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西野神社 社務日誌

2016-07-20 奈良で媒酌人として神前結婚式と結婚披露宴に出席してまいりました

前回の記事でも報告したように、私は先週、神社から連休を頂いて、奈良県奈良市で行われるの友人の結婚式と結婚披露宴に媒酌人として夫婦で参列するため、関西へと行ってきました。
今回の日記では、その結婚式や結婚披露宴の様子について、また、結婚式が行われた春日大社(摂社の若宮神社も含む)について、私の思う事等を記させて頂きます。


今回の旅行は、私にとっては2泊3日の旅程だったのですが、私達夫婦は、その3日目(旅行最終日)の午前11時から春日大社境内に鎮座する同大社摂社・若宮神社の大前で斎行された結婚式に、午後1時半からは、奈良市内のホテルで開催された結婚披露宴に、それぞれ出席してまいりました。
この度神前結婚式が行われた、奈良県奈良市に鎮座する春日大社は、全国に約1,000社あると云われている春日神社の総本宮で、御祭神は、武甕槌命(たけみかづちのみこと)様、経津主命(ふつぬしのみこと)様、天児屋根命(あめのこやねのみこと)様、比売神(ひめがみ)様の四柱です。
春日大社は古来から藤原氏の氏神として崇敬され(そのため歴代の宮司も藤原氏の一門から輩出されています)、歴史的にも、式内社、二十二社(上七社)、官幣大社、勅祭社といった高い格式等を持ち、平成10年には「古都奈良の文化財」のひとつとして世界遺産にも登録されました。

下の写真は、今からほぼ4年前の平成24年7月に、私が春日大社で撮影した、同大社の中門・御廊です。春日大社を紹介する書籍雑誌・冊子等ではここを写した写真が表紙に使われる事が多く、春日大社の象徴的な景観といえます。

春日大社 中門


この日、結婚式は午前11時からの斎行だったのですが、私はそれに先立って、その日は早朝に一人で春日大社へお参りに行ってきました。
この時期(本年の4〜9月まで)は、毎週土曜・金曜の午前6時半から約1時間、春日大社の神職さんが、一の鳥居から社殿前までを参拝者達と一緒に歩きながら境内を案内して下さる「朝のお参り」を行っており、それに参加してきたのです。私達(この時は私を含め10人おりました)を案内して下さった神職さんは、とても博学な方で、いろいろと興味深いお話しを沢山して下さいました。
以下の写真はいずれも、その「朝のお参り」の最中に私が参道から撮影した光景です。

春日大社境内(朝のお参り)

春日大社境内(朝のお参り)

春日大社境内(朝のお参り)

春日大社境内(朝のお参り)

春日大社境内(朝のお参り)

春日大社境内(朝のお参り)

春日大社境内(朝のお参り)


そして、「朝のお参り」を終えて一旦ホテルへと戻り朝食をとった後、私は、ホテルで着物の着付けを終えた妻と共に再び春日大社へと行き、午前11時から若宮神社にて斎行された神前結婚式に、媒酌人として参列してまいりました。
ちなみに、この結婚式が本宮の本殿前ではなく、あえて若宮神社という摂社のほうで執り行われたのは、春日大社は今、20年に一度の式年造替(伊勢の神宮とは違って式年遷宮とは言いません)を行っている最中で、本宮本殿の御祭神は移殿に仮遷座されているためです。

下の写真は、4年程前に私が撮影した、重要文化財にも登録されている、その若宮神社の御社殿です。若宮神社の御祭神は、天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)様で、春日大社の本宮本殿でお祀りされている四柱の御祭神のうちの天児屋根命(あめのこやねのみこと)様と比売神様の御子神に当たられる神様です。
勅祭の「春日祭」(春日大社の例祭)と共に春日大社を代表する祭礼で、時には我が国を代表するお祭りのひとつに数えられる事もある、毎年12月15〜18日にかけて斎行される「春日若宮おん祭」(重要無形民俗文化財にも指定されています)は、この若宮神社のお祭りです。

春日大社摂社 若宮神社

下の写真は、結婚式が始まる前に、新郎新婦・媒酌人・親族達の控室として使われた、春日大社の貴賓館の中で撮影したものです。私もここで少しだけ休憩させて頂きました。
そして、私達一同はこの貴賓館の正面玄関前より、御巫(みかんこ)の先導により、結婚式の祭場(上の写真の若宮神社)へと参進致しました。ちなみに、春日大社では古来より、巫女(みこ)の事を御巫(みかんこ)と呼称します。

