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西野神社 社務日誌

2018-08-08 七夕まつり

七夕まつり

昨日は、一年を二十四等分した「二十四節気」でいうと、「立春」から丁度半年が過ぎた「立秋」に当たる日でした。
そのため、実態は兎も角、暦の上では、一昨日を以て夏は終わり、昨日から秋が始まった、という事になります。
友人・知人等の健康を気遣うお便りの挨拶も、立秋である昨日を境に「暑中見舞い」から「残暑見舞い」へと変わる事になります。

とはいえ、例年ですと、「この時期の立秋とは名ばかりで、まだ暑い日々が続いております」となるのが通例です。しかし、昨日の札幌最高気温は24℃で、2週間ぶりくらいに所謂“夏日”ではなくなり、しかも風も吹いていたためそれなりに涼しく感じられ、何だか久々に、本当に立秋らしい日だったような気がします。
その立秋の昨日、当社では午後3時半から、毎年恒例の「七夕まつり」が開催されました。


七夕は、本来は旧暦(太陰太陽暦)の7月7日なので、新暦(太陽暦)に換算すると本年(平成30年)は8月17日がその日に当たり、つまり、旧暦と新暦はずれていくため年によって日にちは変わりますが本年の場合だと、私達が普段使っているカレンダーの8月17日に合せて七夕の行事を行うのが最も正確なのですが、実際には、新暦の7月7日や、その一ヶ月遅れの8月7日、あるいはその前後の時期などに行われるのが一般的です。
但し、梅雨が無いとされる北海道では兎も角、道外に於いては、新暦の7月7日は丁度梅雨の時期に当たるため、7月7日に七夕の行事を行う場合、残念ながら“満天の綺麗な星空”というのはあまり期待出来ないのが実情です。

北海道では、函館室蘭登別根室など一部の地域では異なるため一概にそうとは言い切れないものの、おおよその傾向として、新暦の8月7日(昨日)に、七夕の行事が行われており、当社では、北海道でのその平均的な慣習に倣って、毎年8月7日に七夕まつりを開催しております。
もっとも、札幌市内の幼稚園や保育園などでは、7月7日に七夕の行事を行っている所もあるようですが。

ちなみに、「日本三大七夕祭り」のうち、仙台七夕まつりは毎年8月6日から8日にかけての3日間、湘南ひらつか七夕まつりは毎年7月7日を挟んだ前後数日に、安城七夕まつりは毎年8月第1週の週末の3日間、それぞれ開催されています。
なお、十数年前に私が神職実習生として神務実習をしていた、京都府八幡市に鎮座する石清水八幡宮では、毎年7月7日に七夕祭を斎行しております。但し、同じ京都府内でも、“祈り”や“願い”をテーマに京都市内各地で毎年開催されるイベント「京の七夕」は、各エリアによって具体的な開催期日は異なるものの、どのエリアも8月上旬に開催されています。

全国的にみると、神社によっては、7月7日に七夕祭、8月7日に七夕本祭というように、2回に分けて七夕の行事を行っている所もあるようです。
旧暦の7月7日は、前述のように今年は8月17日に当たるので、これはあくまでも私の勝手な推測ですが、もしかすると神社によっては、8月17日に旧七夕祭を斎行している所もあるかもしれませんね。

当社の授与所窓口前に飾られいる笹を見ながら、道外からの旅行者らしき参拝者さん達が「そういえば、北海道は8月7日が七夕なんだよね」と会話しているのを今月に入ってから何度か耳にしましたが、前出の具体例からも分かるように、実際には道外でも8月に七夕の行事を行う所があり、逆に、道内でも7月に七夕の行事を行う所もあるため、「全国的には七夕は7月7日が標準。但し北海道の七夕だけは8月7日」と言い切ってしまうのはやや性急過ぎ、結局の所、「七夕はいつなのか」については、全国各地・各所で見解がバラバラなのが実態です。

西野神社 七夕まつり看板


七夕は、日本では古来から祖霊祭りの日(お盆の祖霊祭に先行する招霊のための行事)とされてきましたが、夏の星座からつくられて奈良時代中国から伝わった、織姫おりひめ)と彦星ひこぼし)の伝説と、7月7日の夜にお供え物をして織女星(しょくじょせい)を祀り技巧・芸能手芸・裁縫等の上達を願う乞巧奠(きっこうでん)という行事、更に、日本に古くからある棚機つ女(たなばたつめ)という信仰などが習合し、現在の七夕の習慣が生まれたと云われています。

