4人の話を聞いて、改めて何を話せばいいのかわからなくなった、と少し砕けた言い回しで始まったリーダーの挨拶。最後の最後に、どう締めるのか。中野に集まったファンの中には、不可解ともいえる今回の卒業劇を、彼女なりの言葉で説明して欲しい、総括してほしいと願っていた者も当然いたことだと思う。注目が集まる中ではじまった挨拶の序盤、彼女が放った「5人でドロシーを続けたかった」という何気ない一言。ファンの多くがそう願っていた言葉。おそらく、多くのファンも、建前であってもリーダーの彼女にそう思っていて欲しかったであろう、優等生的な台詞。そこに秋元瑠海が割り込んだ。「嘘を言わないでください」と。

この叫びが耳に入ってきた時、自分は深く目を閉じてしまった。恐れていたことが、始まってしまった。「ドロシー幻想」は、この瞬間に、完膚なきまでに崩れ去った。

舞台最上手の秋元瑠海と、その隣に立つ白戸佳奈は、向き合って思いをぶつけあっていた。いや、思いをぶつけていたのは主に秋元瑠海で、白戸佳奈はそれをなだめるように、必要以上に感情を殺して「回答」をしていたように思える。2人のやりとりが始まったとき、自分にもある種の覚悟ができた。見届けなくてはいけない。それが「ドロシー幻想」に甘えて、都合がいいところだけ搾取してきた自分にできる唯一の責任のとり方だと。どんなに辛くても、この行く先を見届けなくてはいけない。自分にできることは何もない。元々そういうところから可能な限り目を背けてきたのに、最後の最後で立ち会ってしまった。5人で5年間も同じグループで活動してきて、我々には想像もできない喜びや悲しみや苦しみを共有してきた5人が、最後の最後ですれ違ってしまった。その悲しいすれ違いを、ただ見届けるしかないのだと自分に言い聞かせていた。

二人の言い合いは、ここで決着がつく類のものではない。すべて出し切って気持ちよく終えられるものではない。大事な場面で食って掛かったるうなが悪いわけでもないし、5人の気持ちをまとめきれなかったリーダーが悪いわけでもない。反対側で何も出来ずに下を向くしかないこうみが悪いわけでもないし、二人が言い合う声の後ろで小さな嗚咽をずっとマイクに乗せ続けているみもりが悪いわけでもない。そんな二人に目もくれず、ずっと前を向いてマイクは口元から離さず彼女特有の少し足をクロスさせた凛とした立ち姿を崩さず彼女なりの「アイドル」で居続けるまりが悪いわけでもない。事務所やレーベルの「大人の事情」が全て悪い、そう勝手に押し付けて安全に終わることも当然できない、そんな当然行き場のない、誰も責められないこの悲壮な空気を、ただそこに居合わせたものの全てが目をそらさずにいることでしか責任がとれない、重苦しい時間がゆっくりとゆっくりと流れていった。アンコールに点灯するように指示されファンの有志によって配布されていた緑色のサイリウムは、とっくに光を失っていた。


そしてしばらくして、二人の悲しい言葉の応酬にわずかな隙間が生まれたときに、ずっとマイクを口元から離さなかった高橋麻里が、おずおずとぎこちなく割り込んだ。5人の中で1番「言葉」で物事を伝えるのが得意ではないかもしれないと勝手に思っていた彼女が、先ほどの自分の挨拶の時と同じように、拙くもはっきりと、私達は「アイドル」だから、こういうところをファンの皆さんに見せるのは良くないと思う、そう語った。その言葉自体が「正しい」のかどうかは別にして、その言葉は、彼女が自分の挨拶の順番に語った言葉、「ステージに立つものは、自分の意志を持っているということなんだと思う」、まさにそれを体現していた。そしてそれは彼女だけではなく、5人全員に当てはまることだった。5人が5人とも強い意志を持っていたからこそ、今こういう瞬間が訪れてしまったのだし、それがどういう方向を向いていたのか、別々だったとしても、仮に実のところほとんど同じ方向を向いていたのだったのしても、5人がここまでやってきたとてつもなく強い意志、それがいま、悲しい形ではあるものの、立ち現れているということだった。

