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西野神社 社務日誌

2007-03-08 二拝二拍手一拝という作法

拍手

先日、京都市に在住のある方から、「H木K子さんが、女性は拍手の音を立てるべきではないなど誤った神社参拝方法をTVで喋り、その弊害が発生しているとの話を聞きました。ブログで一度取り上げてみられてはいかがでしょうか」とのメールを戴きました。

H木K子さんとは、TVや雑誌等で広範に活躍されている売れっ子の六占星術家(作家、タレント、実業家なども兼ねておられます)で、そのH木さんが以前から「男性は拍手しても構わないが、女性は神社では柏手を打ってはいけない」と言っているということは私も聞いて知っており、やはり気にはなっていました。幸い、当社ではまだそのような参拝者は見かけたことはないのですが、神社によっては、神職が二礼二拍手一礼の参拝方法を説明しても、「それは間違った作法です。H木先生は、神社では女性は拍手をしないのが正しい作法と仰っています」と神職に食って掛る参拝者もいると聞いていたからです。

そのため、この件については昨年4月9日付の記事「拍手(かしわで)」で、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)こそが正式な神社の参拝作法であるということを書かせて戴き、説得力があったかどうかは分かりませんが、私なりにH木さんの主張に反論を試みてみました。その記事の文末では、「占い師、霊能者、拝み屋さん、その他一部の宗教家たちが何と言おうと、神社の御神前では(勿論性別に関係なく)柏手を打つのが、歴史的にも儀礼的にも正しい作法であり、それをしない作法こそが、神社神道においては誤った作法なのです」とまで断言させて戴きました。

しかし、その記事を書いた当時は知らなかったのですが、最近聞いた話によると、H木さん曰く女性が拍手をすべきでない理由は皇族の女性も拍手はしないから、とのことらしく、また、前出の記事「拍手(かしわで)」では拍手がなぜ必要なのかという理由やその根拠は詳しく書かせて戴いたものの、拍手の回数はなぜ2回なのか、ということについては触れておりませんでしたので、そういったことを踏まえて今日は、「女性の皇族は本当に柏手は打たないのか」ということと、「拍手はなぜ2回打つのか」という2点を中心に、改めてこの件についてまとめさせて頂きたいと思います(但しこの2点以外にも「拍手はなぜ2回打つのか」という話題から派生して、二拝二拍手一拝という作法が定着するまでの経緯も併せてまとめさせて頂きます)。前出の記事「拍手(かしわで)」と併せてお読み戴ければ幸いです。

なお、今日の記事では、「拝」(はい)「揖」(ゆう)「礼」(れい)などといった神社祭式特有の専門用語が多く出てくるため、一応それらの違いもここで簡単に説明させて頂きます。「拝」とは腰を90度折り曲げる最も丁寧なお辞儀のことで、「揖」とはそれに次ぐ丁寧なお辞儀で、腰を凡そ45度の角度で曲げる「深揖」(しんゆう)と、腰を凡そ15度の角度で曲げる「小揖」(しょうゆう)との二種があります。つまり、腰を曲げる角度の度合いから「拝>深揖>小揖」になるということです。「礼」とは、「拝」や「揖」の総称です。


●女性皇族は柏手を打たないのか

まず「女性の皇族は本当に柏手は打たないのか」という件についてですが、私は宮中祭祀については詳しくありませんので、この件については、京都府八幡市に鎮座する石清水八幡宮のN禰宜に直接電話をして確認させて戴きました。N禰宜は篤い信仰心と膨大な知識、そして豊富な神職経歴を持ち、まさに“神職とはこうあるべき”という理想を具現化したような方で、石清水で実習をしていた当時、私は神道に関して分からないことがあったときには社務所のN禰宜を訪ねてお話しを伺ったことがあるのですが、そういった時もN禰宜は嫌な顔一つせず熱心に解説をして下さり(特に神仏習合については1時間以上も熱く語って下さいました)、N禰宜は私にとって、目標とすべき神職の一人です。

今上陛下の大嘗祭の前後、宮中では人手が足りなかったことから神社界に応援を要請し、これを受けて神社本庁では伊勢の神宮熱田神宮石清水八幡宮など全国の勅祭社から7人の神職を宮中に派遣したのですが、N禰宜はその7人のうちの一人として「臨時掌典補」の肩書きで2年弱、宮中で奉仕された経験も持っており、私の知る神職の中では最も宮中祭祀に詳しい方なので、御多忙の中大変申し訳なかったのですが、先日、図々しくもN禰宜に直接電話をしてこの件について質問をさせて頂きました。

