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北海道大学大学院理学院 科学技術コミュニケーション研究室

2016-09-20

夏の集中演習(合宿)

9月17日(土)、18日(日)の2日間、札幌市南区定山渓温泉に合宿し、論文ゼミ恒例の夏期集中演習を行いました。この合宿は今年で5回目ですが、定山渓での開催は初めてです。大学院生やCoSTEP研修科生、私たち教員も合わせて9人が参加しました。

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今回は研究報告が3本で、例年よりも時間にゆとりがありましたので、冒頭3時間ほどかけて、参加者全員が10分ずつくらい、今、自分が取り組んでいる科学技術コミュニケーションの実践や研究などについて共有する「オープニングセッション」を設けました。参加者全員の実践や研究を一覧する機会はめったにないことで、ここで問題意識を共有できたことにより、その後の議論も深まったように思います。

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勉強している様子を撮り忘れましたが、これは晩ご飯の写真です。今回の合宿は、定山渓温泉にある企業の研修保養施設を利用しました。設備も新しく、ご飯もおいしくて非常に快適でした。お世話になった施設の皆様、ありがとうございました。

肝心の研究報告は

  • ある国立大学でサイエンスカフェを継続して開催しているグループに密着したインタビュー調査の報告
  • 歴史文化施設の活用促進とファンドレイジング
  • 科学技術コミュニケーターとしての「家庭医」

の3本でした。それぞれ1、2時間ずつ時間をとって報告および討論を行いましたが、いずれも現場での調査・実践を踏まえた具体的な中身のある報告で、討論も充実したものとなりました。

18日昼すぎに演習は終了し、その後、都合がつく人はエクスカーションとして近くの定山渓ダムを見学しました。堤高117.5メートルの重力式コンクリートダム(コンクリート自体の重さで水を支える形式)を見上げる位置に公園があり、なかなかの迫力です(冒頭の写真)。

敷地内にある資料館も見学しました。ダムの構造の解説のほか、治水と上水道、発電の三つの目的を兼ねたダムであることに合わせて、洪水や上水道に関する展示、電力についてのクイズや解説パネルもありました。1981年(昭和56年)8月に石狩川流域で起こった大洪水のことを始めとして、色々と勉強になることの多い展示でした。

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2016-09-06

日韓ワークショップを開きました

ご報告が遅れましたが、7月29日に北海道大学で「科学技術への市民参加に関する日韓ワークショップ(Japan-Korea Exchange Workshop on Public Engagement in Science and Technology)」を開きました。

韓国側からは韓国カトリック大学のイ・ヨンヒ教授(社会学、同大学科学技術と民主主義センター長)ら5人、こちらからはCoSTEPのスタッフと私、あわせて6人が出席しました。双方から、合わせて5本の報告を行い、ディスカッションしました。

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イ教授らは、1990年代から Center for Democracy in Science and Technology(CDST)というNPOを拠点として、GMOクローン技術、原子力に関するコンセンサス会議を開くなど、科学技術への市民参加の取り組みを進めています。実社会の課題を取り上げて対話の場をつくってきたCoSTEPの活動とも共通する部分が多く、互いにかみ合った意見交換となりました。

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同時に、日韓の経験には重要な点で違いも見られました。科学技術への市民参加や科学技術コミュニケーションの活動を進める上でのNPOとの協働のあり方や、科学技術への市民参加の取り組みが生まれてきた政治的な背景の違いなどは、中でも重要な点として印象に残りました。これらの違いをよく理解することは、お互いの今後の活動にとって有益であることはもちろん、それ自体が大事な研究テーマでもあると思われます。

今回はイ教授らが北海道大学を訪問されるのに合わせて、急きょ開催する形となりましたが、今後も機会を見つけてこの交流を続けていければと考えています。

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Japan-Korea Exchange Workshop on Public Engagement in Science and Technology

Date

July 29, 2016

Venue

4th oor, Multimedia Education Building, Hokkaido University North 17, West 8, Kita-ku, Sapporo, Hokkaido | 北海道大学情報教育館4 階共用多目的教室(1)

Coordinators

Jik-Soo KIM, Chung-Ang University, Korea; Naoyuki MIKAMI, Hokkaido University, Japan

