Hatena::ブログ(Diary)

堀川紀夫のアート日記

2014-10-22

金葉展への新作出品

| 08:38

教員OBの仲間の会による金葉展(21~22日)、会場は市民プラザに出品しています。毎年、この機会を前向きに捉え、新作を出品するように努めています。
9月21日のワークショップに使用したルネ・マグリット絵画から飛び出させた「PAYSAGE」のフレームを使って絵画=壁掛け作品に仕立ててみました。この方法でかなり多様に展開可能と考えています。
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CGです。ポピュラーな話題にしました。
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2014-10-18

問題人=問大臣シリーズ

| 03:08

最近、自民党がほころびを見せてきています。松島みどり法務大臣選挙違反問題、小渕優子経済産業大臣政治資金問題などをモチーフにモンタージュしてみました。
問題になっている松島キャラクターの団扇を団扇らしく見せるのに柄をつけるのに少し苦労しました。
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札束の画像を15回くらいペーストを繰り返しました。
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2009-07-19

大地の芸術祭(最終確認)

| 13:17

今日は本当に蒸し暑い。さて、Blue Sky Project の案内状とチラシなどを送る事務が一部を残して終了。これから5日間で作品が送られてくる。その作品を28日頃にチェックし、1日の展示の日を迎えるというスケジュールです。
大地の芸術祭の作品「Sky Cacher 09」は芝生を張ってから、2日間雨の中で養生した。まだ根付く段階ではないが、雨が降ってくれて大安心でした。
今日はこれから最終確認にでかけます。
掲載写真は本日の庭のSky Cacher。太陽が南中の時(11時47分)を意識して撮影。影の方角から真北を求め方も試してみました。

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夏の青空です。雲の動きが早く、10分後くらいに曇りに。
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現地に行ってきて、また書きます。

2009-07-12

身辺雑記(7月12日)

| 21:13

今日の朝の5時半頃である。鳥達とのふれあいといっても、今くるのは雀だけ。「我と来て遊べや親のない雀」の句を思い出しました。7羽来た所を撮影することが出来ました。これを使って、10月の展覧会のコンセプト写真を作ることにしました。
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10月にある「弥彦野外アート展」のコンセプトイメージです。ベンチシリーズの展開です。でもそのベンチは人の為に作るのではではありません。鳥の為のベンチカフェというわけです。
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先日紹介したBlue Sky Project の砂入博史さんのプロッジェクトに進展あり!柿の芽が出たようです。センダンの鉢にも芽が出ましたが、これがセンダンでしょうか。昨日の夕方に気付きました。久しぶりに子供の親に成った気分です。
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これからの庭の成長の主役は、朝顔です。
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2009-07-08

信濃川へ(7月7日)

| 13:45

私の石を送るメールアート「The Shinano River Plan-11」から今年で40年である。そのことを記念する作品をアメリカと日本の美術館など幾つか送ることにした。50周年に自分が生きていると言う保証はない。送る日は、アポロ11号が人類初めて月に降り立った日である7月21日(アメリカ時間7月20日)である。40年前のその日、私は石を拾ってそれをメールアートに仕立てて送った。石を拾った場所は十日町市中条中学校近くの信濃川である。
昨日、その21日の行為の事前視察として40年前に拾った現地を数年ぶりに訪れた。40年も経過しているわけであり、川原など変化していて当然である。かなり前にえん堤が改修され、そのことからか流れも変わり、今は10m×100mくらいの瀬のような出っ張りができ、そこに茅や雑木のブッシュができ簡単に川原に下りることが出来ないようになってしまっている。それと最近発覚した上流の宮中の堰でのJRによる不正取水問題から流水量が本来の量に復活。7から200tへと30倍近く増えており、下りて遊ぶには危険な川になってしまっているのである。
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堤から10mくらい下からBlue Skyを見上げて。
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上流方向。こちら側に流れが出来ていて、川端を歩いて行ったけど、白く水しぶきが立っているところは流れが急では中州には渡れません。中州の向こうにかなり大きな幅で流れています。
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下流方向。中州に渡れば素晴らしい石が沢山ありそうです。200mくらい下流に行って中州に渡ることが出来た。いずれにしても川の中を歩くのは少し危険な感じでした。
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上流へ50mくらい行った所です。素晴らしい石が沢山あるように見えますが、手頃な2kg程度の丸みのある石は簡単には見つかりません。
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川原で2時間近くいました。合わせて石を10個くらい採取して本日終了。
帰りの途中で撮影した一枚。253号線沿いの孟地地区の松苧そば屋さん近くの2000年の第1回の大地の芸術祭のトーマス・エラーの作品「人 自然に再び入る」の今の姿です。9年かけてタイトル通りにツタが絡まった姿になりました。ちなみに、下に添えてある作品の作者名などの表示が間違っていました。
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2009-07-05

