誰がモーセ五書を書いたか Malcolm, "Hobbes, Ezra, and the Bible," #1

Aspects Of Hobbes

Aspects Of Hobbes

 『リヴァイアサン』や『神学・政治論』になぜあれほど過激な聖書解釈が現れることになったのか。その文脈を復元する重要論文である。論旨を正確におさえておかなくてはならない。まず最初の2節の内容をまとめる(383–398ページ)

 モーセ五書を書いたのはモーセではない。エズラである。この考えは17世紀の後半から、18世紀のヴォルテールにいたるまで、聖書の権威を否定しようとするラディカルな知識人にくりかえし利用された。この危険な説の源泉として名指しされたのは非神聖なる三位一体とも呼ぶべき著者たちであった。すなわち、スピノザ、ラ・ペイエール、ホッブズである(リチャード・シモンの名を加えてもよい)。だが3人のうちで誰が最初にこの説を唱えはじめたかを確定するのは容易ではない。スピノザはおそらく、中世ユダヤ教の文献の吟味から、モーセ五書の真正性の否定(以下モーセ五書を書いたのはモーセではない、という説をこのように呼ぶ)を引きだした(ただしその後にラ・ペイエールとホッブズを参照した可能性は高い)。ホッブズはラ・ペイエールの著作について耳にし、そこから真正性の否定の議論をつくったのかもしれない。しかし彼が独自にこの結論に到達した可能性もある。ラ・ペイエールが真正性の否定の議論をどこから学んだかは不明である。このように結論ははっきりしない。だがこのはっきりしなさこそが重要なのだ。1648年から1656年の短期間のうちに、3人の著者が同種の結論に達した。この事態は、3人のあいだでの単線的な影響関係を想定するよりも、むしろ3人がそのような結論を引きだすことを可能にする共通の状況が存在したということを示唆しないだろうか。モーセ五書の真正性の否定につながるような一連の考えが、3人の全員に利用可能だったということではないだろうか。じつに、そのような考えは利用可能であった(続く)。