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西野神社 社務日誌

2007-03-26 平成16年の新潟県中越地震を振り返って

上越新幹線脱線

昨日(3月25日)午前9時42分頃、北陸地方を中心に強い地震があり、石川県輪島市七尾市穴水町震度6強、同県能登町志賀町中能登町震度6弱を記録した他、富山県新潟県など近隣の県でも震度4、東海地方近畿地方などでも震度3を記録するなど広い範囲で大きな揺れが観測されました。

震源地は能登半島沖で、震源の深さは約50キロ、マグニチュードは7.1と推定され、この地震により輪島市内の女性が1人死亡した他、多数の重軽傷者が発生し、石川県内では55戸が全壊するなど建物にも大きな被害を発生しました。輪島市内では寺院の建物が全壊したり、神社の大鳥居や灯籠が倒壊するなど、宗教施設にも大きな被害が出ているようで、気象庁は今日、この地震を「平成19年(2007年)能登半島地震」と命名しました。

新潟県には私の友人もいるので、昨日の昼頃、メールで当人の安否の確認をした所、現地では震度4の大きな横揺れがあったものの幸いにして建物や家族に被害は出ていないとの返信が来たので、まずは一安心しました。新潟県では2年半前にも震度6を記録する「新潟県中越地震」があったばかりで、当時被災して今日また地震に遭ってしまった人々の脳裏には、新潟県中越地震での悪夢が一瞬過ぎったのではないでしょうか。

ところで、平成16年10月23日に発生したその新潟県中越地震は、今回の能登半島地震よりも規模の大きな地震で、その被害状況も今回以上に広範で甚大なものでした(貼付の写真は中越地震により脱線した上越新幹線の様子です)。当時、被災地の社寺や教会等の宗教施設は、地震によりどような被害を受けたのでしょうか。そして、そのとき、全国の宗教団体は被災地や被災者に対してどのような支援活動を行ったのでしょうか。

今回の「能登半島地震」でも参考になる部分は少なくないと思いますので、昨日の地震をきっかけとして今日は、改めて平成16年の新潟県中越地震を振り返り、各教団における当時の被災状況と支援状況をまとめてみたいと思います。但し、以下では各教団における全ての被災状況・支援活動を網羅している訳ではありませんので、その点は御了承下さい(中越地震発生当時に私が運営していた掲示板で、何回かに分けて発表させて戴いた情報を、今回一つにまとめて再編集しました)。


●神社本庁

地震発生約1週間後の11月1日までに被災報告のあった神社は233社で、そのうち、長岡市の栖吉神社と十日町市の12社で社殿倒壊が確認され、48の神社で社殿半壊・損壊、221の神社で鳥居や灯籠などへの被害が発生しました。

神社本庁と新潟県神社庁は地震発生後直ちに対策本部を設置し、本庁は情報収集のため25日に職員を現地に派遣し、新潟県神社庁で災害対策本部の久我本部長らと今後の対応について協議し、全国的な支援態勢を整えました。神道青年全国協議会は地震翌日の24日に対策本部を設置し、富山県の若手神職達が支援活動のために現地入りするなどし、また、独自に義援金を呼びかける神社もありました。11月2日には、田中恆清神社本庁副総長と宮崎義敬神道政治連盟会長が新潟入りし、永井康雄新潟県神社庁長らと面談して、見舞金を渡すとともに、被災状況を視察しました。

天皇・皇后両陛下は、同年の台風23号及び新潟県中越地震により被災した神社があまりにも多いことを御軫念遊ばされ、地震発生3日後の26日、掌典長を通じて神社本庁の矢田部総長に対し、「くれぐれもそれぞれの神社に対しお見舞ひを申し上げてほしい」とのお言葉を賜りました。

新潟県神社庁によりますと、最終的な報告では、新潟県中越地震では県内の16%にあたる767の神社が被災し、被害総額は25億円あまりにものぼったということです。

●天理教

地震発生3日後の10月26日、天理から新潟県に向け給水車3台が出発し、28日から川西町において給水車3台による給水活動が行われました。この地震のために教団が組織した災救隊は、まず長野教区隊(第1次隊)が10月31日〜11月1日に川西町へ出動し、続いて富山教区隊(第2次隊)が11月2日〜5日の日程で十日町市へ出動し、いずれも現地の行政の指示に従って活動をしました。

