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西野神社 社務日誌

2006-04-11 女子神職

女子神職の装束

「女子神職」とは、その言葉通り、女性の神職の事をいいます。決して、「巫女」の同義語や別称等ではありません(巫女はあくまでも神職の補助者であって、神職ではありません)。
しかし、一般には、女子神職と巫女を混同している人は意外と多く、特に「神主=男性」という先入観を持っている人は、初めて女子神職を見ると「え?女の神主さん!?巫女さんじゃないの?」と驚いたりします。しかし女子神職数は現在、全神職の1割を超えており、今後も更に増えていくと推定されます。

今日は、男性の神職に比べるとまだ数が少ないとはいえ、現在の神社界に於いては欠く事の出来ない重き存在となりつつある女子神職について、その歴史や現況等を中心にまとめてみたいと思います。


■女子神職の歴史

近世までは、神社での祭祀には女性の祭祀者が深く携わっていました。女性が、巫女ではなく神職という立場で、御祈祷、お祓い、占いなどの各種の神事に関わっていた事は、多くの神社関係史料を見ても明らかで、神社によっては女性が事実上の首席神職(今日でいう宮司)としての役割を果たしていた所もありました。
今日でも、宮中祭祀に於いて日常的に最も御神座に近い所で奉仕されているのは「内掌典」と呼ばれる女性達で、内掌典は古来からの厳格な作法や伝統を今も頑なに守り続けています。また、伊勢の神宮でも、勅旨を奉じて定められる最高位の祭祀者「祭主」は、戦後は皇族出身の女性が就任する事が慣例となっています。

しかし、近代に入ってからは、一転して神社界は完全に男性の社会となりました。
明治35年、「官國幣社及び神宮神部署神職任用令」及び「府懸社以下神社神職任用規則」に於いて、神職は「年齢二十歳以上ノ男子」と定められ、この規定により、女性が神職になる事は出来なくなったのです。
その理由は不明ですが(歴史的経緯からみても女子神職を排除する正当な理由は無いはずです)、兎も角この規則の制定により、明治から終戦に至るまでの期間は、教派神道など一部の例外を除いて、女性が神職になる道は閉ざされる事となりました。再び女子神職が表舞台に登場するようになるのは、戦後の事です。

終戦後、紆余曲折はあったものの神社界の総意として直ちに神社本庁が発足しますが、本庁の設立に先立って、まず庁規草案ともいうべき大綱が起草されました。その大綱では、神職は「年齢二十歳以上ノ男子」という明治の官制がそのまま踏襲されていたのですが、昭和21年に開催された神社本庁設立総会で可決された本庁規則では、「宮司ノ任用資格ハ階位ノ外年齢二十歳以上ノ男子タルコトヲを要ス」と記され、宮司以外の神職は女性でも良いという解釈の出来る条文に変更され、そして昭和23年には、神社本庁評議員会においてその条文の「男子」の文字も省かれ、これにより、女性にも宮司への道が拓かれるようになりました。

神職の歴史からいっても、また、男女を差別しないという新しい時代の流れ・観点からも、更に法律の精神からも、戦後は女子神職を認めるほうが良いという潮流になり、そういった時代の流れに沿って女性が神職になる事とが認められるようになったのですが、実は当時は、もっと切実で重大な問題がありました。
この時期は、神職の家系であっても男子は戦争に出征していたため、なかにその男子が戦死してしまったという事例も少なくはなく、しかし戦死した者の跡を継ぐ者がまだ修業の過程にあって、その間の繋ぎをどうしても家族間でしなければならない、という現実問題があったのです。

こういった当時の時代背景をもとに、戦後の女子神職は誕生したのでした。
終戦間もない困難な時代に、子育てに家事にと、家庭の事もしっかりとこなしながら、神職として神明に奉仕し、戦争により荒廃した神社を護持し、社会にも貢献された当時の女子神職の方々の苦労は、並々ならぬものがあった事と思います。

こういった経緯を経て、昭和21年には國學院大學が、昭和37年の皇學館開学の年には皇學館大學が、そして他の神職養成機関も徐々に女子学生の入学を認めるようになり、今日では、女子の入学を認めていない神職養成機関は伊勢の神宮研修所だけとなり、現在、女子の神職希望者への門戸は広く開かれています。


■女子神職の厳しい現実

古代から近世にかけての女子神職は、託宣という形で御祭神の意思を人々に伝えるなど、信仰的には神の側近という立場で、今以上に重要な地位にありましたが、現在の女子神職のように事務に関わったり社外活動に従事するという事はほぼありませんでした。
しかし現代の女子神職は、男子神職とほぼ全く同じ任務を有するので、そこに未だ解決されない問題が少なからず生じているという現実があります。

具体的にいいますと、腕力を必要とする力仕事(祭事会場の設営、祭器具や授与品等の運搬、境内美化のための大工仕事や庭仕事、その他雑用)、宿直(夜警)など、神社によっては男子と同様には扱う事の出来ない内容の業務もあり、また、今まで女子神職を受け入れた事の無い神社で女性を神職として新たに採用する場合は、新たに女子神職用の装束一式(この記事冒頭の画像参照)を揃える必要がある他、潔斎や改服場所等を確保するためには社務所の改造まで必要になってくる場合も有り得ます(但し、女子神職も男性用の装束をそのまま使っている神社もありますし、使用する時間をずらせば男女ともに同じ場所で潔斎や改服をする事は可能です)。

しかも、男子神職や氏子のなかには、未だに古い考えを持っている人も少なくなく、なかには女性が神職であるという事に対して理解を示さない人がいたり(最近はそういう人は少ないですけど)、女人禁制という慣例が今でも依然として守られている祭祀事例があったり(例えばトンネル工事では昔から女性を避けるため、工事現場によっては安全祈願祭での奉仕は男性に限られる事もあります)、以上の事などから女性は男性に比べて奉職先が見つかり辛いといった現実もあり、残念ながら、女子神職を取り巻く問題は決して少なくはありません。

