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スローボートからのつぶやき

2018-12-11

引っ越しのごあいさつ

ブログが利用させていただいている「はてなダイアリー」について、「はてな」より2019年1月28日をもって「はてなダイアリー」の記事の更新を停止する予定で、「はてなブログ」に統合しますとのお知らせがありました。

したがいましてこのごあいさつをもちまして「スローボートからのつぶやき」を終えることとします。同時に「はてなブログ」に引っ越しブログ名も「遅船庵雑録」(http://nmh470530.hatenablog.com/)と改め、気分も新たに記事を書いてゆきます。

これまで同様ご覧いただければさいわいに存じます。

2018-12-10

根津権現のベンチ

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木下順二本郷』(講談社文芸文庫)を再読した。一九八三年に講談社から刊行された初版の単行本から数えて三十年余りが経つ。書名の『本郷』は昔の本郷区小石川区の全域を指していて、現在の地理上では文京区にほかならないが、作者は安っぽいネーミングだとおかんむりだ。

はじめて本書を読んだときわたしは本郷の住人ではなかったが、いまはここに住んでいて、あらためて読み直してかつての姿や現在も残る光景が作者の思いとともにひとしお身近に感じられた。

永井荷風が「私は東京中の往来の中で、この道ほど興味ある処はないと思つてゐる」(『日和下駄』)と書いた藪下通りは木下順二にもお気に入りの散歩道だった。団子坂上にある森鴎外の観潮楼から下って藪下通りの行き着く根津権現裏門をはいる。そこは「仕事がひとっ切りついた夕方など、権現さまのふところ深い境内の石のベンチに何を考えるともなく坐っていると。これがこの世の至福というものであるかという気のすることがある」ところだった。

2018-12-06

「裏町人世」

淀川長治さんはときに「日本映画って、何を観ても貧乏臭いのね、衣装も三流だし……」と語っていた。そのときわたしがきまって思い出すのが太宰治の「弱者の糧」というエッセイだった。ここで太宰は、日本の映画は多く敗者の心を目標にして作られていて、そのメッセージは諦念であり、つつましさへの安住であると論じた。

文章を精読する習慣があるから字幕を読みとるのに骨が折れる、近眼なのに眼鏡をかけていないから余計に疲れてしまうと太宰は洋画を好まなかった。くわえて、映画館へ入るときは心が弱り敗北感にある状態なのでどんな映画でも骨身にしみると書いていて、「貧乏臭い」のをなぐさめてくれる日本映画を贔屓にしていた。映画でも観ようかと映画館に足を運ぶ観客は無気力な敗者の溜息をひそませているというのが太宰の観察で、淀川批判した日本映画の貧乏臭さを太宰は弱者のなぐさめという点から考えていたのである。

そこで太宰に導かれて歌謡曲の世界に目を移すと、こちらにも貧乏や負け組の心情を歌った佳曲がずいぶんあることに気づく。たとえば大正時代の「船頭小唄」、昭和戦前の「赤城の子守唄」「名月赤城山」「流転」「裏町人生」「大利根月夜」、戦後の「星の流れに」「圭子の夢は夜ひらく」などなど。

平成のうた事情はまったく不明で、わたしが知る貧乏・負け組歌謡の最新ヒット曲はさくらと一郎の「昭和枯れすすき」である。レコードの発売は昭和四十九年(一九七四年)七月だから、最新のなんていうのはおこがましいけれど、そのあと、この種のヒット曲は思い当たらないのは、おそらく日本人のメンタリティの変化や経済成長の余得が作用しているのだろう。

貧乏・負け組歌謡を意識したのは中学生のときで、歌詞を引くと東海林太郎「名月赤城山」のなかの「意地の筋金 度胸の良さも いつか落ち目の三度笠 言われまいぞえやくざの果てと 悟る草鞋に散る落ち葉」と田端義夫の「大利根月夜」にある「愚痴じゃなけれど世が世であれば 殿の招きの月見酒 男平手ともてはやされて 今じゃ 今じゃ 浮世を三度笠」が琴線に触れた。

