中学受験日記/留学日記 このページをアンテナに追加

10 December 2005 (Sat) 嫌なことが続くものだ このエントリーを含むブックマーク

(中学受験日記その18)


日本のニュースを日々海外からチェックしている身としても、そして元アルバイトの塾講師の立場としても、京都の学習塾での女児殺害事件は本当に身の毛のよだつ事件だ。あってはならない事件があってはならない場所で起こってしまった。しかも加害者はアルバイトの学生講師というのもまた事件を複雑にしている。報道されている情報からするに、女児のクラス(中学受験クラスらしい)の国語担当が加害者の学生で、彼の授業をめぐって反りが合わなかったこともあり女児が国語の受講を12月から取りやめた。二人の間にはその前から確執があり、女児が講師のことをバカにしていたようなところもあるらしい。講師の方も憎らしく思っていたのか、女児が国語の受講を取りやめたことが引き金になり、女児と二人になる場所を作るべく偽のアンケートを作り模擬試験前の時間を利用してそういう場面を作り出し、凶行に及んだ、というのが大筋の事実らしい。教室の内側から鍵をかけ、事務室で管理しているモニターの回戦を切断していることからしても、準備周到な計画であり加害者の女児に対する恨みの度合いを推し量ることができる。またそのような女児と加害者たる学生の険悪な関係は、同教室の関係者にも知られていたらしく、当日行われるはずだった模擬試験の試験監督を急遽差し替えるほどであったという。


さて、同じように塾でアルバイトの講師をしかつ中学受験の国語を担当し、かつ生徒から受講を拒否された経験のある身からすると、今回の事件は本当に後味の悪いものであるのだが、いくつかの疑問が残る。まず第一に塾内での危機管理の問題である。上のような事情がある程度は知られていたとしても、なぜ社員や経営者側がそのような講師が当日教室に来ていて不審に思ったり、件の事情から教室に近づけないようにしなかったのだろうか?学生の講師なら特段の用事がない限り予定外の勤務はないはずである。その時点で怪しいと考えるのが筋ではないのか?また、教室の扉は鍵がかかるようになっていて、かつブラインドで中が見えないようになっていたと言うが、これも問題があると言わざるを得ない(いかなる危険性をも排除するという意味では、鍵がなかったり外から容易に見えるようにするのが、危機管理の観点からは正しい対処である)。第二に、加害者たる講師に対する他の講師の対応を考えたい。いくらアンケートを取るといってもその動機は明らかであり(危害を加えるかどうかという意味ではなく、女児のことが念頭にあるのは明らかである)、そんなことをほとぼりの冷めないうちに、かつ模擬試験の前にやらせるというのはいかがなものか。中学受験のクラスであれば、教科担当間の連携くらいあってもしかるべきだろうに、その点から件の国語教師に対するフォローはなかったのだろうか?


塾なり学校なりに通っていたら、先生との反りが合わないことなどザラであろう。僕自身も自分の担当する授業で「先生の授業を受けたくない」という理由で受講を取りやめられたこともある。いろいろこちらとしては思う部分もあるが、塾では生徒(およびその両親)が顧客である以上、その決定は絶対であり、かつそれでも集団授業の場合は一年間を通して授業をする責任があるわけだから、その後も投げ出さずにかつ、納得できる部分もそうでない部分も飲み込んでやらないといけない。確かに精神的にはかなりへこむし、教室責任者からは説教もされるし、今思い出しても嫌な経験である。ただ、結果論から言えばそれがあったからこそ自分の悪いところを修正できたのも事実であるから、そういう先生をサポートできる体制(ハード面もソフト面も含めて)がどのくらいあるかが要になるんだろうと思う。要は講師一人に「○○は悪口を言うからいやだ」みたいな個人的な感情に終始させずに、例えば国語と算数の担当間での話し合いなどでそれを緩和できるようなものがないと、どこまでもそういう個人的怨念が大きくなってしまうし、それがトラブルの元になりかねない。僕は幸いにして塾内にそういう相手がいたのと、そうでなくても酒を飲んで憂さ晴らしをしていたことがあるので、なんとか与えられた仕事を全うできた部分がある。でもそういうのは、バイト先での人間関係の問題もあるから一概には言いにくい。ただ、報道を見ている限りだと加害者の講師は言われたことを真に受けてしまうところがあり、どちらかというと人と和さず、またカッとすると見境のない行動に出ることがあったように思われる。女児がどの程度の悪意でからかっていたのかは分からないが、それでも両親に相談して受講が取りやめになっていると言うことからすると、ただ単に女児がからかっていただけではないということは推測できる(中学受験にもなれば受講の可否も通常は両親が握っているわけだから、経営者サイドと両親とのやりとりがあってこうなったことが予想されるから)。塾としても、ハードとしてのモニタだとかソフトとしてのモラルの教育だとか、そういうのはしていたはずである。それでも小さいレベルの問題は起こってしまう。要はそれをどうやって正常化できるのかが塾経営の課題の一つであると言える。通常はそういう形で「丸く収める」のだが、今回の事件では加害者の突出した行動と、それを抑えられなかった塾側の構図が透けて見えているように思える。この点については、今後の報道を待ちたい(この塾は、業務拡大中で講師が不足していたという指摘もあるし)。


