Nocochanの日記

2018-11-18 CONCORD JAZZ FESTIVAL IN JAPAN 2018

去年Village@萩でのジャズコンサートで知ったタナ・アキラという人。顔が気に入って(笑・勿論演奏も)その時ボサノバのCDを一枚買って帰ったら、私的に凄く良くて、そんなこんなでまたタナさんが来られるというので、週末、小さな町のビッグなコンサート(CONCORD JAZZ FESTIVAL IN JAPAN 2018)へ行ってきました。

開催場所の阿武町は人口3500人程度の小さな町なのによいコンサート会場をもっていて素敵なことだなって思います。

ジャズの世界はほぼ知らないので、タナさん以外知っている演奏者はおらず(笑・でもとても有名な人達らしい)。

このジャズフェスティバルには遠くは千葉や長崎からも来られている人があったようです。

町長さん、お百姓しておられるようなお爺ちゃんお婆ちゃん、ハイソな奥様って感じの人、色んな人が来られていて、理想的!

演奏後にサインを貰った後偶々人が途切れたので、タナ(田名 照)さんとお話しする事ができました。日系二世のタナさん、なんとお父さんは山口県出身の方で、両親ともお寺の人(浄土真宗)なのだそうです。戦前に北海道からアメリカに渡られたそうです。きっと苦労も沢山されたに違いありません。タナさん「僕は音楽で説法・布教していますハハハ」と言われていました。因みにタナさんはハーバード卒。小さい頃から常に音楽は身近にあったと言われていました。お母さんはお琴をされていたとか。

タナさんのドラムはピッチがものすごく正確で、CDを聴きながら、どうしたらこんなに正確なピッチになるのだろう?運動能力の高さも要るよね?と思っていたら、案の定、小さい頃から運動もとても得意で勉強も運動もしっかりやっていたと言われていました。ドラムは9歳か10歳位から始められたそうです。タナさんは音の量のコントロール(移行)がまた正確で、体の力の使い方、移動のさせ方が上手いのか。感性は勿論だけど、それを表現できる運動能力、練習、・・・ある種絶対量は必要よね。後必要なのは…他への思いやり?

自分のドラム(ソロ)の事を「やまかましかったでしょ?ワハハ」と数回言っておられました。(笑

2011年の震災をきっかけに結成されたOTNOWAのCDは数か月前に出されたばかり(日本での発売は無く、わざわざタナさんが持って来られたものらしい)。今も忘れず、なにがしかの活動を海の向こうの人達がして下さっているということ。有難さに改めて合掌するばかり。

購入したCD「愛燦燦」は曲の選曲が面白し。あんたがたどこさ、とか、太陽にほえろのテーマソングとか・・・バラエティーすぎる。

Antagata Docosa/Ai San San / Hinokuni Ryojo / Habu No Minato / Mura Matsuri / Hamabe No Uta / Summer(Joe Hisaisi) / Taiyo Ni Hoero / Tsunagareta Tairyo-bata / Kando(For Chris Iijima) / Peace

ニッキ・パロットさん(Vocal,Bass)はステージに出てこられるなり、そのカッコよさに、わたくし思わず、OH~~と声がでました。カッコイイけど声がすっごいチャーミング。大きな愛のある母性も感じる素敵な女性でした。でもCD(日本で発売、日本人のプロデューサーによる)は如何にも商業用でよくあらず。残念。

4枚買ったCD中で一番良かったのが「impromptu」。日本での発売されていない?のが残念。ものすごく良し。

打ち上げ時に握手してもらいに行ったら、テンション高くなっている私にJohn di Martinoさんが名刺をくださいました。喋りたいけど、英語がまるで出てきません。。。△△△、〇〇〇、ニューヨーク(ここだけ聞き取れた・苦笑)でコンサートやるから是非どうぞ、ってな感じのことを言っておられたようだけれど、勿論行けるわけありませ〜〜ん。

同じテーブルだったご夫婦は、ジョン氏の演奏を聴きに広島から来たと言われていました。ファンになる気持ち、解ります。

ジョン氏はどこ出身の方だろう?って思っていたら、旦那が名前からしたらイタリア系だなと言っていて、確かにパッと見が、ちょっとマフィアっぽかったかも(←こんなこと書いていいのか?^^;)

