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西野神社 社務日誌

2005-12-31 大晦日

参道の行列

全国どこの神社でもそのはずですが、今日はかなり忙しかったです(元旦の明日の方がもっと忙しくなるはずですが)。昨日までは朝9時に授与所を開けていましたが、今日は朝から参拝者が多かったため、いつもより少し早く、8時半には授与所を開けました。助勤の巫女さんたちは9時に出社するので、それまでは私が授与所に詰め、その後は社務所に戻り、今日の昼3時から執り行われる大祓式(師走の祓)という祭典の準備をしました。

昼の1時には、当社の総代さんたちが出社し、境内の除雪や清掃等をしていただき、また、参道脇にて今夜一晩燃やすかがり火の準備等もしていただきました。総代さんたちがいろいろとお手伝いをしてくれたため、この時点で今夜の準備はだいたい整いました。

私は朝から昼過ぎ頃まで、境内に立つ「注連縄・〆飾り」の幟を「初詣」の幟に差し替えたり、各場所に設置されているストーブの灯油を確認したり、参道沿いに立つ各灯籠の電球が切れていないかを確認したり、境内の除雪をしたり、宮司さんと一緒におみくじを設置するためのテントを設営するなどの雑用をこなしていました。

昼の3時からは、大祓式が執り行われました。大祓式とは、6月末と12月末の年2回、半年間の罪穢れを取り祓うために執り行われる祭典で、人形(ひとがた)という人の形を模った紙の人形に息を吹きかけて全身を摩り、罪穢れをその人形に移し、大前にお供えして祭典を斎行した後、その人形を忌火で御焚き上げするという神事です(川や海に近い神社では、人形は燃やさずに川や海に流します)。

今日行われた大祓式は、6月末に行われる「夏越の祓」に対して、「師走の祓」もしくは「年越の祓」などと称され、今年下半期の罪穢れを祓い落とすとともに、新たな年を迎えるために心身を清める、という意味合いがあります。祭典の内容は「夏越の祓」とほぼ同じですが、ただ「夏越の祓」の場合、祭典は拝殿の外(参道)で執り行われ、祭典中に参列者全員で、向拝に設置された茅輪(ちのわ)をくぐりますが、「師走の祓」の場合は、拝殿の中で執り行われ、また茅輪は設置しないのでくぐりません。

なお、いつもの祭典は斎主以下祭員は3名なのですが、今回は、年末年始のこの時期だけ当社にて助勤をしている、京都の神職養成機関に在学している学生さんも祭員として参列したため、4名での奉仕となり、その学生さんには玉串後取という所役をしてもらいました。祭員としての奉仕は今日が初めてのようで、かなり緊張しているように見えましたが、無事に玉串後取としての務めを果たしてくれました。斎主以下祭員は、全員、浄衣という装束を着装して祭典に臨みました。

大祓式後は、拝殿内を清掃し、胡床(こしょう)と呼ばれる参列者用の椅子を並べ直し、今夜斎行される除夜祭と明朝斎行される歳旦祭の準備をしました。

授与所は夕方5時に一旦閉め、助勤の巫女さんたちにも一度家に帰ってもらい、私たち職員も社務所にて休憩態勢に入り、境内は、“嵐の前の静けさ”ともいうべき静寂に包まれました。あとは今夜の祭典(除夜祭)まで、特にすることもないため、宮司さんの奥さんや奥さんのお母さんが作ってくれた夕食をいただいたり、少し仮眠をとるなどして、夜の8時頃までゆっくりと休みました。

夜の8時半頃から、神様にお供えする神饌の準備をしたり、玉串を用意するなど、除夜祭の諸準備を始めました。9時頃には、一度家に帰った総代さんたちが再び当社に集合し、9時半頃には、助勤の巫女さんたちも再び出社してきました。そして夜10時からは、当社では本年最後の祭典となる「除夜祭」が執り行われました。

除夜祭とは、大晦日の夜に神社で斎行される、年越祭とも称される祭典で、今年1年間の神様の御恵みに感謝する祭典です。もともと宮中では、鎌倉時代末期頃まで、大晦日には陰陽師により追儺(ついな)という神事が執り行われおり、室町時代以降、追儺は節分に行われるようになったのですが、その後も大晦日には年越しの神事が行われ続け、明治になってからその神事が除夜祭という今の形に改められたと云われております。

神社で執り行われる祭典には、その重要度に応じて大祭、中祭、小祭、という3つの区分があり、その区分により祭典の次第や祭員が着装する装束も異なってくるのですが(大抵の祭典は小祭で執り行われます)、今日の除夜祭と明朝の歳旦祭はともに中祭に当たり、私たち祭員は中祭に対応した斎服という装束を着装しました(斎服の写真は、この社務日誌の5月27日付の記事に貼付されているので御参照下さい)。昼の大祓式に引き続き、除夜祭にも、神職実習生の学生さんにも祭員として参列してもらい、4名で奉仕いたしました(ただし学生は斎服ではなく浄衣という装束です)。

ちなみに、毎年除夜祭は、総代さんたちや、当社の神輿会である神力会や、敬神婦人会の代表など、当社の関係者だけが参列しているのですが、今回は、本人の希望により、神社の近くの家でホームステイをしているドイツ人の留学生の方も参列しました。とても流暢な日本語を話される女性の方で、日本の文化にも大変興味を抱いており、祭典では彼女にも玉串拝礼をしていただきました。

祭典が終わると、あとはいよいよ新年を迎えるだけです。祭典を終える頃には参道に、初詣の参拝者の行列が出来始めました(写真参照)。私たち神社の職員にとっては、明日は“最も長い一日”になるでしょう。本年は、本当に多くの方々に、大変お世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。皆様、本当にどうもありがとうございました。来年もどうかよろしくお願い致します。

(田頭)

2005-12-30 お正月の飾り物

注連飾り

参拝者が少なかった昨日とは一転して、今日は沢山の参拝者が当社に来られました。当社の境内で、授与所の一部(写真参照)を使って業者が販売している注連縄や〆飾り等、正月の飾り物関係も、今日はかなりの数が出て、夕方頃には完売して在庫がなくなってしまうものも続出しました。

正月の飾り物は、29日は9(苦)という数字が含まれていることから飾りつけを避ける人が多く、また31日も、「一夜飾り」といって葬儀と同じになり縁起が良くないとして避けられる傾向があるため、毎年29日と31日の間の今日が、飾り物関係は一気に出る傾向があるのです。

ところで、それらお正月の飾り物には、いろいろな意味があります。例えば、玄関の前に立てる門松は、お正月に各家庭に訪れてその年の豊作と家族の幸福をもたらす「歳神様」(としがみさま)を迎えるためのもので、歳神様は、この門松を依代(乗り移るもの)として、これを目印に各家庭に降りてこられるのです。門松に松を使うのは日本古来の樹木信仰によるもので、常緑樹には神が宿るとされたためです。ただし現在は、大きな門松を立てるのは大きな会社・銀行・商店などだけで、一般の家庭では、松の小枝を門柱にくくり付けるなど、簡略化された飾り付けが主流になってきています。

〆飾りには、通常の注連縄同様、結界の意味があり、穢れを祓い、不浄なものを寄せ付けない、魔除けとしての役割があり、お正月の前に玄関、台所、トイレ、自動車などに飾って、神様を迎え入れるための準備をします。なお、これら正月の飾り物は、「松の内」とされる1月7日まで飾っておくのが一般的とされています。

(田頭)

2005-12-29 今日の札幌

千木

今日の札幌は、−9.6℃まで気温が下がり、今冬で最も厳しい寒さとなりました。最高気温も−3℃までしか上がらず、しかもこの寒さに加え、札幌では西区南区を中心に激しく雪が降り、ときどき吹雪にもなったため、今日は神社に参拝に来られる方は少なかったです。

注連縄や正月の飾り物等は、12月26日から28日の間か、もしくは30日に飾り付けるのが一般的で、29日は「9」という数字が含まれていることから「苦立て」といってこの日に飾り付けをすることは昔から敬遠されており、そのため当社の境内で業者が販売している注連縄や飾り物関係も、昨日に比べ今日はあまり出なかったようです。

今日はとにかく雪が降り続き大変でした。除雪をしてもすぐにまた雪が積もってしまうため、今日は頻繁に境内を除雪していました。今回の写真は、当社の拝殿の屋根に積もったその雪の様子です。

この大雪の影響で、市内各地の道路は昨日から至る所で渋滞しており、今朝の朝刊にも市内の渋滞の様子を伝える記事が掲載されていましたが、その記事のタイトルも「車ノロノロ 札幌で累計120センチ」、「雪は降る、あなたは来ない… あいさつ阻んだ吹雪」という、非常にわかりやすいものでした(笑)。道内の高速道路も、吹雪のためいくつかの区間で通行止めになり、それが一般道の渋滞にさらに拍車をかけていたようです。

ところで、今日、今冬の最低気温を記録したのは、空知管内の幌加内町で、なんと−29.7℃まで気温が下がったそうです、凄いですね。幌加内町とは比較的近い位置にある、北海道第二の都市である旭川市でも、今日は−19.5℃を記録したそうで、道内の天候は内陸部を中心に元日頃まで、最低気温が平年を下回る激しい寒さが続く見込みとのことです。それ以降は平年並みの気温に戻るらしいですが、暫くは、まだこの寒さが続くようです。