H木さんが言う「女性の皇族は柏手は打たない」ということについては、N禰宜は、「そういうことはあり得る。そもそも宮中祭祀においては拍手はほとんど行われていない」との見解を示されました。神社祭祀と宮中祭祀は“全くの別物”とまで言い切ってしまうと言い過ぎなのですが、例えば神社では神職が必ず手にする笏(しゃく)を宮中での神職に当たる掌典は用いないなど、両者ではかなり異なっている部分があるのも事実で、神社祭祀においては日常的に行われている拍手という作法も、現在の宮中祭祀ではほとんど行われていないのだそうです。

「祭式大成 男女神職作法編」(和光社刊)によると、現在の宮中祭祀で拍手が打たれるのは、鎮魂祭において掌典長以下が八開手を四段打つくらいで、しかも、この神事においても祝詞奏上は「再拝→祝詞奏上→再拝」という作法で行われるため、祝詞奏上時に拍手は伴わないそうです。陛下の御親祭における御告文も、起拝の両段再拝で柏手が打たれることはなく、諸社への御親拝でも、玉串神前へ立てられた後に一拝なさるだけだそうです。

つまり、「女性の皇族は柏手は打たない」というよりも「皇族の性別に関わらず、そもそも現在の宮中では拍手はほとんど行われていない」というのが実態の様です。もっとも、古い記録によると、過去には宮中でも拝礼時に拍手は行われていたようですが。ただ、過去のことはともかく少なくとも現在の宮中で拍手がほとんど行われていないのは事実なので、それを理由として、「女性は柏手を打たなくてよい」という細Kさんの主張は、かなり突飛ではあるものの、全く荒唐無稽な主張とまでは言えないということになります。

しかし、だからといってそれを理由に「神社で女性は柏手を打たなくてよい」という主張は勿論認められません。皇族がそうだから、宮中における祭祀がそうだから、自分もそれが許される、などと考えるのは、私に言わせれば著しい不敬です。“一社の故実”により一部で異なる神社もありますが、大部分の神社が主張する参拝作法は「二礼二拍手一礼」であり、皇族であったり宮中祭祀に関わる者(掌典など)でない以上、参拝者はその神社が主張する作法に従うべきで、それがその神社にお祀りされている神様への礼儀です。

H木さんの主張を正しいと信じる方でも、例えば教会十字架の前で柏手を打ったり、焼香をしたり、あるいは、寺院の御本尊の前で「アーメン」などと唱えることは、その神様や仏様に対して失礼なことと理解できるのではないでしょうか。


●拍手の回数

次に、拍手の回数についてですが、これは意外と説明するのが難しい問題です。回数に関係なく拍手という行為が必要であるということは、前出の記事「拍手(かしわで)」で説明させて戴いた通りなのですが、拍手を何回打つのか、ということは現在でも神社によって異なっており、「二礼二拍手一礼」が最も標準的は拝礼作法とはいえ、全ての神社がその作法を採っている訳ではないのです。

例えば、出雲大社宇佐神宮弥彦神社などでは四拍手による拝礼が正式な作法とされており、また、これはあくまでも神職の作法であり一般の参拝者の作法ではありませんが、伊勢の神宮の祭祀では四拍手を2回繰り返す八開手(やひらで)という拍手が行われています。大嘗祭でも皇太子以下は八開手を行うとされており、神道系の教団でも四拍手を正式な作法として採り入れている所は少なくありません(天理教、大本、大和山など)。なかには、五拍手を行う神社もあると聞いたことがあります。

しかし、全体からみると拍手の回数は2回というのがやはり最も標準で、それ以外の回数の拍手は“一社の故実”もしくは“その教団特有の事情”として例外的な作法と考えるのが妥当です。では、最も標準的な作法であるその「二礼二拍手一礼」の根拠とされているのは何なのでしょうか。その一つの根拠と考えられているのは、明治8年に式部寮から頒布された「神社祭式」です。この中に、官国幣社祈年祭の祝詞奏上や拝礼等についての作法は「再拝拍手」と記されている記述があり、これが、現行の「二礼二拍手一礼」という作法の一つの根拠と考えられています。

この「再拝拍手」は、我が国の伝統的な作法である「両段再拝」に基くもので、「両段再拝」とは再拝(2度深くお辞儀する)を2回行うことをいいます。その後、この両段再拝の作法は各流派や神社によって多少の違いを生じましたが、明治8年に編まれた「神社祭式」において「再拝拍手」という形で制定され、これが基本となって、長い時間をかけて「二礼二拍手一礼」という現行の参拝作法が慣例化していったのです。


●二拝二拍手一拝が定着するまでの経緯

「二礼二拍手一礼」は、厳密には「二拝二拍手一拝」もしくは「再拝二拍手一拝」というのですが、この「二拝二拍手一拝」という拝礼方法が標準的な作法とされるまでには、実はかなりの紆余曲折がありました。というのも、明治8年に編まれた「神社祭式」にただ一言記された「再拝拍手」という言葉だけでは、具体的にどのような作法をすればよいのか、当の神職達も明確には判断ができなかったからです。かなり専門的な話になってしまいますが、以下に、「二拝二拍手一拝」が標準的な作法とされるまでの、その紆余曲折の歴史をザッとまとめさせて頂きます。