また、新潟市にある天理教新潟教務支庁では、10月31日より11月10日まで、小千谷市見附市と場所を変えながら炊き出しを行うなどしました。

●金光教

金光教信越教務センターは、地震発生以降、信越教区内の教会や信奉者の被災状況について情報収集を行い、また、金光教平和活動センター(KPRC)は、地震発生3日後の10月26日までに震災の義援金窓口を設置し受付を開始しました。

同教務センターによると、被災教会は震源に近い新潟県長岡教会(長岡市内)で、建物の壁にひびが入った他、御神前の神具類や家具などが倒れたそうですが、幸いけが人は出なかったとのことです。10月28日には同センター職員が被災地域に入り被災状況を確認し、金光教本部に現地の様子を連絡するとともに今後の対応策を協議しました。

●大本

人類愛善会総本部・大本本部は、被災地区に対し救援復旧のためのボランティア活動を行うことを決め、10月30・31両日、地震の被害に遭った新潟県と同年台風23号の被害に遭った兵庫県に、地方信徒や会員たちで構成する「災害救援奉仕隊」をそれぞれ派遣し、被災地で、炊き出しや、水害による被災家屋の泥除去作業等のボランティア活動を行いました。

こうしたボランティア活動は近畿第1、第2教区、北陸本苑管下の会員信徒の協力のもと長期に亘って継続され、また、教団では被災者のお見舞いと災害復旧の義援金として「新潟中越地震・台風23号災害救援金」の募集を始め、全国の信徒・会員に協力を呼びかけました。

●天台宗

天台宗信越教区のうち新潟部には21の寺院(法人寺院19寺、非法人寺院2寺)があるのですが、10月27日までの報告によると、そのうち本堂や仏像に被害が出たり壁が剥落した寺院は6ヵ寺、被害なし、あるいは軽被害が4ヵ寺で、電話連絡不通や応答なしが11ヵ寺だったそうで、応答のない寺院の多くは、被害の大きい小千谷市、十日町市、上川村、川西町に集中していました。信越教区の災害対策本部によると、同宗寺院21ヵ寺のうち、最終的に3ヵ寺の建物に立ち入り危険の判定が下されました。

天台宗は地震翌日の24日、天台宗務庁内に、西郊宗務総長を本部長とする災害対策本部を設置し、26日には宗務庁の職員7名を被災地に派遣し、現地の対策本部と連絡を取り合いながら、救援募金の呼びかけや物資の搬送等を行いました。また、近隣県の天台仏青を中心としたボランティア団も現地入りして支援活動が行われました。

10月29日には、西郊良光宗務総長が被災寺院7ヵ寺を視察し、帰還後、阪神・淡路大震災を契機にできた災害復興支援の積立金特別会計から、被災寺院への助成金支出を検討していることを明らかにしました。また、被災地へのボランティア派遣については「余震が収まり、復旧作業が本格化してからの方が望ましいと思う」との見解を示し、11月5日には、大津市の宗務庁で開かれた天台仏教青年連盟の定例代議員会において、自然災害などの被災者を支援する目的で独自の「対応マニュアル」を作成していることが報告されました。

なお、地震発生2日後の25日から招集された宗議会において、渡邉惠進天台座主猊下は「亡くなった方々のご冥福をお祈りすると共に、復興救援がすみやかになされ、救援と支援が行き届き一日も早く平穏な日々を取り戻されるよう祈念する」と述べられました。

●聖観音宗(浅草寺)

東京の聖観音宗総本山浅草寺は、特に被害の大きかった小千谷市と山古志村に義援金を寄付し、また、11月1日〜7日まで境内に募金箱を設置しました。浅草寺周辺に住む小中学生たちで構成される「ボーイスカウト台東第7団」(浅草寺ボーイスカウト)も10月31日、本堂前など境内数箇所に募金箱を持って立ち、参拝者たちに義援金を募りました。

