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西野神社 社務日誌

2006-10-18 神社本庁以外の神社神道の包括団体

神社本教暦

神社本庁がどういった組織であるのか、ということは、今までこのブログでも度々取り上げさせていただきました。神社本庁は、全国に鎮座する約8万社の神社を包括する、神社神道系の包括宗教法人としては最大規模の団体であると同時に、仏教系諸教団の中では最大規模とされる創価学会をも上回る、国内最大規模の宗教法人でもあります。しかし、そうはいっても神社本庁だけが神社神道の包括団体という訳ではありません。数は少ないながらも、神社本庁以外にも、神社神道の包括団体は存在しています。

例えば天理教金光教、黒住教、御嶽教、大本などの大教団は、一般にもよく知られている神道系の教団ですが、今名前を挙げたこれらの教団は、いずれも教派神道に分類される教団であって、神社神道系の教団ではありません。皆さんは、神社本庁以外の神社神道の包括団体を御存知でしょうか?今回は、本庁以外の神社神道系の包括団体について記させていただきます


■文部科学大臣所轄の包括団体

先日図書館で読んできた「宗教年鑑 平成17年版」によりますと、文部科学大臣所轄包括宗教法人のうち、神社神道系の包括宗教法人として登録されている団体は、以下の15団体です(以下の団体は全て宗教法人格を持っていますが、以下の団体が包括している団体の中には、法人格のない団体も含まれています)。

/声卷楪 … 79,057社の神社と47の神社庁を包括。信者数は97,299,259人。事務局の所在地は東京都渋谷区代々木。本宗は伊勢の神宮。神社本庁についての詳細は昨年8月5日付の記事に、神社庁についての詳細は今年6月25日付の記事にそれぞれ記させていただきましたので、そちらの記事も御参照下さい。

⊃声卷楸近畿の府県(大半は京都市内)に分布する神社80社を包括。信者数は不明。事務局の所在地は京都府京都市東山区。神社本教についての詳細は別項で後述します。

神社産土教広島県下の神社を中心に72神社と2布教所を包括。信者数は90,000人。事務局の所在地は広島県三原市

に務て賛声匐┣ … かつて大日本神祇会北海道支部渡島部会に属していた神社61社を包括。信者数は69,000人。事務局の所在地は北海道北斗市。北海道神社協会についての詳細は別項で後述します。

ヌ攸掌耿嵋楸 … 275教会とその他の11団体を包括。信者数は人46,984。事務局の所在地は長野県木曽町

神道石切教 … 3神社とその他の9団体を包括。信者数は16,799人。事務局の所在地は大阪府東大阪市

Э正楸 … 1神社のみ包括。信者数は1,000人。事務局の所在地は兵庫県篠山市

╂真缶誓顕 … 包括団体の数は不明。信者数は20人と記されているので実質不活動状態にあると思われます。事務局の所在地は広島県福山市

出雲日御碕大神宮教 … 2教会と4布教所を包括。信者数は2,110人。事務局の所在地は島根県出雲市

出雲神奈備教 … 1神社と1教会を包括。信者数は800人。事務局の所在地は島根県出雲市。

石鎚本教 … 82教会と83布教所を包括。信者数は96,943人。事務局の所在地は愛媛県西条市

出雲教 … 1神社と8教会を包括。信者数は94,933人。事務局の所在地は島根県出雲市。

日本神宮本庁 … 24神社と28布教所を包括。信者数は13,211人。事務局の所在地は北海道帯広市

日本神社教団 … 14神社を包括。信者数は1,050人。事務局の所在地は茨城県八千代町

大和教 … 3教会を包括。信者数は1,926人。事務局の所在地は宮城県塩釜市

ちなみに、少し古い資料になりますが「宗教年鑑 平成8年版」では、文部科学大臣所轄包括宗教法人のうち神社神道系の包括宗教法人として登録されているのは16団体で、上記 銑までの団体に加えて、阿箸靴董崙本神社本庁」という教団(包括団体数は4、信者数は111人)が掲載されていました。平成17年版の宗教年鑑にその名が掲載されていないのは、平成17年までに登録が抹消されたか、もしくは分類方法の変更により「神社神道」以外のカテゴリーに移動したためと思われます。


