吉川浩満『理不尽な進化』

吉川浩満『理不尽な進化』

  吉川氏は、進化論を自然科学と人文学・歴史学、説明と理解、決定論と偶発論の「中間」にある理論という。この吉川氏の本こそ、文系と理系を超えた横断的な中間領域を思想化した本だと思う。知的なスリルに満ちている。生物学者ドーキンスとグールドの理論の中間を、横断していて面白い。
  遺伝的にも優れ、自然にも適応していた生物が、偶発的な小惑星の地球衝突で、種が絶滅していく「理不尽さ」から書きだされている。99・9パーセントの生物が絶滅していくことから、「遺伝子か運か」の問題は、これまでの先入観を見事に揺るがしていく。
  進化論の「自然選択」、「適者生存」の理解が、自然科学と資本主義社会での理解のはざまの相違も先入観を揺るがす。この本は進化論理解の理解を問う本としても読める。だが、私は存在論と認識論、普遍と特殊、人文学と自然科学の関係を考えた思想書だと思う。
  特にドーキンスとグールドの思想対立に焦点を当てたところは。いま正統進化論としてドーキンスの勝利とされていることに対して、グールドの自滅的矛盾(自然科学と歴史などの矛盾)とされていることを、救い出そうとしていることが面白かった。私のようにグールド好きにとっては。
  後半になると、思想書の色が濃くなる。ハイデッカーやガダマー、ベンヤミンヴィトゲンシュタインまで論じ、自然科学的世界像とは何かに肉迫していく。重厚さを感じた。吉川氏の思惟方法は、進化論だけでなく、モダニズムポストモダン思想にも当てはまるのではないのかとさえ思う。
  進化論や自然科学論と、人文、社会科学、さらには芸術にまで普遍化していける考察が、吉川氏の本には詰まっていると思う。刺激を受ける本である。(朝日出版社