「神社祭式」に記された「再拝拍手」とは、一拝して祝詞を奏上してから再拝拍手なのか、それとも祝詞奏上の前後に再拝拍手なのか、明治8年に「神社祭式」が制定された当時はその当たり明確ではなく、また、当時内務卿であった伊藤博文は「一揖、再拝、二拍手、一揖」が正式な作法と言っていたことからも、とりあえずこの時点で二拍手が定着していたのは間違いない様なのですが(拍手が2回とされた理由は前述の様に両段再拝が基になっているためです)、現行の「二拝二拍手一拝」のうちの最後の拝はまだ定着していませんでした。

ところが、明治15年に創立された皇典講究所の祭式の講義では、「再拝、祝詞奏上、再拝、二拍手、一拝」という作法が指導されていたそうで、同所で祭式教授の様子を見聞きしていた木野戸勝隆氏の著した「祭式摘要」にも「再拝、祝詞奏上、再拝、二拍手、一拝」と記されていることから、「二拝二拍手一拝」の最後の拝は、皇典講究所の祭式の講義で指導されたのが初めてであったと考えられます。

山梨甲斐奈神社の高原光啓権禰宜が「神社新報」の昨年5月1日号に寄稿された「再拝拍手覚書」というタイトルの記事によると、高原権禰宜は皇典講究所が最後の一拝を指導した理由を、「祝詞奏上に関して言えば、式部寮は奏上前後の再拝拍手のみを求めていたわけだが、実際の作法となると、拍手だけで終えるのはなんとも締まらない。故に、終わりの一拝を以って奏上作法の完結とするような指導をしたのかもしれない」と推測されています。

そして、こういった紆余曲折を経て明治40年、「神社祭式行事作法」が告示され、やっと正式な拝礼作法が確定するに至りました。但し、明治40年制定の神社祭式行事作法では、祝詞奏上の作法は「再拝→二拍手→押し合せ→祝詞奏上→押し合せ→二拍手→再拝」とされており、最後の拝は2回とされていたり、現行の祭式にはない「押し合せ」という作法があったりと、現行の拝礼作法とはまだ異なる点もありました。なお、“一社の故実”により、現在でもたまに「再拝→二拍手→祝詞奏上→二拍手→再拝」という作法で祝詞奏上を行っている神社が見受けられますが(札幌市内にもそういった神社があります)、そういった神社は、基本的には明治40年に制定されたこのときの拝礼作法を踏襲しているものと思われます。

ところが、昭和17年に「神社祭式行事作法」が改正され、祝詞奏上の作法からは祝詞奏上前後の二拍手と押し合せが削除され、「再拝→祝詞奏上→再拝」が正式な作法とされました。斎主が祝詞座に着いて深揖・再拝して祝詞奏上にかからんとしている時に、他の作法である二拍手を行うことによって奏上しようとしている気持ちと奏上の作法が中断され、また奏上前に祝詞を手から放すことになり、このため奏上前の二拍手は必要ないのではないか、と議論され、また、拍手を伴わない宮中祭祀に倣うという意味もあり、拍手が規程から削除されることになったのです。

しかし、祝詞奏上に拍手が無くなってしまっては祭典がいかにも寂しくなるということで、同年、神祇院は「日拝・祈願・祈祷当ニ当リ祭典執行ノ場合ニ於ケル作法ニ関スル件」と題した通牒を出し、この中で「先再拝、次祝詞奏上、次再拝、次拍手二」と定めたため、日拝や通常の御祈祷などでは引き続き拍手が行われました。

そして昭和23年、再び「神社祭式行事作法」が改正され、このときに、祝詞奏上の作法は現行の「再拝→祝詞奏上→再拝→二拍手→一拝」と定められました。これは、明治40年制定の作法に復帰したいという全国の神職達からの強い要望を受けて慎重審議を行い、その結果、拍手は祝詞奏上後にのみ行うこととされて復活したのです。

各神社が一般参拝者へ説明・指導している「二拝二拍手一拝」という作法も、この昭和23年改正の神社祭式行事作法に基くものですが、以上の経緯を一般参拝者に説明するのは、はっきり言って至難の業です(笑)。先程「拍手の回数についてですが、これは意外と説明するのが難しい問題です」と記したのはそのためで、以上の経緯を踏まえて拍手が二回となった理由を無理矢理一言でまとめると、「いろいろな経過があってそうなった」としか言い様がないのですが、多分そのような説明では誰も納得しないと思いますので(笑)、もう少し親切な言い方で一言にまとめると、「二拝二拍手一拝は、日本古来の伝統的な作法である両段再拝に基くものです」という言い方が、まぁ無難かな、という気がします。それでも省略し過ぎですが(笑)。