■都道府県知事所轄の包括団体

都道府県知事所轄包括宗教法人のうち、神社神道系の包括宗教法人として「宗教年鑑 平成17年版」に掲載されているのは以下の7教団です。なお、文部科学大臣所轄と都道府県知事所轄の違いについては、先月12日付の記事「神社の作り方」の、「宗教法人への道(概論)」の項の【3】を御参照下さい。

/斉斬舅其 … 3神社と8布教所を包括。信者数は258,654人。事務局の所在地は北海道旭川市

∨受教 … 4教会と6布教所とその他の3団体を包括。信者数は300人。事務局の所在地は北海道小樽市

E恵聾巨邑饗龍鞠彬槁教會 … 2教会とその他の1団体を包括。教団名の読み方は「てんちげんれいはらたいきょうはほんぶきょうかい」。信者数は10,304人。事務局の所在地は岩手県一関市

ぢ膸外ど徑神社本庁 … 51教会を包括。信者数は200,000人。事務局の所在地は神奈川県伊勢原市

タ行教団 … 包括団体数及び信者数は不明、不活動状態と思われます。事務局の所在地は静岡県静岡市葵区

神社司庁 … 69神社を包括。信者数は45,000人。事務局の所在地は福岡県立花町

天祖教 … 包括団体数及び信者数は不明、不活動状態と思われます。事務局の所在地は栃木県宇都宮市


■神社本教

前々項及び前項で名前を挙げたこれらの神社神道の包括団体(文部科学大臣所轄の15団体+都道府県知事所轄の7団体)のうち、被包括団体(傘下にある神社等)の数からいえば、神社本庁に次ぐ規模の教団は神社本教ということになります(もっとも、神社本庁と神社本教とでは被包括団体の数があまりにも違い過ぎるので、実際には、神社本庁が1番で神社本教が2番、というように順位を付けることには全く意味はありませんが)。この項では、神社本庁に次ぐ被包括数を誇るその神社本教の歴史や現況などを、以下に簡単にまとめてみたいと思います。

明治31年、全国の神職の結束を図るため東京で全国神職会が設立され、京都府においても、京都府神職会が設立されました。京都府神職会は、今日の「京都府神社庁」的な役割を果たしていたようです。京都府神職会は、府下を19の地区に分けて各地区に支部を置きましたが、実際には、府下には20の支部が設置されました。地区数が19なのに、支部数はなぜ19ではなく20になったのかというと、それには京都府ならではの特殊な事情がありました。

昭和12年の時点で京都府内に鎮座する神社の総数は2,717社でしたが、このうち官国幣社の数は20社で、この数は全国の官国幣社の一割を占めており、京都府は全都道府県中、最も官国幣社の数が多い府でした(府下の官国幣社の神職数も88人と全国一を誇っていました)。ちなみに、この20社とは具体的には、官幣大社が石清水八幡宮賀茂御祖神社(通称・下鴨神社)、賀茂別雷神社(通称・上賀茂神社)、平野神社、松尾神社(現・松尾大社)、平安神宮八坂神社白峯神宮、稲荷神社(現・伏見稲荷大社)の9社で、官幣中社が大原野神社北野神社(現・北野天満宮)、貴船神社吉田神社、梅宮神社(現・梅宮大社)の5社で、別格官幣社が護王神社建勲神社豊国神社梨木神社の4社で、国幣中社が、籠神社出雲神社(現・出雲大神宮)の2社でした。

