題詠100首選歌集(その22)

        選歌集・その22

001:咲(123〜147)
(白亜)ふつふつとあわだつ陽ざしの午後きみの歩いた跡に菜のはなが咲く
(鮎美)咲きながら落ちし椿はぽつかりと空を見てをりその傍を踏む
(莢)咲くまでは名前のわからぬ草々があふれて初夏の矩形を崩す
(紫月雲)朝顔はいくつ咲いたか息子より早起きしたき夏終わりゆく
(谷口みなま)今朝咲いたブラックティーの初花を自慢したくて君にそなえり
064:妖(26〜50)
(周凍)風のこゑに妖しきもののしづもりも乱れて月のかげ凍る夜
(湯山昌樹)「面妖な」などと授業でつぶやくと教室内は?(はてな)でいっぱい
(中西なおみ)妖怪とおばけと霊の違いなど聞かされている夏の境内
佐藤紀子)妖怪のベストフレンド鬼太郎を見て育ちたる子らも中年
065:砲(26〜50)
(はぼき)帰れないふるさとの味せめてもと鉄砲漬けを母へ土産に
(白亜)異国での砲撃のニュース聞きながらポカリひとくち飲みはじめてる
(五十嵐きよみ)チャンスにも主砲のバットは沈黙し胃の痛み出す八回表
佐藤紀子)難聴で大声なりき若き日を砲兵としてすごしし父は
(深影コトハ)空砲に飛び立つ雁を見送って昨夜の事は訊けないでいる
066:浸(26〜50)
(はぼき)いつまでも白いままでと塩水に浸されているリンゴのウサギ
(五十嵐きよみ)コンサートの余韻に浸りつつ歩く一駅先まで肩をならべて
(廣珍堂)夜気の窓浸す闇へと共鳴し高架道路を夜行バス行く
(深影コトハ)バスタブに溜まる月光に浸されて発酵していく私を抱いて
067:手帳(26〜50)
(白亜)水鳥が飛びたつさまを思い出す きみの白い手帳のかたち
(円)新しい手帳を開く手つきにて真白いシャツのボタンを外す
(光井第一)スケジュール欄大きめの手帳買い“僕に彼女ができた”と書いた
佐藤紀子)終活の手始めとして母子手帳を子らそれぞれに送り届ける
(深影コトハ)果たされぬまま色褪せた約束を手帳ごと燃やす静かな夜に
(まる)君のくれし白き手帳に一年の予定を記す嫁ぎてのちの
068:沼(26〜50)
(五十嵐きよみ)少女期は小暗き沼に浮かぶ舟からっぽのままただ揺れていた
(コバライチ*キコ)アイヌ語で老いたる沼と言われきしオンネトー湖は青磁色して
069:排(26〜50)
(原田 町)塩分やカロリー過多は気になるが排骨ラーメン美味しく食べる
(深影コトハ)いつもよりホットミルクを甘くして雨のワルツを聴く排卵
070:しっとり(26〜50)
(湯山昌樹)しっとりと草木のからだを湿らせて夜が明けんとす 晩夏の四時半
(中西なおみ)しっとりとおっとりの違い説きながら仔猫と過ごす雨の休日
(佐野北斗)しっとりとしめった髪に指を入れ目をとじるとき わたしはひとり
佐藤紀子)しつとりと優しき女(ひと)になる夢の叶はぬままに嫗さびたり
(深影コトハ)しっとりと手順通りに濡らされて女はやがて海へと還る
(まる)霧雨に届きし手紙しっとりと湿りを帯びて包みより出づ
071:側(26〜50)
(五十嵐きよみ)にわか雨 待たせる側より待たされる側が気楽な性分だから
佐藤紀子)生きている側から見れば仏壇のご先祖さまは気楽さうなり
(槐)縁に座しふたり色なき風受けて黙せる昼の時移ろひぬ
072:銘(26〜50)
(鈴木麦太朗)一昨年の静岡銘茶の封切れば一昨年の夏が香るよ
(湯山昌樹)大いなる事をしとげた人物の墓碑銘ほど字の数は少なし
(谷口みなま)色足袋に夢二好みの銘仙のきつつなれにしつま夢見たり
(髯仙人)またひとつ 限界集落 消えにけり 橋銘板に 絡む蔓草
(諏訪淑美)墓碑銘に「愛」とか「恋」とか増えてきた公園墓地につつじ満開
(中西なおみ)博多駅銘菓ひよこの紙袋コンコースの中行ったり来たり
(廣珍堂)金箔がうつすら載つた銘菓食み故郷の街にただ雪ぞ降る
(深影コトハ)これは君の愛した銘柄 どうでもいいことばかり思い出される夕べ