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西野神社 社務日誌

2007-03-24 再び女子神職について

女子神職装束

昨年4月11日付の記事「女子神職」で、女子神職についての記事を書いたところ、御蔭様で大変御好評を戴き、あの記事をアップした後、「女子神職の存在を初めて知りました」「私も女子神職になりたいです」といった内容のメールまで戴きました。

そのため私としては、女子神職についてはまたこのブログで改めて記事として取り上げてみたいなとは思い続けていたのですが、昨年4月11日付の記事で既に女子神職についての歴史、現況、将来等を細かくまとめてしまっていたため、特にこれといって書くことが思い浮かばないままかなり時間が経ってしまったのですが、今回は、現場で活躍されている現職の女子神職の方々のナマの声を紹介することで、女子神職の現状を改めて紹介してみたいと思います。

ちなみに、貼付の写真は、当社にある女子神職の常装一式(額当、表着、)です。


◆書籍・新聞等からみる女子神職達の声

現在女子神職として現場で活躍されている方々が、そもそも「神職になろう」と思った理由やきっかけは何だったのでしょうか。あえて男性中心の神社界に入ろうと決意するには並々ならぬ熱い思いがあったのでは、と思い、昨年の暮れ近くに、その思いが知りたくて神社庁の書庫で本を探していた所、『楽浪』というタイトルの本を見つけました。この本は、平成8年12月に発行された滋賀県女子神職会の創立二十周年記念誌なのですが、その『楽浪』の中に掲載されていた、同会創立十周年記念座談会の記録によりますと、各出席者達は女子神職になったきっかけを以下のように述べておりました。

父が3年ほど前に他界いたしましたので宮司を拝命させていただきました

主人の父が昭和25年に亡くなりましたので、そのあとの昭和26年から女子神職としてご奉仕することになりました

私は父が亡くなりましたので父の跡を継ぎました

父が亡くなりまして十年あまりになります。それから御奉仕しています。私は初めどのように御奉仕すればよいかお社のまわりをぐるぐる廻って高い木を眺めて悩みました。今は神主の家に生まれたことを感謝しています

私は社家から社家に嫁ぎ昭和二十年に主人が戦死いたしましたので宮司として御奉仕すること四十年になります

私は昭和二十七年に女子神職の資格を頂戴しましたが、幸い主人と息子が神職として神明奉仕をさせていただいておりますので、もっぱら神職婦人としてお務めをしております

これらの発言から分かるのは、ここで発言されている女子神職の方々は皆社家の方で、家庭の事情から神職の資格を取る必要に迫られて神職になった、ということです。この座談会での記録を読むと、それまでお宮を守っていた父や夫が亡くなったため、今度は自分がお宮を守らなければいけない立場に立たされて神職の資格(階位)を取得した、という事例が多いという現実がわかります。

父や夫が亡くなったからといっていつまでも悲しみに暮れて感傷的な気分でいる事が許されず、その悲しみを断ち切って一念奮起して神職となり、神明奉仕しなければならない、というのは言うまでもなく相当辛いはずで、その苦労や悲しみ、精神的重圧を思うと、女子神職の方々には思わず頭が下がります。

しかし、これらの発言からは全く別の見方もできます。つまり、社家以外の女子神職はまだかなり少数派であるという現実がかえって浮き彫りになってしまっているのです。最近は、社家出身ではない女子神職も徐々に増えつつあるようですが、それでも、女子神職全体の割合からみると、社家ではない女子神職はまだ極めて少ないのが現状です。北海道においても女子神職は各地で活躍されておりますが、いずれも宮司の奥さん、お母さん、娘さん、宮司本人などで、私の知る限り、北海道内において社家ではない女子神職は一人しかおりません(当社と氏子区域を接する札幌市西区内の某神社で2年前から奉仕されています)。