それに対して、京都府内における民社(府社以下の社格の神社)の数はというと、数的には決して少なくはなかったものの、民社の神職数は136人と極めて少なく、そのため京都府における神職の構成は、官国幣社の神職が他府県に比べ極めて多いのに対して民社の神職は非常に少ないという特徴がありました。このため、官国幣社と民社の神職との間で軋轢が生じることが少なくなく、こういった事情から、各地区毎に設立された支部(19)とは別に、地区を超越した官国幣社だけの支部として「京都支部」がつくられ、こういった経緯から、京都府神職会には20の支部が存在したのです。京都府神職会規約にも「京都府下官国幣社神職ハ京都支部ニ、京都市府社以下ノ神職ハ京都市支部ニ属スルモノトス」と明記され、京都府内の官国幣社20社の神職は「京都支部」に所属し、京都市内の民社(府社以下の神社)の神職は「京都市支部」に所属することになりました。

こうした特殊な事情が背景にあったため、京都府内では官社と民社の神職の結束がなかなか図れず、戦後、神社本庁が設立される時においても、府内の郡部においては最終的には大半の神職が結束することができたものの、京都市内においてはついに両者の意見がまとまらず、昭和21年2月13日の神社本庁設立登記の日、旧「京都支部」に属していた官社と京都府内郡部の民社が平安神宮において京都府神社庁設立についての評議員会を開催したのに対し、旧「京都市支部」に属していた京都市内の民社や市外の一部の民社はこの動きに同調せず、出世稲荷神社において「京都府神社会」の創立総会を開きました。そして3月5日、「京都府神社庁」が正式に設立され、一方の京都府神社会は、同月16日に菅大臣神社において総会を開き「神社本教」と名を改めて神社本教規則を制定し、これにより、戦後の京都府の神社界は、神社本庁(京都府神社庁)と神社本教に分裂することが決定的になったのです。

そして、神社本庁と神社本教の分立により、京都府内の民社(旧府社以下)の多くは、神社本庁に所属するか、それとも神社本教に所属するか、あるいはどちらにも属さず単立となるか、その選択を迫られることになったのですが、当時は帰趨に迷う所属不明の神社も多く、やはり府内の神社界にはかなりの動揺が見られたようです。こういった混乱の中、官社の側からも、官幣大社の稲荷神社(現・伏見稲荷大社)と白峯神宮、官幣中社の梅宮神社(現・梅宮大社)、国幣中社の出雲神社(現・出雲大神宮)が神社本庁には合流せずに、単立神社となる道を選びました(ただし現在は、白峯神宮は神社本庁の包括下にあり、また、伏見稲荷大社は現在でも単立ですが、本庁とは極めて良好な協調関係を維持しています)。こういった経緯から、戦後の京都府の神社界は、神社本庁、神社本教、単立の3つの勢力に分立することになり、分立から丁度60年を経た現在でも、その分立状態は続いているのです。

なお、設立当初の神社本教は120社程の神社により構成されていたのですが、その後は包括下の神社数は徐々に減ってきており、それに反比例して、京都府内における神社本庁包括下の神社数は微増傾向にあるようです。神社本教は、京都府神職会の京都市支部が前身になっているという歴史的な背景から、包括下の神社の大半は京都市内の神社ですが、一部、市外(宇治市亀岡市中郡)や府外(奈良県三重県)に鎮座する神社も包括しています。

京都を代表する観光地世界遺産にも登録されている清水寺の境内に鎮座する地主神社伊勢の神宮にお仕えする斎王が伊勢へ行かれる前に斎戒をされた地として有名な嵯峨野に鎮座する野宮神社、清和源氏発祥のお宮と伝えられる壬生通八条角に鎮座する六孫王神社、明治天皇の崩御に際して殉死された乃木希典陸軍大将を伏見桃山御陵(明治天皇陵)の傍らにて御祭神としてお祀りする乃木神社などは、いずれも神社本教包括下の神社です。