お馬出しプロジェクトへ(7月4日)

| 03:46

「お馬出しの辻」の通りでの七夕縁日に行ってきました。100mくらいの辻で歩行者天国が実施され、昔遊び(竹馬、お手玉、コマ、ベーゴマ、おはじき、竹とんぼ、あやとり)、将棋コーナー、紙芝居、花火、茶席,フォークソング、その他手作り小物、アンティークの販売など。半日を、場所を解放して集って楽しく過ごそうという地域興しの行事です。10年前くらいから取り組まれ、かなり定着し、知名度も上がってきている行事です。,
将棋コーナーです。
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体験牧場からポニーが2頭やってきていました。動物とのふれあいは、さわるだけ。(以前はもっと大きな馬が来たことがあります。)
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紙芝居コーナーです。親子が沢山。父親の姿もかなり見られました。地域行事に父親が子どもを連れて出てくることは良い傾向です。
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お馬出しプロジェクトの口上です。
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私の出し物です。昨年の秋、思いついて作って提供した「手押し馬」の乗り物です。予算もなく、キャスター以外は廃材を使ってつくりました。
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飾っておくだけだったのですが、乗りたがる子どもがいるので、動かすことに。
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親御さんが子どもを乗せて、動かしています。道路にでこぼこと水勾配傾斜もあるので,操作のポイントを指示しながら一緒に歩きました。
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子どもは乗り物が好きです。ちょっとしたに冒険的体験になっているのかもしれません。
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「乗せてください」という子どもが出てきて,結局私が乗せて押す役をすることに。(この「手押し馬」は試作品の段階。実際に押してみると色々な改良ポイントが見えてくる.)写真はワイフが撮影。
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作者としては、押す役は父親にやってもらいたいのですが。
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乗せた子どもは合わせて20名以上でした。地域の子ども達とふれあいを楽しみ,ちょっとした運動不足解消でした。現代美術の文脈にはない世界とも言えますが、アーの仲間です。子どもたちが喜んでくれるので,秋のイベントで新作の馬一点を提供することにします。

2009-07-02

身辺雑記(7月2日)

| 17:40

一昨日「あいだ」161号がとどいた。表紙は私の撮った写真が”掲載されています。
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「あいだ」ハードな美術論議を展開しているミニコミです。希望者は申し込んでください。
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表紙に使われたカラー版は以前のページを見てください。
http://d.hatena.ne.jp/niigata-art226/20090613
さて、本日の雀の話題。小鳥用の餌を板の上に置くことを続けて一月くらい経過しました。枠を付けてアートを加えて小鳥の餌ステージとしました。雀達は毎日餌を与えてくれるということを認識しているようで早朝になると、隣のお宅の屋根に2〜3羽と餌ステージを見て餌が置かれるのを待っているようになってきました。餌をひとつまみ置くとすぐさま飛んできます。本日は最高で7羽きていました。あまり与えすぎないように注意はしています。近日中に餌ステージを新築する予定です。
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先日、母親が死去したことの話しを書きましたが、75年を76年と間違えて書いていました。あわてて訂正しました。75年は新井中学校の2年目で、この年は美術部の顧問でした。運動部の顧問より休日が休日として使えたのでありがたい1年でした。その夏の教育関係の研修会でワイフと出会い、5月後の76年の1月に結婚しました。30歳までは結婚したいと思っていましたので29歳と11ケ月でギリギリのセーフというわけでした。そして、まじめに家庭生活をつくり、子ども3人を育てました。ワイフとの生活は33年目を迎えています。この本棚の写真は、家族のアルバム。写真の枚数は約10000枚程度です。この写真はプライベイトなものなのでほとんど掲載できませんが、10000枚分の思い出があり,一番大事な宝物です。
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TomiiTomii 2009/07/04 05:32 いや、あいだ、の表紙を見て、今回はかっこいいな、と思ったのでした。でも、キャプションに注意しなかったので、堀川さんとは気付きませんでした。いいお地蔵さん、いい写真ですね。

niigata-art226niigata-art226 2009/07/04 08:16 Tomii さま

コメントいただきありがとうございます。お地蔵のある栄樹寺は家から
300mくらい歩いたところにありいます。かなり古いお寺のようですが、
往時の面影はなく少し大きめの住宅のたたずまいです。そのお寺の横に
一年前にスーパーができ、私も便利なので頻繁にその前を通るようにな
り,通りに面した地蔵の存在を寄り身近に感じるようになったという次
第です。珍しい地蔵を求めて行脚した成果等ではありません。