Presentations
  1. Young Hee LEE, “Technology and Citizens: A Case of the First Citizens’ Jury in South Korea”
  2. In Kyoung CHUNG, “World Wide Views on Climate and Energy 2015 in Korea as a Global Deliberative Governance”
  3. Takeshi TANEMURA & Kiyoshi FURUSAWA, “A Talk about CoSTEP”
  4. Hyun Jung PARK, “Possibility of Art Science Workshop:A Case of Children’ s Project in CoSTEP”
  5. Naoyuki MIKAMI, “ A Case Study of Energy Choice Deliberative Polling (DP) after the Fukushima Accident ”

2016-08-21

「順応科研」のウェブサイトがオープン

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北海道大学大学院文学研究科の宮内泰介教授が代表を務める、順応的ガバナンス(adaptive governance)に関する研究会に2012年から参加していますが、この研究会で今年度から4年間の予定で、科研費の新しいプロジェクト(基盤研究(A)「不確実性と多元的価値の中での順応的な環境ガバナンスのあり方についての社会学的研究」が始まりました。

先日、総勢24人からなるこの共同研究プロジェクトのウェブサイトがオープンしました。

http://junnno.jimdo.com/

7月に東京で開催されたキックオフ研究会の様子が、さっそく動画付きで(!)報告されています。私も、これからの4年間でやりたいことを(やや放談気味に)決意表明しています。

今後も、年に数回開かれる研究会の様子を中心にこのウェブサイトから情報発信される予定です。ご注目ください。

2016-08-08

フィールドワークに映像を使いたい

私の現在の研究テーマの一つに、自然環境の保全・再生・利用に関する協働のしくみ(環境ガバナンス)を、地域におけるフィールドワークの中から考える、というのがある(詳しくは研究内容のページをご覧ください)。自分の中の大まかな系統で言うと、大学院博士課程時代に東京湾三番瀬でやっていたタイプの研究で、北海道大学に就職してからはしばらくはあまりできていなかった分野の仕事である。今から4年前、文学研究科の宮内泰介さん(環境社会学)の主宰する研究会に入れていただいたのをきっかけとして、ふたたび取り組むようになった。

この研究会では、今年4月から新たな科研費のプロジェクトが立ち上がり(=要するに新たな研究資金を獲得したということ)、若干のメンバー交代などもあったので、そのキックオフ的なミーティングが7月下旬に東京で開かれ、私も出席してきた。この研究会には、いつも首都圏も含め全国から研究者が集まるので、全員にとってアクセスが良い場所ということで、北海道ではなく、たいてい東京駅前のオフィスビルの中にある北海道大学東京オフィスが会場となる。今回もそこが会場だった。

その日は20人ぐらいが集まり、朝10時から夕方まで、2020年春まで4年間の新プロジェクトでどんなことをしたいかという大ブレーンストーミングをした。私も、手堅いものから思いつきに近いものまで、いくつかのアイデアを出したのだが、そのうちの一つとして、地域でのフィールドワークに映像を使ってみたい、というものを含めておいた。

私たち共同研究者が、それぞれの調査地での出来事をビデオカメラで撮影し、それらを共有・集積したら面白いのではないか、という思いつきである。それ自体がこの時代に同時多発的に起こっている、各地での順応的な環境ガバナンスの実践に関する貴重なアーカイブを構築することつながるのではないか。私自身はビデオカメラによる撮影や、映像制作などについては全くの素人であるが、ここ1、2か月ぐらい、自分の授業でビデオカメラを使う機会がちょくちょくあり、それが意外と楽しく、「映像を使いこなすことができたら、環境社会学のフィールドワークの幅も広がるのではないか」と素朴に考えたのである。

フィールドワークへの映像の活用は、文化人類学や社会学などですでに色々と取り組まれていて、参考になる本も出ている。私が今回、このようなことを思いつくにあたっては、下記のような本を参考にさせていただいた。まだきちんと読み込めていないが、これからこれらの本も参考にしながら、映像を活用したフィールドワークにチャレンジできたらと思っている。

