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鈴木伸治・御言葉に向かう

2018-05-08

説教「喜びに変わる予告」

2018年5月6日、六浦谷間の集会 

「復活節第6主日

説教・「喜びに変わる予告」、鈴木伸治牧師  

聖書創世記18章20-26節

    ローマの信徒への手紙8章18-25節

     ヨハネによる福音書16章16-24節

賛美・(説教前)讃美歌54年版・155「空はうららに」

    (説教後)讃美歌54年版・529「ああうれし、わが身も」

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今週は10日の木曜日が主イエス・キリストの昇天日になります。今年は4月1日が復活祭イースターでした。イエス様はおよそ30歳にして人々の前に現れ、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と宣べ伝え始められたのであります。福音の中心は「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」との教えであり、この教えを実践する限り祝福の人生、そして永遠の命へと導かれることを示したのです。こうして3年間、神様の御心を宣べ伝え、また神様の力ある業をお示しになりました。その様なイエス様に対して、時の指導者たちが妬みを持つのです。その妬みは、結局イエス様を葬り去ることでした。十字架にかけて殺してしまうことでありました。十字架にかけられ、死んで葬られ、しかし三日目に復活されたのです。それが今年は4月1日でした。イエス様は復活してから40日間、人々に現れ、ご復活の姿を示されたのです。そして40日が経つと神様のみもとに昇天されるのです。今年は5月10日がイエス様の昇天日になるのです。イエス様のご昇天については次週の説教で示されることになります。

今朝はイエス様のご昇天が、私達をとりなしてくださることであることを示されるのであります。使徒信条で告白しています。「十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん」と告白します。「生ける者と死ねる者とを審きたまわん」と告白しているのは、イエス様が神様に私たちをとりなしてくださっているという信仰なのです。イエス様が私達をとりなしてくださっていますから、私達も互いにとりなしをしつつ歩んでいるのであります。

今は伊勢原幼稚園の園長を担っていますが、以前、勤めていた幼稚園の園長をしていた頃、お祈りについて子ども達に尋ねたことがあります。「神様、おいしいケーキをください」、「可愛いお人形さんを与えてください」とお祈りしましょうか、と尋ねました。すると子ども達は首を振り、「違います」というのです。子ども達にとって、お祈りとは、お友達のことを神様にお願いすることなのです。毎朝、保育の始まりにそれぞれのクラスでは礼拝をもってはじまります。その時、先生は今日休んでいる友達のことをお祈りします。「○○ちゃんが風邪を引いてお休みです。早く良くなって、また一緒に遊ぶことが出来るようにしてください」とお祈りします。子ども達にとって、お祈りとはお友達を取り成すことであると思っているのです。それは大切なことであります。しかし、このようなこともあるのです。前任の大塚平安教会時代、水曜日の夜は聖書研究会・祈祷会でした。祈祷会では教会員の皆さんの動向が報告され、それらの皆さんを覚えてお祈りするのです。教会員の動向は2、3件の場合が多いのですが、時には10件近くも報告されることがあります。祈祷会出席者はだいたい6、7名でした。それらの皆さんが報告された10件の動向をお祈りするのです。一人で10件の動向をお祈りするのではなく、2、3件をお祈りすればよいと思うのです。そして、次にお祈りする人が、前の人がお祈りしなかったことをお祈りすればよいのです。ということをいつもお祈りの前に述べるのですが、矢張り一人でみんなお祈りしてしまう傾向でした。そうすると祈祷会も長くなり、不謹慎な言い方ですが、耐えられなくなるのです。祈祷会は簡潔に、重複を避けてお祈りしましょう、と呼びかけていました。お祈りがとりなしであることを皆さんが示されているのです。

今朝は聖書が示す「とりなし」を示されるのであります。

 神様に切なる願いをささげること、祝福への道であることは聖書の証言であります。その一つに旧約聖書におけるアブラハムの取りなしの願いが示されます。創世記18章はイサクの誕生の予告が示されています。神様の約束を信じて故郷を後にしたアブラハムでした。アブラハム物語は創世記12章から始まります。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」とアブラハムは神様から言われました。アブラハムが神様のお言葉を信じて故郷を後にしたのは75歳でありました。妻サラは10歳若い65歳でありました。神様の約束をいただきながらも、彼らには子どもが与えられませんでした。彼らは人間的な思いがあり、自分達には子どもが与えられないからと、サラに仕える女性ハガルからイシュマエルを生まれさせたのであります。しかし、このことは神様の御心ではありません。