ただ、性的現象に対する女性の穢(ケガレ)の観念の問題は、全くなくなったとはいえないものの、現在ではほとんど問題視されなくなってきています。
しかし、私が神職実習生として京都で実習していた某八幡宮では、今でも幣殿と本殿との境界にある結界から内側(本殿側)は、職員といえども女性が立ち入る事は一切禁止されていました。このような古いお社では“一社の故実”として女人禁制の伝統を堅持し続けている所もありますが、しかし、遷座などの際に本殿の内陣に入って御霊代に触れる事が出来るのは宮司(もしくは宮司代務者)だけですから、女性が宮司を務めるお社では、当然の事ですがその奉仕を行う事が出来るのは性別に拘らず宮司だけで、他の男性職員は原則として内陣に入る事は出来ません。ですから最近では、女性だから、という理由で結界の内側に入れないという神社は、むしろ少ないと思います。


■女子神職への明るい展望

前項では主に、女子神職を取り巻く厳しい現実について述べてきましたが(もし神職を志す女性がこの文章を読んでいたとしたらかなり凹ませてしまったかもしれませんが)、女子神職が誕生してから既に70年以上が経っており、女子神職が男子神職の補助的、補充員的なものであった旧来の形勢は、近年大きく変わりつつあります。
時代とともに女子神職が受け入れられる環境は確実に整いつつあり、最近では、社家の出身ではない女性が宮司に就任するというケースも増えてきました。

例えば、これは一昨年、道外のある神職から聞いた話なのですが、某古社の女性宮司さんは、30代で養成所を修了し、社家の出身でもなく、神社関係者と結婚されたというわけでもないのですが、養成所の斡旋で血縁も地縁もない神社に奉職し、そしてそこの神社の氏子さんたちからとても好感を持たれ、氏子さんたちからの強い要望を受けて宮司に就任されたそうです。

また、現在大阪市内の某神社に神職として奉職しているある女性(私と同じ養成所出身なので私の先輩に当る方です)は、社家の出身ではなく、養成所の卒業時には奉職先が見つからなかったため、卒業後暫くは神社とは関係の無い一般の会社に就職していました。しかし、養成所の先生の伝手で昨年、非常勤(主に土曜と日曜に奉仕)で、現在の神社に奉職し、今年からは常勤体制となって、より深く神社に関わるようになり、そして来年からは、氏子さん達からの反対がなければ宮司に就任する事が決まったそうです。氏子さん達から反対される可能性のある人物が後継者に指名されることはありえないので、宮司就任はまず間違いない事でしょう。

先日、その大阪の女子神職さんと電話で話す機会があったので、現況などをいろいろと訊いてみたのですが、学生であった時、大阪市内の別の神社に助勤に行った際には女性という立場からいろいろと苦労をされたそうですが、現在奉職している神社では、女性であるから、という理由で苦労していることは別段無く、氏子さん達も女子神職を普通に受け入れてくれているとの事です。特に女性の氏子さんは同性である方が話しやすいようで、女性がいる家に月参りなどに行くと喜ばれる事が多いと言っていました。
その女子神職さんの話を聞いていると、女性である事で特に得をしているという事は無さそうですが、逆に、女性である事で損をしているという事も全く無さそうなので、地域や神社によっては、神職は男女の別無く周囲に当たり前に受け入れられているようです。


■神職を志す女性たち

終戦間もない頃の女子神職は、出征して戦死、もしくはまだ帰還してこない夫に変わってお宮を守るため神職になった、という方が多かったようですが、近年では、女性が神職になる理由は様々です。

例えば、平成4年に発行された「北海道女子神職協議会五周年記念誌」に掲載されている女子神職の手記を読みますと、夫である宮司が神社以外の職を兼業しているため神社の都合に合わせて仕事を休むという事が出来ず、また跡を継ぐべき男児も授からなかったため、「女性だから」などと悠長な事は言っておられず階位を取得して神職になった(ならざるを得なかった)というケースや、宮司であった夫が若くして亡くなってしまったため、それまで宮司婦人という立場で裏方として宮司を支えてきた自分が階位を取得して宮司になった(もしくは息子が宮司を継ぐまでの繋ぎとして宮司代務者を務めた)といったケースが記されていました。

こういったケースは何れも、社家の継承問題上神職になった、という事例ですが、最近では、社家の出身では無い女性が神職を志して階位を取得するというケースもかなり増えており、前項で述べた女性のように本人の人柄や努力により、氏子さん達から信頼を得て、宮司としてお宮を任されるという女性も増えてきています。

ちなみに、当社の宮司の奥さんは元々は巫女さんで、社家の出身では無かったため、宮司と結婚した時点では階位(神職の資格)は持っていませんでしたが、結婚後に、神社庁で行われた階位の検定講習会を受講し、受講後、当社の権禰宜として神職登録されています。前出の五周年記念誌によると、宮司の奥さんは階位を取得した理由を次のように記しています。
「宮司が外の祭事に出てしまうと、その間に新車のお祓いや初宮詣などを受けに来られた方々には、宮司が戻るまで社務所で待っていただくか、また出直して来ていただくしかなかったのです。それを日頃から、とても申し訳なく、何とかして差し上げられないものかと案じておりましたが、私が神職の資格を持っていたなら参拝者の方にも御足労を煩わす事なく、気持ち良くお参り頂けるのではないかと思いはじめたのです」。

現在当社には、宮司と奥さんの他に、私を含めて2人の職員がいますが、宮司が当社を引き継いだ時点では他には職員がいなかったため、当時の宮司や奥さんは、今以上に負担が大きく、苦労されたことと思います(私の至らなさ故、今でもいろいろと苦労されているとは思いますが…)。


■女子神職の連携

女子神職の団体としては、平成元年に発足した「全国女子神職協議会」があり、平成16年現在約1900名の会員がおり、神社界における同じ女性という立場から「全国敬神婦人連合会」とも連携協力しています。
また北海道では、全国女子神職協議会の設立に先立ち、昭和62年に女子神職有志が相い集い「北海道女子神職協議会」が設立されています。