ただ、一般の参拝者であればその程度の認識でも全く問題ありませんが、私達神職は、以上の細かい経緯をしっかりと認識しておく必要があります。なぜなら、「二拝二拍手一拝」という作法には先人達の思いが込められており、そしてその作法は、私達の先輩に当たる先代の神職達が試行錯誤を経ながら営々と築き上げてきたものだからです。それ故、私達神職はその作法と伝統を守らなければならないのです。

最後に、冒頭で述べたH木さんの言う「男性は拍手しても構わないが、女性は神社では柏手を打ってはいけない」という主張に対してはどのように反論すべきか、ということですが、H木さんのこの発言はあくまでも柏手の有無のみを言っており、その回数については何も触れていないようなので、そうであればそれに対しての反論は、前出の記事「拍手(かしわで)」で書かせて戴いたことをそのまま言えば、それで充分事足りると思われます。


(田頭)

田頭田頭 2007/03/09 10:06 「●二拝二拍手一拝が定着するまでの経緯」の項内で、明治40年制定の「神社祭式行事作法」として紹介させて戴いた「押し合せ」という作法についてですが、「神社祭式行事作法沿革史」によると、祝詞奏上前の押し合せは「右手の掌を下方に向け、左手の掌を仰向けながら、上体を少しく伏せ、体の前面にて押し合わせる」とあり、祝詞奏上後の押し合せは「左手の掌を下方に向け、右手の掌を仰向けながら、上体を少しく伏せ、体の前面にて押し合わせる」とあります。いずれも現行の祭式にはない作法です。

なお、今日の記事を書くに当たっては、山梨県笛吹市に鎮座する甲斐奈神社の高原光啓権禰宜が「神社新報」の昨年5月1日号に寄稿された「再拝拍手覚書」という題の記事と、神社本庁祭式講師である長谷晴男先生(元・熱田神宮権宮司)の著された「神社祭式行事作法沿革史」という本を特に参考にさせて戴きました。厚く御礼申し上げます。

ちなみに、今日の記事に貼付した、拍手を打っている巫女さんの写真は、北海道神社庁札幌支部青年神職文月会で作成・頒布している事業品「玉串拝礼ポスター」及び教化冊子「氏子の神まつり」から転載させて戴いたものです。

Ren.Ren. 2007/03/09 21:05 はじめまして。
「皇族が拍手を打たない」のは、皇族のその成り立ちから「参拝」という形式ではないからだと解釈していました。

KeinoheartKeinoheart 2007/03/09 22:59 こんばんは!拍手の項目と合わせてコメントします。これ、酷いですね・・・テレビをそこまで盲信する人が如何に多いかってことなんでしょうけど、たかが占い師の発言でそこまで信用するなんて・・・しかも本職の神主さんに食って掛かるなんて、本末転倒も良いところですよ。

伊予伊予 2007/03/10 06:57 keinoheartさんの言うとおりテレビの力はすごいですね。○○さんの女性の参拝の仕方の発言には皆さんも戸惑っていることでしょう。正しい参拝の仕方を希望します。

田頭田頭 2007/03/10 15:15 Ren.様、はじめまして。
皇室の祭祀でも昔は拍手が打たれていたそうで、むしろ現在の神社の拝礼作法よりも拍手の回数は多かったようです。
なぜ今では拍手が打たれる機会がほとんどなくなってしまったのか、その理由や経緯は不明ですが、Ren.様の仰るように、皇族のその成り立ちが関係しているということは充分有り得ることだと思います。

田頭田頭 2007/03/10 15:16 Keinoheart様、こんにちは。
実はこの件に関しては、神社本庁に対しても一部の神職や総代さんたちから「H木さんに抗議すべきである」「H木さんに正しい拝礼作法を教えるべきである」といった要望(苦情)が寄せられているのです。
しかし本庁では、「あの方の独自の理論であり、人の信じていることを否定はできません」と述べるだけで、この件に関して何か行動を起こそうという気は現時点では特にないみたいなので、僭越ながら私が、このブログでH木さんの主張に反論を試みてみました。

田頭田頭 2007/03/10 15:16 伊予様、コメントありがとうございます。
基本的に拝礼は心の問題なので、私としてはその作法を一般の参拝者の方々に“勧め”はしますが“強制”するつもりはありません。いくら拝礼作法がしっかりしていても、そこに心が伴っていなければ何の意味もないですから。
ただ、今後もし、H木さんの主張・見解を理由に拍手を打たない参拝者を見かけたときには、神職として、「二拝二拍手一拝」という正しい拝礼作法をしっかりと指導させて頂こうと思っております。

伊予伊予 2007/03/11 09:26 田頭様、 
 心の問題なので強制はできないとはおもいます。あなた様のお考えに私も同感に思います。若いので心配は無用だとは思いますが、お体ご自愛の上、神道の道お進みください。期待しております。        敬具