また今日からは、お正月を故郷で過ごす人たちの帰省ラッシュが始まり、道内では、JR札幌駅新千歳空港を中心に今朝から混雑が始まっています。札幌市内のペットホテルはほぼ満室状態で、犬と一緒に泊まれるホテルが少ないため、旅行に出かける人がペットホテルに犬を預けていくというケースが多いそうです。

(田頭)

2005-12-28 鏡餅

鏡餅

今日は官公庁の御用納めです。御用納めとは、「年末年始の休みの前のその年の最後の事務をとること」で、明治6年から、官公庁は法律により12月29日から1月3日までを休暇とすることが定められています。なお、官公庁でその年の最初の事務をとることは御用始めといいます(1月4日が御用始めです)。一般の企業においても、官公庁同様、だいたいは今日が仕事納めとなりますが、スーパー、コンビニ、ホテル等、年中無休のサービス業では、当然ながら仕事納めという言葉は使われません。

当社では、今日から鏡餅が飾られました(写真参照)。鏡餅とは、大小つの餅を重ねた丸くて平たい餅にお正月の飾り付けを施したもので、神様にお供えするために飾られるものです。三方の上に半紙を敷き、その上に裏白を載せ、2重ねの餅をお供えし、串柿、干しするめ、橙、昆布等を飾り付けます。鏡餅や正月の注連飾り等は、余裕を持ってなるべく早めに飾るのが望ましく、12月31日に飾るのは「一夜飾り」と云われあまり好ましくはないと云われており、一般には、鏡餅は神様をお迎えする象徴として1月11日の鏡開きの日までお供えを続けます。

また当社では、今日、鏡餅よりもさらに小さな大小2重ねのお餅に輪ジメ(輪状に結んだ注連縄に紙垂を付けた、簡略化された注連飾り)を付けたお餅を、社務所の台所とトイレ授与所の台所とトイレ、神輿殿神楽殿拝殿と社務所との連絡通路に設置されている手水など、計7箇所にお供えしました。最近は一般の家庭ではあまり行われなくなってきましたが、鏡餅とは別に、水周り、火回りや家の要所などの各所に小さな2重ねのお餅をお供えする、というこの風習も、古来から続く日本の正月独特の習慣の一つです。

(田頭)

2005-12-27 犬の雑誌に掲載されました

CANE Style

ニューズ出版が発行する犬の情報誌「CANE Style」の最新号(今月15日発売のVol.5、写真参照)に、犬の親子の姿が彫られた当社の創祀120年記念碑の写真と、当社の授与品「ペットお守り」の写真が掲載されました。

「CANE Style」(カーネスタイル)は、「人と犬を中心に豊かで洗練されたライフスタイルを送る」というコンセプトで、20代〜30代前半の女性を対象に全国で5万部発行されている季刊の雑誌で、当社の記念碑やペットお守りの写真は、「開運度UP↑ワンちゃんと一緒に神社参り」という記事に掲載されました。

なお、創祀120年記念碑については、この社務日誌の6月21日付に、またペットお守りについては7月3日付に詳しく記しておりますので、そちらも併せて御参照ください。

(田頭)

2005-12-26 ラジオ中継が行われました

インタビューを受ける宮司

今日は、午前中、上棟祭に奉仕に行ってきました。今月は、例年の同時期よりも外祭を受ける件数が多く、例年よりも多少忙しかったのですが、その外祭(地鎮祭、上棟祭、竣工祭等)も、今年は、今日の上棟祭が最後となります。

年末年始は施工業者も休みになるため暫くは外祭もなくなり、そのため神社では、毎年外祭のなくなるこの頃から年末年始に向けての準備や態勢がさらに本格化・加速化し、間近に迫った正月をいよいよ万全の態勢で迎えることになります。今日の午後からは、私も授与所に入り、助勤の巫女さんたちと一緒に授与品の授与を行いました。

また今日は、京都の神職養成機関(神職を養成する学校)に在学する学生が、当社に助勤に来ました。当社での学生の助勤期間は、今日から来月5日までの11日間で、神職実習生の助勤を受け入れるのは当社では初めてのことです。ちなみに、助勤の巫女さんたちは、来月4日まで出社します。

ところで、今日は昼の1時50分から10分間程、当社にてHBCのラジオ番組「カーナビラジオ午後一番」の生中継が行われました。授与所の前で、リポーターからのインタビューに答える形で、宮司が、当社の「えんむすび絵馬」や「恋みくじ」などの解説をし(写真参照)、リポーターも放送中に実際にくじを引くなどしました。

放送のすぐ後、当社の社務所を訪れた清掃業者(男性)の方から、「さっき車のラジオで聞きました。ここって縁結びで有名な神社だったんですね。男性でも効き目があるんですか?」と言われ(勿論あります!)、また、当社に荷物を届けにきた宅配便のドライバーも、社務所の玄関で恋みくじを引いて行ったので、番組を聞いていた人は多かったようです。

(田頭)

2005-12-25 年末年始態勢スタート

授与所

当社では、今日から年末年始に向けての態勢が本格的にスタートします。普段は御簾(竹を編んだ帳)が上から垂れ下がった状態で窓口が閉まっている授与所も今日から開け(写真参照)、それに合わせ、助勤の巫女さんたちも今日から出社します。

これにより、普段は社務所の受付(玄関)で授与しているおふだやお守りなどの各種授与品は、再び授与所を閉める来月の15日まで、全て授与所にて授与をいたします(9:00〜17:00まで)。また今日からは、当社の境内にて、正月の注連縄や注連飾り等の販売も行われます(ただし、注連縄、注連飾り等は業者による販売で、当社は販売のための場所を提供しているだけです)。

なお、授与所に詰める関係から、毎朝9時から当社職員が幣殿にて行っている朝拝は、授与所を閉めるまでは休止されます(授与所を閉めるまでは、皆が揃って、という形ではなく、各個人での参拝となります)。

今日はいろいろと慌しく、拝殿の向拝や社務所の玄関に、御神紋入りの大きな幕を吊るして張ったり、絵馬を奉納する吊り棚やおみくじを結び付ける木枠の台を、授与所前の所定の位置から、大勢の参拝者が同時に吊ったり縛ったりできるよう社殿近くの場所に移動させたり、向拝に掛けてある拝礼作法(再拝二拍手一拝)の案内の看板を、来年の厄年・年祝・八方除・星厄の一覧表の看板に付け替えたり、幣殿の祓戸(祓いを行う場所)の御幣大麻(お祓いをするときに用いる祭具)の紙垂を新しく作り直して付け替えたり、他所の神社に行って物を受け取ってきたり、境内の除雪をしたりと、特に大掛かりな作業はなかったものの細々とした作業をいといろとしていました。

また、今日は正午近くに、「神符神札遷霊祭」という、参拝者や氏子さんたちには非公開の祭典が執り行われ、当社で扱っているお札、お守り、その他各種の授与品に対し大神様たちの霊威を遷霊いたしました。これは仏教でいう“魂入れ”のようなもので、神社のお札、お守りなどが単なる商品や縁起物ではなく、神聖な“授与品”として扱われるのは、こういった祭儀を通じて、授与品には神様や神様の御神威が宿っているからです。

ところで、社務とは関係ないプライベートな話で恐縮ですが、年末のこの時期は、神社以外でも何かと忙しく、忘年会等の飲み会も多く行われ(昨夜は友人宅でのクリスマスパーティに行ってきました)、家では年賀状を書いたり、大掃除をしたりと、新年を迎える前にしておかなければならないことはいろいろとあります。年賀状は、今年こそ早めに書こう、と毎年思いながら、結局いつもクリスマスを過ぎてから、時間に追われながら焦って書いています。また、私は自治体の消防団にも入団しているのですが、今の時期は消防の歳末特別警戒の時期なので、各地の消防団ではパトロール等の活動を行っており、今日は私も、社務を終えてから担当地区のパトロールに行ってきます。

(田頭)

2005-12-24 クリスマスと日本人の宗教感

クリスマスツリー

今宵は“聖なる夜”とされるクリスマス・イヴです。街では至る所でクリスマスの華やかな飾りつけが施され、デパートや商店などでは、既に先月から、この日に向けての大規模な商戦が展開され(特に玩具業界やケーキ業界は大忙しでしょう)、家庭や職場においても、この日に向けて何日も前からクリスマスツリーを設置し飾り付けている所は多いことでしょう。

よく知られているように、「クリスマス」とは、キリスト教の開祖であるイエス・キリストの生誕記念日(12月25日)のことで、「クリスマス・イヴ」とは、その生誕記念日の前夜祭(12月24日)のことです。そのこと(クリスマスがキリスト教に由来する行事であるということ)は、クリスチャンではない日本人でも、一般常識として皆知っています。しかし、そうであるにも関わらず、この日本で、実際にイエスの生誕を記念する趣旨でクリスマスをお祝いしている人は、まずほとんどいません。生粋のクリスチャンはともかく、大部分の日本人にとっては、クリスマス・イヴやクリスマスとは、家族もしくは親しい友達同士でパーティーを開く日、あるいは恋人同士で過ごす日、という程度の認識でしかありません。