北海道神社庁札幌支部管内では、平成18年4月現在、当社の宮司夫人を含め10人の女子神職が在籍しておりますが、その10人のうち社家の出身ではない女性は1人だけで、あとの9人は全て、当該神社の宮司の奥さん、娘さん、お母さんの何れかです。
但し、高齢のため、家事や育児などのため、その他の事情などにより、神職として登録はしていても普段は神務にはほとんど携わっていないという方や、支部管内の神社に本務登録はしているものの普段は支部外の別の神社にいる等の事情から、実際にはこの10人が全員、日常的に神職として活動しているという訳ではありません。


■女子神職の今後

平成9年には女子神職の数は全神職数の1割を超え、女子神職の数は年々増加の傾向にあります。そのため、一昔のように女子神職というだけで奇異な目で見られる事はかなり少なくなりましたが、それだけに、女子神職の使命や責任は以前よにも大きくなってきたといえます。
女子神職の増加に伴い、最近では女子神職ならではの活動が期待されている分野もあり、今後はそういった分野(例えば氏子・参拝者への女性ならではの細やかな対応や、自ら体験する女性ならではの出産誕生にまつわる儀礼、また、男性には話しにくい女性特有の悩みや相談を受け同性の視点からアドバイスする、など)での活躍が期待されています。

ちなみに、神社神道の場合は、前述のように女子神職は男子神職の1割強程度しかいませんが、教派神道や神道系新宗教の場合はかなり事情が異なっており、例えば天理教では、男性教師7万人余に対し女性教師は11万人余もおり、また、生長の家は、男性教師6千人余に対し女性教師は1万1千人余で、いずれの場合も教師(神社界でいう神職に該当)数は男性よりも女性の方が圧倒的に多いのです。
金光教の場合は、男女とも教師数は2千百人余で、世界救世教も、男性2千百人余、女性2千人余で、この両教団の教師数の男女の比率はほぼ同数に近く、また、黒住教の場合は、男性教師が女性教師の約2倍となっていますが、それでも、神社界における女子神職の割合からすれば、女性教師の数は遥かに多いといえます。


===== 追 記 =====

女子神職については、このブログの、以下の各記事も併せて御参照下さい。特に、「再び女子神職について」は、この記事の直接的な続編となる内容です。

平成19年3月24日 「再び女子神職について」
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070324

平成19年11月5日 「階位取得や神職養成等に関するQ&A(その3)」
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20071105

平成27年8月27日 「神職の装束(後編)」
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20150827


なお、女子神職を志される方は、以下の記事も是非御一読下さい。

平成25年5月15日 「神職を志す方へ」
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20130515


(田頭)

柿 2008/09/21 16:42 こんにちは柿というものです。
私は将来神主さんになりたい来年中学のがきんちょです。
女の私にはとってもいい参考になりました。
これからこのページを見て頑張っていきたいです。

田頭田頭 2008/09/22 16:20 >柿様

はじめまして。コメントありがとうございます。
神主を志す人は今まで多く見たり聞いたりしましたが、いずれも高校生以上の方ばかりで(実際には20代や30代の人がほとんどです)、小学生で「神主になりたい」という方は私にとっては柿さんが初めてなので、そのように言って戴けると嬉しく思います。
神主になるという夢に向って是非頑張って下さい!

まつぼっくりまつぼっくり 2008/10/01 23:45 こんばんは。愛知県在住の33才です。私は神社が大好きで巫女さんにも憧れましたが、見つけては年齢で引っ掛かってました。最近は神職にも興味があり、このサイトを見つけました。今から神職の道に進みたいと考えているんです。アドバイスいただけますでしょうか。

田頭田頭 2008/10/02 00:18 >まつぼっくり様

はじめまして。
まつぼっくりさんは、どのような方法で神職の道に進みたいと考えておられるのでしょうか。

一部の神社(例えば教派神道系の神社や新宗教系の神社など)を除けば、神職として神社に任用されるためには、その前提条件としてまず階位(神職の資格)を取得しなければなりませんが、階位取得の道筋を自分なりにある程度想定できている状況でなければ、正直言いまして私としてはアドバイスのしようがありません。
もしそういった道筋をまだ何も考えていないのであれば、以下の記事を御参照下さい。

http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060506

ただ、少々キツイ事を言ってしまうと、年齢的にも、また女性であるという点でも(女子神職が多くなってきているとはいえ神社界が男性中心の世界である事には変りありません。これは差別ではなく、記事本文の「女子神職の厳しい現実」の項で述べたようにそもそも男女を同様に扱う事ができない業務が多いのです)、今から神職を目指すのは、現実にはかなり厳しいかと思います。
それでもやはり神職を目指したいというのであれば、実際に神社に相談に行ってみるといいかもしれません。

柿 2008/10/16 17:37 また来ました柿です。
とつぜんですが田頭様、神主さんになるために今のうちに勉強しておいた方がいいことってあるんでしょうか??まあ今は普通に学校の勉強をした方がいいと思いますけど…あったら教えてください。

田頭田頭 2008/10/18 04:58 >柿様

おはようございます。
仰るように、今はまず学校の勉強を頑張られた方が良いと思います。学校での勉強を日々積み重ねる事が、神職の階位取得や神社への奉職が近付く事と今は解釈して下さい。
制度上は最終学歴が中学卒業でも階位を取得する事は可能ですが、実際には中卒の神職はほとんどいないので(全くいない訳でもありませんが)、まずは普通に高校を卒業し、それから、神道系の大学に入るか、神職養成所に入るか、階位検定講習会を受講するか、といった選択になると思いますので、それまではやはり学校の勉強をしっかりとする事が肝要でしょう。

神職養成機関(神職養成課程のある大学や養成所)に入学、もしくは階位検定講習会を受講するに当たって事前に勉強しておいた方が良いと思われるのは、まずは一般常識であり、神道に関する専門的な知識は、養成機関や講習会などで習う事になるので、必ずしも事前にそれらを習熟している必要はありません。
勿論、何事も知っているにこした事はないですが、ただ私が見た限り、実際に養成機関に入学する学生は、一部には神道や神社について深い知識を持った上で入学してくる人も勿論いますが大半の学生は、入学時には神道についての知識はほとんど持っていません。

