とあるギークのシャウト日記

2011-11-03

追伸、@ats様

08:57

お返事を頂いたので返信いたします。

GMは新しい技術で,GMによって生み出された作物の影響はよく分かっていないので気をつけるべき,という意見は心情的にはよく分かる。ただ,世の中に出回っている品種は,かなりのペースで品種改良されている。つまり,我々は常に未知の遺伝子を持つ作物を摂取しているわけである。この種の遺伝子や作物が引き起こす影響について,GMと同様に警鐘を鳴らす人をほとんど見かけないのは何でだろう。

これは両方共に警笛を鳴らすべき問題だと思います。人体への安全性についても問題ですが、新たな生物種が生態系に放たれてしまう「外来種問題」があるからです。密室での実験なら問題ないのですが、いったん生態系に混入してしまった外来種を取り除くのは極めて困難です。マングースアライグマのような大型の動物ですら取り除けないのですから、植物となるともはや絶望的です。

人体への安全性についても、検証期間があまりにも短いと思います。発がん性や子孫への影響は十分に追跡されているでしょうか。

「自然のものの方が安全だよ」っていう主張についてはこう言っておく。自然は,人間という特定の種のみに利するようなことは決してしない。自然は全ての種に平等に無慈悲である。20代のころ日本中の川をカヤックで下って,さんざん死ぬような思いをして,僕はそう考えるようになった。

カヤックが危険なのは人間が水棲動物でないからだと思いますが・・・。

横にそれましたが、自然が無慈悲だということには同意します。ただ、人はこれまでの歴史においてどのように無慈悲な自然に対処すべきかという知識を蓄積しており、毒性を持った食物を避ける、食物をちゃんと調理してから食べるなどの対処で危険を避けています。また、街を形成することで外敵という無慈悲な存在からも身を守っています。自然の無慈悲に直接さらされているわけではありません。

経済性以外の理由で、新たなリスクを盛り込む必要性はあるのでしょうか?

世界の人口が70億を突破し,このままのペースでは21世紀半ばには100億を超えようとしてる。人口増加がこのまま進めば,食料が足りなくなることが懸念されている。100億の人間を抱える世界では,今以上に高耐性,高収量な作物が求められるだろう。特定の機能に特化した品種改良が可能な遺伝子組み換え技術がないと,この状況に対応できないのではないかと僕は思っている。

飢える人が出れば戦争や紛争が起こることは歴史が証明している。GMを受け入れるかどうかは,僕たちの子供や子孫が暮らす世界の平和に関係している,と考えるのは大げさだろうか?

GM肯定派の人がこのような議論を持ち出しますが、GMで食糧危機が乗り越えられるというのは誤った考え方だと思います。例え収穫量が10%増えたところで、人口の増加が止まらなければそれは焼け石に水です。食糧難の原因は、人口増加や政治的な問題であって、GMという打出の小槌で何とかできると考えるのは誤りでしょう。GM対処療法としては一時的に有効かも知れませんが、原因を取り除くことはできません。問題を先延ばしにするだけです。人類はどうやって人口増加に歯止めをかけるのかということについて、もっと真剣に考えるべきなのです。

GMがもたらすのは食料問題の解決ではなく、一部の企業への利益だけでしょう。そしてその後には食の安全性と外来種の問題がついてまわります。問題とメリットを天秤にかけると、GMを使わないほうが良いと思いますがいかがでしょうか。

2011-10-31

組換え作物反対派の主張する危険性に対する間違った批判に対する反論

23:01

組換え作物反対派の主張する危険性に対する間違った批判を見かけたので反論しておく。

1)遺伝子はあらゆる生物に含まれており、

他の生物を食べている以上、遺伝子を食べることは必然です。

今までも、ずっと食べてきて問題ないのですから、ナンセンスな意見です。

遺伝子を全て同列に扱うことがどれだけ危険だろう。遺伝子というのは2重螺旋構造で、DNAでは4種類の塩基が組み合わさって情報が格納されているというのは確かに共通だ。しかし、重要なのは遺伝子はその情報次第で性質が様々に変化するという点である。食べても(経口摂取しても)平気な遺伝子とそうでない遺伝子がある。そもそも遺伝子が全て同じ性質であれば、遺伝子の意味がないではないか。