新潟県上越市東城町1-16-4 〒943-0836
堀川紀夫
Michio Horikawa
1-16-4 Higashishiro-cho
Joetsu-shi Niigata-ken
JAPAN 943-0836
025-521-2725
michio226@blue.plala.or.jp

2009-06-28

上越市環境フェア2009の日

| 18:30

今日は晴天。朝取りのキュウリ。これで5本目である。言うまでもなくその味は抜群。
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カサブランカ系のユリの花が最盛期。その匂いが庭に充満し、良い気分です。
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数日前から、小鳥のステーションを設置。自然に反して沢山与えすぎないように、ひとつまみの餌を置いて,小鳥達と交流を始めています。多い時で3羽が餌を食べにきます。
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さて、今日は上越市環境フェア2009。会場は市民プラザ。参加するのは今回で3回目。この日の為にNPO的に5回くらいの会議、準備活動に出席した。
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私たちの活動タイトルは「エコでアート」グループ名は「Blue Sky Projectors」とし、ワイフ以外に数名の仲間を募っての参加です。この写真は屋敷の黒竹を使って,本当に素朴な笛つくり。瓶の口のへりに息を吹き付けて鳴らすことと同じ原理。切り出しナイフで吹き口を削っています。ここでは、もう一つ「小枝を生かした自在鉤」を用意しました。
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大先輩の舟見倹二さんも来てくれてサポートしてくれました。
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これは大坪正尚さんのアルミ缶を利用したアート。沢山作って飾ってくれました。来訪者の注目を集めていました。
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舟見里留さんも来てくれて「BlueSky折り紙」の切り紙の仕方を実演してくれました。
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エコへの願いを込めた「エコ折鶴」と、カッターナイフを使って飛び出す絵本的なエコ・ポップアップ。
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カッターを使って親子体験です。
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千人一羽折鶴プロジェクトの趣旨説明・参加呼びかけ文です。
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今年の参加者は約50名でした。
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「エコ折鶴」の参加者は約50名。折り紙持ち帰りは30名。その他、竹笛は30本。小枝の自在鉤30セット。エコ・ポップアップは5種類で60枚。用意したすべての材料を体験していただき本日の目的は達成でした。また、来年度の向けて新しいメニューを考えます。

2009-06-27

1974年4月以降

| 15:45

NYの砂入博史さんのプロジェクトを実施し、そのプロセスをブログにアップしたら、それを砂入さんが自身のブログで紹介。電脳世界の素晴らしさである。
http://treeproject.blogspot.com/2009/06/joetsu-city-niigata-prefecture-japan.html
さて、今日の過去。
1974年4月1日 新井市立新井中学校に転勤。50名の学校から1000名以上の学校への転勤と実家からの通勤などで生活が一変する。背が大きいということからか女子バレー部の顧問をさせられる。超多忙な毎日となる。
そんな中、実家の押し入れの引き出しから発見した「御馬上の聖上陛下」のことに大きな関心が向いて行った。そのチラシの実物は72年の個展で戦時中の新聞と一緒に展示していた。その天皇の画像を、いまなお私たちののアイディンティティを制御するイメージ・シンボルと捉え直し、それを拡大リプリントして展示してみることを決意。
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「発癌性イベント」展での展示とパフォーマンス
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このパフォーマンスの意味について「新潟現代美術家集団GUNと私(現代美術自分史)2008.4」より。
「この時、私の作品は生家で見つけた戦時中の和田英作画伯作の「御馬上の聖上陛下」の図版を全紙大に拡大リプリントした全紙ポスター十四枚を連続して貼ったもの。そして、その前で布団に寝て起きてからリンゴを食べるという30分ほどのパフォーマンスを行った。
今の時点でそのことの意味を検証してみて、69年のジョンレノンとヨーコのベッド•インと同じ要素を持った一人芝居だったと気付いた。つまり、天皇や国家のことを考えるより個人それぞれの生活のことが大事、という時代の雰囲気と自分自身の生活の安定、結婚願望等が投影された意味行為であったと納得している。」
 