日本のある小学校で、クリスマスにお祝いをしている家庭の割合を調べたところ、その割合は実に全体の70%にも及んだそうです。つまり、70%の家庭で、クリスマスツリーを飾ったり、クリスマスケーキを食べたり、子どもにクリスマスプレゼントを贈るなど、クリスマスの行事に参加したり関わったりしているのです。しかし、これらの人たちが皆、本当にイエスの生誕を祝す意図でクリスマスの行事に積極的に関わっているのなら、わが国の人口の70%はキリスト教徒ということになりますが、実際には、日本の総人口に占めるキリスト教徒の割合はたったの1%弱で、割合的には、キリスト教徒は日本には百人に一人しかいないというのが現実です。

昔、国鉄の駅にクリスマスツリーが立てられているのを見かけた、ある禅宗の僧の参議院議員が、「国有鉄道が特定の宗教を支持するのは憲法違反である」と抗議したことがありましたが、それに対して国鉄は、「あれは宗教ではない。季節のアクセサリーである」と反論し、結局その反論が認められたことがありました。このときの国鉄の反論が、クリスマスという行事に抱く日本人の平均的な感覚なのではないでしょうか。

神社やお寺が経営する幼稚園でも、当たり前にクリスマス会が行われますし、その際には、神主や僧侶がサンタクロースの服装で園児たちにプレゼントを配ったりもします。神社や寺院で公式行事としてクリスマスのイベントを実施することはないにしても、神主や僧侶も家庭においては、子どもと一緒にクリスマスツリーを飾り付けたり、子どもにクリスマスプレゼントを贈るなどしてクリスマスの行事に関わっているケースは多いはずです。また、昨年テレビのニュースで見たのですが、栃木県日光に鎮座する、世界遺産にも指定されているある有名な神社では、毎年、崇敬者のケーキ職人からクリスマスケーキの奉納を受けているそうです。

こういった、神社関係者や仏教関係者がクリスマスの行事に関わっている現実は、厳格なキリスト教徒からみると、節操や信念のない行動と映るのかもしれません。しかし、本来は一神教の神様であるはずのキリスト教の神様ですら八百万の神々のなかのひとつの神様、と考え受容してしまう日本人の寛容な宗教的感覚からすると、こういったことにも何の違和感は感じないのです。日本人は、元旦には神社に初詣に行き、お盆やお彼岸にはお墓参りに行き、クリスマスにはケーキを食べ、大晦日にはお寺に除夜の鐘を突きに行きます。また、子どもが生まれると神社に初宮詣に行き、その子どもが七五三の歳になるとまた神社に行きますが、結婚式はキリスト教の教会で挙げ、葬式は仏式で行う、という人が多いです。こういった現象も、日本人の宗教に対する寛容さ故のことであり、他国であればまず考えられない現象です。

私は以前、函館に観光に行ったとき、元町地区を歩いて回ったことがありました。函館は日米和親条約により幕府が開港した港街で、そのため歴史が浅いといわれる北海道のなかでは、歴史のある重厚な建物が多く残っており、特に元町には、明治の香りが漂うレトロな建物が多く、キリスト教の教会も多く建てられています。その元町地区を歩いて回ったとき、私はそこでも日本人の宗教に対する寛容さを感じました。道路を挟んで、カトリック教会、ハリストス正教会、聖公会の教会、東本願寺別院などが隣接して建っており、異なる複数の宗教の施設が同じ場所で寄り添う様に共存・協調していたのです。

それは、日本人にとっては別段驚く程のことではない、よくある日常の光景かもしれませんが、異なる宗教間の対立や衝突が激しい地域では、例えば、常に宗教間の抗争が絶えない中近東や、あるいは、同じキリスト教徒でありながらカトリック系住民とプロテスタント系住民が激しく対立し幾多の血が流されている北アイルランドなどでは、こういった光景はまずありえません。世界的にみると、日本のこういった状況は、非常に珍しい例だと思うのです。

ですから、これは西野神社としての公式見解ではなくあくまでも私(田頭寛)の個人的な見解ですが、神社で公式行事としてクリスマスのイベントを行うのはさすがに不適切かもしれませんが、非公式に、もしくは神職が家庭などで個人的にクリスマスのイベントに関わることは、私は一向に構わないことだと思っています。むしろその寛容さこそが大切なのではないかと思います。

そもそも今の日本では、クリスマスはキリスト教の宗教行事というよりは、もはや一般年間行事の一つであり、クリスマスツリーも、かつて国鉄が言ったように「季節のアクセサリー」なのですから、神職がクリスマスの行事に関わったからといって、そう目くじらを立てることはないと思います。それで氏子さんたちや家族との円滑な交流が図られ、その交流が結果的に神道の教化に繋がるのであれば、問題など何もないはずです。

もっとも、だからといって私は、神職も積極的にクリスマスに関わるべきだ、とまで言っている訳ではありません。神社神道の神職である以上、神職として譲れない部分があるのも確かで、何でも妥協すれば良いということではないのは言うまでもありません。

ところで、クリスマスがイエス・キリストの生誕をお祝いする記念日だとはいっても、実は、12月25日は本当はイエスの誕生日ではありません。それはキリスト教のどの教派も認めている事実で、聖書にも、イエスの誕生日が具体的に何月何日であるという記述はありません。そのため初期のキリスト教では、1月1日、1月6日、3月26日などをイエスの降誕祭としてお祝いしていたそうです。

12月25日は、もともとはミトラス教という、1世紀後半から4世紀にかけてローマ帝国で広まった宗教の「太陽の誕生日」で、4世紀にユリウス教皇が、その記念日をキリスト教の祭日として取り入れてイエスの誕生日にすり替えたことにより、12月25日がイエスの降誕祭として定着していったと云われています。実際には、イエスが生まれたのは冬ではなく、夏だったのではないか、とも云われております。

サンタクロースやクリスマスツリーも聖書からの出典によるものではなく、そのためキリスト教の一派のなかには、「エホバの証人」の通称で日本でも広く知られている「ものみの塔」のように、「クリスマスは異教徒の冬至祭に端を発しており非聖書的である」として、12月24日・25日は一切お祝いをしないという教会もあるそうです(ただし正統派キリスト教会とされるカトリック教会、東方正教会、プロテスタント系諸教会、英国国教会などは、エホバの証人は異端であり、正統なキリスト教会ではない、としているそうですが)。

(田頭)

はじめましてはじめまして 2013/12/25 11:49 はじめまして。
私は、今秋から具申書を頂き、実家の伊勢神社のサラリーマン禰宜になる者です。

ちょうど、クリスマスについて、かなり…悩んでいたので・楽しく参考に、拝見させて頂きました。

思ふに…クリスマスイブは、今上天皇ご生誕の後夜祭に過ぎません。
クリスマスは後後夜祭にすぎない。
今を生きる天皇の生誕祭>昔の…キリスト聖誕祭でなにが悪い…とまで…今年の自分は正月と晦との段取りとプレッシャーで頭がいっぱいいっぱいで。
クリスマスにはじめて…ちょっと嫌だなぁと逆ギレ?ではないけれど、思ってしまったのです。

さらに…24日は31日…晦の大祓といふ大祭の7日前にあたります。
厳格な神道家だと禊して、物忌に入る日に当たるのではないでしょうか…。
そんな日に日本人に飲み食いさせるイベントを設定するなんて…もしかしたらGHQの洗脳や嫌がらせの産物の一つではないのか!(笑)(半冗談)
と疑問に思ってしまいました。
物忌については…自分は年末ギリギリまで仕事があるから喋らないのは不可能ですが、食べ物の制限を昨日からはじめました。

色々・考えてしまうのですが、キリストも八百万の神と捉えると…なるほどと思います。
ケルト人やノルマン人にとっての冬至の日なら世界の共存共栄にとって、我々にとっても・とても大切な日です。民と趣を同じくするのも、神職の努めなのかもしれません。

…ただ、共通の神とはいえ、八百万の神の一人のバースデーを祝うなら…他の八百万の神の誕生日、知らないなぁ…歴代天皇の誕生日…知らないという大変愚かな自分に気がついてしまいました。
うろ覚えですが猿田彦命の生誕に関係するとも噂で聞いた事があります。
正月開けて時間が出来たら・少しづつ調べてみたいです。

…悩めるコメント失礼しました、すみませんでしたm(._.)m

田頭田頭 2013/12/26 10:13 >はじめまして様

はじめまして。コメントありがとうございます!