プログラムに置き換えてみると次のように例えているに等しい。

プログラムはあらゆるコンピュータ上で実行されており、

コンピュータを使う以上、プログラムを実行することは必然です。

今までも、ずっと実行してきて問題ないのですから、ナンセンスな意見です。

この主張がコンピュータに深刻なダメージをもたらすウィルスを実行していい根拠にならないことは自明であろう。

2)3)上記のように、性質のよく調べられた遺伝子を使っています。

危険性があるような遺伝子(人間に効果のある毒を作る遺伝子など)は、そもそも使いません。

また、組換え作物も調べた上で、危険性の認められたものは開発中止になります。

危険性がないということを完全に調べ上げるのは不可能である。コンピュータに例えると、「このプログラムにはバグがない」と言っているに等しい。いや、むしろ生物のほうが複雑であるので、危険性がないことを証明するのは不可能だ。何をもって安全であるかということの定義も難しい。例えばほとんどの人には無害であっても、0.01パーセントの人にアレルギーが生じるかも知れない。世界中の人々を対象に調査をしたのか?人間だけでなく動植物は?微生物は?

そもそも、よく知られた遺伝子といえども、現在の科学ではその働きを完全に解明したわけではない。普段は何もしない遺伝子が、環境などの変化によって突如としてスイッチが入って動き出すということが多々ある。よく知られた遺伝子でもコンテキストによって働きが変わる危険性を孕んでいる。

従って、「よく調べられたから安全」という主張は受け入れがたい。

「可能性」を言えば、交配育種でも突然変異育種でも同じくらいあります。

むしろ、変化した遺伝子の数が多い分、

それらのものの方が危険性は高くなることは十分考えられます。

さらに、交配育種でも突然変異育種は安全性の確認すら、行われていません。

この点については半分同意。

交配育種はあくまでも自然の中でも行われる交配に基づいた手法であり、その遺伝子はもともとその植物の中に存在していたものである。交配育種はむしろ変化した遺伝子の数が絞り込まれると考えられる。

突然変異育種については同意する。だが、突然変異育種がOKだから遺伝子組み換え作物がOKという意見には同調できない。ここは両方共NGという選択肢を選びたい。

4)作物というのは、人間が手間暇かけないと育たない、弱い植物です。

自然界に種子が逃げたとして、雑草にまず負けてしまいます。

また、花粉が雑草と交配して、例えば雑草が除草剤に強くなったとしましょう。

しかし、特定の除草剤に強いだけであり、あらゆる除草剤に強いわけではありません。

また、雑草にコストと時間をかけて除草剤を撒くという行為が

それほど頻繁にあるわけではありません。

ですので、もともとの数が少ないわけですので、自然界の競争に負け、駆逐されるでしょう。

これは完全に誤った情報である。

例えば遺伝子組み換え菜種が繁殖しているというのは有名な話である。この例で挙がっているのは除草剤に耐性のある菜種であるが、なんとも逞しく生態系へ広がっているではないか。

この引用部分で危険だと考えられる意見は、自然界というカオスを考えるにあたり、強弱という二元的な概念を導入しているところである。○○に弱いから生き残れないという極度に単純化したモデルでは、自然界の動きは予測できない。むしろその種にあったニッチを見つけ出して生き残ったり、菜種の例のように既存の種と交配することで遺伝子が広がるという危険性もある。

自然界における種の広がりという観点では、これは構図的には外来種の問題と非常に似ている。いや、本来存在しない種が生態系に放たれて広がるという意味では、外来種問題そのものと言っていいかも知れない。

実は、筆者が遺伝子組み換え作物に批判的なのは、福岡伸一氏の著書「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」に感化されたという理由が大きい。生物の本質はダイナミックな動作そのもの(≒動的平衡)であり、遺伝子の働きはその動きの中のひとつのピースに過ぎない。遺伝子だけで生物の生長や特徴をコントロールできると思ったら大間違いである。

また、遺伝子組み換え作物には倫理的な問題が残っていると思う。安全性や生態系へのダメージなど様々なリスクを孕んだ遺伝子組み換え作物を、特定の企業の利益追求のために認めても良いのか?目先の経済性のために社会はリスクを犯すべきなのか?生態系のダメージはもとに戻すことができない。ひとつ間違えれば取り返しのつかない事態になる恐れがある。遺伝子組み換え作物がないことで人類が滅亡するわけではないので、慎重になりすぎるぐらいのほうがいいのではないかと思う。