この頃、GUNのメンバーは入れ替わり立ち替わりであった。それぞれが、それぞれの新たな自分探しをしていたようである。この時期の自分の考えのメモがない。会合では司会者みたいな役目をしていた。
GUN展前の会議(1974年9月8日 長岡にて)

長谷川 
諏訪之瀬島のコミューンの土着運動に関わる。署名運動など。吉井、北条氏とつき合いあ
り。十日町の山村生活を基盤として。自然との関わり、状況との関わり。
この前のような会場を借りてのコミットの仕方に疑問あり。空間そのものが閉鎖的になっ
てしまう。同じ金を使うなら、社会との関わり、機会文明に対抗する色々な方途を探る。

前山 
労働運動に熱心に取り組んでいる。今は文化活動に関わりが少ない。文化問題の視座を資
本主義社会という遍在の中で押し進めて行かなければならない。展覧会、非展覧会、有効
性において特に大差ない。一人でも闘う人間が出来ればよい。人が叫ぶ生の声を収録して
みたい。

関根 
油絵、顔をテーマに描いている。高校の恩師の遺作展に関わっている。ベニヤに描いてい
る。そんな作品をGUN展に出品してみたい。

大久保 
武蔵美術の2年である。
新潟現代美術家集団GUNとの関わりは深い。垣間見ていた。
東京に出てみると、新潟の土着性が自分の中にある。十日町−信濃川などの自然に培われ
てきた自分がいる。今年の春何かやってみようと思うようになった。GUNの不活発さが寂
しい。GUNは何をしてくれるのか。新潟出身という意識がある。中央→地方という構図が
ある。意識の上では違う。いろんな渦の中に自分を置いてみたい。

佐藤 
GUNに入って、いろいろ勉強してきた。自分の中で社会的なものはそれほど大きく関わっ
てこない。何を選ぶか考えたい。何かを選ぶ。テーマは大きくない。

北村 
昨年の12月以降、何もやっていない。一級地に転勤。何かやろう。

富樫 海でちょっとしたことをやった。

討論 美術の社会的役割

長谷川 
生活を確立していく闘い。生活の実存化。人類に未来はあるか。人間−自然−海 酸素の
発生率が低下している。自分が未来を創造する。宇宙的視座。国上寺−修験道 自然の
動物に学ぶ。兵法とは、相手を倒すことではなく、自然の中にとけ込んでしまう。人口問
題。

(1974年9月28〜29日 GUN「発癌性イベント」展・大島画廊にて)

文化を考えるシンポジウム   (1974年11月7日(日)1:30〜 司会 堀川)

自己紹介 

長谷川 
共通の基盤とは何か。3年前とはっきり区別できない。

経田  
地方における文化とは、自分の周りと自分の関係である。各地のグループ活動について、安易な連帯があり得ないと言うことが分からない。良い面として、コミュニケーションが成立する。

長原  
また会うまでどう生きるかという出会いの場として位置付ける。

佐藤  
シンポジウム形式で集まると言う形で流れていく。シンポジウム形式の持っている限界がある。話し合っても堂々巡りである。寺山修司を囲んでというような取組を考えるべきであろう。同じ形式でも繰り返すということに意味はある。

前山  
今、進行している地殻変動がある。ここを掘ってもだめな面がある。個の持つ閉鎖性をうち破って行くことが大切。シンポジウムのもたらす発展性への幻想はない。
集まればよいと言うことではなく、個をうち破るという意味での場として位置付ける。寺
山修司が来たって変わるわけではない。

経田  
参加する人が主体的に責任を持って参加してほしい。三条でのシンポジウムでは観客とし
てただ参加する人が多い。

今井  
集まる意味づけは難しい。現実的な運動の方向を生み出していきたい。

吉井  
新潟での集会をもう一度。3年前にほっぽりだされた状況がある。NHKの◯◯記者は10人以上でも集まれば、ノーギャラでフイルムを持って来たいと言っていた。

長谷川 
ドロップアウトする可能性を考えたい。=社会へのドロップインを考えたい。プラスの面を期待する。アウトもインも同じである。

吉井 
漬け物の漬け方も文化である。生活文化。失われつつある文化を記録に残す。

前山 
文化は分断されている。新潟には交流する場すらない。

北条 
漬け物がうまい。頭でつくることではなく、良いものに触発されて生活を変えていく。原
発と漬け物の問題は大きい。

前山 
生活との連続性において話し合いの場を位置付ける。
(以上文責堀川)