そして続けてまりはこう語った。「大切なのは、これからどうしていくか、だと思う」。今日1番自分の胸に刺さった言葉だった。



自分がなぜアイドルというものがこんなにも好きなのか、未だによくわからない。仮にその理由をまじめに問われたとしたら、「責任を取らなくていいところ。自分が楽しみたいことだけを勝手に楽しめること。それに対する罪悪感も含めて。」と、まさに「ドロシー幻想」そのものを答えるかもしれない。実際に、それに近い答えをした経験もある。

一方で、自分がある程度物事について思考することができるようになってから、人生において、世の中や自分自身のことについて考えたり、文学や色々なコンテンツのテーマとして強く惹かれるものが、「選択すること」についてだった。人は一度きりの人生を生きる中で、常に様々な決断にさらされていく。何も考えていなくも、なにもしないという無限の選択肢を選び続けている。自分が今日中野サンプラザに居合わせたものの、本当に些細な選択の末だ。そして、些細な選択であれ、人生における重大な選択であれ、人は選ばなければいけない。逃げることは決して出来ない。逃げたとしても、逃げるという選択肢を選びとったということにしか過ぎない。2次元の世界や想像の世界ではないから、人生は不可逆的で、選択の場面に二度と戻ることは出来ない。人間として生きるということは、常に決断し続けるということなのだろう。

そういう前提で、アイドルは、特に女性アイドルは、幼い頃から、常人ではなかなか経験できない、重大な選択にさらされ続けている。そして、彼女たちは選び続けてきた。もしかすると、自分がアイドルを好きな理由の一つに、アイドルが未来を選びとる人間だから、ということがあるのかもしれない。

少し話はそれるが、最近読んだアイドルをテーマにした朝井リョウの小説『武道館』も、アイドルの選択をテーマにした本だったと自分は理解している。そこでは、揺るがない意志で未来を選びとる主人公のアイドルの姿が描かれていた。自分はこの本を読んだ時に、なぜここで描かれている主人公が、その選択肢を、強い意志を持って選び取れるのか、その意志はどこから来るのかがあまり描かれていないように感じ、少し物足りなさを感じた。

だが、今日のドロシーのステージは、彼女たちの選択、彼女たちの意志を、これ以上はない形で見せつけられたように思える。夢に向かう自分たちを応援して欲しいと語る早坂香美。立っていることすら困難なほどに、自らの決断に対する不安を晒し、それでも自分の道を応援して欲しいと吐露する富永美杜。5人での最後のステージにもかかわらず、多くのファンが見ているにもかかわらず、それでも自分の思いをリーダーにぶつけてしまう秋元瑠海。それに対して、必要以上に冷静ふるまおうとしつつも、るうなと同様に他を置き去りにして反論する白戸佳奈。そして、自分が信じる「アイドル」像に対する揺るぎなさを振る舞いだけでなく言葉でも見せようとする高橋麻里。その姿は実に生々しく、彼女たちが幻想に包まれた理想像としてのアイドルではなく、その前にひとりの人間であること、そして、人間として生きていく上で避けられない、「選択する」ということとは一体どういうものなのかを見せてくれたのではないか。それは決して美しくなくても、とても大切なことだと、自分は強く思った。


「大切なのは、これからどうしていくか、だと思う」。彼女たち5人が選んだ道は、たとえそれが別々の道であったとしても、歌うことだった。

そして、本当に5人での最後の曲が始まった。ラストの曲に選んだったのは、『未来へ』。未来を掴み取るための決断、そして意志。


ラスト曲の間、自分は椅子から立ち上がることが出来なかった。座ったまま2階最前列の手すりに手と顔を預け、ステージまで何も遮ることがないという幸運に感謝しながら、5人の姿を目に焼き付けた。曲が終わり、客席が明るくなっても、ファンはアンコールをやめなかった。何度も終演のアナウンスが繰り返され、それに対抗するようにアンコールが続く中、自分はドロシーの、そしてメンバーの人間としての決断する姿の偉大さにあてられ、しばらく動くことが出来なかった。


ただその場に居合わせた自分ができることは、こうやって彼女たちの決断について自分なりに思ったことを書き記すことしかない。そして、今日の彼女たちの決断が、後から振り返って正しかった、これでよかったと5人全員が思えるように、ただ見届けるしかないのだろう。それを応援と呼ぶのかは別にして、ただ見届ける、それしかできない、少なくとも見届けようと、自分なりの小さな意志を胸に抱えている。

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2015-07-02

2015/6/28 JellyBeans☆ラストLIVE〜We&You / "シスター・アイドル・コンプレックス"