RRRR 2011/10/31 23:27 遺伝子組換作物の危険性を1.「遺伝子自体(DNAの事?)の危険性」と2.「人工的に組み換えられた作物が自然界に及ぼす影響の危険性」の2点で論じられております。2.についてはとても同意できるのですが、1.については同意し難いです。nippondanjiさんのいう「遺伝子自体の危険性」とはいったい具体的に何なのでしょう?個人的には遺伝子自体は悪影響を及ぼさないが(だってただの塩基配列ですから)、その遺伝子によって生成される有機化合物が人体に悪影響を及ぼす可能性はある、というのが正しいのではないでしょうか。(wikipediaの「遺伝子」=> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90 「DNA」=>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%9C%E6%A0%B8%E9%85%B8)

そして「食べても(経口摂取しても)平気な遺伝子とそうでない遺伝子がある。そもそも遺伝子が全て同じ性質であれば、遺伝子の意味がないではないか。」は間違った情報では?

ここからは推論ですが、その影響のある化合物って分析すれば分かるんじゃないの?と思ってます。

nippondanjinippondanji 2011/11/01 07:28 RRさん、コメントありがとうございます。

1については説明が足りてなかったですね。もちろんDNAの作用の結果できた物質が悪影響を及ぼすということもありますが、DNA自体が悪影響を及ぼすというシナリオもあります。活動中のDNAはただそこにじっとしているわけではなく、常に情報の交換が行われています。特にウィルスや細菌では周囲に存在するDNA/RNAとの交換が生じることが知られています。ウィルスがベクターとなって体内にDNAが入り込むというシナリオです。

また、腸内に無数に存在する細菌に未知のDNAが入り込むことによって、細菌が毒性のあるものに変性するという可能性も考えられます。そのような細菌が増殖すれば健康を損ねることになります。

両方とも可能性の話になってしまいますが、否定はできないと思います。例えるなら、ミクロな世界の外来種問題です。

人類はまだ遺伝子の仕組みについての理解が進んでいるとは言いがたいと思っています。その証拠に未だにウィルスによる病気(例えばインフルエンザやHIV)すら完治させることができないのですから。そのような現状を鑑みると、人工的な遺伝子を世界に向かって流出させることにはもっと慎重になるべきだと思うのです。

st43st43 2011/11/01 08:38 タイトルが複雑で、てっきりnippondanjiさんが「反対派を批判する」と思って読んでたら、逆でしたね。

nippondanjinippondanji 2011/11/01 09:11 st43さん、コメントありがとうございます。

タイトルは失敗でしたね。混乱させてすみません。元々エントリ主である@ats氏に反論しますと断りを入れてから投稿したエントリなので、ぶっちゃけ@ats氏へ伝わればいいと考えてしまっていました。このエントリを目にする皆さんのことをしっかりと意識すべきでした。

というわけで、私は遺伝子組み換え作物には反対する立場です。

counterfactualcounterfactual 2011/11/01 12:00 1)の プログラムに置き換えてみると次のように例えているに等しい。というのは、違うと思いますよ。

コンピュータウィルスのプログラムコードを記した紙をスキャンしても、そのコンピュータはそのウィルスに感染することはないです。これまで莫大な量の書類がスキャンしされてきていますが、スキャンしただけで、書類の中身が、コンピュータのプログラムに組み込まれたことはありませんから。

というほうが、まだ近いと思います。

counterfactualcounterfactual 2011/11/01 12:22 また、突然変異は自然界で常に起こっており(だから、選別交配で品種改良ができる)、突然変異育種をNGというなら、自然にもので食べられるものは存在しません。

counterfactualcounterfactual 2011/11/01 15:16 連続投稿ごめんなさい。

最初の私の投稿は、勘違いですね。

紙にどのような文字が印字されていようが、その化学的な性質は、紙とインク(トナー)の化学的性質からはみ出すことはなく、やばいコードが書かれている紙をスキャナーにセットしたなら、スキャナーが壊れたり、コンピュータが壊れることはない。
今までは、このマシンで日本語の文書しかスキャンした経験しかないが、問題は生じていない。だから、英語の文書をスキャンしても、安全だ。

のほうが、まだ適切ですね。

ophitesophites 2011/11/02 00:57 コメントを書こうとしたら非常に長くなってしまったので、記事にしてトラックバックさせて頂きました。

nippondanjinippondanji 2011/11/02 07:56 counterfactualさん、コメントありがとうございます。

突然変異が頻繁に起こっているということは承知しております。この点については説明が至らなかったと反省しているのですが、コメント#2を見ていただければと思います。

修正後のスキャナの例ですが、私にはしっくり来ないです。DNAは印字された紙に例えられるほど受動的な存在でしょうか?印字された紙をスキャンされた画像はコンピュータで実行することはできませんが、DNAは直接生物の活動に関わっているので、イメージ的には画像ではなく文字データ、しかも実行可能なプログラム形式のものに例えたほうがいいと思います。とはいえ、完全に同じ性質のものではないので、例えるのには限界があると思います。