記事本文でも述べましたが、私としては、神社が公式行事のひとつとしてクリスマスをお祝いするのはさすがに不適切だと思いますが、神職といえども個人的な行事や慣例のひとつとして、家族や友人同士などでクリスマスにケーキを食べたり贈り物をしたりするのは、何ら構わない事だと思っています。それに対して、別に目くじらを立てるような事は無いと思っています。

神社神道を篤く信奉する余り、それに対しても何となく抵抗を感じる、というような場合は、仰るように、今上陛下の天長節の後夜祭・後々夜祭と認識をすれば宜しいかと思います。
他にも神道的な理由が必要であるならば、大正天皇例祭(http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20131225)の前夜祭・当日祭という考え方もできますし、クリスマスに関しては、神職ももっと柔軟な考え方で対応しても良いのではないかな、と私は思っています。あくまでも私の個人的な考えですが。

神職として、今はかなりお忙しい時期ですよね。
体調等崩さぬよう、御自愛下さい。

2005-12-23 天皇誕生日

今日は「天皇誕生日」です。この祝日は、昭和23年に「国民の祝日に関する法律」により天皇誕生日と改称されるまでは、「天長節」という名の祝日で、新年(四方拝や朝賀、新年宴会など新年を祝う一連の祭祀・儀式)、紀元節(現在の建国記念日)、明治節(明治天皇の御生誕記念日)とともに「四大節」のひとつとされていました。

記録の上では、奈良時代後期から天皇誕辰に百官の祝宴が行われていたようですが、天長節が全国的な行事として盛大に執り行われるようになったのは、明治元年、明治天皇の御誕生日である9月22日に第1回目の天長節の行事が執り行われてからです(明治天皇の天長節は明治6年、旧暦から新暦への改暦に伴って11月3日に改定されました)。なお、大正天皇の天長節は8月31日でしたが、その日は夏休み中につき、10月31日が代日として設定され、天長節の行事が執り行われました。

昭和天皇の天長節は4月29日で、戦後は、前述のように「天皇誕生日」と改称され、国民に広く親しまれてきましたが、この4月29日は、今上天皇の御世になってからは「みどりの日」と名を変えて、引き続き祝日として残りました。しかし、「昭和天皇を偲ぶとともに、昭和の苦難と復興をかへりみ、国の将来に思いを馳せる」という趣旨から、4月29日を「昭和の日」という名の祝日に変えようという運動が全国規模で起こり、その結果、今年の5月には、参議院本会議において改正祝日法が可決され、「昭和の日」の制定が正式に決まりました。これにより、平成19年からは、4月29日は「昭和の日」と改称されることになり、それに伴い5月4日が新たに「みどりの日」となります。

ところで、天皇誕生日の今日、当社のような中小規模の一般の民社では特に祭典は行われませんが、大社においては、陛下の御誕生を祝し陛下の御長寿を祈願する「天長祭」という祭典が斎行されます。例えば、伊勢の神宮では、内宮にて皇居を遥拝、外宮の行在所にて御真影に拝礼した後、忌火で調理された御飯、御神酒、季節の山海の物などが御神前にお供えされて天長祭が斎行されます。神社によっては「天皇御誕辰奉祝祭」の名で天長祭が斎行されるところもあります(靖國神社など)。また、宮中においても天長祭が執り行われ、今日は皇居の一般参賀も行われます。陛下は今日、72歳になられました。

ちなみに、明治と昭和は、ともに日本の歴史上特筆すべき時代であったことから、文化の日(明治節)、みどりの日(昭和の日)としてそれぞれ記念日が作られたのであり、今後、天皇が代替わりする度に祝日が増えていく、という訳ではありません。

(田頭)

2005-12-22 冬至

提灯

今日は冬至です。冬至とは、一年を24等分する季節区分法「二十四節気」のひとつで、毎年、新暦の12月22〜23日頃が冬至となります。冬至の今日、北半球では正午の太陽の高さが年間で最も低くなり、そのため年間では昼が最も短く、逆に夜が最も長くなります。日脚は今日を境に、除々に延びていきます。

今日、当社では、拝殿の向拝、鳥居前、駐車場の入口に、それぞれ堤燈台と堤燈を設置しました(写真参照)。堤燈は、安全対策のため本物の火は使わず、内部に電燈を入れて灯火させます。今日は、堤燈を設置しただけでまだ内部に電気の配線等は組み入れておりませんが、来週の日曜から、正月期間が終わるまで毎夜点燈し、境内を明るく照らします。

ちなみに、今日は、札幌市内の小学校205校、幼稚園17園、養護学校2校で、一斉に2学期の終業式が行われました。子どもたちにとっては、いよいよ待ちに待った冬休みの到来です。中学校では、26日に終業式が行われるそうです。

(田頭)

2005-12-21 女性誌に掲載されました

ViVi 2月号

一昨日発売された、講談社刊の女性誌「ViVi」の2月号(写真参照)に、小さいながらも当社の紹介記事が掲載されました。「ViVi」とは、女性のためのファッションとビューティを核としたライフスタイル情報誌で、18〜23歳の女性を対象に(ただし実読者層は14〜36歳)、全国で毎月約46万部発行されている女性誌です。

その「ViVi」2月号では、「全国LOVE神社・LOVE寺 ココへ行けば間違いない!」という企画が2ページに渡って組まれ、特に縁結びに御利益があるとされる全国を代表する15の社寺(神社14、寺院1)が掲載されているのですが、西野神社は、その15の社寺のなかの一社として掲載されました。

記事では、当社は「札幌では貴重な縁結び神社」として紹介され、当社で扱っている「えんむすび絵馬」も紹介されました。えんむすび絵馬については、「絵馬が2枚重ねで、願い事を人に読まれないのがいいんだ」という22歳の学生のコメントと、「絵馬の気づかいがピカイチ!」という編集部のコメントが載せられ、当社の授与品のなかでは特にえんむすび絵馬を高く評価していただきました。なお、当社のえんむすび絵馬については、この社務日誌の4月15日付の記事にも詳しく記させていただきましたので、もし宜しければそちらも併せて御参照ください。

ちなみにこの記事では、当社以外では、出雲大社(島根県)、東京大神宮(東京都)、気多大社(石川県)、結神社(岐阜県)、生田神社兵庫県)、地主神社(京都府)などが、縁結びの神社として紹介されておりました。

(田頭)

2005-12-20 身内に不幸があった場合

神棚

最近よく、身内に不幸があった場合の神棚のお祀りの仕方について、電話で問い合わせを受けます。今年身内が亡くなったのですが、正月飾りは遠慮した方が良いのでしょうか、とか、今年は喪中なので新しい御神札(おふだ)を受けるのは控えた方が良いのでしょうか、あるいは、故人が亡くなってから1年間は神棚に半紙を貼っておかなければならないのでしょうか、などといった質問が寄せられます。

身内に不幸があった場合、今回貼付の写真のように、神棚の正面に半紙を貼り、家庭における毎日のお祭りを一時中断するのですが、その中断の期間を何日間とするのかは地方によっても違いがあります。しかし、大体は、身内に不幸があってから50日までが、その中断期間とされています(厳密には、当人と故人との関係によりその期間も異なりますが)。

その50日間は、神社へのお参りを控え(正月を挟んでいる場合は、当然初詣も控えます)、神棚でのお祭りも中断しますが、その50日間が過ぎれば、神社や神棚へは普段と同じように関わって問題ありません。ですから、その50日を過ぎてさえいれば、神社から新しい御神札をお受けしたり、正月に注連縄(しめなわ)を取り替えたりしても、何ら差し支えはありません。ただ、故人が亡くなってからまだ1年経っていない場合は、賑やかな飾り物を付けたり松飾りを立てたりすることなどは、遠慮した方が良いかもしれません。

なお、今回の写真では、半紙をそのままの状態で直接お社に貼っておりますが、小さい神棚などでは、半紙をそのままの大きさで使うと大きすぎる場合もあるので、その場合は適当な大きさに切って使っていただいて構いません。また紙についても、白い紙であれば、別に半紙に拘らなくても構いません。この写真では、お宮に直接半紙を貼っておりますが、天井近くに設置されている神棚の場合は、天井から吊るす形で貼っていただいて構いません。

(田頭)

田頭田頭 2006/03/04 06:29 (補足)
平成18年3月2日付の記事「服忌」も併せて御参照下さい。

2005-12-19 天候が荒れています

今日の札幌は天候が回復し、日中は気温も0℃まで上がったため過ごしやすい日となりましたが、昨日は、発達した低気圧の影響で道内各地で大雪が降り、気温もかなり低くなったため、とにかく寒くて大変でした。

昨日は地鎮祭があったのですが、現場は雪に埋まっていたため、まず施工業者と一緒に現場の除雪をしてから斎場の舗設を行いました。祭壇の上にお供えする水器という器には水を入れるのですが、祭典が終わる頃には、その水器に入っている水の表面は薄っすらと凍っていました。温度計を見なかったためそのときの正確な気温は知りませんが、短時間で水が凍るということは、だいたい冷凍庫の中と同じくらいの気温だったのでしょう。

天候の荒れた昨日は、道内各地で交通も乱れ、北海道の空の玄関口である新千歳空港では数十便が欠航となり、JRでも十数本の列車が運休となり、高速道路も、札幌〜旭川間など6区間で通行止となりました。高速道路の通行止めはすでに解除されましたが、国道39号の石北峠など、一般道では今もまだ一部の区間で通行止めが続いているようです。

