ジョル『第一次世界大戦の起源』

ジェームス・ジョル『第一次世界大戦の起源』

   英国・オックスフォード大学のヨーロッパ現代史家が書いた古典的名著である。ジョルは1994年に亡くなった。ジョルは、国家の功罪、思想の影響、支配層の個人の重視などで現代史を描こうとした。この本でも、1914年7月危機から開戦までの過程を追いながら、どうして世界大戦が起こったかを解明している。
   同盟外交の進展、軍国主義による軍備拡張競争、各国の内政の圧力、国際資本主義の激化、帝国主義の領土獲得の対立、好戦思想や戦略思考の優位などを、詳しく追って、政治家が戦争になだれ込んでいく状況を検証している。ドイツの世界覇権主義の支配層だけでなく、英・仏・露などの政治家たちが、この戦争の予想も見通しもなく開戦に踏み切る状況追随には驚かされる。
   ジョルはマルクス史学の資本主義・帝国主義による戦争というマクロの視点よりも、政治家たちの個人的責任を重視しているようだ。政治家たちが行為の結果を自覚せず、行為がもたらす利害得失に冷静な勘定ができなかった状況を分析している。英国のグレイ外相のような楽観論もあげられている。
   私が興味深く読んだのは、どこの国にもこの戦争の大衆的支持があったという「1914年の雰囲気」という時代精神からの起源論である。国際緊張と軍備拡張の悪循環による好戦的雰囲気の醸成が、戦争が一つの救いとみられたことや、急進的ナショナリズム民族自決権の至上価値観が、戦争に向かわせたとジョルはいう。
強い愛国心と自衛本能に訴える思考。フランス社会主義の旗手ジャン。ジョレスがゼネストで戦争阻止を訴えていたのに、14年に戦争支持に傾き、自由主義の平和反戦運動や労働者階級の国際連帯が崩壊していくのは、大衆が過度に国民社会の内部に統合されていたことをあげている。
   知識人でも作家エミール・ゾラさえ「軍備を放棄した国家は滅び、戦争は規律・犠牲・勇気の学校」という。社会進化論による国家の生存競争、適者生存思想が好まれ、哲学者・ニーチェの行動と暴力による「権力の意志」への呼びかけと、ブルジョア社会の偽善的道徳や閉塞感、俗物根性への反抗、隣人愛より戦争と勇気の方が、偉大さを成し遂げるという感性。ドイツやロシアの大多数の兵士の背嚢にはニーチェの本がはいっていたという。
   ジョルは学校の歴史教育愛国主義や、集団肉体訓練のボーイスカウトの人気なども、好戦的ナショナリズムの雰囲気を1914年に高めていたと述べている。政治家たちは、国益を伝統的領土・戦略上の観点から規定され、勢力均衡維持、生存のための国際的闘争の不可避に束縛されていたとジョルは指摘している、(みすず書房、池田清訳)