田頭田頭 2007/03/11 14:29 伊予様、どうもありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。

竜亜竜亜 2007/03/27 18:17 はじめましてm(__)m
突然の乱入寸皀訳ありません。神社に関する事を検索していてたまたまたどり着きましたが、ちょうど私が疑問を抱いている話題だったので拝見させていただきました。

私は弓道と神楽をしています。神楽といっても出来たばかりの社中なのですが、全員の心を一つにするために上演の前に礼拝をしようという話しが出てるんです。
そこで悩んでしまったのが礼拝の仕方です。弓道の礼拝は、『揖→二拝→二拍手→一拝→揖』で、弓道の先生に神社での拝み方も一緒だって聞いたんですが、一般の方々は『二拝→二拍手→一拝』ですよね。

弓道の礼拝の仕方に揖が入るのは、拝ませていただくためにまず揖をするって習っているんで、私はそうしたほうが神様への思いが強く複譽欺侏茲襪茲Δ糞いしてしまうのですが、どうなんですか?

…文章にすると訳がわからなくなってしまい、またいきなりな質問ですみませんが、よろしければ教えていただけませんでしょうか?

田頭田頭 2007/03/27 19:30 竜亜様、はじめまして。
結論から言いますと、御神前での正式な拝礼作法は、竜亜様と弓道の先生の仰る通りです。
昭和23年に改正された「神社祭式行事作法」においても、玉串拝礼(玉串奉奠)の作法は以下のように記されています。
「深揖、玉串を案上に奉る、再拝、二拍手、一拝、深揖」

神社では、一般の参拝者の方々には揖までは説明・指導しておりませんが、本当は揖があった方が、神様に対してはより丁寧な作法となり望ましいのです。
私も旅先の神社などで個人的に参拝をするとき、御神前では、「深揖→再拝(二拝)→二拍手→一拝→深揖」という作法で拝礼させて戴いております。

「小揖→三歩進行(小さく三歩前に進む)→深揖→再拝→二拍手→一拝→深揖→三歩逆行(小さく三歩下がる)→小揖」というふうに拝礼すると更に丁寧になるのですが、通常はここまでする必要はないでしょう。

竜亜竜亜 2007/03/29 00:10 大変わかりやすく解説してくださって、ありがとうございます。さらに丁寧な拝礼の仕方もあることにびっくりしました。奥が深いですね〜ヽ(;´Д`)ノ
参考にさせていただいて、拝礼の仕方を考えたいと思います。本当にありがとうございました。

田頭田頭 2007/03/29 05:12 お役に立てて何よりです!
拝礼作法について分からないことがあれば、またいつでもお問い合わせ下さい。
私の分かる範囲でお答えさせて戴きます。

ネコネコ 2007/06/12 01:11 田頭様、初めまして。
大変、申し訳ないと思うのですが神社の参拝作法について質問が御座います。
神社拝詞を唱える(奏上する?)場合は
「深揖→再拝→神社拝詞→再拝→二拍手→一拝→深揖」で宜しいのでしょうか?
また、神社拝詞を唱え(奏上し)ている間、上体は直立するよりも、小揖あるいは深揖が望ましいのでしょうか?
更に、その間の掌はどのようにすれば良いのでしょうか?
一度に多数の質問をしてしまい、申し訳御座いません。
宜しくお願い致します。

田頭田頭 2007/06/12 14:58 ネコ様、初めまして。
神社もしくは神棚の御前で祝詞を奏上する場合、正式な作法としては、ネコ様の仰るように「深揖→再拝→神社拝詞→再拝→二拍手→一拝→深揖」です。

神社拝詞を奏上している間についてですが、神社拝詞に限らず祝詞を奏上する場合は、顔は正面に向けたまま、直立の姿勢で、祝詞を目通り(目線から胸にかけての位置)に捧げて奏上するのが、最も正式な作法です。
仮にその祝詞を暗唱できる場合でも、正式な作法としては、祝詞は広げて、実際に文字を目で追いながら奏上します。
例えば、祓詞のような短い祝詞は神職であれば全員暗記しており、実際、通常の御祈祷や外祭などでは、神職は皆、祓詞は暗唱で奏上しますが、旧官國幣社などで斎行される大祭の場合には、内容を暗記していても祓詞は暗唱せずに、実際に祓詞の記された奉書を広げて見ながら奏上します。
ただし、この場合の祝詞とは奉書を八ツ折にして使う正式な形の祝詞の事であり、しかもこれは神職の作法なので、一般の氏子や崇敬者の方が祝詞を奏上する場合、ここまで正式な作法に拘る必要は全くありません。

祝詞を捧げ持たずに暗唱で奏上する場合は、平伏(へいふく)もしくは磬折(けいせつ)といわれる姿勢を取るのが最も望ましいですが、これも、あまり拘る必要はないです。
直立もしくは多少頭を下げて奏上し、その際の掌も、両腿の前部に合わせる、もしくは合掌するという形で構わないと思います。