 今朝の創世記18章になるとアブラハムは99歳にもなっています。アブラハムが住んでいるところに三人の人が通りかかりました。アブラハムはすぐに三人に駆けより、一休みしていってくださいと誘うのであります。その三人が、アブラハムとサラに子どもが生まれることを告げるのであります。「わたしは来年の今ごろ、必ずここに来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう」と神様の使いは言うのです。来年、アブラハムは100歳、サラは90歳になっています。信じられないことです。それで蔭で聞いていたサラは笑ったのであります。神様のお使いは言いました。「なぜ、サラは笑ったのか。神様には不可能なことはない」と示されたのでありました。

 その三人の神様のお使いが、ソドムの町が悪に染まっているので、審判を下すためにソドムに赴くことを知ったアブラハムは、ここで懇願するのであります。「あの町に正しい者が50人いるならば、それでもお許しにならないのですか」と尋ねます。すると神様のお使いは、「もしソドムの町に正しい者が50人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう」と言いました。ソドムにはアブラハムの甥のロトと家族がいるのです。従って、そのソドムの町が滅ぼされるようなことがあってはならないのです。ですからアブラハムは、もし45人の正しい人がいるならばどうでしょうか。40人なら、30人なら、20人ならと正しい人の数を減らしていきます。とうとう10人まで減らしてお願いいたしました。神様のお使いは、10人いれば滅ぼさないと断言したのであります。しかし、ソドムの町は滅ぼされてしまうのであります。正しい人が10人もいなかったのであります。甥のロト、ロトの妻、二人の娘、その4人の他は正しい人はいませんでした。神様はアブラハムの懇願を受けとめています。ソドムの町を滅ぼさないでくださいとの願いは、ロトの家族を救済するためのお願いでありました。アブラハムのとりなしの願いは、ソドムの町は滅ぼされましたが、ロトの家族は救われたのであります。神様への切なる願いは受けとめられるのであります。とりなしの願いが祝福されたということであります。心から神様に向かい、私の切なる願い、他の存在を救い給えという祈りは祝福されるのであります。私が他の存在を祈り、とりなしをささげていますが、この私も他の存在からとりなしの祈りをささげていただいているのであります。

 私は牧師として、講壇に立ち、御言葉の取り次いでまいりましたが、そこには皆さんのとりなしのお祈りがあるということを深く示されていました。司会者がお祈りをささげるとき、「御言葉を語る者が十分に神様の御心を語らしめてください」とのお祈りをささげてくださり、御言葉を語る者として大変強められていたのであります。隠退後でも横須賀上町教会、三崎教会、横浜本牧教会の講壇に毎月立たせていただきましたが、司会者は必ず説教者を強め、聖霊で満たしてくださいとお祈りしてくださるのです。

 私のために祈り、神様にとりなしてくださる存在、それは主イエス・キリストであります。何よりもイエス様が私のために神様にとりなしてくださっているのであります。ヨハネによる福音書16章はイエス様の決別説教であります。十字架の道を進みゆくイエス様は、お弟子さん達に分かれの説教をいたします。ヨハネによる福音書14章から始まります。14章1節は「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と説教をはじめられています。都エルサレムに入ったイエス様は十字架への道を踏みしめて歩まれておりますが、弟子たちへの教えを強めております。お弟子さん達と最後の晩餐をいただいたり、お弟子さん達の足を洗ったりしますが、お弟子さん達の弱さも指摘されるのであります。お弟子さん達の一人がイエス様を裏切ることもお話され、ペトロに対してはイエス様との関係を否定すると言われるのであります。ペトロを始めお弟子さん達は、そんなことはないというのでありますが、お弟子さん達は不安が募ってくるのであります。不安におののくお弟子さん達に対し、「心を騒がせるな」と示しつつ励ましの説教をしているのであります。今朝の16章は決別説教の終わりに近づいています。16章の最後のところで、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」と述べられて決別説教を終えられるのであります。

