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Nintendo-Outside

2009-12-18

任天堂の研究開発費の推移


連結財務諸表から抜き出してグラフにしてみました。DS発売が2004年末、Wii発売が2006年末です。


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2009年度上半期は前年同期比で119.6%の220憶円です。


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2009-06-15

ニンテンドーDSとiPhoneの競合について


Gizmodo Japanに掲載されていた任天堂・岩田社長のインタビューの訳文が原文とやや異なる印象を受けたので自分でも当該箇所を訳してみました。


【追記】2011年9月17日に訳を一部訂正しました。


VentureBeat:

潜在的脅威になるエリアあるいはレッドオーシャンが二つあります。それについて伺いたいと思います。恐ろしいほどの量のフリーゲームが溢れています。過去一年ではこれまでよりさらに多く。


岩田聡

これのためですか(iPhoneを見せる)


VentureBeat:

それとウェブのためです。アクティビジョン・ブリザードの主任取締役ボビー・コチックが、現行のコンソールサイクルでは前回のゲーム機サイクルよりもソフトとゲーム機の価格がより長く高止まりしているといっていました。さらに私たちはまだ景気後退の中にあります。それはゲーム機ビジネスに対する危機であるように思われます。


岩田聡:

もし我々がレッドオーシャンの中にとどまっているならば、フリーゲームは私たちのビジネスにインパクトを与えるでしょう。これに対するいくつかの対策があります。もし私たちがフリーゲームが真似することが出来ない体験を供給することに失敗したら、私たちは生き残ることとが出来ないでしょう。私はフリーゲームが新しいものであるとは思いません。PCにおいて、フリーゲームは常にありました。しかし、それを見つけることはいつも簡単というわけではありませんでした。iPhoneのような人気製品により、今、それはより簡単になりました。アップルがフリーソフトウェアライブラリの規模拡大を大いに促進してきたため、人びとがそれに気づいたのです。iPhoneが状況を突然変えたというのが私の意見です。私たちは人びとに支払うかどうかを問うていきます。人びとに支払ってもらうことはつねに生き残りの問題です。私たちは何か新しくて驚きがあるものを供給していく必要があります。私たちは今日いる場所にとどまりません。明日には違っていなければなりません。


VentureBeat:

あなたはニンテンドーDSiとiPhoneが直接競合していると思いますか?


岩田聡:

もし私たちの会社が直接の競合関係にあると考えていたら、プレゼンテーションMacは使わないでしょう。私は両者が競合関係にあると考えたことは一度もありません。iPhoneの未来とDSiの機能は重なるかもしれません。しかし、もし私たちが差異の方に注目するならば、重なる領域は小さいと言えます。もし、将来において、この重なりが直接競合していると言うべき程に大きくなったならば、私はより注意する必要があります。もうインタビューの間にiPhoneを取り出したり出来ません。今日、私はその心配はしていません。


Nintendo CEO: Wii care about your heartbeat, but not your iPhone, the recession or free games | VentureBeat

2009-04-06

韓国経済新聞による宮本茂インタビュー


ルリウェブで韓国経済新聞による宮本茂インタビューを見つけました。その内容に興味深い点があること、一度ウィンドウを閉じてしまうと再びたどり着くのが英語記事と比べてもかなり困難であること、任スレに書き込むには長文であることから、ヤフー翻訳による翻訳文を、読みやすいように一部編集してここに転載させていただきます。


"頑是無い考えが楽しさを作る"


市場のトレンドを逆う奇抜な創意力


'ゲーム係のスピルバーグ' 任天堂ゲーム開発本部長Miyamotoシゲで専務インタビュー


韓国経済新聞は去る 18日から 20日まで載せられた '任天堂神話解剖' シリーズに対する読者皆さんの呼応に感謝する意味で任天堂ゲーム開発を統べるMiyamotoシゲで専務のインタビュー専門を載せます./編集者


“ドンキー紅?ホングキ東?コングキ東?一体これが何だ.”


1981年日本のゲーム会社任天堂が ‘ドンキー豆(Donky Kong)’と言う(のは)ビデオゲームを出す直前アメリカ支社の販売チーム会議室.販売チーム幹部たちは名前から皮肉ってゲーム開発者 Miyamotoシゲルが回ったとあざ笑った.地球を侵攻した外界人たちをレーザー光線で合わせて落とすゲームが流行った当時少女を誘拐したゴリラをタングタルが木手が追い掛ける幼稚なゲームが売れるわけないと酷評した.