翌75年には、富樫和人を加えてGUNのロゴをプリントしたおそろいのシャツを着て車で県内を回って山や川で突発的なパフォーマンスを試みたり、長野•群馬県の白根山の火口にGUNのロゴを石並べして描いたりした。グループによる行為や展覧会の開催という共同体験により新たなる表現の契機をまさぐっていたわけである。

「御馬上の聖上陛下」のポスターを1976年の真木画廊の個展でも展示。
http://d.hatena.ne.jp/niigata-art226/20090423
かなりの人が見てくれたが、会場に詰めていたのは初日と最終日であった為に誰がどのような反応を示してくれたかは記憶にない。確かなことは自分自身の中に戦略的な仮設、それなりの確かな考えがない状態だった。
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2008年の「新潟現代美術家集団GUNの軌跡」展(長岡mu-an)で再展示。パフォーマンスも再実行。
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2009-06-18

環境フェア09

| 16:45

今日は28日の「環境フェア」の打ち合わせの会議が会った。今年はブース名を「エコでアート」として参加する。
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ワークショップとしての参加です。2005年にBlue Sky Projectの構想が立ち上がり、そこから様々な表現が生成。Blue Sky折鶴もその一つ。そして平和折鶴やエコ折鶴へと願い事を発展させてきた。
関連ページはhttp://d.hatena.ne.jp/niigata-art226/20090427/1240774152
 エコへの願いを込めてツルを折るだけの作品である。折り紙のデザインはオリジナル。この折鶴で2007年に市の「環境フェア」に参加した。昨年は少し大きめのサイズの折り紙で参加した。2回同じことを繰り返して、マンネリを感じたので,今年はその他に高橋和真さんとの合作の「ポップアップ」を2種類と小枝を使った自在鉤を作る計画である。

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次は「ホップアップ」の作品。マットを下に敷いてカッターで線を切ったり(実線部分)折ったり(破線部分)して作る。
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2009-06-16

身の周りの世界-4

| 14:22

今日は身の周りの世界から想いを広げます。最初の写真はスコットランドから来ていたALTのジリアンさんからいただいたアザミの花。6年前に種子をいただいて自宅前庭に播いて定着したもの。毎年今の時期に咲いてくれる。
さて、07年にカッセルのドクメンタに行ったとき、カッセル美術館(ヴィルヘルムスヘーエ城)付近の通路に沢山これと同じ花が咲いていました。この花を見るとカッセルのことが思い出されてきます。
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カッセル駅前で私の「Sky Catcher(鏡)」を使ってボロウスキーの有名作品を我がものにした一枚。(笑)
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ヴィルヘルムスヘーエ城から、その上のヘラクレスの像のある頂上へ歩いて行きました。
そこの広場で風琴を鳴らしていたヒゲの爺さんに同じヒゲだからか、歓待されたことも楽しい思い出の一つ。
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本日のStamps
千葉市長選で熊谷俊人さん(31歳)が当選されました。若い力に市民から寄せられる期待は大きいと拝察します。当選を祝い!激務での奮闘を期待しています。

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2009-06-15

身の周りの世界-3

| 10:16

今日の8時頃南西に半月が見えた。先日のにわか天文学習から新鮮に見えて嬉しかった。毎日色々と過去,現在、未来また自宅、近所、近隣、遠方の世界と関わりながら生きている。本日は自宅内でのスナップ4題。コメントは後で付け足します。
3度目の登場のキュウリです。もう180cmくらいの高さで,下部に5cmくらいの実が付いています。
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ナスは一個収穫できる大きさになっています。
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ユリの仲間。オレンジと白と赤の混じり系。色によって咲く時期が違います。近くのつぼみは白のカサブランカ。これは名前が分かる。
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本日の「Sky Catcher」8時数分前。天空の微々たる一部の鏡像。一瞬たりとも同じ姿はない。そこがこの作品のコンセプト。「行雲流水」なんちゃって。
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2009-06-13

身の周りの世界

| 07:42

隣の町内にある栄樹寺の地蔵堂である。歩いて2〜3分の所である。この地蔵様には南本町2の神社に初詣でする時だけお参りしてきた。しかし、昨年7月にすぐ近くにスーパーマーケットができて、その横を頻繁に行き交うようになり、ティテールなどをよく見るようになったわけです。身近なお地蔵様です。昨日の朝の散歩で通り側からと正面をデジカメで撮影。これの正面のものをメールである人にお送りした。ある人のことは近月中に記事にしたいと思っています。
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比較的柔らかい石でつくられています。顔は風化してしまっていますが50年くらい前は目鼻がはっきりしていたとこのお寺のおばあさんが言っておられました。
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さて、これは近所のお宅に住んでいる猫。この猫達がほぼ毎日我が庭に侵入してわるさをします。その犯人達に近づいて写真を撮ったら見事に猫目になりました。
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我が家はワイフが大の猫嫌い。そこで、こんな作品を作ったわけです。(この作品は以前にも掲載)
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2009-06-09