●高野山真言宗

新潟宗務支所内の寺院(17ヵ寺)には一部石碑が倒れるなどの被害がありましたが、幸いにして大きな被害はなかったようです。

復興支援活動としては、10月28日、高橋財務部長と本山職員、中澤支所長が新潟県庁を訪問し義援金を依託しました。11月2日には、内局会で正式に災害対策本部を設置し、宗務所の庶務課職員を中心に、全国の青年教師会と連絡を取り合って人的、金銭的支援の要請に応えました。新潟県内には同派の寺院は少ないのですが、真言宗各派や、同派と交誼を結んでいる曹洞宗、全日本仏教会などとも連携し、ボランティア要請があれば対応することにもしました。

11月20日には、同派の神奈川青年教師会が、復興応援イベントとして、小千谷市総合体育館でパフォーマンス(大道芸)と豚マンの炊き出しを行ないました。

なお、高野山高校では、台風23号や地震の被災地から明年度に入学を希望する学生に対して、学費や諸経費を減免することも決定し、高野山大学でも、台風23号や新潟県中越地震などの災害で被害を受けた地域から来年度入学を希望する新入生に対しては、入学金免除の制度を適応することを決めました。

●真言宗智山派

佐藤玲秀総務部長らが見舞いを兼ねて被災地の視察を行い、その結果、新潟第1、第2、第3教区のうち、第2教区と第3教区の計61ヵ寺が被災していることが明らかになりました。義援金は、目標金額の3倍も集まったそうです。

●真言宗豊山派

豊山派からは、豪雨災害に対する支援として同年8月に新潟県に義援金が送られましたが、新潟県中越地震に対する支援として同額の義援金が再度新潟県に送られました。また、被災地では同派仏教青年会がボランティアで救援活動を行いました。

浅井宗務総長は、宗会通常会の施政方針演説の中で、被災地への義援金についての報告をし、義援金は関係機関に諮り被災地や被災寺院に渡されると述べました。

●曹洞宗

曹洞宗は地震発生2日後の10月25日、長岡市へ入った乙川総務部長を本部長として現地に対策本部を設置し、翌26日には有田宗務総長と乙川総務部長が新潟県庁を訪れて義援金を手渡しました。28日には緊急支援物資を送るため現地にスタッフを派遣し、カップ麺や水、タオル、携帯用カイロ、軍手、テッシュ、石けんなどを現地の対策本部へと運びました。

●臨済宗建長寺派・臨済宗円覚寺派

臨済宗建長寺派と臨済宗円覚寺派のそれぞれの大本山、建長寺と円覚寺(ともに神奈川県鎌倉市)は、新潟県中越地震の被災者を支援するため、11月8日、鎌倉市内で合同の托鉢を行ないました。両派の合同の托鉢は阪神・淡路大震災以来のことで、両寺と系列の寺院の僧侶約70人が、5つのグループに分かれて市民や観光客らの善意を募りました。

●日蓮宗

震度6強を連続して観測した小千谷市には1ヵ寺、震度5弱を観測した長岡市と柏崎市には合わせて20ヵ寺の日蓮宗寺院があるのですが、地震発生2日後に宗務院を訪れた池浦新潟西部宗務所長の報告によりますと、それらの各寺院では本堂に亀裂が入ったり壁が剥落するなどの損壊、また、墓石倒壊や瓔珞落下、仏具散乱などの被害が相次いだそうで、特に被害の大きかった松涼寺(小千谷市)では墓石が全て倒壊し、本堂内の仏具や庫裡の家財道具も倒壊し、真成寺(長岡市)でも、開山・歴代の墓石や檀信徒の墓石のほとんどが落下やずれるなどし、本堂前と庭の灯籠も倒壊するなどしたそうです。

地震発生3日後の10月26・27両日には、垣本孝精総務部長が被災地に入り、長岡市役所や小千谷市役所を訪れ見舞金を渡しました。しかし、2日間という短い日程で、現地の交通事情も平時とは異なるため、被災寺院を巡っての視察や調査、被災者の慰問などはできなかったようです。

