二遊間

2017-10-31 その日

 その日。
 仕事をさぼって、というか、仕事なんかいけるような状態ではないのでやってきた江ノ島で、すぎてしまったことを悔やみながら、ダラダラと缶チューハイ、缶ビールを飲んだり、おにぎりやチップスターを食べていた、のだとしたら。昔はもっと江ノ島に猫がいたような気がするのにずいぶん減っている、なんて、思ったりしたのだったら。海を見ながら、強い風に吹かれながら、まあすぎてしまったことはしょうがない、また一から生きていくよりしょうがない、なんて楽観的に思えたのだとしたら。思えるわけないけど、頼むから、俺、ふつうに戻ってくれ。頼む。持って生まれた病のせいで、救急車で運ばれたことが8回ぐらいあって、救急車の音を聞くと、もう救急車の匂いがするようになっている。体育館の倉庫に似ている汗と土がまじったような匂いバスケットボールバレーボールなんかが詰まっているデカい籠とかがある倉庫。生きていくのがつらいと思っている、その感情を、よくわからないけれど、もっと、頭がいたいとかお腹がいたいとか、肩が凝っているとか、視界がぼやけているとか、身体的なつらさ、不具合のほうに寄せることができたら、そっちのほうに置き換えることができたら、気持ちは楽になるんじゃないのか。いま、試しにこのつらさを身体の方で感じさせようとしてみると(どうやって?)、眉間がぎゅーっとする、ような気がする。ああ、つらい、やばい、生きていかれないという感情を身体に思わせようとする、身体に託そうとしてみると(だからどのようにして?)、眉間がぎゅーっとする。いや、眉間というか、両方の眉からほお骨の辺りにかけて、なんだかとても重たくなってくる、ような気がする。でも別につらい気持ちは少なくなったりしない。健全な精神は健全な肉体に宿る、とは全くおもわない。そんなことがあってたまるか。江ノ島から江ノ電藤沢まで行った、のであれば、十年ぶりぐらいにやってくる駅前にまだフジサワ名店ビルはちゃんとあり、名店ビルのなかにはミスタードーナツもあった。ミスタードーナツはつまり、いまも名店だった。あったけれども、ずいぶんと店内はきれいになっている、ようだった。ミスドに入ったのであれば、チョコファッションを食べることは間違いない、ほとんどそうしてきた。二階席がある。むかし、東海道線の改札を抜けて、ミスドへ向かおうとしたとき、「そのカバンかわいいね」と、とつじょ女性に声をかけられたことがあった。「どうも、」とだけ答えて、私は滞りなく無事につつがなくミスドへ入った。アメリカンコーヒーとチョコファッション。好きな小説をひたすらノートに写しまくる。そういう時間がいちばん好きだった。まだその頃は小説を書くということはほとんどせず、ただ好きな小説を写すことが、けれどもそれは、ほとんど小説を書くことと同じだったのかもしれない。小説のことを、楽しさを、すごさを今よりもずっと考えていた。どうしちゃったんだろう俺は。なんでこんなことになってしまっているんだろうか。隣の席に、さきほど「カバンかわいいね」と声をかけてきた女性と男性がやってきた。なにやら楽しそうな雰囲気だったが、そのうちに宝石や服の話になった。別に女性が欲しいというのではなく、その男性にそれらを買っておくべきだとすすめている。男性は渋る。やがてその女性の「友だち」なる人物がやってきた。今度は女性と「友だち」と、二人して男性に宝石や服の購入をすすめはじめた。男性はしゃべらなくなった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。自業自得という奴は、死ね。


 ぜんぜん、記憶違いかもしれないけれど、くるりのリバーを「笑いながら泣きながら踊る」みたいなふうに、岸田繁は言っていた気がする(春風はヌエみたいな曲だと言っていなかったか)。違っていても、俺にはそういう曲だ。リバーほど、「あーどうしてこんなふうになっちゃったんだろうなあ」と俺が思うときに、ぴったりというかしっくりくる曲はない。というか、こんなふうになっちゃいそうなとき、もうリバーの、あの、バンジョーのイントロがきこえている。曲調も歌詞もすべてがグッとくる。でも、けれども、笑いながら泣きながら踊って、疲れて、眠って、またやってくる次の朝に希望とかは、ない。みじんも。ほんとうに全然無い。谷底のどん底。絶望の果てに希望を見つけたろう、なんてことはない。