極端な話、実家が神社である学生であっても、自社の御祭神名や由緒すら知らない、というより、そもそもそんな事に興味すら持った事がない、という場合もあり、養成機関に入学した時点での神道に対する知識は、実際には皆同じ程度に思えます。
お寺で祀っているのが仏様で、神社で祀っているのが神様、という程度の、神社とお寺の区別がつく一般常識レベルの知識があればまずはそれで十分だと思います。それ以上の専門的な事は、全て養成機関に入学してから、もしくは講習会を受講するようになってから、それぞれの授業や実習で学ぶ事になります。

しかし、私自身の経験から個人的見解として、あえて「神主さんになるために今のうちに勉強しておいた方がいいこと」を挙げるとすれば、“日本史の知識”と“日本の神話の内容”等が挙げられるかもしれません。
日本史については、高校基礎レベルの知識があれば大抵はまず困らないと思いますが、神社界に身を置く者にとっては、中世以降よりも古代史の知識が必要とされる事が多いので、例えば戦国時代や幕末に関しては好きだし詳しいけれど、それ以外の時代はあまりよく知らない、というような場合は、古代史について予め勉強しておいた方が、後で苦労をしたり恥をかいたりする事が少なくなると思われます。

日本の神話の内容というのは、具体的には「古事記」や「日本書紀」に書かれている内容の事です。
最近は、小・中学生向けの口語訳や、漫画等のメディアでも「古事記」が出版されていますので、今まで全く古事記を読んだ事がない、古事記にはどんな事が書かれているのかも全く知らない、というような場合は、斜め読みでも構わないのでまずはそれらのメディアで古事記に親しみ、日本の神話の大まかな流れをつかんでおくと、後々楽ができるかもしれません。

柿 2008/10/19 20:20 いやもうほんとお答え有難うございました…!
しかもこんなに細かく…
私の短い質問にこんなに詳しく書いてくださって感謝感謝です!
とりあえず今の勉強を一生懸命頑張ります…!
古事記・日本書紀は『カラー版徹底図解 古事記・日本書紀』という本を読んでいます。記紀は大好きなので多分大丈夫だと思います…!
有難うございましたーーー!!

西西 2008/12/09 21:43

はじめまして。
記事を読ませていただきました。

神社や日本の神様の事を知るのが好きで、図書館や本屋さんでたまに調べたりして本を読んだりしています。
今日読んでいた本に神職者になる為の事が書かれており、魅力を感じて検索してここへ辿り着きました。

お聞きしたいのですが、
神職というのはやはり神社が好きだからと単純な気持ちでつとまるものではないのでしょうか。

私は今高校二年生(女子)です。進路は四年制大学を希望しています。進路はほぼ決定していることもあり、今まで神社が好きだと言うことはあれど、「簡単な気持ちでなるものではないだろう」と言われると思い、と親には相談できません。

試験も簡単なものだとは思えません。 入ることが出来て職に就けたとしても厳しいものだと思います。
それでも魅力を感じます。

普通に進学した方が良いのでしょうか。
それとも今から志しても大丈夫でしょうか。

それは自分のやる気次第だろうと思われると思いますが、実際に神職者の方の意見を聞いてみたいと思い書き込みしました。


不適切のようならお手数ですが、削除をお願いします。

田頭田頭 2008/12/10 10:04 >西様

初めまして。コメントありがとうございます。
参考になるかどうかは分かりませんが、西さんの質問に対して私なりの私見を以下に述べさせて頂きます。

【神職というのはやはり神社が好きだからと単純な気持ちでつとまるものではないのでしょうか】

それは、神職に限らずどの職種でも同じ事であろうかと思います。
例えば幼稚園や小学校の先生も、単に子供が好きだからという単純な気持ちだけでは勤まらないでしょうし、警察官も、単に悪人を捕まえたいというだけの単純な気持ちでは勤まらないと思います。

【進路は四年制大学を希望しています。進路はほぼ決定していることもあり】

卒業と同時に神職としての階位が授与される國學院大學や皇學館大学の神職養成課程に進学するのなら別ですが、それ以外の大学や課程に進学しつつも将来的には神職になりたいという場合は、大学を卒業してから、改めて神職養成課程(國學院・皇學館両大学に開設されている専攻課程、もしくは京都國學院にのみ開設されている専修課程など)に入学するか、あるいは階位検定講習会を受講するなどしなければ階位は取得できません(これ以外にも、通信教育を受講したり直接階位の検定試験を受験するといった方法で階位を取得する方法もありますが、神社とあまり馴染みのない方には一般的な方法とは言えません)。

現時点で既に進学先が決定しているのであれば、その進学先は恐らく國學院や皇學館ではないのでしょうから、神職になる事を検討しているのであれば道筋としては多少遠回りをする事になるかもしれないという事は一応認識しておいた方がいいと思います。
勿論、それが悪いと言っているのではありません。すぐに神職にはならず、あえて一般社会を経験したり、一般の学生としての生活を送ってから神道の世界に入る事も、神社界の活性化のためにはとても大切且つ必要な事であると私は思っています。
ちなみに、当社の男性神職は私も含めて3人いますが、3人とも、学校卒業後すぐに神社には奉職しておらず、いずれも一般社会を経験(会社勤務の経験あり)してから神職になっています。

【「簡単な気持ちでなるものではないだろう」と言われると思い、と親には相談できません】

自分が望んでいなくても(社家の出身であるか否かとか性別とかは関係ありません)、神様のお導きによって神道の世界に引き寄せられる人もいますし、また、「この神社にはあまり奉職したくないなぁ」と思っていても、実際に奉職してみるととても良い神社であったり、あるいは予想通りあまり居心地の良くない神社であったとしても、一旦その神社に奉職する事は自分が希望していた神社に転任するためには必要なステップの一つであった事を後から気付かされる場合などがあります。
目には見えない、こういった神様の霊妙なるお導きを、私達神職は「御神縁」と言っています。