ところで、神社本庁では教典としているものはありませんが(古事記日本書紀古語拾遺宣命、延喜式などは“神典”とされてはいますが所謂“教典”ではありません)、神社本教包括下の神社で頒布されている「神社本教暦」(写真参照)によりますと、神社本教では「六根清浄太祓」を教典としているそうです。ちなみに、その神社本教暦は、奥付によりますと、神社本教で独自に作成している暦ではなく天社土御門神道本庁が作成している暦のようです。天社土御門神道本庁については別項で後述します。


■北海道神社協会

北海道南部渡島支庁管内)に鎮座する約60社の神社を包括している、文部科学大臣所轄の包括宗教法人「北海道神社協会」についても、その歴史や現況などを以下に簡単にまとめてさせていただきます。

神社本庁(北海道神社庁)が発足する際、戦前まで「大日本神祇会北海道支部渡島部会」に属していた道南郡部の一部の神社が、他県とは違い広大である北海道に一つの神社庁では不合理であるとして、本庁に合流することなく北海道神社協会を設立して、北海道神社庁と分立しました。北海道神社協会では、設立の理由を以下のように説明しています。

‥賄臧会に所属する神社は、道南郡部の農漁村を中心とした小規模神社という特殊事情がある。道南郡部神社は、地域・氏子個々人との密接な接触を要求され、神社維持運営について都市部神社と性格を異にする部分が多い。この機会に、巨大組織から分離して小規模組織の中で緻密な活動を展開して神社神道充実発展に貢献したい。の秣膾彁には北海道指定文化財である松前神楽を助勤神職が神前で奉納し、これを地域住民は神事の一つとして古くから考えている環境がある。ソ召辰董⊂樵或棲擇鮟て世靴真誠Δ助勤し合うという条件があり、神職も強い繋がりを持つ同士となっている。

しかし、ある神社関係者は、私には、北海道神社庁と北海道神社協会の分立の理由は「良くいえば思想の違い、悪く言えば人間関係のこじれ」と語っておりました。その方によると、当時道内の神職同士でも(特に道南においては)人間関係が必ずしも良好ではない部分もあったそうで、それが分立の直接的な原因となったとのことです。そして、その方の言によれば、「まだ当時の関係者が双方に残っているために、戦後60年経った今でもそれを引きずって両者は統合するに至っていない」とのことですが、その一方で、「世代が変わればそういった感情的な問題は消えるはずなので、まだ暫く先のことにはなるかもしれないものの、将来的には統合は十分可能」という楽観的な見方もされていました。実際、神青レベルにおいては、北海道神社庁と北海道神社協会の神職は、同じ神社神道の青年神職として交流活動を展開しております。

もし将来、北海道神社協会が本庁に合流したとしたら、合流後に生じる問題は、今となってはもはや人間関係ではなく、神宮大麻頒布の問題であろうと云われています。北海道神社協会包括下の各神社は、自社のお札とお伊勢様のお札を氏子に頒布しているのですが、そのお伊勢様のお札というのは本庁が扱っている神宮大麻ではなく、北海道神社協会が独自に作成しているお札なのです。そのお札の頒布は協会の神社ではすでに定着しているので、本庁に合流したとしたらまずはそのお札の頒布の問題が、解決しなければならない問題として立ちはだかるのでは、と推測されています。


■天社土御門神道本庁

「神社本教」の項の最後で軽く触れましたが、神社本教で頒布している神社本教暦は、天社土御門神道本庁(てんしゃつちみかどしんとうほんちょう)が作成しているものです。天社土御門神道本庁は、神社本庁や神社本教とは全く別の、文部科学大臣所轄の包括宗教法人で、土御門神道(土御門家の神道・陰陽道)の祭祀を今も守り伝えている宗教団体です。教団の本拠地は福井県名田庄村ですが、大阪市と京都市にもそれぞれ事務局が置かれています。

宗教年鑑によりますと、この団体は「神社神道」でも「教派神道」でもなく「諸教」に分類されているのですが、執り行われている行事や祭祀などは神社神道とほぼ共通しており、教団の施設も“神社”という形態を採っているため、今回の記事の最後にこの教団についても簡単に触れさせていただきます。

