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西野神社 社務日誌

2008-09-27 関西で神仏霊場発足

延暦寺

一昨年8月29日付の記事「神道と仏教の関係(後編)」で詳しく報告させて頂いたように、近年関西の宗教界では、神仏習合・神仏融和の動きが活発化しており、神社と寺院が合同で祭典や法要等を企画・斎行する機会が増えてきています。そして、そういった昨今の神仏習合の流れの一つの集大成とも言える大きな動きが、今年の3月、滋賀県大津市比叡山延暦寺(写真参照)と、今月、伊勢の神宮でそれぞれありました。

まず3月に、全国の神社が本宗と仰ぐ伊勢神宮から、日本仏教の母山と称される比叡山延暦寺までを、近畿各地の社寺を巡拝しながら結ぶ、壮大な規模となる「神仏霊場会」の設立総会が、延暦寺にて開かれました。この神仏霊場会は、江戸時代の伊勢参宮の記録を基に、近畿各地の別表神社や、西国三十三観音霊場の寺院などを含む近畿の169の社寺に加入を呼びかけ、そのうち2府5県の125社寺(伊勢の神宮・石清水八幡宮賀茂御祖神社生田神社などの55社と、延暦寺・金剛峰寺・東大寺などの75ヵ寺)がその趣旨(宗教や思想信条の差を超えて人心の平安と社会の安寧に資する目的)に賛同し加入した事により発足しました。

3月2日に開催された設立総会では、神仏霊場会の会長には華厳宗大本山東大寺の森本公誠長老が、副会長には賀茂御祖神社の新木直人宮司と高野山真言宗総本山金剛峰寺の松長有慶座主の2人が選出され、常任幹事には、天台宗妙法院門跡の菅原信海門主、生田神社加藤隆久宮司、同志社大学の廣川勝美名誉教授の3人がそれぞれ選出されました。また、名誉会長には半田孝淳天台座主が、特別顧問には宗教学者の山折哲雄氏が、顧問には石清水八幡宮田中恆清宮司と延暦寺長臈の小林隆彰氏が、それぞれ就任されました。

森本会長は設立総会後の記者会見で、昨年の世相を表す漢字が「偽」であった事に触れて「こういう時代おかしい。我々のなすべき役割があるのではないか。神仏が一つにまとまって世間の人々に訴えていく事に意義があるのではないか」とその意義を語り、また、同会発足の呼びかけ人でもある山折特別顧問は、大社や大寺が名を連ねる同霊場の設立を通じて「日本の千二百年の宗教伝統の中で展開されてきた神仏信仰を、国民運動にまで発展させたい」との意気込みと吐露しました。

なお、神仏霊場の巡拝経路は、前述のように伊勢の神宮から延暦寺までを近畿各地の社寺を参拝しながら結ぶとしていますが、どのような経路を辿っても2,000kmを超える遠大な距離となるため、巡拝の順路は特に設けない方針が示されました(札所の番号通りに巡拝する必要はないという事です。)。

そして、設立総会の開催から約半年を経た本年8月末には、京都市左京区に鎮座する賀茂御祖神社にて、同会の役員達が出席して再度記者会見が開かれ、9月に伊勢で執り行われる神仏霊場発足奉告祭の概要(各社寺の代表者が出席して皇學館大学にて奉告祭を執り行い、その後、一行は神宮を正式参拝する)や、3月の設立総会以降新たに26社寺(春日大社平安神宮などの6社と、興福寺・唐招提寺・大念佛寺などの20ヵ寺)が加入して加入社寺の総数が150社寺になった事などが発表されました。

この時の会見では、森本会長は「様々な事件が起き、日本人の心は一体どうなってしまったのかと驚いている。我々宗教に籍を置く者に何か責任があるのではないか。伝統的な神社仏閣が多い関西で、それらを巡る事で日本人の心がどういうものか思い出して戴き、心の教化を図っていきたい」と神仏霊場巡りの意義を説明し、小林顧問も「日本人の血の中には神も仏もと、他を否定しない肯定の文化が宿っている。霊場を巡る事が大きな精神運動になるのではないか。自分が良くて他は間違っているという考え方がなくなれば」と神仏霊場会の盛り上がりに期待を寄せました。

そして、そういった経緯を経て、今月(9月)8日、三重県伊勢市の、皇學館大学の記念講堂に於いて、神仏霊場の発足奉告祭が厳粛に執り行われました。斎主は同会常任幹事の加藤・生田神社宮司が、導師は同会会長の森本・東大寺長老がそれぞれ務め、同会に加入する各社寺代表の神職や僧侶ら約220人(賀茂御祖神社の新木直人宮司、多賀大社中野幸彦宮司、妙法院の菅原信海門主、清水寺の森清範貫主ら)が参列しました。