立本寺(甲府市)の石原顕正住職が理事長を務めるNPO法人「アース」は、避難住民のプライバシーが少しでも守られるようにと住民の避難先の長岡高体育館にダンボール製の仕切り板を持ち込んだり、体育館のそばにテントを張り喫茶コーナーを設置するなど、地震で甚大な被害を受けた山古志村の避難住民を支援しました。

●日蓮正宗

11月11日、藤本総監が新潟県庁を訪問し、日蓮正宗からの義援金を寄贈し、被災者の方々へのお見舞いと一日も早い復興を念願していることを伝えました。

●浄土宗

浄土宗は東京の浄土宗社会国際局内に「新潟県中越地震浄土宗災害対策本部」を、また浄土宗新潟教区は新潟教区教務所内に「新潟教区新潟県中越地震災害対策本部」をそれぞれ設置しました。

浄土宗の発表によりますと、現地では被災者の要望に沿った適切な救援活動を行ったとのことです。また、11月5日には、長野教区浄土宗青年会の有志の僧侶たちが、長野駅西口で新潟県中越地震災害救援募金を行ないました。

●浄土真宗本願寺派(西本願寺)

本願寺派新潟教区内では約80ヵ寺の寺院に被害が発生し、特に長岡市の了明寺は、裏山が崩落し土砂が1階に流入し、さらに樹木が旧庫裏の屋根を直撃するなどの大きな被害が発生しました。

10月25日、本願寺派は、台風23号と新潟県中越地震の被災者救援、復興支援のため、同派の「たすけあい運動募金」に「台風23号・新潟県中越地震災害義援金」の口座を開設し宗門内外から募金を募り、29日には、同派新潟教区が与板町の教務所で災害対策委員会を開催し、被害状況の確認や今後の対応を協議しました。

11月4日、出口湛龍総務が新潟教区に入り、特に被害の大きかった長岡市や小千谷市、三島郡の被災寺院10ヵ寺を視察し、また、200ヵ寺が被災するなど大きな被害が出ている真宗大谷派の三条教区にも見舞金を伝達しました。出口総務の視察の結果を受け、8日、本山宗務所の宗務員20人が、新潟教区の60ヵ寺余りの寺院を見舞うため現地に派遣され、各被災寺院で見舞金を伝達するとともに復興支援などの要望を聴取しました。

●真宗大谷派(東本願寺)

地震による大谷派の被災寺院は、三条教区第10組から第15組及び第24組で、該当寺院数は30の市町村に及ぶ約200ヵ寺にものぼりました。被害としては、本堂内陣の損傷をはじめ、本堂・庫裡等の建物基礎部分のずれ、壁の剥落、屋根瓦の落下や墓石の転倒、境内地の地割れなどが多数の寺院で見受けられ、本堂・庫裡ともに半壊が1ヵ寺、庫裡半壊が1ヵ寺、本堂(鉄筋)の亀裂が2ヵ寺、客殿全壊が1ヵ寺にのぼりました。ただし、寺院居住者の大きな人的被害はなかったようです。

被災寺院から要請される物資については、三条教務所において調達し対応し、復興支援活動としては、地震発生3日後の10月26日に本山に救援金口座と救援金募金箱を設置し、31日には現地救援支部を第11組願興寺(長岡市)に設置しました。11月2日には、31日から東京宗務出張所及び東京教務所より派遣された2名の職員を含む全派遣者が一旦帰所し、新たに宗務所から5名、奥羽教務所、山形教務所から各1名の職員が派遣されました。

また、11月1日には、竹田参務が渋谷三条教務所長とともに宗派からの見舞金を新潟県庁へ持参し、高橋副知事に手渡しました。

●真宗佛光寺派

新潟教区内には佛光寺派の寺院は44ヵ寺ありますが、そのうちの5ヵ寺で被害が報告され、うち一寺は本堂が傾いたそうですが、他の寺院の被害は灯籠や墓石の転倒などにとどまっており、特に大きな被害はなかったようです。

●カトリック中央協議会

カトリック中央協議会(ローマ・カトリック教会の日本における現地法人)は地震直後、HP上で、新潟教区事務局から入った情報として教会関係の被災状況を以下のように報告しています。