栃木ローカルアイドルの星、Jelly Beansのラストライブが終わってから一週間が過ぎようとしてる。

アイドルとしてのきらめきローカルアイドルとして大きな武器となるようなどこか親しみやすい雰囲気を兼ね備え、ダンスも上手く、有名アイドルグループのカバー曲を多く持ちながらも、なによりオリジナル曲がとてつもなく素晴らしいアイドルだった。

これまでに発売されたシングルCDは僅か2枚。2013年9月発売のデビューシングル『宇宙ノ呼吸』、そして解散が発表されてから発売がようやく決まった2枚目にしてラストシングルの『シスター☆コンプレックス』。『宇宙ノ呼吸』は自分がJelly Beansを初めて見た日(2013年6月)が偶然お披露目日だったということで今でもよく覚えているし、収録されている3曲ともとても気に入っている。

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Over The Rainbow〜頑張るあなたへ〜』をカバーしてるということもあり、それから何度か栃木に行ってライブを見てきたが、Jelly Beansの中で最も好きな曲は、『シスター☆コンプレックス』だ。ラストライブで無事にCDを買うことができて、それから毎日ずっと聴いている。

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この1年ほど、ずっと音源化を待ち続けてきた曲なので、何度聴いてもいい曲で、Jelly Beansのそれほど多くはない思い出がじんわりと沸き上がってくる。そして、聴けば聴くほど、ほんとうによくできた曲だなと感心するとともに、いつのまにかぼんやりと自分の内面と向き合っている、そんな曲だ。

得てしてローカルアイドルは、有名アイドルグループのカバーで持ち曲の数をかさ増ししているものである。Jelly Beansも例に漏れず、当初は「完コピユニット」として活動していたという。個人的には、ローカルアイドルが有名アイドルグループのカバー曲を歌うのが必ずしも悪いことだとは思わない。またこの曲か、と思うことも多いけれど、よくよく見てみると、いろんなアイドルが同じ有名曲をコピーしていても、そこには必ずばらつきやある種の"個性"が内在しているのがわかる。生身の身体で歌と踊りをコピーをすることは、デジタルデータと違い、「完コピ」が不可能な世界である。良くも悪くもそのブレが即ある種のオリジナルとして立ち上がってしまう。コピーとしてのオリジナルの立ち現れ方に、その土地の空気・文化が感じられるような気がする、そんなところもローカルアイドルアイドルの面白さなのだけれど、それより面白いのは、やはり、オリジナル曲だ。数々の人気のカバー曲を歌いつつも、なんだかんだどこのローカルアイドルも数少ないオリジナル曲を抱えているものだ。たとえどんなに曲としての完成度が高くなかろうと、いわば"勝負曲"として抱えているオリジナル曲にかけるアイドルたちの態度やその曲を迎え撃つ現地のヲタクの態度でそのローカルアイドルの面白さは何倍にも増す。

Jelly Beansもそういう意味では多くのカバー曲と数少ないオリジナル曲で勝負する、典型的なローカルアイドルだったかもしれない。しかし、その勝負曲の中でも、『シスター・コンプレックス』の傑出度はとてつもなく、彼女たちがJelly Beansというアイドルである存在意義そのものを歌っている曲だったと思っている。

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Jelly Beansは「ダブルリアル姉妹ユニット」というキャッチコピーのとおり、"いくみん"・"こっちゃん"姉妹(赤と青)と、"みゆみゆ"・"あゆゆん"姉妹(ピンクと黄色)の4人で結成されたアイドルだ。姉妹のような〜というコンセプトのアイドルはいくつか思い浮かぶけれど、リアル姉妹でしかも2組となるとなかなかめずらしいし、コンセプトとしてはなかなか優秀だと思う。というのも、石を投げればアイドルに当たる時代、どこもかしこもアイドルだらけで、コンセプトも過剰になりがちだ。なぜかアイドルにはコンセプトが必要だと思い込んでいる作り手・運営は多く、コンセプトだけが先行していたり、そもそもコンセプトにとらわれすぎて全く面白くないことはよくある話。その中で、姉妹を2つ組み合わせてみました、といわれてみると、そこそこ珍しく、あ、姉妹なんだね、顔も似てるね、と素朴に納得できるし、特にそれ以上の何かがなさそうなバランスが実にいい感じである。