初めての個展-2

| 09:48

後ろの壁面の作品は、浅間山荘事件や日中国交回復などを報道した新聞に自分の顔をシルクでプリントしたもの。情報の借用、再確認を意図していた。このような制作の基本的態度は今も変わっていない。右の作品は1969年制作の錯視を利用した作品。
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左にあるのは卒業記念に作った背広をキャンバスで同じ洋服屋に頼んで作った発注芸術作品。(タイトルは「日記:1968年4月1日」)
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佐藤秀治さんが駆けつけてくれた。後ろは実家の押し入れにあった戦争時の新聞をそのまま広げて展示。その後拡大して印刷した「御馬上の聖上陛下」のちらしもある。
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零円切手を机上に展示。所有希望者はカンパと引き換えに零円切手を持ち帰ることができる。机上の中心に美術手帖の紙面解放計画の作品。右側にあるのは「ねずみ取り」のようなので、関根哲男さんが賛助出品してくれた作品のようです。
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左の壁面には皇太子さまの赤ん坊の写真があります。机の上にどのような作品を展示したか、読み取れません。また、記憶もありません。右の壁にあるのは「精神生理学研究所」の作品の一部と「石を送るメールアート」のことが掲載された新聞がある。
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佐藤さんと関根さんをポラロイドカメラで撮影し「日記:友人」とタイトルして展示。フイルムを引き出すのがうまくいかなくてかすれている。ポラロイドはすぐに現像できたので、一時期楽しんで使用した。この後、いわゆる「バカチョンカメラ」を使うようになり、ポラロイドを使わなくなってしまった。
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この時の芳名録によると入場者は120名くらいだった。母親の名前もあった。この2年後、母親は亡くなってしまったので、当時のことが色々と思い出された。この個展は、言わばそれまでの回顧展であった。意識の上では前衛的な展開を目指しているが、既に挫折していたように思う。この後、かなりの期間ヒットする作品はなく、暗闇の中での試行錯誤が続く訳である。

2009-06-08

初めての個展-1(1972年11月)

| 17:48

1972年は激動の年でした。主立った事件を記す。1月-横井庄一さん、グアム島で保護。2月-冬季オリンピック札幌大会。ニクソン大統領中国訪問。連合赤軍「浅間山荘事件」。3月-連合赤軍リンチ殺人事件発覚。4月-川端康成ガス自殺。5月-沖縄施政権返還。沖縄県発足。日本赤軍「テルアビブ空港で自動小銃を乱射」。6月-田中角栄通産大臣「日本列島改造論」を発表。佐藤栄作首相「テレビだけの会見で引退表明」。7月-田中角栄総理大臣就任。8月-カシオ電卓発売。9月-ミュンヘン五輪でパレスチナゲリラ侵入事件(イスラエル選手11人を殺害)。田中総理大臣中国を訪問(日中国交回復)。10月-中国からパンダ到着。
世界が一挙に動き出した年であり、それまで依拠していた社会意識、正義に対する考えが瓦解。今の言葉で言えば、自分探し、自分を再構築、立て直すために地元で個展を開催。案内状で使用した写真は機会の画廊開場の階段、入口部分を撮影したもの。
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連合赤軍の事件が発覚して以来、石を送る気力をなくす。石に針金をかなりの密度で巻いた作品になる。
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今この作品は、このように錆びてしまっている。近日中に針金を外し石を解放?する予定。
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田中角栄の「今太閤」の写真展。全国を巡回。いずも屋デパートで撮影。タイトルは「考現学」
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自分と角栄さんを対比させた作品。
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撮影した写真を利用して「零円切手」を作成。美術手帖の「紙面解放計画」に出品した。
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上越の印刷屋で作った同じ零円切手はあまり綺麗な出来ではなかった。
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田中角栄首相の色々な週刊誌のグラビア映像を使ったコラージュ作品を出品。これも「考現学」
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原爆の映像は「フランスの核実験」だったはず。
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佐藤栄作のイメージ。
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(続く)