また、印字された紙は内容が変わることはありませんが、遺伝子はトランスポゾンのように移動する箇所があったり、バクテリアやウィルスでは遺伝子の交換が行われていることが知られているように、もっと柔軟な存在ではないでしょうか。最近のニュースでは脳細胞で遺伝子組み換えが頻繁に起きているというものもありました。このような性質を持ったものを、変化することのない印字された紙に例えるのは適切だとは思えません。

もちろん他の生物のDNAが消化されて直接体内に入ることはありませんが、ウィルスがベクタになって取り込まれるということはあると思います。

> また、突然変異は自然界で常に起こっており(だから、選別交配で品種改良ができる)、突然変異育種をNGというなら、自然にもので食べられるものは存在しません。

この点に関してですが、自然の突然変異と遺伝子組み換えを同列に扱うべきできではないと私は思っています。遺伝子組み換えは自然界では起きる可能性がなかった遺伝子の変異だからです。自然界でも遺伝子組み換えによってできたものと同じものが偶然に出現するのならば、そもそも遺伝子組み換えなどする必要がなく、目的にあったものを探しだして交配によって改良すればいいのです。自然には存在しない遺伝子は本当に安全か?ということを誰が証明できるのでしょうか。できないなら、それは商業的に市場に流通させるべきではなく、研究室内の実験に留めておくべきではないでしょうか。遺伝子組み換え作物が無いことで食糧事情が逼迫するということもないので、現時点では商業化を急ぐ必要もないでしょう。金儲けのためというなら尚更です。

counterfactualcounterfactual 2011/11/02 14:09 DNAを紙に書かれた文字にたとえるのは適切だと思います。
なぜなら、DNAはただの物質で何の活動もせず、ほうっておけば、やがて朽ち果てますから。

DNAをプログラムとして働かせるためには、DNAの情報を読み取って翻訳し、自身のシステムで実行可能な命令形式に変換できるシステムに入力されなければなりません。

nippondanji さんがおっしゃるようなふるまいをするのは、生体内にプログラムとしてロードされたDNAです。食べても、人体内にプログラムとしてロードされませんから、スキャンにたとえました。

ウィルスの場合は、宿主の細胞に結合し、遺伝子を侵入させ作動させるデバイスの中に、遺伝子が入っています。たとえるなら、自動で実行するようなプログラムが格納された、電子媒体のようなものです。

要は、いわゆる遺伝子の水平移動の問題なのですが、人間のような生命体では、食べることで遺伝子の水平移動は生じない、というのが科学的なコンセンサスだと思います。

>自然には存在しない遺伝子は本当に安全か?ということを誰が証明できるのでしょうか

まず、遺伝子と、生体内で遺伝子が作り出す物質(蛋白質)にわけて考えましょう。
遺伝子自体は、どのような遺伝子であろうと、食べることではプログラムとしてロードされないので安全です。
問題は、物質の安全性で、これは人体にとって無害なものが選ばれています。

counterfactualcounterfactual 2011/11/02 15:20 連投になります。

腸内細菌については、遺伝子の水平移動で、除草剤耐性の細菌ができちゃった、みたいな話が以前ありました。
その後の詳しいことを調べていないのですが、人間に有害な物質を作り出す遺伝子が組み込まれることはないので、腸内細菌がモンスター化して人間を殺すことは、極めて考えにくいです。

遺伝子組み換え作物の問題は、遺伝子汚染にあると思いますが、これで批判すると、他の要因による、多くの遺伝子汚染を見て見ぬふりしているくせに、と返されるかもしれません。ご指摘のように、外来種による遺伝子汚染は非常に深刻ですから。

なお、個人的には、この世に絶対の安全など存在しないので、安くて、安全性に問題がなければ、遺伝子組み換え作物でもかまいません。もちろん、オーガニック作物でもかまいません。

>安全性や生態系へのダメージなど様々なリスクを孕んだ遺伝子組み換え作物を、特定の企業の利益追求のために認めても良いのか?

