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2017-05-15

古代への最良の導き手 山下太郎『ラテン語を読む』

 日本語を使ってラテン語を学ぶにあたってふたつおおきな壁があった。ひとつは学習に適した辞書がないということ。もうひとつは初級から中級を橋渡しする教材がないことだった。

 本書の出現により、後者の壁におおきなヒビがはいったといえるだろう。『ラテン語を読む キケロー「スキーピオーの夢」』、期待にそむかない出来栄えだ。これがあれば、文法学習を終えた直後に独力でラテン語の散文が読める。

 いい点は無数にあるけれど、いくつかほんとうにすばらしい点を挙げよう。

 まずなによりもすべての単語を拾って解説を加えているのがすばらしい。この手の本の多くには説明が圧倒的に足りない。説明しなくても分かるでしょう、という雰囲気をみなぎらせている。いや、わかりませんから。どんな些細なことばでもしっかり解説してほしい。すべての解説項目に目を通すわけではないにしても、どの穴に落ちても拾ってもらえるという安心感に包まれたいんだ。

 解説の質も高い。このレベルで解説してほしいことがしっかりと書かれている。たとえば動詞のかたちの解説では、そのかたちがどの法でどの時制かというだけでなく、なぜその法と時制をとるのかがしっかり書かれている。たとえば主文が完了だから第二時制で、そのため同時を表現する副文中の動詞は接続法未完了過去、といった解説である。たいして歴史的背景の説明は最小限に抑えられている。これも正しい選択だと思う。

 本の構造にも工夫が凝らされている。当然最初にラテン語本文がきて、その後に解説が置かれているのだけれど、その解説部分に本文が再掲されているのだ。解説部は2行から5行程度の本文ごとに区切られ、その本文が掲示されたあとに解説がはじまる。こうしていちいち冒頭の本文と解説部を往復せずとも解説部だけで読解が進む。この恩恵はおおきいと読んでいて感じる。さらに解説部には、随所にラテン語を埋め込んだ逐語訳が置かれ、それにくわえて本の末尾に全体の全訳が置かれている。この配慮もすばらしい。この手のリーダーにはしばしば訳がついていないのだけれど、それは間違っている。

 さらに本文で長母音マクロンが振ってあるのがすばらしい。そんなの当たり前ではないかと思うかもしれない。しかしこれは意外になされていないというのが私の経験が教えるところだ。その結果母音の長短に注意が向かなくなってしまう。しかしこれでは散文のリズムがとれないし、韻文になれば韻律がとれない。この損失は大きいだろう(会話するために発音することがほぼない言語とはいえ)。

 最後に値段設定が英断すぎる。全単語を取りあげて、本文を解説部に再掲し、訳も二種類付けるするという決断のため、全体のヴォリュームは370ページ近くになっている。それなのに3,000円足らずで購入可能なのだ。文法を終えたラテン語学習者のための本だということを考え合わせるなら、破格の値段設定といっていいだろう(いいですよね?)。

 というわけですので、みなさん、一家に一冊買いましょう。最寄りの図書館にも入れてもらいましょう。そうして古代におもむきましょう。いまやウェルギリスではなく山下先生が導き手です。―あらゆる絶望をすてよ、ここをくぐるおまえ達は。

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