三条教会では玄関前の聖像が倒れた。栃尾教会では教会内のイエスとマリアの大きな聖像2体が倒壊した。高田教会では聖像が倒れ、ステンドグラスや窓ガラスも割れた。見附教会では聖母像とヨゼフ像が倒壊し、壁にも亀裂が入り、床に割れたものが散乱している。十日町教会は未だに連絡がとれない。長岡表町教会では倒れたものが床に散乱し聖堂内でのミサは不可能になっており、24日の主日のミサは幼稚園の園庭で行った。被災地の状況を確認するため、菊地司教と事務局長の大滝神父が現地に向かっている。

●日本基督教団

関東教区は被災直後から現地で支援活動を行い、10月27日に開催された臨時常任常置委員会では「日本基督教団関東教区 新潟県中越地震支援センター」を組織することを決定しています。また東北教区も、被災直後から支援活動をしている関東教区の要請に応じて、被災地にボランティアチームを派遣しました。

●日本聖公会

11月1〜3日にかけて、松本普教区人権担当及び新潟聖パウロ教会牧師丁胤植司祭ら4名が被災地を視察し、中部教区ではその視察を踏まえて協議の結果、中部教区の長岡聖ルカ保育園・聖ルカ教会の敷地内に、被災者支援のための空間「オープンハウス」を開設して、隣接する明徳高校に避難している山古志村の人々を支援することを決定しました。オープンハウスでは、散髪や未就学児童の保育などが行われました。

●日本ルーテル教団

新発田教会はほとんど被害がなく、長岡教会や中越教会も、教会のガラス窓が数枚破損し、書棚が転倒して書籍が散乱した程度で収まったようです。加茂幼稚園は、幼稚園の壁に亀裂が多数入り、2階の床に亀裂と段差もできたとのことですが、園児や園児の家庭には被害は無かったとのことです。

被災者への救援について、日本ルーテル教団では義捐金の募金を行い、寄せられた募金は、現地の教会と地区教会会議で相談の上、教会を通して被災者に贈られました。

●日本福音ルーテル教会

日本福音ルーテル教会は、被災地域に教会がなかったため教会の被害は発生しませんでしたが、直ちに被災地への支援を決定し、緊急にルーテル連帯献金の中の緊急支援用保留分から現地に送金し、更に、全教会に募金を呼びかけるなどしました。

●日本同盟基督教団

日本同盟基督教団の教会及び教会員の被害報告は特になかったようですが、友好団体である伝道福音教団所属の6教会は激震地区にあり、その中には大きな被害が出た教会もありました。特に小千谷教会の教会堂兼牧師館の損傷は大きく、日野尾牧師は隣の中学校の校庭で車中生活を送り、また、信徒の家屋も倒壊するなどし、関係者の多くは避難所での生活を強いられました。

社会局社会厚生部は、被災地への支援活動として、理事会の承認を得て同盟教団の諸教会に支援献金を要請することにしました。この献金は、緊急支援基金規定に添って活用されました。

●救世軍

救世軍は、東京地区、高崎地区を中心に緊急支援チームを編成し、新潟県の小出町、堀之内町にそれらのチームを派遣しました。救世軍の発表によりますと、現地ではバスタオル、洗面具、栄養ドリンク、ホカロンなどを配布し、またキャンティンカー(緊急災害救援車)を用い、温かいコーヒーサービスし、また子どもたちには、お菓子ジュース、おもちゃを配布し、大変喜ばれたとのことです。

10月24日には、通常年末に行う社会鍋(三脚に吊るした鍋に募金を募る救世軍独自の募金活動)を、この地震の災害支援のため緊急に新宿駅で行いました。

●日本バプテスト連盟

日本バプテスト連盟(プロテスタント系バプテスト派)に加盟する新潟キリスト教会、新潟栄光キリスト教会、豊栄バプテスト伝道所は、教会施設、信徒ともに被災を免れ、直ちに被災者や他派被災教会への復旧支援活動への取り組みを開始しました。地震発生後すぐに、情報収集や配信、物資管理、物資輸送、損壊物の除去、軽補修、被災者支援、炊き出し、後続するボランティアの受入支援等を行なうためのボランティア(奉仕団)を、連合会長名で被災地域に派遣するなどしました。