同じようなことは、昔々、勤務先のPCをウィンドウズマシンに統一されたときに感じましたね。
知人には、マカーのプライドを捨てて、ウィンドウズマシンに乗り換えたのがいます。
仕事に必要なアプリがウィンドウズマシンでしか動作しなかったからですが、今はintelMacに、Win7を同居させてマカーの誇りを取り戻しています。という私も、家のマシンは同じ環境です。

nippondanjinippondanji 2011/11/02 23:03 counterfactualさん、こんばんは。

> DNAを紙に書かれた文字にたとえるのは適切だと思います。
> なぜなら、DNAはただの物質で何の活動もせず、ほうっておけば、やがて朽ち果てますから。

うーん。それを言うとスクリプト言語を使ったプログラム(文字データだが実行可能なプログラム)と同じだと思いました。スクリプトもインタープリタがなければ何も始まりませんから。しかもハードディスクなどのメディアに入れておくとメディアの損傷と共に朽ち果てます。

コンピュータと生物を例えるのは、性質的に似ている部分はありますが、しょせんは別物なので限界があると思っています。なので「どのような例えが適切か」ということを競うのは、あんまり意味がないと思いつつコメントしています。冒頭の反論では、文章の構造を同じにしたのです。例えが悪かったかなと思いますが、元のエントリでは「どんなDNAでも食べてOK」と読み取れたので、「じゃあ例えば天然痘ウイルス(DNA)」もOKなの?ということを言いたかったのです。余計にわかりにくくなったでしょうか?

そんな毒性のあるDNAは事前に弾いているから大丈夫とおっしゃるかも知れませんが、危険性は本当にないのか、変性して毒性を帯びることはないのかということが十分に検証されているとは思えません。一度事故(生態系にとって不都合な遺伝子が流出するなどの)が起きたら、原発以上に事態は深刻ではありませんか?今の外来種問題を見て分かるように、外来種を駆逐して自然を元の姿に戻すのはほぼ不可能です。多様性は一度失われると元に戻ることはありません。原発以上に慎重になってもおかしくはない問題だと思います。

> 要は、いわゆる遺伝子の水平移動の問題なのですが、人間のような生命体では、食べることで遺伝子の水平移動は生じない、というのが科学的なコンセンサスだと思います。

腸内細菌は問題ないのでしょうか。

> まず、遺伝子と、生体内で遺伝子が作り出す物質(蛋白質)にわけて考えましょう。
> 遺伝子自体は、どのような遺伝子であろうと、食べることではプログラムとしてロードされないので安全です。

プログラムに例えられると、(コンピュータの専門家として)セキュリティホールの存在を思い出さずには居られません。クラッカー達はあの手この手で悪意のあるプログラムをロードさせることに成功していますから。コンピュータプログラムにおいて「絶対安全」というようなことは、口が避けても言えません。

もちろん食物を摂取することで、それに含まれるDNAが直接血管内に注入されるということは仕組み上如何に難しいかということは理解しています。しかし生物学の分野は日々新しい発見が起きていますので、個人的には「絶対ない」というのを言い切るのは危険ではないかと思うのですがいかがでしょうか。(門外漢だからそう思うだけでしょうか?)

> 問題は、物質の安全性で、これは人体にとって無害なものが選ばれています。

この点についても、可能性としてDNAが変異した場合の影響についての考慮がなされているのかというのが疑問です。DNAの配列が少し変わると、タンパク質の性質が少し変化する場合がありますよね?例えば鎌状赤血球症などのように。現在はDNAが変異した結果生成された物質の安全性まで確認されてるのでしょうか?

ところで、就寝の時間なので続きは明日以降にコメントします。

nippondanjinippondanji 2011/11/03 08:26 counterfactualさん、おはようございます。

> 腸内細菌については、遺伝子の水平移動で、除草剤耐性の細菌ができちゃった、みたいな話が以前ありました。
> その後の詳しいことを調べていないのですが、人間に有害な物質を作り出す遺伝子が組み込まれることはないので、腸内細菌がモンスター化して人間を殺すことは、極めて考えにくいです。

ふーむ。なるほど。つまりこういうことでしょうか→「組み込んだ遺伝子によって生成されるタンパク質は、作物の中でも細菌の中でも同じだから人体への影響も同じ」

> 遺伝子組み換え作物の問題は、遺伝子汚染にあると思いますが、これで批判すると、他の要因による、多くの遺伝子汚染を見て見ぬふりしているくせに、と返されるかもしれません。ご指摘のように、外来種による遺伝子汚染は非常に深刻ですから。