御神縁のある方なら、一見神社とは全然馴染みのなさそうな方でも、あるいは周りからどう言われようとも、いずれ神道の世界に入ってくる事になります。ただ、なるべく早く入るか、多少遠回りをしてから入るか、それを選択するのは御自身の決断です。
私自身、10年前には、まさか10年後の自分が神職になっているとは夢にも思っていませんでした。
「簡単な気持ちでなるものではないだろう」と言われると思い親には相談できない、と思い悩んでいる時点で既にそれは「簡単な気持ち」ではないのですから、まずは自分の今の率直な気持ちを御家族に吐露してみるべきではないでしょうか。
もしそれで御家族が「とんでもない!」「一体何を言い出すんだい!」というようなリアクションをされたとしても、そのリアクション自体が、西さんが次のステップに進むために必要な“御神縁”であるかもしれません。

【試験も簡単なものだとは思えません】

養成所の入学試験の場合は、試験は形式的なものである事が多いため、当人に余程の問題がなければ普通はまず合格しますが、階位の取得を目指すため國學院や皇學館に入学しようとする場合は、大学なのですから当然一定のレベルに達していなければ不合格になります。
但し、神道の専門的な知識を問われる試験ではありませんから(専門的な知識は入学してから本格的に学ぶ事になります)、通常の大学入試に臨める学力があれば、別に心配はいりません。

養成所や大学で学ぶ場合は、卒業時に無試験で階位が授与されるため、在学中に落第せずにちゃんと進級さえできれば、階位の取得は難しい事ではありません。

【入ることが出来て職に就けたとしても厳しいものだと思います】

これについては、記事本文で述べた通りです。
以下の記事も御参照下さい。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070324

西西 2008/12/10 15:25
親切にお答えいただきありがとうございます。

神職者についての事は知らないことだらけなので色々とまた図書館などで調べたいと思いました。

そして決心が付いたら親にも相談してみたいとおもいます。



私は四年制大学の美術系を希望しています。特殊な学校であるため、勿論試験も普通とは違います。なので美術を習っています。

そこでいきなり神職に着きたいからとそちら系の大学、養成所に行きたいと言うのは、我が儘で中途半端だと思ってしまいます。
色々なことを少しずつかじって、辛いことから逃げ、自分の意志を貫き通していない、これでもないあれでもないと将来の夢を語る自分が嫌気がさすのです。

それだからこそ神様の居られる神社で厳しい日々を送り、弱い精神を叩きのめしたいとも思いました。

きっと社家の方がほとんどで、その方々は家を継ぐため必死に勉強なさると思います。
その中で勉強し、私の好きな神社と言う場所で働く事が出来たら光栄な事だなと思いました。

女性聖職者の二つ目の記事も読ませていただきました。辛くても頑張っている方々のお話を聞いて強くならなければいけないと思いました。特に一般家庭出の方の話は自分が動かないと何も始まらないと言われているようでした。

神様はこの中途半端な私を許してくれるでしょうか。

田頭田頭 2008/12/11 12:59 >西様

別に悪い事をしている訳ではないのですから、許すも許さないもないと思います。
思い悩むのはそれだけ人生を深く真剣に考えている証でもあるのですから、悩む事自体は大いに結構な事だと私は思います。しかし、あまりネガティブになり過ぎるのは良くありません。もっと堂々としましょう!

私としては、神職を志す動機は何でも構わない、とまでは言いませんが、しかし、崇高な理念を持って神職を志しても途中で挫折してしまう人もいれば(実際にそういう人は何人も見てきました)、逆に、深い考えもなく何となく神職になった(例えば、実家の神社を継がなくてはいけないため親に神職養成機関に行けと言われて、自分としても他に希望していた進学先や就職先が特になかったので、とりあえず言われるままに養成機関に入った、など)にも拘わらず、その後、立派な神職になっている方も少なくはありません。
ですから、少なくとも今の時点では、「我が儘で中途半端」「自分の意志を貫き通していない」「自分が嫌気がさす」などと過度に自虐的になる必要は全くないと思います。

ただ、神職として神社に奉職するのであれば、年齢はなるべく若い方が有利です。
最初から奉職の当てがあるのであれば年齢はあまり関係ありませんが、そうでないのなら、30歳を過ぎると男性でも奉職はなかなか厳しくなるのが現実で、女性にとっては更に狭き門となります。
また、女性を神職として採用している神社は全国的にみるとまだまだ少数なので、仮に女子神職を募集している神社があったとしても、それが自分の希望する地域の神社であるとは限りません(むしろそうではない可能性の方が高いです)。
ですから、「神職として神明奉仕できるのであれば、自分は北海道だろうが九州だろうがどこの神社でも行きます!」という位の強い意気込みも、場合によっては必要になってきます。

もし将来的に本気で神職を志すのであれば、そういった事も考慮しておく必要があると思います。

栞 2009/02/03 17:05 初めまして。記事を読ませていただきました。
幼いころから古典文学と宗教に強いあこがれがあり、今年丁度大学受験で國學院への進学を決めました。(正確には結果は出ていないのですが)
神職を考えていたこともあり、日本文学では最高学府であろうということで(早稲田にでも行ける学力があれば話は別ですが…)國學院以外は受けていません。正直言って就職などの面から國學院への進学にはかなり不安があり、友人たちが次々有名校への進学を決める中今回こちらの記事を読ませていただいて、なんだか希望が見えてきたような思いです。神話や宗教の知識には自信がありますが、仕事としての神職については「資格は取れても女性が神職なんてありうるのか?」くらいの知識しかありませんでしたので、とても参考になりました。またこれからただうじうじしていないで自分でも調べてみようと思うきっかけになりました。

ひとつ質問をさせてください。
私は宗教に興味を持ってはいるのですが、どちらかというと学術的な興味で、信心という感じではありません。また、神道に一途なわけでもなく、高校在学中は平安文学が好きなことから仏教を調べたりしていました。
神職の方は、「信心」をどう考えていらっしゃるのでしょうか?また、こういう興味の持ち方は神職を志すに適さないと思いますか?
ご回答よろしくお願いします。

田頭田頭 2009/02/04 15:14 >栞様

初めまして。コメントありがとうございます。

栞さんは、國學院大學では日本文学・国学・有職等を学ぶ事をまず第一の目的とし、どちらかというと階位(神職の資格)は、そのついでに(学術的な事を学ぶ事の延長線上として)取得したいと考えておられるのでしょうか。
それとも、確かにきっかけは日本文学や宗教等への興味からだったものの、今では、まず階位を取得して神職として神社に奉職する事を第一の目的としているのでしょうか。