●立正佼成会

生誕地道場では、地震発生当時、講習が行われておりましたが、受講者33名、全員怪我はなく無事で、翌24日中には十日町市内へ移動し、受講生は全員無事帰宅しました。十日町教会や越後川口教会は、避難勧告が解除されるまで、会員や地域住民達の避難所として利用されました。ただ、食料や物資は確保されていたものの物資の搬送は困難な状況が続いていたため、会員や本部職員がそれらを避難所に適宜供給するなどしました。

復興支援活動としては、地震発生翌日の10月24日、特に被害の大きかった十日町・越後川口教会に本部スタッフ数名が派遣され、復興作業にあたりながら現状の把握と現地のニーズの調査が行われました。そして同日、山野井理事長を本部長として、本部内に災害対策本部が設置されました。

現地(新潟教区)には、本村教区長を本部長として現地対策本部が設置され、また、被災地区の包括教会内に教会長を中心とした救援本部を設置しました。28日、教団の「一食平和基金」より、特に被害が酷かった小千谷市、十日町市、長岡市、川口町に対して義援金を支援することを決定し、また同日、現地の要請に応じて出発できるように佼成病院の医師団およびカウンセリング相談員の派遣準備を整えました。30日、十日町・越後川口教会に本部スタッフ14名を派遣し、復興作業や炊き出しを行ないました。

本部災害対策本部長を務める山野井克典理事長は、11月4・5両日、被災地を訪れ会員を激励し、また、十日町市では庭野日敬開祖の生家や生誕地道場等の被害状況を確認するとともに、同市の災害対策本部へ災害見舞金を贈るなどしました。

立正佼成会の一食平和基金運営委員会は、被災地の復興支援のため、小千谷市、十日町市、長岡市、柏崎市、川口町、小国町越後町の各災害対策本部に災害見舞金を贈り、さらに、川西町、中里村、松代町の災害対策本部にも追加支援を行ないました。

●真如苑

真如苑の救援ボランティア組織「S eRV」は、新潟県中越地震で大きな被害を受けた小千谷市で、10月24日〜11月7日までの間、緊急支援活動を行い、約500人が活動に参加しました。

「S eRV」は長岡にある新潟支部を拠点にして、家屋の片付けや清掃等の活動を行い、10月30日には小千谷市の小学校でカレーライスを、翌31日にはおでんと豚汁の炊き出しを行い、また11月5日には、小千谷市ボランティアセンターの要請に応じおでんを、翌6日には肉じゃがの炊き出しを行いました。地元新潟の真如苑青年会と「S eRV」の有志は、避難所の仮設トイレの清掃も継続的に行いました。教団としては、各地域の災害対策本部などに義援金を送るなどしました。

●松緑神道大和山

10月30日、十日町市に救援物資として使い捨てカイロ、紙皿、紙コップ、割り箸、りんごを送り、11月4日には、長岡市に靴下を、7日には小千谷市、十日町市、川口町に伸縮手袋とりんごを、10日には日本赤十字社新潟県支部に災害復興義援金を送りました。また、10月30・31両日、新潟教区の信徒たちが炊き出しボランティアを行いました。

●創価学会

新潟県内の8つの会館を避難所として地域に開放し、10月27日にはドクター部と白樺会(婦人部の看護者のグループ)のメンバーが被災地に入り、各地の避難所を訪問して被災者の健康状態の調査や健康相談などを行いました。また、被災地へは青年部のバイク隊と救援隊が、県内外の学会員から送られた救援物資を継続的に届けました。

●全日本仏教婦人連盟

10月26日に東京の帝国ホテルで行なわれた全日本仏教婦人連盟の大会では、新潟県中越地震の話題で持ちきりとなり、席上、事務局(林恵智子事務局長)の提案で急遽、救援募金を行なうことになり、スタッフが各テーブルにお願いに回り、その結果集まった募金は、檀上で、末廣久美副会長から来賓として出席した全日本仏教会の里見達人理事長に託され、新潟県仏教会(会長=中村啓識真言宗豊山派徳聖寺住職)に送られました。


(田頭)