目を覚ます。昨日のできごとを思い出す。重い頭とダルい身体に反比例するように「ふざけんなよー!」とか「俺ばっか悪いのかよー」みたいな、沸騰するような怒りとやりきれなさでいっぱいです。おはようございます。こんにちは。こんばんは。シャワーを浴びて、濡れた身体をろくにふかずに、素っ裸で体重計に乗ってみる、毎朝体重をはかっているのだが、昨日よりも体重がけっこう増えている。なぜだ、おかしい。おかしいではないか。昨日あんなにつらい思いをしたのだから、それ相応の感情を、熱量を、生きる気力を、二キロぶんくらい消費していたっておかしくないじゃん、いやだって、っていうか、泣きながら夜道をぐるぐると歩き回って、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうほどに迷って、明け方まで歩き回ったのだから、なんならうわーとかさわいで、駆け出したりなんかも、してしまったのだから、けっこうなカロリーを消費しているはず、なのに、不条理ではないか、と、別に全然不条理ではなく、泣きながら歩き回ったりしながら氷結を飲んだり、コンビニであたためてもらったハンバーガーを食べるなどしている。そもそも、歩き回ったりする前からさんざん感傷にかられて飲み食いをしているのだ。そりゃ太る。「自業自得ですよ……」「……死んでよ」


 日付が変わって、歩いた。いや、歩き続けるかぎり日付は変わらない。どうしようもない今日という日が、けれど、ひょっとしたら、奇跡的に劇的に変わるかもしれない可能性を信じて歩く、わけではなくて、エモくなってるから歩く。そういうときに沢山の音楽を聴いた。自分で選んで聴いた。「バイバイ、ぼくらのキミとボクとが遊んだニホンザル」と有頂天に、「ホームセンターで全部揃えて、人生も収納」とvolume downに、「約束をしようずっときっと忘れないように」とジュディマリに、「愛が勇気にかわって僕は生きていかなきゃねー」と前野健太に、「笑ってやるから、俺が」とオーケンに、「あいつらにだー!」と大槻ケンヂと絶望少女達に、歌う、その声が聴きたくて。もしもし?「うわ、生きてる!」知らない番号から電話がかかってくる。え、生きてますけど、「え、うそ、ふつうに死んでるかと思ったー」、つうか誰すか、「なんで生きてんの」、は?「は、じゃなくて、死なないの?」、死なないっすけど、「そっかー死なないのかー」、つうか、なんで残念がるの、「え、だって、さみしいじゃん」、なにが、「あ、なんでもない」、なんすか、「いや死になよ、死んでほしいんですけど」、つうかお前誰だよ、「あのさ、電話がさ、かかってくるじゃん、今みたいに」、うん、「で、さ、そうすると、聴いてた音楽が途切れるでしょ、それむちゃくちゃやだよね」、いやだね、「特に今みたいに、泣きながら、いやちがうか、泣くために聴いているときの音楽が私みたいな、あんたに対する明確な悪意をもった人間からの電話によって、大好きな音楽が途切れたときの不快感たらないよね」、ないよ、「むかつくでしょ」、わかってるならやめてくださいよ、「なんだ、むかつくのか」、だからむかつくっての、「むかつくなら生きるしかないね」、は?「いや、むかついたまま、死ねないでしょ」、なにいってるかわかんないんですけど、「むかついたまま、死んだらダメだよ、絶対に」、むかつかなくなったって、死なないけど、「え、やっぱ、生きるの?」、どっちだよ、「知らないよ、自分で決めなよ」、だから生きるっての、「でも死ぬのもそれなりに楽しいけどねー」、え、そちらさんは死んでいる?「まあどっちかっていうと」、なんだよそれ、「むかしさ、つうか、小四ぐらいのころ、なんか星座にはまってたじゃん」、よくしってんね、「あの、変な星座早見表みたいな、皿みたいなのもって、よく外に出て、星見てたよね」、田舎だから結構見えたんだよ、星、「星座もいっぱい覚えて」、かみのけ座とか、意味不明だよな、「ちょうこくしつ座、とかね」、うん、「だからさ、そういうの、またやりなよ」、星座を覚える?「や、別に星座は覚えなくてもいいと思うけど、ってか、君さ、漢字検定準一級持ってるじゃん?」、もってるけど、なにいきなり、「でもこないだ、京都漢検ミュージアムいったとき、二級すら全然とけなかったっしょ」、いやほんと、十点問題を七点しか取れなくて、マジかよって、「しかもさ、君さ、前にいた中学生くらいの男の子のカンニングしたよね」、したした、「したけど、それが間違ってたんだよねー」、そうそう、って、いま君って呼ばなかった?