前者であるならば、厳しい事を言うようですが、別に神職になる必然性はないと思います。神職にならなくても、神職以上にそれらを専門的に深く勉強する事は十分に可能だからです。実際、神道や神社関係の専門書を著している先生方も、全員が神職という訳ではありません。
後者であるならば、神職になる意味はありますが、しかしその場合は、仮にも神仏に仕える宗教者を志すのですから(神職であるか僧侶であるか神父・牧師であるかに拘わらず)、当然の事として、学術的な興味とは別に信仰心は絶対必要になります。そもそも、信仰心のない宗教者が神や仏を語っても、何の説得力もありません。

私としては、いろいろな事に興味を抱くのはとても良い事だと思うので、神職を志していても「仏教」を勉強するのは一向に構わないと思います。神道以外の宗教に興味を持ったり、神道以外の宗教を勉強するのは止めた方がいい、などと神道原理主義者みたいな事を言うつもりは全くありません。実際私自身も仏教や神仏習合には大いに関心がありますし。
しかし、「信心という感じではありません」という言葉が、もし信仰心の欠落を意味しているのであれば、残念ながら神職には向いていないでしょう。

信心のない神職が御祈祷をする事は、その御祈祷を依頼した願主の方に対して、かなり失礼に当ります。
例えば、もし栞さんが大学の合格祈願の御祈祷を受けに神社に行った場合、その御祈祷を行なう神主があまり信心のない人だと分かったら、「そんな人に御祈祷はして貰いたくない!」とがっかりするのではないでしょうか。
普通は、信心の篤い神職に御祈祷をして貰いたいと思うはずです。
そもそもそれ以前に、信心のない人が堂々と大前で御祈祷をするなど、神様に対してもとても失礼に当ります。

例えば私であれば、もし病気になって病院に行くとしたら、いくら医学的に高度で優れた知識を持っていたとしても患者を本気で治療したいという使命感を持っていないような医者には診て貰いたくないですし、また、もし自分に子供がいて学校に通わせるとしたら、教育論を論じるのは大好きでその点についてはとても優秀だけど、実は子供は好きじゃないというような先生には、自分の子供の担任にはなって貰いたくありません。
同じように、氏子・崇敬者・参拝者の視点に立つと、信心のない神職は、どんなに高度で専門的な神道の知識を持っていようと、あるいは祭式や祝詞奏上が上手かろうと、「この人に御祈祷して貰いたい」と思えるような存在では決してないと思います。

あえて少しキツい事を言わせて頂きますが、神職が「信心」をどう考えているのか、と問う前に、まずは栞さん御自身が「信心」をどのように考えているのか、それをはっきりすべきかと思います。
ただ私としては、神職を志した時点では然程強い信心がなくても、神職になる過程で神様の御恵を感じながら徐々に信心を増していき、神職になって以降、更に強固な信心を持てるようになれば、まず最初の出発点(神職を志した時点)での信心の深さについてはそれ程重視していないという事も、一応最後に補足させて頂きます。

ハルハル 2009/05/25 14:56 はじめまして。ハルと申します。
神職という仕事に興味があり、色々調べているうちにこのサイトにたどり着きました。初めて知ったことが多く、非常に参考になりました。

最近ずっと進路について迷っています。小学校のとき学校のフィールドワークである神社にお参りさせて頂いた時以来、「神社で働く」ということにあこがれています。最初は巫女さんになりたかったのですが、年齢制限がありあまり長くお勤めできないこと、女性も神職さんになれること、などを知り、神職を志すようになりました。
それから國學院大學に興味がわいたのですが、志望校にするか迷っています。理由は自宅から非常に遠いこと、さらに私学であり経済的に辛いことなどがあります。家の人は地元の国公立に行ってほしいようです。

神職という職業にあこがれや興味はあるのですが、それだけでやれるような生易しいものではないように感じます。(神職に限らないかもしれませんが)また、家が全く神社関係ではないので、「神職になりたい」といったところで受け入れてもらえるか分かりません。

すっぱりあきらめて地元の国公立に進んだほうがよいのでしょうか。それとも近くの大学を卒業してから神職養成所などに改めて通うというのは可能でしょうか(けれど大学院まで行けたら行きたいとも考えているので、それから通うというのは年齢等で不利な気がします)。地元の大学に行き、在学中に神社のアルバイトをしてみてそれでも神職になりたいか考えてみる、というのも思ったのですが・・・。

最近ずっと一人で考え込み、その度に堂々巡りになっています。自分が本当は何をしたいのか、よく分かっていないのかもしれません。しかし「神職になりたい」という夢は捨て切れません。
長々と書いてしまいごめんなさい。
また、他の方が似たような質問をなさっていたら申し訳ないです。
何かご助言をいただけると非常にうれしいです。
それでは。

田頭田頭 2009/05/26 06:58 >ハル様


【初めて知ったことが多く、非常に参考になりました】

ありがとうございます!そのように言って戴けると嬉しいです。


【すっぱりあきらめて地元の国公立に進んだほうがよいのでしょうか】

もし本当に神職を目指すのであれば、興味が湧いたという國學院大學へ進学する事が、その実現への近道になると思います。神職以外の進路を目指すのであれば、当然、國學院に拘る必要はありません。
ですから、地元の国公立に進んだ方が良いのかどうか、という前に、まずは、自分は本当に神職を目指すのか否か、という思いを明確化させる事が先決だと思います。
もしその答えが出ないのであれば、その答えを探すために國學院大學で学ぶ、というのも一つの選択肢ではあると思います。最終的に神職にならない場合であっても、大学で4年間学んだ事は当然社会に出てから活かせますし。


