ガワンデ『死すべき定め』

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』

 私はいま終末期ガン患者で、医薬用麻薬で緩和ケアをおこなっている。だから米国の外科医ガワンデ氏の終末期ガン患者の最後を、いかに「豊かな死」を迎えるかを描く迫真迫る文章であっても、あまり読みたくなかった。読んでみると最後まで涙は止まらなかったが、読んだ後は爽快感があった。
 医学の発展で、人間は寿命が次第に伸びてきている。同時に「死」という有限性も延長し「新しき終末期」が始まっている。
 ガワンデ氏は、それを患者・医者・家族・介護(ホスピス者)の4者の葛藤として描いていく。「ニョーヨーカー」誌にしばしば医学文章を書いているだけあって、ストーリーを構築するうまさも抜群である。
 緩やかな拷問のような治療を、医者・患者・家族がいかに「豊かな死」に変えていくか、その苦闘が、ガワンデ氏の病院患者や、近所や友達、親戚の各症例別に、見事な文章で書かれ、感動的である。
 ともかく「選択」の連続である。一歩間違えば死にいたるか、苦痛の連鎖になる。助からない限界に「勇気」をもって立ち向かっていく行為は、凡人を英雄にする。「敗北する英雄」に。
 最後の方は、ガワンデ氏とガンを患う実父との「共闘」による闘病記であり、涙がとまらなかった。親子ともに医者だから、父も自分の症状はよくわかるのだが、それまで冷静だった父さえも最後は絶叫の日々だった。
 死んだ後インド出身だった父の骨を、ヒンズー教徒でもないガワンデ氏が散骨する場面は、人間の「限界性」とはなにかを考えさせる。(みすず書房、原井宏明)