しかし当時任天堂のYamauchiHiroshi社長(チァングアップが経営者で現在コンサルタント)はすべての批判を無視して ‘ドンキー豆’を市場に出した.このゲームは任天堂歴史上最初の ‘成功作品’になった.主人公タングタルが木手 ‘マリオ’は今世界的キャラクタースターがなっている.


任天堂の成功神話を話す時たくさん数えられる要因が ‘市場のトレンドを逆う奇抜な創意力’だ.その創意力の源泉はもちろんゲーム開発者だ.ゲームに及んだ天才たちの無茶な発想と想像力が大当りゲームを誕生させる産室だ.任天堂にもそんなゲーム天才たちが多い.その中でも現在任天堂ゲーム開発本部長を引き受けているMiyamoto シゲで専務(56)はゲーム天才の元祖格だ.


単独インタビューのために最近京都の任天堂本社で会ったMiyamoto専務はジーパンに黒い色ジャケット身なりだった.二つの耳をすべて覆うほどに育てた長髪は 50代中盤のジェントルマンを連想した記者の後頭部を打った.‘ゲーム係のスチーブンスピルバーグ’というニックネームに似合う竜帽羅高でもしようか.実は顔つきよりもっと印象的なことは彼の目だった.笑う度にきらめいていたずらっ気と好奇心の一杯な目つきは 32年前彼が任天堂の門を初めてたたいた時当時Yamauchi社長が彼を抜擢した理由でもあった.


▶ゲーム開発では創意力が重要だが,任天堂創意力の源泉は何か.

“チァングアップが 3歳のYamauchiHiroshiコンサルタントは ‘任天堂はエンターテイメント会社だ,したがって収益は皆エンターテイメントのために投資する’と言って来た.彼はまた ‘エンターテイメントは独特の分野だから他の会社を追い掛けてはいけないし,独創的な仕事をしなければならない’高度強調した. 任天堂のゲーム開発者たちは彼の考えが正しいと信じて付いて来た.他人がしないことを思って作らなければならないという経営者の要求が社員たちの創意力を育てた.これを ‘革新’と表現しても良い.”


▶任天堂にはゲーム開発者に対する優待文化があると言っていたが.

“ゲーム開発者たちがしたい事を勝手にすることができる与件がなっている.任天堂は開発者たちも皆給料制なのでどんな開発者が大当りゲームを作ったと言って個人的に大きいお金を儲けるのではない.代わりにゲーム開発室職員たちは開発コストなど予算を無制限使うことができる.財産はたくさん集める事ができないhても自信がしたい事にお金を勝手に使うことができるのは開発者には幸せだ.”


▶もとよりゲーム開発者をそのように優待したか.

“YamauchiHiroshiコンサルタントが社長時代からそうだった.恐ろしいことで有名なYamauchi社長だったが開発室職員たちがくたびれて有給休暇を申し込めば ‘会社は収益を出しているから心配せずに,楽に休んで来なさい’と承諾した.ゲーム開発室は神聖不可侵の領域だった.新しいことを創造し出す部下たちに以来だとゾレだと干渉してはいけないと言うのがYamauchi社長の哲学だった.”


Miyamoto専務にYamauchi前社長の記憶は特別だろう.勉強よりは無茶な想像のスケッチとアメリカカントリー音楽を聞くことで時間を過ごした大学(カナザワ市立大学産業美術工芸学と) 卒業後Miyamotoはお父さんにあなたの長年の友達である任天堂のYamauchi社長に会うようにしてくれと言って頼んだ.一般会社には到底通いたくなかった彼はゲーム機を作る会社なら味を占めることができるようだった.


1977年二十四歳の時任天堂社長室に尋ねるとYamauchi社長は “何日内で何か面白いおもちゃアイディアを持って来て見ろ”と言った.Yamauchi社長は友達息子なのでただ一度マンナズンのだったがいたずらっ気と好奇心が一杯な彼の目つきに好感を感じてそんな注文をした.


Miyamotoは何日後柔らかくなった木で動物キャラクターを入れて作った子供向けハンガーと三名が同時に乗ることができるシーソーなど発明品と下図を持って行った.Yamauchi社長は彼のアイディアを見ながら豊かな創意力と開発能力を看破して直ちに任天堂職員で採用した.


▶任天堂だけが持っている開発者中心の組職文化みたいなことがあるか.