とはいえ、最近は社家出身ではない女子神職が徐々に増えつつあるのもまた事実です。例えば、一昨年4月16日付の「中外日報」には、三重県某市に鎮座する某T神社で女子神職として活躍されているHさん(権禰宜)の経歴が、記事として詳しく紹介されていましたが、その記事によるとそのHさんは社家の出身ではないようです。なかなか興味深い記事だったので、以下にその記事の一部を抜粋させて戴きます(但し、原文で公開されていた人名、学校名、神社名は全てイニシャル表記に変換させて戴きました)。

T神社で、Hさんは権禰宜をつとめる。三月に奉職三年目を迎えた。同社が五月九日から十二日まで「日本の祭 〜失われゆくロマンを求めて〜」(IARF/WCRP「こころの再生・いのり」館内)をテーマに出展する愛知万博では、Y宮司から企画運営のすべてを任された。

「自然な流れでずっと来た感じです」。Hさんは雅な世界を追いかけているうちに、気づけば神ながらの道を歩いていた。生まれは名古屋で、中学から大学院まで市内のA学園に通った。父親が税理士だが、昔から講に所属するT神社の崇敬者。母も祖母も同社への月参りに熱心だった。社寺が身近な家庭に育ち、琴を習うなど伝統芸能にも親しんだ。大学は国文学科で中古文学を専攻。とくに皇女から選ばれた神宮の斎王が詠んだ和歌と、その周辺に花開いた独特の文芸に惹かれた。

「私は平安マニア」という通り、同窓の友人とは平安の装束一領と古地図があれば「一日中でも遊んでいられます」。自分の車のナンバーには平安京ゆかりの年号を選んだ。京都の大極殿跡から出発して、斎王一行が伊勢の斎宮まで歩いた道「斎王群行路」を再現しながら車を走らせたことも。

この道の“鈴鹿越え”は斎王をはじめ多くの歌に詠み込まれた難所で、鈴鹿山脈の麓にT神社が鎮まる。大学院時代に同社でアルバイトをしたことが縁で、Y宮司や宮司夫人のIさんから奉職を勧められた。身につけた英語を生かす職業に就くことを考えた時期もあったが、導かれるように神職の道へ。振り返れば、斎王の研究にしても神道の勉強が不可欠だった。大学時代に同期二人で雅楽部を立ち上げたことが、今になって神社の仕事に役立つという。

同社はIARF(国際自由宗教連盟)やWCRP(世界宗教者平和会議)の加盟教団として国際的な舞台でも活動を展開、英語を生かす機会に恵まれている。万博展示は日英両語で神社神道の理解を促す内容となる。体験コーナーで来館者に十二単を着てもらうアイデアは、学園祭で狩衣を着せ撮影した経験から思いついた。(中略)Hさんは将来、女子神職の地位向上にも尽したいという。

ところで、昨年9月16日付の「中外日報」には、福岡県女子神職会が福岡県神社庁で創立25周年記念大会を開いたという記事が掲載されておりましたが、この記事の中で紹介されていた、福岡県女子神職会の山口会長のコメントも以下に転載させて戴きます。このコメントからは、女子神職の置かれている厳しい現実が伝わってきます。

神社庁や各神社からはご理解をいただいているので不安はないが、一般の方々に対してどうするか。私自身の経験で言えば「女だから」と神事を断られて何度も悔し涙を流した。そういう思いは後輩にさせたくない。これからの女子神職は氏子や崇敬者の方々を納得させられるような“なかとりもち”にならなくてはならない、ということを考えていきたい

御祈祷を受けに神社に来られた参拝者の方が、その御祈祷をしようとしている神職が女性であることを知ると、「男性の神主さんに御祈祷をして貰いたいです」と言うことがある、というお話は私自身も聞いたことがあります。特に、現在中堅もしくは指導的な立場として御活躍されている女子神職の方々の中には、そういった苦い経験をされている方が多いようです。