2016-08-03

第6回「JJSCを読む会」の報告

先月発行された雑誌『科学技術コミュニケーション』19号の合評会(JJSCを読む会)を、7月26日(火)夜、北海道大学情報教育館4階共用多目的教室(1)で開きました。この合評会は『科学技術コミュニケーション』に掲載された論考をもとに、さらに議論や交流を発展させる目的で、有志で構成する実行委員会が、理学院の科学コミュニケーション講座やCoSTEPの協力を得て開いています。2013年に始まって今回で6回目です。

今回対象の19号には、今年3月に開かれた「デュアルユース」に関するシンポジウムを再録した小特集のほか、自由投稿による5本の報告と1本のノートが掲載されています。合評会ではこの中から、次の3本の報告を対象として議論しました。各論考について、あらかじめ決めておいた評者がレジュメを使って10分から15分ほどで内容を紹介し、その後、参加者全員で議論するというのを繰り返しました。以下、私の個人的な感想も交えつつのまとめになりますが、合評会での議論の内容をご報告します。

*以下のコメントは、合評会当日の議論をもとに三上が独断で作成したものであり、一切の文責は評者の皆さんではなく私にあります。

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1. 加藤俊英・標葉靖子「科学コミュニケーション入門としての大学公開講座の可能性:「高校生のための金曜特別講座」参加者のセグメンテーション分析」(pp.17-29)【評者:小坂有史さん】

東京大学教養学部で実施されている高校生向けの公開講座の参加者に対する質問紙調査の報告である。参加者した高校生を、科学・技術系、社会・文化系への関心の度合いによって四つの層(セグメント)に分類し、各層の講座に対する評価を分析した。その結果、科学技術への関心があまり高くない層も参加者に含まれていることや、その種の参加者にも科学技術に関する講義内容がある程度は理解されていることが示された、という。ここから著者らは、大人数制の大学公開講座には、科学技術に対して高い関心を持たない高校生に科学コミュニケーション入門を提供する可能性があると主張する。

大人数制の大学公開講座を科学技術コミュニケーションの観点から捉えるという切り口は、私自身、大学公開講座の企画運営に携わっているから、とても興味深かった。合評会参加者からも「大人数制の講義のような“一方通行型”と言われるような活動にも、科学技術コミュニケーションとしての役割があることを明らかにした点が意義深い」などの意見が聞かれた。また、参加した高校生の親から自分も参加したいという問い合わせがあったとの記述に、「高校生が家族の会話の話題に取り上げていることや、そこから親にも関心が広がっているのが面白い」という意見もあった。

研究方法や結論をめぐっては、次のような指摘もあった。

  • もともと一般向けにつくられた層別(セグメンテーション)の尺度を、知識も関心も成長途上にある高校生に当てはめることは本当に適切か、疑問を感じた。
  • 今回の参加者から、どこまで「高校生」一般に関する知見を引き出すことが可能か。都内の高校に通う、しかも東京大学の公開講座に参加するような高校生であるという偏りに留意する必要がありそう。
  • 最終的に何を目指しているのか、つかみにくいところがあった。著者らが目指す科学コミュニケーションとはどのようなものであり、大学公開講座の企画運営においてどのような要素を増やせば、その方向に近づくのか。そうした方向に展開する方が、参加者の層別分析などを行うよりも有効だと感じた。

今回の合評会では、内容紹介も合わせて1論考につき30分程度を予定していたが、(司会の私の不手際もあって)この論考だけで1時間にも及んでしまった。いろいろな意味で議論を喚起する論考だったと思う。

2. 辻野昌広ほか「市民参加による生物モニタリングが参加者の学びと地域への関心に及ぼす影響:チノービオトープフォレストにおける事例紹介」(pp.43-56)【評者:岡崎朱実さん】

民間企業の敷地内に設けられたビオトープでの自然観察会に生物モニタリングの活動を導入し、主催者とインタープリター、参加者の間のコミュニケーションや学び合いを促進しようとする試み。今年2月に著者らが実施した観察会(カマキリの卵塊調査、ヤゴの捕獲調査を含む)に際して行った参与観察を報告している。カマキリやヤゴの調査結果をインタープリターと参加者の共同作業によってその場で共有することで「受け身ではない学び」が実現した、という。モニタリング結果を参加者へフィードバックすることで、地域や科学への関心を高めたり、ビオトープ再訪のきっかけをつくったりする効果もあったのではないか、とも述べられている。