奉告祭では、斎主の加藤宮司が、明治の神仏判然令で隔てられた神と仏が人心の荒廃した現代を憂え再び手を携えようと神仏霊場を発足させた事を奉告する祝詞を奏上し、また、導師の森本長老は、神仏界に身を置く者として宗教の新たな叡智を学び人々に潤いと温もりを呼び戻し世界平和と人心の安穏を祈願する表白を読み上げ、その他、巫女により豊栄舞の奉奏が行われたり、場内の僧侶らにより声高らかに般若心経の読誦が行われるなど、祭典は神仏合同の形式で営まれました。

奉告祭の後は、神宮を正式参拝するため一行は内宮へと向い、内宮への参道口に架かる宇治橋から内宮の御正宮まで、白衣・白袴の神職らと華やかな袈裟をまとった僧侶らが4列に並んで同時に参進して行きました。厳かながらもかなり珍しいその参進風景は、多くの一般参拝者達の目を引いたそうです。ちなみに、この行列の先頭4人は、神道側は斎主を務めた加藤宮司と神社本庁統理代理の田中副総長(同会顧問、石清水八幡宮宮司)の2人で、仏教側は導師を務めた森本長老と半田天台座主(同会名誉会長)の2人でした。

そして、宇治橋渡り五十鈴川のほとりで手水を済ませた一行は、神楽殿で神楽を奉納し、その後、御正宮へと入り、御垣内で正式参拝をしました(御垣内では田中副総長と森本長老が代表して神前に赴き拝礼しました)。拝礼を終えて振り返り、神職と僧侶が整然と並ぶ様子を見た田中副総長は「ごく普通であった形、暫く途絶えていた風景が元に戻ったと感じた」とその時の感動を述べ、また、正式参拝を終えた後、同会の山折特別顧問は、奉告祭と正式参拝を無事終えた事について「大成功だ。時代が要請していたのだろう」と感慨深げに語りました。

なお、天台座主が伊勢の神宮を正式参拝したのは、神宮にとっても延暦寺にとっても前例が無く、史上初めての事でしたが、半田座主は参拝後、「神と仏が一つになって世の中を明るくしようという気持ちで歩く姿を見て、何とも言えない感動を覚えた」との感想を述べられました。

私としては、こういった神仏習合の動きが、今後は関西より東の地域でも活発化する事を期待しています。近年関西圏で復興されつつある神仏習合の動きは、異なる宗教間の対話・協調路線を更に建設的な方向へと一歩推し進めた動きであり、不幸にも世界ではまだいたる所で宗教間の深刻な対立が見られますが、神仏習合の動きは、そういった異なる宗教間の対立を融和の方向へと導く一つの指針やモデルケースにもなり得ると思います。

(田頭)

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だいすけだいすけ 2008/09/30 09:51 田頭様

日本の歴史において神仏習合の仲良し時代が1300年余り、明治政府によって神仏が別けられてから140年。
圧倒的に仲良し時代の方が永く安定した歴史を誇っている訳ですから、再び習合の方向に向かって行く動きは必然なのかも知れませんね。

一時はある意味「邪教扱い」されていた修験道も、熊野古道の世界遺産登録をきっかけに見直されつつある様で、神仏習合の動きは益々加速して行くのではないでしょうか?。

実は私が日本の宗教に興味を持つきっかけになったのが修験道なので、この動きは大歓迎です。東日本でも鎌倉の寺社あたりが纏まってくれると、良い方向に進んで行きそうですね。

keinoheartkeinoheart 2008/09/30 22:51 お久しぶりです。(*- -)(*_ _)ペコ
随分とご無沙汰してしまってすいません。ちょっと某国に言ってました(笑)ところで、ホンダさんが神仏習合には反対のようで、田所さんのブログを引用してたので早速、お伺いさせて頂きました。なんだかホンダさんは、こそこそ噛み付いているようなので、返事してあげてくださいね(笑)

私としては全てを習合する事には反対ですけど、一部の復活とか、元々の成り立ちが習合した形で出来上がっていた東照宮さんなどは、無理やり神仏を切り離している形の方が不自然なので戻しても構わないと思いました。神仏が近くなればお互いにメリットも出てくるような気もします。今までの対立よりも融和の方向性は良い傾向ですよね。

田頭田頭 2008/10/01 04:39 >だいすけ様

仰るように、日本の長い歴史の中ではむしろ神仏習合が当たり前でしたから、こういった動きはある意味必然なのかもしれませんね。
神仏習合の行事が増えつつある事は、神道と仏教双方の寛容性を示すものでもあり、神仏が手を取り合う事は「過去の相克」をも超える事ができるという、未来に向けての希望を示してくれるものだと思います。

田頭田頭 2008/10/01 04:40 >keinoheart様

こちらこそ御無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです!
某国(笑)についてのレポートも読ませて頂きました。食生活についての件は特に興味深かったです。