タナさんがトイレから戻られて、私の目の前でジョンさんと握手を交わされて、偶々そこに私がいたので、スリーショットで写真を撮ってもらいました(ラッキー)。天照大御神ではなく、タナ照大御神と言っていた相方さん。 ・・・親がお寺さんなら仏教の人と思うけど?(笑

タナさん、すっごく好き。この人のアルバムは外れがないんじゃないかと思われます。ソニー・ロリンズとか私でも名前を知っているような人との共演もあるみたいですが、まるで近所の爺ちゃんって感じがたまりません。本当に力ある人は偉ぶる事もなく、優しくて、自然で、フレンドリー。タナさんのオーラは気持ちよかった。

打ち上げ参加予定で行ったので、当日は萩に泊まることにしたら、今回のジャズコンサートのメンバーと同じ宿でした。チェックインの際、今回のジャズコンサートのプロデューサーの人がフロントの人に「ジョンは(来たか)?」と尋ねておられて、、会場に到着すると「リハーサル延長のため開場30分遅れ」と張り紙がでていたけれど(結局予定どうりに始まったけど)、あれはきっと、ジョン氏が来るの遅れたんだろうなぁ、と。場所が場所だけに、ねぇ、、。でも、初めて音を合わせる人たちと、ろくにリハーサルもせずにパッと合わせられる人達。力量ある人達ですね。

Villageのマスターがおられなかったらこんなコンサートはないし、Villageのマスターが(名前を知らないけど)あのプロモーターの人との付き合いがなければこれまた出来ないコンサートだし、阿武町があのホールを持ってなければできないし、主催の町民のチケット売りの努力(300枚位まではすぐに売れるけど、残りは業者さんとかに頭を下げて一軒一軒まわっておられるそうです)がなければできないし、。

プロモーターの人はそれなりに高齢のように見えたから、あと何年頑張ってもらえるか解らないけれど、でも続けられるだけ続けて欲しいもの。

いい音楽に触れると、あちこちすべてに感謝したい気分になります。そんな素晴らしい小さな町のビッグなジャズのフェスティバルでした!

2018-10-01 花博@阿知須

台風一過で空気が洗われた翌日、朝早くからNolyちゃんと一緒に花博に行ってきた。参加予定だった餅(大福)まきは足場が悪いという理由で中止になり少し残念。でもお花は思いの外キレイな状態で咲いていてとても良かった。

会場は実家から車で10分程度の場所。きらら博で何度も母親と一緒に足を運んだ場所だから、ずっと母の事を想い出してしまう。昨年亡くなられたMさんとも会場の東側の一角でイベント時に植樹をしたし、きらら公園は私にとって思い出深い場所。

Nolyちゃんとベンチに座り、花に囲まれて、たわいもないお喋り。幸せなのはこんな時間。

今回はチケット代はNolyちゃんが払ってくれた。ありがとう。

会場内のレストランを利用したら、ウッドデッキの席は海からの風が心地よかった。海辺はいい。また来ようと思う、何も考えない時間を過ごしに。

2018-09-22 樹木希林さんの言葉

樹木希林さんが今月15日にお亡くなりになられたそう。特別に好きな女優さんというわけでもなかったけれど、昨日TVで偲ぶ映像を流していて、強く美しい生き方をされた方なのだなと改めて知った。

安住アナウンサーがお宅を訪問した時の映像もあって、そのセンスの良さにも驚いた。起伏のあるお庭も重厚な建物内部も、シンプルで落ち着いていて本当に素敵なお宅だった。リメイクして着られていたお洋服も素敵だった。

番組の最後の方で、樹木希林さんがジンガロへ寄稿された文章が紹介された。安住アナが希林さんのこの文章を受けて、虚飾のない美をもってトータルの答えとしたい…」と言われてたのも良かった。私も少しでもそんな風に近付いていきたいと願う。忘れたくないのでここに文章のコピーを残しておこうと思う。


「Zingaro…(ジンガロというのは、馬のサーカスのことです)