どうして惹かれたのかはよくわからないが、学校の成績の低空飛行が多分に影響しているような気がしないでもない。

まもなく知ったのが昭和十二年(一九三七年)に上原敏と結城道子のデュエットでヒットした「裏町人生」で、これが貧乏・負け組歌謡のなかのわたしの最高珠玉の一曲となった。

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裏町にこぼれ陽はさすけれど、こぼれ陽のごとき薄情けはお断りと男が世間に背を向ければ、誰に踏まれて咲こうと散ろうとわたしの勝手、渡る世間を舌打ちで、すねて生きるのがなぜ悪いと女が開き直る、というのが歌詞の肝で、ここにあるのは恋の破綻に特化したうらみつらみではなく、そのことも含むこれまでの人生すべてにわたる敗北と挫折と零落である。にもかかわらず男と女の心の底には薄情けを拒否する矜持と、舌打ちしながらも生き抜こうとする意地とが見えていて、凡庸な嘆きの歌との決定的な違いを示している。

昭和戦前のモダンで華やいだ東京謳歌した藤山一郎の「東京ラプソディ」は「裏町人生」の前年昭和十一年にヒットしていて、両者は陽画と陰画の関係、「東京ラプソディ」を反転させたとき浮かび上がるのが「裏町人生」である。

歌手の人生も対照的だった。藤山一郎(1911-1993)は戦後も長きにわたり活躍し平成四年(一九九二年)には国民栄誉賞に輝き、他方、上原敏(1908-1944)はスター歌手としての地位を確立しながらも戦時の慰問でだんだんと健康を害して多くの薬を常用するようになり、昭和十七年に応召、二年後の昭和十九年にニューギニアで戦死した。

積極的な慰問活動の実績や三十歳を過ぎての召集には不可解な面があり、のちに上原の本名を松本力治と知らなかった秋田県のミスであったことが判明した。

また上原とおなじ明治四十一年(一九0八年)生まれの結城道子は「裏町人生」のヒットのあとも「愛国行進曲」「純情月夜」その他をポリドールに吹込んでいるもののそこから先は不明で歿年はいまもってわかっていない。

永井荷風は『断腸亭日乗』でときどき歌謡曲に言及していて、からかい気味を装いながらも、真に風紀を乱すのは官憲が取り締まる流行歌ではなく、廉恥心なき政治家や軍人政府の横暴、社会公益に名を借りて私欲をたくましくする偽善であるとした。今西英造『演歌に生きた男たち』(中公文庫)によると、歌謡曲に人なみ以上に関心を持ちながらも人前で歌うことのなかった荷風が少し酩酊気分になると小声で歌ったのが「裏町人生」だった。

*「裏町人生」

作詞:島田磬也

作曲:阿部武雄

2018-11-25

「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」。

この秋、はじめて柿を食べた。鰻の蒲焼と聞くと斎藤茂吉を思い出すように、柿となれば正岡子規だ。そこで夏井いつき『子規365日』を開いてみたところ十月八日と九日と続けて柿の句があった。

「句を閲すラムプの下や柿二つ」

句を見終わったら食べようと置いてある柿なのだろう、ランプの光に映える柿はひとつではさびしく、二つは柿好きの俳人にふさわしい。

「カブリツク熟柿や髭を汚シケリ」

夏井さんによると、これほど好きな柿なのに子規は胃痛で止められたことがあり、そのとき詠んだなかに「側に柿くふ人を恨みけり」の一句がある。かたわらで柿食う人を逆恨みするほどの柿好きだった。

また同書十一月九日にも「詩一章柿二顆冬の夜は更ぬ」が採られている。

一と二をセットにした有名な警句斎藤緑雨の「筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし」があり、皮肉とユーモアが巧みにブレンドされた味を醸し出している。いっぽう子規の句には冬の夜に好物の柿を食しながら詩を案ずるほのぼのとした姿と詩一章、柿二顆の数詞に暖かなユーモアが漂う。