しかし、幸いなことに近年はこういった事例は以前よりはかなり少なくなってきており、最近では逆に、女子神職であるが故にありがたがられたり、感謝されたりする、といったことも少なくはないようです。例えば、安産の御祈祷初宮詣七五三詣など、人生儀礼に関する御祈祷のうち特に女性や子供が主役となる御祈祷については、むしろ女子神職が御祈祷する方が参拝者の方から喜ばれることが多いようです。

なお、次項で紹介する新潟県の女子神職Kさんは、自身のブログでの、私のコメントに対してのレスの中で以下のように述べていました。『今日は新年の神棚清祓いで某団地のお家を伺ってきたのですが、去年まで父が伺っていたので私を見た瞬間驚かれていたんですが、御祈祷後「いや〜初めは驚きましだが、女性の神主さんも新鮮でとても気持ちがいいものですね」とご夫婦から有り難いお言葉を頂きました。やはりそういった言葉は素直に嬉しいし、これからの励みになります!


◆アンケートからみる女子神職達の声

前項では、書籍、新聞等のメディアからの転載として、女子神職の方々の声を紹介させて戴きましたが、この項では、私の知り合いの女子神職2名に私が直接アンケートを実施した結果を「現場で活躍されている女子神職達のナマの声」として紹介させて戴きます。御多忙の中、快くアンケートに御協力して戴いた御二方、どうもありがとうございました。

なお、このアンケートは当初は5人の方にお願いしていたのですが、諸般の事情により、今回はそのうちの2人の回答のみを紹介させて戴きます。アンケートは、私が用意した設問にメールで答えて戴くという形で行わせて戴きました。以下に、アンケートに答えて戴いた2人の女子神職の方々の簡単なプロフィールを紹介させて戴きます(年齢は2人とも20代です)。

Kさん ……… 新潟県在住。社家出身。養成所で階位取得。東京都内の某神社での奉職経験を経て、現在は、父親が宮司を務める自社で奉仕。

Fさん ……… 大阪府在住。社家ではなく一般家庭出身。養成所で階位取得。一般企業での勤務経験を経て神社に奉職し、現在はそのお宮の運営・維持を一任されており、来月からは正式に宮司(代表役員)に就任。

当初は、大学や講習会で階位を取得した方、北海道内で活躍されている方など、いろいろな経歴・地域の方にお伺いする予定だったのですが、結果として、今回有効な回答を得た方は二人共養成所出身で、回答者の経歴等にやや偏りを見せてしまいましたが、しかしその回答は私が想像していた以上に興味深く、しかも建前ではなく本音の回答が多く、私としては充分満足のいく結果となりました。

以下に、そのアンケートの設問と回答を全て紹介させて戴きます。Kさん、Fさん、アンケートへの御協力、本当にどうもありがとうございました。女子神職を目指す方は、以下の回答を是非参考にして下さい。


【1】神職を志した理由を教えて下さい。

≪Kさん≫

実際、理由というものは特別にありませんでした。(社家ということもあって)資格だけでも取って、取った後やりたいことをやってもいいし!というかなり安易な考えでした。でも資格を取りに行くと決めたからには、いい加減な気持ちではなく知らない土地へ行く上でも覚悟を決めて、京都國学院へ臨みました。

≪Fさん≫

私の両親は二人とも信心深く、よく神社・仏閣に子供たちを連れて行きました。それらは私たち兄弟にとって、いわば遊び場でした。 そのため、神社・仏閣を訪れると幼少時代を思い出します。

成人し就職活動をしている時に、ある新聞記事を見つけました。「男性社会の神社界で女性神職が現れはじめた」というものです。女性も神社で神職として奉職することができる!この記事によって私の卒業後の進路が決まりました。私にとって、馴染みのある場所で、世のため人のため神明に奉仕し、地域の人々に役立つ仕事。とても魅力的に思えたのです。