 今朝のイエス様の説教は、はっきりとイエス様を見ることができなくなると示しています。「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる」とお弟子さん達にお話しされています。お弟子さん達は、イエス様が何をおっしゃっているのか分かりません。それに対してイエス様は言いなおされています。「あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる」と言われるのであります。ご自分の十字架の死について示されているのであります。十字架にかけられ、死んで墓に納められますが、その後は復活されることを示されているのであります。そして、40日間はそのお姿を人々にお示しになりますが、40日後に昇天されるのであります。それでまたイエス様を見なくなるのであります。しかし、イエス様というお姿を見なくなった後、イエス様の存在そのものが霊になり、お弟子さん達に降るのであります。それが再びイエス様を見るということになるのであります。「わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる」と示されているのであります。

 主イエス・キリストが十字架におかかりになること、何よりもイエス様のとりなしのお祈りなのであります。十字架で殺されるということは、時の指導者たちの妬みの故でありました。しかし神様の御心でありました。主イエス・キリストの死により、人間の奥深くにある自己中心、他者排除を滅ぼすことが神様の御心でありました。主イエス・キリストは神様の御心を受けとめられ、ご自分が十字架におかかりになるということは、人々の救いのためであることを、知っておられたのであります。十字架はイエス様によるとりなしでありました。そして、天に昇られ、私達の祈りを神様にとりなしてくださっているのであります。24節で示されています。「今までは、あなたがたは私の名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる」と示しておられます。私達がお祈りの最後に、「この祈りを主イエス・キリストの御名によりおささげいたします」と祈るのは、イエス様がお示しになられたからであります。私達の祈りをイエス様が受けとめられ、神様におとりなしをしてくださるのであります。私の存在をとりなしてくださる方、主イエス・キリストであることを示されています。

 今週の10日がイエス様の昇天日であります。イエス様のご昇天は私をとりなすイエス様として力強く示されてくるのであります。大きな喜びなのです。

 先ほども教会の祈祷会について触れました。皆さんで一人の方を覚えてお祈りすることは、それはよろしいことなのです。しかし、もうすでに前の人がお祈りしたのですし、そのお祈りに対して「アーメン」と唱和しているのですから、また改めて自分のお祈りの時、同じ人のことをお祈りしなくても良いのです。それぞれの思いが異なるので、繰り返しのお祈りでも良いのではないかと言われるでしょう。祈祷会は皆さんが心を一つにしてお祈りすることです。時間ということもあります。神学校を卒業して、最初の教会は東京にある青山教会でした。主任牧師がおられ、私は伝道師として招聘されたのです。その教会では木曜日が祈祷会でした。祈祷会はどこの教会も集まらないものです。ある日の祈祷会は主任牧師夫妻と一人の教会員、そして私の4人の出席でした。一人の教会員の方はいつもいろいろな課題についてお祈りしています、この日は教会員として一人であり、いろいろなことについてお祈りしていました。あまりにも長々とお祈りしているものですから、主任牧師が「もう、そのへんにしておいてください」とお祈り中に言葉をかけるのでした。長いお祈りを聞いていると疲れることも確かです。人前でのお祈りは簡潔にしなくてはならないのです。そして、とりなしのお祈りは、一人で、それこそ長くすることなのです。

 昔、神学生時代、寮生活をしていました。神学生の中には熱心にお祈りされる先輩がいました。その先輩と道で出会うならば、その場でお祈りをしてくれるのです。だから神学生はその先輩を見かけると、出会わないように隠れたものです。その先輩が食事に現れると、しばらく食前のお祈りをしています。やがてお祈りが終えて顔をあげ、ふと神学生の誰かに目をとめると、また下を向いてお祈りを始めるのです。そんなことを何回もしているものですから、食堂のおばさんが、「ご飯がさめちゃうから、お祈りはそのくらいにして、早く食べてくださいな」というのでした。食事をするのも忘れて、とりなしのお祈りをささげる先輩から、多くのことを示されています。何よりも主イエス・キリストが私のために、ご飯がさめるほどに「執り成しのお祈り」をささげてくださっているのです。イエス様のご昇天は私たちを大きな喜びへと導いてくださるのです。

<祈祷>

聖なる神様。イエス様のおとりなしを感謝いたします。私達もまた他の存在を覚え、とりなしをささげつつ歩ませてください。主イエス様の御名によりお祈りします。アーメン

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