「いや呼んでないけど」、いや呼びましたよ、日記だから読み返せばわかるよ、「……きもいんだけど」、すいません、「つうか日記じゃないじゃん、全部架空じゃん」、そうっすね、「……だからさあ、また漢字の練習するんでもいいし、なんか大人が復習するための問題集とか、別になんでもいいんだけど、いろいろとやってみたらいいと思うんだよ」、なんで?「気が紛れるから」、酒飲むのは?「紛れてないじゃん」、まあね。日記書くのは?「日記は、なんかエモいっつうか、きもい文章になるじゃん、今の状態で書いたら」、でも日記って、いっても、だから架空ですけど、「架空だけど、気持ちは感情は架空じゃないじゃん」、まあ、「じゃあね」、え、もうおわり?「だって、話おわったし」、つうか、どちらさん?「どちらさんがいい?」、その問いの意味がわかんないんだけど、「誰でもいいんだよ、今そちらさんがいちばん憎んでいる人の電話だと思ってよ」、どういうこと、「いなくなるから」いなくなる?、「いなくなるから」いなくなるその人から、悪意に満ちた電話がかかってきたときに、聴いていたのはハイロウズ、「月光陽光〜なんて力強く〜」と歌ってほしいと。


 引き続き、夜を歩く。警察のチャリがびゅーんと走っていく。職質をされたことはまだない。コンビニがあると立ち寄る。ファミリーマートチップスターを買えば、一度に三枚とか四枚とかつかんで、いっきに食べてしまう。セブンイレブンに入ると、ずっと夢を見て〜今も見てる僕は〜みたいな歌詞が乗っているハズのメロディが聞こえてくる。トイレを借りるついでに、イチゴ・オレを買う。ちょっと飲んで気持ち悪くなって捨てる。深夜のローソンにからあげ君の姿はない。Lチキも。だからなにも買わない。音楽を。新しい音楽を。「どっかいっちまえばいいーおーいぇーあははー」とミッシェルガンエレファントに、「オレはやよいちゃんが好きです、やよいちゃんに捧げます」というMCを聴くためにナンバーガールを、「Just waiting for the little Bustersあういぇー」とピロウズに、「あの頃僕らはサーカスにいた〜愛したねお互いね〜みんな幸せになれると思ったね〜だけど死に行くね〜」と筋肉少女帯に、「幸せ悲しみ全部とてもオレにはもちきれないよ」とdr.downerに、「ネッカチーフの鮮やかな朱い色〜」とオザケンに。奮い立つ、生きていけそうな気がする。なんどでもそうやって思ってきたことを思い出す。じゃなかったらいまこうやって生きていない。「いや、でも、それってやっぱ勘違いっていうか、錯覚ですよね」「え、そうかな」「そうっすよ」「厳しいなあ」「どこが、ゲキ甘じゃないすか、生きさせてもらってるだけでも」「えー」「ってか、高校の頃、音楽をカセットテープで聴いてたことありましたよね?なんか電気屋で安いカセットウォークマン、みたいの買って」「うん、MDぶっこわれたから、百均でテープ買いまくって」「なんか、いつもでかいリュックに三十本くらいテープ、入ってましたよね」「そうそう」「ウケますね」「ウケる?」「でも今はアイフォーンとかに何万曲とか入っちゃうじゃないすか」「俺のは三千曲ぐらいしか入ってないけど」「でもカセット三十本分より、断然入ってますよね」「そうね」「ちょっと、試しにシャッフルで再生してみてくださいよ」「なんで」「いいから」「え、なんか目がこわいんだけど」「寝てないんすよ」「じゃあ寝てよ」「まあまあいいじゃないすか、シャッフルしてくださいよ、あとでポテトとかおごるんで」「サイズは?」「Lでいいっすよ」「えーなんかこわい」「死にたいの?」「…………トラック28、だって」「うわ、ひく」「え、なんでよ」「だって、それって、あれですよね、たしか、一昨年、ボーナスで奮発してベース買ったときに、ついでに買った教則CDの音源ですよね」「そう、だけど」「あーやっぱりな、ウケる」「なにがよ」「だから、そうなんですよ、結局」「だからなにが」「トラック28なんですよ、あんたの人生は、人生っていうか、存在価値?」「意味わかんないんだけど」「あんたはさっき、自分で好き放題にいい感じの、というか、正直きもいけど、まあでもその感傷的な気持ちにあわせて、好きな曲を掛け放題にしていたじゃないすか」「だからなに」「身の程を知れ」「え」「そんな素晴らしい曲に見合うだけの人間じゃないんですよ、あんたは」「なんで、好きな曲聴いてなにがわるいの」「でも、シャッフルしたらトラック28じゃん」「いやだってシャッフルだし」「なにそのトラック28って。