そうはいいつつも、『シスター☆コンプレックス』だけは特別だ。この曲はもはやJelly Beansそのものとしか思えない。何より一番好きなのは、間奏部分の振付だ。両姉妹がカンフー映画のように、足で蹴りを止め合い、手をつなぎ位置を入れ替えると、今度は手で攻撃を受け止め合い、そしてまた手をつなぎ分かれる。

大好きで大キライ ひとことじゃ言えない 一番近くにいる ライバルはmy sister

ただの仲良し姉妹ではなく、大好きで大キライ、ライバル。冒頭の歌詞で歌われるそんな関係がひと目で分かる振付けは本当に素晴らしく、とにかく大好きだった。

もう少し良く見てみると、姉妹はお互いと戦い、そして手をつなぐが、その関係性は姉妹の間で閉じており、いくみことみ姉妹とみゆあゆ姉妹の間のコミュニケーションは一切断絶している。ちょっと考えてみれば、この2姉妹がライバルなのも明らかだ。いくみんみゆみゆの姉2人は同じ学校のクラスメイト?で仲も良いはずだが、仲がいい分、ライバル心だって当然持っているはずだ。姉妹の間での戦いだけが歌われ可視化され、同時に一切語られない、相手の姉妹とも戦いが背中越しに行われているのを想像していみるともっと楽しい。


他の誰かと比べられても気にならないし素直になれる そう だけどこの戦いだけは絶対ゆずれない 負けられない

どうして ねぇ比べるの? 些細な言葉から傷ついて落ち込んで そして強くなる 負けたくない だけど勝ちたいわけじゃない


もっと深く潜ってみよう。

いつの時代からか、アイドルは常に戦いが求められるようになった。「戦わないアイドル」がコンセプトとして成立するほどに。アイドルはいつだって他のアイドルと比較される。ヲタクは戦いをアイドルに仮託し、"応援"し、安全なところからその勝ち負けから生じる感動に乗り合わる。ヲタクアイドルの戦いに辟易としているが、一方で戦いの残酷さ・比較の残酷さの美味しいところは捨てられない。そんな葛藤を「シスターコンプレックス」という概念で包んで料理して、彼女たちがアイドルであること、姉妹であることの存在価値をもう一度我々の前で披露してくれる。


どんなに追いかけても 縮まらない距離を もがいてそしていつか 手が届く時まで

大好きで大キライ ひとことじゃ言えない あこがれとジェラシー 胸に渦巻いてる

負けたくないこの気持ち sister complex


コンプレックス心理学者ユングコンプレックスを「感情に色付けされた心的複合体」と定義したという。深い愛着と劣等感。アイドルにとらわれている我々ヲタクは、コンプレックスの塊といっても過言ではないだろう。アイドルへの愛着と深い自己嫌悪。逃避としてのアイドル。「どんなに追いかけても縮まらない距離」。それはアイドルを届かない恋愛対象としてみているという典型的なヲタク像にも、あこがれの対象、や自分への劣等感の裏返しとして、自分を写す鏡としてアイドルを見ているヲタクにも刺さる言葉だ。アイドルは元気をくれる。アイドルヲタクはよくそんなポジティブな言葉でアイドルを語るが、多くのヲタクにとっては、当然アイドルとはそんな単純なものではないだろう。希望と絶望、ジェラシー、遠い他者であり自分自身の鏡である。Jelly Beansは、アイドルをそうやって見ている自分にとって、アイドルコンプレックスとでも呼ぶべき何かを、『シスター☆コンプレックス』という曲を歌うことによって、コンプレックス自体が彼女たちの在り方そのものなんだと、姉妹として彼女たちが在ることで我々の存在価値まで認めてくれているかのようだったのだ。


運命だね このままずっと永遠のライバル my sister


ラストライブの最後のMCで、「今日で私達はJelly Beansは卒業するけれども、これからも皆の心の中でJelly Beansは生きている」というような挨拶があった。それはありきたりな言葉かもしれないけれど、アイドルコンプレックスにとらわれている自分にとってはまたなにか違った意味に感じられた。これまで彼女たちと話したことは殆どなかったし、最期の日もCDだけ買ってさらりと東武線に乗り込み栃木を後にしたけれど、自分ははじめから彼女たちの姉妹という関係性から一貫して排除されていたし、同時にとてつもなく身勝手に赦されていたのだあと、イヤフォンから流れる『シスター☆コンプレックス』を聴きながら深く深く自分の内面に潜りながら思う。

アイドルも自分自身も、大好きで大キライ。