坪内稔典季語集』によると明治四十五年の調査では全国に九百三十七種の柿があった。わが町、わが村が自慢の品種を育ててきた地方品種から改良され、商品化されたひとつに富有があり、明治三十六年に登場した。子規は明治三十五年(一九0二年)九月十九日三十四歳で歿したから富有は口にしていない。

「里ふりて柿の木持たぬ家もなし」(芭蕉)。大きな木にすずなりの柿がなっているのはいかにも日本の秋らしい光景だ。「小さい秋」じゃなくて、秋の深まりとともに見えてくる景色。

いつか見た風景のはずだが目にしなくなって久しい。ひょっとして谷内六郎の絵などを通して懐いたわたしの幻想に過ぎないのだろうか?

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2018-11-20

『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』

時を忘れて没頭し、頁を繰る指に力がはいる。至福の読書であり、もしもこれがミステリーであればわたしはもうひとつスピード感をくわえよう。

例外を認めたうえであえて言う、しばしば滞って軽快に運ばないミステリーは困ったものだ。その点でA・J・フィン『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』(池田真紀子訳、早川書房)は申し分なく、上下巻およそ六百頁をグイグイと四日間で読んだ。

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三十八歳になる精神分析医のアナ・フォックスはニューヨークのハーレムにある高級住宅街に建つ屋敷に、この十か月間一人でこもって暮らしている。広い場所に出ると恐怖や不安を誘発する広場恐怖症のせいで外へ出られない。精神障害を患う精神分析医が慰めにしているのはアルフレッド・ヒッチコック作品をはじめとするサスペンス映画とワイン、そしてカメラでの隣近所の覗き見だ。

ある日、彼女は新しく越してきた家庭の主婦が刺される場面を目撃し、警察へ通報する。ところが現場に事件を裏付ける物証はなく、またその一家に異変は認められなかった。アナは、刺されたなんてとんでもないという隣家の主婦ジェーンラッセル(「紳士は金髪がお好き」でマリリン・モンローとコンビを組んだ女優と同姓同名)は、カメラを通して見たジェーンとは異なっていて、別人がすり替わっていると訴える。しかし警察はアルコール依存症と服薬がもたらした妄想と相手にしてくれない。

ほんとうに妄想だったのか。でも警察に通報した数日後に、就寝中のアナの姿を撮った写真が匿名のメールで送られてきた。それは妄想ではなく現にパソコンにある。誰かが寝室に忍び込んで写真を撮ったのだ。これは女を刺したと見たことと関連していると考えざるをえない。

彼女は真相の究明に向かっていく。一室に閉じこもりながら。

ここまででおわかりのように『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』はコーネル・ウーリッチの「裏窓」とこれを原作とするヒッチコックの同名の映画の変奏曲であり、ミステリー・ファンはウーリッチとヒッチコックが提出した主題がどのような変化を施されていまに甦るのかをひたすら追う事態に陥る。こうしてどちらかといえば遅読に属するわたしの頁を繰るスピードは速まり、トップスピードで疾走したのだった。

アナが患ったについてはどのような事情があったのか、彼女の閉じこもりを機に別居したという夫と長女はどうしているのか、越してきたラッセル家の夫婦と長男はどのような人たちなのか、そして女を刺したと見たのはほんとうに妄想だったのかといった謎が「裏窓」のコード進行に則りながら奏でられ、解き明かされ、そこにサスペンス映画についてのアナのモノローグという素敵なオブリガートが付けられる。

上巻巻末にリストアップされた、本書に登場する映像作品は「陰なき男」(1934年)や「バルカン超特急」(1938年)の昔からいまの「ダウントン・アビー」や「グッド・ワイフ」まで六十二作品、一読後、映像作品の箇所を追ってみるのも一興だろう。