【近くの大学を卒業してから神職養成所などに改めて通うというのは可能でしょうか】

神社庁長から推薦状を書いて貰う事ができ(ほとんどの養成所は推薦状が必要なので)、且つ、その他の出願条件を満たしてさえいれば、高校を卒業した直後だろうと大学を卒業した後だろうと、養成所に出願する事は可能です(但し養成所によっては性別や年齢などに制限がある所もあります)。不合格になる事は滅多にないので(たまに不合格になる人もいますが)、出願が認められれば、大抵は養成所への入学が許可されます。
なお、養成所はどこも全寮制なので、「通う」というよりは、実習神社に「住み込む」という形になります。

ただ、なるべくなら年齢の若いうちに奉職先神社を探した方が有利なので、神社に奉職する前に大学や大学院で専門的な勉強をしたい、とか、まずは社会人を経験してから神職になりたい、という考えがある訳でなければ、高校卒業後、すぐに神職養成機関(國學院大學もしくは皇學館大学の神職養成課程、あるいは2年制の神職養成所)に入学した方が良いと思います。
20代半ばを超えると奉職先が限られ、特に女性の場合は男性よりも奉職が不利なので(そもそも女子神職としての求人枠が少ないのです)、奉職が早いに越した事はないからです。


【地元の大学に行き、在学中に神社のアルバイトをしてみて】

神社関係の求人は、アルバイト情報誌に載るような情報ではないので、神道関係の大学や養成所に行くか、もしくは神社や神社関係者と何らかの縁故がある訳でなければ、そもそも神社で奉仕する事自体難しいかもしれません。


【自分が本当は何をしたいのか、よく分かっていないのかもしれません】

そこが一番重要な部分ですよね。
「自分が本当は何をしたいのか、よく分かっていない」「神職になりたいという夢は捨て切れません」という矛盾した状況をまずは整理する事が必要だと思います。
神職を目指したいという事について、御家族とは相談されているのでしょうか。「家の人は地元の国公立に行ってほしいようです」という、「ほしいようです」という言い方からは、進路についてはまだ具体的な話し合いはされていないのでは、という印象を受けます。
神職を目指すのであれば、当然御家族を説得させる必要があるのですから、まずは御家族と“腹を割って”話し合ってみる必要があるでしょう。


【何かご助言をいただけると非常にうれしいです】

神職になりたくて大学や養成所などで学んでも、自分の希望にあった求人がなく(あったとしてもそういう所には希望者が殺到するため)、結局神職としては神社に奉職できず、巫女として奉職したり、あるいは神社とは全く関係ない所に就職したりする女性も多くいます。
また、神職として神社に奉職しても、その神社の環境が自分に合わずに辞めてしまう、という事例も見られます。
その反面、社家の出身ではなくても、格式のある神社に神職として奉職が叶ったり、また、なかには若くして宮司となってその神社の運営を任されたりする女性もいます。

女子神職のそういった現況や奉職状況と、神職になりたいという自分の夢、そして御家族の思いや家庭の事情などを総合的に考慮した上で、改めてじっくりと考えてみて下さい。
以下の記事の本文及びコメントも御参照下さい。参考になれば幸いです。

▼神主になる方法
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060506

▼養成機関別奉職状況
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20060523

▼どの課程でどの階位が取得できるのか
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070829

▼階位取得や神職養成等に関するQ&A(その3)
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20071105

▼神職養成所の学生募集要項
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20081112

ハルハル 2009/05/26 18:07 こんにちは。お返事ありがとうございます!
とても丁寧に回答して下さり、非常にうれしかったです。
紹介してくださった記事とコメントも分かりやすかったです。

≫「自分が本当は何をしたいのか」「矛盾した状況」
 まずはもっと神職という仕事について調べてみようと思います。まだまだ知識が足りずイメージで考えてしまっているところがある気がするので。このサイトはとても詳しい事が載っていて、さらに過去の記事が分野別に分けられているのでありがたいです。まだ全て読みきれていないので、順々に見ていきたいです。
 大学と養成所ではまた色々と違うのだと感じました。それぞれの資料を取り寄せてみたり、養成所は住み込みであったりするなどという面を比べて、最良の選択をしたいです。
 家の人には今すぐに「実は神職になりたいです」とは話せないかもしれませんが、いつか必ず伝えられるようにしたいです(せめて今年中には言えたらいいな、と思っています)。

過去の記事で「私が神主になった経緯」を拝見しました。
やはり「縁」というものはあるのだと深く考えさせられました。
今はバラバラに見える物事もあとから思えば全てつながっていたりするのだろうか、などと感じました。
以前学校で「職場体験学習」というものがあり、希望してとある神社に行かせて頂きました(神職というよりも巫女さんとしてでしたが)。その時に「やはり神社で働くっていいなぁ」との思いを深くしました。
今の私の中に「神職になりたい」という気持ちは確かにあると思います。色々と迷いますが、将来自分にとって後悔しない道を選びたいです。
長々と自分の事ばかり書いてしまって申し訳ありません。
今回質問に答えてくださってとてもうれしかったです。
それでは。

田頭田頭 2009/05/26 19:02 >ハル様

「今はバラバラに見える物事もあとから思えば全てつながっていたりするのだろうか、などと感じました」との事ですが、私もそう思います。

頑張って下さい。御健闘をお祈り致します!

花 2009/05/30 17:27 はじめまして。花といいます。
私は今高校1年生です。
私は将来,「養護学校の先生」になりたいという
夢がありました。
しかし,入学してから,毎日神社の前を通るようになり,
なんだか神社がとても好きになりました。
前の休みの日は1人でバスに乗って神社へ行ってきました。
そこから,巫女や神職に興味を持ちました。

親に話してみたら
「普通そこのお嫁さんとか娘なんじゃない?」
と言われましたが・・・

頑張れば,きっとなれますよね??