虚飾なく 観客に媚びず 威張らず

もの凄いサーカスを

あたりまえの感じで演じてしまう

そこに動く俳優たちが馬たちが

何かを観せるのではなく その燃やした炎で

見物人の魂を鎮めてしまう

美によって神に到達する道が

もっとも望ましい

バルタバスはその道を

心をこめて歩きつづけている」(樹木希林)

2018-09-19 垂直庭園パトリックブラン

少しミーハーだなと思いつつ、パトリックブランの(垂直庭園)ガーデンツアーに参加した。現在受講しているガーデニング講座の国司先生から、プランナーのパトリックブラン氏の彼女(?)さんはシャンソン歌手だときいて、なんだか余計に好きになった。

生き物全般的に好きであるに違いないし、きっと蛙なんか大好きに違いないと思い、私の好きな蛙(おもちゃ。ガラポンでゲット)を持って行った。フランス人であるブラン氏に相方さんがフランス語で私を紹介してくれた後、ブラン氏の右手を私の左手でとって、私の右手の中の蛙(のおもちゃ)をブラン氏の掌の中へ移動させた(笑。隣におられたフランス語通訳の人がこれ本物?尋ねられるほど精巧な蛙。ああ日本の技術力。ブラン氏はとても喜んで下さいました。勿論サインも貰いました。帽子に書いてもらったので、お庭に出るときは気分が更にあがります。

この日は、旅行に出かける日だったけれど、出発時間を遅くして会いに行った。会えて良かった。ブラン氏のお家の何処かに住み着いていたら嬉しいけど。どうかな。

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2018-09-09 重陽の節句

今日は重陽の節句で麗子さんのお誕生日だった日。この日が北朝鮮の建国記念日だとは知らなかった。毎年の軍事パレードはTVでみて記憶しているけれど、今年はそのパレードで大陸間弾道弾ミサイルは登場しなかったらしい。

去年のこの日は核開発を進めると言っていた金正恩労働党委員長は、米国に対して体制保証と非核化を段階的に進めるといっている。トランプ氏も金正恩氏も勿論その言葉を信じられる人達とは思わないけれど(人も世の中もそんなに単純じゃないしね)それでも日本の首相に比べたら金正恩氏の方が国民思いで賢いんじゃないの?と思わなくも無し。

核開発なんてそんな使えもしない代物を持ってもどうしようもない。長期にわたって金額的にもメンタル的にも恐ろしく大きな負の遺産。非核化に進もうと言っている金正恩は、側近を殺してしまうような冷徹な人でもあるけれど、核に対する考え方ではとても賢い人だと思いたい。

豊かさとは何か?安全で美味しいものが採れたり食べることができること。様々な社会的資源(公園とか図書館とかカフェとか歴史的建造物とか医療機関とか・・・)を利用できること。気軽に声をかけあえる繋がりがあること。誰もが生きているものに守られていること。誰もが安心して生きていけること。生命を脅かし続ける核は・・・要らない。


山口県むつみ村で配備されそうになっているイージスアショア―。当初一基約800億円だったものが2500億円に。(2018年7月の記事による)二基配備ということはトータル5000億円(?きっとプラスアルファがでてくるに違いなし)。

9月6日の地震で自衛隊が炊き出しに行っているらしいけれど、材料は町が用意しないといけないらしい。使えもしないオスプレイを30億ドルも出して買うぐらいだったら、海外へ何兆円もの(5年で2兆8500億円? 3年間で30兆円という記事も)バラマキをするくらいなら、実態のないことに沢山お金を渡すくらいなら、イージスアショア―に5千憶円も使おうとするくらいなら(維持にもまたすごいお金かかるよね。)炊き出しの材料くらい国が調達すべきと思うけど。まぁ、そんなような国に住んでいる私達でございます。

2018-09-07 地震でだるい

昨日は北海道で震度7の地震。偶々昨夜は夜中1時半に目が覚めてしまいそのまま眠らずにいたら緊急速報で地震があったのを知った。熊本でマグニチュード7の大地震があったのが2年前。4日に巨大台風が関西を過ぎて行ったかと思えば今度は大地震。色々と災害が頻発し、被災者になった訳ではないけど(いつも被災者ともいえるかも知れないけど・苦笑)やっぱり気がかりだし、なんだか疲れる。

昨日は怠くて動けず、PC内の古い写真を眺めて一日中ゴロゴロ過ごした。10年前の私が写っている集合写真には、Kちゃんや社長の顔もあって、彼らは今元気かしらと思う。当方はくそ婆あになったけど、彼らもいいオッちゃんになっているはず。しかし、10年前と今を比べて、益々世の中生きづらくなっている気がするのは私だけだろうか?

