横手慎二『スターリン』

横手慎二『スターリン

    私が学生時代には、「反帝、反スタ」と云われ、スターリン社会主義を堕落させたという見方があった。横手氏は、ソ連崩壊後に公開された史料を使い、非道の独裁者とみる人と、スターリンを評価する人がいまも多いのは、何故かを解こうとしている。20世紀の革命と戦争の時代を象徴する一人の指導者を描いた力作である。
    私が横手氏の本を読んで感じたことを、列挙してみる。
    ① スターリンは「革命家」だった。ロシア帝国周辺地のグルジアの貧窮な粗暴な靴職人の子に生まれ、母の努力で教会学校から、チフリス神学校に進むが、抑圧的管理体制に反抗し退学処分になる。ここから労働者として工場に入り、革命運動を行い、たびたびシベリア流刑になり、脱走を繰り返す。革命家は体制を覆すため「敵―味方」を峻別し、敵に対しテロルを使ってでも打倒する。レーニントロッキーのような理論的知識人でなく、スターリンは現場での活動家であり、組織家である。その革命心性は、最高指導者になっても、革命転覆の 「敵」を仮想し、粛清を行うことに成る。
    ② グルジアという周辺における民族自決というグルジアナショナリズムが、スターリンの根底にあり、共産主義民族主義が融合している。レーニントロッキーのグローバルな視点はなく、ロシア民族主義に融合して、連邦制をとりながら、「一国社会主義」を形成するとともに、少数民族への排外主義が生じ、ヨーロッパ資本主義国への警戒になる。
    ③ 党組織を握る実践家として優れた独裁者となる。1930年代の計画経済による急進的工業化と農民搾取による資金蓄積は、多くの犠牲を出すが貫徹する。この工業化は、その後の後進国の「開発独裁」のモデルとなる。工業化=軍事化は、西欧資本主義国に包囲され、反革命の危機におびえる革命家スターリンの本能からだが、結果的には、ヒットラー・ドイツとの第二次世界大戦勝利につながる。
    ④ 私が興味深かったのはスターリン家の不孝である。酒乱の父との絶縁、母への愛、先妻の早くの死、後妻の自殺、長男の独ソ戦で捕虜・収容所での死、二男は空軍将校だったがスターリンの死後、禁固と追放で40代の若さで死ぬ。娘は死後スターリン姓を改める。娘の視点から小説に書きたいくらいだ。(中公新書