安倍晴明を輩出したことで有名な陰陽道の宗家・安倍氏は、室町時代初期に朝廷から「土御門」という姓を賜り、以後は土御門家を名乗るようになったのですが、その土御門家が、応仁の乱の戦火を逃れて所領地であった福井県名田庄村に移り、泰山府君、鎮宅霊府尊神、安倍晴明、八将神などの分霊を勧請したのが、天社土御門神道本庁が尊崇する四社(加茂神社、貴船神社、善積川上神社、天社)の由緒です。

土御門家は、江戸時代には陰陽道の宗家として朝廷より「諸国陰陽師之支配」の勅許を受け、また幕府からも朱印状によって陰陽道支配権を認められ、全国の陰陽師を統括していましたが、維新後の明治4年に「陰陽道禁止令」が発令されて以降は、陰陽師としての身分を失い急速に没落していきました。

「宗教年鑑 平成17年版」によりますと、現在、天社土御門神道本庁は、4神社、5教会、9布教所、その他の7団体、計25団体(ただしそのうち法人格を取得しているのは1団体のみ)を包括しているそうです。


(田頭)

てっしーてっしー 2010/01/17 02:11 こんにちは。いつも楽しく拝見しております。神社本庁のほかにも神社神道の包括団体がたくさんあるとは驚きでした。
ところで、神道大教はどういう扱いなのでしょうか。教派神道十三派のひとつではありますが、政府主催の大教院の流れを受けているので、神社神道とはちがうのかなぁ、と思うのですけれど。お教えください。

田頭田頭 2010/01/17 16:17 >てっしー様

こんにちは。
札幌近郊にも「札幌八幡宮」という、神道大教包括下の神社がありますが、神道大教の礼拝施設は教会ではなく神社という形態を採っている事があるため、教派神道というよりは神社神道に近いイメージもあります。
しかし、分類としてはやはり、神社神道ではなく教派神道とされているようです。
神道大教側も、自分達の教団は教派神道であるとし、教団として教派神道連合会(http://www.kyoharen.net/)に所属するなどしていますし。
神道大教の公式サイトにも「教派神道とは」というコンテンツが設けられています。

てっしーてっしー 2010/01/24 02:20 教会でなく神社の神道大教の礼拝施設があるのですね(!)。
やはり教派神道という扱いなのですね。
ありがとうございます。よくわかりました。

田頭田頭 2010/01/24 20:20 >てっしー様

黒住教にも宗忠神社がありますし、多くはありませんが教派神道でも神社という形態を採っている所はたまに見受けられます。

観宮観宮 2010/12/13 18:57 僕が神社に興味を持ち始めた頃なので今から5年前、行きました。福井県遠敷郡名田庄へ。
これは、京極夏彦の小説の登場人物(鳥口君)の出身地が名田庄村という設定だったからですが、その時に加茂神社にも行きました。
近くには四方に四色の鳥居がある珍しい神社もありました。
もしかしたらあれが天社だったのかも知れません。
時期外れですがこの記事を読んで思い出したので書き込みしました(^_^;)

田頭田頭 2010/12/14 09:41 >観宮様

おはようございます。
今更「はじめまして」と挨拶するのも白々しい気がしますが(笑)、このブログでは「はじめまして」なのでは?
コメント戴きありがとうございます!

天社土御門神道本庁には私も興味があるので、福井県名田庄村には、私も一度お参りに行ってみたいと思っています。
今度一緒に行きましょうか、瑞木会の研修旅行として(笑)。

林真司林真司 2016/04/10 13:58 いつもありがとうございます。
知りたいことがあり検索すると
西野神社様のブログが出てくることが多く、
よく拝見させて頂いております。
このページもとても参考になりました!
ありがとうございました。

田頭田頭 2016/04/12 13:55 >林真司様

恐れ入ります。
参考になったとの事、私も嬉しく思います。
こちらこそ、どうもありがとうございます!