密室で農作物を育てられるわけじゃないですからね。カイワレみたいなのなら大丈夫ですが、大豆やトウモロコシなんかは経済性を考えるとどうしても屋外の広い敷地で育てる必要があるので、遺伝子汚染(≒外来種問題)は避けられません。

> なお、個人的には、この世に絶対の安全など存在しないので、安くて、安全性に問題がなければ、遺伝子組み換え作物でもかまいません。もちろん、オーガニック作物でもかまいません。

確かにそうなんですが、汚染が進んで自然が破壊されると、後から人間のクビをしめることになるのではと私は懸念しています。元に戻せないという意味では、原発以上に慎重になるべきだと。あと、遺伝子組み換え食物を食べるかどうかの選択は、個人に与えられるべきですね。

> >安全性や生態系へのダメージなど様々なリスクを孕んだ遺伝子組み換え作物を、特定の企業の利益追求のために認めても良いのか?
>
> 同じようなことは、昔々、勤務先のPCをウィンドウズマシンに統一されたときに感じましたね。
> 知人には、マカーのプライドを捨てて、ウィンドウズマシンに乗り換えたのがいます。
> 仕事に必要なアプリがウィンドウズマシンでしか動作しなかったからですが、今はintelMacに、Win7を同居させてマカーの誇りを取り戻しています。という私も、家のマシンは同じ環境です。

ウィンドウズといえば、Secure bootの問題が最近取りただされていますね。ベンダーの実装によってはPCにウィンドウズしかインストールできなくなるかも知れないというものです。私の本ブログのほうに記事がありますので、もしよろしければご覧になってください。

http://nippondanji.blogspot.com/2011/10/blog-post_26.html

2010-12-15

Re: 東京都青少年条例を考えるヒント5 「肌の露出は誘いの合図?」

05:18

規制賛成派の人のブログでおかしな主張があったので突っ込んでおく。規制賛成派・・・だよね?という感じのが。

http://mediaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-785b.html :title]

話の概要は「肌を露出させると男はOKのサインと思いがちだけど、実は女からすると全然そんなことないよ」という有り触れたものなのだが、それが東京都青少年条例についてどのようなヒントになるというのだろうか。そもそも、このエントリで主張されていることは、立場を変えると規制反対派の擁護になってしまう。

ツッコミ1

私が大学生の男女を対象に実施したアンケート調査によれば、露出が高い服を「OKサイン」と考える男子は21%に上る。ところが、自分の露出にそのような意味を込める女子は4%に過ぎない。

まず、4%というのはかなり大きな数字ではないだろうか。一部にそのような人が居るのだから、露出が高い服を「OKサイン」と考える(そのように考えて行動し、間違っていなかったことが証明された)男性が居てもおかしくはない。

今回の規制は「有害図書」を読んだ男性は犯罪を犯すという思い込みによって決定されたものだが、果たして有害図書を読んだ結果犯行に及んだ性犯罪者は、性犯罪者全体の中でどのぐらいの割合を占めるのだろうか?上記のアンケートでは男女差で5:1程度であったが、

有害図書を読んだ影響で犯罪に走った性犯罪 : 有害図書の影響とは無関係な性犯罪者

という比率は、恐らくそんなもんじゃ済まないぐらい開きがある。如何に思い込みが危険であるかとうことをわざわざ教えてくれているのだろうか。

ツッコミ2

女性がどのような服を着るかは「好み」による部分も大きい。脚線美が自慢ならミニスカートを履きたくもなるが、必ずしも挑発しているわけではない。露出した肌を「見せびらかす」ことと、実際に「触らせる」ことには、雲泥の差があるためだ。

犯罪が描かれた作品を「鑑賞する」ことと、実際に「犯罪をおかす」ことには、雲泥の差があるよね???