どういうフレーズですか。ジャコ風?マーカスミラー?クリスチャンマクブライド?フリー?スティング?」「いやトラック28としか書いてないし…………」「ね。だから、そもそもどういうフレーズの練習なのかすら、わからない。ただ単調なリズムとキーボード和音がちゃっかちゃか鳴っているだけじゃないすか」「いやだってそういう音源だし、つうか、好きな曲聴いて、エモったりしてどこがわるいんだって」「うるせえよトラック28死ね」「いやだから」「三千何曲とか入ってるならたいして好きでもない曲とか、入れたけど一度も聴いてない曲とか、出てくる可能性だってなきにしもあらずだよ。でも、そんな三十数秒で終わってしまうトラック28とかいう、感動的な言葉もかっこいいギターフレーズもない、からっぽの、音楽とも呼べないようなものを選び取ってしまうことがお前の……」


 増えた体重がむかつくのだとしたら、体重計を投げる可能性もある。投げれば、体重計は壊れてしまって、実際よりも十キロ以上痩せているような表示を出してくれるかもしれない。余計なお世話だ。中央線に乗って、仕事へ行く。総武線に乗って仕事に帰る。また次の日に中央線に乗って仕事へ行く。体重計が壊れているのなら、仕事の帰りに吉祥寺ヨドバシカメラで新しい体重計を買わねばならない。家に帰ってすぐに体重をはかる。今度は、体重計を投げた日から三キロぐらい痩せている、ということもありえる。それがなぜかしゃくにさわって、また投げてしまいそうだとして。拾って、もう一度計る、さっきと同じ体重を示すから壊れていないのだとしたら、雨戸をあけて家の前の草むらに捨てる。友だちに電話をかける。取らないが、すぐに「この電話番号は、現在使われておりません」というメールが届く。いまも短歌をやられているのか存じないけれど、市川周さんという人の短歌が好きだった。「午後の右翼手」という連作が。老将の静かな夢にふれぬよう耳をそよがせ称えあう犠打。冷蔵庫をあけて、まだ賞味期限に余裕がある豚バラ肉を焼かずに、ちょっと切って食べたら、どうだろう。救急車にのると、簡単な足し算をさせられる。公文式をやっているので、意識がもうろうとしていても、余裕だった。今はなんがつ何日か、ということ、あと名前も聞かれて、むしろそちらのほうこそ、忘れてしまいそうになる。というか、忘れたくなる。だから、名前を聞かれて、答えるのに躊躇した、かもしれない。そんな名前の自分ではなくなりたくて。どうしたらこれ以上、傷つかないで生きていかれるのか、「要するに人を傷つけないよう心がければいいのだ」。死んでしまった友だち、生きているけれどずっと会っていない友だち、しょっちゅう会っていたけれど、そのうち会えなくなるだろう友だち。こんなことになりたくなかった。なんでこんなふうになってしまっているのか。体重計を買った日の次の日、仕事をやめる、ことができるだけの経済力があったら、なあ。いつでも好きなだけ、お金を使うことができたら、なあ。ハロースクール、バイバイ。野方屋でバイスサワーを、ヨーグルトハイを、クエン酸サワーを飲みながら、とりわさ、ハムキャベツなどを食べているさなか、また知らない、音楽を中断させたのとは別の、電話番号からの着信がとどく。会計を済ませてからかけ直す。「あの子とは、どんな話をされたのですか」「いやなんか、むかついてるなら生きろ、みたいなことを言われたんすけど、」「ほかには?」「えー、音楽を聴いているときにかかってくる電話はむかつくでしょ、みたいな」「あとは?」「なんだ、また漢字の練習すれば、みたいな」「あの子の部屋にあるCDラジカセを開けたら、盤面にね、直接マジックかなにかで、生きる!なんて書いてあるCDが入ってたんですよ」「ほう」「「ほかにも、泣く!とか踊る!とかテンション上げる!とか、そんなCDが色々見つかって」「ちょっと面白いですね」「面白くはないですよ」「すいません」「面白いわけないでしょ」「ごめんなさい」「で、あなたは生きるの」「さあ」「さあじゃなくて」「すいません」もう十月も終わる。十月だけでなく、いろんなことが終わった。終わりは終わりであって、なにかの始まりでは、ない。この先、生きていけるんだろうか。どうしたらいい?