題詠100首選歌集(その56)

 昨夜から今朝にかけて、東京にも台風が接近するという話だったが、夜半に少し強い雨が降っただけで、さしたることはなかった。今日は朝から晴れ。もっとも天候はかなり不安定だとのことだ。


       選歌集・その56


002:次(296〜320)
(佐山みはる) 咲き次ぎて心清(すが)しも朝顔のその名を「天上の青(ヘブンリー・ブルー)」と聞けば
(春畑 茜) 次の週まで待つことの長ければうすむらさきの鶴を折りたり
005:放(269〜293)
(久野はすみ) 葉のうえにあさつゆあまつぶひとつなく八月は放心の向日葵
(あいっち)放水を終えたあかるさ六月の朝の風が乾きはじめる
(お気楽堂)放課後というときめきの残像をセーラー服と一緒に屠る
(新藤伊織)作られることがないまま放られた弁当用の野菜をすてる
(佐山みはる) 湯に放つパスタの9分 イタリアの青の洞窟はいまだ見ざりき
(春畑 茜) うち海につづく放水路のみづの秋の日のあを車窓にひらく
(夏椿)本心を放てぬわれに無花果はみづからあかき胸ひらきをり
028:供(183〜207)
(冬鳥) 頭から刃を立てる魚(うを)の背は二度と戻らぬ海への供物
(瑞紀) どの辻のお地蔵様にも新しき花が供えてあると気づけり
(夏端月)失った恋の供養に飲む酒はせつなくあまい 月が、きれいだ
029:杖(182〜206)
今泉洋子)外出を許可されしとふ病みあがりの友花柄の杖で華やぐ
佐藤紀子)杖をつき「か」の字になりて辿りつく山小屋並ぶ富士の頂上
(里坂季夜)明け方のマクドナルドで頬杖をつけばいつかの薄桃の空
(夏椿)わが知らぬ地名を杖で空に書く老の濁音ゆたかな訛り
(下坂武人) 松葉杖つきつつわらう少年の二度とみることなき海は あお
059:ごはん(102〜126)
(萱野芙蓉) 水とごはん供へてわれは死にびとをただやすらかに死なせて置かむ
(近藤かすみ)「ごはんまで遊んでおいで」と言ひしより九年すぎてあの子帰らぬ
071:メール(81〜105)
(橘 みちよ) 届かずに戻りしメール受信せり夜の静寂(しじま)に行き場なくして 
(紫月雲)「らじゃ」という一行メールでさえいまも削除できない 風は秋いろ 
(五十嵐きよみ) もうすでに誰かが使っているらしいbohemeというメールアドレス
(佐原みつる)ダイレクトメールに紛れ込んでいた除籍通知をひかりに翳す
(ワンコ山田) リンドウが少し蕾をゆるめたと地球(ほし)の裏から来るメールボム
072:緑(78〜102)
(青野ことり)緑蔭という名のついたギャラリィにひとときの涼さがしに入る
(斉藤そよ) わたくしのなかの緑がめずらしくたそがれている九月土曜日
(ワンコ山田) 一面の緑果てなき草原のジグソーパズル風が眼に染む
074:銀行(78〜102)
(美木) 通帳を並べ3つの銀行の残高よりも多いため息
(本田鈴雨) 植込のタマツゲつねにかつちりと銀行の脇かためてをりぬ
084:球(51〜76)
(椎名時慈)もしキミが絶望するなら地球など終わってもいい エアコンは「強」
(沼尻つた子)どう思われようが構わぬと言いたげな片岡球子の富士と向きあう
(ほたる)向き合って世界を回すビニールの地球儀の上に探す未来図
085:うがい(51〜75)
(村本希理子)銀色のうがひコップに水満ちて歯医者の午はひとときのなぎ
(わたつみいさな。) 言わなけりゃよかった言葉がこだましてうがい薬を原液で飲む
(蓮野 唯) まだ上手く出来ないうがいでも音を上手に真似る我が子は二歳