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西野神社 社務日誌

2006-07-27 関西旅行(前編)

吉田神社

関西方面(神戸大阪京都吉野和歌山等)に旅行するため、今日と明日の2日間、神社から連休をいただきました。というわけで、社務とは何の関係もない私事で恐縮ですが、今日はこの旅行について記させていただきます。

昨日は社務を終えると家に帰らず、神社からそのまま空港に行き、新千歳空港18:45発・神戸空港20:45着の便に乗り、昨夜のうちに関西に入りました。ちなみに、神戸空港は今年の2月に開港したばかりの新しい空港で、私は今回初めて利用させていただきましたが、神戸空港と神戸市中心部の三宮間はポートライナー札幌地下鉄のようにゴムタイヤで走る鉄道)で結ばれているため(所要時間20分弱)、神戸空港の開港により、神戸に行くには伊丹関空を利用するよりも格段に便利になりました。

昨夜は時間が遅かったこともあり、神戸に入ってからはすぐに市内のホテルに入り休ませていただきましたが、今朝は6時過ぎ頃にはホテルをチェックアウトしました。そして高速神戸駅から阪神電車に乗り、三宮、武庫川尼崎などで途中下車をして寄り道をしながら、大阪方面に向かいました。

大阪ではまず、都島区の毛馬町に鎮座する淀川神社に参拝に行かせていただきました。淀川神社は、十五の神社の神様(天照皇大御神、住吉大神生野大神、八幡大神、稲荷大神、賀茂大神、松尾大神、大原野大神、子守大神、春日大神、布留大神、広田大神、三十川大神、熊野大神、白山大神)をお祀りしていることから、かつては十五神社と称されていたそうで、神社の創立年代は定かではないようですが、平安時代の初頭には既に創立されていた神社だそうです。

その淀川神社には、私と同じ神職養成所を卒業された、私にとっては先輩に当たるFさんが女子神職として奉職しているのですが(年齢は私よりも若いですが、氏子達や現宮司からの信望が篤く、既に神社の運営を実質的に任されており、来年には正式に宮司に就任されるそうです!)、そのFさんに境内や社殿内を案内していただき、また社務所では、Fさんと学生時代の思い出話などに花を咲かせ、特に神社運営についての話で盛り上り、結局淀川神社には昼近くまで、丸2時間も居座ってしまいました。Fさん、お仕事中大変長居してしまい、申し訳ありませんでした!

ちなみに、淀川神社の拝殿内には文月会北海道神社庁札幌支部の神道青年会)の事業品である玉串拝礼のポスターが貼ってありました。まさか大阪市内で文月会の事業品が見られるとは思っていなかったので、このような遠方の地にまで文月会の事業品が普及していることを、文月会の会員として嬉しく思いました。

淀川神社を参拝した後は、少々寄り道をしつつ、淀屋橋駅から京阪電車に乗って京都へと向かいました。京都ではまず、左京区吉田山に鎮座する吉田神社に参拝に行かせていただきました。吉田神社は、室町時代の神職・吉田兼倶が創始した神道の一流派「吉田神道」の本拠地であり、また江戸時代までは、神祇官代として全国の神社の神職の任免権を持っていた、中世から近世にかけての神社界では絶大な権威を誇っていた神社です。

その吉田神社には、養成所で私と同期だったTさんが奉職しており、Tさんとはおよそ1年ぶりに再会を果たし、1時間程いろいろと話をしてきました。吉田神社には、私も学生だった頃助勤に来させていただいたことがあり、また吉田神社の宮司さんは私たち学生にとっては祭式の授業の講師でもあったため、吉田神社は、私にとっても思い入れのある神社です。ちなみに今日の貼付写真は、吉田神社本宮の前で撮った、私(左)とTさん(右)の写真です。

また、吉田神社には、私と同じ養成所を私よりも10年程前に卒業された、私とっては先輩に当たるMさんもおられるのですが、そのMさんともお会いすることができ、Mさんからはいろいろと貴重なお話を聞かせていただきました。Mさんは、巫女さんとともに吉田神社のブログを担当されており、このブログ(西野神社社務日誌)も読んで下さっていることから、ブログの話でも盛り上がりました。吉田神社のブログは最近更新されておりませんが、Mさんによると神社で使っているデジカメの調子が悪くなり、そのために最近はブログから遠ざかっているとのことでした。「デジカメ買わなくちゃなぁ」と仰っていました。吉田神社のブログ「つれづれ社務日誌」は以下のURLです。是非御覧下さい。

http://blogs.yahoo.co.jp/yosidajinnjya

吉田神社を参拝した後は、Tさんに神社の車で出町柳駅まで送っていただき、出町柳からは叡山電鉄に乗り、三宅八幡駅に向かいました。三宅八幡駅で下車した後は10分程歩き、左京区上高野に鎮座する祟導神社に参拝してきました。祟導神社は、平安京を築かれた桓武天皇の実弟である早良親王を御祭神としてお祀りしている神社です。