織姫と彦星の伝説というのは、簡潔にまとめると、おおよそ以下のような内容です。彦星と織姫の関係を恋人と誤解している人が多いですが、正確には、この二人は恋人ではなく夫婦で、七夕というのは織姫の事です。
星々の住む天の国に、彦星と織姫という若い夫婦がいました。この夫婦は二人共、元々は働き者だったのですが、仲が良過ぎて次第に仕事をしなくなってしまいました。そのため、天の神様は怒って、二人を天の川の両岸に別れさせて、彦星には牛飼いの仕事を、織姫には機織りの仕事をそれぞれ命じました。そして一年に一度、旧暦7月7日の夜にだけ、二人が会う事を許しました。この二人の幸せを祈る行事が七夕まつりです。

星座が描かれている下図でいうと、織姫はこと座ベガ、彦星はわし座アルタイルで、このふたつに、はくちょう座デネブを加えたものを、俗に「夏の大三角形」と云います。

織姫と彦星

なお、夏の風物詩にもなっている、五色の短冊に願い事を書いて竹などに飾り付けるという風習は、江戸時代に、手習い(習字)が上手になるようにとの願いから寺小屋などで盛んに行われるようになり、その後、学校などで学問や技芸の上達を願うため広く行われるようになって、全国に広がっていきました。


当社の七夕まつりは、夏休み期間中の子供(主に小学生くらいまでの子供達)向けのイベント(当社で行っている年間行事の中では唯一神事ではありません)として毎年開催しており、原則として、当社で初宮参り七五三参り等の御祈祷を受けたお子さん達を招待しております。

今年の七夕まつりでは、まず、当社の大坊総代長による巧みな腹話術が披露され、その後、プロのパフォーマーさんによる素晴らしいマジックジャグリングが披露されました。
神楽殿舞台でそれらが演じられている間、子供達からは何度も拍手や歓声が起き、七夕まつりは今年も子供達から大好評を得る事が出来ました。ちなみに、神楽殿は来月下旬に解体されるため、この神楽殿を使って行われる七夕まつりは、本年が最後となります(昨年10月9日付の記事で述べた通り、解体された神楽殿の跡地には儀式殿が建設されます)。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


神楽殿で45分程に亘って披露された、それらの演芸が終わった後は、拝殿直ぐ前の石畳の参道上に仮設したテーブルで、子供達全員に色紙の短冊に願い事を書いて貰い、それらの短冊は全て、拝殿の向拝に立てている青竹の枝へ、子供達自身の手により飾り付けられました。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


そしてその後は、この日来てくれた子供達全員に、授与所前に設置した水槽(小型プール)の中に浮かべている、金魚を模したマスコットのビニール風船を釣り具で釣って貰いました(釣り上げたビニール風船はお土産としてプレゼント)。
ちなみに、昨年の七夕まつりでは、都合によりこの「釣り」は行わなかったため、七夕まつりでの「釣り」は、2年ぶりの復活となりました。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


そして、「釣り」を終えた子供達全員に、授与所前に仮設したテーブルでお土産を手渡し、七夕まつりは閉幕しました。幸いにして今年も、七夕まつりは盛況・成功裏に無事終える事が出来ました!

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


今年の七夕まつりでは初めて、七夕まつり仕様の、写真撮影用看板(顔出しパネル)を、授与所前に立てました。下の写真ではほとんど分からないと思いますが、この看板には電飾が施されており、看板表面に描かれている星はピカピカと点滅しています。この看板もお子さん達には大人気でした。

平成30年 西野神社 七夕まつり

平成30年 西野神社 七夕まつり


下の動画は、昨日の七夕まつりで撮影されたものです。丁度2分の短い動画なので、宜しければこちらも是非御覧下さい。当社の七夕まつりの雰囲気が伝わると思います。

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なお、昨日の七夕まつりの様子は、「西野神社アルバム」の、平成30年8月「七夕まつり」のページ(下記URL)にも写真を多数アップしておりますので、お時間のある方はこちらのページも是非御覧下さい。
http://f.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/300807%20%E4%B8%83%E5%A4%95%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8A/?sort=old



(田頭)

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