さっきふと時計をみたら、11時11分11秒。はじまりの数字。何かにつけて無理をしがちで過ぎてしまいがちな昨今、どこまでが、いつまでが、健全でいれたか、心の時計を戻して、どこから始めるのか?よく考えよう。古くからあるもので繋げていきたいものと、新しく取り入れながら進めていこうとするもの。

2018-09-03 養老さんの遺言

先日、テレビに養老孟司さんが出ておられ、生で見た事もあるそのお顔の前というかTVの前に、朝の忙しい時間なれど立ちどまった。6,7年位前?に山口市嘉川にあるお寺での講演会にいったことを思い出す。小さい頃から昆虫好きで山口と九州では蝶の種類が随分違う話などその時、色々面白い話をされた。ほぼ忘れたけれど(苦笑)。

その養老さん、80歳になった記念に「遺言。」という本を出版されたそうである。

その中で、今という時代が如何に「異常な時代」であるか述べておられるらしい。私もこの数か月位まえから特に、今の時代というのが何千あるいは何万年ものスパンで考えても「異常な時代」だなと思うようになってきている。

養老さんがTV内で「政府も官庁も一度ぶっ壊れないと・・・」と言っておられた。よくぞ言ってくれましたが、私も本当にそう思います。

その養老さんが死ぬ前に言っておきたいこと。

以下抜粋…

「今は会社の同じフロアで働いていても直接話したりせず、メールでやり取りするでしょう。「現物」はノイズだから、意識は触れたくない。こういう、ノイズを避けることを最初に始めたのは医者ですよ。目の前の患者を見ず、カルテや数値だけを見て判断する。

私が「遺言」として言っておきたいのは、意識が排除してきた動物や自然に、もっと関心を持ってほしい、ということです。我々の目も、耳も、外界を把握するためにあるのですから。

自分の内側、意識の中だけに住むのは現代人の病です。べつに、この本でそれが治るなんて思っていません。でも、ちょっと立ち止まって、意識について考えてみるところから始めませんか、とお誘いしているのです。」・・・


パソコンが普及しはじめ、世界がネットで繋がったあたりから、身体感覚をとても狭めてしまった気が個人的にはしている。多くの情報は沢山のことを意識させ一部に恩恵ももたらしたけど、繋がれない身体感覚はどこかストップさせていった。皮膚感や嗅覚など脳に非常に鋭敏に働く類のものはネット上にはのっからない(そういった感覚の類のものを感じる人もあるだろうけれど、現実のそれとは格段に差がある。)情報ばかり増え、意識ばかりを肥大化させ、それは軽視・無視、ひいては酷い分断も同時に起こしてきたようにも思う。

ストレスの多い現代社会で、心の休まりは、情報や意識ももたらしはするだろうが、身体感覚こそがそれらをより深く強くもたらす。魂が休まるとはあまり言わず、心が休まるとか安心すると国語表現で言う。とならば、安心したり休まろうと思えば心に働き掛けないといけない。そしてその心は身体感覚とつながっている。自然に関心をもって動植物に触れる事は、ネットとは違う感覚で、空間を、世の中を、深く広くキャッチし、繋げ、癒し、休めてくれる。

今学んでいるガーデニングは、安心したい私の心がそれを望んでいるのだと思う。ガーデニングはクリエイティブな作業で、学ぶ範囲は歴史、地学、言語、生物、建築、色彩、環境、社会etc.とても広くて多いし楽しい。勿論五感や心への作用も大きい。もっと実践も兼ねて学んでいき、自然や動植物に触れ、しっかり観察し、手足も動かして、ヒューマニティのある良識的な人達と心繋げ、少しでもホッとして生きていきたいと思う。