ディスカッションでは、まず著者らが実施した自然観察会の方法上の工夫に注目が集まった。

  • ポスターを使ってまとめるなど見える形を使って、その場で結果を共有するという観察会の手法の工夫が参考になる。
  • モニタリングを、研究者だけでなく地域の人の目でやるということには大きな意義があると思う。ただ、すべてを1日でやるプログラムなので、参加者にとっては咀嚼の時間が足りないかもしれないと思った。
  • 二つの調査活動の前にそれぞれ5分ずつ説明とデモの時間があったというが、5分の説明ではなかなか意義は伝わらないかも。

これらの意見と並んで「参加者にとって、その後、本当に実践的なアクションに結びつくのかについては、まだ十分な説得力は感じられなかった」というコメントもあった。その他、参与観察の方法や論考のまとめ方について、次のようなさまざまな角度から感想や意見が出された。

  • 参加していなかった人に「良いイベントだった」ということが伝わるように書くのは本当に難しい。アンケート結果を、表の形で一人ずつ分かるように示しているのは良い形だと思った。
  • 観察会の中でのおしゃべりを丁寧に拾って、ファシリテートしていくと面白くなりそう。報告する際にも発話を丁寧に拾うことで、観察会の良さがもっとよく伝わるようになると感じた。
  • ビオトープの設置者である会社の経営側の反応や意識の変化なども把握できると、さらに広がりが出て面白いと思う。
  • 参加者にとっての環境学習と、生物モニタリングへの市民参加のどちらが中心なのか。どちらも大事、ということなのかもしれないが、科学に貢献するということは科学コミュニケーションの本質ではないはずで、話の重心がどこにあるのか、わかりにくい感じもした。

環境社会学にも隣接する話題であり、私自身とても興味深く読んだ。少しもったいないと感じたのは、「環境学習」に関する視野が、生物や生態系についての学びに限定されすぎているように読めることだった。論考の中では「地域の自然環境をどう利活用していくかを考えるときには、市民が主体的に参加することが大事」(p.53)とも述べられている。もしそうだとすれば、地域の文化や、自然環境を取り巻く社会的な問題などについて、生活者の視点から学び合うという視点も大事にしたい。

もっと言えば、そうした比較的マジメな「学習」以外に、参加者同士が普段の文脈を離れて交流し合うといったことも、自然観察会が提供してくれる学びではないか。これはまったく個人的な経験から、そのように思っている。自然観察会に積極的に参加する方ではない私も、大学院時代の調査地である東京湾三番瀬で、当時からお世話になっているNPOの人たちが開く観察会には、今でもほぼ毎年1回、参加している。その楽しみは、時々の干潟の自然に触れることもあるのだが、それ以上に、すでに15年もの付き合いになるNPOの皆さんと一緒に、よく潮が引いた干潟の上を歩きながら、仕事や家族の状況(子どもの成長とか、親の介護のことも含めて)やら、最近見た映画やら、政治の状況やらについて、色々と世間話することだったりする。年代的には、私よりも10歳か20歳ぐらい上(たぶん?!)の人生の先輩たちだから、かれらの話を聞くのは心から勉強になると思うし、何より今ではお互いに全くしがらみのない関係なので、普段の生活ではなかなか味わえない解放感がある。

今回の合評会の後、近くの洋風居酒屋に移動して開いた懇親会で、JJSC編集長の早岡さんに「自然観察と言えば、三上さんと干潟三番瀬)という取り合わせが全く似合わないと以前から思っていた」と言われ、私も全くその通り(笑)だなと思った。たぶん私は、干潟の自然も嫌いではないけれど、そこに集まる人たちの方に興味があって通い続けているのだと思う。そんなわけで、辻野さんたちの自然観察会における交流と学びも、参加者の数だけ多様な方向へ発展する可能性を秘めているように思えた。そうしたものを丁寧に掘り起こしていくことも、科学コミュニケーションの貴重な実践報告になるだろう。続報を期待したい。

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3. 一方井祐子・横山広美「東日本大震災後、科学コミュニケーターは何ができたのか」(pp.57-70)【評者:杉田恵子さん】

