2007-03-24
■「女を売る」のは男の甲斐性だ。?
えーと話は、ある暑い暑い日の神戸で始まる。
岡山テツとかいうしがない(神戸の港の)ヤクザが語り手。
若い頃どこからみてもつまらない後輩に対して、お前 が出世したら、神戸の街を逆さまになって歩いてやるとか言って馬鹿にしたりするとひどい目に遭うことがある。事件を起こして上海に逃げた梅公をしってるか。“メリケン粉の兄貴みたいな”こまかい奴だ*1。それが先日、りゅうとした身なりで店先に現れた。上海で淫売屋をやって大もうけした。だけど女たちはすぐに梅毒で鼻が欠けたり使い物にならなくなるので淫売を補充しにきた。ついてはその補充を手伝って欲しいというのだ。前金を渡されて大喜びのテツはさっそく人選にかかるが、なかなか適当なのが見つからない。
ある暑い暑い日の神戸、二人の子分を連れて布引の滝に涼みに行こうとしていたテツは途中、榎木の木陰にいる一人の乞食女に目をつける。よく見るとなかなかの上物である。衣装などそろえて売りに出せば150円にはなる。50円を衣装代などにつかうとしても100円の儲けである。テツはさっそく彼女に話しかけてみるとどうやらおなかがすいている*2らしい、さっそく持っていた巻きずしを恵んでやることにする。女もいかにも下心ありそうな男に恵まれるのは嫌だったろうが背に腹はかえられない。・・・
とまだまだ話は続く。
この話の背景は「上海の淫売屋」であり郡慰安所とは言われていない。
それほどの悪人でもないのに、人身売買という犯罪を企てている小悪人が最後には徹底的にばかにされるとはいえ、その息づかいまでわかるほど近距離から描写されており興味深い。
えっとすみません、突然変な話を始めました。広沢瓢右衛門という人の「雪月花三人娘」という浪花節の話です。日本の芸能史の底辺の部分を掘り起こそうとした小沢昭一氏が1975年に出した3枚組CDに入っています。*3
浪花節というものが大衆から忘れ去られようとした最後の一瞬に、浪花節の主流から大きく外れた下品でファンキーな笑いにあふれた広沢瓢右衛門のそれが少しだけ注目を集めたのです。ですからこれは*4基本的に左翼的良心的心情を伴うことの多い「慰安婦」支援言説とは全く違った場所に存在している語りです。
ですから無理に関連づけることはないのですが、いくつかの点で、慰安婦問題特に永井和論文*5と符合する点があったので紹介しておきます。
「1938年1月6日和歌山県田辺警察署は、管下の飲食店街を徘徊する挙動不審の男性3名に、婦女誘拐の容疑ありとして任意同行を求めた。」という(神戸あるいは大阪から来た)男たちの原像といったものを、岡山テツという描き出された人物に対して感じたのです。でそうした本来ヤクザからも落ちこぼれたような「人買い・人売り」業者と、徳久少佐、荒木貞夫陸軍大将、右翼の大物頭山満などといったトップエリートが共同企画した点に慰安婦制度というもののグロテスクさをまず感じなければならないわけですね。
さて、符号点の2は〈良心はアメリカから〉という点です。これは永井論文ではなくて、今回の出来事が現場であるアジアではなくアメリカの議会から発振したことと符合します。この瓢右衛門の話はかなりとりとめなく話が脱線していくのですが、寿司を食った女乞食は突然崩れ落ちる、どうしたどうしたと騒いでいると、なんと突然破水出産といった出来事になる。路上出産であれば当然へその緒を誰がどうやって切るのかという話しになるかと思うが、ヤクザたちはそんなことは気に掛けず汚水で自分の兵児帯が汚れたのをどうしてくれるといったことだけ気に掛けている。それを見るに見かねて駆け寄ってきた二人の女性。何故かニューヨーク生まれの金髪女性である。*6女性たちは片言でヤマトダマシイを持ち出し女を救ってあげないと!と訴える。・・・
ところで、「近代法の諸原則」!なんてことを言って得意になっている人がいるが、ここでの岡山テツの振舞いは「近代法の原則」にはそったものだ。彼の私有財産が血まみれの後産で汚されることにより存在を受けたのは客観的事実であり損害賠償を求める権利があろう。一方生まれたての赤子を世話すべきというのは道徳的義務に留まり法的義務ではない。そんなことは誰でも分かるが口に出して言うとどうでしょうね?