昨日から今日にかけて北海道の上空を覆った強い寒気は、普段は雪の少ないオホーツク海側や太平洋側東部にも多くの雪を降らせ、北見市の隣の留辺蕊町では、12月としては観測史上最多の74cmの積雪を記録したそうです。また釧路市では、今季初めて除雪車がフル出動しましたが、除雪が夕方までかかった地域もあったそうで、釧路市には約350件もの苦情が寄せられたそうです。

ところで、この時期の天気予報などでは、よく「真冬日」とか「冬日」といった言葉が出てきますが、この両者の違いは、一言でいうと、最高気温が0℃未満の日が真冬日で、最低気温が0℃未満の日が冬日、ということです。ですから、夏日真夏日との関係とは、概念が異なります。

(田頭)

2005-12-18 新しい仲間

新しい仲間

もうすぐお正月です。普段は社務所にて授与品の授与を行っているため、繁忙期以外は閉まっている当社の授与所も、来週からは運用を始め(来月中頃まで)、それに合わせ、授与所を開ける25日からは助勤の巫女さんたちも出社するようになります。そしてその1週間後には、いよいよ新年を迎えます。

あと2週間で新しい年を迎えるわけですから、当然当社でも、いろいろとお正月の準備を進めています。今日は、授与所、手水舎神輿殿に張ってある注連縄をそれぞれ新しいものに張り替えました。また、来月7日からは、「どんど焼き」の一時保管場所として神楽殿を使うことになるので、明日は神楽殿で、「どんど焼き」に出される品の保管をするための諸準備をします。厄祓、家内安全、八方除、星厄消除などの、正月の御祈祷の授与品の準備は、昨日まででほぼ終わりました。お正月の準備は今がピークを迎えています。

また、年末のこの時期は、様々な団体で忘年会や納会などが行われます。私も会員の一人である、北海道神宮の崇敬講社の一つで神道行法の実践団体でもある「さざれ石会」では、今日、例会のあとに納会が行われました。例会は、朝7時から、北海道神宮の直心亭で行われ、最近は社務の都合で例会には出席できないことが多かったのですが、今日は今年最後の例会となるため、私も出席してきました。

今日の例会では、皆で神道行法の「鎮魂」を行い、その後は、出席者全員で北海道神宮の拝殿に昇殿し、大前にて大祓詞を奏上してきました。引き続き9時からは納会が行われたのですが、西野神社での社務があるため、私は納会には出席しませんでしたが、また来年も、時間の都合がつく限り例会には出席するようにして、日々禊(ミソギ)や鎮魂を実践していきたいと思っています。

ところで、西野神社の境内には、当社の宮司夫婦が住んでいる職舎があるのですが、その職舎で、通算3匹目となる新しい犬を飼うことになり(1匹目と2匹目の犬はもうおりません、2匹目の犬は享年14歳でした)、今日、その新しい犬が当社にやってきました。

今日当社にやってきたのは、キャバリアという犬種の、生後3ヶ月のメス犬です(写真参照)。キャバリアは、優しく穏やかで、遊び好きで愛嬌もあり、家庭犬として理想的な犬種といわれており、また、他の犬やペット、見知らぬ人に対してもすぐに仲よくなる社交的な犬です。

犬は職舎の中で飼うため、普段社務所にいる私はあまり接する機会はありませんが、この新しい仲間の今後の成長を、陰ながら温かく見守っていこうと思っています。

(田頭)

2005-12-17 宮司の似顔絵

宮司

昨日、当社は、小学校2年生の女の子から自作の絵本を贈呈されましたが(12月16日付の記事参照)、その絵本の中には、当社の宮司の似顔絵も描かれていました。

小学2年生らしいほのぼのとした可愛い描き方で、その絵本には他にも絵は沢山描かれていたのですが、私のなかではこの宮司の似顔絵が特に印象に残ったので、今回はその似顔絵を載せてみました。

(田頭)

2005-12-16 小学生たちからの贈り物

nisinojinnjya2005-12-16

このブログにも詳しく記しましたが、一昨日、当社氏子区域内の小学生たち3人が、お礼の手紙を渡しに当社まで来てくれましたが、今日は、また別の小学生たちが、手紙や自作の賞状、絵本、カルタなどを渡しに当社に来てくれました。

今日来てくれたのは、当社氏子区域内の某小学校の2年生5人(男の子3人と女の子2人)と、引率の父兄2人の計7人で、この5人の小学生たちは、以前、2回に分けて当社に見学に来たのですが、その際当社では、宮司と、宮司の奥さんが、境内社殿を案内したことがあり、今日は、その案内に対する返礼のための訪問でした。

5人のうち3人は、当社に対するお礼の賞状を作ってきてくれ、社務所にある御祈祷の控室で、3人から宮司に対して、その賞状の授与が行われました。その3枚の賞状に書かれていた文章を、以下にそれぞれ一部抜粋します。

「あなたはいろいろあってすごいなNo.1です。じんじゃの中にたくさんしらかばがあってすごいです。むかしのけんがあってすごいです。むかしは小さかったじんじゃもいまになったらあんなに大きくなっているのがすごい。」

「西野じんじゃのみなさん、たんけんのときは、わたしは、くわしくおしえてくれたからうれしいNo.1にえらびました。わたしは、かみさまのおうちのことがわかったのでうれしかったです。(中略)おねえさんがいろいろくわしくさいごまでおしえてくれたから1ばんうれしかったです。やさしくおしえてくれたからほんとうにうれしかったです。ありがとうございました。(中略)おみこしをなんにも言ってないのに見せてくれたからよかったと思いました。あまり西野じんじゃにいったこともなかったしあまり西野じんじゃのことがわからなかったのにおぼえたからよかったです。ありがとうございました。」

「ぼくがたんけんのときテッシュをわすれたとき手をふくかみをくれました。みこしをみせてくれました。2だいありました。(中略)にしのじんじゃのことをあんないしてくれたかたがやさしかったのでぼくはにしのじんじゃのことをやさしさNo.1にえらびました。いろいろあってすごかったです。」

というわけで、一昨日当社に来た小学生たちからは、当社は「やさしいNo.1」に認定されましたが、今回は、その「やさしいNo.1」に加え、新たに「すごいなNo.1」と「うれしいNo.1」に認定されました。西野の小学生の皆さん、当社を高く評価していただき、どうもありがとうございます!

ところで、今述べたように今日来た5人の小学生のうち3人は、賞状を作って持ってきてくれたのですが、あとの2人は、さらに手の込んだものを作って持ってきてくれました。1人は、当社を見学した感想を絵入りで綴った絵本を作ってきてくれ、もう一人は、当社を見学したことで得た知識をもとに作成した特製の「神社カルタ」を作って持ってきてくれました。絵本もカルタも、その丁寧な出来から、作るに当たってはかなり苦労したと思われ、神社に対してのその心のこもった手作りの贈り物に、とても嬉しく思いました。

せっかくなので、そのカルタでちょっとだけ遊んでみましょうということになり、5分程の短い時間でしたが、小学生たちと宮司で、控室でカルタ取りをして遊びました(写真参照)。

(田頭)

2005-12-14 やさしいNo.1

nisinojinnjya2005-12-14

その日の社務日誌にも詳しく記しましたが、2ヶ月ちょっと前の10月5日、小学生たちが当社に「探検」に訪れました。当社の氏子地区内にある某小学校の2年1組の生徒たちが、校区内の諸施設を見学するため、父兄に引率され当社に見学に来たのです。

小学生たちが当社に来たとき、宮司は社務所にて接客中で、私やもう一人の職員は外祭のため外に出ており、そのときはたまたま宮司の奥さんしか手が空いていなかったため、奥さんが小学生たちを案内し、社殿神輿殿などを見学してもらったのですが、今日、そのとき当社を見学した生徒のうちの3人(いずれも女の子)が、当社にお礼の手紙を渡すため、再び当社を訪ねてくれました。

お礼の手紙の内容はとても微笑ましいもので、その3人の生徒さんたちが書いた手紙の内容を、以下に一部だけ抜粋させていただきます。「この前は、おみこしと、じんじゃの中を、みせてくれてありがとうございました。そとには、おまもりがうってて犬のかたちの石もありました。(中略)上のてんじょうのちかくに、もようが、ありました。そのもように、りゅうがかいていました。かみさまのたんじょう日もおしえてくれました。いろんなことをおしえてくれたので、やさしいNo.1に、しました。どうもありがとうございました。これからもおしごとがんばってください。」 …という手紙です。小学生たちはいくつかの施設を見学したようですが、当社はその中では「やさしいNo.1」に認定されました。2年1組の皆さん、当社を「やさしいNo.1」に選んでくれてありがとう!