2011年の東日本大震災原発事故の後、科学コミュニケーター自身がどのように考え行動したのかを明らかにすべく、2013年に実施したウェブ調査の結果報告である。63人の職業的科学コミュニケーターが回答し、その5割が震災以降、科学コミュニケーターとしての活動に限界を感じていたこと、また震災後の科学コミュニケーターの活動が限定的であったとの批判に対して、約8割が「妥当である」「比較的妥当である」と考えていることなどが示されている。また記述回答の分析から、震災後の科学コミュニケーターの活動には、リスクコミュニケーションに必要なスキルの不足、情報収集・発信に求められる専門性の壁、大きく波立つ人々の感情に対処する困難、という三つの「壁」が存在した、と述べられている。ウェブ調査の後で開いたワークショップの議論内容も紹介され、上記の壁を乗り越えるための方向性として、震災後のような迅速な情報発信が求められる状況下では、科学コミュニケーターが「適切なデータや見解を示す科学者集団」とグループを組んで活動することが有効だと提言されている。

この合評会に参加している人たちにとって、科学(技術)コミュニケーターが社会の中でどんな役割を果たしうるのかというのは、つねに共通の関心テーマである。「震災後」という状況の中で、コミュニケーターたちが自らの役割についてどのように考え、実際にどう行動したかという調査結果は、合評会参加者にとって非常に興味深いものであり、活発な意見交換がなされた。

  • 震災の時の状況を、科学コミュニケーションという観点からどう評価するかという議論は、きちんとやらなければならない。その意味では、非常に参考になる貴重な調査報告だと思う。
  • 科学コミュニケーターが震災を振り返って、ある意味で内罰的な感じになっている傾向をよく表す結果だと思った。反省はたしかに必要なのだが、震災以降、従来行われてきた科学コミュニケーションの活動よりもリスクコミュニケーションの方が重要、というようなムードに傾きすぎている面もある。それはそれで危ないのではないか。
  • 自分自身は震災当時、別の分野にいたのだが、後にこの分野に入って、科学コミュニケーターの先輩から「震災後は無力感を感じたが、それがむしろバネになった」という話を聞いたのを思い出した。
  • 自分はこのウェブ調査に実際に回答したのだが、「震災後の科学コミュニケーション」と聞かれても、少し漠然としていて、答えにくいなと思いながら回答した記憶がある。

この論考の一つの肝は、震災後の科学コミュニケーターの活動にとって、三つの「壁」が存在した、という指摘である。震災後の状況の中で科学コミュニケーターが感じた厳しさを、ある意味で素直にすくい取った結果だと感じたが、違和感も残った。ここで挙げられている三つの「壁」というのが、本当に障害として認識されていた(いる)のだとしたら、多くの科学コミュニケーターが「リスク」や「感情」の問題を自らの活動の埒外だと考えていた(いる)ということになる。これは、私にとっては意外な感じがしたのである。

また「壁」への一つの処方箋として著者らは、「適切な情報(グループ・ボイス)を発信する科学者集団を見つけて共に行動することにより、職業的科学コミュニケーターは、科学的内容については科学者に預けて、コミュニケーションにおける責任のみを引き受ける形で活動を行うことができる」(p.67)と述べる。しかし、ここまでくっきりと「科学的内容」と「コミュニケーションにおける責任」を分けることができるだろうか。それが難しいからこそ、科学と社会との接点に生じる諸問題(トランスサイエンス!)をめぐってさまざまな議論が重ねられてきたのだし、科学コミュニケーターという、間を取り持つ存在が求められているのではないか。もっとも、ここでの提言は、震災後のような特別な状況に限ってのものであり、あえてそうした線引きをすることで、非常事態を乗り切るというアイデアだと理解すべきなのかもしれない。こうした点も含めて、引き続きもっと考えてみたいと感じる、たいへん刺激的な論考であった。

   ◇

雑誌『科学技術コミュニケーション』の記事は、全てウェブ上で公開されています。下記のサイトからぜひご覧ください。今回とりあげた論考については、この記事中の各タイトルがリンクになっており、クリックしていただくと北海道大学学術成果コレクション(HUSCAP)の該当ページへ直接飛びます。

http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/jjsc/

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