さっそく神職養成所へ入所しました。ところが、女性で神職として奉職することができるというのは、大半が社家(神社の家系)です。少子化が進む昨今、跡を引き継ぐ男子がいないため女子に神職資格をとらせるのです。神職として奉職できない女性は巫女として奉職するのがほとんどです。入所時から、社家でない私が神職として奉職するのが難しいことを存じておりました。神職として奉職できなかったら巫女にはならず、一般企業でPCを使った仕事をしようと決めていました。学んだことは無駄にならない。中途半端に神社界に残るまいと考えていたのです。

養成所卒業時、女性神職を募集している神社が無かったため、企業でOLをしながら大学へ通ったりして、それなりに楽しく過ごしていました。その間、自分であちらこちらに問い合わせて女性神職の採用面接をしてくれるところがないか調べていましたが、全くありませんでした。男尊女卑・血統重視の世界ですから。

ところが4年ほど経ったころでしょうか。3人の方から女性神職募集の情報を頂きました。そして養成所時代の恩師の紹介先へ無事奉職することができ、現在の私があります。


【2】神職になって良かったと思うことを教えて下さい。

≪Kさん≫

まだ神職としての年数も経っていないので、はっきりとしたものがありません(すみません)。でも、神職養成所で京都へ行ったことによって北海道から九州にかけて沢山の仲間や友達が出来たことは、神職になろうと思わなければ成し得ないことなのでとても良かったと思っています。人生の宝物が出来ました。

また、御祈祷をさせて頂いた方から何らかの形で感謝のお言葉を頂けるのは素直に「嬉しいな、良かったな」と思います。それと、友達が厄祓い・車清祓い等を受けに来てくれたことと、今年結婚をする友達から神前結婚式をして欲しいと依頼を受けたことです。その他、神職養成所で様々な勉強をさせて頂きましたが、勉学・神社実習全てを通して、日本人としての自国の大切さの気持ちを持つことができたことです。

≪Fさん≫

(1)神職養成所で学んだこと・一般社会で得た経験が、ようやく実務で活かせる。

(2)私の奉職を望んでくださった方々に喜んで頂ける。

(3)御祈祷した方々から「ありがとう」と言って頂ける。

(4)「この仕事を選んだ自分は間違っていなかった」と自信につながった。


【3】女性神職であることで男性神職よりも恵まれていると感じる点や、逆に、女性神職故に男性神職よりも大変な思いをしていると感じる点があれば教えて下さい。

≪Kさん≫

恵まれている ……… 私は自社で神職をしていて、大社での大きな組織の中にいる身でもなく、普段はほぼ一人で動いているので、恵まれていると感じる点に関しては正直よく分からないというのが本音です。

大変かもしれない ……… 自社での御奉仕は今年が約2年目になるのですが、毎年新年の神棚清祓で各地域の御家庭にお伺いしているのですが、初めてである私(女子神職)を見て大抵皆さん「えっ!?」という表情されるのですが、お祓をさせて頂いた後、とても親切にして頂いています。現在、女子神職も年々増えているとはいえ、世間からすれば神職は男性というイメージが濃いと思います。なので御祈祷(地鎮祭・竣工式・新築祓い等も含め)の際、初めて女子神職を目にする方は、初め驚いているというか不安そうな表情をされる方もいます。でも、御奉仕の後は表情も和らぎとても喜んで頂いています。でも、この先、様々な面で大変なことが出てくるかも知れません。神職養成所の頃から男女の違いによる色々な面での話を聞いていたので、そういったことは大体頭においていたのでまだ特別大変と思ったことはありません。

≪Fさん≫

恵まれている ……… 力仕事がメインの時に、公然と「傭人費」で人を集めることができる。参拝者が声をかけやすいらしく、話しているうちに神道教化へとつながる。

大変かもしれない ……… 声をかけやすいが故、たまに変な人が来る。


【4】神職を目指して勉強しているとき(神職養成機関在学中、階位検定講習会受講中、指定神社実習中など)に特に思い出に残っていることや印象に残っている出来事等があれば教えて下さい。