また、手紙は何枚もあったのですが、次のような手紙もありました。「わたしは中を見るのは、はじめてなのでドキドキうきうきしました。見たことがないものは、大きなかがみです。本とうにかみさまっているんだなー。とっ、おもいました。中をみせてくれてありがとうございました。(中略)おねえさんはやさしいしせつめいがよくわかりました。ありがとうございました。」

今回の写真は、当社が3人の女の子たちから頂いたその手紙です。今日、当社にその子たち3人が来たとき、私は外祭に行っていて、その子たちが宮司や奥さんに手紙を手渡す瞬間の写真が撮れなかったため、今回は手紙の写真のみの掲載です。

(田頭)

2005-12-12 お節料理

nisinojinnjya2005-12-12

日テレビのニュースで言っておりましたが、デパート、コンビニ、お弁当屋などでは、今、正月のお節料理の注文がピークに達しているそうです。デパートでは、今年は京都の有名な老舗料亭のお節など、値段が5万円を超えるような高価なお節料理が人気で、昨年の倍以上のペースで予約を受けているそうです。今年は、多少値が張ってもいいから美味しいお節を食べたい、という趣向が広がっているそうです。

ところで、お節料理のルーツは、貴族や武家で客をもてなすときに出された「本膳料理」とされています。お節料理は4段重ねの重箱に詰めるのが正式ですが、これは、本膳料理が一の膳から順々に料理が振舞われるスタイルの名残で、一番上の重には縁起が良いとされる三肴(黒豆、数の子、田作り)を、二段目には酢の物を、三段目には焼き物を、四段目には煮物を詰めるのが本義ですが、現在は三段重がほとんどなので、煮物は三段目に入れます。

お節料理に入れる食材にもそれぞれ意味や縁起があり、例えば黒豆は、日に焼けて真っ黒になるまで「まめ」に息災に過ごせますようにという願いが込められており、数の子は「子孫繁栄」の意味が、田作りには「豊作祈願」の意味が込められいると云われており、とりあえずこの3品(祝い肴三種)があれば、お節の形が整うとされています。また、きんとんは黄金色の小判を意味することから財産が増えることを願う意味があり、かまぼこは「半円に形が日の出を象徴し、赤は魔よけ、白は清浄」を表し、蓮根は、穴が沢山開いているので「将来の見通しが良いように」という願いの意味があると云われています。

正月のお節料理は、神様をお迎えする正月に、神様にお供えをするとともに人間も一緒にお供えを食べて神様の力を授かろうとする料理ですが、神道では、お祝いの料理としてはお節以外にも、赤飯雑煮、鯛などがあり、特に鯛は、お目出度い魚の代表格として神社での日々の祭典においても、神饌として神様にお供えされています。

ちなみに、お祝いの料理は当然宗教によって違いがあり、例えばキリスト教の場合は羊、牛、ラクダなど、イスラームではパン、ワインなど、ユダヤ教では子羊や種なしパンなどがお祝いの料理とされています。

(田頭)

2005-12-11 札幌で吹雪!

昨日から降り続いた雪は今日になっても降り止まず、降り止むどころか益々勢いを増し、今朝の札幌は吹雪となりました。札幌では早朝、一時最大瞬間風速30m近くの風雪が吹き荒れました。吹雪は昼までには止みましたが、朝、当社に出社するときや、1件目の地鎮祭に行くときは、吹雪のため前を走っている車のテールライトさえ見えないほど視界が悪く、いつもよりかなり緊張しながら運転をしました。

しかし、この雪と寒さのため、市内の道路は至る所でアイスバーンとなり、警察情報によると今日は市内各地で交通事故が頻発したそうで、実は私も、今日の昼過ぎ頃、上棟祭に行く途中で車をスリップさせてしまいました。幸い、前後には他に車が走っておらず、人の往来も全くなかったので、人や物は一切巻き込むことなく無事に止まることができ、私自身も掠り傷一つ負うことなく無事でしたが、ハンドルの操作が全く利かなくなり道路上で車がゆっくりと回転しだしたときは正直かなり焦りました。

大事はなかったので上棟祭へはそのまま行きましたが、路面がそのような状況だったため道路での車の流れは悪く、現場には少し遅刻してしまいました。幸い、建主さんとその御家族はとても大らから方たちで、私の遅刻を怒るどころかむしろ心配して下さり、恐縮してしまいました。しかし、実際今日は交通事故が多かったようで、当社のもう一人の職員も、今日は運転中に2件の事故を見たと言っておりましたし、私も、外祭に行く途中、電柱に激突したまま放置されている車を見かけました。そのため警察や、レッカー車を所有する会社は今日は大忙しだったそうですが、幸い私の場合は大事に至らず、怪我をすることも全くなかったので、これも神様の御加護の御かげと感謝しております。

たまたま岩見沢に住んでいる友達と電話で話す機会があったのですが、今日の午前中は、吹雪のため札幌・岩見沢間はJRは全線運休し、高速道路も札幌・岩見沢間は通行止めになり、札幌と岩見沢を結ぶ一般道国道12号)は大渋滞していたそうです。東京であれば、たった数センチの雪が降っただけでも交通網が寸断されて都市機能が一時的に麻痺状態に陥りますが、札幌のように、最初から雪が降ることを前提に建設されている都市においても、突然の大雪には対処しきれず交通や物流など一部の都市機能が麻痺してしまうのは、札幌人としては少し歯痒いです。ちなみに、東京では今日の夜、平年より22日早く初雪を観測したそうです。

(田頭)

2005-12-10 札幌で大雪!

昨日までは全く積雪がなかったのですが、今日は朝から深々と雪が降り、夕方頃には、当社の境内でも、草履では歩けない程に雪が積もりました。気温もかなり低く、夕方5時頃、当社近くの道路沿いに立っている電光表示温度計を見ると「−8℃」と表示されていました。

例年、冬になると建築関係の外祭を受ける件数は序所に減っていくのですが、今年度の冬は、当社の付近に土地区画整理事業が継続的に行われている一帯があるせいか、あるいは、日本の景気全体が多少は回復傾向にあるためか、冬になってもなぜか外祭を受ける件数が多く、今月になってからも、私一人だけで一日に3件程の外祭を回る日が続いています。とはいっても、今月は他所の神社の助勤として奉仕する外祭もかなり多いので、全て当社で受けている外祭ではないんですけどね。

今日も2件の地鎮祭と1件の上棟祭に行ってきたのですが、屋内で行われる上棟祭はともかく、この時期の地鎮祭は正直大変です。今日、私が地鎮祭の現場で斎場の設営準備をしていたとき、その現場から見えるすぐ近くの場所で地鎮祭を終えたばかりの他所の神社の神職が、わざわざ私の所に立ち寄って挨拶をしに来てくれたのですが、その方は「辛かった〜、今日はこの一帯で3件立て続けに地鎮祭をしたんだけど、もう寒くて泣きそうになったよ」と言っておりました。氷点下の寒さのなかで3件も立て続けに地鎮祭をすれば、確かに私も泣きそうになるかもしれません。

この寒さのため、数日前からは神社でも、社務を終え家に変えるときは、社務所の台所や御殿の手水に使っている水道は、元栓を締め水を抜くようにしています。屋外の手水舎は水道水ではなく地下水を汲み上げて使っているのですが、凍結防止のため先月からはその地下水汲み上げも中止しており、手水舎は、雪が溶ける春先までは使用できなくなります。もっとも、手水舎は真冬になると雪の中に埋まってしまうので、汲み上げを中止しなくてもどのみち使用できなくなりますが。

また、冬季は道路状況も著しく悪化するため、外祭に行くときは十分に時間に余裕を持って出なければ、思わぬ渋滞に巻き込まれて現場に遅刻しそうになることもあり、注意が必要です。雪国では一般に、冬季は、車道歩道の境界に除排雪による雪山が築かれるのですが、その雪山が道路幅を狭くし、場合によっては一車線潰したりするために渋滞を招くことが多いのです。幸い、今日の時点ではまだ渋滞になる程の雪は降っておりませんが、北海道の一部では、今日は大雪により交通機関が乱れ、函館空港では降雪により滑走路が閉鎖され、胆振管内豊浦町の道央自動車道や十勝管内音更町の道東自動車道では、スリップによる交通事故が発生し、一部区間で一時通行止めになるなどしたそうです。今日の雪は、多分このまま根雪になるのではないかと思います。

(田頭)

2005-12-09 神道と先端科学技術

航空安全お守り

慶応3年の今日、「王政復古の大号令」が発せられ、日本は幕藩体制を脱却し、天皇を中心とした新しい体制の国家に生まれ変わることになりました。そしてその翌年、元号が慶応から明治に改元され、日本は紆余曲折を経ながらも着実に近代国家への道を歩み始めました。今年は、その明治改元から138年経ちます(明治の年号でいうと今年は138年ということです)。

ですから、テレビ時代劇などではお馴染みの、武士がちょん髷頭で刀を腰に差して歩いているといった光景は、つい遥か昔の話と思ってしまいがちなのですが、実際には、そのちょん髷頭の時代からはまだほんの百年と少ししか経っていないのです。しかし今の世には、そのたった138年前にはあり得なかったものが当たり前に存在しています。その具体例を一々挙げるときりがありませんが、例えば、電気、ガス、電話、コンピューター航空機ロケット、自動車、鉄道などは、当然江戸時代にはあり得なかったものです。それを思うと、この138年の間は、政治経済の体制も大きく変わりましたが、変わったのは政治や経済の体制だけではなく、科学技術の進歩にも激変と言っていいほどの目覚しい発展があったといえます。