この報道で「だから学習塾は・・・」とか「だから学生のアルバイト講師は・・・」みたいに見られると困る。学習塾はそれなりにそういう問題に対して対処しようとしているし、その可否はともかくとして、少なくとも首都圏では現在の学校システムでは学習塾の存在は無視できないものであろう。後者についても同様である。もちろん一方で十分な指導力もない講師がいる(そしてそういうのが採用されてしまうシステムがある)のは事実ではあるが、多くのまじめに働く講師は日々実に努力している。彼等は学習塾からしても貴重な労働源である。しかしこの事件は本当に痛ましい。殺害された女児は当然のことだが、被害女児と同じ教室の中学受験クラスは相当な被害を被るに違いない。クラスメートが殺害され、かつその加害者が国語担当の講師とあってはその精神的ショックは計り知れない。しかも冬期講習をはさみ、あと1月ほどで中学受験が始まるという時期である。それでは本来集中すべき時期に集中などできるはずがない。できたとしても、国語は講師が変わることの影響もあるだろうから、入試の結果が心配される。学習塾の側もこの事件で生徒が(事件のあった教室に限らず)減ってしまうであろうし、事件のあった教室はひょっとしたら閉鎖される可能性だってあり得ない話ではない。そうなると加害者たる講師(およびその両親)には被害女児及び塾からの莫大な損害賠償がのしかかるはずである。なんともやりきれない後味の悪さだけが残る事件である。

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rabbitfootrabbitfoot 2005/12/11 23:33 「二条河原落書」です。TBありがとうございます。
私も昔、20代半ばで某進学塾の講師をしていましたが、大学生くらいの年齢だと、子どもと心理的に“距離”が近いためか、軽く見られることはあると思いますが、今回の事件は、やはり容疑者が「恋愛感情」のコントロールが未熟だったことがいちばんの原因だと思うので、塾の指導体制がどうとか、安全管理がどうとかというのは、また別問題ではないのでしょうか?

niji_rainbowniji_rainbow 2005/12/12 00:09 >rabbitfootさん
コメントありがとうございました。ご指摘の点は、実は思ってはいたものの確証的な情報が得られなかったので敢えて載せなかった部分です(だからこそTBさせてもらったわけですが)。この点については、今後の報道を待ちたいと思います。

ただ、それにしてもこの事件の報道に接して感じたことが「鍵のかかる教室」とか「ブラインド」という、施設面の欠点が随分気になったことです。僕が勤務していた某学習塾では先生と生徒が一対一で教室にいることが禁じられていました。それを避けるために教室の入り口のドアには(中が教室外からでも見えるように)大きなガラスがあったくらいです。そういう意味での危機管理が塾側の意識として薄かったのではないのかというのがここで僕が言いたかったポイントです。

もちろん、それ以外のいわゆる「恋愛感情」だとか「生徒との心理的距離」という問題が全くないとは思っていません。僕の周りにもそれで人生を棒に振りかけたのもいますし。別に高尚なことを求めるつもりはありませんが、金稼ぎくらいの意識でやっていたら塾講師のバイトは割に合わないと言うことだけは事実でしょう。

maisonettecavemaisonettecave 2005/12/12 13:55 >集団授業の場合は一年間を通して授業をする責任があるわけだから、
>その後も投げ出さずにかつ、納得できる部分もそうでない部分も飲み込んでやらないといけない。

そうだね。本当に難しいと思うのだけれど、そうなんだよね。