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2016-05-20

デカルトの精神と延長 Maresius, De abusu philosophiae Cartesianae, §73

  • Samuel Maresius, De abusu philosophiae Cartesianae (Groningen, 1670), 73, p. 50.

 思うにデカルトは、とくに悪気なしに、精神と物体とのあいだに区別を立てた。しかしここから数々の神学上の誤りが生じた。まずはじめにデカルト本人であるが、彼は精神を身体(物体)に接続されたものとして理解した。だが身体から分離したものとは理解しなかった。この点についてデカルトがほんとうになにを考えていたかは不確かである。ただ、かりにデカルトが死後の霊魂の存在を認めていたとしても、彼の考えは霊魂の睡眠説と同じものとなるだろう。なぜなら霊魂の活動の多くは精気と松果腺の状態に依存するからで、これらは死後霊魂に残らないため、死後の霊魂はほぼなにもできなくなるからである。

 いずれにせよ、デカルト霊魂が身体の運動にあわせて付帯的に動くことは否定しないのだから、霊魂が物体的な延長と類比的な、なにかしらヴァーチャルな延長を持つとは認めねばならない。実際、デカルト霊魂が身体全体のうちにあるとか、松果腺のうちにあるとか論じている。これは、霊魂がなにほどか限定的な場所(definitivum ubi)を占めているということであり、それがまったく場所を占めないと述べているようには見えない。(74節に続く)

2016-04-25

初期近代のトレーディング・ゾーン Long, "Trading Zones in Early Modern Europe"

 トレーディング・ゾーンという概念は、科学史の分野ではピーター・ギャリソンによって用いられ、そのギャリソンはこの概念の着想を人類学者のマイケル・タウシグの研究から得ている。タウシグは、コロンビアのカウカ谷で、農民たちと地主たちが行っている賃金や地代の支払い、および物品の購入という取り引きに着目した。そこで農民たちと地主は問題なく取り引きを行っている。しかし地主の金銭感と農民の金銭感はじつはまったく異なっている。ギャリソンによれば、これは二つの集団が取り引きを互いに異なるかたちで理解しながら、それでもなお売買に成功している点で、トレーディング・ゾーンの一例である。ギャリソンはこの概念を、20世紀の微視的物理学で、実験物理学者と理論物理学者が、互いに異なった独立の集団を形成し、互いに独自の信念を抱きながら、いかに協働できているのかを記述するために用いた。

 著者はこのトレーディング・ゾーンという概念を、15世紀、16世紀のヨーロッパに適用する。そこで起きていた職人や実践家と、学識者のあいだの協働を記述するために用いるのである。15世紀、とりわけ16世紀より、これらの異なるバックグラウンドもつ集団が交わるトレーディング・ゾーンが形成されてきた。そのようなゾーンは、遍在していたわけではない。それはヴェネツィアの兵器工場や、大規模な鉱山、さらにはローマで発見される古代遺跡の調査現場、そして宮廷に見いだされる。またそこで活動する職人はしばしば、伝統的なギルドの枠組みに回収されない者たちであった(たとえば建築家)。

 このようなゾーンは、工学や建築の教育が専門化される18世紀以降はなくなってしまう。もはや人文主義の教育を受けた人間が工学を学ぼうとは思わなくなるし、工学を修めた人間がラテン語で古代史を読もうとも思わなくなるのである。専門化がまだなされていない16世紀の半ばだからこそ、トレーディング・ゾーンは発展したのである。そこでは学識者が職人の知について知ろうとし、職人たちがラテン語で生みだされる知にアクセスしようとしていた。

 エドガー・ツィルゼルはかつて「科学革命」に高級職人がもたらした寄与を論じた。しかしツィルゼルは、職人文化中世スコラ学や人文主義の学識からは切り離している。まさにこれら彼が切り離した領域のあいだでの協働が起こったということを、トレーディング・ゾーンという概念で記述したいのである。職人が科学の発展に貢献したというのではなく、職人と学識者の協働が新科学と呼ばれる営みを生みだす発展の一部をなし、その発展をうながしていたと考えるのである。

 多くの場所でトレーディング・ゾーンは確認されている。たとえばロンドンの器具販売店であったり、大砲を製造する工場であったり、印刷所である。また都市の再開発古代遺跡の調査の現場である。このような場所には大量の資本が投下されていた。そのような場所でのやりとりからは、学識文化の知とも職人文化の知とも分類しがたいハイブリッドな知のかたちが産出された。トレーディング・ゾーンのもうひとつの特徴は、そこでは読む、書く、絵を描くといった実践が重要な意味をもったということである。職人たちはラテン語の書物から学び、また実践に関する書物の多くは図像を含み、そこには職人たちが関与していた。さらにラテン語の世界と俗語の世界をつなぐ活動として翻訳活動の重要性が認知されるべきである。

 このようにどのような種類の職人たちと知識人たちが、どのような場所で、どのようなかたちでコミュニケーションしていたかを、描き出していく必要がある。

2016-04-23

知を編成するマシーンとしてのフランス McClellan and Regourd, "Colonial Machine"

  • James E. McClellan, III and François Regourd, "The Colonial Machine: French Science and Colonization in the Ancien Regime," Osiris 15 (2000): 31–50.