しかし、それだけ世の中が激しく大きく変わると、常に世の中と関わり続ける「宗教」も、世の中の変化に対応していかなければなりません。神道は、弥生時代以来形成されてきた稲作型農業社会の信仰形態を基盤としていますが、今はコンピュータロボットもお祓いの対象となる時代です。ですから、最近は神社といえども、農耕儀礼人生儀礼といった古来からの習慣に関わるだけでなく、コンピュータやロボットなど科学の先端技術にも関わっていく機会が少なくはないのです。

コンピュータやロボットだけではありません。発電所空港電子機器工場、超高層ビル、航空機、ロケット、自動車、鉄道車両などは、いずれも最先端の科学技術により造られており、その設計や維持には高度なコンピュータが使われ、これらはいずれも現代日本の科学技術を象徴するものです。しかし、いかにエレクトロニクスの粋を集めて造られた最新鋭の施設や車両、機械、道具であっても、所詮は人間が作り、使用し、運用するものである以上、人の心のあり方と切り離すことはできず、時には人智の及ばない運命によりその運用や行末が左右されることもあり、それ故に、これら先端技術により生み出されたものも、お祓いや御祈祷の対象となるのです。

例えば、北陸地方は「原発銀座通り」と云われる程、原子力発電所が多い地域ですが、これらの原発も全て、建設に当たっては地鎮祭が、完成に当たっては竣工祭が、神道祭祀により執り行われております。発電所と所内の関連会社出張所には神棚が設けられ、その原発が立つ地域を氏子地区とする神社の御神札(おふだ)がお祀りされ、また、鎮守様として敷地内に小規模ながら神社を建立している原発もあります。そういった原発敷地内に鎮座する神社では、幹部関係者参列のもと、毎年原発の安全祈願祭も執り行われております。

鹿児島県種子島にある宇宙航空研究開発機構(旧・宇宙開発事業団)の宇宙センターでは、国産ロケット「H2A」の打ち上げが継続的に行われておりますが、ここでも、「H2A」打ち上げの際には、関係者や技術者たちは宇宙センター近くにある神社に参拝し、打ち上げ成功の祈願をしています。茨城県筑波山麓にも宇宙衛星センターがありますが、ここの近くにある産土神の神社へも、関係者や技術者たちは衛星の打ち上げ成功と順調な運行・安全を祈願しに行っており、参拝者の一人は「科学技術に携わっている者にとっては、科学技術の発展した今日ほど神にすがりたくなります。科学で解明し得る限界を知っているからです。参拝して心が安らぎました」と語っているそうです。

航空会社では、新型の旅客機を導入する際には、神職に出向いてもらい神道祭祀により航空機を祓い清め、航空安全を祈願します。機内のコックピットには、大抵、航空安全が祈願されたおふだが貼られており、フェリー会社の旅客船や、貨物船、タンカーなどにも、やはり大抵は、海上安全を願ってブリッジに神棚が祀られております。航空機や船舶だけではなく、多くのバスやトラック、乗用車にも、交通安全のおふだやお守り、ステッカーなどが貼られています。コンピューターで管理される最新鋭の施設や機械、車両であっても、その操作や運用は人間が行う以上、私たちは神々を祀り、その御加護を祈るのです。

また、最先端技術により維持されている日本の防衛も、神道と無縁ではありません。海上自衛隊の艦船には、航海安全と任務の円滑な遂行を願って神棚が祀られておりますし、航空自衛隊の戦闘機にも、航空安全が祈願されたお守りが祀られております。ちなみに、今回貼付の写真は、陸上自衛隊のヘリコプターのコックピット内に貼られた「航空安全」のステッカーです(当社の授与品ではありません)。

ところで、当社の社務所の本棚には、様々な祝詞が収録されている祝詞例文集が数冊収蔵されているのですが、それらの例文集をめくってみますと、非常に現代的な祭典の名が記された祝詞が多数収録されていることに気付かされます。例えば、目次からそれらの祭典名を拾うと、「火力発電所一万一千キロワット燃料電池安全祈願祭」、「信号機灯火式」、「電子計算機設営修祓式」、「コンピューター設備清祓式」、「制御盤操作安全祈願祭」、「オンライン並自動貸付機始動式」、「CCDカメラ導入祈願祭」、「テクニカルオペレーションセンター安全運用祈願祭」、「宇宙開発事業団ロケット打ち上げ成功祈願祭」、「太陽電気自動車開発奉告祭」、「ED42型電気機関車入魂式」、「護衛艦あぶくま航海安全・任務遂行祈願祭」、「新対潜ヘリコプター引渡式」、「F15Jイーグル航空機国産初号機引渡式」、…などが挙げられます。これらはいずれも、百年前であればまずありえない祭典ばかりです。

科学と医学が極限まで進化し、人類が死や病気を克服して不老不死になるようなことがあれば、そのときは宗教や信仰といったものは消え去るのかもしれませんが、人が死を克服できずに有限の人生を歩み続ける限り、例えSFの映画アニメのように人類が宇宙に進出し、月面や火星にまで生活圏を広めるようになり、スペースコロニーを建設するような時代がきたとしても、人はやはり神仏を信じ、困ったときや願い事があるときは神社やお寺、教会に参拝することでしょう。科学と宗教は、本来決して対立したり矛盾したりするようなものではありません。科学技術がどこまで進化しようと、今後も神道は人々の生活に密接に関わり続けていくことでしょう。

(田頭)

2005-12-08 月寒忠霊塔慰霊祭

月寒忠霊塔

昭和16年の今日、12月8日は、日本海軍がハワイ真珠湾を攻撃し、同陸軍マレー半島に上陸し、大東亜戦争(所謂太平洋戦争)が開戦した日です。その「大東亜戦争開戦記念日」の今日、午前10時半から、市内豊平区の月寒平和公園内にある忠霊塔前で、神式による慰霊祭が執り行われ、私も祭員として御奉仕させていただきました。

この忠霊塔は、大東亜戦争戦没者の慰霊碑と納骨堂を兼ね備えた石塔で、塔の内部にはおよそ4千柱の戦没者のお骨が納められております。毎年12月8日、この忠霊塔の前では慰霊祭が斎行されており、文月会の会員が祭員として奉仕させていただいております。今年も、例年同様、文月会の神職の奉仕により慰霊祭が催行されました。斎主は、札幌S訪神社の権禰宜さんが務め、祓主以下祭員は私を含め4名(写真参照)で、私は昨年同様「玉串後取」という所役を務めさせていただきました。

去年の慰霊祭は雪の中で行われたのですが、今年はまだ雪が全然積もっていないため事前に慰霊碑周辺の除雪等の作業はしなくてもすんだのですが、しかし気温は氷点下3℃とかなり寒かったため、会員たちは皆震えながらの奉仕となりました。

今日の祭典には、札幌の仏教青年会の僧侶たちも参列し、神式での祭典終了後は、引き続き仏式での慰霊法要も執り行われました。神式の慰霊祭では、僧侶たちにも玉串を奉奠していただき、その際には「二礼二拍手一礼」という神道の作法で拝礼をしていただきました(厳密には再拝二拍手一拝が正式な作法ですが)。そして、その後行われた仏式の法要では、私たち神職も仏式の作法に則り、お焼香をあげて拝礼をさせていただきました。

(田頭)

2005-12-07 大雪

福豆

今回はタイトルが「大雪」ですが、別に大雪が降ったという意味ではありません。今日からは、二十四節気のうちのひとつである「大雪」(たいせつ)であるという意味です。

以前にも簡単に触れたことがありますが、二十四節気とは、太陰暦を使用していた時代に季節を現すために1年を24等分してその区切りに名前をつけたもので、現在でも季節の節目毎に、その季節を表す言葉として使われています。今日は、その二十四節気のひとつである「大雪」です。二十四節気の月日は年毎に微妙に変わるのですが、今年の「大雪」は今日(12月7日)で、天文学的には、天球上の黄経255度の点を太陽が通過する日です。

大雪は、一般には「雪が激しく降り始める頃」と云われているのですが、今年は全国的に平年より初雪が遅く、積雪も少なく、札幌でもまだ雪はほとんど降っておりません。数日前の書き込みで、今日は札幌でも雪が降ったのでこのまま根雪になるかもしれません、というようなことを記しましたが、結局その日に降った雪はほとんど溶けてしまいました。札幌では根雪になるのは例年12月4日頃らしいので、やはり今年は積雪が遅れているようです。

日本気象協会北海道支社によりますと、今日午前9時現在の札幌市内の積雪はゼロで、降雪積算(先月の初雪から今日までに降った雪の量)は僅か4cmとのことです。昨年の今日は、積雪32cm、降雪積算は77cmだったので、データの上においても今年は特に雪が少ないということが裏付けられています。札幌に湿った雪雲を運び入れる北西風が吹かないために今年はなかなか雪が降らないのだそうです。

札幌市内でも、山間部では多少の積雪があるため、一部のスキー場では既に今シーズンの営業を始めている所もあるのですが、大半のスキー場では、まだゲレンデの雪はまばらで、オープンの延期を余儀なくされている所が多くあり、その一方で、ゴルフ場は雪の少なさからまだ営業を続ける所が相次いでおり、一時的とはいえ思わぬ“特需”に湧いているそうです。