≪Kさん≫

私は養成所での2年間の寮生活そのままが思い出です。一つ挙げると切がない位思い出がぎっしりと詰まった2年間でした。印象に残っている出来事というと、学生の時に沢山のお社の様々な祭典に実習という形でお手伝いさせて頂きましたが、その中の奈良春日大社春日おん祭でのある出来事です。御神幸の儀式、大神様がお出ましになられ、御霊代を手にされている宮司様を大榊を持った白丁が囲い、それぞれ警蹕(けいひつ)を絶え間なくかけながら列を連ね神幸していく時のことです。列に連なり参列させて頂きましたが、あの時、神様の存在というものが鳥肌が立つ程、とてつもなく大きな力で体に響いてきたのがとても印象的で、今でもその感覚は忘れることなくとても印象に残っています。

≪Fさん≫

(1)女子寮が古く、野良猫が入り放題だったので生まれて初めてノミにかまれ、足が傷だらけになった(ノミを見るのも初めてだった)。

(2)2月に禊をすると、冷たいを通り越して痛みを伴うことを知った。

(3)裏参道ダッシュ直後の正座は、通常の何倍も痛かった。

(4)自分はつくづく、人の手を借りなければ何もできないという自身の矮小さを知った。

(5)禊のとき、男性のふんどし姿を生まれて初めて見てしまった。

(6)世の中には、「友達」とは異なる「仲間」という表現があることを知った。

(7)「祭り」の真の意味を知った。

(8)ほぼ毎日国旗を掲揚し、国歌斉唱した。

(9)巫女装束を着用して田植えをした。

(10)自分を認めてくれる人たちに出会えた。

(11)祭式が苦手だった。

(12)ユニークな諸先生方(現役の神職・学者・会社社長)の講義や雅楽の合奏・書道がとても興味深かった。

(13)テレビ局が女性神職の取材に来て、その時の模様が全国に放映されてしまった(電話問い合わせなどの反響があり、再放送されたらしい)。

(14)伊勢の初穂曳き、沖縄での戦後50年記念雅楽演奏参加、その他にも多くの神社へ奉仕で訪れた。

(15)どこをどう間違ったのか、何故か校内弁論大会に出され、2年連続優勝してしまった。2年目は後日更に、数百人の前でその原稿を読まされた(この時、自分の能力の限界を思い知った)。

(16)神職養成所にいること自体が印象的だった。

(17)神職とは、ほとんど肉体労働で体育会系だと思った。

(18)泣いたり笑ったりした2年間だった。


【5】神職になってから特に印象に残っている出来事等があれば教えて下さい。

≪Kさん≫

養成所を卒業し、新たに東京の神社で奉職させて頂いた時のことです。その神社での初めての月次祭に祭員として御奉仕させて頂いた時のことで、祭典後に宮司様から参列されていた総代の方々に「今年から職員となりますK君です」と御紹介を受け、顔合わせをさせて頂いた時のもの凄い緊張感が印象的に残っています。「あぁ、今度は学生ではなく職員としてしっかりしなきゃいけないんだ!」と改めて気の引き締まった瞬間でした。

≪Fさん≫

(1)神社運営の難しさを目の当たりにした。

(2)人に感謝されることがあると、嬉しい。

(3)お賽銭や備品をホームレスに持ち去られていること(その都度、対策を練る)。

(4)よくホームレスが現金を要求しに来る。

(5)ホームレスがあちらこちらで現金を入手しては、スーパーで良い物を購入しているのを知ってしまった。

(6)信心深い方々は本当に素晴らしいと実感し、自分も一層神明に奉仕しなければ、と思う。

(7)年末年始・夏祭り・秋祭りなどのイベント準備時、家族がいるって有難いとしみじみ思う。

(8)人によっては、相手が神職であっても、年若いと下に見ると知った。

(9)税務署や私学課への申請など、神事以外でもややこしい庶務がある。


【6】もし神職になっていなかったとしたら、今頃は何をしていたと思いますか。

≪Kさん≫

デザイン関係の仕事か、ネイルサロンの仕事をしていたと思います。

≪Fさん≫

間違いなくOLです。


(田頭)

