Hatena::ブログ(Diary)

西野神社 社務日誌

2006-03-02 服忌

忌中

正月を過ぎるとそういう問い合わせは少なくなるのですが、毎年々末頃は、「今年身内が亡くなったのですが、神社から新しい御札を受けたり、初詣に神社に行ったりしても良いのでしょうか?」という電話を多く受けます。

これについては、昨年12月20日付の社務日誌でもお答えしたように、親族に不幸があってからまだ50日が経っていない場合は、神棚の正面に白い紙を張り(写真参照)、毎日のお祀りを一時中断し、神社への参拝も控えていただくことになるのですが、不幸があってから既に50日が経過している場合は、普段と同じように神棚のお祀りをしたり神社に参拝に来られて何ら差し支えありません。

ただ、神社では、問い合わせをされた方と故人との関係まではわからないので、当社では最も一般的な答えとして一応「50日」と答えるようにしていますが(忌の期間は最も長くて50日です)、厳密には、喪に服する日数は故人と当人との関係により異なってきます。ちなみに、故人のお祀りに専念する期間を「忌」といい、喪に従い故人への哀悼の気持ちを表す期間を「服」といい、この両方を合わせて「服忌」(ぶっき)もしくは「忌服」(きぶく)といいますが、この50日という日数は「忌」に当たります。

「忌」とは、原則として喪事にのみ関わる期間のことで、この期間中は神社への参拝は遠慮し、結婚式・祝賀会・式典などへの出席や行楽旅行なども控え、喪家(弔いを出した家)においては神棚の正面に白い紙を張って神棚での日常のお祀りも遠慮します。忌の期間は、地域や神社によって異なる場合があるのですが、一般的には、【1】故人が父母・夫・妻・子の場合は50日、【2】祖父母・孫・兄弟姉妹の場合は30日、【3】曽祖父母・曾孫・甥・姪・叔父・叔母の場合は10日、【4】その他の親族の場合は3日、【5】特に親しい友人知人の場合は2日程度、といわれています。ただし配偶者の親族については、前項を一項ずつ繰り下げた日数となり、【4】と【5】の場合は特に喪には服しません。

一般の人たち以上にケガレ(気枯れ)を忌み清浄を尊ぶ私たち神職の場合は、神社本庁の定める「神職服忌心得」により「忌」の期間が厳密に定められており、神職は忌の期間中、神社への出社も慎みます。神職服忌心得によると、本庁包括下の神社の神職は、前記【1】の場合は10日(ただし7歳未満の子については5日)、【2】の場合は5日、【3】の場合は2日、【4】の場合は1日で、配偶者の親族についてはやはりこれを一項ずつ繰り下げた日数となります。神職が遠方で訃報を受けたときは、受けた日からその残りの日数の忌に服し、既に忌の期間が過ぎていた場合はその当日だけ服します。しかし【1】の場合だけは、訃報を受けた日から所定の忌に服します。ただし、特殊の事情があってやむを得ない場合は、「除服出仕願」を提出し、忌の日数を適宜縮減することもできます。とはいっても、職員が何十人もいるような神社ではこの規定を忠実に守っているのかもしれませんが、神職が宮司一人しかいないような地方の大部分の民社では、所定の期間忌に服するとその期間は神社が機能しなくなってしまうので、そういった場合は、自己祓いなどをして強制的に忌の期間を終了させる、などしている所もあるようです。

「服」とは、忌の期間が終わった後も引き続き故人への哀悼の気持ちを表す期間のことです。しかし、哀悼の気持ちを表すとはいっても、ただ悲しみに暮れるだけではなく、「服」とは死別の悲しみの中にあってもその気持ちを乗り越えて、除々に日常の生活に立ち返るように努める期間でもあります。ですから、服の期間中は、神社に参拝したり神棚のおまつりをすることは構わないですし、地域の祭礼行事への参加も差し支えありませんが、いつもよりは慎んだ生活を心掛け、正月も、神社に初詣の参拝に行ったり神社から新しい神札を受けてくるのは構いませんが、賑やかな飾り物や松飾りなどは遠慮するようにします。服の期間は、一般的には、前記【1】の場合は1年、【2】の場合は100日、【3】の場合は50日といわれています。なお、【4】と【5】については特に定めはありません。喪家では、その年は年賀状を含む年賀の挨拶なども遠慮します。

ただし、服の期間は基本的にその人の心得に任せるべきのもので、また、それぞれの神社の慣例がある場合はそれに従うことにもなりますので、ここで述べた日数はあくまでも一つの目安と解してください。実際には、【1】に該当する場合でも、仕事の都合上100日間も服に服しているわけにはいかない、という場合もあるでしょうし、服の期間中であっても、故人が亡くなる前から実施することが決まっていた行事(結婚式や祝賀会など)は、直前になって中止するとかえって周囲に迷惑をかけてしまうことになるので、あえてそのまま執り行うということも少なくありません。

(田頭)