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2007-04-22

[]また会える、その時まで

浅野”ブッチャー”祥之氏。

残された家族の方に対して真に恐縮ながら、

本当のところ、貴方が自身の先行きを

一番分かっていたのではないでしょうか。

ここ一年のブッチャーさんの活躍ぶりを辿ると、

曽我町子さんのことを思い出してしまうのです。

(これは、あくまで私個人の考えです。どうかお許しを。)


私が初めてブッチャーさんのギターの音色に触れたのは、

1999年の青木智仁氏プレゼンツライブ@神戸チキンジョージでした。

私は、解凍後に角松フリークに足を踏み入れたので、

凍結前フリークの皆さんと比べると、素晴らしき音楽人達を

知るのは遅かったのですが。。。


初めてのチキンで、凄腕の音楽に出会った衝撃は

今も忘れられません。

それが私の生角松さんデビューだったのですが、

いいデビューだったと思ってます。

フュージョンやインストの素晴らしさを味わうことが出来た

デビューでしたから。


その後J&Bのことを知って、翌年だったか

JとBのライブ@チキンに行きました。

宝塚の出待ち後に(苦笑)

確かその時、宝塚でスティックブーケを作ってもらって

チキンの入口で係の人にブッチャーさんに託したことがあって・・。

スティックブーケなんて、ヅカファンしか分からんだろうなぁ。←余談


JとBを聴くまで、音楽の好みはキーボード寄りだったのですが、

ブッチャーさんや梶原順さんのギターを聴くことによって、

ギターの音色の素晴らしさに気付くことが出来ました。

もうね。。。チキンでたった一人で参戦して、

大いに笑い(ン?)、そして最後は感動して泣いてましたから。

端から見たら、さぞかし変な奴だったと思います。。


私の中のギターの印象をガラリと変えてくれた人。

それがブッチャーさんでした。


それからは、角松さんのライブやJ&B、JとBやKJBで・・・。

本当に、本当に貴方の音に触れることが出来た私は

幸せ者だったのですね。


今日、江原先生の携帯サイトの中の

<本日の学び>をクリックしたら

こんな言葉が出てきました。

(↓以下引用)


『人はこの世を去っても、たましいは生きている』


この言葉と解説には、もう絶句でした。。。

解説文は割愛しますが、解説文のように思えるまで

私はまだまだ未熟者です。

今は哀しくて、寂しくて。

でも、ブッチャーさんの心は、音楽魂は、

私やみんなの心の中で生きているのですよね。

それは、青木さんも同じく。


私もいつかは去る日が来る。

また会える、その時まで、

貴方の残してくれた音楽を

大切に大切にしたい。


今日明日、見送ることは出来ないけれど、

心の中で貴方の旅立ちを見送ります。

m<_ _>m


・・・『Realize』が私の心を貫いて行く・・・

2007/4/23 0:28am

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