ちなみに、平伏や磬折とは、腰を曲げてお辞儀をする作法の事で、座った時に行なう状態を平伏、立った時に行なう状態を磬折といいます。
揖の場合、伏している時間は、小揖であれば極めて短い時間(1秒間程度)、深揖であれば凡そ半呼吸程(2秒間程度)ですが、平伏や磬折の場合は、降神、御扉開閉、祝詞奏上、祓いを受けている時、これらの間ずっと伏している事になるので、長い場合は10分も15分もかかる事になり、伏す時間は一定していません。
平伏や磬折には、深い平伏・磬折(伏す角度は約60度)と、浅い平伏・磬折(伏す角度は約45度)がありますが、祝詞奏上中に行なうとすれば、深い平伏・磬折が望ましいです。

ただ、平伏や磬折を行なう場合でも、これらの作法はいずれも笏(しゃく)や扇(せん)を手に持っている事を前提とした作法なので、何も手にしていない場合の手の動きや位置についての規程はありません。
笏や扇もなく平伏や磬折を行なうのであれば、両手は、両腿の前部(膝より少し上辺り)に当てるのが良いと思います。

しかし私としては、捧げ持つ祝詞や、笏も扇もない場合の祝詞奏上は、無理に平伏や磬折をせずに、直立の姿勢のままで構わないと思います。
実際、各神社や神社庁で行なわれる朝拝や夕拝などでは、神職でも、笏や扇を手にしていない時は平伏・磬折はせずに、直立の姿勢のまま大祓詞を奏上している事が多いです。

かなり細かい話をしてしまいましたが、このように、あまり細かい事に拘るとキリがなくなってくるので、結論としてはかなり乱暴かもしれませんが、あまり深く考えずに、神様に対して素直に自分の気持ちを表していると思える所作で、且つ失礼のない作法(神社の社頭に掲げてある参拝作法「再拝二拍手一拝」を守る)をすれば、それで良いのではないでしょうか。

ネコネコ 2007/06/12 23:29 田頭様
大変詳しく丁寧なお答え、有り難う御座います。
心を込めて行っているにも関わらず、作法が違っていては、
神様に対してかえって失礼になるのでは、と思った次第です。
確かに、拘り過ぎずに最低限の作法と
心を込めたお参りが一番良いのかもしれませんね。

RyuRyu 2011/10/19 02:05 非常に有意義な情報ありがとうございます。祝詞奏上のタイミングにつき追加情報を頂ければ幸いです。一般に神社などのサイトに、二礼、二拍手、願い事、二礼 となっておりますが、この「願いごと」が祝詞相当とするならば、 二礼、「願い事」、二拍手、二礼 となるのが正しいと思われますが、ご見解がございましたら、ぜひご教示願えればと思います。

田頭田頭 2011/10/19 14:03 >Ryu様

こんにちは。
私は、「二礼、二拍手、願い事、二礼」という案内は一度も見た事がないので、その点については何とも言えませんが、もし「願い事」が祝詞に相当するなら、「二拝 → 願い事 → 二拝 → 二拍手 → 一拝」になるのが正しいと思います。
とはいえ、それはあくまでも「願い事」が祝詞に相当するならば、という前提での話しであり、単に願い事を日常の言葉で言うのと、大和詞の祝詞を奏上するのは、同じではないと思います。

拝礼作法については、以下の動画を御参照下さい。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20101102

RyuRyu 2011/10/26 00:57 ありがとうございます。
二礼二拍手 などで検索いたしますと、いろいろ出てまいりますが、多くは以下のような情報です。
http://www.kitaoka-jinja.or.jp/saisi/index4.html
http://www.synapse.ne.jp/t-fuku/chishiki_2.htm
http://www.chiiroba.co.jp/jinja.htm
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/722359.html

公式には決められてないということなのか、願い事をわざと省略した案内も多いようです。
(そもそも、願掛けという行為自体を推奨していない=不遜な行為という認識??なのかとも愚考しております。)
個人的には、日ごろのご加護の感謝をささげるとともに、身近な人々の健康などを毎朝神棚に祈願しておりますが、
上記のような情報が多いことに迷い、こちらのブログで初めて自分の記憶にあります作法と近い記述に出会い、
また田頭様のお立場、書かれているご見識の確かさと合わせて、ご信頼できると感じ、不躾ながらご相談させていただいた
次第です。
よろしくお願いいたします。