ところで脱線だが、出産の話が『従軍慰安婦』千田夏光isbn:406183374X のp109にあったのでメモしておこう。
孫呉でのことです。ある時、朝鮮人慰安婦から、“来てくれ”と言ってきた。(略)
(略)部屋にあがると彼女は、
「これ見てください」
さらりと押し入れの襖(ふすま)を開けたという。そのとたん、
「あっ」
彼は叫んだという。押し入れの中に生後七日ぐらいの赤ン坊スヤスヤ寝ていたのを見たのだったという。
ともかくこの処置をつけなければならない。彼は師団司令部にもどり事情を話したが、ここで言われたのは、
「軍の管轄外のことだ、処置する必要なし」
その一言だけだったという。(同上p111)
岡山テツの方は宣教師婦人に30ドルだかもらう話を付けて産湯を汲みに走るが、孫呉の赤子の行方は報告されていない。
■良い日本人もいた。その名は警察署長。
最後に、符号点の3は〈良い日本人もいた。その名は警察署長。〉という点です。永井さんでは
「山形県警察の報告では、 如斯ハ軍部ノ方針トシテハ俄ニ信ジ難キノミナラズ斯ル事案ガ公然流布セラルヽニ於テハ銃後ノ一般民心殊ニ応召家庭ヲ守ル婦女子ノ精神上ニ及ボス悪影響少カラズ更ニ一般婦女身売防止ノ精神ニモ反スルモノ40)」などと書かれていましたね。
瓢右衛門の話はこう続く。丁度白塗り壁のお屋敷があったので産湯にするためのバケツとお湯を求めるが、奥様反応が鈍いでもって、そもそも淫売にしようと目を付けて寿司をくれてやったのに云々と事情をべらべら説明する。日本の娘の苦難に毛唐を煩わすまでもない、と奥様。ところが奥からぬっと出てきたのがいかつい男。いきなり「馬鹿者」と一喝。相生橋の警察署長だったのだ。戸板の用意をして助けに行けということになる。母子を助けた後「上海の梅公に女を売る。人間ひとり売ったらどれだけの罪があるか分かっておるか。きさまらみんな前科があるんだからどう軽う転んでも懲役8、9年。人身売買誘拐未遂。」ときつく説経される。
思うに、なかった派の人たちは、「慰安婦を感情的にもどうしても必要とした兵士たちの悲しい気持ちを一方的に裁断する左翼を嫌悪する」みたいなことをいいたがるが、それは口先だけであり、彼らの身体はつねに「国家の無謬性」だけを志向する薄っぺらで希薄な正義だけで構成されている。
しかしながら少し考えたら分かるように、戦争という人殺しを組織的に行いながらも、そこから一歩はずれたところでは、国家や国家エリートというものは人間として良識的に(愛や仁という規範にそった)振る舞うことが要請されているのだ。下っ端のヤクザとつるんでいると言うこと自体が嘆かわしい。管理権はすべて自らが持ちながら、あとから追求されたときには経営者は民間だといって言い逃れする。みっともないことこの上ない。
ご批判、ご質問などをよろしくおねがいします。
野原燐へのメールは noharra69(あ)ジーメールコムです。
敵でも味方でもない、ある圧倒的な力によって問題提起の正しさが弯曲していくのではないかという一瞬おとずれる感覚のむこうに、はじめて、ほんとうの闘争がはじまっている。(松下昇)
>「近代法の諸原則」!なんてことを言って得意になっている人がいるが、
いえいえ。国家責任を追及する場合には、第一に考えねばならない当然のことを指摘しているだけで、得意になってはいません。
ご自分のロジックが劣勢だからといって、情に訴えるのはおやめになっては?
>ここでの岡山テツの振舞いは「近代法の原則」にはそったものだ。彼の私有財産が血まみれの後産で汚されることにより存在を受けたのは客観的事実であり損害賠償を求める権利があろう。一方生まれたての赤子を世話すべきというのは道徳的義務に留まり法的義務ではない。そんなことは誰でも分かるが口に出して言うとどうでしょうね?
一般市民間では、理屈ばかりで情が無いと批判されるかもしれませんが、国家に対する責任追及をされている以上、国家はまず第一に近代法の諸原則に従った判断をしなければなりません。なぜなら、国家は、徴収した国民の財産を適正に支出すべき義務を、全国民に対して負っているからです。
法的な判断をした結果が責任追及をする外国人にとってかわいそうに思えた場合に、初めて政治的判断・道徳的判断から救済を考えるのが筋でしょう。
野原氏の主張は、情ばかりでロジックが無いので、国際関係を議論する際の大人のたしなみに欠けており、被害者ファッショか被害者イノセント説の信奉者としか思えません。
>なかった派の人たちは、「慰安婦を感情的にもどうしても必要とした兵士たちの悲しい気持ちを一方的に裁断する左翼を嫌悪する」みたいなことをいいたがるが、それは口先だけであり、彼らの身体はつねに「国家の無謬性」だけを志向する薄っぺらで希薄な正義だけで構成されている。
姜尚中氏のお好きな薄っぺらな言葉を、あなたもお好きなようですね。
他の人たちはどうか知りませんが、私はむしろ国家責任については過失責任主義なので、国家の無謬性は志向していません。国家も当然判断を誤ることはあるから、国家が必要な注意・施策を施していなかった場合に初めて国家責任が生じるという考えです。これは、第二次大戦時には国際法上主流の考え方でした。
>少し考えたら分かるように、戦争という人殺しを組織的に行いながらも、そこから一歩はずれたところでは、国家や国家エリートというものは人間として良識的に(愛や仁という規範にそった)振る舞うことが要請されているのだ。下っ端のヤクザとつるんでいると言うこと自体が嘆かわしい。
『人間として』『良識的に』『愛』『仁』『嘆かわしい』、と、なぜか情に訴える言葉が目に付くのですが、野原氏はロジックでは劣勢なのでこうなったという理解でよろしいですか?
>管理権はすべて自らが持ちながら、あとから追求されたときには経営者は民間だといって言い逃れする。みっともないことこの上ない。
収益が業者側にあったことの方が重要でしょう。
軍側は儲けていません。性病検査や避妊具の支給等、売春婦の人権を保護するための管理であって、持ち出しではないですか。