作家の立場から見ると「鑑賞する」というところを「表現する」と読み替えて差し支えない。一体鑑賞や表現の何が悪いのかが分からない。

ツッコミ3

だが、このような心理は男性向けメディアにはわかりにくいと見える。痴漢の被害に遭った女性を、「露出する服を着ていたのが悪い」と逆に責める風潮すらある。勝手な誤解が、女子から服装の自由を奪う。

有害と指定された図書を読んでも実際に犯罪には走らない心理は当たり前なのだが理解されていないように見受けられる。勝手な誤解が、作家から表現の自由を奪う。

2010-08-07

競争にもまれて強くなろう。

08:31

Inspired by 競争にもまれても強くならない。 島国大和のド畜生

元記事には山ほど突っ込むべきところはあるけれども、ここはひとつ手短に。

 競争にさらされる事で強くなる等と盲信して、ハムスターの縄張りに、キングギドラの上陸を許す奴は、楽天的というレベルでは無い。利敵行為だ。

このたとえはひどい。そもそも前提からして間違っている。ハムスターの縄張りにはたとえ許されたってキングギドラは来ない。そもそも規模が違いすぎて食えないでしょ。100円、200円単位のビジネス=ハムスターだとして、億単位の資本を持っている輩が今更そんなビジネスをするだろうか?

そもそも、ハムスターだってそこですでに生存競争をしている。競争のない世界をハムスターに例えるのは間違っている。

おそらく元エントリ主が言いたかったのは「外敵が居ない方が業界が繁栄する」という旨のことだとは思うのだが、これは短期的には確かに正しいだろう。実際、生物も外敵が居ない環境なら増える増える。しかし、淘汰が働かない場合、そこに「規模の成長」はあっても進化や発展はない。長期的にはその点が問題になる。

もちろん、自国の産業が未熟で保護が必要な場合には保護・支援するべきだろう。だが、そういった保護は期限付きにするべきであり、最終的には産業は自立しなければならない。自立が出来ない産業はそもそも必要ない。(国の風土と合ってないのだろう。)不要な保護が残っていると、規模だけが大きいあまえた企業が跋扈することになってしまう。そういった企業は政治と癒着し、進化せず、国を疲弊させることになるだろう。

 そもそもgoogleamazonとガチバトルして勝てる企業体力のある会社なんかあるのか?

この問いには、「そもそも日本でGoogleAmazonと勝負する必要はない。勝手にやらせておいてOK。」だと答えたい。問自体がナンセンス。日本にすべてがそろっている必要はない。得意分野に注力して、しっかり外貨を稼げばいいのだ。GoogleAmazonのサービスは、単にありがたく利用させて頂くだけでOKなのだ。そもそも、両社とも日本法人があるし、日本で雇用を創出してくれていることを忘れてはならない。雇用の面でも利用させていただけばいいのである。

 競争にさらされて強くなる以前に、死ぬわ。勝負にならない。手合い違いにござる。

企業が競争で敗れても、人が実際に死ぬわけじゃないから問題はない。人材が足りないところへ人が流動すればいいだけである。借金を背負ったら破産宣告すればいいだけである。「失敗=死」という日本の風潮がいちばんイケナイんじゃあないだろうか。

戦力比も考えず、いきなりガチ勝負すれば、国際競争力がつくとか、バカじゃないのか?

日本には資源がない。最終的に、食っていくためには海外から資源を調達しなければならず、そのためには海外へモノやサービスを売らなければならない。つまり、日本という国は根本的に海外との競争から目をそらすことが出来ないという宿命を背負っているのである。ビジネスにおいて敗戦国にならないようにするには国際競争力が必要。実際、電気メーカーや自動車メーカーなどは国際競争力がある。TOYOTAはしっかりガチバトルしているじゃないか。

国際競争力をつけるために市場を開放する動きは別に悪いことじゃない。そもそも、海外の企業にとって日本という市場は、規制がなくなっても様々な障壁が存在する。例えば言語。日本語ほど特殊な言語は他に存在しない。日本の商習慣もかなり特殊で、海外のビジネスマンがいきなり日本へやってきても、たいていうまく行かないことが多い。

あと、ガラパゴスについては、産業を保護してきた側面もあるけど、成長の芽をつんできた側面があるのを忘れてはいけないと思う。例えばガラケー。海外と同じ規格にしていれば、日本のメーカーはもっと海外向けの携帯端末を開発することができただろう。

元エントリの「戦略が必要」という主張には同意するけれども、市場開放=バカというのはいささか考えが足りない。特に長期的な視点が抜けている。あと、保護という利権を享受した輩どもは、なかなかそれを手放そうとしないという点についても考えたほうが良いだろう。後々遺恨を残すような政策は賢いとは言えないので、保護というのはできるだけしない方がいいのである。



元エントリを読んでまっさきに頭に浮かんだのは外来種問題。ビジネスと違って、生物は海や地形といった障壁によって、物理的に隔離されている。その障壁を人間が破り、外来種を持ち込むことがどれだけ危険な行為であるかは、元エントリ主はきっと理解しているに違いない。ブコメにも賛同する意見が多く見られたけど、そういう人たちはきっと外来種問題を理解していると信じたい。バス釣り反対。