今日、神社では、福豆を紙袋に詰める作業をしました。この福豆(写真参照)は、正月に厄除の御祈祷を受けた方に授与する授与品の紙袋に入れるものです。今、神社では正月に向けての準備が着々と進んでいます。

(田頭)

2005-12-06 文月会 忘年会

ボーリング大会

今日は、文月会札幌地区の神道青年会)の忘年会として、「会員家族交流ボーリング大会」と、そのボーリング大会の表彰式を兼ねた「懇親会」が開かれました。

文月会では、市内の定山渓温泉のホテルにて行う忘年会(一泊二日)と、会員の家族たちも参加して行われる忘年会(日帰り)を毎年交互に行っているのですが、昨年は定山渓で一泊したため、今年はボーリング大会を行うことになり、すすきのにあるボーリング場にて2年ぶりに文月会主催のボーリング大会が行われました。ボーリング大会は夕方5時から行われ、6時半からは、ボーリング場のすぐ近くにあるしゃぶしゃぶ屋に会場を変えて、表彰式と懇親会が行われました。

今年の忘年会の参加者は、会員の家族も含めて約40名で、とても賑やかな雰囲気で行われ、特に懇親会では、会員の子どもたち(全員小学生以下)のテンションが異様に上がって皆で走り回ったり、大人にぶら下るなどしていました。子どもたちの相手をした会員の皆さん、お疲れ様でした(笑)。

ボーリング大会の優勝は、市内中央区に鎮座する札幌S霊神社の禰宜さんで、準優勝は、市内中央区に鎮座するY彦神社の禰宜さんでした。上位入賞者には、表彰式でそれぞれ景品が手渡されました。ちなみに私は、ボーリングをするのは6〜7年ぶりということもあり(まぁ言い訳ですが)、成績は散々で、参加賞を頂きました(笑)。でもとても楽しかったです。

(田頭)

2005-12-04 当社の授与品の授与状況

結び守

今日は、社務所にある全ての授与品の在庫数を数え、入荷した授与品の総数からその在庫数を引いて社務所から出た授与品の数を求め、その出た数(各授与品毎の数値)をパソコンの在庫管理ソフトに入力するという作業を行いました。ようは、一般の店でいう“棚卸作業”です。授与所にある授与品の在庫は、秋祭りが終わった時点で一度確認しているのですが、社務所にある全ての授与品の在庫確認は数ヶ月ぶりです。

今日行った在庫確認の結果、この数ヶ月の間で、社務所から特によく出ている授与品や、逆にほとんど動きのない授与品などがかなりはっきりとわかったのですが、よく出ている授与品は、やはり当社の御神徳と直結する縁結びや安産関係のお守りでした。

縁結びのお守りのなかでは、「結び守」(写真参照)が、安産のお守りのなかでは「安産守 桐箱入り」が最も出ていました。当社では、扱っている絵馬の種類も多く、絵馬は全部で14種あるのですが(干支絵馬、左馬絵馬、病気平癒絵馬、合格絵馬、キティ絵馬、サッカー絵馬など多数)、絵馬のなかでもやはり縁結びの「えんむすび絵馬」が最も多く出ていました。「えんむすび絵馬」については、この社務日誌の4月15日付に詳しく記させていただきましたので御参照ください。

縁結びや安産以外では、桐箱入りの「病気平癒守」や、必勝が祈願された「勝守」などが特に多く出ていました。勾玉守のなかでは、水晶の勾玉が最も多く出ていました。

(田頭)

2005-12-03 刑務所大祓式

今日の境内

今朝、起きてすぐに窓の外を見てみると、辺りは雪で真っ白になっていました。今回の写真は今朝の当社境内の様子を写した写真で、積雪量は大したことないのですが、辺り一帯が雪で白くなっています。朝の気温は氷点下3℃で、今日は日中も気温は0℃までしかあがらず、冬らしい、かなり寒い日となりました。この寒さが続けば、今日降った雪はそのまま根雪になるかもしれません。

参道沿いにある手水舎の水は地下水を汲み上げて使用しているのですが、この水も、凍結防止のため先月中頃から汲み上げを休止しており、現在は使用できなくなっています。

今日は朝9時から、市内の男子刑務所で大祓式が斎行され、教誨師である当社の宮司が斎主として奉仕してきました。大祓式とは、本来は6月末と12月末の年2回、半年間の罪穢れを祓うために神社にて行われる神事なのですが、刑務所においても、受刑者の教誨を目的に毎年この時期に大祓式が行われているのです。

教誨(きょうかい)とは、刑務所や少年院などの矯正施設において、その施設に収容されている受刑者の精神的救済や更正、再犯防止を目的に行われる活動のことで、教誨師とは、その教誨活動に従事する者のことをいいます。教誨には、道徳や倫理の講話などを通じて行う「一般教誨」と、宗教的な講話や宗教的な行事などを通して行う「宗教教誨」とがあり、このうち一般教誨は、その矯正施設の職員や、宗教家以外の教誨担当者により行われますが、宗教教誨は、各宗教団体に属する宗教家(神職、僧侶、神父、牧師など)により行われています。なお、戦前の教誨師は、監獄官制により「奏任」もしくは「判任待遇」の官吏とされていましたが、戦後の教誨師は全てボランティアです。

宗教教誨の教誨師は、戦前は一部の例外を除き、その歴史的経緯から浄土真宗の本願寺派(西本願寺)と大谷派(東本願寺)の僧侶に限られていましたが、戦後は、真宗二派以外の仏教や、神社神道、教派神道、キリスト教など多くの教団・教派から教誨師が任命されるようになり、神社本庁においても、現在、本庁包括下にある約2万人強の神職のうち、当社の宮司を含め約120人が教誨師として任命されています(任期は3年)。ちなみに、平成17年現在、全国教誨師連盟の理事長は、日本カトリック教誨師連盟事務局長の塚本伊和男神父が務めておられます。

今日、男子刑務所で行われた大祓式は、宗教教誨活動の一環として、当社の宮司と、副斎主以下3人の祭員たちによる奉仕で斎行されました。一般教誨は強制参加ですが、宗教教誨は憲法に定める信教の自由との関連から任意参加となっており、今日の大祓式には、千人強程いる受刑者のうち246人が参列しました。明後日は、市内の女子刑務所でも大祓式が行われ、再び当社の宮司が斎主を務めます。

なお、神社本庁の教誨師は、「神社本庁教誨師規程」により、明階の階位を有し二級の神職身分に相当する者の中から、神社庁長が適任者と認めて内申した者を統理が委嘱することで任命されることになっており、各神社庁に1名以上常駐し、所在神社庁の監督を受けることになっています。

(田頭)

2005-12-01 今日から師走

掲示板

今日から師走(12月)です。これはよく知られていることですが、12月は年末で皆忙しく、普段は走らない先生(師匠)さえも趨走(すうそう)することから「師走」(しわす)と称されるようになったと云われています。

街に出ると、デパートや商店街、地下街などには、早くもクリスマス仕様の華やかな飾りつけが施され、また、デパートやスーパーには注連縄などお正月飾りの特設コーナーが設けられており、この時期はあちこちで年の瀬の雰囲気が漂っています。今は、印刷業者は年賀状の印刷作業が、また水産加工業者は、お歳暮やお正月用の塩カズノコタラコの出荷が、それぞれピークを向かえているそうです。早いもので、今年も残す所いよいよあと一カ月です。

今日の札幌は0℃前後の気温で、かなり寒かったです。しかし、ここ最近厳しい寒さが続いている割には、根雪になる程の雪はまだ降っておらず、郊外や山間部などを除き、札幌ではまだ積雪はありません。この時期で雪がこれだけ少ないのは珍しいです、今年は初雪も遅かったですし。

もっとも、昨年度の冬は記録的な大雪となり、そのため頻繁に除雪作業をしなければならず、また幹線道路では、道路脇に高く築かれた雪山のため道幅が狭くなり激しい渋滞を引き起こし、高速道路も吹雪のため通行止めが頻発するなど、市民は皆大変な思いをしましたので、例え今だけであっても雪が少ないのはありがたいことです。とはいっても、札幌管区気象台による予報では「12月からは寒さ、雪とも本格化し、北海道らしい天気になる」とのことなので、今月からは雪が本格的に降るようです。雪が降ると、雪合戦をしたり雪だるまを作るなどして無邪気に走り回って喜んでいた小学生だった頃が懐かしいです(笑)。大人になってしまうと、雪を見て嬉しいなんて思うことは、もうほとんどなくなってしまいました、まぁ、確かに雪景色は風情がありますけどね。

毎月1日、当社では、境内に立つ掲示板(写真参照)の掲示内容を更新しており、今日は午前中、この掲示板に貼ってある掲示を張り替えました。この張り替え作業をすると、いつも、新しい月が始まったことを実感します。

今月の中頃からは、当社ではお正月に向けての特別体制に入り、いよいよ年間で最大の繁忙期を向かえます。「師走」という言葉の由来通り、年末は何かと忙しくなりますが、体調を崩さないよう、健康には十分気をつけてこの時期を乗り切ろうと思っております。

なお、今年の人形供養は先月末日で終わりました。次回の人形供養は、来年2月15日からの受付となります。

(田頭)