春日大社 貴賓館控室

下の図は結婚式の祭場図で、私達夫婦は媒酌人だったため、新郎新婦のすぐ後ろに座って結婚式を見届けさせて頂きました。職業柄、神様の大前での御奉仕は慣れているとはいえ、結婚式の媒酌人を務めたのは初めての経験だったので、今回ばかりは私も少し緊張しました(笑)。

春日大社 結婚式祭場図

以下の写真は、この度の結婚式で撮影されたもので、斎主(白い狩衣・単・神職身分二級の袴等を着装されていました)、祭員(浄衣・白袴等を着装されていました)、御巫の計3人による御奉仕で式は執り行われました。次第は以下の通りでした。
「 修祓 → 献饌 → 祝詞奏上 → 三献の儀 → 祝の勾玉・鏡の儀 → 指輪の儀 → 新郎新婦誓詞奏上 → 玉串拝礼 → 神楽奉納 → 撤饌 → 斎主挨拶 → 親族盃 」

春日大社摂社・若宮神社の大前で斎行された結婚式

春日大社摂社・若宮神社の大前で斎行された結婚式


そして、若宮神社の大前で厳粛な結婚式を終えた後は、春日大社から車で10分程の距離にあるホテルへと移動し、そこで引き続き結婚披露宴が行なわれました。
ちなみに、新郎は東海地方の某基地に勤務している航空自衛官で、披露宴での乾杯の挨拶・発声は、新郎両親の友人である海上自衛官の方、新郎の友人代表挨拶は、新郎の航空学生時代の同期の方(新郎同様現役の航空自衛官)、そして新婦の友人代表挨拶は、私の妻でした。

結婚披露宴(ホテルリガーレ春日野)

結婚披露宴(ホテルリガーレ春日野)

結婚披露宴(ホテルリガーレ春日野)

私は、その日のうちに伊丹空港から新千歳空港行きの便に乗って札幌へと帰らなければならなかった都合から、残念ながら披露宴の二次会には出席出来ませんでしたが、とても良い披露宴でした。


ところで、奈良は新婦の地元である事などから、奈良は新郎新婦にとってはデートを重ねた思い出の地らしく、その奈良に鎮座する春日大社にも少なからず思い入れがあるものと推察されますが(だからこそ春日大社で神前結婚式を挙げるたのでしょうが)、実は私達夫婦にとっても、春日大社は特別に思い入れのあるお宮であります。
というのも、私も妻も、神職養成機関である京都國學院に在学していた当時、神職実習生として「春日祭」と前述の「春日若宮おん祭」にそれぞれ2回、計4回、助勤に行かせて頂いた事があるからです。
以下の写真3枚は、いずれも私が春日祭で御奉仕させて頂いた時に撮影されたもので、春日祭は毎年3月13日に斎行されております。

平成15年 勅祭 春日祭奉仕

平成15年 勅祭 春日祭奉仕

雑色と褐衣(春日大社にて)

そして、以下の写真3枚は、いずれも、私が春日若宮おん祭で御奉仕させて頂いた時に撮影されたものです。
春日若宮おん祭では、若宮神社の神様は、約1km離れた春日若宮御旅所(毎年、黒木の松の御殿が建てられ、祭礼が終わると撤去されます)に御動座され、当日はそこで、神楽・東遊・田楽猿楽・和舞・舞楽等が夜の更けるまで薪を焚いて奉奏されます。

春日若宮おん祭 御旅所

春日若宮おん祭 御旅所

春日若宮おん祭 奉仕

春日若宮おん祭は、関白藤原忠通が、当時全国に蔓延していた疫病や飢饉を鎮め、五穀豊穣と国民の安楽を祈念するため、保延2年(1136年)より始めた、現在に至るまで絶える事無く続けられている大祭です。
春日大社の本宮ではなく、あくまでも摂社のお祭りではありますが、古来より大和一国を挙げて斎行されてきた大規模なお祭りで、華やかな時代絵巻繰り広げられるお渡り式や、平安時代以来の貴重な芸能が数多く演じられる御旅所祭などが特に有名です。

それにしても、学生時代に、若宮神社の祭礼である春日若宮おん祭で助勤し、厳粛極まる大前での遷霊にも立ち会わせて頂いた私達夫婦が、それから十数年の時を経て、今度は結婚式の媒酌人として、再び若宮神社の大前での神事に立ち会わせて頂けたというその巡り合わせには、奇しくも有り難い御神縁を感じます。改めて、神様に感謝申し上げます。


(田頭)

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