“何より任天堂の現在経営陣 6人の中社長を含んで 4人がゲーム開発者出身だ.だから会社の意思決定が開発者中心に成り立つと言っても過言ではない.経営陣が開発者たちを理解するから現場感あって,迅速な判断も可能だ.新入開発者たちに対する特別な教育システムみたいなことはない.任天堂で開発者先後輩間関係は基本的に師匠と弟子関係だ.後輩は先輩から仕事を少しずつ学んで慣らしながら経歴を積んで,自分が先輩になれば後輩にノーハウを伝授するようになっている.こんなものなどが積もって積もってゲーム開発分野で競争力が高くなったのだ.”


▶開発者先後輩の間が師匠と弟子関係なら組職規律が厳格のようで.

“そうではない.組職中でのヒューマンリレーションズはとても円満だ.新しいことを思って,顧客たちにまともにできたゲームを伝達するために悩む過程は厳格だが人間的関係は親密だ.皆がゲームを開発する時 ‘顧客の目で満足することができる製品を作る’と言う価値観を共有しているからだと思う.”


▶7階位の本社建物に会議室リビングルームだけ 40個が超えることで入った.どうしてそんなに多いか.

“ゲーム開発職員たちが随時に会議を開いてアイディアを取り交わさなければならないし,外部でもゲームソフトウェアを開発していて来るお客さんたちが多いからだ.良いゲームは机上ではなく討論中に出る場合が多い.”


▶全体社員中開発人力の割合はどの位か.

“約 1500人社員中 1000人位が開発者だ.今年新入社員 102人の中では 80人位が開発人員だ.全体社員の 70% 位が開発者と思えば良い.ニンテドは本社以外にも外部協力社職員 1000人位がゲーム開発に参加している.したがって皆 2000人位がゲーム開発にぶら下げられているわけだ.”


▶本社のゲーム開発者の中には年上な方々も多いと聞いたが.

“40~50代の開発者たちも多い.本社の開発人力中 40代は 30人位だ.私は 1977年に入社したが,当時私と一緒に入社して現在 50台である開発者 10人も皆任天堂に勤めている.”


▶韓国を含めてグローバルゲーム会社たちがオンラインゲームで事業を拡大している.任天堂はオンラインゲームを拡大する計画はないか.

“10年前までしても任天堂はオンラインゲームに消極的と言う言葉をたくさん聞いた.任天堂が関心がなかったのではないが,当時にはビジネスとして時期尚早と思った.しかし今はオンラインゲームなどに進出する時期になったと見る.ただ任天堂は PCを通じるインターネット上での仮想現実ゲームのような狭い意味のオンラインゲームに関心あるのではない.任天堂の興味ある部分はネットワークゲームだ.例えば上と DSネットワークに接続するのが可能だが,それでは楽しさが倍加される.そのような方式に限定された PC オンラインではなく幅広いネットワークゲーム方へ関心を傾けている.”


▶韓国ゲーム市場に対してどんなに評価するが

“韓国人口を勘案する時最近任天堂DS などの販売量にすごく満足している.PCを通じるオンラインゲームが流行って DSのようなポータブルゲームが一般化されない状況で DSは発売 1年ぶりに 100万台,2年目に 200万台販売記録を立てた.”


▶ゲーム市場は国別特性がないか.

“基本的に人々が楽しさを感じる ‘遊び’は国にかかわらず通じることができる.人々が心より楽しく感じるのが何なのかを思って製品を作ったら世界どこにも売ることができる.特に京都の企業らは他の所の流行に付いて行かないで,本然の姿に充実に製品を作る.それでは世界的な商品になると信じる.”


▶DSと上の以後次期製品はどれか.

“普通新しいゲーム機を一つ作るのに 5年位かかる.今も新しい製品を開発しているがまだ対外的に言うことは難しい.DSと上はゲーム機のパラダイムを変えた場合なのに,そんなパラダイムシフトがまたいつ必要だろうかは言い切ることができない.”


▶任天堂ゲームの窮極的な目標は.

“家族映画のように皆が楽しむことができるゲームを作るというのだ.すなわち 5歳から 95歳まで楽しむことができるゲームだ.幅広い年令層で興味を持つようにするためにはどんな遊び距離(通り)が良いかをいつも悩む.ゲームというのが元々 ‘楽しいで’と言うことであるだけにもっと多い人々を楽しくしてくれたい.”


http://ruliweb2.nate.com/ruliboard/read.htm?main=nin&table=game_nin02&left=b&num=23371

2009-03-27