早良親王は、藤原種継暗殺事件に連座して皇太子を廃され、淡路国に配流の途中、無実を訴えるため絶食して河内高瀬橋付近で憤死された、悲運の廃太子です。早良親王の憤死後、親王の祟りとされる凶事が桓武天皇の周囲で相次いだため、親王の鎮魂の儀が幾度も執り行われ、また親王の名誉も回復されたのですが、それでも凶事が続いたため、桓武天皇は早良親王に対して「祟道天皇」という天皇としての尊号まで追贈して、親王の御霊を慰めました。このへんの詳しい事情や経緯につきましては、3月15日付の記事「平安時代の幕開けと怨霊」に詳しく記させていただきましたので、そちらを御参照下さい。

祟道神社は、その早良親王(祟道天皇)をお祀りしている御霊信仰の神社で、平安京の鬼門に当たる上高野の鬱蒼とした杜の中に鎮座しております。生い茂った木々に囲まれた、人気のない静寂な境内の雰囲気からか、夏でもどこか涼しげな空気が漂う、一種独特な雰囲気の漂う神社です。早良親王は、上御霊神社、下御霊神社、藤森神社など(いずれも京都市内)でも御祭神としてお祀りされておりますが、早良親王のみを御祭神としている神社はこの祟道神社だけだそうです。

祟道神社を参拝した頃はもう夕方近くになっていましたが、祟道神社からはバスと地下鉄を乗り継いで北山へと向かい、北山では、「京都神具製作所」という神具店にお邪魔してきました。学生として京都に滞在していた頃、このお店の方には個人的な相談に乗ってもらうなどして大変お世話になったことがあり、私としては今でもそのことには大変恩義を感じているのですが、養成所を卒業し札幌に帰ってからはなかなかお店に行く機会がなかったので、今回は時間を作ってでもお伺いしようと思い、およそ3年ぶりにお店の方に行かせていただきました。お店では30分程、お話をさせていただき、また帰り際には授与品の見本なども頂き、楽しい一時を過ごさせていただきました。

そして夕方5時半からは、関西に滞在している同期の神職仲間や、私たちが学生だった当時の先生と、京都三条居酒屋に入り、お酒を飲みながらいろいろと話をしてきました。私と同期ではありませんが、今日の午前中大阪で会ってきた淀川神社のFさんにも参加していただき、皆で学生時代の思い出話や、現在の養成所の様子、京都の神社界の動向など、いろいろな話をして、夜10時頃までお店にいました。その後は三条大橋の袂にある喫茶店に移動し、そこでもまたいろいろな話をし、とても密度の濃い時間を過ごしてきました。

今日の京都は、日中の気温が35℃まで上がり(ちなみにこの日の札幌の最高気温は29℃だったそうです)、外を歩く機会が多かったためあまりの暑さに正直かなりまいりましたが、しかし今日はいろいろな人達と会うことができ、そしていろいろな話をすることができ、とても有意義な一日を過ごすことができました。

ところで、今年は3月に九州5月には東京、そして今月は関西と、だいたい2ヶ月に1回の頻度で連休を貰って道外に旅行しているため、このブログを読んでいる方は、「田頭は神社を休んでばかりいるじゃないか」とお思いになるかもしれませんが、一応言い訳しておきますと、これは休みを小まめに取らずにまとめて取って連休にしているためで、決して頻繁に神社を休んでいるわけではありません(笑)。

(田頭)

元神職元神職 2006/07/31 08:52 たまには休みも必要です。でもあなたの場合休みでなく研修的休日、氏子・崇敬者等を教導してください。頑張って。

田頭田頭 2006/08/01 11:15 ありがとうございます。
今回の旅行が氏子・崇敬者の教化に少しでも結びつくことになれば私としても嬉しいのですが、現実には、教化というのは目に見えてすぐに成果が現れるものではないので、実際の所はどこまで教化に反映されるのかはわかりません。
しかし私の中では、今回の旅行で神職として得たものはとても大きかったです。旅行先で神社を訪問したり、直接その神社の神職と話をすることで、道外の神社の様子や実態の一片を知ることができたことも、良い勉強になりました。
図々しくて恐縮ですが、これからも助言をよろしくお願い致します!

奥村奥村 2006/08/06 23:48 ご遠方の処、ご来店いただき厚く御礼申し上げます。
僭越では御座いますが、貴殿のご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

田頭田頭 2006/08/09 19:09 奥村様、コメントありがとうございます。
事前に連絡もせず、突然お店にお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。
これからも宜しくお願い致します!