 ルイ14世の時代からアンシャン・レジームの終了までのあいだの、フランス植民地経営と科学支援の関係を、コロニアル・マシーン(colonial machine)というモデルで理解することを提唱する論文である。ここでマシーンというのは、さまざまな部分が全体の利益のために協働するように設計されているということである。実際この時代のフランスは、医学天文学、地図学、植物学、海洋科学の分野で、さまざまな機関を設置し、これらの機関はフランス政府の管理のもとで、協働して有益な知識を生みだそうとしていた(この例の紹介が論考の大半を占める)。このような強固に組織化され、中央集権化された知識生産の仕組みは、同時代のイギリスには確認できない。

 だがこのような一体化したマシーンの外で生みだされ、流通していた知識もあった。フランス中央(パリ)で採用されていた科学理論はしばしば植民地では拒否された。宣教師たちの取得した情報は国家中央に回らないことがあった。国家の目の届かないところで、多数の実験が植民地で行われた。植民地で収集された情報はまた、しばしばパリに拠点を置く機関ではなく、地方の機関に集約された(だから現在でも地方のアーカイブで見つかる)。またイギリススイスといった諸外国との情報交換も、個人レベルでは行われていた。さらに植民地に設置された研究機関が、独立性を高めることもあった。ただしこれらの活動は、マシーンによって駆動される活動の総体と比べると重要性は低い。

関連記事

2016-04-21

マシーンと自己組織のなかの知の移動 Davids, "On Machines"

 ある場所から別の場所への知の移動を考えるにあたって、近年導入されたメタファーとして「マシーン」がある。これは James McClellan と François Regourd が Coloniam Machine と題された著作や論文で導入したものである。それによると、アンシャン・レジーム期のフランス政府は、専門性を有するさまざまな組織を協働させることで、植民地支配の拡大と、植民地経営の発展を図っていたという。このマシーンの比喩はしかし、植民地経営に限られない。植民地外での探索活動や、本国内部での地図の整備などの活動を含むからである。この点ではコロニアル・マシーンというのは、インペリアル・マシーンと呼んだ方がよいかもしれない。

 しかもマシーンは、別の種類のものも考えられる。たとえばオランダ東インド会社に代表される商業的マシーンや、イエズス会に代表される宗教的マシーンである。これらの組織は自らの目的を達成するために、各地から情報を集約していた。

 Mcclellan と Regourd のマシーンメタファーには批判もある。本当にアンシャン・レジーム期のフランス政府は、それほどに多様な組織を中央集権的に協働させることに成功していたのだろうか。むしろコロニアル・マシーンなり、商業的マシーンなり、宗教的マシーンに属していたさまざまなアクターたちは、マシーンを制御する側の統制を外れて、自発的に関係を結んでいたのではないだろうか。この点でマシーンだけでなく、自己組織という概念を導入する必要があるだろう。

 徳川時代の日本での事例はマシーンと自己組織の例をよくしめしている。つまり長崎の通詞たちが自己組織的に発達させた蘭学が、吉宗の時代から国家の管理下でマシーンの一部として機能するようになるのである。

 

2016-04-20

神が神を生む中世 Paasch, Divine Production, #1

  • JT Paasch, Divine Production in Late Medieval Trinitarian Theology: Henry of Ghent, Duns Scotus, and William Ockham (Oxford: Oxford University Press, 2012), 1–21.

 後期中世三位一体論について、比較的新しめのモノグラフがあったので、その序文を読む。

 キリスト教の神は三位一体の神であり、父、子、聖霊からなる。父は子を生む。父と子は聖霊を生む(ラテンの伝統では)。しかしこの「生む」とはいかなる意味なのか。たとえば父が子を生むやり方と、父と子が聖霊を生むやり方は違うのか。アウグスティヌスは、父が子を生むのは、私たちの精神が概念を生みだすのに似ており、父と子が聖霊を生みだすやり方は、私たちの意志が愛を生むやり方に似ていると論じた。しかしこのアナロジーはどこまで字義的にとらえてよいのか。

 そもそも神の位格が生みだされるというのはどういうことなのか。無から生みだすのか。そうするとこれは創造となる。しかしキリスト教徒たちはこれを拒否した。初期の信条の解釈からは、子は父から創造されたのではないと信じられていた。理由の一つは創造であるならば、創造されたものは創造したものより劣位におかれてしまい、このような上下関係を神の位格のなかで認めることはできなかったからである。

 この研究はこのような問いに、ガンのヘンリクス、ドゥンス・スコトゥス、そしてウィリアム・オッカムがいかに答えたかを探求する。彼らの議論の前提となっていたのはアリストテレスアヴィセンナである。

 アリストテレスはなにかが無から生みだされるのは不可能だと考えた。すべてのものはそれ以前からある素材から生みだされる。よって質料をもたない不動の動者のような存在は決して生成を経験しない。

 一方アヴィセンナは非物質的な実体の「流出」を認めた。頂点にある神から知性や天球が流出してくるというモデルを提示したのである[詳しくはこちら]。流出の特徴は、流出源に比べて流出したものは力が弱まるという点にある。よって流出の過程が地上に到達するころには、力が非常に弱まっており、もはや流出は生じない。地上では素材にもとづく生成消滅があるだけである。

 まずアリストテレス議論にしたがうと、非物体的な神はなにも生みださないことになる。これは教義に反するのでヘンリクスらは拒否した。では無から生みだしたと考えるべきか。こうするとアヴィセンナの流出モデルが適当にみえるものの、しかしそうすると子が父より劣位におかれるという問題が生じてしまう。彼らはアリストテレスのいうような生成でもなく、アヴィセンナのいうような流出でもないかたちで、父が子を生む、あるいは父と子が聖霊を生む、という事態を説明せねばならなかった。

 説明にあたり彼らはいくつかの前提を共有していた。まずすべての位格は同一の神的本性を共有している。同時にそれぞれの位格は固有の特性を持っている。たとえば父なら父性であり、子なら子性(filiatio)である。しかし謎めいていることに、これら三つの特性は、唯一の神的本性と完全に一致するとされた。なぜ別々に区別されているものが、同一のものとまったく同一でありうるのか。これはきわめて難問であるけれど、とにもかくにも彼らはこのような前提のうえで思考していた。