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スローボートからのつぶやき

2017-11-15

二度目のトルコ(其ノ一)

十月十五日から二十四日にかけてトルコを旅した。旅程は成田空港からからドーハ経由でイスタンブール、そうしてトロイ、アルワイク、エフェソス、パムッカレ、コンヤ、カッパドキアアンカラを廻りふたたびイスタンブールへ。帰路もドーハ経由で成田へ向かった。二0一四年につづく二度目のトルコで、コースもほぼおなじだった。セキュリティ、政情ともに不安いっぱいで、とくにイスタンブールでは二0一五年以来何回か自爆テロが起こっている。それを承知しつつもイスタンブールやカッパドキアの魅力が忘れ難くリピーターとなった。以下はそのかんの記録です。

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イスタンブールへ到着。すぐにアヤソフィアスルタンアフメト・モスク(ブルー・モスク)に向かった。前回と異なりトプカプ宮殿の宝物館は工事中で入れなかったが、この宮殿から眺めるマルマラ海の光景は宝物館に比肩される魅力がある。

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テロ防止と治安維持のため軍と警察を多数動員しているのは見た目にもわかる。現地ガイド氏は、私服警察官も多く、安全性は最高度に達していると胸を張った。とはいってもまだまだ観光客の戻りは悪く、とくにヨーロッパからの観光客が減少している。エルドアン大統領の強圧的な政治姿勢への嫌悪も作用しているのはガイド氏も認めていた。いっぽう中国台湾香港からの客は増えていて、行く先々でこれら地域からの団体といっしょになった。

夕刻グランドバザールに寄り、そのあとホテルへ。

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ゲリボル港からカーフェリーに乗っておよそ二十分かけてエーゲ海を渡りラプセキ港へ着き、そこからバスでトロイ遺跡に向かった。ホメロス叙事詩イリアス』にあるトロイは伝説上の都市とされていたが実在の都市と信じたシュリーマンの遺跡発掘によりそのことが証明された。はじめて集落ができたのが紀元前3000年頃。その後、繁栄と没落が繰り返され九つの時代の層が重なりあい、いまも発掘がつづいている。

エーゲ海を眺めながらの夕食は贅沢な時間だった。

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エーゲ海に沿ってバスでエフェソスへ向かった。ギリシァ時代の小アジア最大の都市国家は夾竹桃の花で迎えてくれた。当地の主神アルテミスに捧げられたアルテミス神殿アテネパルテノン神殿をしのぐ大神殿と伝えられている。二万五千人収容のスタジアムや図書館の遺跡は保存状態がよく、かつての繁栄を偲ばせてくれる。

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ローマ帝国の頃からのリゾート地パムッカレ(トルコ語で綿の城の意)はトルコ有数の温泉地であり、真っ白な石灰でできた段丘が幻想的空間を生んでいる。石灰棚を裸足で歩き、一段落して足湯に坐ると心地よい。

友人からFacebookに「以前は水着を着て湯浴みができたのですが、いまは禁止みたいですね。やはり、こことカッパドキアは印象が強いです」とお知らせがあった。

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午後はコンヤへ行きインジェミナーレ神学校とメヴラーナ博物館を見学。

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