田頭田頭 2007/03/25 17:26 女性の神職に対しての呼称は、公式文書等では全て「女子神職」という言葉で統一されており、「女性神職」という言葉は、少なくとも公の場では使われていないのですが、今日の記事では、「女子神職」と「女性神職」という言葉は、特にその違いを意識することなく混在して使わせて戴いておりますことを御了承下さい。

女子神職の関係団体の名称等でも「女性神職」という言葉は使われておらず、例えば「全国女子神職協議会」「北海道女子神職協議会」「滋賀県女子神職会」「福岡県女子神職会」など、いずれの団体でも「女子神職」という言葉が使われております。

ちなみに、「女子神職」という言葉に対応する男性神職を指す用語は、「男性神職」ではなく「男子神職」ですが、現実には、神職の大半は男性なのであえて「男子神職」という言葉を使う機会はほとんどありません。

田頭田頭 2010/02/26 14:17 この記事の「◆アンケートからみる女子神職達の声」の項で紹介させて頂いた女子神職3人(Kさん、Fさん、Xさん)の各回答のうち、各設問に於けるXさんの回答、及びXさんのプロフィールは、諸般の事情により平成22年2月26日を以てこの記事から全て削除させて頂きました。

また、それに伴い記事本文でも、「私の知り合いの女子神職3名に私が直接アンケートを実施した結果」「快くアンケートに御協力して戴いた御三方、どうもありがとうございました」「今回はそのうちの3人の回答のみを紹介させて戴きます」「年齢は3人とも20代です」等の各文章内における「3」や「三」を、「2」もしくは「ニ」に書き直すなど、いくつかの修正を行ないました。
御了承下さい。

彩織彩織 2016/04/02 15:43 現在十五歳の女子です。中学二年生の頃から神職の資格の目指しております。
田頭さんの記事は一般には分からない神社の色々な事がとてもよく分かるので、毎回楽しく読ませていただいております。
前述の通り私は神職を目指しておりますので、高校卒業後は三重県の皇學館大学文学部神道学科に進学をし
神職資格を取得しようと考えております。ですが女子で、しかも社家ではなく一般家庭の身ですので、
奉職はとても難しいだろうとも考えています。この記事は9年ほど前の記事ですので、
今とは事情が違っているのかもしれませんがそれでも女子神職というのは男性神職に比べて少ないので、やはり難しいと思います。
それで最近はつい、「神職の資格を取ることは出来るかもしれないけれど、奉職できなかったら………」と
段々後ろ向きな思考になってしまっていました。ですが田頭さんのこの記事に記載されている女子神職さん達の声を見て、
「出来なかったらなんて今悩むことじゃない、まずは自分に出来る精一杯をやってみよう」と思えるようになりました。
ありがとうございます。まだ高校も卒業していないのに、大学の事、そしてその後の事で悩むなんて生意気だと思われるかもしれませんが、
本気で目指していたので、相当落ち込んだりうんうん悩んだりしました。私は、私に出来る精一杯で今を頑張ってみることにします。
この記事を書いてくれてありがとうございました。そして、これからも田頭さんの記事を読ませていただこうと思います。
古い記事に突然申し訳ありません。長文失礼致しました。

田頭田頭 2016/04/12 13:53 >彩織様

こんにちは。
丁寧なコメントを戴き、ありがとうございます。

仰るように女性の奉職は、現実には厳しい状況です。
ですから私としても軽々に、「努力さえすれば何とかなります!」などとは言えません。何の根拠も無くそんな事を言うと、かえって無責任な発言になってしまいますから。

しかし、社家の出身ではない女性でも、意外とすんなり神社への奉職が決まるという事例も、私は少なからず見てきました。
それは、目では見る事の出来ない、神様や神社との御縁、即ち「御神縁」があった、という事なのでしょう。

彩織さんにも御神縁があり、神様のお導きにより彩織さんの夢が叶いますよう、私も祈らせて頂きます。