徒然日記 〜nikitaの窓〜  このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-11-29

[] 〜国家の罠〜

26日のPaul Krugmanのブログ「The Great Slump」で、J.M. ケインズの論文「The Great Slump of 1930」がe-Bookでフリーで読めると紹介されていた。

サブプライム問題に端を発した金融市場の状態は、世界同時不況をもたらしている。

Krugmanは現在の状況を1930年の大恐慌の時の状況と非常によく似ていると述べている。

ケインズの論文の一節を紹介している。

This is a nightmare, which will pass away with the morning. For the resources of nature and men’s devices are just as fertile and productive as they were. The rate of our progress towards solving the material problems of life is not less rapid. We are as capable as before of affording for everyone a high standard of life—high, I mean, compared with, say, twenty years ago—and will soon learn to afford a standard higher still. We were not previously deceived. But to-day we have involved ourselves in a colossal muddle, having blundered in the control of a delicate machine, the working of which we do not understand. The result is that our possibilities of wealth may run to waste for a time—perhaps for a long time.

(これは悪夢だ。朝になったら消えてしまうような悪夢だ。自然が有する資源と人間の創意工夫は従来と変わらず、豊かで生産力がある。生活における物質的な問題を解決する速度は緩んでなどいない。以前と同様、私たちはすべての人間に高い生活水準を提供する力がある(ここでいう「高い」とは20年前と比較して述べている)。そしてさらに高い生活水準を提供することがまもなくできるようになるだろう。自らを欺くようなことは、以前にはなかったことだ。が、今日、私たちは巨大な混乱に巻き込まれ、大きな過ちを犯してしまった。仕組みの分からぬ精巧な機械を制御できなかったのだ。結果として、富は当面は無駄になってしまうだろう。ひょっとしたら長期にわたってしまうかもしれない。)

現在の状況も同じだ。枯渇が叫ばれてきたとはいえ、原油の埋蔵量は現に十分ある。資源不足に苦しんでの経済不況ではない。ボタンの掛け違いが生じたということだろう。金融工学を駆使してあまりにも複雑な金融商品を作ってしまったがために、どれくらいの損失になるのか金融機関もわかっていない状態だ。財産が水の泡と消えた人も多いだろう。このような状況は当分続くのではないかと思われている。目を覚ましたら本当に消えてほしい悪夢を各国の指導者は見ているという状況はケインズの論文の内容とだぶって見える。

Krugmanは新たなニューディール政策を提唱している。これまでの市場経済至上主義から政策の転換を求めている。

アメリカ発のグローバリズムのひとつが市場経済原理であった。日本もその流れに乗っていた。小泉政権はまさしくその流れの中で成立した。どちらかと言えば、皆で豊かになりましょうという戦後日本の社会のあり方を100%ひっくり返そうという小泉氏のワンフレーズの多くの国民の乗ったのは事実だ。一部では規制緩和や構造改革やらが中途半端であったために、今のような状態になってしまったという意見もあるようだ。「せいてはことを仕損じる」という言葉にもあるように、すべてにわたって一気呵成に急ぎすぎたのかもしれない。

こうした急激なパラダイムシフトの中、多くの政治家も自らのパラダイムの転換を迫られていた。その流れの中で格好の標的となったのが、鈴木宗男という政治家だったようだ。

「国家の罠」(新潮社)の中でこのパラダイムシフトを著者、佐藤優氏は「ケインズ型からハイエク型へ」のシフトと呼んでいる。

現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。

小泉政権の内政面での基本政策は「競争原理を強化し、日本経済を活性化し、国力を強化することである」と指摘している。

従来型の政治家のシンボルとして格好の的になったのが鈴木宗男だった。

ポピュリズムを権力基盤とする小泉政権としても、「地方を大切にすると経済が弱体化する」とか「公平配分をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない。しかし、鈴木宗男型の「腐敗・汚職政治と断絶する」というスローガンならば国民全体の拍手喝采を受け、腐敗・汚職を根絶した結果として、ハイエク型新自由主義、露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる。結果からみると鈴木疑惑はそのような機能を果たしたといえよう。

結局、ハイエク型傾斜配分路線がどうなったのか。「勝ち組」「負け組」などという言葉を生み出し、富を少数で分配する結果となった。そのいわゆる「勝ち組」でさえこの状況下では大慌てだろう。

鈴木宗男氏の「国策捜査」は突然打ち切られた。

同じケインズ型政治家である森喜郎氏まで捜査の範囲が及ぶのを嫌ったということのようだ。森氏は小泉氏が所属する派閥の領袖。恩を仇で返すことはさすがにできなかったということか。鈴木氏と同じく討ち死にする形になった田中真紀子氏もケインズ型政治家の権化、田中角栄氏の娘である。旧世代に属する政治家をことごとく排除したあの徹底さには恐れ入る。

そこまでやったパラダイムの転換であったが、今また時代は逆に戻りつつあるというのは皮肉だ。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)

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