御指摘下さったホンダさんのブログも読ませて頂きました。教えて戴きありがとうございます。
ホンダさんの書かれた記事本文を一読した時点では、私としては「いろいろな考え方があっていいと思う」と思っただけで特に反論する気は起らなかったのですが、しかし、その記事の後にkeinoheartさんが付けられていた真摯なコメントを見て、「返信を期待されている私がここで何も言わないのは、ホンダさんに対してというよりも、keinoheartさんに対して失礼かな」と思い、少しだけ、自分の思う事を書かせて頂きました。
私が反論をした事で、もしかするとホンダさんには不快な思いをさせてしまったかもしれませんが…。
以下が、ホンダさんのブログに私が付けさせて頂いたコメントの全文です。

「お久しぶりです、田頭です。
神仏習合の動きに対しては、当然神社界・仏教界の双方に、積極的に賛成する人と積極的に反対する人がいますが、私はそれで構わないと思います。もし、神仏習合の行事や企画に協力するよう包括下の社寺に対して本庁もしくは本山から通達が出たとしたら、それは明らかに“行き過ぎ”だと思いますが、神仏霊場会に加入している社寺は誰に強制された訳でもなく自分達の意思で加入しているのですから、それに反対する社寺は加入しなければいいだけの事です。
過去の出来事(例えばかつての神仏習合の時代、神道は仏教よりも格下に見られていた事など)を持ち出すと、相手方にも「それを言うんだったらこっちにも言いたい事がある」となってしまいキリが無くなる上に、宗教間の対話や協調はまず不可能になるので、私としては過去には拘っていません。過去よりも現在が大切ですし、現在よりも未来がもっと大切だと思っています。」

まさかずまさかず 2008/10/01 21:21 ようやく助勤の奉仕も終わりました。
さて、この記事を拝見し、神道、仏教の双方で学んだ自分としては、大変嬉しい出来事です。元来、日本人の精神文化は、神仏習合に見受けられるように、分け隔てなく、包容力があるものでした。現代の混沌とした時代に各宗派一丸となって、民衆を救済、教導することが大切です。

田頭田頭 2008/10/01 23:35 >まさかず様

神職や僧侶など当事者の間にもいろいろな意見がある様ですが(必ずしも賛成という方ばかりではないようですが)、私としては、神仏習合の動きが活発化している事は「宗教間の協調」を象徴する事象として嬉しく思っています(もっとも実際には賛成という人の方が大勢を占めているように見受けられますが)。
まさかずさんの仰るように、こういった動きが結果的に多くの人々の救済や教導に繋がる事を私としても希望して已みません。

keinoheartkeinoheart 2008/10/02 06:32 お早うございます。 おっ( ̄O ̄ )ノ は( ̄ー ̄)ノ よっ(  ̄o ̄)ノ 〜♪
ホンダさんの件ではコメント頂きましてありがとうございます。さすが田頭さんです。角を立てずに切り返せるんですから大人ですね!それに比べて私は直ぐ湯沸かし器です(笑)

えっと昨日記事書きました。神仏習合についてです。よろしかったら見てくださいね。(*- -)(*_ _)ペコ

(前編) http://blogs.yahoo.co.jp/keinoheart/44485997.html
(後編) http://blogs.yahoo.co.jp/keinoheart/44486631.html

keinoheartkeinoheart 2008/10/02 06:37 追記:すいません私のブログで勝手にここの記事を紹介させて頂きました。もし不都合でしたら、お知らせください。直ぐに削除します。(*- -)(*_ _)ペコ

田頭田頭 2008/10/04 05:03 >keinoheart様

おはようございます。
御紹介戴いた記事、読ませて頂きました。率直に「keinoheartさんは相当勉強されているのだなぁ」と思いました。
信じられないような話ですが、私はかつて、古事記も日本書紀も一度も読んだ事がないという神職や、自分の奉仕している神社の御祭神の名を言えない(勿論、護国神社のように何千、何万柱とお祀りしているような神社ではありません)という神職も見た事がありますが、そういった不勉強な神職には、是非keinoheartさんの熱意や態度を見習って貰いたいものです!
また、記事中では当社のブログにリンクまで張って戴き、ありがとうございました。

ところで、私が「大人」なのは多分外見だけです(笑)。
ホンダさんの書かれた記事については、前述のように「いろいろな考え方があっていいと思う」と思っただけでしたが(そもそも意見を一つに統一できない、統一する必要もないのが神道の特徴ですし)、しかし過去には、読者さんからこのブログに付けられたコメントや、メールなどで私に寄せられた寄せられた意見・質問等に対して「何言ってやがる!」とかなりムッとした事も正直言って何度かあります。
ただ、自分の本名を晒している上に、何よりも「西野神社」という看板を背負っている手前、露骨に子供じみたリアクションが取り辛いだけの事です。私は、実は結構短気かもしれません(笑)。