ジョルジュ・キュビエの地球史 Rudwick, Worlds Before Adam, ch. 1

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

Worlds Before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform

  • Martin J. S. Rudwick, Worlds before Adam: The Reconstruction of Geohistory in the Age of Reform (Chicago: University of Chicago Press, 2008), 11–23.

 『時間の限界を破る Bursting the Limits of Time』の続編にあたるラドウィックの大著『アダム以前の世界』の第1章を読みました。前作のおさらいとしてキュビエの地球史構想がまとめられています。

 新たに生まれた「地質学 géologie」という学問領域を最初に認知した研究機関は、パリの自然史博物館でした。そこで比較解剖学の教授をつとめていたジョルジュ・キュビエ(1769–1832)は、1812年に『化石骨の研究』と題された4巻からなる研究書を出版しました。その序文で彼は、地質学者が「時間の限界を破り[正確には、飛び越え]」、人間が出現する以前の地球の歴史を再構成せねばならないと説きました。地球の歴史家を自認するキュビエは、地球について包括的で因果的な説明を与える理論を構築することよりも、まずは過去に起こった特定の出来事を特定することが必要と考えました。地球の歴史は有限ではあるものの、しかし膨大な長さを有しており、それはいくつかの巨大な変化(キュビエはこれを「変革 revolution」と呼んだ)によって区切られている。このうち最も新しい変革が人間がいる「現在の世界」と人間出現以前の「太古の世界 ancien monde」を区切っている。年代学の成果から考えて、この変革の時期はおそらく数千年前であろう。変革の際には大きな環境の変化が生じ、それゆえ特定の環境に適応した生物が絶滅する。変革の原因は不明であるが、その規模から考えて、現在地球上で観察されている自然の過程とは異なる、変革の規模に見合った原因が関与していたに違いない。

 キュビエが再構成する地球の歴史に最も重要な証拠を提供したのが、彼がアレクサンドル・ブロンニャールと共同で行ったパリの地層の調査でした。彼らは地層と化石の変化から、淡水から海水へ、また海水から淡水へという過去における環境の変化がわかると主張しました。また後に第三紀地層と呼ばれることになる地層から現在では見られない哺乳類化石が、その下の第二紀地層からは哺乳類化石が見つからず代わりに大量の爬虫類化石が出土することから、哺乳類が誕生する以前に爬虫類の時代があったという地球の歴史をキュビエは描いてみせました。

 1817年の『動物界』でラマルクの進化論を否定したキュビエは、その後も各地から送られてくる化石標本やその描画を用いて研究を続けます。彼は基本的にパリの博物館の内部で研究していたのですが、1818年にイングランドを訪れ各地のコレクションをチェックすることを行いました。助手であるシャルル・ローリヤールの手紙からは、キュビエがイングランドの研究水準を低く評価していたことが伺えます(「全体としてイングランドの科学研究機関はほとんどないようなものであって、政府は金儲けの技術ばかりを好んでいる。金儲け技術はこの国では完成している」とローリヤールは書いている)。これらの研究を受けた『化石骨の研究』の第2版が1821年より刊行されはじめます。全体として新たに得られた調査結果に基づき増補が行われているほか、序文では文字史料に基づく人類の起源についての考察が深められています。キュビエによれば残された史料に最後の変革についての記述がある以上、変革以前から人間はいたことは確かであるものの、その数は多くなく、文字を有する文明が発展したのは変革後となります。

 『化石骨の研究』第2版のもうひとつの特徴は、発見された部分的な化石から、現在はいない哺乳類の姿や生態を再構成しようとしていることです。再構成された哺乳類の姿を描いたすばらしいスケッチをキュビエは用意していたものの、著作に含め公表したのは助手のローリヤールの描いたはるかに水準の低い復元図でした。彼は復元図はあまりに思弁的であるがゆえに、それが科学者としての自分の権威を奪いかねないと懸念したのでしょう。動物の生態の復元については次のような生き生きとした記述をキュビエは行っています。アノプロテリウム・コムネについて。

だが大きな特徴は長い尾にあった。そのためこの動物はいくらかカワウソのように見え、この肉食動物と同様、とりわけ沼地の水面や水中にしばしば生息していたであろうが、その目的は魚をとらえるためではまったくなかった。水生ネズミ、カバ、あらゆる種類のイノシシやサイのように、われらがアノプロテリウムは草食動物であり、したがって水生植物の多肉質の根や茎を探しにそこへ行ったのである。それは泳ぎと潜水を行う習性とともに、カワウソのような滑らかな皮膚をもっていたか、あるいはわれわれがこれから論じようとしている厚皮動物のような半ばむきだしの皮膚さえ備えていたかも知れない。この動物が水性の生活様式を妨げる長い耳をもっていたということはありそうになく、この点でそれがカバや、ほとんどは水中で生活する他の四足動物に似ていたことはたやすく想像できるのである。(ラドウィック『太古の光景』菅谷訳、34ページより引用)

 『化石骨の研究』の序文はそこだけ切りだされて出版され、また英語、イタリア語、スウェーデン語の各国語に訳されました。こうしてキュビエの地球の歴史の構想は以後の研究の土台となり出発点となったのです。

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