田頭田頭 2011/10/27 01:10 >Ryu様

お褒戴き恐縮です。浅学非才の身である事は十分自覚しているので、ご見識の確かさ、などと言われるとかなり恥ずかしくもありますが(笑)。どうもありがとうございます。

御紹介のサイトを拝見致しましたが、いずれも「二礼(拝)、二拍手、一礼(拝)」というのは共通しているように見受けられます。最後が「二礼(拝)」となっている案内は、私が見た限りでは確認できませんでした。
但し、両段再拝(二拝 → 祈念 → 二拝)は、歴史的には最も普及した拝礼作法とも言われています。今日の神社ではほとんど採用していないと思いますが。
通常は、神社の大前でも神棚の御前でも、「二拝 → 二拍手 → 願い事 → 一拝」という拝礼作法でいいと思います。
実際、ほとんどの神社はそのように案内していると思いますし、私もそのようにしています。

なお、御紹介のサイト(http://oshiete.goo.ne.jp/qa/722359.html)の一部には、伊勢の神宮での拝礼作法に八拍手という作法がある事を念頭に置いた上で、『拍手の数は、神様に対する礼を重んじる事に通じるし、自分の思いの深さをあらわすバロメーターにもなりますので、願いが深い時に八拍すると良いと思います』と書かれていましたが、これは間違いです。
伊勢の神宮に八開手(やひらで)という八拍手の作法があるのは事実ですが、これは神宮の神職が祭典時のみに行なう作法で、通常の参拝・拝礼で行う作法ではありません。
神宮の八開手(八度拝)は、正確には「起拝を四度行い、座したまま八拍手をし、最後に軽く手を一つ拍ち、次に座したまま一拝する。これを二度繰り返す」という作法で、そもそもこれは座礼(座って行う)が前提となっているので、通常の参拝者が神社(賽銭箱の前など)で行うのはかなり難しいです。
私達神職が伊勢の神宮に参詣し、正式参拝をする時も、当然「二拝、二拍手、一拝」の作法で拝礼し、八拍手をする事はありません。

あと、同じ方が続けて書いている『実在の人間が「神」として祀られている場所は、神道の神社ではありません』というのも、明確な間違いです。この方が具体例として挙げている太宰府天満宮や護国神社は、間違いなく神社神道の神社です。

RyuRyu 2011/11/26 01:13 田頭様

ご返答遅れまして申し訳ありません。お教えありがとうございます。
いろいろ理解できてまいりました。
ただ、一点私の書き方が悪かったため、誤解を惹起させてしまいました点がございましたので、そちらのみ補足させていただきます。

私の疑問は
(1)二礼→「願い事」→二拍手→一礼
が正しいのか
(2)二礼→二拍手→「願い事」→一礼
が正しいのかという点でした。
(最後の礼を「二礼」としてしまいましたのは、私の誤記でした。申し訳ありません。)

今回のご回答からは、どちらも正しくなく、「二拝 → 願い事 → 二拝 → 二拍手 → 一拝」になるのが正しい、との
ご指摘を頂いているように思いますが、正しいでしょうか?

引き続きとなり大変恐縮ですが、本点につき、ご教示いただけましたら幸いです。

田頭田頭 2011/11/28 14:23 >Ryu様

なぜだかは分かりませんが、私達のやりとりは全く噛み合っていないようですね…。

『今回のご回答からは、どちらも正しくなく、「二拝 → 願い事 → 二拝 → 二拍手 → 一拝」になるのが正しい、とのご指摘を頂いているように思いますが、正しいでしょうか?』
…との事ですが、私はそのような指摘はしていません。そのような拝礼作法、聞いた事がありません。

『私の疑問は
(1)二礼→「願い事」→二拍手→一礼
が正しいのか
(2)二礼→二拍手→「願い事」→一礼
が正しいのかという点でした。』
…との事ですが、その疑問に対しての回答は、前回私が付けたコメントの中で、既にはっきりと回答しております。

その部分を以下に転載させて頂きますので、もう一度御確認下さい。
『通常は、神社の大前でも神棚の御前でも、「二拝 → 二拍手 → 願い事 → 一拝」という拝礼作法でいいと思います。
実際、ほとんどの神社はそのように案内していると思いますし、私もそのようにしています。』

tsunotsuno 2015/01/08 11:52 自分の中でモヤモヤしている部分が有るので確認したく古い記事では御座いますが、
コメントさせて致しました。

基本的には 二礼→二拍手→一礼 は知っておりますが、参拝に行って多くの方が
両手を合わせているのを目にします。

私の中では手を合わせるのはお寺での作法であり、神社ではご法度ではと思っています。
で、上記に 二礼→二拍手→「願い事」→一礼 と有りますが、「願い事」の時には
手を合わせるのでしょうか?