田頭田頭 2009/05/30 19:04 >花様

はじめまして。
巫女はともかく、女子神職の場合、現実には、確かに神職の家族(宮司の奥さん、お母さん、娘さんなど)である事が多いですね。
とはいっても、一般家庭出身の女子神職も勿論います。
その実例については、このコメントを付けて頂いた記事の本文や、平成19年3月24日付の記事(http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20070324)などで紹介させて頂いた通りです。

但し、残念ながら「頑張ればなれる」とは必ずしも限りません。
そこが一般の職業とは違う所で、御神縁(神様や神社との縁)がなければ神社で奉職する事は難しく、逆に言えば、もし御神縁があれば、別の職業に就いてもいずれは何らかの形で神社に関わるようになったりします。

晴良晴良 2010/12/06 19:26 はじめまして。晴良ともうします。
過去の記事にコメント、申し訳ありません。

私は今、中学3年生です。前々から古事記などの古代史(?)や神社に興味を持っていて、神職につきたい、と思うようになりました。
しかし特に周りに神職の方がいるわけでもなく、神道を信仰しているわけでもない一般家庭で育った身としましては、一体どうすればなれるのか?というのが最大の疑問です。ですので、この記事はとても助かりました。ありがとうございました。

ですが、ひとつ心配事があります。
私は今まで、どちらかといえば研究とかそういった立場で神道などについて調べてきました。ですので、神道において「信仰」というのがどういったものなのか、まだよく分からないのです。(不勉強で済みません。単純にまだまだお子様だからかもしれません)
よく言われるような、「八百万の神様」とか「すべてのものには神様が宿っているんだよ」見たいな話は身近にありましたので、行動理念にはなっていると思います。そういった意味では信じているといえるかもしれません。
ですが、例えばキリスト教などの一神教にありそうな「この神様だけが私の全てで、真である」というような考えには至れていません。どちらかといえば「親しみを覚える」みたいな感情のほうが強いのです。
そのような態度では神職は務まらないでしょうか?

長々と申し訳ありません。
お忙しいであろうところ失礼ですが、お返事いただければ幸いです。

田頭田頭 2010/12/07 18:59 >晴良様

はじめまして。
『例えばキリスト教などの一神教にありそうな「この神様だけが私の全てで、真である」というような考えには至れていません』との事ですが、それは日本人として実に真っ当な、極自然な考え方だと思います。
御自身ではっきりと書かれているように、「この神様だけが私の全てで、真である」というのは一神教の考え方であり、神道の考え方や信仰ではありません。

また、「親しみを覚える」みたいな感情のほうが強い、との事ですが、私としては、今の時点ではそれで十分だと思います。
神職としては、神様に対しては「畏れを抱く」という思いも大切ですが、それは神職を志して神職養成機関で学んだり神社で神務実習をしたりするうちに、自然と感じてくるようになると思います。

春宮春宮 2011/02/21 16:22 はじめまして、
國學院大學四年の春宮と申します。

『内掌典』という言葉を検索していて、ここにたどり着きました。
やはり内掌典に入るには相当の努力や実績が必要なのでしょうか。

内掌典についてご存知のことがありましたら、教えていただけるとありがたいです。

よろしくお願いいたします。

田頭田頭 2011/02/24 16:10 >春宮様

返信が遅れてしまい、申し訳ありません。
内掌典になるための具体的な手順や手続き等は、私は知りません。私の周囲で内掌典として奉仕している、もしくはしていた、という人もいないですし。
お力になれなくてすみません…。
國大の進路担当の先生に相談されてはいかがでしょうか。

りりりり 2011/03/25 14:50 はじめまして、私は4月から高校3年生になるりりと申します。
記事を読ませていただきました。とても参考になりました。ありがとうございます。
私は幼い頃から神社や森が大好きで、ずっと巫女さんになりたいと思っていました。しかし、巫女さんとしてお仕事できるのは、長くても20代後半くらいまでと伺いました。
私は、できれば一生神様にお仕えさせていただきたいと思っています。そのため、最近では、女子神職になりたいと強く思うようになりました。 
神職は体力が必要で、養成所では全力で走ったりすることもあると伺いました。私は運動があまり得意ではないのですが、そんな私でも神職になることは可能でしょうか。
また、神職だけでは経済的に苦しいと伺ったことがあるのですが、そうなのでしょうか。
ご回答お願いします。

田頭田頭 2011/03/26 06:26 >りり様

はじめまして。
私もあまり運動が得意なほうではありませんが、養成所にはちゃんと2年間在学できたので、普通に日常生活が送れる程度の体力があれば、問題ないと思います。

神職だけでは経済的に苦しいのか、という点については、全国的にみればそういう神社は沢山あるでしょうし(特に田舎の小規模な神社では生活のため神職が他の職業を兼務している事例も少なくありません)、勿論、そうではない神社も沢山あるでしょうから(職員を何人か抱えているような神社は専業神職が奉仕しています)、何ともいえません。各神社によって事情は全く異なります(給与も各神社によってバラバラですし)。
ただ、経済的に苦しいような神社で職員を募集する事は、普通、まずないですから、養成所の卒業時に、その養成所から斡旋を受けて奉職する事になる神社は、当然、専業神職として奉仕できる神社です。

りりりり 2011/04/08 16:32 ご回答ありがとうございました。
神職になりたいと思っていることを父と母に伝えてみました。父と母は、周りに神職の方がいないこともあり、神社の世界が分からないので、とても心配なようです。
父と母にいろいろと尋ねられたのですが、私には分からなかったので、質問をいくつかさせていただいても良いでしょうか。
?もし、結婚して子供ができたら、産休などはとれるのでしょうか。
?お休みの日はあるのでしょうか。
ご回答お願いします。

田頭田頭 2011/04/09 13:48 >りり様

以前にもこのブログに書いた事がありますが、各神社はそれぞれが独立した法人であり、その神社の代表役員である宮司が、一般の会社でいう代表取締役社長に相当します。ですから、その神社の宮司の考え方や方針により、各神社における職員に対しての待遇や保障等はバラバラであり、産休があるのかどうかというのも、当然各神社によって違うと思います。
りりさんが神職養成機関に入学したら、奉職しようとする神社に履歴書を提出する際か面接を受けに行った際、御自分でその神社に御確認下さい。

お休みについても同様です。
月4回休みの神社もあれば、月6回休みの神社もありますし、また、境内に住み込んでいる場合や頻繁に宿直がある場合などは、規定上は休みが定められていても実質的にはほとんど休みがないという事態もあり得ます。
ただ、全く休みが無いという神社はありません。もしそのような神社があったとしたら、その神社は労働基準法に違反しています。