2010-07-28

そもそも夫婦別姓が好かれないわけ - オレオレ流

08:21

id:T-3don 氏の

そもそも夫婦別姓が好かれないわけ - みつどん曇天日記

に触発されて書いてみる。

一応、俺の立場を明確にしておくと、正直夫婦別姓というものには違和感を覚える。

ぶっちゃけ、好いた同士がいっしょになるとき、今の制度の中でも法的に「別姓」を名乗ることは可能だ。結婚しなければいい。ただ一緒に住んで、結婚届けを提出しなければいいのである。そうすれば別姓を名乗ることに何の躊躇もない。結婚届を提出しないと、税制上様々な控除が受けられなかったりするのが問題だと言うのなら、そんなものは全て撤廃してしまえばいい。そうなると結婚届を提出して「法的に」結婚することの意味はあまりなくなってしまうかも知れないが、だったら結婚なんて制度は撤廃してしまえばいいのである。同姓にしたい人は性を変更すればいいのだ。子供がどちらの性を名乗るかは親同士が相談して決めればいい。

そもそもだけど、結婚(一夫一婦制)は文化や風習が醸成してきた制度であると思う。そんなのは文化や風習の域にとどめて、法的な側面とは切り離してしまったほうがすっきりするのではないか。夫婦になろうと思ったら、法律ではなく文化的に風習的にちぎりを交わせばいいのだ。単に結婚式をすればいい。お互いの気持ちの方が、紙切れなんかよりずっと大事ではないか。変な紙切れなんかで拘束しないほうが、夫婦の絆は強くなるんじゃあないか。

結婚すると夫婦の財産は共通になって、すると離婚時に財産分与が問題になったりするのだけど、そもそもそんなものはナンセンスである。夫婦の財産は分けたままにしておけばいい。そうすれば財産分与の問題は発生しない。妻が主婦をするというのであれば夫が生活費を出すことになるが、夫の収入から夫婦がどれだけ貯蓄に回すかは、夫婦で相談して決めればいいのである。

子供の養育についてであるが、この点については今まで通り、両親にその義務を負わせるべきだろう。別居するなら養育費は払う。ただし、この点については、父親が子供を育てることになったら母親は養育費を払うという義務を追加して頂きたい。現状の「父親だけが養育費を払う」という制度はフェアでないからだ。現在は「養育費の全額を父親が払う」という前提で養育費が試算されているが、本来は夫婦で折半するべきなのだから、相場はだいたい今の半分ぐらいになるべきである。父親が払うときも今の半分。母親が払うときも今の半分。それでようやく平等だと言える。

結婚という法律上の制度がなくなると、夫婦は別れやすくなるかも知れない。しかし、簡単に別れられてしまうからこそ、その絆を強めようという努力を日々怠ってはいけない、相手をもっと大切にしようという気持ちに繋がるんじゃないか。今の日本の病巣は、夫婦お互いに我慢を強いる結婚制度にあるように思う。そんな制度なんか無くしてしまって、男も女ももっともっと自由に生きられるようにすればいい。

ぐだぐだ書いたけど、夫婦別姓なんてチマチマしたことを議論するなんて不毛で仕方がないと思うんだ。

nucnuc 2010/07/29 02:27 枝葉末節ですが、日本は夫婦別産制の国ですので財産が全部共有になるわけではないです。

また、引き取らなかった母親も養育費払います。ただ、額は合意で決まるものなので母の収入によっては請求しないこともあるようです。

nippondanjinippondanji 2010/07/29 07:43 id:nuc さん、
コメントありがとうございます。勉強になります。(ちなみに、本ブログへの初コメントです!)

こういうことって、学校で教えるべきだと思うんですよねえ。

MikaguraMikagura 2010/07/30 11:57  そうですね、両親が離婚しているので養育費については多少聞きかじりましたが、父か母かに関係なく、請求できる養育費は年収に左右されるそうです。
 相談に同行したとき、プリントアウトされた表がファイリングされていましたから、制度か慣習かはともかく、かなり明確な基準があるんじゃないでしょうか。
 
 あとは、法はある程度の慣習や文化を内包するものなので、完全に廃止というのは中々賛成し辛いです。
(あくまで結婚制度存続、選択的夫婦別姓賛成)