宜しくお願い致します。

田頭田頭 2015/01/18 16:30 >tsuno様

こんにちは。
返事が遅れてしまい、申し訳ありません。

両手を合わせてお願いをするのは、神仏を問わず、丁寧な作法だと思います。
手を合わせるのが「神社ではご法度」というのは、私は聞いた事はありません。

慎 2015/04/28 02:54 大変わかりやすい解説でとても助かりました。
明日、悲願のお伊勢参りをする為に伊勢に来ているのですが、お作法の復習をといろいろと調べていてたどり着きました。
普段、参拝する際はなるべく祓詞を奏上するようにしていて、混雑していなければ神社拝詞も奏上するのですが、せっかくのお伊勢参りなので奏上したく、失礼の無いようお作法の予習をしていました。
普段
再拝、祓詞奏上、再拝、二拍手、一拝、再拝、神社拝詞奏上、再拝、二拍手、一拝
という手順で参拝していたのですが、それが正しいのか不安になり読ませていただいたところ、どうやら間違ってはいないらしいということで少し安心しました。
しかしながら、普段奏上する際に、文言をまるあんきして暗唱で奏上しているのですが、これは失礼にあたるのでしょうか?紙に書いたものを読み上げる方が正しいのでしょうか?
また不安になってきました。。。

YusukeYusuke 2015/05/09 21:47 外国人の友人から、「なぜ2回拍手するのか?」と尋ねられ、調べているうちに、こちらのサイトを発見しました。別ページの拍手のページともに、わかりやすく参考になりました。ありがとうございました。

田頭田頭 2015/05/11 15:51 >慎様

しっかりと暗記しているのであれば、暗唱で構わないと思います。

神職の祭式作法としては、暗記をしていても祝詞用紙は広げるのが正しい作法ですが、しかしそこまで厳密に拘るのであれば、神職同様の装束を着たり笏を持ったりしなければならなくなってきます。

一般の神職でも、通常の御祈祷では、祓詞は大抵暗唱です。
それが失礼という事はありません。

田頭田頭 2015/05/11 15:52 >Yusuke様

古い記事ですが、参考になったようで良かったです!
こちらこそ、記事を読んで下さりどうもありがとうございます。

寺社FUN寺社FUN 2016/02/02 08:43 田頭様。はじめまして。いつも拝見させて頂き大変参考になっております。神社に関することで調べものをすると、このページに行き着くことが度々あり私の少ない知識の論拠の元になっています。このたびはどうにもすっきりしないし、他にこれほど詳細に触れているページもないので、質問させていただきました。御回答頂けると幸甚に存じます。(長文にて失礼いたします)
「なぜ2回柏手を打つのか」について、田頭様は以下のようにコメントしております。
「二礼二拍手一礼」の根拠とされているのは何なのでしょうか。その一つの根拠と考えられているのは、明治8年に式部寮から頒布された「神社祭式」です。この中に、官国幣社祈年祭の祝詞奏上や拝礼等についての作法は「再拝拍手」と記されている記述があり、これが、現行の「二礼二拍手一礼」という作法の一つの根拠と考えられています。
と書かれておりますが、これは典拠の説明であり「なぜ拍手を2回打つのか」の説明になっていないと感じます。
またそのあとの記述も「二拝二拍手一拝が定着するまでの経緯」とあり、これも経緯の説明です。
「根拠」は何なのか、その「経緯」はこうです、と言っているので文脈自体はつながっていますし論理的ですが、そもそも「なぜ2回なのか」の理由になっていないように思います。
「両段再拝が基になっている」、「(事実として)神職がそう指導し、普段の参拝でもそのようにしている」というのは、二拝二拍手一拝という儀礼が正しい作法(この際出雲大社等の例外は置いておきます。)です、という根拠にはなっても、「なぜ2回なのか」の回答と言われてもピンときませんでした。
言うなれば、「教科書に書いてあるから」、とか、「みんなそうしてきたから」と言われるのと同じで、解ったような解らないような気持ちです。
難癖をつけたいわけではありません。自分が単純にこれを読んで、何も知らない人や外国人に対して説明できるか(理解してもらえるか)という問題です。私の説明の仕方にも問題はあるかもしれませんが、解ったようで結局よく解らないという反応になります。親しい人でこれです。他人だと、本当はよくわかってない(人に対して説明する必要がないから)だろうけど、とりあえず「なるほどね」、「勉強になった」という感じです。
あまりにも昔のことだと文献に頼るしかなく、文献だと詳細が記載されていなかったり、多様な解釈の余地が残されてしまっていたりすることはよくあることです。それでも「よくわかっていない」という結論には達します。この「なぜ柏手を2回打つのか」についても典拠や経緯ではなく、真正面からの結論が欲しい次第です。宜しくお願い申し上げます。

田頭田頭 2016/04/10 14:46 >寺社FUN様

こんにちは。返信が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。

『言うなれば、「教科書に書いてあるから」、とか、「みんなそうしてきたから」と言われるのと同じで、解ったような解らないような気持ちです』との御指摘ですが、言われてみると、確かに仰る通りかもしれません。
しかし、お恥ずかしい話ですが私としては、現時点ではこの記事で書いた事以上の事は、正直よく分かりません。

分かり次第、改めて記事としてアップしたいと思っておりますので、その際はまた御一読戴ければ幸いです。
宜しくお願い致します。